結局、ガイの奮闘によって情報を得ることができた。オリバーが血を吐くほどに悔しがっていたが、まあ、仕方ないと思う。しかしなぜ野菜を食べるだけであんなに面白くなるのか、マリアには分からない。
「しかし……カティに魔法を掛けた生徒と、トロールを暴走させたのが別の生徒とは」
「予想はしていたが、こうなると共犯者を芋づる式にとはいかなくなったな」
シェラとオリバーが奇妙な飲み物を片手に話し合う横で、マリアはカティとトロールが交流する様子を眺めていた。マリアには、カティの後ろに立つミリガンがなぜか気に掛かるのだ。優しい先輩という風でありながら、どこかズレているような、嫌な予感がしていた。
◆◆◆
あれから数週間。カティを取り巻く環境は、少しずつ、確実に悪化していた。今日もトロールの檻へカティと向かう途中で、見知らぬ生徒から暴言を吐き掛けられた。それはカティが言い返せないと見るや、にやにやと笑いながら去っていった。
「カティ、そろそろ時間」
「えっ……ほんとだ! ごめんね、また来るからね」
「さあ行くでござる」
そうこうしている内に時間が来てしまったようだ。カティは名残惜しそうに檻から離れ、教室へと早足で向かう。当の教室からは何やら大勢の笑い声が聞こえてきた。
「良かった、まだ先生は来てないみたい!」
「もう遅刻は避けたいところでござる!」
最後の方には駆け足になりながら、マリアたちは教室に駆け込んだ。その瞬間教室内が静まり返り、いたるところから視線が集まってくるのを感じた。何人かの生徒の口元に下卑た笑みが浮かぶのを見て取って、マリアは二人を背に庇った。
「ここでっ、達人の登場でぇーす!」
「…………なに?」
達人?何の?
理解が追いつかないまま聞き返すと、その生徒たちの笑みはますます深くなった。
「おいおい、お友達まで人間の言葉を忘れてるぜ!」
「こいつらトロールの鳴き真似ばっかやってるからな」
「そんなに好きならトロールと一緒に住んじゃえば〜?」
狭間の地ではまず聞かないような低俗な煽りに、マリアの思考がフリーズする。仲間への侮辱を見兼ねたナナオがマリアを下がらせながら前に出て、その反対側で怒りに身を震わせながらガイが立ち上がる。しかし、その喧騒へ一石を投じたのはナナオでもガイでもなかった。
「
頭上で響いた炸裂音に、騒いでいた生徒たちが黙り込む。マリアが呪文が飛んできた方向を見ると、感情が削げ落ちたかのような無表情でオリバーが立っていた。
「──喧嘩は得意か、ガイ」
「……はは、また好きになったぜ、おまえのこと」
「拙者も混ぜて欲しいでござる」
オリバーたちと生徒の間に緊張が走る。マリアは隣りにいたカティの腕を掴んで、教室の外へ連れ出した。それとほぼ同時にオリバーの挑発に生徒たちがいきり立ち、乱闘が始まった。
「カティはここで待っていて」
「ま、マリア、わたし」
「ピートを回収してくる」
マリアはカティを外に置いて、乱闘に巻き込まれたピートを探しに教室に戻った。ドアをくぐった途端に風の刃が疾走るがすんでのところで前転し、それを躱す。姿勢を低くして呪文を避けながら教室を進むと、隅の方で縮こまっているピートの姿が見えた。
「ピート」
「なっ!? ……なんだ、マリアか」
「脱出する。荷物は持った?」
「は……いや、オリバーたちは」
「貴公は巻き込まれただけ。さぁ、早く」
マリアの説得が実を結んだ……という訳でもなく、流れ弾が二人の間を通り過ぎてからようやくピートは心を決めたようだった。マリアはピートの手を引きながら壁際を歩き、半ば扉を破るように外に出た。
「マリア、ピート、大丈夫!?」
「うん。それよりこの騒ぎはどうしよう」
「おい待て、あっち」
駆け寄ってきたカティ共々ピートの指差す方向を見ると、何人かの教員がこちらに向かって来ている。彼らは外に出ていたマリアたちを一瞥し、教室内へ入っていった。
◆◆◆
「言葉もありませんわ……」
マリアはシェラが深々と溜め息を吐くのを、後ろから見つめていた。あの後生徒たちは鎮圧され、主犯とされたオリバー、ナナオ、ガイは懲罰房に送られた。三人が暴れているのを見たときは自分も混ざろうと思っていたが、シェラを困らせたくはなかったため断念した。
「ごめん……ごめんね、わたしのせいで……! わたしが、言い返せなかったから、」
「いや、己を律することが出来なかった、俺の責任だ」
牢の中から三人がカティを慰めていると、パタパタと小さな羽音が聞こえてきた。ピートが周りを見渡しマリアが懐の暗器に手を伸ばすと、シェラがそれを止めて自らの指を止まり木のように掲げる。その首には小さな紙が括り付けられていた。
「オリバー、ナナオ、来ましたわよ」
シェラはカティを敵視する生徒が仲間を集めつつあることに気づいていた。声を掛けられた中には剣術の授業でオリバーと揉めた、ある男子生徒も含まれていたらしい。その生徒の家柄はシェラと同格。つまり宣戦布告の準備は整ったのだ。
「あなた達への挑戦状です」
◆◆◆
教室での乱闘騒ぎから二週間後の夜、マリアたちは危険を承知で校舎に居残っていた。アンドリューズという名の生徒が送ってきた挑戦状には、「迷宮第一層で決闘を執り行う」としか書いていなかった。罠の可能性は低いそうだが、マリアは万が一のことを考えて装備を整えていた。
予め指定されていた場所に七人が辿り着くと、二人の上級生が絵画の前に立っていた。先導していたオリバーがその手前で止まり、こちらに振り返って杖剣を抜いた。
「教えた通りに──
『
詠唱と同時にオリバーの杖剣の刀身が鋭い切れ味を纏い、他の五人の杖剣もそれに続いた。マリアのものは元々刃引きしていないため、そのままで良い。
「終わったか? んじゃ、付いて来いよ」
準備が済んだのを見届けてから、上級生たちが絵画に頭から突っ込んだ。絵画はなんの抵抗も無く彼らを受け入れ、ドプリと波打つ。マリアたちもオリバーを先頭、シェラを殿にして絵画の中に入り込む。粘り気のある重い液体を全身に浴びるような感覚に、マリアは軽く二の腕を擦った。
「オリバー、これ、どこに向かってるのかな」
「難しいな。決闘を行うだけなら場所はいくらでもある」
上級生に続いて歩きながらカティが不安そうに呟くが、オリバーも明確な答えは返せない。そんな二人を尻目にマリアは角待ちを警戒して周りを見回していた。何かが飛び出してくれば即座に盾になろうと歩いていると、いつの間にか目の前に巨大な扉が聳え立っていた。
「よし、参加者二人はまっすぐ進め。他は中で左右に折れて観客席に行け」
「観客席?」
思わず聞き返したガイを取り合わず、上級生は声を揃えて呪文を唱える。ギシギシと重い扉が開いていき、内側に広がる光景が目に入ってきた。
「──これは」
「
中央の広場と、それを囲む客席。そしてその真下にある鉄格子に目をやった時、マリアは強烈な悪寒を覚えた。鉄格子の奥から感じる強大な獣の息遣いが全身を震わせる。
「オリバー」
「どうした?」
「あの鉄格子の奥に何かいる。下手すると、全員死ぬ」
「な、」
「いざとなったら私が止めるから、逃げて」
愕然とした表情を浮かべたオリバーはすぐさまナナオの方に向かった。マリアもシェラたちを逃がすべく観客席へ向かおうとすると、がしゃりと鉄格子が開かれる音がした。思わず振り返って見ると、檻の中から犬の顔を持ったけむくじゃらの人間が飛び出してくる。
(違う。あれじゃない)
出てきた三体は、既に競技場内にいた男子生徒に狩られてしまった。あの時感じた気配は決してあんなものではなかった。マリアは檻から目を離さないまま、シェラたちの方へ走り出す。
「シェラ!」
「マリア? どうしたのです、何かあったのですか?」
「今すぐここから出て」
「? 何を、」
「が、あぁぁぁ!?」
振り返ると、巨大な四本の鉤爪が檻の前に立つ生徒を掴んでいた。腹に突き刺さった鉤爪が引き戻され、ビチャビチャと音を立てて内蔵が撒き散らされる。
マリアが見つめる中でそれはゆっくりと檻から出て、その姿を明かりの元に晒した。外見はヒトに近いが、その体躯はマリアの三倍にも及ぶだろう。羽毛に覆われたしなやかな体に鉤爪と嘴を備えていた。
「あれは……
「シェラ」
「……分かりましたわ。カティ、ガイ、ピート! あたくしから離れないようにしなさい! マリア、あなたは」
「行ってくる」
その答えにシェラは目を見開き、
「無茶はしないでくださいませ」
「……善処する」
シェラがそっと体を離すと、二人を狙ってきた犬人を蹴り飛ばしマリアは戦場へ向かった。
◆◆◆
「下がれ、ナナオ!」
「承知!」
吹き荒れる風と炎で、ナナオが
人間離れした体格から繰り出される攻撃に加え、呪文は風の護りに防がれてしまう。しかも懐に潜り込んだとしても風に乗った炎に焼かれるだけだ。
「はッ……はッ…………くそっ」
これ以上この戦いを続ければ、体力が保たない。せめて炎だけでも止められるなら。
オリバーが益体もない考えを振り払って新たな策を講じようとしたとき、
「KIAAッ!?」
マリアの身の丈程もある巨大な剣を突き刺され、
「ぁ……かはっ」
「大丈夫か、マリア!?」
「ーーぃふ、く」
絞り出すような細い声と共に、黄金の光がオリバーたちを包む。気づくと自分とナナオの傷が消えていて、マリアの火傷も殆ど無くなっていた。それでも服は焦げたままで、マリアが受けた傷の跡を残している。
「……間に合ったか」
「何を! しているんだ! 君は!」
「けど、あの場面はあれで良かった筈。見て」
白い指がさす先には、全体の半分ほどの羽毛が抜け落ち、右腕をだらりと下げた
「たぶんこれで楽になる」
「……後で話がある」
「拙者もあり申す!」
オリバーに加えてナナオも手を挙げたことで、マリアは目を白黒させている。二人が隣に並ぶと諦めたように剣を構え直した。
ナナオと自身はここまでの戦いで体力を使い過ぎ、マリアは治したとはいえ大怪我を負っている。
「次で決める」
「承知致した」
「分かった」
ナナオとマリアが駆け出す。それを狙った
(ここだ!)
オリバーが起こした風が、
マリアの援護は間に合う。それでも仕切り直しは免れない……そう考えたオリバーの弱気を打ち払うように、横合いからの突風が残った精霊をもろとも吹き散らす。
「行けっ!」
ナナオとマリアに声を掛けつつも、オリバーの瞳は一人の生徒を捉えていた。震えながら杖を構えてこちらを見据えるその姿は、アンドリューズのものだ。
ナナオが防ごうとした腕ごと
「終わったのか……」
肩で息をしていたマリアの体がぐらりと倒れかけるのをナナオが支えるのを見て、オリバーも思わず膝をついた。客席から上級生たちが降りてきて、負傷者の手当を行っている。
ナナオとマリアがこちらに近づいてくるのをぼぅっと見ていると、シェラたちが合流してきた。
「オリバー、ナナオ、マリア! 無事ですのね!?」
「三人とも大丈夫!?」
聞き馴染んだ声に、オリバーは力が抜けるのを感じていた。それと同時に目の前が霞んでいることにも気づく。どうやらマリアの治癒は、傷は治しても血は戻らないらしい。
三人で並んで座ってカティの治療を受けていると、シェラがアンドリューズに近づいていくのが見えた。何を話しているかはここからでは聞こえないが、シェラが輝くような笑顔を浮かべるのを見て、オリバーはそっと目を閉じた。
【特になし】
解説することが無い時に使う
これ以上のことはない