黄金樹の麓から   作:シショ

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第5節

 その後ミリガンはマリア達を寮の前まで送ると、説教の一つもせず穏やかに去っていった。カティの言葉で解散の流れになりマリアがシェラに言われていた『話』について考え始めたとき、オリバーの手がナナオの襟首をがしりと掴んだ。

 

「ちょっ、オリバー!?」

「…………死にたがりか、君は」

 

 その声は溢れる怒りに震えていて、オリバーでもこんなに怒ることがあるのだと少し驚いた。当のナナオは何の表情も浮かべずにオリバーの顔を見つめている。

 

「上級生ふたりの戦いに割って入ろうとしたあの行動は、決して無知の結果でも冒険心の表れでもない。……君はあれが自殺に等しいと分かっていた、いやそうなることを望んですらいた! そうなんだろう!」

「落ち着きなさい、オリバー!」

 

 掴み掛からんばかりの剣幕に見兼ねたシェラが、ふたりの間に割って入る。オリバーはハッと目を見開いて一歩下がった。

 オリバーがこう感じた経緯をマリアは知らない。しかしナナオが纏う生者の気配が、狭間の地の者たちよりも薄いことは以前から気になっていた。

 

「こうなってしまった以上、全員できちんと話しておくべきでしょう」

 

 そう言うとシェラはナナオの手を引いて、広場の片隅にある小噴水を遮音結界で覆う。そのままシェラとカティでナナオを挟んで座り、オリバーがその前に立つ。ガイとピートは目配せをし合ってオリバーの横に立った。

 

「マリアも来なさい。……ナナオ、ゆっくりでいいので話していただけますか。あなたがなぜあのような行為をしたのか」

 

 マリアを隣に座らせると、シェラはナナオに優しく語りかけた。ナナオは数瞬迷った末に、こう切り出した。

 

「拙者は久しく、生への執着を失ってござる」

 

◆◆◆

 

 ナナオは仕合わせ(幸せ)を、敬愛する相手との殺し合いを求めていた。勝てるはずのない戦場で命を拾われてから夢が覚めて仕舞わぬうちにと求めて、ナナオはオリバーに出会った。

 

「貴殿と剣を合わせた瞬間、拙者は探し求めた仕合わせに出会い、そうしてその続きを願ったのでござる。真剣での立ち合いを。その果てに至る剣士の浄土を」

 

 それは叶わなかった。しかしオリバーが断ることは、ナナオにも分かっていたのだ。それでも仕合わせに至れないことが悲しくて、辛くて、死地を求めた。

 それを聞いたマリアは、ラニに出会わなかった自分がふと頭に浮かんだ。デミゴッドを殺し尽くして、エルデの王になる。その先には一体何があるのだろう。

 

(私もこう(・・)なっていたのかも知れない)

 

 ナナオの声が掠れて、その大きな瞳からぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。呆然と立ち尽くすオリバーにナナオの眼差しが向けられる。

 

「オリバーの剣の、積み重ねた修練と研鑽、その礎となった経験、感情、屈託……拙者はそれにひとたまりもなく見せられてしまい申した」

 

 訥々と語るナナオに対し、オリバーは声を発さずにいた。その目は真っ直ぐにナナオを見つめている。

 

「……あたくしにも分からなくはありません。これと見込んだ相手と研鑽を競う歓びは掛け替えのないものです。しかし、命をかけた斬り合いとなれば見過ごすことはできません」

「……それなら、試合じゃ駄目なのか?」

 

 何かを思い出すように話していたシェラが真顔に戻って向き直り、その横からピートが口を挟んだ。それはもっともな言い分であったが、ナナオは試合如きでは満足しないだろう。

 

「拙者が学んだ剣は殺人の剣にござる。生死の懸からぬ勝負に、魂は乗り申さん」

 

 半ば予想がついていたのか、ピートは特に反論することもなく引き下がった。その間に今までの会話を噛み締めて、シェラが口を開く。

 

「よく分かりましたわ。打ち明けてくれたことを嬉しく思います。その上で──生き方を変える頃合いですわ、ナナオ」

 

 顔を上げたナナオの肩に手を置き、強く語り掛ける。

 

「ここにいるあたくしたちも、この学び舎も、夢や幻ではありません。そしてあなたも生きてここにいる。新たな人生をここで生きていくのです」

 

 シェラはナナオの瞳を真っ直ぐに見つめている。語気が強まると同時に、肩に置いた手にも力がこもる。

 

「死に場所など、キンバリーにはいくらでも転がっています。この場所で魔道を究めんと欲する限り、あたくしたちにはそれを退ける意志が必要なのです」

 

 意思。

 それならばマリアにもある。行く手を阻むものたちを、たとえ殺してでも進む意志が。しかも助けなど望むべくもなかった狭間の地とは違い、今は仲間がいるのだ。それだけで通れぬ道などないと思えた。

 それはナナオも同じようだった。彼女は俄に立ち上がると、両頬を赤い手形が残るほど強く張った。

 

「……相すまぬ。拙者が腑抜けており申した」

 

 虚ろな、オリバーが死にたがりと表したナナオの瞳には力強い光が宿っていた。そのまま正面に向き直り、深く頭を下げた。

 

「ここに誓いを立て申す。──拙者は命を擲つ真似は二度と為さぬ。そしてこれより先、己が身命を軽んずることなく貴殿らの傍にある」

 

 そう誓ったナナオは顔を上げ、仲間たちを視界に収めると無邪気に笑った。

 

「だから、ここでの生き方を教えて欲しいでござる。何分剣を振るうことしか出来ぬ故」

 

 その言葉と照れ臭そうな様子に空気が緩み、シェラたちが口々にこれからのことを話し始める。それをマリアが眺めていると、不意にオリバーが立ち上がった。

 

「……そろそろ寮に戻ろう。門限が近い」

「うそっ、もうこんな時間! ナナオ、早く戻らなくちゃ!」

 

 オリバーに促されたカティがナナオを連れて駆け出し、ガイとピートが話しながら男子寮へと歩き出す。マリアも流れで部屋に向かおうとすると、オリバーから声を掛けられた。

 

「マリア。聞いておきたいことがある」

「……何?」

「君は、ナナオが死に場所を求めていたことをどう思っている?」

 

 来たか、と思った。

 マリアはナナオが話しているときに口を挟むことはせず、オリバーとの殺し合いを望んでいることにも表立って否定はしなかった。確かにオリバーとナナオが殺し合う姿は見たくない。その先でどちらかが死んでしまえば悲しむだろう。しかし、

 

「私はナナオに口出し出来ない。止める権利も、否定する権利もない」

 

 結局は同じ穴の狢なのだ。ラニに出会うまでは何度死んでも死にきれない身体に嫌気が差して、自暴自棄になっていた。あのままいればどうなっていたかなど想像に難くない。

 だからこそ、ナナオには何も言わない。オリバーとの出会いを喜び、道を外れぬよう祈るだけだ。

 

「……先に戻っている」

 

 マリアはシェラを置いて一人、部屋へと戻った。そのまま今朝の約束も忘れて、眠りに落ちていった。

 

◆◆◆

 

 翌朝、すっかり元気を取り戻したナナオはガイと共に頭を抱えていた。

 

「頭の中で……単語が回って……」

「やっぱ魔法史はきちぃよな……」

 

 マリアは知らない歴史を学ぶのが楽しく感じていたのだが、どうやら二人は苦になるようだ。オリバーがなんとかコツを伝えようとする最中に、廊下の向かいからシェラが走ってきた。

 

「カティが飛び出して行きました!あのトロールが処分されると聞いて、それを止めに……!」

 

 瞬間、マリアの脳内は焦りで埋め尽くされた。カティではあのトロールはおろか、同級生にすら敵うか怪しいというのに。マリアは最悪を想像しながら、黒弓を取り出して背負った。そして、先導するシェラの後ろについて駆け出した。

 

 

 

 マリアたちが駆けつけたときには、カティはトロールがいる牢を背にして男と対峙していた。その男はカティと一言、二言言葉を交わすと、自然な仕草で杖を取り出した。

 マリアが黒弓を構えるよりも早く放たれた魔法に、カティが身をよじりながら倒れ込む。シェラたちが駆け寄るのを視界の端に捉えながら、マリアは黒弓に矢をつがえた。

 

「いくらなんでも、行き過ぎです!」

「行き過ぎ? そうではない。学びとは痛みが、ァ、ぐぅうッ!」

 

 とす、と軽い音を立てて男の手首に矢が突き刺さった。予想外の痛みに杖を取り落とす男へ向けて、第二、三射を撃ち込もうとするも避けられてしまう。

 

「貴様、何のつもりだ!」

 

 マリアはその問いに答えない。弓を仕舞って杖剣に手を掛けた時、聞き覚えのある声が割って入った。振り返ると入口に、昨夜マリアたちを寮まで送ってくれた上級生の姿があった。

 

「ミリガン……何をしに来た」

「トロールの処遇に異論が出まして……おや」

 

 語りだそうとしたミリガンの片目は、ぼたぼたと血を滴らせる男の手首に注目した。そのまま視線を彷徨わせてマリアを捉えると、口元が微かに動いた。なんとなく、嘘だろうと言った気がした。

 

「そこまでだ、ダリウス……何?」

 

 そしてミリガンの後から入ってきたガーランドの視線も、ダリウスと呼ばれた男の手首に釘付けになる。二人の様子にひくひくとこめかみを引き攣らせていた男は荒々しく杖を拾うと、マリアを強く睨みつけて無言で去っていった。

 

「ぐ……うあ、」

「カティ!」

「今痛みを緩和しますから、」

 

 微妙な空気が漂う中、立ち上がろうとしたカティがうめき声を漏らす。治療を行おうとしたシェラの横から、いつの間にか近くに立っていたミリガンの杖が差し出された。そのまま治療に入った彼女を何となく眺めていると、ガーランドが困惑した表情でこちらに近づいて来た。

 

「Ms.ターニッシュ、あの矢は君が?」

「はい」

「……そうか。いや、どうしたものか」

「──彼女は僕が預かるよ、ルーサー君」

 

 突然響いた声にガーランドとマリアが揃って入口を見ると、そこには胡散臭い笑みを浮かべた金髪の男が立っていた。彼は入学前、マリアがこの世界に降り立った時に出会った、

 

「セオドール先輩」

「やあ。マリアも久しぶりだね。随分派手にやったそうだけれど、その話は反省室で聞くよ」

「お待ち下さい、父様!」

 

 セオドールについて行こうとしたマリアは足を止め、振り返った。カティから離れて追ってきたシェラはそのまま言葉を続ける。

 

「マリアはカティを庇っただけです。そもそもグレンヴィル先生の指導が、」

「駄目だよ。特別扱いは出来ない」

 

 笑顔で娘の言葉を切って捨てたセオドールはマリアの背中を押して廊下に向かわせた。そしてシェラを置き去りにして歩き始めた。しばらく無言で歩みを進めた二人は、手頃な空き教室に入って向かい合うように椅子に座った。

 

「さて、改めて君の口から聞かせてもらおうかな。なぜグレンヴィル先生を射ったんだい?」

「カティ……友人があれに苦しめられているのを見たから」

「自分なら勝てると?」

「あの場ではこちらに注意を向けさせれば良かった。それは当たらなくても同じ」

 

 真面目くさったふうにそれを聞いていたセオドールは他にもいくつか質問をして、マリアは淀みなくそれに答えた。何を面白がっているのかプライベートにまで踏み込んできた時には、流石に口を噤んだが。

 

「うーん、どうしようか。たぶん一日懲罰房に入っていれば問題ないと思うけど、グレンヴィル先生は満足しないだろうし」

「特別な処置が?」

「いやまぁ、グレンヴィル先生もやり過ぎだったからね。よし! 懲罰房に行こう!」

 

 そうしてマリアは懲罰房に入れられた。がちりと鍵をかけられると小窓しかないそこは途端に薄暗くなった。鉄格子の隙間からトイレ等の説明を受け、セオドールが手を振って立ち去るのを見送る。

 そうして一人きりになってみると、今回の行動の反省点がいくつも浮かび上がってくる。マリアは硬い壁に背を預けて思考に没頭した。

 

◆◆◆

 

 三日後。

 マリアはシェラに連れられて校門の外にある婦花(ダリア)の群生地を訪れていた。そこには他の仲間たちも揃っていて、なんとも言えない表情で婦花(ダリア)を見ていた。

 

「なぁオリバー。マジでこいつらをやるのか?」

「出来れば俺もやりたくないが、婦花(ダリア)たちはパレードの一部始終を見ていた。情報収集にはうってつけだ」

 

 シェラから聞いていた話によると、カティが何者かに狙われているらしい。そこでパレードの際にカティに魔法をかけた犯人の目撃情報を集めるため、この婦花(ダリア)を頼ろうということのようだ。

 しかしガイが二の足を踏んでいる通り、もちろんタダでとはいかない。

 

「やる気なのか、地獄の一発芸大会を」

「他に手はない。俺は覚悟を決めてきた」

 

 言葉の通り、覚悟が宿った目つきのオリバーがもう一度説明する。曰く──笑わせること。魔性の花たちが好むのは、人間が醸し出す滑稽味に他ならないのだと。

 

「おおげさじゃない?だって、面白いことをして、笑わせれば良いんでしょ?」

 

 カティが一歩前に出た。オリバーは止めようとしたものの、自信満々の様子に下手に声を掛けられずにいる。花たちの期待に満ちた視線の中で、カティは不敵に笑いながら渾身の芸を繰り出した────!

 

◆◆◆

 

「鉄板ネタだったのに! パパとママはいつも笑ってくれるのに……!」

「そうですか、あれで……とてもお優しいご両親でいらっしゃるのですね……」

 

 散々こき下ろされて震えながら戻ってきたカティは、ナナオの腕の中で泣きじゃくっていた。シェラはほろりと涙を溢していたが、その言葉はトドメになってはいないだろうか。

 その様子にガイとピートが戦々恐々とする中、オリバーが前に出た。

 

「元々は俺が言い出したことだ。──二番手、行かせてもらう」

 

 厳かに始まったオリバーの芸は、古典として有名なものであるらしい。と言ってもちょっと高尚過ぎてマリアは面白いとは思えなかったのだが。

 

「なんて、なんて素晴らしい……!」

 

 シェラは出来栄えに感激しているがそれもあくまで技術に対するものであるようだった。それは花たちも同じであり、確かに腕は良いが肩肘張った芸は面白くないという評価が下った。

 婦花(ダリア)が口々に感想を伝えると、遂にはオリバーががくりと膝をついてしまった。

 

「ちょっ、オリバー!?」

 

 慌ててカティが駆け寄ると、オリバーは地面に爪を立てながら苦しげに声を上げた。

 

「分かっていたとも。俺の芸は、小手先の芸だ……だが、どうすれば魂が籠もるんだ! 理論を知り、技術を高め……それ以外に上達の道があると……!?」

 

 カティ、ガイ、ピートがわたわたと慰めようとするが、空回りに終わってしまう。それを見て途方に暮れたような表情を浮かべたシェラの肩に、ナナオの手が乗った。

 

「ナナオ?」

「真打ち登場にござる」

 

 得意げにそう言い放ったナナオはマントを脱ぎ、婦花(ダリア)たちの前に立った。

 

「では、とくとご照覧あれ。拙者渾身の腹踊りを、」

「ちょっと!?」

 

 ブラウスの裾にかかった手は、シェラとカティによってがっちりと抑え込まれていた。不思議そうな顔をするナナオに、シェラは真顔で静止をかけた。

 

「この国の倫理において、白昼に乙女の肌を晒すが如き芸は許容しかねます。……助かりましたわ、カティ」

「あ、危なかったぁ……」

 

 左右から取り押さえられたまま戻ってきたナナオを見て、ふとマリアの脳内に思い浮かぶものがあった。正直この場に合っているとは言い難いが、自分に務まる芸はそのくらいだろう。

 

「マリア、あなたも案があるのですか?」

「切腹……いや、なんでも」

「…………は?」

 

  不味いな、と思った時には遅かった。マリアは表情が抜け落ちた顔で手首を握られ、引こうにも引けない状態になってしまっていた。

 

「今、なんと、おっしゃいました?」

「え、あの、切腹……」

「なぜですの?」

 

 怖い。吐息がかかるような距離で一歩一歩確実に詰められている。いつの間にか周囲は静まり返っていて、視界にはシェラの顔がいっぱいに広がっている。

 

「芸、なんて知らないし、」

「……」

「けど、前に一回やったことがあって、」

「……それで?」

「一回やそこらじゃ死なないから、やるだけやってみよう……なんて」

 

 はぁ、と重い溜め息を聞いたマリアの視界は真っ暗になった。柔らかいものが顔に押し付けられていて、息をするとシェラの匂いがした。抱きしめられているようだと認識した時、耳元で小さな声が聞こえた。

 

「……自分を蔑ろにするのはおやめなさい。ここに来るまでがどうだったかは知りませんが、あなたが傷つこうとするのは見ていられません」

 

 それだけ言うと、シェラはマリアの体を離した。恐る恐る見上げてみるとシェラの瞳は濡れていて、深い悲しみが宿っていた。それにきゅうと胸が締め付けられるような感覚を覚え、マリアは俯いた。

 

「あー、なんだ、落ち着いたか?それなら、おれがダメ元でやってみるわ」

 

 こちらの様子を窺っていたガイが、わざと陽気な声を上げた。ピートの静止に肩をすくめて、そのまま婦花(ダリア)の方に向かっていく。それをぼんやりと見送ったマリアの手がシェラにとられる。驚いて顔を上げたマリアに、シェラは苦笑を浮かべた。そうしたまま、二人はガイの芸を見守った。

 





【開腹】

褪せ人、マリアの祈祷

腹を切り開いて全身を血に染める
ごく低確率で即死する

円卓において、禁忌された祈祷
余興にしては過剰であった
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