黄金樹の麓から   作:シショ

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第八章 死者たちの王国
第1節


 

 サイラス=リヴァーモアによるゴッドフレイの襲撃。

 その噂はありとあらゆる尾ひれを生やして、数時間のうちに校内を駆け巡った。

 すぐさま会議に入った生徒会に対し、学校側は決闘リーグ続行の意思を示す。リヴァーモアの件は生徒同士の諍いであるとした。

 

「……落ち着いた?」

「うん。……ごめんなさい」

「気持ちはわかりますが、焦っても良いことはありませんわ」

 

 投影水晶が回収され他の生徒共々談話室に戻ったマリアは、リュディアに抱きかかえられていた。

 リヴァーモアの姿が消えた途端に衝動的に立ち上がったマリアの手を掴み、有無を言わせぬまま連れて来たのだ。その強引さには、シェラも少し驚いていた。

 しかし、手を繋いで、温かい飲み物を持たせて。いっそやりすぎな程の甲斐甲斐しさに、マリアもすっかり普段の調子を取り戻していた。

 

「でも、なんであんなに焦ってたの?」

 

 余裕が生まれて、ふとリュディアの行動が頭に浮かぶ。

 マリアを止めるにしても少し強引なそれは、事態の深刻さ以外に理由があるような。

 そんなことを口にすると、リュディアとシェラは顔を見合わせた。

 

「……気づいてなかったんだ。いや、そりゃそうだけど」

「?」

「マリア、あちらを」

 

 こっそりとシェラが視線を向けたのは、壁際の人だかり。気まずげな表情を浮かべたガイとカティが壁になるようにして、何かを隠している。

 

「ねぇナナオちゃん、一回放してもらえないかな?」

「すまない、ナナオ。もうしばらく押さえておいてくれ」

「承知。動くと肩が外れ申すぞ、ユーリィ殿」

「外れそうっていうかこれもう外れて痛い痛い痛い」

 

 その先にあったのは、ナナオに組み伏せられるユーリィの姿だった。

 

「……なんで?」

「向こうも色々あってね」

 

 マリアがリュディアに連れられて戻ってきた裏で、リヴァーモアが迷宮の奥に消えて行った途端に立ち上がったユーリィは、すぐさまナナオとオリバーに拘束されて談話室まで連行された。

 その手際と言えば凄まじいもので、オリバーがユーリィの腕を掴んだ次の瞬間にはナナオが組み付いて床に押さえつけており、日頃の訓練の成果を垣間見た気分だったとはリュディアの談である。

 

「む」

 

 ユーリィの肩を()めたまま、ナナオが談話室の扉に目を向けた。追ってそちらを見ると、小さな紙を加えた使い魔が何匹も飛び込んできている。

 頭上に落とされた紙片をつかみ取り目を通したシェラは、納得の表情を浮かべて口を開いた。

 

「生徒会からの招集がかかっています。対象は、決闘リーグ本戦出場者ですわね」

「本戦……ってこたぁ、おれたちもか」

「わたしたちが役に立てるのかな……?」

「そこも含めて説明があるでしょう。無策で迷宮に突入させるとは思えませんわ」

 

 不安げなカティとは対照的に、マリアはすぐにリュディアの膝から降りた。

 どの道生徒会には協力するつもりだ。協力要請があるとなれば尚のこと。決闘リーグを前にしたとしても、その思いに変わりはなかった。

 

「私は行く」

「あたしも行くよ。アーシャにも一応伝えておこうかな」

「否やを唱える者は少ないでしょう。あたくしも行きますわ」

 

 マリアの後を追うように、リュディアが、シェラが立ち上がる。

 じたばたともがくユーリィをナナオが担ぎ上げて、指定された会議場へ足を向けた。

 

◆◆◆

 

 会議室は既に多くの生徒が集まっていた。

 入ってすぐにその顔ぶれを確認したシェラとオリバーが眉をひそめる。

 

「リック──Mr.アンドリューズがいませんわね」

「オルブライトもだ。全員が集められているわけではなさそうだな」

 

 二人が周囲を探っている間に、マリアとリュディアは席を立った。

 ひと先ずはアーシャと、それからエイムズ隊を探すために。少し話した限りではあるが、生徒会への協力を拒むような人柄であるとは思わなかった。

 それを言うと、オルブライトやアンドリューズが来ていない方が不思議だが。

 

「やはり、いらしておりましたか」

「あーっ! でっかいの!」

「うひゃあ、Ms.ターニッシュもいる」

「……でっかいの?」

 

 二人が離れてすぐに、従者を連れたエイムズが声を掛けてきた。しかし、それよりも従者の片方から飛び出た呼び名が気になってリュディアの方を見ると、気まずげに剣の柄を触っている。

 

「ほら、試合であの二人を足止めしたでしょ? あたしもアーシャもムーングラムだし、別に名前で呼ばれるような仲じゃないし。いつの間にか、ね」

 

 ふぅんと一つ頷いて、マリアはふとエイムズが苦い顔をしているのに気が付いた。

 

「……連れが失礼を。貴女たちに後れを取ったのが、余程悔しいようで」

「まぐれで買ったからってチョーシ乗んなよ、Ms.ターニッシュ」

「ミンが本気になったら瞬殺なんだぞ!」

 

 そう息巻く二人に、マリアはどうしていいのかわからなくなる。

 実際マリアが勝ち取った勝利は薄氷の上にあったものである。エイムズが待ち構えるところへ踏み込んだ判断を、シェラやオリバーから詰められ、居心地の悪い思いをした。

 そう困り果てるマリアと、従者二人を諫めるエイムズを見て、リュディアが口を開く。

 

「別に、そっちの二人がそのままなら、次があったって負けないけどね」

「む、ぐぐぐ……!」

「うぅ……ごめんよぉ、ミン。弱くてごめん……」

 

 リュディアの言葉を受けて斬りつけられたようによろめいた二人が、エイムズにしがみついて弱音をこぼす。両側から挟まれたまま二人を宥めるエイムズに、マリアは主従の在り方の一つを見た気がした。

 挨拶もそこそこにエイムズが離れていくのを見送って席に戻れば、ちょうど檀上に女生徒が立ったところだった。

 

「生徒会のレセディ=イングウェだ。ゴッドフレイの負傷につき私が統括代理を務めることとなった」

 

 そう言ってレセディはぐるりと会議室を見渡す。

 

「集まってもらった理由は他でもない、ゴッドフレイの治療のためだ。今回負った傷は特殊なもので治療には時間が掛かるが、リヴァーモアに奪われた骨さえあればすぐに治せる。諸君らは骨の奪還のための戦力となることを期待する」

「……質問、よろしいでしょうか」

「構わない」

 

 手を挙げたのは、少し離れた所に席を取っていたエイムズだった。

 レセディから了解を得てそのまま口を開く。

 

「リヴァーモア先輩を相手に、我々三年生がどこまで役に立てるものでしょうか」

「すまない。戦力とは言ったが、何も直接やり合えというわけではない。諸君らの役目はリヴァーモアの捜索、そして人数差で圧力を掛けることだ」

「なるほど、それで。……承知致しました」

 

 エイムズが下がった後にも質問を募り、期間、引率の上級生、報酬が説明されていく。

 もっとも、それらの情報は黙っていても提供されただろう。甘さと切り捨てられかねない愚直さは、このキンバリーにおいて快く映った。

 

「最後に一つ、伝えておく」

 

 ある程度落ち着いた会議室へ、レセディの声が響く。

 

「サイラス=リヴァーモアは魔に呑まれてはおらず、近く呑まれそうな傾向もない。だが、我々はそれを今から追い詰めるのだ。どのような結果になるかは各々で判断して参加するように」

 

 それだけを告げてレセディが檀を降りていく。

 たちまち室内は参加を表明しに立ち上がる者やチームメンバーと話し込む者、しかめっ面で部屋を出ていく者などで混沌とし始めた。

 マリアはとっくに参加を決めていたが、シェラやオリバーまでそうとは限らない。話だけでも聞いておこうと顔を上げれば、前列からオリバーとナナオの姿が消えていた。

 

「オリバーと、ナナオは?」

「Mr.レイクがイングウェ先輩に何か渡したいと、連れて行ってしまったのですわ」

 

 困ったようにため息を吐くシェラに、マリアは立ち上がって生徒たちの向こうに目をやる。それでもマリアの背丈では見えなくて、リュディアの方を見るも首を振られた。結局戻ってくるのを待つ他なさそうだ。

 

「少しよろしいでしょうか、Ms.ターニッシュ」

 

 そこへ、先程別れたばかりのエイムズがやって来た。

 警戒を露にするピートやカティに目もくれずに、誰かを探すように視線を巡らせる。

 

「どうかした?」

「良い機会でございますので、Mr.ホーンやMr.レストンを紹介して頂こうかと思いまして」

「いいけど……」

 

 唐突な言葉に後ろを振り返ってみても、ピートは訝し気にエイムズを見るばかり。

 良い悪い以前にエイムズのことをまるで知らないのだから当然ではあるのだが、エイムズは初めてそれに思い至ったように一つ頷くと薄く笑みを浮かべて言う。

 

「古いばかりで名の無い家の者としては、婚活に取り組まねばならない時期でして」

「こんかつ……?」

「あー、それまた今度にしてもらってもいい? こんな状況だしさ」

 

 思いもよらない言葉に、マリアはそっくりそのまま返すしかない。それを見かねて間に入ってくれたリュディアの後ろに隠れ、マリアはなぜだか熱くなる頬を押さえた。

 以前もそんな話をしたことがあったが、あれはいつか遠い未来のことだと思っていた。けれどマリアも既に三年生。キンバリーでの生活も残り半分といったところである。

 

(みんな、結婚するのかな)

 

 卒業したら。もしくは在学中にでも。

 こんな状況だというのに奇妙に浮かれたマリアの肩にそっと手が置かれた。

 

「……どうしたのです、マリア?」

「ゃ、なんでも、ない」

 

 シェラから心配そうに見つめられて、別の意味で頬が紅潮する。

 ふる、と首を振って雑念を追い出し、一つ息を吐いた。未だ先のことよりも、まずは目の前の問題だ。

 

◆◆◆

 

「つまり、私の出番というわけだね?」

 

 談話室に戻ったマリアたちを待っていたのは、選挙活動に勤しむミリガンだった。

 あちこちのテーブルを回っていたミリガンがいい笑顔で向かってきた時、ユーリィ以外の剣花団の面々はそっと目配せをし合った。相手が上級生である以上追い返すことなんて出来るはずもない。ただ何事も無いようやり過ごすのみだ。

 

「ミリガン先輩、何か御用ですか?」

「聞いたよオリバーくん。ゴッドフレイ統括の骨を取り返しに迷宮へ潜るんだって?」

「えぇ。……ですが、ミリガン先輩は決闘リーグの準備でお忙しいのでは」

 

 オリバーの言う通り、ミリガンはあのバネッサの試練を乗り越えて本戦へ出場を果たした一人である。その上次期学生統括への立候補を控えているのもあり、軽々しく動けない立場であるはずだった。

 

「その通り。だがねぇ、ここで統括に恩を売っておくのも悪くないだろう?」

「それは……」

「──勝手なこと言ってんじゃないわよ」

 

 そこへ、ミリガンの背後に一人の女生徒が立つ。

 シェラと同じ縦巻きの金髪に、ミリガンと同じ色のタイ。目元には化粧では隠し切れない隈があった。その後ろにはコーンウォリスとウィロックの主従も立っている。

 

「おや、リネット。準備は終わったのかい」

「あんたもやるのよ。押し付けるだけ押し付けて、どこで遊んでたわけ?」

「それはもちろん選挙活動だとも。まぁ、そろそろ潮時かな」

 

 そのままミリガンは、引きずられるようにして談話室を出て行った。

 複雑な表情でそれを見送ったコーンウォリスの視線を受けて、シェラが立ち上がる。

 

「行くわよ、ミシェーラ」

「──えぇ。皆、無理だけはしないでくださいませ」

 

 去り際にマリアの髪に触れて、シェラが離れていく。問題が起こったとはいえ決闘リーグの期間内であるのだから、シェラを連れていかれることに不満はない。

 残されたマリアたちに出来ることは当然の如く少なく、しかし決めておかなければならないこともある。生徒会の調査の進展を待つ他ないのもそうだが、まず剣花団の中で意思の統一が成されていないのだ。

 

「で、お前ら行くのか?」

 

 それぞれのカップに紅茶を注いだガイが口を開く。

 話題は生徒会からの協力要請について。しかし、同じテーブルの上でも反応は二つに分かれた。

 

「俺は行こうと思う。選挙を抜きにしても、生徒会からの恩を返す良い機会だ」

「故ある先達の求め、応えぬ訳にはいき申さぬ」

「ぼくは元々リヴァーモア先輩に会いたかったからね」

 

 オリバーとナナオ、ユーリィは参加を決めているようだ。

 ただ、オリバーはユーリィの動きを注視していて、下手に暴走するのを抑える目的もありそうだった。

 

「私も行く。ゴッドフレイ先輩には何度も助けられたから」

「マリアが行くならあたしも行くよ。アーシャは……どうだろ」

 

 マリアは当然のようにそう言った。本当なら報酬もいらないくらいだったのだが、将来の軋轢を防ぐためにもとシェラから受け取るよう言われている。

 リュディアの物言いは惰性であるかのように聞こえるが、言葉の裏には無自覚な嫉妬が滲んでいる。マリアがゴッドフレイへあんなにも入れ込んでいるのが、気に入らない。

 

「わたしは……まだ迷ってる。捜索だけって言っても戦闘の可能性はあるわけだし、そうなったら足手まといになっちゃうかもしれないし」

「それでもボクは行きたいな。報酬は十分、上級生からの指導も興味がある」

「それは、そうだけど……」

 

 尻込みするカティに、ピートが身を乗り出して説得にかかる。

 今回決闘リーグが行われている事情を鑑みて、それぞれのチームに上級生を一人付ける形での捜索が決まっているのだ。確かに危険ではあるだろうが、同時にこんな機会も滅多にないだろう。

 

「カティ、シェラも言っていたが、無理をして行く必要は──」

「……行く」

 

 カティを気遣うように掛けたオリバーの言葉は、当のカティに遮られた。

 顔を上げて見据える先に居るのは、オリバー。戸惑った表情を浮かべるオリバーと顔を明るくしたピートに、カティは言う。

 

「お金だっていくらあっても困らないし、指導はいくらでも受けたいから」

「そ、うか。君が決めたことなら、俺は何も言わないが」

「ところで、ガイはどうするの?」

 

 強引に話題を逸らした先には、バッグからクッキーを探し当てたガイの姿があった。

 唐突なその問いに、ガイはからりと笑って見せる。

 

「お前らが行くってんならおれも行くぜ」

「いいの? ガイはまだお金に困ってるわけじゃないでしょ?」

「まぁ、おれだって置いて行かれたいわけじゃねぇしな」

 

 結局、全員で行くことになってしまった。そうと決まればすぐにでも飛び出していきたいところだが、未だ生徒会からの発表はなく、待つことしか出来ない。

 マリアは、そんなじれったさを紅茶と一緒に飲み下した。

 




【放棄区画】
キンバリー地下迷宮において
階層の狭間に位置する区画

大半は封鎖・放置されているが
その一区画を自らの箱庭とする者も存在する

それが魔に呑まれての行いであれば
さぞ巨大な国となるだろう
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