開幕から複数のチームが動いた一回戦とは異なり、二回戦は静かな立ち上がりとなった。
小島の中に目指すべき場所はなく、しかし立て籠もれば戦う意思無しとして失格になりかねない。
「だから誰かが動くのを待つしかない」
ギリリ、と弦がしなる音がする。
開始直後に放ったゴーレムから隣の小島に他のチームがいることは確認済みだ。無論向こうも気が付いている可能性はあるが、仕掛けてこないのなら先手を取らせてもらう。
「……そろそろかな」
マリアと別行動になるのは久しぶりだった。
サルヴァドーリによる一年生大量誘拐も随分懐かしく感じる。そろそろキンバリーでの生活が半生を超えそうで、向こうの知り合いよりこちらで出会った人の方が多くなってしまった。
リュディアがそんな感傷に浸っている内に、浜辺の方向から熱風が吹きつける。見れば、今まさに巨大な炎の塊が隣の島目がけて投げ込まれようとしていた。
「
マリアの握る聖印から炎が迸る。
火の祈祷の中でも上位に位置する巨人の火を振るうそれは、二節呪文の後押しを受けて僅かに本来の大きさを取り戻した。この高温でも燃えない制服に感謝しながら、マリアは火球を島の奥側へと投下する。
「
一度の爆発で終わらせるはずもなく、アーシャが端から風を送り込んで大火事に発展させた。
いかに魔法使いの体が頑丈とは言え炎の中を突っ切るのは消耗が大きい。無論呪文で消火しながら進めばその心配もないが、それよりも下手人を倒してしまった方が早い。
それは腕に自信があれば尚のこと。そんな予想通り、向こうの砂浜に三人の人影が降り立った。
「あれがエイムズ隊」
「早めに出てきてもらえて助かりますね」
「うん。後は作戦通りに」
もし他の島に逃げる素振りを見せたら追いかけて放火を続けるつもりだったが、姿を現してくれるのなら好都合だ。マリアは聖印をしまい込んで杖剣を抜き、アーシャも一振りの曲剣を抜き放つ。
およそ想像もつかないであろう弓矢を用いた狙撃を成功させるためには、リュディア抜きの二人きりで脅威であると感じさせなければならない。
「準備はいい?」
「もちろんです。姉さんが来るまでの時間稼ぎ、ですよね」
「そう。……期待してる」
「……姉さんに何か言われました?」
軽口を叩くマリアとアーシャの間に杖剣が差し込まれた。
エイムズと同時に動いた二人がマリアたちの後ろへ回り込み、途端に三人から囲まれる格好となった。アーシャと背中合わせになったマリアの視線の先で、エイムズは訝し気な声を上げる。
「──お二人だけ、にございますか」
構えはリゼット流。シェラと同じ、突きの速さに重きを置く型。
丁寧な口調と目元を隠すような髪型から大人しい印象を受けるが、その剣は絶対的な自信に満ちている。無論、そうでなければわざわざ身を晒すようなことはしなかっただろうが。
「伏兵、奇襲……策はいくらか思いつきますが」
「!」
「早めに潰すが良いでしょう」
一糸乱れぬ、と評するにはエイムズ以外の二人が若干遅れているが、それでも囲まれた状態ではあまり変わらない。
「
マリアの足元から風が巻き起こり、砂を巻き込みながら広がっていく。
「
視界が塞がれることをきらってかすぐに止められたが、仕込みは済ませた。エイムズたちも良い具合にマリアとアーシャへ注意が向いている。
狙うのならば、今だった。
「なっ……」
エイムズの視線がマリアの背後へと向く。マリアには見えなかったが、きっとリュディアがやったのだろう。
一瞬の隙を突いてマリアは杖剣ごとエイムズの体を押し込む。予想外の力を受けきれず、エイムズが後ろに流れる。
「そっちお願い」
「了解です!」
学年の違う相手と二対一。正直心配するところはある、が。
今なら任せられる。
◆◆◆
炎が未だ燃え盛る中で、対岸の砂浜に五つの影が並んだ。
二人はうまくエイムズ隊を釣りだせたようだと安堵し、深呼吸を経て気を引き締める。マリアと離れて行動するからには、それなりの成果を持ち帰らなければならない。
マリアは、気負い過ぎだと言うかもしれないけれど。
(──いた)
矢をつがえて、持ち上げた弓の先。
青く澄み渡った空の中で不自然に光が屈折している部分がある。
移動している分見分けにくいが、
「弓で使うの、初めてだな」
角度を調整しながら矢に魔力を込める。
ぼんやりと青く発光するそれから手元まで続くつながりを感じながら、
「フ──」
一呼吸の内に放たれた矢は、ものの見事に飛行体を貫いた。
間髪入れずに第二の矢をつがえ、さらに遠く、対角の位置にあったゴーレムを撃ち抜く。ピートの動揺が伝わるような、迂闊な動きだった。
手前に射った時よりも遅れて手ごたえが伝わってくる。面倒な動きをしていたゴーレムはこれですべて取り除けた。代わりを出してくる可能性はあるが、リュディア自身のゴーレムも飛んでいる今、居場所を知らせるような真似はできないだろう。
(行かなきゃ)
そんな思考にたどり着き、足早にその場を去るリュディアは、水中から自分を見つめるゴーレムの姿についぞ気づきはしなかった。
◆◆◆
「……体よく囮にされた、という訳にございますね」
苦虫を噛み潰したような、渋い顔。
すべてはマリアたちの作戦通り。本当はエイムズ隊の誰かを撃とうとも考えたのだけれど、弓への耐性がどの程度のものかわからないのでやめた。
それでも、ここまでの効果を発揮するのなら、リュディアも弓を持ち出した甲斐があるというものだ。
「後は、あなたたち三人を倒すだけ」
「舐められたもの、と言いたいところですが……それが妥当な判断でしょう」
今だに従者二人が合流してこないあたり、アーシャは上手く粘っているようだ。そこにリュディアが加われば他のチームが乱入してこない限り問題なく倒せるだろう。
マリアはリュディアとアーシャが合流してくるまでに時間を稼いでいればいい。そんなことはエイムズの方がよっぽど分かっている。
「ここで出すつもりはなかったのですが、監視の目を潰していただけたのは好都合」
構えは変わらない。立ち姿にも、おかしなところはない。
だが、纏う空気だけが鋭く切り替わる。風にあおられて露になった瞳が爛々と輝く。
「御覧に入れましょう、エイムズの魔剣を」
魔剣。一足一杖の間合いに入れば悉くを切り伏せる、不可避の術理。
その宣言を受けた瞬間、マリアの脳内から後退の文字は消えた。もはやマリアは間合いの内に入ってしまっている。エイムズの魔剣がどのようなものかは分からないが、マリアの死はほとんど確定したようなものだ。
代わりに、マリアは踏み込むことを選んだ。死が前提としてあるならば出来得る限り多くの情報を持ち帰る。狭間の地で身に付いた、褪せ人としての戦い方。
「ッ、」
エイムズの表情は変わらず、それなのに焦ったような息が聞こえる。
それを不審に思うよりも速く、マリアは杖剣の一撃を繰り出した。
「……ん」
「フゥッ!」
完全に入ったと、そう思ったのに。
マリアの剣は受け止められて、反撃が頬を抉る。それでも命は奪われなかった。
もしかすると魔剣ではないのかもしれない。しかし脅威であることは確かだ。マリアには、エイムズが反撃に移った瞬間を捉えられなかった。
「【火よ】」
領域魔法の要領で空中に火を熾す。エイムズの髪が焼けたにおいが、鼻腔に滑り込んできた。
それでもまだマリアは倒されない。こんな小細工、本物の魔剣なら許すはずがないだろう。
しかし、だとすればエイムズの用いるあの術は何か。
「【火よ】」
もう一度、顔の近くに火をつける。
同時に突きを通そうとして敢え無く受け流されたマリアは、一拍遅れて煙が立ち上るのを見た。奇妙な流れ方だ。
この小島は決闘リーグの開催にあたって拵えられた言わば
(あれは本物じゃない……?)
幻影を目の前に置いて、自分はその後ろに隠れる。
エイムズ本体は相手に見えない位置から杖剣を刺し込めば、簡単に決着がつく。マリアの想像ではあるが、実際に似たような事象を起こしているのだろう。強力な技だった。しかし、
「
マリアの杖剣が赤い雷を纏った。一歩踏み込んで、斬りつける。エイムズは幻影の中から反撃を繰り出してくるが、激しく動く分、衣擦れの音や気流の乱れが伝わってくる。
数合の剣戟を経て、ついにエイムズが幻影を解いた。やはり全身を映しながら正面きって斬り合うのは消耗が大きいようだ。
「……強引にございますね」
「脅威だと思ったから」
「左様で」
いつの間にか、二人は初めにいた場所よりも奥に移動していた。
そして、エイムズが足を止めた理由もすぐにわかった。
「お待たせ、マリア」
砂地を踏む足音に先んじて、リュディアの声が降ってくる。
「そんなに待ってないよ」
「いや、思ったより粘られた。いい従者がいるね、Ms.エイムズ」
「少々甘やかし過ぎたかと思っておりましたが、ありがたく受け取りましょう」
固く保たれていたエイムズの口元がほんの少し緩んだ。
けれどそれも束の間。剣の柄に手を掛けたリュディアを見て、その瞳は硬質な輝きを取り戻す。
「マリア、どうする?」
「どうって?」
「一人でやるか、三人で掛かるか」
「……私だけで」
ここまで来てリュディアに頼るのは格好がつかないとか、未だに姿どころか声も聞こえないアーシャを気にしてだとか、そんなことは、まぁ、あるかもしれないけれど。
それでも、先を見据えて一人で決着をつけたかった。
「待ってくれたんだ」
「他チームの横やりを期待しておりまして。そう上手くはいきませんが」
「……そう」
マリアとエイムズが同時に杖剣を構える。
エイムズは変わらずリゼット流中段。対してマリアは体を傾けて、左手に握る聖印を隠す。
駆け出すのは当然マリアからだ。待ちの姿勢に入ったエイムズが実体か幻かは判別がつかない。マリアの拙い領域知覚では結局最後まで捉えきれなかった。
「【竜雷の加護】」
ぱちりとマリアの体にいかずちが宿る。
しかしエイムズの表情は変わらない。幻かも、とだけ思う。
体表をはしる雷に軽いくすぐったさを感じながら、エイムズの間合いの内へ。
「ッ!」
隠し切れない息遣いと共に見えているエイムズの後ろから切っ先が飛び出す。
マリアはそれをぎりぎりまで待つ。待って、待って。杖剣を手放し、懐へ転がり込んだ。
「なにを、」
もはや隠す気もないのか、隠し切れなかったのか。エイムズが声を上げると同時に、マリアは思い切り砂地を踏み切った。
「【坩堝の諸相・角】」
肩口に黄金の角が生え伸びる。
勢いはそのままに、マリアはエイムズの腹へそれを突き入れた。
「かッ……」
「
領域から杖剣が出きる前に引き寄せ呪文で回収。
二人の間に言葉はなかった。エイムズは諦めたように目を閉じて、マリアは不殺の呪いが掛けられた杖剣を滑らせる。決着にはそれだけで事足りた。
「お疲れさま」
「……うん。アーシャは?」
いつの間にか後ろに立っていたリュディアに言葉を返して振り返る。
弓は仕舞ったのか、矢筒だけを背負っていること以外はいつも通りで、傷一つない。かとも思えば髪に葉っぱが引っ掛かっていて、リュディアなりに急いでいたのだと分かった。
「今は休憩中。大きい怪我とかはしてなかったはず」
「それならいいけど」
大丈夫だ、なんて根拠のない自信で置いてきてしまったけれど、上級生二人の足止めなんて普段だったら頼みもしないことだ。祭りの雰囲気に浮かれているのはマリアの方だったのかもしれない。
二人で砂浜を歩いていると、座り込んで背嚢の中身を弄り回しているアーシャの姿が見えてきた。向こうもこちらに気づいたようで大きく手を振ってくる。マリアもそれに応えようとして、アーシャの上、青空の中に黒い点が浮かんでいるのに気付いた。
「リュディア」
「何?」
「あそこに飛んでるの、見える?」
リュディアはマリアの指の先へと目を凝らす。
徐々に近づいてくる黒い点は、大きな翼に四つ足、猛禽のような嘴を持つ──
「アーシャ、上!」
叫ぶと同時にマリアを抱き込んで盾を掲げる。
結晶で補強され傘のようになったところに、降り注いだ小さな塊がいくつも当たる。雨粒の如く落ちる それは、何かを内部にため込んだ、種子のような形をしていた。
アーシャの様子を伺うと、赤黒い茨がドームを作っている。なんとか防げたようだ。
「ごめん、マリア。苦しくなかった?」
「うん。アーシャは……大丈夫か」
事が済んだならば、上にいるグリフォンを何とかしなければならない。
しかしこのばらまかれた種子には何の意味があるのか。ちらと過ぎった思考に答えるように、上空から落ちてきた小さなゴーレムが落下の衝撃で砕け散った。
そこから飛び出したのは小さな炎。取るに足らない、肌を焦がすことも出来ないくらいの種火。
それが種子に貯めこまれた油に引火する。
「マリ──」
抱き締め合っていたせいで咄嗟に身動きが取れない。茨のドームに覆われたアーシャも同じ。
マリアたちは為すすべもなく、炎に包まれた。
【エイムズの魔剣】
旧家エイムズの秘奥、光を操る魔剣
自己領域内の光の速度を一律に落とし、術者の動きを遅れて知覚させる
詠唱こそ必要としないものの、必殺とは程遠い
魔剣の列に並べられることもなく
術理としても受け継がれない
歩みを忘れた、停滞の剣