黄金樹の麓から   作:シショ

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第2節

 

「まず、欠員無しでの参加に感謝する」

 

 迷宮との繋がりが強い大教室に集められたのは、招集が掛かった三年生と、現生徒会のメンバー。その中でも補給係や捜索隊にと振り分けられて、後は説明を聞いて出立するばかりとなっていた。

 

「決闘リーグのチームを基準に、上級生を一人監督役として付ける。目的地に着いた後は手ごろな拠点を確保、その後探索へ移る。何か質問は?」

「三年生に対して探索担当の先輩方が少ないようですが、複数のチームを担当する方もいるということでしょうか」

「いや、決闘リーグに出場中のメンバーが戻り次第加わることになる。それまで一部の三年生は待機だ」

 

 それを聞いたマリアは眉を寄せた。

 剣花団の中でも、監督役が付いていないのはマリアとリュディアだけだった。

 下級生(アーシャ)を加えることは出来ないという決定が下されるのが遅かった時点で薄々察してはいたが、どうやらマリアたちは居残り組になるらしい。

 

「絵画を開く。準備が出来た部隊から入っていけ」

 

 迷宮の調査が終わり、上級生に連れられた三年生が次々に絵画を潜っていく。

 マリアは逸る気持ちを抑えながら壁際で待機していた。

 

「先に行っていますわね、マリア」

「うん。すぐに合流するから」

「……それは、少し難しいだろうな。リーグ後すぐ探索に参加できる訳じゃないだろう」

 

 オリバーが苦い顔で言う。

 それはマリアが目をそらしていた部分であり、どうにもできないことだった。

 

「……無理、しないで」

「えぇ、もちろん。……なんだかいつもと逆ですわね」

 

 くす、と笑ったシェラがマリアを抱き締め、隊の下に戻っていく。オリバーもまたナナオやユーリィと共に引率の上級生と合流しに行く。

 マリアとリュディアは、がらんとした大教室に取り残されてしまった。

 

 

 

「来ない」

 

 思わず零れたその言葉に、リュディアが珍しいものを見たとばかりに眉を持ち上げる。

 引率の上級生が一向に現れないのだ。

 部屋に残っているのは後詰めの上級生が数人と、補給係の同級生や下級生。迷宮に連れて行ってくれと頼み込むにしても、適した人材とは言えなかった。

 そんな中で、慌ただしい足音が廊下から響いてくる。マリアは杖剣の帯を結び直した。

 

「──やぁ、待ったかい」

「ミリガン先輩……! 試合のはずじゃ」

「とっくに終わらせてきたさ。早速ですまないが、治療をお願いしても?」

 

 よくよく見れば、ミリガンの体には傷がいくつもついていた。

 マリアが駆け寄って一気に治す内にミリガンは携行食をほおばる。見た目のわりに体力はさほど消耗していないようで、ぐっと伸びをして服に付いた汚れを叩き落とした。

 

「リュディアくん、他の隊が出てどれくらい経った?」

「ほんの一刻ほど前です」

「そうかい。それならまだ間に合うね」

 

 そう言うと、ミリガンは絵画へ向かっていく。

 補給係の上級生がぎょっとした顔で止めようとするも何某かの紙切れを見せられ、腑に落ちないような顔をしながら引き下がった。

 軽やかに飛び込んでいくミリガンの背中を追って、マリアも絵画の先へ足を踏み入れた。

 

「っ……」

 

 軽い眩暈のような感覚と共に飛んだ(・・・)先は、迷宮第一層深部。

 そのまま二層へ走るミリガンの後ろで、マリアは空気の違いに眉をひそめる。上級生の決闘リーグ用に環境が調整された迷宮は、普段と比にならないほどの血臭を漂わせていた。

 

「行きがけに何だが、君たちは死霊(アンデッド)についてどこまで知っているんだい?」

 

 その問いにマリアとリュディアは顔を見合わせる。マリアが直接見たのはエンリコの工房での一件のみであり、それも一般的な事例とは言い難いだろう。

 死に生きるものであればマリアが幾度となく対峙し葬ってきたのだが、具体的な特性は未だあやふやなままだった。霊魂が死後強烈な怨念によって現世に留まり、生者に害を為す。それが二人の認識だ。

 しかしそれを聞いたミリガンは首を振って告げる。

 

「基本的なことは押さえているようで何より。しかし、一旦それらは忘れたまえ」

「……何故です?」

「リヴァーモア先輩の操る死霊に常識は通用しない。半端な知識では痛い目を見るだけさ」

 

 見ればわかるよ。

 それきりミリガンは口を噤んだ。巨大樹(イルミンスール)を越え、合戦場を抜けて、三層へ向けて歩を進めていく。

 かつてオフィーリア=サルヴァドーリが全域に影響を及ぼしていた頃とは異なる薄暗い湿地を横道へ逸れて、細い洞穴を下る。

 

「……誰か、壊しながら進んだか。別に迷宮も崩れない訳じゃないんだが」

 

 ミリガンのぼやきに周囲を眺めると、確かに炸裂呪文を何発も放ったかのような痕が見て取れる。

 もしかすると元は洞穴ですらなかったのかもしれない。そんなことを考えていると、ミリガンがひときわ大きな横穴の前で足を止めた。

 

「ここだね」

「この先にリヴァーモア先輩の工房が?」

「もはや町のようになってしまってはいるがね。……おや」

 

 踏み込もうとしたその時、穴の奥から慌ただしい足音が聞こえてくる。

 剣に手を掛けたマリアとリュディアを制すると、ミリガンは足音の主に向けて大声で呼びかけた。

 

「おおい、生徒会の者かい?」

「──誰かと思ったらお前かよ」

 

 呼吸を整えながら立ち止まったのは、生徒会のティム=リントンだった。その後ろには統括代理のレセディも立っており、額の汗を拭っている。

 

「やたら早いけど、勝ったんだろうな?」

「もちろんだとも」

「なら良し」

「こちらは丁度動きがあったところだ。詳しいことは拠点の居残り組に聞け」

 

 一方的にそう告げたレセディたちは、返答を待たずに駆け出した。

 後に残るのは瘴気の残り香が漂う入り口のみ。

 

「それじゃあ、準備はいいかい?」

 

 その問いに、マリアは力強く頷いた。

 

◆◆◆

 

 死霊の王国。

 それは死霊術師サイラス=リヴァーモアが、古代魔法文明の遺跡とそこに残っていた死霊を利用して作り上げた仮初の国である。効率的に死霊を運用するために仕立て上げたその領域は、無残にも解体(・・)されつつあった。

 

「マリア!」

「うん、見えてる」

 

 リュディアの合図と共に、黄金を帯びた風の刃が吹き荒れた。

 そのきらめきに触れた死霊は絡みついた肉体への干渉力を失い解けていく。残った体を利用しての再構成も、他の死霊と合流して強化されることも叶わない、完全な消滅だった。

 

「……常識を捨てろと言った身ではあるんだが」

 

 戦闘が始まってからは最低限の指示を出すに留まったミリガンが、引き攣った笑みを浮かべた。

 それもそのはず、本来霊体に干渉できるのは、高度な死霊術を扱う者か死の神霊に限られる。しかしマリアの揮う黄金の光はそのどちらでもないというのに、肉体に絡みついた魂を容易く剥がし取ってしまった。

 

「こちら側が常識を外れることはないんだよ?」

「私は死霊(アンデッド)の性質が向こうと同じでよかった、です」

「対死霊に関しては君たちの方がずっと進んでいるらしいね。いや、興味深い」

 

 じっと頭を見つめてくるミリガンの視線から逃れるように、マリアはリュディアの下へ向かう。

 崩れかけの骨の山を検分していたリュディアは駆け寄ってきたマリアに小さな骨片を差し出した。

 

「これ、変な感じしない?」

「ん……」

 

 摘まめる程度の小さな骨には、しかし大きさに釣り合わない程の霊体がこびりついているようだった。マリアが触れようとすると、指先を焼くような熱が伝わってくる。

 

「反発してる?」

「それは分かんないけど、他より新しい気がして」

「──そうだろうね。それはリヴァーモア先輩の骨だ」

 

 マリアの後ろから覗き込みながら、ミリガンが言う。

 

「なぜそうお考えに?」

「魔力の感触に覚えがあるんだ。だけど、理由がわからない」

「……理由」

「なぜ死霊(アンデッド)に自分の骨を持たせているのか、だよ。自分の痕跡を態々残していくのには、それなりの理由があるはずだ」

 

 そう言いながら、ミリガンは骨片を呪符で包んでポケットに入れた。

 マリアは対死霊を得意としていても、その構造までは分からない。リュディアとミリガンも死霊術を研究している訳ではなく、手詰まりになってしまった。

 

「ま、いいさ。そこは先行隊が何か見つけているだろうからね」

「次はどこに?」

「休憩がてら、拠点に向かって情報収集と洒落込もう」

 

 

 

「マリアとリュディアに……ミリガン先輩!?」

「ありがたいですけど、何でいるんスか?」

「なぁに、心配いらないさ。ところで、監督役は誰か残っていないのかい?」

 

 程なくして生徒会が確保した拠点へと足を踏み入れたマリアたちは、待機していたカティとガイに迎えられた。仮にも次期統括候補であるミリガンの来訪に困惑する二人の奥では、大きく広げられた羊皮紙の前でピートと上級生らしき二人が話し込んでいる。

 

「本当に来るとはな、ミリガン」

「生徒会に恩を売るには絶好の機会でしょう? それにまぁこう言っては何ですが、私が統括になれるかどうかはかなり怪しいところがありますし」

「……人手が増える分には構わない。レセディから話は聞いたか?」

 

 ミリガンを出迎えたのは、確かオリバーの親戚だったろうか。二人の内片方はマリアが来た途端に天幕の後ろへ引っ込んで行ってしまった。

 マリアとしては話し合いに混ざりたいところではあるが、ミリガンから休むよう言われている以上勝手にうろつきまわることも出来ない。マリアはクッキーを用意してくれたガイにお礼を言いながら視線を巡らせて、ピートの手元が目に入った。

 

「ピート」

「……ん。オマエらか」

 

 薄く目を開いたまま紙をなぞっていたピートは、マリアの声でその手を止めた。

 手元を覗いてみれば周辺の地図と思しき細かな線が引いてある。

 

「これはゴーレムで?」

「あぁ、瘴気のせいで箒がうまく動かないからな。ボク以外にも飛ばしてる人は結構いるぞ」

「ふぅん。……ちょっと手を加えてもいいかな」

「……何する気かは知らないけど、オマエならいいんじゃないか」

「ありがと」 

 

 ピートの隣に立ったリュディアが蒼銀で装飾された輝石杖を抜く。

 それをピートの杖剣と交差させて、数秒。ふっと肩の力を抜いたピートに代わり、地図の横に陣を敷く。

 

「飛ばしてたのは七機で合ってる?」

「あぁ」

「じゃあ引き継ぎ成功だね。マリアと休んでてよ」

 

 そう言って、リュディアは作業に集中し始めた。

 手伝えることは無さそうだ。そう判断したマリアは、しかしそのまま休むことも躊躇われて、早速クッキーを食べ始めたピートの隣に腰を下ろした。

 

恵みの祝福

 

 ピートとリュディア。そして近くで作業していたカティやガイも巻き込んで、黄金の光が少しずつ身体を癒していく。

 

「わ、あったかい……」

「……別に、怪我をしてるわけじゃないぞ」

「まだ余裕があるから大丈夫」

 

 漂う瘴気で知らず知らずのうちに委縮していた体が解れていく。

 苦言を呈したピートもあくびを漏らして、うつらうつらと舟を漕いでいた。

 

「んん……これ、眠くなるな……」

「別に、休憩してもいいと思うけど」

「ボクたちは休憩じゃなくて待機だからな」

「でも、」

 

 マリアが視線を逸らした先には、机に突っ伏して眠るカティとガイの姿があった。

 追ってそれを見たピートが呆れた顔を浮かべるも、どこからともなくブランケットを持ち出したミリガンに観念したようだ。

 

「働き詰めだったんだろう? 本格的な調査が始まるまでは休んでおくといい」

「……先輩が、言うなら」

 

 渋々横になったピートだったが、少しした頃には小さく寝息を立てていた。

 祝福が長続きするように魔力(FP)を残して、マリアはそっと立ち上がる。見れば、リュディアが杖を仕舞うところだった。

 

「終わったの?」

「大体はね。見る?」

「うん」

 

 リュディアが体を避けた先には、結晶で作られた立体模型(ジオラマ)があった。元々地図があったとはいえ、入り口から見た街の風景をそのまま小さくしたかのような出来栄えだ。

 

「……きれい」

「多少、簡略化してはいるけどね。一々窓とか付けてらんないし」

「いや、素晴らしいとも」

 

 いつの間にか隣に立っていたミリガンに驚く間も無く、マリアはリュディアの背に庇われていた。

 

「……何だい?」

「……いえ。無言で寄ってこないでください」

 

 マリアを引き離そうとするリュディアとそれを面白半分に追うミリガンの追いかけっこは、入り口から飛び込んできた声に止められた。

 

「戻りました……って、なんで居るのよあんた!」

「恩を売るなら自分でやってこそさ、リネット」

「私が来た意味ないじゃない。もう、何やってんだか……」

 

 呆れたように息をつくリネットを皮切りに、複数の隊が拠点に入ってくる。

 その足取りはどこか軽やかで、レセディの言っていた進展を感じさせるものだった。

 

「マリア! あぁ、来ていたのですね」

「怪我してない?」

「えぇ。丁度良かったですわ」

「?」

 

 引率の上級生たちが机の上の模型に目を引かれつつ、懐から包みを取り出す。

 そこに収められていたのは小さな骨片だった。

 そこへ、双子の兄の背に隠れるようにして、シャノンが現れる。

 

「……これだけ集まれば、分かるかも。……皆、杖剣(つえ)を」

 

 片手を骨片に触れながら差し出された杖剣を指すようにして、各々が杖を取り出す。

 その流れのままに、マリアとリュディアもまた剣を抜いた。

 

 




死霊王朝(バルシュ)の民】 
かつてキンバリー大迷宮を居城としていた人々
あるいはその成れの果て

生前の魔法契約によって魂を縛られ
擦り切れた自我だけが体を動かしている

王は亡く、がらんどうの玉座に
民は何を思うのだろう
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