黄金樹の麓から   作:シショ

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第7節

 

 談話室の一角に机を並べて、料理を囲んで。

 飲み物が全員に行き渡ったことを確認して、カティがカップを掲げる。

 

「オリバーとナナオとシェラに、マリアとリュディアも本戦出場おめでとう! わたしたちは負けちゃったけど! ちくしょー!」

 

 やけくそ気味に音頭を取って、カップが打ち鳴らされた。

 剣花団の面々に加え、コーンウォリスとその従者ウィロック。更には二年生たちも巻き込んだ宴会は、誰一人としてアルコールが入っていないにも関わらず、既に混沌とし始めていた。

 マリアは競技場から戻って以降、シェラの隣に座らされている。

 

「あなたたちは今出来得るだけの全力をもって挑んだのです。結果がどうあれ誇るべきことですわ」

「それを言うならおれは早々にやられちまったからな」

「最後に一矢報いたのはガイの献身があってこそにござる」

「あぁ、皆よくやったよ」

 

 肩を落とすカティとガイを称える三人の横で、ピートはゴーレムを解体していた。

 料理も取らずに設計図を広げ、一言も発さず解体を続けるその様子は、何かから目を逸らしたがっているように必死だった。

 

「ピート」

 

 オリバーからの呼びかけでピートは手を止めた。

 それでも顔を上げないピートに、落ち着いた声色で話を続ける。

 

「今回の作戦の要は君だった。そうだな?」

「あぁ」

「自分の選択を後悔しているか?」

「……してるさ。でも、あれがボクたちの実力だ。だから」

 

 ピートがマリアとリュディアを見据える。

 

「次は、勝つ」

 

 悔しさとそれ以上の気迫に満ちた言葉を受けて、マリアは強くうなずいた。

 今回のマリアたちの勝利は、相手に未知を押し付け続け、対応を迫るかたちで収めたものだ。手の内をある程度明かしていればまた結果は変わっただろう。

 

「負けてあげるつもりはないよ」

「私たちも、もっと強くなるから」

 

 ピートの手の中にあるゴーレムがギチリと音を立て、しかし目は逸らされなかった。

 しばらくして。歓談が続く中、マリアはリュディアの下を離れて立ち上がる。そのタイミングでガイも席を立った。

 

「お、おかわりか?」

「アーシャの様子を見に行こうと思って。ガイは?」

「おれはリタが心配でな。行こうぜ」

 

 アーシャと、それから彼女と親交のある二年生四人組は、テーブルの端にまとまって料理を摘まんでいた。しかしオリバーがそのような後輩たちを見過ごす訳もなく、ディーンとピーターは早々にこちら側へ連れてこられていた。

 残った三人の、妙な空気が漂う中でアーシャはだらんと寝転んでいて、ソファを一人で占領する姿には緊張感の欠片もない。

 

「テレサちゃん、ごはん、食べないの?」

「……」

「え、えーっと……アーシャちゃんは大丈夫?」

 

 むっつりと黙りこくるテレサを気にしながら、リタはアーシャへ声を掛ける。

 べったりと血の付いたシャツを着替えて見た目だけは取り繕ったアーシャだったが、内の不調まで誤魔化せるものではない。

 

「……いやぁ、ちょっと。いえ、だいぶきついですね……」

 

 起き上がれないほどの倦怠感と疲労感。

 傷はマリアが手ずから治したが、キャパシティをあっさり飛び越えたアーシャの体は今なお悲鳴を上げている。それでも出てきたのは上級生との交流を期待してのことだが、この分だと部屋で休んでいた方が良かったのかもしれない。

 

「よぅ。調子、どうだ?」

「ガイ先輩!」

「お、元気そうだな」

 

 果物を盛った皿を手に、ガイが近づいていく。

 それに気づいたリタの顔がパッと明るくなり、席を離れて駆け寄った。マリアはそんなリタに挨拶だけして、アーシャの許に向かう。

 

「気分、どう?」

「しばらく動けなさそうです。せっかく治してもらったのに、すみません」

 

 試合からしばらく経って興奮も治まってきたのだろうか。きらきらと輝いていた目は淀み、青白い顔には疲労が浮かんでいる。

 マリアはそっと手を伸ばしてアーシャの手に触れた。そのまま祈祷で少しずつ体力を回復させていくと、とろりと眦が緩んでいく。

 

「眠くない?」

「ん……」

「今日は寝た方がいいと思う」

 

 マリアの祈祷では、傷は治せても疲労を取ることは出来ない。

 だが、体全体が温もりに包まれるような感覚に、アーシャの冷えた体から緊張が抜けていく。

 程なくして寝息を立て始めたアーシャからそっと手を離して、周囲を見渡す。なにか掛けるものがあればいいのだけれど。

 

「……これ、使ってください」

 

 そこに、横から小さな手がブランケットを差し出した。

 見れば二年生の中でもひときわ背の低い女生徒──テレサ=カルステが立っている。

 声が聞こえないと思っていたら、誰かが遮音の結界を張ってくれていたようだ。机の向こうでは、オリバーがディーンに剣の指導をしているのが見える。

 

「ありがとう」

 

 マリアがブランケットを受け取ってアーシャに掛けてやる間も、テレサはアーシャの寝顔を見つめていた。

 

「Ms.カルステは、アーシャと仲良いの?」

「いえ全く」

「えっ……そう、なんだ……」

「でも」

 

 ほんの興味で話を振ったマリアだったが、思いのほか強い否定に言葉を詰まらせる。

 しかしテレサは、そんなマリアの様子を気にもせず言葉を続けた。

 

「負けたくない、とは思います。……不本意ではありますが」

 

 アーシャは二年生三人を相手に、奥の手まで出して負けてしまったという。そう楽し気に語ったアーシャと対称的に、テレサは苦々しい表情を浮かべていた。

 試合に負けたが勝負に勝った。そう言っても良いはずがどこか不満げなテレサに、つい口元が緩む。

 

「……なんですか」

 

 テレサの眉がひそめられる。

 笑われたと思ったのだろう。不審と不機嫌を露にしたテレサに、どう説明したものかと頭を悩ませる。けれど、結局マリアに出来るのは、思いの裡を言葉にするだけだ。

 

「……私は、どんな形でも、関わりを持ってくれるひとがいることは幸せだと思う」

「はぁ」

「だから、Ms.カルステがアーシャにとって、そうあってくれるのは嬉しい」

 

 ひとは多くの者に感情を向けられるようには出来ていない。

 こと命の軽いキンバリーにおいて、いつ消えるかもわからない他人には構っていられない。

 だからこそ、好感情でも悪感情でも、その想いは得難いものであるとマリアは思う。もちろん、仲良くしてくれるのが一番ではあるけれど。

 

「これからも、アーシャをよろしく」

「……そういうことはあちらの三人に言ってください」

 

 それきり口を利かなくなったテレサに断ってマリアは立ち上がる。

 最後にアーシャの髪を一撫でしてから、リュディアたちの下へ戻った。 

 

◆◆◆

 

 下級生リーグが終了した翌日には上級生リーグが迫ってきた。

 校舎内で行われた下級生リーグの予選とは異なり、上級生は迷宮に集められている。既に四・五年生の予選が終了し、会場は異様な程の熱気に包まれている。

 それもそのはず、観戦に回っているのは何も下級生だけではない。適正や箒リーグなど他競技との兼ね合いで決闘リーグを泣く泣く見送った上級生にとっては、緊張感に欠ける下級生リーグよりも余程楽しみにしていたのだ。

 

「……迷宮内から魔力波で映像を送って、途中で光に……そもそも録画元は……?」

 

 巨大な水晶から投影された映像に見入るマリアの横で、リュディアは投影元の大掛かりな装置に注目している。曰くカーリア城館での教練に使えそうだとか。

 映像には目もくれない不審な様子も、しかしこの会場内では目立たなかった。

 

「ねぇねぇナナオちゃん、それ一口貰ってもいい?」

「む……一口だけにござるぞ?」

「いや、ユーリィ、俺のを食べてくれ」

「いいの? ありがと、オリバーくん! 代わりにこれあげるね!」

 

 いつの間にかナナオの隣を陣取ったユーリィが飲み物を強請っている。

 目立つと言えばこちらの方がそうだった。リーグでユーリィの名前は同学年内で広く知られることとなったが、謎の転校生という立場自体に変わりはない。

 ナナオとオリバーの二人を相手に、あそこまで親し気に話し掛けに行けるような人物であるとは、現状認識されていないのである。

 

「来たぞ」

 

 ピートの声に、自然と全員の視線が映像に向いた。

 そこに立つのは現学生統括、アルヴィン=ゴッドフレイ。周囲に立つのは生徒会メンバーと、ミリガンなど体制維持派。それから政敵にあたるレオンシオ=エチェバルリアの一派も見える。

 そして、

 

「オリバーくん」

「あぁ。……飛び出して行ってくれるなよ」

 

 オリバーの言葉にひとまず頷いたユーリィは、しかし現れた人影に釘付けだった。

 サイラス=リヴァーモア。七年生の中でも屈指の実力を誇る死霊術師にして、ユーリィの追う『謎』における最重要人物である。

 会場も思わぬ人物の登場にざわついていた。予選は個人戦の体を取っているが、本戦からは三人一組のチーム戦だ。一体だれがあれ(・・)と組むのだろうか。そんな声すらある。

 

「あ? なんだ、やけに静かに──」

 

 そう言いかけて、ガイが口ごもる。

 映像越しに伝わる緊張感が、遠く離れた会場の空気を支配しているのだ。誰もが固唾を飲んで見守る中、開始の合図と共に、迷宮の床が溶け落ちた。

 

「これはっ」

「なんと!」

 

 思わず、といった風に声が漏れる。

 熱で映像が乱れた隙にたった一つの呪文で迷宮に大穴を開けたゴッドフレイが、そのまま下層に飛び込んでいくのである。これには会場も一瞬で沸き立ち、不正ではないか、競技精神はどうなっているなどと口々に言い争う声が聞こえてくる。

 しかし後続の生徒が妨害も受けずに付いて行くこと、そして二つ目の大穴を拵えたことで、熱狂は最高潮に達した。

 

「……なんて出力だ。迷宮の恒常性もお構いなしか」

「でも、いいのかな。皆通れちゃってるけど……」

 

 莫大な魔力出力に呻くオリバーの後ろで、カティが疑問を口にする。

 確かに生徒会派が次々に飛び降りていく後ろから、エチェバルリアたちも続いて行っている。これではゴッドフレイだけが消耗していってしまう。

 

「理由がある、とは思うよ。破壊行為を楽しむような人じゃないだろうし」

「うん。この先に、あの人たちの障害になるものがあるのかな」

 

 ゴールまでに、ゴッドフレイを含む六・七年生を足止めできるもの。あるいは、その課題をクリアするだけでゴールしたと認められるもの。

 校内有数の実力者を相手にして、そのようなものを用意できるのか。二層の巨大樹を越え、さらに奥、冥府の合戦場に辿り着いた彼らを出迎えたのは、予想だにしない人物だった。

 

「……は?」

 

 感情の抜け落ちたような、オリバーの声。

 合戦場全ての亡霊たちを集めたかのような骨の山に座る、一つの影。

 ゴッドフレイたちを出迎えたのは、魔法生物学担当教員、バネッサ=オールディス。

 

「っ!?」

 

 映像が先ほどまでと比べようもないほど巨大な炎に包まれる。

 合戦場全体を白く染めるほどの炎が吹き荒れバネッサに向かうも、何の痛痒も感じないかのように炎の中をただ歩いてくる。

 

『聞こえているか? 実況席のガーランドだ。

 君たちの予選の相手はバネッサ先生だ。有効打となる攻撃を一度でも入れられた場合、そこを通ることが出来る。諸君の健闘を祈る』

 

 その放送を最後に、蹂躙が始まった。

 収束呪文の重ね掛けにより沼底に沈めるも、鰭を生やして高速で泳ぎ切ることにより生還。そのまま近接戦闘に移行し、幾人かの腕や足をちぎり取る。

 急激に生え伸びた樹が上空に連れ去り空中に固定するも、即座に変形した片腕が紙を裂くように巨木を切り倒して脱出する。

 

「かの御仁、まるで本気ではござらんな」

「あぁ、本来戦闘が成り立つ相手じゃない。開始時点で死人が出ていてもおかしくないんだ」

 

 リヴァーモアが死兵たちの残骸から作り上げた巨大な骨獣ですら、バネッサの一撃を耐えるのが精一杯。しかし派閥も何もかも乗り越えて、彼らは一瞬の隙を作りだす──!

 

「やった……!」

 

 誰かの声が響いた。ゴッドフレイとレオンシオの二人がバネッサの脇腹に一撃を食らわせたのだ。

 細い線が刻まれるに留まるも、確かに一撃。勝利条件は満たされた。息の詰まるような激闘の終結に、戦場の、或いは会場内の誰もが安堵の息を吐きだしたその瞬間。

 リヴァーモアの杖剣が、ゴッドフレイに突き刺された。

 

「……ぇ」

 

 力尽き、崩れ落ちるゴッドフレイ。騒然となる会場。

 ローブの一点を血に染めたままゴッドフレイは動かない。マリアはリュディアに手を握られながら、ゴッドフレイが運ばれていくのを見ていることしか出来なかった。

 




【投影水晶】
遠方からの映像を映し出す水晶

杖剣を介した視界の共有を
より大規模化する術式が組み込まれている

長い時を経て、その製法は失われた
或いは初めから誰の手にもなかったのだろうか
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