黄金樹の麓から   作:シショ

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第2章

 

 決闘の興奮冷めやらぬままに、七人は午後の授業へ向かった。魔道工学なるその教科は一年の半分過ぎた頃に課されるもので、マリアも他の生徒と同様に胸を躍らせていた。しかし、

 

「キャハッ! こんにちは皆さん、魔道工学の授業へようこそ! ワタシが担当教諭のエンリコ=フォルギエーリです! キャハハハッ! 以後よろしく!」

 

 勢いよく飛び込んできて躁じみた笑い声を上げる老人に、びくりと肩を震わせた。それは隣に座っていたシェラにも伝わったらしく、気遣わしげに目線を向けてきた。マリアは今も笑い続けるエンリコから目を離せないまま、そっと腕を擦る。何を隠そうマリアは急に驚かしてくるタイプ──地下墓のインプとか──が大の苦手なのだ。

 久しぶりに乱れた動悸を抑えようと深呼吸を繰り返していると、背中にシェラの手が回された。顔はエンリコに向けたまま、マリアの背を擦る。

 

「おい、今まででいっとうヤバいのが来たぞ」

「ちょっとガイ、失礼だよ」

「いや、その認識は正しい。気を抜くなよ」

 

 ガイが思わずといったふうに漏らした声に、カティとオリバーが正反対の言葉を返す。ざわつく教室を気にもせずに、エンリコは棒付きキャンディーを舐めながら口を開いた。

 

「ワタシが教える魔道工学とは、魔法文明の基礎! 道具の作製や建築に繋がる様々な理論・技術ですねぇ! これが無いことには魔法がカタチに残りません!」

 

 外見と言動に反して、発言は至極まともだった。それでもマリアたちの警戒が緩むことはない。

 

「この面白さを手っ取り早く皆さんに伝えるために、ワタシは大いに考えました。順序立てて教えるなど言語道断。手に汗握る緊張感、極限で冴え渡る論理と直感! 退屈なんぞ以ての外です!」

 

 大仰な身振りと共に杖が振るわれ、教室の四隅に一抱えほどの箱がせり上がる。その内の一つから嫌な気配を感じたマリアは懐に手を入れ、昨日作ったばかりの調香瓶の位置を確かめた。

 

逆行工学(リバース・エンジニアリング)……という言葉をご存知ですか?既に完成した物品を解体することで、製造工程や動作原理を推し量る学究の方法です」

 

 まさか、とざわつく教室にエンリコの口元がつり上がる。

 

「ここまで言えばお分かりですね?皆さんにはこれに挑戦してもらいます。それぞれ構造の違うトラップですし、ワタシの方でもアドバイスはしますが、そちらでも何人かリーダーを立てた方が良いですよ。──さぁ準備はよろしいですね? 成功の秘訣は友情と団結です! 皆さん張り切っていきましょう! キャハハハ八ッ!」

 

 その宣言と共に生徒たちが一斉に動き出す。このキンバリーにおいて、教師の発言が脅し目的の嘘などということはあり得ない。オリバーやシェラの指揮のもと、マリアも解体作業に身を投じた。

 

「魔法トラップには大きく分けて『時限型』、『反応型』、そして『時限反応型』があります! 今回は三つを時限型、残り一つを時限反応型にしておきました! 区別出来ると楽になるかもしれませんねぇ!」

 

 途中で出されたヒントによって教室は混乱に包まれたが、それも一瞬のこと。すぐさま立て直しと編成の変更が行われ、それぞれの分野の知識を総動員して作業が進められる。

 しかし、最後の一つである時限反応型だけがどうしても解けない。そうする内にも時間は進み、残り一分を切った。

 

「ダメだ、もう時間がない! 身を守る体勢に入れ!」

 

 オリバーの叫びに、蜘蛛の子を散らすように離れていく生徒たち。元々少し離れた所にいたマリアは、その奥で力が抜けたように倒れ込むピートの姿を見た。

 即座に鉄壺の香薬を飲み下し、オリバーが立てた壁とピートを庇うオリバーの間に立ち塞がる。

 

「っ、」

 

 飛び出してきたのは爆風でも毒の霧でもない、細長い体を持つ蛇。それがマリアの全身に食い付いていた。事前に飲んだ香薬の効果でその肌が牙を通すことはないが、首元や太腿に走る刺激に思わず声が漏れる。

 

「マリア……?」

「なんて無茶を……!」

 

 マリアはオリバーが治療しようとするのを制して、一匹ずつむしり取ってはトラップの残骸に放り込んでいく。その様子を見たオリバーの口から、は、という息が漏れた。

 

「皮膚を硬化する魔法薬、といったところでしょうか? ……いやはや面白いモノを持っていますねぇ!」

 

 マリアと同じく全身に蛇を食い付かせて、エンリコが笑う。その様子を辟易した目で見ながら、マリアはなんとか蛇を箱に押し込めようとしていた。蓋にした金属板の隙間から這い出ようとする蛇に眉を寄せると、横から筋肉質な腕が差し出された。

 

「ちょっといいか、マリア」

「ガイ」

「ウチの撃退法だ──電衝纏いて(トニトウルス)

 

 マリアに手を離させて蛇が溢れ出る一瞬に、残骸に電流が走った。中の蛇たちは気絶したようで力なく転がっている。

 

「中身がこいつらなら先に言ってくれよセンセイ」

「キャハハハハ! 君の所ではそうやって駆除するんですね! ワタシもそうするとしましょう!」

 

 エンリコが杖を振るうと、教室内にいた残りの蛇たちが一斉に痙攣して動かなくなった。これまでの言動や『駆除』という発言からして、おそらく殺してしまったのだろう。

 マリアが蛇だけに作用した電撃に興味を持って教室を見渡していると、手元に棒付きキャンディーが飛んできた。

 

「それはご褒美です。初日にしてはなかなかの健闘ぶりでしたからね。しかし次からはどんどん難易度を上げていきますから、予習復習を欠かさぬように」

 

 これ以上の惨劇を想像したマリアは辟易した。ただでさえ流血沙汰が多いのに、これ以上のものが繰り返されれば精神を病んでしまう生徒が出るかも知れない。

 当然エンリコの行為は他の生徒にとっても笑い事ではなく、現にカティがキャンディーを床に叩きつけた。

 

「ふざけるなっ! あっていいもんか、こんな授業!」

「あああぁっ! 何をしているのですか、Ms.アールト! 甘いものを粗末にするなんて、心ある人間のやることではありませんよ!」

「どの口で──こんなの教育でもなんでもない、ただの拷問じゃない!」

 

 エンリコはその言葉を聞いて、心の底から不思議そうに首を傾げた。

 

「いったい何を怒っているのです。よく見てみなさい、今回の授業で死人が出ましたか?」

 

 カティが愕然とした表情を浮かべるのも気にせず、エンリコはさらに続ける。

 

「普通人であれば、手取り足取り教えるのが良いのでしょう──しかし、我々は魔法使いです。簡単には死なない以上、どんな無茶でも出来るのですよ!」

 

 カティは二の句が継げない様子で口を開いたり閉じたりしていたが、エンリコはそれに構うこともなく授業を打ち切った。耳障りな声が廊下に消えていくのを、マリアはただ黙って見送った。

 

◆◆◆

 

「マリア、体は大丈夫ですの!?」

 

 教室から出てすぐに駆け寄ってきたシェラに服を捲って見せようとすると、寸前で止められた。優しい手付きで裾から手を離させられ、慎重に手首や首筋に手を滑らせる。

 

「怪我は……無いようですわね」

「んん。シェラ、くすぐったい」

「あら、首が弱いのでしょうか。……ともかく、あのような無茶は控えてくださいね」

 

 もはや何度目かも分からない諫言に、マリアは曖昧な答えを返した。一度きりのシェラたちとは違ってマリアは死んでも狭間の地に戻るだけだ。あくまで自分の命を道具と見る考えがある以上、捨て身で仲間を守ることは止めないだろう。

 それを知ってか知らずか、シェラは深々とため息をつくとマリアを抱き締める。マリアは大人しくシェラの腕の中にいたが、オリバーが口を開く気配を察してゆっくりと離れた。

 

「──皆、先に行っていてくれないか。ピートと話したいことがある」

 

 話、というと授業中に倒れた件だろうか。マリアが気になって近寄ろうとすると、シェラの腕に止められた。見上げた先で首をふると、シェラはガイやカティを促して次の教室へと歩き出した。

 角を曲がる寸前に振り返ると、廊下の先に消えた二人を追って一人の男子生徒が歩いていくのが見えた。どこかで見たような気がしたが、思い出せない内にシェラに手を引かれて、また歩き出した。

 

◆◆◆

 

 それからは特にトラブルもなく残りの授業が終わった。マリアたちは友誼の間で夕食を取りながら、図書館に籠もっているピートを待っていた。最近ドレッシングという楽しみを知ったマリアがシェラの説明を聞きながら選んでいると、ピートが小走りにやって来る。

 

「……すまない、遅れた」

「おっ、来たか。随分掛かってたけど、何か収穫はあったか?」

「いや。独学では限界があると分かっただけだ。──オリバー、悪いが今夜、例の件に付き合ってくれないか」

 

 口いっぱいにサラダを頬張ったマリアが目を向けると、笑顔で頷いたオリバーがピートにバスケットを差し出した。ピートはそこからサンドイッチを取り出して食べ始め、オリバーはこちらに向き直った。

 

「理由はまだ言えないんだが、今夜ピートと迷宮に潜ってくる。……もし夜十時を過ぎても戻らなかったら、信頼できる先輩に伝えてくれ」

 

 マリアは話を整理するために一旦手を止めた。図書館に資料はあるがそれだけでは足りず、迷宮に行くことが解決に繋がる問題。……流石に情報が足りない。

 結局今まで得た知識では答えにたどり着くことはできず、マリアはまたフォークを動かし始めた。

 

◆◆◆

 

「……いいぞ」

「よし。じゃあ、行ってくる」

「気をつけて行ってきなさい、二人とも」

 

 マリアたちに見送られて、ピートとオリバーは校舎に入って行った。残った五人は二人を心配する言葉を口にしながら、それぞれの寮に戻る。マリアもシェラと共に部屋へ向かい、扉と床の間に手紙が差し込まれているのを見つけた。

 

「これは、」

「待ちなさい、マリア」

 

 手を伸ばそうとしたマリアを制すると、シェラは杖を取り出して何事か呪文を唱える。それで何の反応も無いことを確認してから慎重に拾い上げた。

 

「この紋章……見覚えがありませんわね。マリアは知っていますか?」

 

 つま先立ちでシェラの手元を覗き込もうとしていたマリアは、封蝋に刻まれたそれに目を見開いた。周りを装飾された円の中で剣と杖が斜めに交差している。イジーから譲り受けた徽章にも記されたそれは、カーリアの紋章だった。

 

「知ってる」

「ということは、マリア宛ですのね」

 

 そう言って手渡された手紙を開けると、中には羊皮紙が一枚入っていた。そしてそこには簡潔に一文だけが書かれている。

 差出人は無し。筆跡にもこれと言って特徴は無い。ただ、手紙から仄かに香った匂いは、もはや懐かしい月の魔女のものだった。マリアにはそれだけで十分だった。

 

「行ってくる」

「あたくしも行きましょうか?」

「いや。部屋で待ってて」

「……分かりましたわ。もう言っても無駄でしょうけど、無茶はしないように」

 

 基本的に真面目なマリアにしては珍しく返事をせず、今まで通ってきた道を早足で通り過ぎる。目指すはキンバリーに来てから始めてラニと話したあの庭園。勢いよく扉を開けてドアノブに文句を言われる頃には、早足は駆け足に変わっていた。女子寮から出て男子寮との間にある庭園に駆け込み、

 

「遅かったね」

 

 ほとんど全力で駆けていた体を無理矢理止めて、真後ろに飛び退く。杖剣に手を掛けながら声の方に目をやると、今日会ったばかりの銀髪が目に入った。女子にしてはかなり高い──もう少しでガイに並びそうな──背丈で、全体的に細長い印象を受ける。

 

「貴公が私を呼び出したのか」

「そう。──改めて、あたしはリュディア=ムーングラム。カーリアの騎士にして、あんたのお目付け役だ」

「ふむ」

「……それだけ?」

「それだけとは?」

 

 マリアとしては、封蝋がカーリアの紋章だった時点でラニ絡みであることは予想出来ていたし、お目付け役というのもキンバリーの危険度を鑑みれば納得がいく。……ということを説明してみると、なんとも微妙な表情を浮かべた。

 

「何か?」

「いや……大体合ってるし、あたしもそうであって欲しかったけど、」

「……他にあるの?」

 

 軽い気持ちでマリアがそう言うと、リュディアは心労が伺い知れるほど大きなため息をついた。

 

「あんたさぁ、いっつもあの金髪の子と仲良くしてるでしょ?」

「金髪……シェラのこと? あぁ、良くしてもらってる」

「それを見てたラニ様が『浮気じゃないか』って言い出してさ、確認のためにあたしが遣わされたの」

「──!?!?」

 

 浮気。

 そんな気は無かった、というのは言い訳だろうか?しかし友達付き合いとはあんなものではないのか……確かに周りであんなにくっつき合ってるのは見たことがないかも。でも魔法使いの家の出じゃないナナオやピートはあまり疑問に思ってないみたいだし。

 

「あっ、あの、それは」

「分かってるよ、大丈夫」

「……えっ」

 

 リュディアは困ったような笑みを浮かべて、噴水の縁に腰掛けた。腰に吊った騎士剣を触りながら、雲で隠れた月を見上げる。

 

「ラニ様が心配性なだけだよ。あの人達とは友達なんでしょ? なら良いと思うよ」

「そ、そう。……後で謝ろう

「まぁ狭間の地(あっち)だとまともに話せる人も少ないし、そのへんを咎めるような御方じゃないよ」

「そうかな……」

 

 伴侶たるラニに嫌われてしまっては、マリアは狭間の地では生きていけない。一時の喧嘩で放逐するような真似はしないだろうが、気持ちの問題だ。こちらで何かアクセサリーの類を買って行ったほうが良いだろうか。

 

「言いたいことはこれで終わり。あたしはあんたと同郷ってことでちょくちょく絡むつもりだから、よろしくね」

「あぁ……あっ!」

「んっ?」

ムーングラム(・・・・・・)!」

 

 どうして忘れていたんだろう。レアルカリア学院に唯一残ったカーリアの騎士、ムーングラム。魔術や剣を織り交ぜた戦法に加え、返報によって確実にこちらの油断を突いてくる厄介な相手だった。同じ名を持つということは、リュディアは彼の娘なのだろうか。

 

「女王レナラを守っていた、」

「あ、そうそう。思い出した?」

「ムーングラムの……娘?」

「え? ……そっか、知らないんだ」

 

 リュディアはその艷やかな銀糸を指に絡ませた。青みを帯びた瞳が宙を彷徨い、白い手が腰元の騎士剣に触れた。

 

「ムーングラムっていうのは、家名じゃない。カーリアの筆頭騎士が任ぜられる……役職みたいなもの」

「つまり、」

「先代とあたしに血の繋がりは無い。そもそも会ったこともないしね」

 

 リュディアは何でもないように語ったが、その内心はどんなものなのだろう。しかしいくら考えても、マリアに分かるはずはない。マリアの先にも後にも、誰かがいた事は無いのだから。

 それきり黙り込んだ二人は特に言葉を交わすことも無く、隣り合って立っていた。そして隠れていた月が顔を出すと、リュディアはそれを待っていたかのように庭園に背を向けた。

 

「じゃ、また明日」

 

 そう言って立ち去ろうとするリュディアを追いかけ、隣に並ぶ。怪訝そうな目を向けられたが、マリアは気にせず歩き続ける。手を繋ぐことはしなかったが、その必要が無いほど二人の距離は縮まっているように思えた。

 

「これからよろしく、リュディア」

「……世話になるよ、マリア」

 

 並んで女子寮に入っていく二人の背中を、青い月が優しく照らしていた。

 




【カーリアの手紙】

リュディア=ムーングラムが送った手紙
白い判が押されている

『今夜、庭園で待つ』

無愛想な言葉と硬い筆致に、書き手の心が伺える
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