縦穴を降りた先は、更に下へと続く巨大な階段の中腹だった。
壁面に飾られるのは数多の人骨と魔獣の亡骸。どこかファルム・アズラを彷彿とさせる内装に、マリアはメリナのことを思い出した。
「マリア、どうかした?」
「……何でもない」
顔を合わせたのは、あの時が最後だ。
山嶺の入り口で出会ったあの男の言う通り、種火として焚べられてしまったのだろうか。それとも、どこかで生きているのだろうか。
「待った。何か追ってきている」
物思いに耽るマリアをの後ろから、カルメンが制止をかけた。
振り返った先ではリュディアがさっき降りてきた縦穴の先を睨んでいる。
「
「いや、霊体を宿してないね。ゴーレムの類かな」
カルメンの言葉の通り、降下してきたのはゴーレムだった。それもピートが普段使っているもので、ふらふらと飛びながら、オリバーの方へ向かっていく。
ティムに顎で指されたオリバーがゴーレムを手の中に収めると、掠れた声が響く。
「ノル、聞──るか」
「
「シャノ──モア──憶を伝──」
「音が……離れすぎているからか?」
「貸して」
声は聞こえるものの、魔力波の通りが悪いのか、声が途切れ途切れにしか聞こえない。
そこへ自前のゴーレムを放ったリュディアが近づき、オリバーの手からゴーレムをつかみ取った。
「ピートのなら、こうして……」
「──やはりこの距離では難しいようだ」
「
「む、繋がったか」
ゴーレムから聞こえるのは、拠点に残してきたグウィンの声。
切羽詰まっているようには聞こえないが、何かあったのだろうか。
「ティムはいるな?」
「いるに決まってんだろ」
「少し時間を貰いたい。余裕はあるか?」
「まだ会敵しちゃいねぇが、とっくに侵入済みだ。ちんたらしてる時間はねぇよ」
「一旦要件を聞かせてもらえるかい?」
ついにリヴァーモアへたどり着こうという時に水を差されたティムがそう答えると、横からカルメンが割り込む。一つ断りを入れたグウィンは、ごそごそとした音と共に、別の声に替わった。
「……ノル、聞こえる?」
「
「まだ、動けそうにないけど……それでも、伝えなきゃって」
さすがのティムも、シャノンの声には動きを止めた。
リヴァーモアを追い詰めるきっかけを作ったのは、シャノンの特別な魔法によるものだ。
また新たな手掛かりを得たのか、それともゴッドフレイの骨を上回るリスクがあったのか。
「……途中まで見た、記憶。あの中に、棺があったでしょう?」
「あぁ。そこまでは俺も見た」
「リヴァーモアの目的は、あの中身を
「思う、だぁ?」
「……ごめんなさい。記憶に集中出来なくて……でも、あの棺には、古代の死霊術……その秘奥がある」
オリバーは眉をひそめると同時に、納得もしていた。
喋る棺。魔力波を介しての通信ではなく、音声が込められた道具でもないとすれば、あの中には自我を持つ何かが潜んでいる。
それが霊体であるというのも、リヴァーモアの得意とする分野を考えれば頷ける。
「小さな霊体……あの子が、とても大切な存在だって、感じた」
「大切?」
「すごく、強い感情……あんなに小さな欠片に、はっきり残るくらい」
「……へぇ」
尻すぼみになっていくシャノンの言葉に反応を示したのは、ユーリィだった。
珍しく黙りこくって考えていたようだったが、ここに来て何かを掴んだらしい。しかしそこへティムが割り込み、ゴーレムへ苛立ち交じりの声を掛けた。
「他に、なんかあんのか?」
「ぅ、ううん」
「だったら行くぞ。リヴァーモアの物なんざ、全部ぶっ壊しちまえばいい」
先行するティムに呆れたような顔を向けつつ、カルメンがゴーレムに顔を近づける。
「そういう訳だから、私たちはそろそろ行くよ。レセディには手綱は取ると伝えてくれ」
「うん……あの、ノル」
少し、音声が荒くなってきた。
そろそろピートの限界が近いのだろうか。リュディアが中継ゴーレムを動かしてみるも、魔力波を拾いにくくなっている。
「絶対、無理はしないで」
「……あぁ」
オリバーの返事が届いたかどうか。その瀬戸際で声は途切れた。
後に残るのは、物言わぬゴーレムだけ。それを懐に仕舞い込んだリュディアは、周囲を警戒していたマリアの下に戻る。
「大丈夫? ずっと繋げっぱなしで」
「魔力波を受け取ってただけだから平気だよ。それより、行こう」
「うん」
◆◆◆
ずっと下ってきた大階段の先には、巨大な門があった。
最後の確認と仕込みを終えて、
そのまま煙を押し込みながら突き進んだ先に、それはあった。
「墓参りの作法も知らんのか、毒殺魔」
「こちとら暴きに来てんだ。作法なんざ知ったこっちゃねぇ」
「……相応の報いを受けてもらうぞ」
上りに転じた大階段。その先にあるのは、巨大な獣の頭骨。
横幅だけで通路の半分を占めるようなそれが口を開いた。
「! 下がれ、あれは」
「
カルメンの言葉を遮って、頭骨の上からリヴァーモアが告げる。
口内に渦巻く瘴気にマリアは聖印を握りしめた。竜餐の祈祷で相殺できるかどうか。そんな考えが頭に過ぎり、すぐさまそれを振り払った。
異様な魔力量と、骨となって尚残る圧。生物としての格が違う。
「お前たちに出来るのは、一時の抵抗か、杖を捨てるかの二択だ。背を向けて逃げても構わんぞ。すぐに
顔を青くしたカルメンと苦々しい表情のティムから、あれがハッタリでないことが伝わってくる。
先頭に立ったティムが杖剣を放り出し、どかりと座り込んだ。
「分かったよ。この状況じゃ、僕らに勝ち目はねぇ」
「存外、聞き分けが良いな」
「こちとら後輩の方が多いんだぜ? 無茶ばっかりしてられっかよ」
鋭い視線を払うように手を振って、ティムが口を開いた。
「つーか、なんだかんだお前は優等生だよな。高所を取って毒の対策、距離を離せばレセディの奴は怖かねぇ。そもそも神代の魔獣の攻撃に耐えられるやつなんざいねぇっつーの」
「無駄口を叩くな。もはやお前たちは詰んでいる」
「──だから読みやすい、って言ってんだぜ?」
「
上空から、部屋の入り口に向けて気流を起こす。
同時に煙に紛れて壁を這っていたティムの使い魔が一斉に毒霧を放った。
「ち、」
毒を浴びることを嫌ってか、下向きの風に乗って飛び降りたリヴァーモアを五本の杖剣が取り囲む。
これで
乱戦となることを悟ったリヴァーモアが、重くため息を吐く。
「そこまで殺し合いたいか、狂犬め」
「僕は初めっからそのつもりだぜ。先輩の骨、渡す気はねぇんだろ?」
「当然だ。ここがどこか、思い知らせてやる」
リヴァーモアが杖剣を上向きに掲げるだけで、壁に安置されていた骨獣が動き出した。
その数はもはや数え切れるものではなく、先程通ってきた通路の方からも足音が聞こえてくる。
「ハッ! やれるもんならやってみろ!」
試験管を指に挟み、ティムが吠える。
それに応えるようにリヴァーモアが最初の一節を舌に乗せようとしたその時、
「──うわっ、すごいや。こんなに厚い鉄の扉を溶かすなんて」
リヴァーモアが振り返った先。
誰もいなかったはずの空間で、蒼い光が小さな燐光となって散っていく。
そして、盾を構えたリュディアと煙を上げる扉の前ではしゃぐユーリィの姿が露になった。
「あれを見てもらった上で、私たちには交渉の余地があると思うんだが、どうかな」
愕然とした表情を晒したリヴァーモアの横顔に、カルメンが声を掛ける。
「私たちを殺し切る間に、あの二人は工房を荒らせる。あの二人を狙えば、君の背中を撃つことが出来る。だが君がなりふり構わなくなったら殺されるのは私たちだ」
「……何が望みだ」
「目的はゴッドフレイ統括の骨。ここは変わらないよ」
「そのための過程が重要なんです」
カルメンの言葉を、頭上のユーリィが引き継いだ。
その瞳はきらきらと輝いて、答え合わせが出来ることを心の底から喜んでいるようだった。
「僕たちは、あなたの儀式が終わるまで待つ用意があります」
「あぁ!?」
何故かリヴァーモアよりもティムが驚いていた。
ちらとオリバーに目をやるとほんの少し眉を下げて困ったように首を振る。
「俺の目的を知っているような口ぶりだな」
「はい。断片的に、ですが」
「……その用意とやらを言ってみろ」
確信に満ちたユーリィの言葉に、リヴァーモアの眉間の皺が深くなる。
しかしその態度とは裏腹に骨獣たちはその動きを止め、操る本人の集中がユーリィに向けられているのが分かった。
「さて。
あなたの目的は『棺』の中身の蘇生、ひいては古代死霊術の
生徒たちの骨を集めていたのも、死霊術の研究を進めていたのも、全てはそのためでしょう?」
浮かれきったユーリィの声色に、マリアは寒気を覚えた。
謎を解き明かし、答えを突き付けること。それを心の底から楽しんでいると感じる。
「古代死霊術が発展したのは千年以上前。
つまり肉体はとっくに朽ちているのが道理です。だからそれに代わる新しい体が必要だった。
そしてゴッドフレイ統括の骨を奪って、全てのピースが揃った」
「そこまでは正しい。だが、儀式の後〈煉獄〉の骨がまともに残る保証がどこにある?」
問いを受けたユーリィは、無意味に振り回していた白杖をびしと向ける。
校舎で同じことをすれば攻撃されてもおかしくないような、危なっかしい仕草だった。
「その答えは、あなた自身が教えてくれました。
全てのサンプルがそうであるならば、あなたの魔法の性質が分かります。
骨同士が融合する訳じゃないなら、儀式が終わればそのまま取り出されるはずだ」
「──という訳さ。後輩の見事な推理に免じて、停戦とはいかないかな?」
すべてを聞き終えたリヴァーモアに、カルメンがもう一度要求を示す。
その横ではティムがナナオに羽交い締めにされていた。
その様子を視界に入れたくもないとばかりに視線を逸らし、リヴァーモアは杖を下ろした。
「…………良いだろう。甚だ不本意だが、貴様らを迎えてやる。付いて来い」
苦みばしった表情を隠しもせず、リヴァーモアはユーリィの方へ歩いて行く。
誇らしげに笑うユーリィを無視して扉を動かせば、その先にはいくつもの細い道に分岐する、長い通路が現れた。
「俺以外の生者を入れたことはない。居心地は保証しかねるぞ」
リヴァーモアの案内で通されたのは、広々とした応接室だった。
横長の机と大きなソファが三つ。人を招いたことが無いと言うものの、どの調度品も清潔に整えられている。
部屋の奥に消えて行ったリヴァーモアを追うでもなく、ティムはどかりと腰を下ろした。
「なんだよさっきのは。聞いてねぇぞ」
「イングウェ先輩に、リントン先輩には伝えない方が凄みが出るから、と……」
「当たり前だろ、どうすんだよこの装備。僕だけ過剰戦力じゃねぇか」
「
ティムの向かいに座ったカルメンが、凝りをほぐすように肩を回す。
気の抜けた振る舞いに気を取られたマリアに向かって、自分の隣を叩いて見せた。
「ま、いいけどな。先輩の骨が戻るならそれが一番だ」
「その割に随分と前のめりだったがな」
口を挟んだのは、奥の部屋から戻ってきたリヴァーモアだ。
背後に連れた
手を出しかねるマリアとオリバーを放って、ナナオとユーリィが真っ先に口をつけた。
「ん! おいしい!」
「これは美味にござるな」
「なっ……」
味を楽しむ余裕まで見せる二人に、オリバーが狼狽する。
しかしその横でカップを空にしたティムが、代わりを強請りながらオリバーを諫めた。
「いいんだよ、ホーン。毒が入ってるかどうかはこっちでわかる。それに人に説法しておいて毒入り茶を出すほど無礼じゃねぇだろ?」
「作法というものを示してやったまでだ」
「言葉も無いよ。……ところで、儀式はすぐに始められるのかな?」
カルメンが投げかけた問いに、リヴァーモアは変わらない口調で告げる。
「まだ確認が残っている。そちらはどの程度時間が取れる?」
「最大で二十六時間。ここは譲れねぇな」
「十分だ。しばらくここで寛いでいろ」
死者蘇生という大儀式を前にして、リヴァーモアの声色は落ち着いたものだった。
骨の従者を残して奥の部屋に戻っていく背中を見もせずに、ティムは腕を組んで目を瞑る。
「僕は寝とく。お前らもせめて体を休めとけよ」
「それじゃあお言葉に甘えようかな。悪いね、狭くって」
あくびを一つ零して、カルメンも体を丸めた。
慣れているのかあっという間に二つの寝息が聞こえてきて、マリアの方が落ち着かない気分になる。けれど、温かい紅茶を飲み、リュディアにもたれかかる内に、いつの間にかマリアも眠りに落ちていた。
【
神代に生きた至大の獣
太古の山、そのものである
魔力濃度の高い場所でしか生きられず
現代ではほとんど生息が確認されていない
もはや亡骸でしか見られぬその巨躯は
世界へ痕跡を残し続ける