──僕には前世の記憶がある。ついさっき転んだときに思い出したんだ。
うん、こんなのは今どき珍しくもないありきたりな話だと自分でも思う。少し残念なのは、生まれ変わる時に神様に出会った記憶は無いから神様転生ではないことだ。神様チートが欲しかったよ。
それと前世の記憶も殆ど残っていない。個人的な記憶は前世でも男だったという事と、仕事はしていたみたいだという漠然としたものだけだ。
それ以外の記憶はアニメや漫画、それにゲームに関することだ。きっと前世の僕は幾つになっても夢を忘れないナイスガイだったのだろう。
前世の記憶を思い出したときは嬉しかった。何故なら、前世で死んだせいで観れなかった気になるアニメ・漫画の続きが観れると思ったからだ。
まぁ、この喜びは長くは続かなかった。だってこの世界って、僕の前世とは別世界なんだもん。前世で連載していた漫画も放送していたアニメもこっちの世界では何一つ存在していなかったんだ。
この事を知った時はショックだったけど、同時に閃いたんだ。この世界には存在しない前世の世界で大ヒットした漫画を描いたら金持ちになれるんじゃないかってね。
自分のナイスアイディアに喜び勇んで持っていたスケッチブックに覚えている漫画のイラストを描いてみた。
完成したイラストを近くにいたママに見せてみる。
「ママ、これ描いてみた!」
「あらあら、重ちゃんはお絵描きがとってもお上手ね。えっと、これは昨夜見たテレビのエイリアンかしら?」
うんうん、麦わらのゴム人間はエイリアンと言えるかもしれない。
うんしょうんしょと、別のイラストを描いてもう一度ママに見せてみる。
「ママ、これも描いてみた!」
「まあまあ、重ちゃんはお絵描きの天才さんね。えっと、これは酔っ払ったときのパパかしら?」
うんうん、ズキューンのときの狂ピエロは酔っ払ったパパと言えるかもしれないね。
ククク、今からお絵描きの練習をしていれば将来は大ヒット漫画家になれるだろう。
「目標は億万長者だぜ!」
そんな誓いを立てたのは、僕が5歳になるころのときだった。
*
「重ちゃんの個性はどんなのかしら?」
「僕の個性?」
ママ曰わく。この世界の殆どの人には個性というものがあるらしい。
当たり前じゃね?
そう思わなくはない僕だったけど、大好きなママが言った言葉だったので素直に頷いておこう。ママに似てたら嬉しいと言っておけばいいかな。えへへ、実際には天然なママとは違って理知的な僕だけどね。
「うん、ママと同じ個性なら嬉しいな」
「うふふ、ママと同じなら土に関する個性ね。パパに似たら虫さんとお友達になれるわ」
そういえば、ママはガーデニング、パパは趣味で養蜂をしてたっけ。オーガニックな夫婦だよね。
「僕は高級イチゴか高級メロンがいいかな?」
どうせ作るなら甘くて美味しいものがいいよね。そして高く売れるものがいい。
大ヒット漫画家を目指しているけど、他にも稼げる手段は確保しておきたいからね。そんな事を考えていると、うんうんとママが頷きながら言ってきた。
「そうね、きっと重ちゃんは自然に関する個性に目覚めると思うわ」
個性に目覚める?
奇妙な言い方をするけど……まあいっか!
天然なのがママの個性だもんね!
そう納得した僕は、今日も億万長者を目指してお絵描きの練習をするのだった。
*
楕円形の身体に4本の腕、2本の足で立ち尻尾がある。全体的にミツバチの様な縞模様、擬人化した昆虫のような手のひらサイズの生き物……?
そんな見たこともない生き物が朝起きたら枕元に立っていた。
──いや、違うッ!?
僕はコイツを見たことがあるぞ!
いつ見たんだっけ……えーと、そうだコイツは前世で見たんだ!
コイツの名はハーヴェストだッ! たしか500体以上の群体のスタンドだよ!
「あれ? 500体以上ってことは……うわぁあああっ!?いつの間にか囲まれてるよッ!」
前世の記憶からハーヴェストの事を思い出した僕は慌てて周囲を見渡した。そこには予想通りに無数のハーヴェストがこちらの様子を伺う様にしていた。
「……ごくり」
生唾を僕は飲み込む。
ハーヴェストは一体一体は力の弱いスタンドだ。それでも人間の皮膚を簡単に抉れるし、針を刺してアルコールを静脈注射してくるし、十数体もいれば人間を持ち上げれる力はあるし、何よりもその数の暴力が恐ろしい。
「この世界はジョジョの世界だったのか? ということは……僕はスタンド使い?」
スタンドはスタンド使いにしか見えない。それは常識だろう。そのスタンドが見えるってことは、僕はスタンド使いってことだ!
うぉおおおっ! これは僕の溢れんばかりのスタンド使いの才能を恐れた敵からの襲来かッ!?
今すぐ目覚めるんだッ! 僕のスタンド使いの才能よ!
──すっくと立ち上がり大きく両足を広げて左手で顔を覆うように隠すと、僅かに上半身を傾けてから気合を発する。
「ゴゴゴゴゴッ、来いッ、僕のスタンドよ!!」
次の瞬間、僕は一斉に飛び掛かってきたハーヴェスト達によって潰された。
*
「うん、状況的に考えれば、このハーヴェスト達が僕のスタンドに決まってるよね」
沈着冷静な僕はハーヴェスト達に潰されながらも正しい答えに辿り着いた。
飛び掛かられたときは死を覚悟したけど、ハーヴェスト達はじゃれつく仔犬の様に無害だった。
退いてくれ、と考えただけで一斉に退いてくれたし、冷静になってみればハーヴェスト達との間に目に見えない繋がりの様なものを感じた。
あぁ、僕とコイツらは一心同体なんだ。そんな様なものを感じさせる繋がりだった。
「しかし、ハーヴェストか……ハーヴェストが出たのって第何部だったっけ?」
ジョジョのスタンドは結構覚えているけど、ストーリーの記憶は朧げになっている。
うーん、きっと僕はこのジョジョの世界で本来のハーヴェストの本体の代わりを務めないといけないのだろう。そうしないときっとバッドエンドな世界になってしまう。邪悪な敵を倒す宿命をきっと優秀な僕は帯びているはずだからだ。
邪悪な敵か……ジョジョの敵で覚えているのは、えっと吸血鬼のディオと柱の男、それとギャングだよね。あれ? ギャングは味方だっけ? あとはたしか手フェチの変態がいたような?
僕がハマっていた時期は第三部までなんだよね。それ以降は嗜み程度にしか触れていなかったせいか記憶が特に朧げだよ。
ハーヴェスト……スタンドは覚えているけど敵が出てこない。
うーん、どうしよう?
困っている僕をハーヴェスト達は心配そうに見守ってくれている。その心配そうな姿を見て僕は心を奮い立たせた。こんな小さなハーヴェスト達に心配をかけてどうするんだ! 頑張れッ僕!!
「うーんうーん、吸血鬼のディオは第一部だった。これは間違いないよ。そして柱の男は第二部だ。第三部でいきなりスタンドが出てきてビックリした記憶は残っている……そうだッ、ここでディオが復活するんだった。それで第四部は、第四部は……舞台は日本だ!!」
そうだッ! 思い出しだぞ!!
第四部の舞台の日本で、僕はリーゼントと友達になるんだッ!!
そして、手フェチの変態に爆破されて志半ばで果てるんだ。その黄金の精神をリーゼントに託して!!
あれ? リーゼントって誰だっけ?
まあ細かいことはいいや、よく考えたら爆破されたのもこの僕じゃないもんね。
ハーヴェストの本体が誰だったなのかも覚えていないけど、君の無念は僕が晴らそう。それが君のスタンドを貰い受けた──
「手フェチの変態野郎はッ、この僕が倒す!!」
──
*
ある日、ハーヴェストとボール投げをして遊んでいるとママに見つかった。
「重ちゃんが投げたボールが何もない空中で跳ね返っているわ。ねぇ重ちゃん、もしかしなくても個性に目覚めているのかしら?」
「こ、個性? なんのこと?」
首を傾げながら抜群の演技力を発揮してとぼけてみる。ママが言う個性とはスタンドとは違うこの世界特有のものだ。
スタンド使いとして目覚めた僕は他のスタンド使いを探した。スタンド使い同士は互いにひかれ合うというお約束があるからだ。
手フェチの変態野郎と対決するのは高校生になったときだ。わずかな記憶を掘り起こして思い出したのは、変態野郎に敗れたとき、ハーヴェストの本体は学生服を着ていたことだ。原作の本体と僕が同い年とは限らないけど、たぶん同い年だと思う。それがスタンド使いとしての宿命だと漠然とした確信があったからだ。
原作の本体はたった一人で戦いに挑み敗れた。賢い僕はそんな愚行を犯したりはしない。頼りになる仲間達を見つけて数の暴力で変態野郎を倒してみせると決めたんだ。
──戦いは数だよ兄貴!
そんな名言がある。それは500体を超えるハーヴェスト達を率いる僕の心に響く名言だ。
仲間を見つけて変態野郎を倒す。それは決定事項だけど、念には念を入れて僕自身の能力は隠しておこうと思っている。
スタンド能力は当然だけど、個性と呼ばれているこの世界特有の力も隠していたい。
そう、個性だ。
この世界は純粋なジョジョ世界ではなく、個性と呼ばれている力が普及している世界とジョジョ世界が混ざった世界なのだ。
個性のことは、僕が好きなお子様向け番組で知ることができた。
この個性という力は前世の記憶にはないものだ。僕が知らないだけなのかもしれないけど、単純なジョジョ世界ではないと言うことは確かだろう。
凡俗な輩なら混乱して泣き叫ぶ事態だろうけど、この僕は違う。クロスオーバーな世界など前世で飽きるほど触れてきた百戦錬磨の強者だ。
ククク、未知の世界とジョジョ世界のクロスオーバーすら僕にとっては既知に過ぎない。
だが、それでも油断はしない。この世界の個性もスタンド能力もひけらかすような馬鹿な真似はしない。
奥の手は隠し持ち、奥の手を見せるなら更なる奥の手を持つべきだ。よくある踏み台チート転生者みたいな悲惨な最後を僕は迎えたくない。
ママとパパを大事にして、可愛い彼女を作って、億万長者になって、幸せな一生を過ごす。
それが僕の最終目標だ。その為に油断など一欠片すらするものか!
「重ちゃん、ママには内緒なの? ママ悲しいわ」
「ママに内緒なんてしないよ! 僕の個性は『壊れたものを直すことと、生物の傷を治す』ことが出来るんだ!」
ママの巧みな誘導に釣られて口走ってしまった自分の個性。
お気に入りのオモチャを壊して、なんとか治そうとしていたときに“ソレ”は発動した。
僕は足元に転がっているボールを持ち上げて軽く真上に放る。浮かんだボールをハーヴェストに命じてその爪でパンクさせた。パァンと弾けて落ちてくるボール。それ目掛けてパンチを放つ。
──そして、右足を前にして左足をクロスさせるように合わせてママに背中を見せて立つ。その背中を大きく見せるため両腕は開いておく。
「ババーン、個性名は“クレイジー・ダイヤモンド” 僕が殴って
テンテンと落ちて転がるボール。パンクしていた傷跡など欠片すらなかった。
そう、今では名前すら思い出せないリーゼント。何の因果か分からないけど、僕の個性は彼のスタンド能力と同じものだった。
「うふふ、色々とツッコミどころはあるけど、重ちゃんの個性は
「うん、そうだよ!」
優しく微笑んでいるママに、僕は満面の笑みで答えた。
*
僕は小学生になった。
小学生になった僕は隣町まで足を運んだ。
町内でスタンド使いを探しても見つからなかったからだ。
「うーん、高校生になるまでは仲間は見つからないパターンかなぁ?」
物語が動き出す時期までは暇な時間が続くのはよくあるパターンだ。そして物語が始まると一気呵成にストーリーが進むんだ。
「旅立ちから大魔王討伐までたった3ヶ月だったりするもんね」
そんな無茶苦茶なことが起こりえる世界ってのはいくらでもある。この世界が違うとは断じて言えないだろう。
「大魔王討伐? ゲームの話ですか?」
「えっと、誰かな?」
突然、知らない女の子に声を掛けられた。頭の左右で雑に髪をお団子にしている子だ。見た感じだと同い年ぐらいかな?
「トガです! トガヒミコです! 初めましてなのです!」
ちょっぴり邪悪風味な笑顔だけど、女の子は元気に挨拶をしてくれた。
「僕は重清だよ。矢安宮重清だ。初めまして、ヒミコちゃん。これからよろしくね」
「はい、重清くん! よろしくです!」
隣町に住んでいるのなら小学校は一緒かもしれない。女の子とは小さい頃から仲良くしておくべくだ。思春期になってから慌てて仲良くなろうとしても手遅れだからね。……経験談じゃないよ? だって記憶にはもうないもん。
気さくなヒミコちゃんとお喋りをしていると色々な事を教えてくれた。この街のこと、通っている小学校のこと(同じ小学校だった。クラスは二つ隣だった)、目つきが怪しい先生のこと、クラスではボッチ気味なこと(親近感アップ……ぼ、僕はボッチじゃないぞ!)、好きな食べ物のこと(血が好きらしい……ん?)、個性のこと(飲んだ血の人に変身できるそうだ。なるほど、血ね)、他にも色々と話をした。
「ヴィラン……この世界にはヴィランって悪者がいるのか」
僕たちが住んでいる地域は最近では珍しく平和な場所らしく、ヴィランは出没したことがないらしいけど、世間一般ではヴィランは絶えず現れて悪さを繰り返しているそうだ。
そういえば、ママも家から離れたら危険な人達が多いから遠くには行っちゃダメよって言ってたな。よくある普通の注意喚起だと思ってたけど。なるほど、この世界の治安の悪さは前世の世界やジョジョ世界よりもずっと酷いみたいだね。
でも僕は、そんな害獣なヴィランのことよりもヒミコちゃんの変身能力に興味が湧いた。
その人の血を飲めばその人になれる。つまり血さえ手に入れば……アイドルや美人女優にだって変身できるってことだよね!
ごくり……いやダメだ。変な妄想をするんじゃないぞ、僕!
小学一年のヒミコちゃんに大人のお姉さんに変身してもらっても変なことはしちゃいけないだ。
いや違う、そうじゃない。
えっと、まずはヒミコちゃんとすごく仲良くなることが先決だろう。アイドルとかに変身してもらっても中身のヒミコちゃんと仲良くなっていないと意味がないからな。
いやいや違う、そうじゃないんだ。
僕は純情な男の子なんだッ、邪な事なんて考えてないぞ!
今はまだ時期尚早だ。ヒミコちゃんとは普通に仲良くなるんだ。
「そうだ、ヒミコちゃん」
「なんですか、重清くん?」
「もう僕たちは友達だよね」
「え……う、うん。わ、わたし達はお友達なのです!」
「うんうん、じゃあ、今から僕ん家に遊びに来ない?」
「はいッ、行きたいです!」
僕たちは手を繋いで仲良く駆け出した。
この日、僕たちは純粋に仲良しな友達になった。
*
僕は中学生になった。
ヒミコちゃんも当然ながら中学生になった。
成長するに従ってヒミコちゃんは血への欲求が強まっていった。
個性の影響なのだろう。ヒミコちゃんは好意をもった相手ほどその血を飲みたくなるそうだ。
逆を言えば、血を飲めば飲むほどその相手を好きになっていくかもしれない。その事に気づいた僕は、僕以外の男子の血を飲ませたくないと思った。
ある日、クラスの格好いい男子の血が飲みたいとポツリとヒミコちゃんが呟いた。
その言葉を聞いた僕はスッと立ち上がると、ヒミコちゃんの目の前に立った。真剣な眼差しでヒミコちゃんを見つめる。
しばらくそうした後、僕はガバッと床に転がった。
「ヤダヤダヤダッ!! ヒミコちゃんがあんな奴の血を飲むなんてヤダッ!! アイツなんて顔と成績と運動神経しか取り柄のないような奴なんだぞ!! 性格だって明るくて正義感の強い暑苦しい奴なんだぞ!!」
「ハァ、私が言うのもアレなのですが、重清くんももう中学生なんですからもう少し大人になりましょう?」
ヒミコちゃんは深い溜息をついた後、仕方なさそうに僕の手を掴むと床から起こして立たせてくれた。優しい、ヒミコちゃん。
「うん、ありがとう。お礼に僕の血をあげるよ」
「……重清くんの血はもう飽きました」
ガーン!?
あ、飽きた!?
血液中毒ともいえるヒミコちゃんに飽きられた!?
ウヌヌ、だがしかし大丈夫だッ!!
ヒミコちゃんへの血の供給は僕が一手に握っているのだから!
ククク、僕のハーヴェストは本人にも気づかれずにアルコールを静脈注射する事ができる。もちろん手に入る液体ならなんでも静脈注射できるぞ。そう、注射ができるってことは逆に採血だってできるんだ。
スタンドはスタンド使い以外には見えない。そして不思議なことにスタンドであるハーヴェストの内部に取り込まれた液体もスタンドと同様に見えなくなるんだ。
ハーヴェストは誰にも気づかれずに誰の血だって手に入れることができる。ハーヴェストの頭と胴体の間に挟んでおけば絆創膏も見えなくなる。採血したあとにこっそりと貼ってあげればバイ菌も入らなくて安全だ。
ハーヴェストの射程距離も今や数キロ四方を越えている。トップアイドルでも人気女優でも居場所が分かれば(生放送中のテレビ局が簡単だね)血は手に入る。
まさにヒミコちゃん御用達のスタンドといえよう!
餌付けは完璧だ! フハハハハッ!!
「餌付けって、さすがに女の子相手に失礼だと思います。反省して下さいね、重清くん」
しまったッ、口に出てたのか!?
「いいえ、口には出ていませんでしたけど顔に出ていました。重清くんって分かりやすいですよね」
ウヌヌ、以心伝心を喜べばいいのか、それとも隠し事をできないことを悲しめばいいのか、それが問題だな……とりあえず、ヒミコちゃんの前ではあまりエッチなことは考えないようにしとこう。
「……セクハラですよ、重清くん」
しまったッ、今のも読まれたのか!!
「ふふ、重清くんはえっちです。反省して下さいね」
「……はい、ごめんなさい」
僕は素直に頭を下げる。そしてそっと血の入った小さなカップを手渡した。中身は当然ながら可愛い女の子の血だった。
ヒミコちゃんは嬉しそうな、それでいてどこか呆れたような雰囲気を発しながらそのカップを口に運んだ。
こくりと、ヒミコちゃんは喉を鳴らした。
唇についた血を真っ赤な舌で舐めとるヒミコちゃん。その妖しい仕草に僕の鼓動は速まる。
ドキドキ、変身はしないのかな? ヒミコちゃんも「すっごくかぁいいです」と言っていた隣のクラスの女子の血だよ。
「……ぜーったいに変身しないです!!」
なぜか急にむくれたヒミコちゃん。そんな頬を膨らませたヒミコちゃんもかぁいいと思った僕であった。
「……ふんだ、重清くんのおたんこなす」
*
今年は高校受験だ。
ママは僕の好きにしていいって言ってくれた。
だから、自宅警備員になってママと家を守るよって言ったら…………すごく怖かったです。あんなママは初めてです。
ごほん。えっと、ヒミコちゃんは雄英高校にいってヒーローになるって言ってたから、僕もヒーローを目指そうと思う。
おしどりヒーローだね。そう言ったらヒミコちゃんに殴られた。そんなに痛くはなかった。
本当はハーヴェスト達が拾ってくるお金で遊んで暮らせるんだけど、ヒミコちゃんがそれはダメだって言うから諦めようと思う。
そうそう、ヒミコちゃんにだけはハーヴェストのことを中学に入った頃に伝えてある。だって伝えないと血の入手方法を説明できなかったからね。小学生の頃みたいに誤魔化されてもくれなかったし。もちろん二人だけの秘密だよって約束しているよ。
「重清くんッ!! こんな重大な秘密を私なんかに教えちゃダメです!!」
なーんて教えたときにはヒミコちゃんに叱られたけど、僕にとってヒミコちゃんは一番信頼できる女の子だからね、問題なんてないよ。
そう言ったらヒミコちゃんも納得してくれたみたいだ。
「し、重清くんッ、あなたって、あなたって本当にもうッ、もう本当に知らないですよッ!? 私みたいなのを本気にさせたら後でどんなに後悔しても手遅れです! どこに逃げても、たとえ世界の果てだろうと追って行くのです!」
「うん? 僕は一人でどこかに行ったりしないよ。ほら、どうせ世界の果てまで行くんならさ。初めて出会った日のように手を繋いで一緒に行こうよ」
「え……は、はいッ! 重清くん、手を繋いでどこまでも一緒にいくのです!」
ご機嫌になったヒミコちゃん。すごくご機嫌だったから、これはチャンスだと思い、僕は好きなアイドルに変身してほしいと、あらかじめ確保しておいた血を取り出した。
……お願いした直後、その血だけとられてぶん殴られた。あの時はすごく痛かったです。
「し、重清くんのブァカアアアーッ!!」
女心と秋の空。女の子って難しいね。
*
雄英高校に推薦入学が決まった。
他人を治癒できる個性は希少らしく、超名門の雄英高校でも簡単に推薦は通った。
推薦が通ってよかったよ。一般入試の学科ならハーヴェストを活用すればどうにでもなったけど、実技試験は自信がない。
ハーヴェストを秘密にしているから治癒系のクレイジー・ダイヤモンドだけで実技試験に挑まなきゃならないからだ。
うん、それは無茶だね!
今どきのシティボーイな僕は運動は苦手だし、クレイジー・ダイヤモンドは自分の傷は治せないからゾンビアタックも出来ないし(できたとしても絶対にしないけどね)、実技試験は受かる自信が全くない!
その点、ヒミコちゃんは天性の運動能力の持ち主だった。変身という直接的な戦闘とは無縁な個性の持ち主なのに、そんなのは関係ないとばかりにヒミコちゃんの戦闘力は非常に高い。
受験対策で通っている古武術系の道場でも太鼓判を押されるほどだ。押されすぎて、師範の息子とのお見合いを勧められたぐらいだ。もちろん、ヒミコちゃんはお見合いなんか断ったよ!
推薦入学が決まって少し経った頃、雄英高校の関係者を名乗る男が家を訪れた。
なんでもクレイジー・ダイヤモンドを試したいらしい。もしかして推薦入学の試験だったりするのかな?
「いや、もちろん雄英高校の推薦入学は決定事項だ。結果がこちらの期待通りではなくてもそこは安心してほしい」
うん、心配事は解消された。そして治すのはその男自身──ゾンビみたいに痩せたおっちゃんだった。
なんでも胃は全摘出していて、呼吸器官の損傷もハンパないらしい。それ以外にも下手な手術を繰り返したせいでその後遺症もヤバいそうだ。
「いやいやッ、決して下手な手術なんかじゃないよ! 最高のドクター達が最善を尽くしてくれたんだからね!」
ゾンビなおっちゃんが慌てて手を振りながらヤブ医者のフォローをしてきた。
うんうん、ゾンビなおっちゃんは良い人みたいだね。きっと前世の僕もこんな感じの良い人だったんだろうと親近感がわいた。
「いいよ。おっちゃん相手だから適当にやろうかと思ってたけど気が変わった。お人好しのおっちゃんには全力を尽くすよ」
おっと、その前に念のため確認しておこう。クレイジー・ダイヤモンドは殴って治す個性だけど大丈夫ですか?
「ああ、勿論だ。遠慮はいらないよ。思いっきり殴ってくれて構わない」
ゾンビなおっちゃんは、その薄っぺらい胸をドンと叩いて了承してくれた。
ほ、本当に大丈夫かな? 殴ったショックで死なない? クレイジー・ダイヤモンドは死んでさえいなければどんな状態でも治せるけど、逆を言えば治す前にショック死したらそのまま死んじゃうんだけど?
「ハハハッ、そこまで柔じゃないさ! そこは信頼してくれて大丈夫さ!」
自信溢れるゾンビなおっちゃん。
う、うーん……フラグじゃないよね? 信じるからね? 殺人犯にはなりたくないよ?
今回はママやヒミコちゃんを治すときみたいに、そっと優しく拳を当てるだけにした方がいいかな? でもそんな治し方はクレイジー・ダイヤモンドに対する冒涜だと思うんだよね。(ママとヒミコちゃんは除く)
よ、よし、覚悟を決めた。全力で殴るぞ!
「いくぞッ、ドラララララァーッ!!」
「あれ、思った以上に痛くないね?」
ポカポカと僕は全力でゾンビなおっちゃんを殴りまくる。手を痛めないように相手の骨に当てないよう柔らかい部分を殴るのがコツだよ。
よしッ、これで治療終了だ! 最後に大きく振りかぶって殴りつけてから、僕はゾンビなおっちゃんに体を向けた。
──大きく両足を広げて右足を曲げて立ち、右手は開き頭のところにもっていく。左手は体に水平に構える。
「ケガ人をブチのめすなんて後味の悪いことだ。とっても男らしくないことだ。心の痛むことだ……だから、あなたをすでに治しておいた……って、あんた誰!?」
「なッ!? これは!!」
ゾンビなおっちゃんに話しかけていたはずなのに、そこにいたのはハイパームキムキなおっちゃんだった。
傷を治しただけで、ゾンビなおっちゃんからハイパームキムキなおっちゃんにメタモルフォーゼするだなんて……クレイジー・ダイヤモンドが進化したのかな?
僕が首を傾げながら思案していると、ハイパームキムキなおっちゃんが叫び出した。
「この身体の奥底から漲ってくるパワーは全盛期の頃と比べても全く遜色がない! まさかこの一瞬でここまで完全な治癒が行えるだなんて、しかも体力の消耗すら感じない。重清少年ッ、君の力はすでにあのリカバリーガールをすら遥かに凌駕しているよ!!」
ふむ、どうやらゾンビのおっちゃんにとっては、ハイパームキムキなおっちゃん状態がデフォルトだったみたいだね。
あーあ、僕のクレイジー・ダイヤモンドが進化したんじゃないんだ。もしかしたらヒミコちゃんをボンキュッボンに成長させ──
「重清くん、私がどうかしたのですか?」
「ひッ、ヒミコちゃん!?」
真後ろから突然聞こえてきたヒミコちゃんの声。いつもなら嬉しくなるはずなのに、なぜか背筋が冷たくなった。
そうだッ、ハイパームキムキなおっちゃんに助けを……っていない!?
忽然と消え失せたおっちゃんを慌てて探すと、部屋の扉から出て行くおっちゃんの後ろ姿が見えた。
置いていかないでッ、ハイパームキムキなおっちゃん!!
「ハハハッ、今回のお礼は日を改めてからさせてもらうよ。重清少年のガールフレンドが折角来てくれたのだ。私のようなオジサンの相手など後回しでいいさ。それじゃまた会おう!」
僕の心からの叫びに振り返ったおっちゃんから放たれたのは救いの言葉じゃなかった。おっちゃんの言葉だけを聞けば普通の内容だけど、ニコニコ笑っているヒミコちゃんに怯えた子羊のような視線を向けていた。
「助けておっちゃん! 亀の甲より年の功ってやつでヒミコちゃんをうまい感じで宥めてよ!!」
「足にしがみつかないでッ!? 重清少年はオジサンに何を期待しているんだい!? 私みたいなオジサンが若い女の子を上手い具合に宥めるだなんて荒技が出来るわけないじゃないか!」
「ハァ、もういいです。重清くん、さっきのは聞かなかったことにして上げます」
バタバタ騒ぐ僕とおっちゃんの姿に呆れたのだろうか? ヒミコちゃんは溜息をついたあと、背筋が寒くならない笑顔を浮かべてくれた。
「ハハハッ、良い彼女じゃないか、大事にしなさい」
見掛け倒しのおっちゃんが何かほざいてる。さっさと帰ってくれない?
「ひどくないかい!? 重清少年!」
女子中学生一人宥められない、いい歳をしたおっちゃん。きっと独身だろう。
僕はこんなおっちゃんみたいにはならないぞ。
この日、僕はそう誓った。
*
僕は高校生になった。
ヒミコちゃんも無事に雄英高校に受かった。初登校の今日は一緒に登校している。
入試のときはハーヴェスト達をヒミコちゃんのフォローのために向かわせていたけど、ハーヴェストのフォローの機会は訪れなかった。えへへ、才色兼備なヒミコちゃんなのだ。
「重清くん、視線がえっちです」
「う、それは気のせいだよ、ヒミコちゃん」
あぶないあぶない。ついつい雄英高校の制服姿に見惚れちゃってたよ。
トレードマークの雑なお団子は小さな頃から変わらないけど、女の子として年々可愛くなるヒミコちゃん。
今日も周囲の男達からの視線を感じるよ。僕の体で視線を遮らねばいけない。ガードだ、ガード!
思えば、ヒミコちゃんとは小学一年からずっと一緒にいる。これは幼馴染といっても過言じゃない。ククク、可愛い幼馴染がいる。僕って勝ち組だよね。
でもさ、他の可愛い女子に変身してほしいっていうお願いを中学生になった頃から聞いてくれなくなったんだ。
手を繋いだり、腕を組んだりとかのスキンシップは相変わらずしてくれるから、僕の知らない間に嫌われたってことはないと信じたい。
そんなことを考えていたら、もうすぐ教室につきそうだ。
教室に入る前に、ヒミコちゃんと繋いでいた手を離そうと力を緩めたら、彼女の手は反対にギュッと力がはいった。
あれ、手を離さなくてもいいのかな?
ヒミコちゃんの顔を見たらニコニコと笑顔になっていた。
……うん、別に小学生じゃあるまいし、それほど揶揄われることもないだろう。むしろ揶揄われたい。それがクラスの男子に対する牽制にもなるだろうしね。
ヒミコちゃんは僕が守る! なんてね。
さて、教室の扉を開けるぞ。これがヒーローへの第一歩なんだ!
──この日、黄金の精神を持つ若者は、輝く未来へと向けて歩み出した。 “Plus Ultra”!!!
──私には大切な人がいるのです。普通じゃない私を……普通の女の子として見てるくれる人です。その人は普通の人で……まるで普通じゃない人です。
「ヒミコちゃん、あのアイドルの血がやっと手に入ったんだ!」
彼は嬉しそうに血を手渡してくれる。いつもワクワクとした顔で、血を飲む普通じゃない行為を見守ってくれる男の子です。
コクリ、と喉を鳴らして飲み込む。
その蕩けるような甘さに頬が緩むのを感じた。
私の機嫌が良くなったのを察した彼が、いつもの台詞を口にする。
「ヒミコちゃんッ、変身してほしいな!」
私に対していつもあからさまな好意を示してくれるのに、何故か彼は他の女なんかに変身してくれと頼んできます。
もしかしてアホですか?
いえ、もしかしなくてもアホでした。
普通じゃない私に好意を持ってくれるのだから、きっと彼は救いようのないアホなのでしょう。
だから私はいつもの答えを口にします。
「絶対にいやです!」
そして思いっきり抱きつきます。
「うーん、まだ好感度が足らないのかなぁ?」
彼はよく考えていることを呟きます。とても小さな声ですが、抱きついた状態なら嫌でも聞こえます。
女子が男子の首に腕を回して抱きついているのに好感度が足らない?
本当にアホです。
アホ過ぎて心配になるレベルなのです。
だから……
──ギュッと抱きしめます。
いつまでもそんな貴方でいて下さい、そう祈りを込めて──