己が広がるような、酩酊感に似たそれを受け入れて。
マリアはまた、この街の入り口に立っていた。
(何が……?)
声が出ない。どころか、体を動かすことも出来ない。
そこでようやく、マリアは自分の視点でないことに気が付いた。
普段よりもずっと高い視点。そして、傍らにある大きな棺。今よりもずっと荒廃した街を見下ろす誰かが口を開く。
「ここがお前のいた迷宮都市か」
「そう。上に学校が出来てたなんて、聞いたときは驚いたよ」
棺から、声が響く。少女の声だ。
直接聞こえているわけではなく魔力波での会話に近いものだったが、マリアにはそう感じられた。
しかし、気がかりなのは男の声だ。それは聴き間違えようもない、サイラス=リヴァーモアの声。
「大した王国だな。死者で溢れかえっている」
「元々死者の国としてデザインされたっていうのもあるけど……人も建物も、とっくに寿命を過ぎてる。解放してあげたいのはやまやまだけど、今の私じゃどうにもならないや」
リヴァーモアが棺を背負う。
それなりに重量があるのか少し前のめりになって、それでも確かな足取りで街へと歩き出す。
「俺が面倒を見てやる。手駒の一つも欲しかったところだ」
重い足音が響く。
それに被せるように、背中の棺から笑い声が漏れた。
「ここの王になる気かい? それなら、いい場所がある」
「……何?」
ざり、と音を立ててリヴァーモアが足を止める。
その先には、街を守るように立ちはだかる黒い影。
「玉座だよ。全ての霊廟が同じ形に見える場所、そこに中枢がある。……まずは、彼らを突破しないといけないみたいだけどね」
巨大な体躯の骨獣。複数の
自身も足元から骨獣を湧き上がらせて、リヴァーモアが嗤う。
「超えて見せる」
そんな言葉を聞いたところで、左の薬指を通して全身が凍るような感覚と共に、マリアの意識は引き戻された。強制的に眠りを覚まされたような不快感と、それを上塗りする寒気に思わず杖剣を取り落としてしまう。
「――マリア?」
「
リュディアがマリアへ手を伸ばすのと同時、オリバーが机の方へ駆け寄っていく。
呼吸を落ち着かせたマリアがそちらを見れば、シャノンがグウィンに支えられるようにしてその場にへたり込んでいた。
騒ぎの中心からマリアを隠すようにして立ったリュディアが、魔力波で囁きかける。
「どうしたの」
「急に、寒気がして」
「……具合悪い?」
「いや……」
マリアは、杖剣を拾いながら左手に目を向けた。
いつもなら心地の良い冷たさを帯びているはずの指輪が、氷室に入れたような冷気を放っている。
不安な風を装ってリュディアの手を握れば、リュディアも異変に気が付いたようだ。指輪に負けない程冷たい指が、マリアの手をなぞる。
「……ラニ様」
「ラニが? なんで」
「さぁね。でも、機嫌が悪そうだ」
そんな二人の様子に気づくこともなく、シャノンが天幕の奥に運ばれていった。
騒然とした空気も落ち着いて、上級生たちが今後について話し合いを始める。ミリガンがそこへ加わってしまったため、マリアとリュディアに出来ることはあまりない。
今後の戦闘を見据えて治療に回ろうとしたマリアの下へ、足音が一つ近づいてきた。
「マリア」
珍しく遠慮がちに声を掛けたシェラは、手を握られるマリアの姿に眉をひそめた。
その視線にいたたまれなくなって、離そうとしたのに、リュディアが指を絡めてくる。慌てて見上げるも、リュディアの蒼い瞳は持ち上げたマリアの手をなぞるばかりだ。
「どうか、した?」
「折角だし」
「なにが……?」
「あなたたちは、本当に……」
困惑しきりのマリアと、あくまでマイペースを装うリュディア。
そんな様子にため息をついて、シェラは繋がれた手を解く。そして二人の手を握ると壁際まで連れて来て、マリアを挟んで腰を下ろした。
「緊張は……していないのでしょうけど。すこし休みましょう」
「さっきまで休憩してたよ」
「他者の記憶を覗くのです。何が起こってもおかしくありませんわ。現にMs.シャーウッドは体調を崩しているようですし」
ちら、と天幕の奥へ目をやるシェラに、マリアは複雑な思いを抱く。
不調とやらの原因は恐らくラニであるようで、しかし何の理由もなくそのような凶行に及ぶとは思えない。
マリアの関知出来ない所で何かが起こっている。それが分からないのが、ただ、悔しい。
「流れで加わったたところがあったんだけど」
「……はい?」
「あれってリヴァーモア先輩の記憶で間違いない?」
ぽつ、とリュディアがこぼしたそれは、マリアも気になっていたことだった。
本人の骨を介してとはいえ他者の過去を追体験する技術は、狭間の地にもない。もしかするとそれがラニの怒りを買って、などという考えを、マリアは頭の片隅に追いやった。
「あたくしにも詳しくは分からないのですが、Ms.シャーウッドが骨にこびりついた霊体から記憶を読み取っているようなのです」
「誰にでも出来ることじゃない、よね?」
「霊体の扱いに習熟していなければいけないでしょう。それがどの程度かは、あたくしには測りかねますわ」
それを聞いて、マリアに一つの嫌な予想が浮かんだ。
ラニから送られた蒼月の指輪には、ラニの力が込められているようだ。もし、それが霊体に絡むものだとすれば、指輪を通じてラニの存在を認識してしまうのではないか。
「今までは、あんなふうに倒れたりしなかったの?」
「今まで、といってもあの方法で記憶を覗くのはまだ二度目です。初めの一回は、そうですわね、リヴァーモア先輩の家が抱えるものについて」
「それで骨を集め出したんだ」
「えぇ、二度目にして手がかりを掴むことが出来ました。そこは素直に喜べますわね」
どこかほっとしたような表情を浮かべたシェラに、マリアは手を伸ばす。不思議そうにその手を取ったシェラの体を黄金の光が包んだ。
拠点に残っていたカティたちやこちらに来たばかりのマリアとは違って、
「休みなさいと言ったでしょう、マリア」
「シェラだって」
出来ることなら、シェラと一緒に行動していたコーンウォリスとウィロックも。
そんな思いも込めて周囲を見渡すと、丁度こちらを伺っていたコーンウォリスと目が合って、すぐさま逸らされた。なんだか以前にもこんなことがあった気がする。
「……ありがとうございます、マリア」
そんなことをしているマリアを、シェラが緩く抱きしめる。
少し寂し気にしていたリュディアも巻き込んで、マリアたちは体温を共有し合った。
荒涼とした王国の中で、そこだけが光に満ちているようだった。
◆◆◆
「想定外のトラブルはあったが、リヴァーモアの居場所は掴めたな」
「全ての霊廟が同じ形に見える場所、ねぇ……大体この辺か?」
レセディとティムが決闘リーグの初戦を終えて帰還した。
その知らせが捜索隊に広がると同時、生徒会メンバーは慌ただしく準備を進めていく。
リュディアの模型と飛行型ゴーレムによる周辺地形の調査によって、本丸と目される霊廟は発見済みだ。問題は突入メンバー。誰を残し、誰を向かわせるか。
「マリアくん、こっちだ」
マリアとリュディアはシェラと別れ、ミリガンの下に戻っていた。周囲では捜索隊の再編成と役割の分担が行われている。
シャノンとそれに付き添ったグウィンが抜け、レセディとティムが戻ってきた。しかし決闘リーグの本戦が控えている都合、彼らを主力とするのは憚られる。
「いやぁ、リュディアくんは背が高いから見つけやすくて助かるよ」
「……状況はどうなってます?」
「私は陣頭指揮を執ることになった。出張ってきた甲斐があるというものだよ」
「それじゃあ、私たちは」
「――お前らは僕が持つ」
背後からかけられたその声に振り返ってみれば、そこにはティムが立っていた。
肩出しのワンピースに改造された制服というキンバリー生徒の異性装の中でも派手な部類のそれは、しかし戦装束にも似て妙に似合っている。
「やはりそう決まったかい」
「こいつらを推したのはお前だろうが」
「使えることは保証するよ。君の毒とも相性が良いだろうし」
「どんなもんかは実戦で見てやるよ。おら、来い」
言うだけ言って背中を向けたティムを目で追って、マリアはミリガンに振り返った。
「ここまで、ありがとうございました」
「ん? いやいや、私はほとんど何もしていないじゃないか」
「それでも私たちがここに来られたのは、先輩がいたからなので」
こればかりは本当に感謝しているのだ。
剣花団の面々が迷宮に潜り、ゴッドフレイが決闘リーグで戦い続ける中、ただ待つだけでいることは出来なかっただろう。勝手をしてでも捜索に参加していたに違いない。
「それなら今度、実験を手伝ってもらおうかな」
「…………はい」
「ふ、嫌なら良いんだよ?」
「……いえ、また今度」
実験、と聞いて背筋に寒気がはしったが、マリアはそれでも頷いた。
ミリガンに見送られながらティムの後を追うマリアに、リュディアはこそと話しかける。
「良かったの? あんな約束しちゃって」
「ここに居られるのは先輩のおかげだから」
「……あたしも行くからね」
「! うん」
拠点の外に出れば、ティムはすぐ外で待っていた。
薄い化粧を施した鮮やかな緑の瞳が、二人の体を無遠慮に眺める。
「やっと来たか。説明は行きがけにする。付いてこい」
会話も無しに走り出すティムに、マリアとリュディアは顔を見合わせる。
しかしそんな暇もなく遠ざかっていく小さな背中に慌てて追いかけだした。
「……付いて来れるだけの地力はあるみたいだな」
「いきなりなんですか」
「ちょっとした試験だよ、ムーングラム。僕はお前たちのことを何も知らないからな」
そう言いながら、ティムは腰のポーチに手を突っ込んだ。
それを見計らったかのように正面から強烈な殺気が叩きつけられる。
「そら、お出ましだ」
それは影だった。
人の形をしているようには、見える。
顔が陥没しているのかそれとも存在しないのか、真黒な塊が大柄な体に乗っていた。
「リヴァーモアの野郎もこっちが動き出したことには気づいてるだろうからな。だけどわざわざ駒を割くっつーことは、この先が本命だって証拠だ」
「あたしが出ます」
「おう、ここはお前ら二人に任せる。さっさと仕留めろよ」
後方を警戒しつつ後ろに下がったティムと入れ替わるように、マリアは剣を抜いたリュディアの隣に立つ。
聖印を握った手を騎士剣に滑らせれば、刀身が強い光を帯びた。
「……あれ、見たことある?」
「無い。でも形だけ見れば徒手格闘が主のはず」
「じゃあ打ち合わせ通りに」
会話はそれだけ。
リュディアが盾を前に出しつつ影との距離を詰める間に、マリアは膝を付いて詠唱に入った。
「【黄金の流星】」
マリアの周囲が黄金の光に包まれ、小さな光の粒へと変わっていく。煌々と路地を照らすその光に、影はどこか驚いたように見えた。
光弾が放たれると同時、リュディアがぐんと前に出る。対する影は足元から水を湧き立たせ、それを迎え撃った。
「っ!」
聖律の効果を打ち消さないよう冷気を纏わず放った一撃は、しかし影が周囲に展開した水と激しくぶつかり合う。
リュディアはその中に、水の抵抗だけではない硬質さを見て取った。
「マリア! こいつ、死儀礼の祭司を呼んでる!」
水の中を泳ぐのは、槍を持ったヒトの上半身。
以前アーシャが見せた青白い炎が槍の穂先で揺れている。
「足止めする」
マリアは懐から貴腐騎士の槍を抜き放った。
先端を石畳に擦らせながら振り抜けば、黄金の槍衾が路地を埋めていく。
影は光を嫌ってか、ずぶ、と足元から地面に沈んでいくかに見えた。けれど、
「【カーリアの貫き】」
黄金の槍の隙間を縫って、青白い刃が影の胸元に突き通された。
縫い留められた影が動くよりも早く、黄金の流星がその体を貫いて。
決着にはそれだけで十分だった。
「……マジかよ」
そう呟いたのは、試験管を指の間に挟んだティムである。
あの
その実力は未知数にせよ、多少使える程度だと思っていた。
シャーウッドの兄妹の穴埋めには不足なれど、そこは自分が補ってやろうとも。
「見くびってたぜ、お前ら」
まさか、初見の
それもリヴァーモアの操る
こうも容易く撃破して見せるとは、微塵も頭に無かった。
「怪我は?」
「大丈夫。でもこんなところで、あんなものを見るなんて」
「アーシャは何か知ってるかな」
ティムがそんなことを考えているとは露知らず、マリアとリュディアは消滅した
黄金樹よりも遥か遠い昔にあった、死儀礼の埋葬法。それを受け継いだ者が、何の因果か目の前に現れたのだ。
「……引くわけにはいかなくなったね」
「うん。どうにかして、話を聞かないと」
あの魔人は、一体どこからこんなものを持ち出したのだろう。
【黄金の流星】
黄金樹の祈祷の中でも、その由来を異にするもの
対象に向かって飛ぶ、無数の黄金の流星を作り出す
少しの間を置き、流星は対象に向けて放たれる
それはかつて源流の魔術師が見たとされる
偉大なる星団の似姿であり
異界に降った神の名残であるという