──警察の捜査本部に到着した。
相澤先生は、警察の指揮官らしき人と話をしている。
僕のことは『この部屋から出るな』と言い放った後、放ったらかしにしている。きっと、相澤先生は結婚したら家庭を顧みない夫になるタイプだ。
そして、『家庭のことはお前に任せる』とか言って、妻の相談事を無視するタイプだよ。
それから、冷え切った家庭となって子供がグレたら『お前の教育が悪かったからだ!』と言って妻を怒鳴りつけるタイプなんだ。
ぶつぶつと文句を言っていたら、近くの女性警官が聞いてたみたいだ。ヒソヒソと相澤先生を見ながら同僚と噂話を始めた。
うん、相澤先生にバレたら怒られそうだ。
僕はそっとその場を離れた。
よし、僕は部屋の隅に置かれた椅子に座って休憩をしよう。
暫くボーとしていたら、各地のプロヒーロー達がチラホラと集まってきた。
ハイパームキムキなおっちゃんを筆頭にエンデヴァー、ベストジーニスト、ギャングオルカといったトップヒーロー達だ。この短時間でよく集められるものだ。国家権力は怖いね。
ハイパームキムキなおっちゃんが、僕に気付いて話しかけてきた。
「重清少年、話は聞いているよ。遠隔での治癒が可能になったとね。君は本当に凄い子だね。……そうは言ってもまだヒーロー科生徒の君を危険な現場に連れ出すのは心苦しい。だが、今回は君の同級生の爆豪少年を救う為なんだ。重清少年の身の安全はプロヒーローとして必ず守り通すと誓うから力を貸してほしい」
ハイパームキムキなおっちゃんが頭を下げる。その姿に僕は感動する。僕を強制的にドナドナした相澤先生に見習わせたいよ。
「大丈夫だよ、ハイパームキムキなおっちゃん。この間の『I・アイランド』と比べたら事前準備もちゃんとしているし、これだけのトップヒーローが集まれば、今回みたいな行き当たりばったりのヴィラン集団なんて、あっさり捕らえてくれると信じているからね」
「もちろんだとも、君の期待には必ず応えるよ!」
ハイパームキムキなおっちゃんと握手を交わす。
「この握手で、ハイパームキムキなおっちゃんを遠隔で治癒できるようになったよ。現場では安心して動いてね」
「うむ、頼りにしているよ、重清少年!」
それから、プロヒーロー達と言葉を交わしながら握手をしていく。
相手に触れることによって触れてから七日が過ぎるか、僕が個性を解除するまでの間、遠隔によって治癒を施すことが出来るんだ。
うん、そういう設定にした。
七日という数字にはとても大きな意味がある。それは、プロヒーローになった時にちゃんと年末年始を休むためだ。
今回の件で、僕が遠隔による治癒が出来る事が知れ渡れば、プロヒーローになったときに依頼がくることが予想される。
その時に向けて、今から休日確保の為の予防策だ。休日に依頼客が来たら迷惑だからね。
遠隔治癒付与の上限は、今のところ20名にしている。これは様子を見ながら徐々に増やす予定だよ。
「おう、無事みたいだな。重清」
ミルコ姉さんだ!!
本部の部屋にミルコ姉さんが入ってきた。僕は彼女のもとに駆けよった。
「早かったね、ミルコ姉さん!」
「お前からの話があったからな。出る準備をしてたおかげだ。しかし、連絡を受けた時はプッシーキャッツとミルコ特戦隊とのコラボとか言ってたのに、えらく状況が変わったな」
ミルコ姉さんには、プッシーキャッツのキラキラポーズとのコラボの為に来てもらおうと思って事前に連絡をしてたんだ。ちょうどミルコ姉さんの予定も空いていたしね。
本当は林間合宿の最終日に元ヒーロー達の前で、ミルコ特戦隊の新しいスペシャルファイティングポーズをお披露目しようと考えていた。
「そうだ、実は林間合宿の個性強化訓練で遠隔治癒が出来るようになったんだ。ミルコ姉さんにも遠隔治癒の為の付与をするね」
「なに? 遠隔治癒だと……(どの程度、離れていても治癒できる設定だ?)」
急に小声で聞いてきたミルコ姉さん。何でだろ?
でも遠隔治癒の射程距離か。特に考えていなかったけど、制限なしはマズイのかな?
「(まだ誰にも言ってないなら50m程度だと言っておけ。お前のことだからこの能力で、自宅で寛ぎながら依頼料を稼ごうとか考えていそうだがそれは止めろ。下手すりゃ世界を巻き込んでお前の争奪戦が起こるぞ)」
ウソっ!?
そんな大事になっちゃうの!?
「(お前の治癒はそれだけ破格なんだよ。世界規模でみればお前に匹敵する個性持ちはいるが、距離が無制限の遠隔治癒となれば話が違う。お前を手に入れればそれだけで不死の軍団を手に入れたようなものだぞ)」
「うん、僕の遠隔治癒の射程距離は30mぐらいだよ! 今日は調子が良いから50mはいけそうだよ!」
「そうか! 30mから最大50mか! それなら十分に重清の安全を確保できるな! だが、油断するんじゃないぞ! 現場では私のそばを離れるなよ!」
「うん、分かったよ! ミルコ姉さん!」
大声で遠隔治癒の射程距離を口にする。周囲のプロヒーロー達はそれを聞いて戦闘時のフォーメーションを考え始めた。
よかった!!
遠隔治癒の射程距離を言ってなくて!!
僕は安堵に胸を撫で下ろす。
「ふぅ、やっぱり目が離せないな。まったく、手のかかる子ほど可愛いというが、その意味がよくわかるよ」
ポンポンと僕の頭を叩いて、ミルコ姉さんは苦笑した。
*
ラグドールのサーチによって、爆豪君の位置は把握できている。
残念ながら現場から逃走したヴィラン達をラグドールはサーチに登録していなかった。
「あちきがちゃんとサーチに登録していれば、ヴィランの居場所も弱点も分かったにゃん」
項垂れるラグドールに、ハイパームキムキなおっちゃんが気にするなと肩を叩く。
「爆豪少年の居場所が判明しているだけで十分だよ。おそらくは逃走したヴィラン達も同じ場所でまだ休んでいるはずだ」
逃走したヴィラン達は、元ヒーロー達との戦闘によって疲弊している。
今は夜中の2時を過ぎた頃だ。
ハーヴェストの探索で既に爆豪君の無事は把握している。彼はグルグルに縛られて寝かされていた。手には爆破を封じる手枷みたいなものを嵌められている。そしてヴィラン達は各々で身体を休めていた。
実は問題を一つ発見した。
爆豪君のいる場所とは別のところで、僕が襲われた凶悪ヴィランに似た気配を放つ奴らを見つけたんだ。恐らくはコイツらも凶悪ヴィランだろう。
ハーヴェストがじっくりと感知したところ、この凶悪ヴィラン達は改造人間だと判明した。ここはその改造工場みたいだ。凶悪ヴィランの身体からは色々な人の気配を感じるそうだ。たぶん複数の個性を使用できるのだろう。他人の個性を移植できるなんてすごいね。
今は改造人間達は寝かされている。だけど、ヴィラン側にはワープゲートがあるんだ。爆豪君の救出時に増援としてワープしてくる可能性がある。
うーん、どうしよう。
凶悪ヴィランの居場所は分かっているけど、それをどうやって知ったのか説明できない。
『僕の勘によると、この廃屋に凶悪ヴィラン達が隠れている気がするよ』
なんて怪しいことは言えないよね。
ふぁぁ……なんか眠たいし。別に言わなくてもいいかな?
これだけトップヒーロー達が集まっていたら、ヴィラン側の増援があっても何とかできるよね。
「実は近くに怪しい人間が出入りしている廃工場があります。以前からヴィランの拠点になっている可能性があるため監視をしていたのですが、今回の襲撃の直前にも怪しい人間の出入りが目撃されています」
警察の人が、ちょうどその場所の話を始めた。すごいね、日常的な調査でヴィランの拠点を発見してたんだ。
僕が隣にいるミルコ姉さんにだけ聞こえる小さな声で『日本の警察は優秀だね。事前に凶悪ヴィラン達の改造工場を見つけていたんだ。僕が言う必要が無くなっちゃったよ』と言うと、ミルコ姉さんは何も言わずに、そっと僕の口を手で塞いだ。
*
プロヒーロー達は、二手に別れることになった。
僕はもちろん爆豪君がいる方だよ。
「重清少年、くれぐれも前には出ない……君が出るわけないよね。ミルコ君、彼が気紛れをおこして、ふらふらと何処かに行っちゃわないように見張っておいてね」
「ああ、それが一番の心配事だからな。現場では目を離さないようにするさ」
「うむ、それなら安心だ。重清少年、誰かが負傷したなら指示を待たずに治癒を頼むよ」
なんだか引っかかる会話だったけど、言いたいことは分かったよ。
僕は後ろの方で見学しとくから頑張ってね。皆の負傷は直ぐに治すから安心してね。あっ、僕の方にヴィランが来ないように細心の注意をはらってね。
「うん、自分の立場を理解した理想的な答えだけど、おじさんとしては、ヒーロー志望の若者はもう少し血気盛んでもいいんじゃないのかな。と思うんだよね」
贅沢を言わないでよ。僕は文科系だからね。血気盛んとか、そういうのはクラスの体育会系の人達に任せるよ。
その代表みたいな人が、今は囚われのお姫様役をしてるけどね。
「ククク、ナンバーワンヒーローのオールマイト相手にそこまで言えるんだ。重清は十分に血気盛んだと思うぜ」
ミルコ姉さんが面白そうに笑う。周りのヒーロー達も同意見なのか頷いている人や、笑っている人が多い。
うむむ。
これは風評被害だね。
とりあえず、報復としてデヴィットおじさんに聞いたハイパームキムキなおっちゃんがアメリカ時代にやらかした恥ずかしい失敗談をネットで拡散しよう。
「デイヴーッ!? 重清少年に何を言っちゃったの!? 重清少年、落ち着くんだ。後でゆっくりと話をしよう。具体的には高級焼肉店で話をしようじゃないか!」
うん、分かったよ!
友達を呼んでもいいかな?
「ハハハ、勿論だよ。好きなだけ友達を呼んであげなさい」
やったーっ!!
せっかくだから、今回の林間合宿で会えなかったおっきなおっちゃん…グレートジャイアントも呼ぼうかな。
「あの大食いのグレートジャイアント!? それは許して! おじさん破産しちゃうよ!」
「ナンバーワンヒーローが情けないこと言わないでよ。精々が高級焼肉店の在庫が空っぽになる程度だよ。あっ、予約の時に在庫を三倍ぐらいにしておいてって依頼すればいいんだよね。そうすれば、おっきなおっちゃんも他の人が食べる分を考えて遠慮しながら食べなくていいもんね」
「本当に待って!! ナンバーワンヒーローといってもそこまで稼いでるわけじゃないんだよ!! お願いだから呼ぶのは同級生だけにしてね!!」
ハイパームキムキなおっちゃんが本気で困ってるみたいだから、おっきなおっちゃんを呼ぶのは諦めよう。僕って優しいよね。
「なるほど、男相手だと容赦ないんだな。前に女の子を泣かせたらママに叱られるとか言っていたが、あれは本気だったのか。普段は女しか周りにいないから気づかなかった。まあ、私は女だから特に気にする必要はないな」
ミルコ姉さんは肩をすくめると、もう興味を無くしたみたいで出撃の用意を始めた。
「ミルコ君、もう少し彼の教育に関心を持ったほうがいいと思うよ! それに風評被害云々はミルコ君の発言がキッカケなんだよ。そこんとこ分かっているのかい!」
オールマイトがミルコ姉さんに話しかけているけど、ミルコ姉さんは知らんぷりしてる。
さて、僕も準備をしよう。
予定通りなら、そろそろ到着するはずだ。僕はスマホを取り出すと、モモちゃんに確認の電話をかけた。
*
──捜査本部に到着した機動兵器に、僕とミルコ姉さんは乗り込んだ。
「重清さん、お待たせ致しました。なんとか間に合ってよかったですわ」
「ちょうどよかったよ。警察とプロヒーロー達もこれから出発するところだからね」
「まさか八百万に機動兵器を運ばせているとはな。しかし、よく許可が下りたな」
「ふふ、もちろん攻撃は許可されていませんが、重清さんの安全面を考慮すれば、この機動兵器の防御力は警察が保有するどの装甲車よりも上ですわ。根津校長に申請をしていただいたら即座に許可されました。残念ながら、ヒミコさんと事務員さんの同乗は却下されたので、今回はスペシャルファイティングポーズは封印ですわね」
モモちゃんが残念そうに言った。新しい決め台詞も考えたから、お披露目をしたかったんだね。
「まぁ、それは次の機会を待とう。それよりモモちゃんにも遠隔治癒の付与をしておくね。はい、握手。これで最大50mまで遠隔で治癒できるよ。付与の効果時間は僕が個性を解除するか、触れてから七日が経つまでだよ。七日あれば年末年始をちゃんと休めるんだ。ちゃんと考えてるでしょう!」
「……それが個性強化訓練の成果なのですね。あの、その新しい能力の内容はきちんとメモをされましたか?」
「メモ? ヤダなぁ、自分で考えたんだから忘れたりしないよ」
僕の返事にモモちゃんは溜息を吐いた。ミルコ姉さんがそんなモモちゃんの肩をなぜか慰めるように叩いていた。
「よし、そろそろ出発しよう。飛行音でヴィランにバレないように注意してね!」
「はい、静音モードでの飛行に切り替えますわ。飛行速度は落ちますが、地上をいく方々よりは速いので問題ありません」
モモちゃんがテキパキと操作してくれる。
さて、到着までどうしようかな?
そうだ!
ヴィラン達から生命力を吸い取って弱体化してもらっておこう。突入するヒーロー達も戦いやすくなるからね。
《了解です。ヴィランより生命力を吸収します》
そうだ、ミルコ姉さんとモモちゃんも夜遅くまで頑張ってくれてるから
体力回復だけなら小さじ一杯でも多すぎるぐらいなんだよね。小指の先にチョンとつけて……ミルコ姉さん、アーン。
「なんだ、ハチミツの小瓶か。私に味見をして欲しいのか? まあ、いいぞ…ぺろ」
じゃあ、次はモモちゃんもアーン。
「ふふ、わかりました。…ぺろ」
どうかな?
元気になった?
「……ひとつ、聞きたい。これは重清が作ったんだな」
うん、そうだよ。万能回ふ《喋るのストップ》はて?……えっと、自家製ハチミツだよ!!
「……私もお聞きしたいのですが、この自家製ハチミツの存在を知っているのは、私達以外にはどなたがいらっしゃるのでしょうか?」
まだ誰にも言ってないよ。今初めて出したんだ。そういえばヒミコちゃんにも言う暇がなかったからまだ言ってないや。
「……林間合宿中に作ったってことか」
「重清さん。とりあえず、この自家製ハチミツの存在は私達以外にはヒミコさんにしか言わないで下さい。後のことは状況が落ち着いてから、ヒミコさんを含めて全員が揃ってから相談を致しましょう」
えーと、よく分からないけど、分かったよ。
二人とも味見をした途端に真剣な顔になっちゃった。
少し気になるけど、後で相談するならその時に聞けばいいや。
「重清さん、目的地にあと三分で到着しますわ」
──両足を曲げて立ち、両手を頭の後ろで組む。上体は僅かに傾けた。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴ。おふざけはここ迄だ。爆豪は拘束されている。ヴィランは全員が眠ってはいるが眠りは浅い。ヒーロー達が突入すれば戦闘に入る可能性は高いと思え。今回、僕は治癒に専念する。モモは現場から距離50mを保つ事だけに集中しろ。戦闘は他のヒーロー達に任せる。だが不測の事態が起こればミルコ。お前に任せる。……何か嫌な予感がする。油断はするな」
──スタンド使いの宿命が近付いている。何故か、漠然とそう思った。
*
──オールマイトが壁を砕いて突入した。それと同時に他のヒーロー達も突入していく。
その少し前に、凶悪ヴィランの製造工場に別働隊が突入していた。
ハーヴェストからリアルタイムで報告がくる。今のところは順調だ。
オールマイトが爆豪を保護した。シンリンカムイがヴィラン達を拘束した。厄介なワープゲートはエッジショットが無力化した。
凶悪ヴィラン製造工場では、ほぼ無抵抗の凶悪ヴィラン達をベストジーニストとマウントレディ達が確保を進めている。
全てが順調だ。
だが、嫌な予感は徐々に強くなっている。
オールマイトが手フェチの変態野郎と会話をしている時に──それは起きた。
「モモ、外部スピーカーのスイッチを入れろ!」
「はいっ……入れましたわ!」
「オールマイト!! 別働隊からの連絡が途切れた!! ここに敵の増援がくる可能性が高いぞ!!」
ハーヴェストからの報告で全て把握しているが、それを直接口には出来ない。
多少、まどろっこしい言い方をする。
「了解だ! まずは爆豪少年を避難させるぞ!」
オールマイトは、僕の言葉を疑うような無駄なことをせずに素早く動き始める。肩に爆豪君を担ぎあげると、すぐさま建物から脱出した。
「塚内くん、彼を頼む!」
「分かったっ、彼を署まで運べ!!」
警察も素早く爆豪をパトカーに乗せると発車させた。この場にいる人達は判断もその動きも早い。
パトカーが見えなくなったすぐ後にワープゲート…いや、前のとは少し性質が違う。ゲートではなく、個人転移の個性みたいだな。
個人転移で続々と凶悪ヴィラン達が姿を現した。
「すまない!! 確保していたヴィラン達に逃げられた!!」
建物内に残っていたヒーローの叫ぶ声が聞こえた。
「オールマイト!! ヴィランの転移先は例の廃工場の可能性が高い!! ここは他のヒーロー達に任せて行ってくれ!! 向こうはヒーローの人数がここより少ないんだ!!」
「クッ! エンデヴァーここは任せられるか!」
「誰に物を言っているっ、貴様が必要に見えるのか!! さっさと行け!!」
「わかったっ、後は任せた!!」
オールマイトが消えたと錯覚するほどのスピードで飛んでいった。
これで、ひと段落だな。
モモに外部スピーカーをオフにするように目で合図する。
「……外部スピーカーをオフにしましたわ」
その言葉で僕は気を抜いた。
「ふぅ、疲れたよ。もう帰ってもいいかな?」
「ダメに決まっているだろ。それにしてもエンデヴァー達は無茶な戦い方でヴィラン共を蹴散らしてるな……すぐ治るってのも考えものだな。戦い方が雑になっていやがる。あとで注意しといた方がいいな」
「重清さん、帰るのはもう少し我慢して下さいね。ところで、廃工場の方は大丈夫そうですか?」
「ベストジーニストが他の人達を庇ったみたいだね。全員が生きているよ。そのベストジーニストは新しく現れたヴィランにやられて虫の息だけど、生きてはいるよ。あぁ、オールマイトが到着した」
「生きているなら治癒が出来るな。それで、どんなヴィランが相手なんだ。私は応援に行かなくていいのか?」
ミルコのその言葉に、僕は立ち上がると彼女の近くに寄る。
ミルコの顎に手をやるとクイッと持ち上げて、その瞳を覗き込むように見つめる――そして、彼女に心の底から忠告する。
「ミルコ一人では絶対に勝てない。
「……そこまでの相手か」
ミルコは、自分を侮るかのような発言だというのに、怒りを微塵も見せることなく静かに呟いた。
「もうすぐ、テレビ中継が始まる。ミルコなら画面越しでも分かるだろう。モモ、お前もその目に焼き付けておけ。アイツの――『吐き気を催す邪悪』という存在をな」
──その言葉に二人は喉を鳴らす。妙にその音が大きく聞こえた。
*
「……文字通りの化け物だな」
「お、オールマイトと真正面から殴り合っていますわ」
モニターに映し出されたテレビ放送に二人とも顔色が悪くなる。
一発一発が互いに大地を大きく抉る破壊力がある。
オールマイトは相手の攻撃を相殺するようにパンチを放っているが、相殺し切れない余波だけで周囲は瓦礫と化していく。
ハーヴェストは、あの化け物が現れてからずっと集中して感知を続けていた。
その結果、分かった。あの化け物の体内には人の気配が無数にある。それも凶悪ヴィランのように改造によって移植されたんじゃない。間違いなく、アレは自分の意思で人を喰らう化け物だ。
化け物は、人を改造して凶悪ヴィランにして使役しているんだ。なんて邪悪な化け物なんだ。
そして、あの化け物は少なくとも百年は生き続けているはずだ。
大地の精霊のようなハーヴェストは、大地に記録された情報が読める。ざっと読んだだけで、百年前まで奴の記録があることが確認できた。
そう、百年を生きて、そして人を喰らい、凶悪ヴィランを下僕として増やしていく邪悪な化け物。
まさしく奴こそが、吸血鬼の『ディオ』だ!!
ジョジョ世界でのディオという存在が、この世界では奴なんだ。
手フェチの変態野郎は中ボスに過ぎなかった。
この世界のラスボスはディオだ!!
スタンド使いの宿命は、どこまでいっても僕を逃がさない。
こうなれば覚悟を決めよう。
──両足を開いて立ち、上体を大きく反らす。左手はポケットに入れて、右手でモニターに映る『吐き気を催す邪悪』を指差す。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴ。人の尊厳を踏みにじり、その命と個性を喰らう邪悪なる化け物よ。化け物には化け物なりの理由と正義があるのかもしれん。だがッ、人の世には、人の秩序と正義がある。力のままに生きるのが化け物のルールなら、俺は人のルールに従って、貴様を無力化し、法の裁きを受けさせる」
パチン、と指を鳴らす。
というわけで、ハーヴェストよ。
『吐き気を催す邪悪』の生命力を限界まで吸い取れ!!
《了解です》
テレビを見ると、『吐き気を催す邪悪』の全身にハーヴェスト達が取り付いたのが見えた。
無数のハーヴェストは、僕の命令を忠実に守り、一斉に全力で生命力を吸いはじめた。
見ていて、ギュインギュインという音が聞こえてきそうだ。
オールマイトと対峙していた『吐き気を催す邪悪』は、その右腕を異形化させて大きく振りかぶる。そして――コテンと地面に倒れた。
オールマイトの目が点になる。
『吐き気を催す邪悪』はヒューヒューと苦しそうに呼吸をしていた。陸に上がった魚みたいだね。
オールマイトはキョロキョロと周りを見渡したりして挙動不審になっていたけど、『吐き気を催す邪悪』を足の先で突っついても倒れているのを見てやっと勝利の雄叫びをあげた。
右腕を突き上げて雄々しく立つその姿は、ナンバーワンヒーローの名に恥じないものだった。この場面だけを切り取れば人気が出そうだと思った。
あとで聞いたけど、この場面はあまり視聴率を稼げなかったそうだ。せめて直前で足の先でツンツンするシーンが無ければよかったと思う。生放送だったのが失敗だね。
そして、『吐き気を催す邪悪』は警察に逮捕された。
やったーっ!!
僕はディオに勝ったんだ!!
世界の平和は守られたんだ!!
機動兵器の窓から外に目を向けると、夜が明けていくのが見えた。
新たな一日が始まろうとしている。
「さあ、僕達の街に帰ろう。ミルコ姉さん、モモちゃん」
──二人の方に颯爽と振り返ると、なぜか二人とも溜息を吐きながら、こめかみを押さえていた。
*
地元に帰ろうとしたら、相澤先生に捕まった。
なんでも『吐き気を催す邪悪』が暴れた被害が余りにも甚大だったから、個性使用の特別許可と報奨金を出すから、破壊された街と負傷した人達を
うぅ、遠隔治癒の条件で、最初に触れる必要があるなんてしなかったらよかった。
負傷者の数と、瓦礫の山を前にして僕は後悔した。
僕が必死になってポカポカと
僕のヒミコちゃんと事務員さんにもちゃんと来てもらっているよ。ヴィランと戦うわけじゃないから、二人に来てもらうのに問題はなかった。
「ふふ、重清くんのいる場所なら何処にでも行きます――とても会いたかったのです」
僕のヒミコちゃんはニコニコしながら来てくれた。ギュッとして再会を喜び合う。
事務員さんは溜息を吐いていた。早く他の正式メンバーを探すべきかな?
モモちゃん、ミルコ特戦隊のテーマを流してね。
「はい、お任せ下さい」
ミルコ特戦隊のテーマが流れてきた。
最初は僕からだ!!
「ドララララッ! 僕の拳で
次は僕のヒミコちゃんだ!!
「あなたの隣人は本物? それとも偽物? その正体は誰にも見破れない。千変万化の変身ヒーロートガ参上なのです!」
三番手はモモちゃんだ!!
「煌めく光は叡智の光! 輝く光は科学の光! 創造の光は人類史の軌跡! 万物ヒーロークリエティ参上ですわ!!」
事務員さん、お願いします。
「特技はパソコン、趣味は映画鑑賞です。どうして私はここにいるの? 全部が全部ウサギが悪い!!
最後はミルコ姉さんだ!!
「一蹴必殺!! 問答無用!! たしかミルコはソロヒーローだったはずだと? いつの話をしてやがる!! ウサギさんは寂しかったら死んじまうんだよ!! ラビットヒーローミルコ参上だ!!」
そしてミルコ姉さんを中心にして決めポーズ──新スペシャルファイティングポーズを決める!!
『重ちー!! トガ!! クリエティ!!
ドドドドーン!! と、モモちゃんに創造してもらった花火が空を彩った。
*
数日後、やっと帰ってこれた。
いつものように、梅雨ちゃんの手を引っ張って裏庭に連れていく。
はい、ここに座ってね。
僕はゴロンと横になる。
梅雨ちゃんに膝枕をしてもらうのは久しぶりだ。顔を押し付けてその柔らかさを感じる。
「重清ちゃん、前にも言ったわよね。女の子の膝枕でうつ伏せになってはいけないわ」
これは頑張ったご褒美だからいいの。
「もう、そういうことは自分で言うものじゃないのよ。でも、重清ちゃんが頑張ったのは本当ね。多くの負傷者と瓦礫の山が僅か数日でなくなったもの。重清ちゃんは凄いことをしたわ。お疲れ様」
優しい手つきで僕の頭を撫でながら、梅雨ちゃんは温もりを感じさせる声で労ってくれる。
「ふふ、信じられない早さの復旧だったから、あそこの地名をとって『神野の奇跡』なんて呼ばれているわよ。……でも本当に重清ちゃんが無事で……よかったわ」
彼女の声が僅かに震えた。
「ごめんなさい。重清ちゃんがあんな危険なヴィランと戦っていたとき……私は安全な場所にいて何も出来なかったわ」
その言葉ははっきりと分かるほど震えていた。
「ヴィランの攻撃で大地が裂けたのを見たとき思ったわ。もしもあれが重清ちゃんに向けられたものだったらって……どうして私はこんなにも無力なのかしら……もしも、私があそこに立っていたとしても……何の役にも立てなかったわ……私には…重清ちゃんを守れる力なんてないの……私では…あなたの――」
思わず身体を起こして梅雨ちゃんの両肩を抱き寄せた。責める必要もないのに、自分を責めている梅雨ちゃんのことが……責任感が強くて、しっかり者で、そして愛情深い彼女のことが――どうしようもなく愛おしく思えた。
梅雨ちゃんの顔を見つめる。
潤んだ彼女の瞳は不安げに揺れていた。
その不安を取り除きたくて、僕は心の内を正直に口にした。
「心配をしてくれてありがとう。梅雨ちゃんが心配をしてくれるから、僕は帰って来れた。ここに待っていてくれる人がいるから、僕は無茶をせずに帰って来れたんだ」
彼女の愛しい心に少しでも近付きたくて、その頬に触れてみる。
瞼が震えて涙がこぼれた。指先で優しく涙を拭う。その濡れた指先で自分の唇に触れた。
「君の温かい心を感じるよ。もう一度言うね。心配してくれてありがとう。帰る場所になってくれてありがとう。──ただいま、大好きな梅雨ちゃん」
「お…おかえりなさい。重清ちゃん……私もあなたが大好きよ」
梅雨ちゃんを優しく抱きしめる。
いつでも僕にとって姉のように大きな存在の彼女だけど、今は僕の腕の中で震えていた。
声を出さずに震えていた。
僕よりずっと小さくて華奢なその身体が震えているのを止めたくて、僕は両腕に力を込めて抱きしめた。
体温と共に温かい想いが伝わってくる気がする。彼女の息遣いすら愛しく感じた。
どれほどのあいだ、そうしていただろうか。
ふと気がつくと彼女の震えは止まっていた。
「──重清ちゃん、少し苦しいわ」
僕の胸に顔を埋めていた梅雨ちゃんは恥ずかしそうにそう言うと、おずおずと顔を上げる。
「重清ちゃん、私は決めたわ。もう自分の気持ちに嘘を吐きたくないの。重清ちゃんのお姉ちゃん役はもうやめ――」
僕はその場に転がってジタバタと足掻いた。
「ヤダヤダヤダヤダッ!! 梅雨ちゃんは僕の梅雨ちゃんなんだ!! 僕のお姉ちゃん役をやめるだなんて言わないでよ!!」
「ハァァァ……頭が痛いわ。重清ちゃんは本当に放っとけない子なのね。――わかったわ。重清ちゃんのお姉ちゃん役はずっと続けるわね。こんな手の掛かる子の面倒を他の娘にみさせるわけにはいかないもの。でもね、私はお姉ちゃん役だけで終わる気もないわ。だから、覚悟していてね。わ、私の……重清ちゃん」
そう言いながら、梅雨ちゃんは倒れている僕に手を差し出してくれた。
──手を差し出す彼女の顔は、今まで見たこともないくらいに真っ赤に染まっていた。
──今日は重清くんとデートです。
そうです。
デート自体は珍しくないのですが、何日も前から約束をしてデートをするのは久しぶりです。
お互いに他の用事がなければ、私達は一緒にいるのが当たり前なので、約束をすること事態が珍しいです。
ふふ、初めて約束をしてデートをした日が懐かしいです。
一緒に遊ぶのは同じなのに『遊びに行こう』じゃなくて、『デートに行こう』と誘われただけで、どうしてあんなにドキドキしたのでしょうか?
今ではすっかり慣れて、デートに誘われても心臓が破裂するんじゃないかって心配するほどドキドキする事はなくなりました。
自分の鼓動が少しうるさいなって感じる程度にしかドキドキしません。
ふふ、熟練のカップルというやつです。
普段は手を繋ぎますが、デートの時は腕を組みます。
彼は慣れている筈なのに、私のモモが当たると嬉しそうにします。男の子はモモ好きですね。
ウインドウショッピング中に、ガラスに映った私達の姿が目に入ります。
とてもお似合いの二人だと、自分でも思いました。
重清くんは素敵な男の子です。
笑顔の似合う素敵な男の子なのです。
私のどんなに普通じゃない姿を見ても、重清くんは気にせずに笑ってくれます。
初めてソレを見せた日の事を、私は昨日の事のように思い出せます。
重清くんは素敵な笑顔を見せながら言ってくれました。
『じゃあ、この血をあげるから変身してほしいな。これは近所に住んでいる美人のお姉さんの血なんだ。これさえ飲めば、お子様体形のヒミコちゃんでもボンキュッボンのナイスバディになれるよ。おめでとう、やったね!』
今、思い返すとぶん殴りたくなります。
小学一年生なのだからお子様体形は当たり前です!
当時は、子供だったので、重清くんの言っている言葉の意味がよく分かっていませんでした。
まったく、小学一年の頃から全く進歩のない重清くんなのです。
でも、今と変わらず紳士でもありました。変身した私に変な事はしませんでした。
ほんの少しだけスキンシップは増えていた記憶はありますが、二人で普通に遊んだだけです。
少しだけエッチな重清くんなのです。
重清くん、昔のことで本当にぶん殴ったりはしませんよ?
逃げようとしないで下さい。寂しいです。
ふふ、身体は逃げようとしているのに、組んでいる腕だけは微動だにしていません。
本当にモモ好きですね。
あっ!?
ウエディングドレスが飾られています!
とても綺麗なのです!
はいっ、私はウエディングドレスが着たいです!
でも、白無垢も憧れます!
両方でも良いのですかっ!?
なるほど、披露宴というものがありました。
はいっ、両方とも着ます!
はい…?
ウエディングドレスと白無垢を着て皆に変身してほしい、ですか?
梅雨ちゃん、ミルコ姉さん、モモちゃん、透ちゃん、三奈ちゃん、響香ちゃん、メリッサ? あぁ、科学者の卵の人ですね。
なるほど。皆ですね。
皆と結婚気分を味わいたいのですか?
なるほど、なるほどです。
はい、そうですね。
たしかに中身が私ならイチャイチャし放題です。
少しだけエッチな重清くんも満足できますね。
ふふ。
ふふふ。
ふふふふ。
一度、本気でぶん殴ってもいいですか?