重ちー(偽)のヒーローアカデミア   作:銀の鈴

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シーズン3(必殺技習得編)

 

──雄英高校の全寮制が決まった。

 

夏休みの登校日。

 

朝のホームルームで相澤先生がそんな事を言い出した。

 

なんでも、ヴィラン側に林間合宿の予定が漏れていたことが原因らしい。

 

雄英生徒の安全を守るためのセキュリティ強化の一環だそうだ。

 

たしかに、ラスボスの『吐き気を催す邪悪』は収監されたけど、それ以外のヴィラン達には逃走を許してしまった。

 

特に中ボスの手フェチの変態野郎を逃したことは失態といえる。

 

ラスボスという目の上のタンコブが無くなれば、その配下の中ボスは調子に乗るだろう。

 

ヴィラン側がこれから活動を活発化させる可能性はとても高いと思う。

 

でも自宅を離れての寮生活か。これは悩みどころだね。

 

ハーヴェストが強化される前なら、ママ達の護衛をしなきゃいけない関係上、僕は転校を選んだ。

 

だけど今のハーヴェストなら離れていても護衛を続けられる。

 

ミルコ特戦隊の活動には支障がでるかな?

 

「先生、全寮制って自宅には泊まりに帰れないんですか?」

 

「いや、全寮制といってもそこまで厳しいわけじゃない。あくまで念のための処置だからな。外泊届を出せば自宅に帰るのは自由だ」

 

なんだ、思ったより緩い感じだね。

 

まあ、それなら寮生活でもいいかな。

 

とりあえず、ミルコ姉さんとミルコ特戦隊の活動について相談しなくちゃだね。

 

活動は土日が殆どだから影響は少ないと思うけどね。

 

 

 

 

「重清が寮生活だと……朝は一人で起きられるのか?」

 

ミルコ姉さんに全寮制の話をしたら第一声がこれだった。

 

子供じゃないんだから、朝ぐらい一人で起きれるよ。

 

僕の答えにミルコ姉さんは納得したように頷いた。

 

「そうだな。トガや八百万も同じ寮なんだ。朝ぐらい起こしてくれるよな」

 

ん? 会話が変じゃなかった?

 

「まっ、いいんじゃないか? こんな機会が無ければ、重清は実家から一生離れないだろうからな。一人暮らしじゃねえが、一度ぐらいはそれに似た体験はしておいて損はねえよ」

 

ミルコ姉さんが親戚のおばちゃんみたいなことを言っている。

 

「……私の勘が重清に罰を与えろと告げている。今、何を考えた?」

 

野生()の勘!?

 

僕は脱兎の如く逃げ出した。

 

そして、すぐに捕まった。

 

お仕置きで、死ぬほどくすぐられた。

 

口は――思考は災いの元だね。

 

 

 

 

寮に引っ越してきた。

 

ママが寂しいから寮に行かないでって止めるのなら転校をしようと考えていたけど、『ヒミコちゃんの言う事をちゃんと聞くのよ』とニコニコしながら送り出された。

 

可愛い子には旅をさせろ、ということだろう。

 

きっとママは心の中で泣いていたんだと思う。

 

ママの為にも頻繁に帰ってあげようと心に誓った。

 

寮の部屋は思ったよりも広かった。

 

荷物の整理はハーヴェスト達が瞬く間にやってくれた。

 

こういう時に、僕のスタンドがハーヴェストで良かったとつくづく思う。

 

共用スペースで寛いでいると、飯田君がやって来た。

 

「矢安宮君はもう引っ越しの片付けは終わったのかい?」

 

「うん、飯田君も終わったの?」

 

「いや、僕はまだ途中だよ。少し休憩をしに来たんだ。矢安宮君は片付けが早いね」

 

飯田君が「ここに座ってもいいかい?」と聞いてきたから頷いた。

 

飯田君は座ると、僕の目をじっと見つめたあと静かに頭を下げた。

 

「本当にありがとう」

 

「うん」

 

それだけで十分だった。

 

飯田君の気持ちは十分に伝わった。

 

少し時間が過ぎたあと、飯田君は立ち上がった。

 

「じゃあ、僕は片付けが残っているからもう行くよ」

 

「うん、頑張ってね」

 

飯田君の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

 

よかった。

 

男男関係のことで相談されるかと思ったよ。

 

飯田君のお兄さんの問題は片付いたけど、男男関係の問題はまだだ。

 

僕では力になれそうにもないから相談しにこないでね。

 

そう祈らざるを得なかった。

 

 

 

 

僕のヒミコちゃんのお部屋にお邪魔した。

 

「重清くん、いらっしゃいなのです」

 

部屋の中は、ヒミコちゃんの自宅にある自室そのままだった。

 

「家具を全部持って来ました。部屋の広さが同じぐらいだったので配置もそのままでいけました」

 

使ってた家具をそのまま持ってきたんだ。それだと自宅に帰ったとき不便じゃないかな?

 

僕なんかは週末とか頻繁に帰ろうと思っているから、寮の家具は新しく揃えたよ。

 

「私は自宅には殆ど帰らないと思うので大丈夫ですよ」

 

……そうだね。

 

うん、地元に戻るときは、僕ん家に泊まればいいし、どうにでもなるね。

 

僕のヒミコちゃんとは、幼い頃からお泊まり会とかも頻繁にしていたから、客間をひとつヒミコちゃん専用にしているんだ。

 

着替えとかも置いたままだから、いつでも泊まれる状態なんだ。

 

「はい、そのときはお世話になりますね」

 

僕のママはヒミコちゃんを実の娘のように思っているからいつでもウエルカムだよ。

 

「ふふ、重清くんのママは、私にとってもママ同然なのです。でも最近は心配をさせてしまっているので心苦しいです」

 

あれ、ママになにか心配をさせているの?

 

「……口が滑りました。重清くんは気にしないで大丈夫ですよ。いえ、むしろ忘れて下さい」

 

うん、わかったけど、本当に大丈夫?

 

「はい、私の方で何とかするので安心して下さい。(重清くんの女性関係を心配させているなんて言えないのです!)」

 

ヒミコちゃんが何となく落ち着かない感じになったから、僕はヒミコちゃんをギュッとしてから自分の部屋に戻った。

 

 

 

 

ユサユサと身体を揺さぶられる。

 

うぅ、もう少し寝かせて。

 

「重清くん、朝ですよ。起きて下さい」

 

可愛い声が聞こえる。

 

「そろそろ起きないと、朝ご飯を食べる時間が無くなっちゃいますよ」

 

まだ眠たいよ。一緒に寝よう。

 

「もう、仕方ないですね。少しだけ――」

 

──バシン。

 

「痛いです。モモちゃん、頭を叩かないで下さい」

 

「叩いて当然です! 重清さんのベッドに潜り込もうとしないで下さい! まったく破廉恥ですわ!」

 

「モモちゃん、ただの添い寝ですよ。なにが破廉恥なのですか?」

 

僕のヒミコちゃんのキョトンとした声が聞こえた。

 

「え…?」

 

「ねぇ、教えて下さい。添い寝のなにが破廉恥なのですか? 小さな頃からどちらかが寝ていたらよく添い寝をしたのですが、それは破廉恥な行為だったのですか?」

 

「あ、あのですね。添い寝自体は決して破廉恥ではありませんわ。ただ、ヒミコさんの年齢で男性と添い寝というのは、やはり世間一般的な良識では破廉恥ではないかと思うわけでして…」

 

「なるほど、私の年齢ですか。では、重清くんのママが息子と添い寝をしても破廉恥なのですか? 重清くんのママは破廉恥な女性なのですか?」

 

ヒミコちゃんの疑問の声が聞こえた。

 

「いえそれは! あの……私が言いたいのはですね。家族ではない年頃の男女が同衾するというのは、不祥事が生じやすいのではないかという懸念があるわけでして」

 

「不祥事ですか。あのう、不祥事とはどのような事ですか? 具体的に言ってくれないと分からないです」

 

「ぐ、具体的に!? えっと、そのですね……お耳をお借りできますか?」

 

「はぁ、別にいいですよ」

 

「(ゴニョゴニョ)」

 

「――なるほど、よく分かりました」

 

「ホッ。はい、ですのでヒミコさんはもう重清さんの布団に潜り込んでは――」

 

「モモちゃんはムッツリスベケなのですね。いつもあんな事ばかり考えているのですか?」

 

「違いますわ!!」

 

「重清くん、ムッツリスベケなモモちゃんには近付いたらダメですよ。何をされるか分かったものじゃないのです」

 

「だからムッツリスベケではありませんわ!」

 

「そうなのですか? では重清くんに判断してもらうので、先程言ったことを彼にも言って下さい」

 

「え!? いえそれは…………あっ、大切な要件を思い出しました。私はこれで失礼しますね」

 

モモちゃんがそそくさと部屋を出ていった。

 

「ふふ、勝ったのです。では、重清くんと眠るのです」

 

僕達は仲良く二度寝を――

 

「おい、そこのバカ二人。今すぐ起きるか、それとも親を呼び出されるかを選べ」

 

「重清くん、40秒で支度をしましょう」

 

「了解だよ」

 

パパパッと僕は着替える。もちろん、ヒミコちゃんに手伝ってもらいながらだ。

 

「ジャスト40秒なのです」

 

「さあっ、今日も清々しい一日が始まるよ。ヒミコちゃん」

 

「はい、では朝ご飯を食べに行きましょう」

 

「うん。あれ、相澤先生がこんなところにいるよ」

 

「ホントですね。今、初めて気づきました」

 

「相澤先生、おはようございます」

 

「寮内の見回りですか? たとえ先生でも男性が女子エリアに入ったらセクハラで訴えますよ?」

 

相澤先生は呆れた顔をして、僕らを見ていた。

 

「わざとらしい小芝居はせんでいいからさっさと行け」

 

「はーい」

 

「セクハラで訴えるのは本気なので女子エリアには来ないで下さいね」

 

僕達は手を繋いで食堂へ向かった。

 

 

 

 

食堂で相澤先生から話があった。

 

昨今のヴィラン騒動を契機に、今年からプロヒーロー仮免試験を一年生でも希望者には受けさせることが雄英で決まったそうだ。

 

朝ご飯を食べている時にそんな話をしないで欲しい。

 

プロヒーロー仮免試験はとても大変らしいから無理をしてまで一年生で受ける気にはならない。

 

ミルコ姉さんを始め、元プロヒーローの知り合いも沢山できたから、皆の助言を受けながらじっくりと対策をして来年以降に挑もうと思っているんだ。

 

「何事も経験だ。A組は全員参加で申し込みを済ませた。相手は全員がお前らより一年以上の経験を積んだ格上だ。精々気張れよ」

 

勝手なことしないで!?

 

僕は抗議をしようと思ったけど、周りのクラスメイト達は喜んでいた。

 

僕のヒミコちゃんもやる気になっていたので、空気を読んで黙っておいた。

 

僕も大人になったなぁ、と思った。

 

 

 

 

「お前達には必殺技を覚えてもらう」

 

プロヒーロー仮免試験に向けて、各々が必殺技を覚えることになった。

 

雄英ヒーロー科の生徒達は、雄英体育祭が全国放送される関係で、それぞれの個性や戦い方が知られてしまっている。

 

仮免試験では他校の生徒達から集中的に狙われてしまうのが毎年の恒例となっているそうだ。

 

その為、雄英の生徒達は体育祭からどれだけ成長できるかが、仮免試験の合否を分ける事になる。

 

この事は相澤先生からは教えられていないけど、ミルコ姉さんや元ヒーロー達に教えてもらった。

 

戦闘力は低めの僕を心配してくれた元ヒーロー達からは、自分達が卒業したヒーロー養成校の後輩達には僕の事を積極的には狙わないように言ってくれると約束してくれた。

 

これは決して不正ではない。

 

僕から頼んだわけではないし、八百長と言えるほどの内容でもないからだ。

 

ちょっとした好意程度の話だろう。

 

まあ、この話はいいとして、必殺技はどうしようかな?

 

必殺技開発の訓練相手には、エクトプラズム先生の分身がなってくれる。

 

思いっきり攻撃をぶつけても大丈夫というわけだ。

 

「エクトプラズム先生、僕の必殺技にゾンビアタックというものがあります。この必殺技の内容は――」

 

「ソノ技名ダケデ理解出来ル。君ノゾンビアタックハ集団戦ナラ無類ノ強サヲ発揮スルダロウ。ダガ、今ハ個人戦デ使用デキル必殺技ヲ考エテクレ。試験デ孤立シタ場合ヲ想定スル必要ガアルカラダ」

 

うーん。

 

僕は文科系だから個人戦は勘弁して欲しいな。でも、孤立した場合を考えたら対策は必要だね。

 

よし、いつもの作戦でいこう!

 

「はい、閃きました。僕は梅雨ちゃんに背負われる事にします。戦闘中に離れ離れにならないように二人のヒーロースーツを改造して固定できるようにしておけば万全です」

 

「ホウ、フザケタ作戦ノヨウニ聞コエルガ理ニ適ッテイル。蛙吹ノ身体能力ナラ君ヲ背負ッテモ機動力ニ不安ハナイ。現場ヲ縦横無尽ニ跳ネ回ル治癒拠点ト考エレバ画期的ダ」

 

遠隔治癒の射程距離50mと梅雨ちゃんの機動力を考えれば、僕の治癒に死角は無くなる。

 

よし、梅雨ちゃんに話をしに行こう。

 

 

 

 

「重清ちゃんの言う通り、治癒拠点としてなら有効だわ。でもその状態で仮免試験に挑むのは……少し恥ずかしいわ」

 

梅雨ちゃんは少し困った顔をしていた。

 

僕は想像してみる。仮免試験の会場で、梅雨ちゃんに背負われる自分の姿を。

 

僕を背負い颯爽と跳ぶ梅雨ちゃん。

 

周囲の仲間を癒しながら、僕自身は梅雨ちゃんの背中で癒される。

 

梅雨ちゃんは背中の僕に癒される。

 

まさに三方よしの関係だ。

 

つまり、これで梅雨ちゃんは僕の梅雨ちゃんだということを大々的にアピールできる――雄英体育祭でもアピールしているから効果は絶大だと思う。

 

うん、問題は何もない。

 

「ハァ…問題しかないわ。実は雄英体育祭後に家族に聞かれていたの。私を抱き締めていた男子とはどういう関係なのかをね。その時はただの同級生であれは作戦だったと誤魔化しておいたわ」

 

──ただの同級生。

 

その言葉に泣きたくなった。

 

梅雨ちゃんの顎に指をかけて上を向かせる。

 

キョトンとした表情だった。

 

彼女には、僕の気持ちが伝わっていないのだと察した。

 

梅雨ちゃんの頬に──自分の頬を触れさせる。

 

「え…?」

 

梅雨ちゃんの戸惑いの声が聞こえた。

 

「ただの同級生にこんな真似は出来ないよ。僕はこうしていると幸せな気持ちになる。梅雨ちゃんはどんな気持ちなの?」

 

梅雨ちゃんの頬から滑るように動いていき、彼女の首筋に顔を埋める。

 

抱きしめた身体は少し震えていた。

 

「もしも早く離れてって思っているのなら言ってほしい。それなら少し――ううん、すごく悲しいけど……もう二度とこんな真似はしないから」

 

「重清ちゃん…」

 

彼女は抱き締められたままの状態で静かに言った。

 

「正座で反省をしてちょうだい。今の状況が分かっているのかしら?」

 

梅雨ちゃんの声が震えているのに気付く。まずい、本当に怒ってるみたいだ。

 

僕は素早くその場で正座をした。

 

梅雨ちゃんの顔を見上げるとその頬は赤く染まっていた。そして周りを気にしているみたいだった。

 

僕は周りに目を向けた。

 

周りで訓練をしていた同級生達が動きを止めて、僕達に注目しているのにようやく気づいた。

 

僕のヒミコちゃんはジト目を向けていた。

 

あれはママに甘えていたのを見られたときと同じ目だ。

 

あとでフォローをする必要がある。

 

モモちゃんは『私は負けませんわ!』とか言いながら気合いを入れていた。

 

誰かと勝負中なのかな?

 

ところで、モモちゃんのモモはいつまで毒入りなの?

 

たまに身体に当たるチャンスがあってもつい避けちゃうんだ。

 

早く無毒化してほしい。

 

透ちゃんは、僕と目が合うと嬉しそうに手を振ってくれた。

 

今、手を振り返すと梅雨ちゃんの怒りに火をつけそうだ。

 

僕は目配せだけしておく。

 

それだけで満足してくれたみたいで笑顔で頷いてくれた。

 

三奈ちゃんは正座している僕を心配そうに見つめていた。

 

心配してもらえて嬉しい気持ちになる。

 

彼女には後でお礼を言っておこう。

 

響香ちゃんは呆れた顔で見ていた。

 

僕の視線に気付いた彼女の唇が声を出さずに動いた。

 

『――あとで慰めてあげるから今は怒られてろ』

 

うん、あとでたっぷり甘えさせてもらおう。

 

お茶子ちゃんは、何故か羨ましそうに梅雨ちゃんを見ていた。

 

不意に彼女の視線が動いた。

 

誰を見ているのかな?

 

僕からだと死角になっていて見えないや。

 

峰田君は血の涙を流しながら悔しがっていた。

 

あっ、血迷って近くにいたモモちゃんに抱きつこうとした。

 

護衛のハーヴェストが峰田君の足を引っ掛けて転ばせた。

 

抱きつかれそうになったモモちゃんが峰田君を蹴りまくっている。

 

毒入りモモに触れようとした者の末路だ。僕も気をつけよう。

 

そんな現実逃避をしていたら、梅雨ちゃんが大きな溜息を吐いたあと腰を落として視線を合わせてきた。

 

「重清ちゃん。まったく反省をしていないわね」

 

うん、梅雨ちゃんの言う通りだ。

 

僕は反省をしていなかった。もちろん理由はある。

 

「場所が悪かったのは理解したよ。皆の注目を浴びさせてしまった。照れ屋さんな梅雨ちゃんには悪い事をしたと思っている。だけど――」

 

梅雨ちゃんの綺麗で長い髪を優しく手にする。

 

髪は女の子の命だ。丁寧に扱わなきゃいけない。

 

大切な梅雨ちゃんの大切な髪に――僕はキスをする。

 

髪へのキスの意味は『思慕』だったはずだ。

 

姉のように慕う彼女への気持ちを表す行為だ。

 

「――君に触れていたいと思う心。僕のこの心に嘘はないよ。だからこそ反省はできない。梅雨ちゃん、僕のこの心がただの独りよがりな身勝手なものだったのならもう君に迷惑はかけない。だから教えてほしい──梅雨ちゃんの心の声を」

 

僕の言葉を黙って聞いていた梅雨ちゃん。

 

先ほどより頬の赤みを増した顔でニッコリと笑いながら言った。

 

「ケロ、重清ちゃんには色々と言いたい事はあるけど──まずはデリカシーという言葉の意味を教えるわ」

 

僕を見つめる梅雨ちゃんの目は、僕を叱るときのママの目に似ていた。

 

僕は脱兎の如く逃げ出した。

 

今回はなんとか逃げ切れた。

 

──なんとなく、梅雨ちゃんはわざと逃してくれた気がした。

 

 

 

 

僕の訓練は走る事になった。

 

直す(治す)個性は以前の個性強化訓練で強化されている。

 

これ以上の強化を急ぐのは非効率だと判断された。

 

治癒系の僕は、中途半端に攻撃を覚えるより防御優先だと判断された。

 

防御のために、習得に時間のかかる技術を学ぶよりかは単純にその場から逃げる方がいいと判断された。

 

今の僕なら動き続けられる体力を養うことが一番メリットが大きいと判断された。

 

という事で、僕は走っている。

 

ちなみに色々と判断してくれたのは、電話で相談したミルコ姉さんだ。

 

教師をやっているプロヒーロー達は、自分で考えることも授業の一環としているから具体的な助言をしてくれない。

 

ミルコ姉さんの場合は、自分のヒーロー事務所で活動する仲間だ。

 

だから具体的な助言もしてくれる。

 

『お前の場合、放っておくとトンチンカンな方向に進みそうで怖いんだよ』

 

なんて事を照れ隠しで言っていたけど、親身になって相談に乗ってくれたんだ。

 

僕はひたすらに走る。

 

一人寂しく走っているように見えるけど、実際には僕の周りには無数のハーヴェスト達が応援をしてくれながら一緒に走ってくれている。

 

《頑張れ、頑張れ》

《ファイト、ファイト》

《いちにー、いちにー》

《ファミコンウォーズが出ーたぞ!》

《こいつはどえらいシミュレーション!》

《のめり込める!》

《のめり込める!》

《ママ達には内緒だぞ!》

《のめり込める!》

 

「ふぁみぃこ〜んうぉ〜ずがぁでぇたぞ〜」

 

バタンと力尽きた。

 

つ、疲れた。

 

よ、よく考えてみたらハーヴェスト達に運んでもらったらいいんじゃないかな?

 

バケツリレー方式だったかな。

 

流石に倒れたまま運ばれるのは格好良くない。

 

僕はヨロヨロと立ち上がると、ハーヴェスト達に足裏を持ち上げてもらう。

 

フワッと身体が僅かに持ち上がる。

 

他人がハーヴェストに持ち上げられたらバランスを崩すかもしれないけど、僕の場合はハーヴェストとの繋がりがあるから自然とバランスがとれる。

 

そのままバケツリレー方式で移動してみる。

 

ススーと滑るように移動できた。

 

完璧なハーヴェスト同士の連携のお陰で上下に揺れたりもしない。

 

腕を組んだまま移動してみる。

 

なんだか強キャラっぽいね。

 

移動速度も速い。

 

僕の全速力よりも速いだろう。

 

飯田君にはまるで敵わないけどね。

 

でも最高速度では敵わないけど持久力なら圧勝だ。

 

ハーヴェストの無限ともいえる持久力なら、僕が飽きるまでいつ迄でも移動できるんだ。

 

ククク、圧倒的ではないか! 我が速力は!

 

あっ、モモちゃんを発見だ!!

 

モモちゃーん!! 新しい走り方を編み出したよー!!

 

「えっ!? ちょ、ちょっと待って下さい!!」

 

モモちゃんに止められた。

 

どうしたのかな?

 

「ハァァァ……まだハチミツの件も検討中ですのに……重清さん、その新しい走法は誰にも暫くはお見せにならないで下さい。ヒミコさん達と相談をします。いいですね、本当に誰にも見せないで下さいね。喋るのも禁止ですよ!」

 

モモちゃんが凄く真剣な顔をしている。目が少し血走っている気がした。

 

ちょっと怖かったので、僕は素直に頷いた。

 

 

 

 

同級生達が続々と必殺技を編み出していった。

 

僕も必殺技を編み出した。

 

地殻変動に地震、台風、諸々の工事やetcによって地面、道路上、建物の床を含めてあらゆる場所は変化をし続けている。

 

それらを微妙に直す際に多少の応用を効かせて、僕は立ち位置を移動する事が可能になった。

 

直す個性を発動するエネルギーの余波で、僕の身体は少しだけ浮き上がる。

 

そのお陰で障害物の影響を受けずに高速での移動も可能となった。

 

そんな設定をモモちゃん達が考えてくれた。ミルコ姉さんも電話で参加してくれた。

 

次の日にはモモちゃんが代表して、エクトプラズム先生への報告まで一緒に来てくれた。

 

モモちゃんが全部説明するから、僕は黙っててねと事前に言われている。皆がすごく優しい。

 

「ホウ、便利ナ能力ダ。矢安宮君ノ活動ノ助ケニトテモナルダロウ。トコロデ、八百万君ハ大丈夫カ? トテモ疲レテイルヨウニ見エルゾ」

 

「私は大丈夫ですわ。夜遅くまで個性について色々と調べて整合性を……いえ、何でもありませんわ。ただの創造疲れです。栄養補給をすれば治りますわ」

 

「ソウカ。創造ニハ脂質ガ必要ダッタナ。タクサン食ベテモ太ラナイトハ女性ニハ嬉シイ副作用ダナ」

 

「先生、それはセクハラになりかねないセリフですわよ。でも、確かにダイエットとは無縁ですわ。むしろ頑張って食べないと胸が縮んでしまいますもの」

 

モモちゃんが軽くモモを持ち上げる。

 

毒入りがとても残念に思える立派なモモだ。

 

「ソレハ逆セクハラニナルゾ。矢安宮君ガ困ッテ……ハイナイガ、凝視シテイルゾ」

 

「あら、重清さんなら別に構いませんわ。もしよければ触れてみますか?」

 

「教師ノ前デ言ウ台詞デハナイゾ。矢安宮君モ本気デ悩ムナ」

 

うぅ、毒さえなければ悩む必要もないのに。

 

「毒…? なにを仰っていますの? 毒婦という意味でしょうか? あの……誤解があるのでしょうか。私は決して重清さんに対して悪心など――」

 

「矢安宮君ガ言ッテイルノハ、ソンナ深イ意味デハナク、八百万君ノ胸ニ描イテイル文字ノコトダト思ウゾ。矢安宮君ハ繊細ナヨウダ。本気デ彼ノ気ヲ引キタイナラ消シタ方ガイイダロウ」

 

「え…? 胸の文字ですか?……少し失礼します」

 

モモちゃんは後ろを向いてゴソゴソとしている。

 

どうやら手鏡を創造して自分のモモを見ているみたいだ。

 

「毒入り!? なんですのこの落書きは!」

 

モモちゃんは吃驚している。自分で書いたんじゃないのかな?

 

「まさか、自分でこんな落書きを書くわけありませんわ」

 

こちらに向き直したモモちゃんは困惑していた。

 

自分のモモに気付かないうちに文字が書かれていたら当然だろう。

 

暫く考え込んでいたモモちゃんは、何かに気付いたように目を見開いた。僕もふと気付いたことをハーヴェストに命じた。

 

「あ、あの…重清さん? もしかして、私が貴方に近付いたときなどに……い、いつもスッと距離をお取りになられるのはまさか……この落書きが原因なのでしょうか?」

 

うん、そうだよ。

 

身体に触れられたくないのかと思って、モモちゃんには意識的に気をつけて接していたんだ。(下手に触れて殴られたくないからね)

 

ほら、僕ってすぐに抱きつく癖があるからね。今まで何度も抱きつきそうになっては慌てて離れてたんだ。

 

「そうだったのですか。こんな落書きが理由でしたのね。私はもっと別の理由があるの(ヒミコさんが邪魔をしているの)だと思っておりましたわ。こんな事なら勇気をだしてもっと早く聞いていればよかった」

 

モモちゃんは俯いて小さな声で何かを呟いている。何を言っているのかな?

 

「重清さんが、私の誘惑に乗らなかったはずですわ。『私に触るな! 』と首に看板をかけていたようなものですもの――ふふ、でも安心しましたわ。ヒミコさんと比べて女としての魅力の差がここまであるのかと落ち込む必要はなかったのですね。そうですわ、私のモモがヒミコさんのモモに負けるわけありませんもの!」

 

こんな風にブツブツ言う癖がある同級生がいたよね。

 

モモちゃん、そのブツブツを癖にしないでね。ちょっと怖いから。

 

「はっ!? そうですわ! 私にこのような落書きをした犯人を探さなくてわ!!」

 

モモちゃんがガバッと顔をあげる。

 

「乙女の柔肌にこのような落書きを――えっ!? 落書きが消えてますわ…?」

 

自分のモモをモニュッと持ち上げて下側を覗き込むモモちゃん。

 

その視線の先にあった筈の『毒入り』の文字は綺麗に無くなっていた。

 

うん、綺麗なモモだね。すごくプニプニして形もいいよ。

 

「重清君、気持チハ分カルガ近クデ凝視シスギダ。八百万君ハ怒ラナイカモ知レナイガ、向コウデ君ノトガ君ガ殺シ屋ミタイナ目デ睨ンデイルゾ」

 

……もっと早く教えてよ。

 

 

 

 

警察が捜査を行ったが、モモちゃんのモモに落書きをした犯人は見つからなかった。

 

本人に気付かれずに、モモに落書きが出来るとなると相当な個性持ちだ。

 

学生レベルでは不可能だろう。

 

これは八百万家絡みの案件だろうと思われる。

 

財界で八百万家と敵対している派閥が嫌がらせをしていたのだろう。

 

庶民からすれば、馬鹿らしい嫌がらせだけど、上流階級の人間にしてみれば十分な嫌がらせになる。

 

「もしもあの落書きが見えるドレスを着用してパーティーに参加していたら末代まで語られる恥になるところでしたわ」

 

心底ホッとした様子のモモちゃんを見れば本当のことだとわかる。

 

もう二度とこんな事が起きないようにハーヴェストの護衛は厳しくしておこう。

 

そう自室で強く思っていると、僕のヒミコちゃんが部屋にやって来た。

 

僕はこっそりとヒミコちゃんを招き入れると、ハーヴェストに周囲の警戒を命じた。

 

「重清くん。証拠の処分は大丈夫ですか?」

 

「うん、完璧だよ。ハーヴェスト達がヒミコちゃんの痕跡は全部消したからね。でもこんな事はもうしないでね。ヒミコちゃんとならいつでも一緒に逃げるけど、こんな理由は格好よくないもん。どうせならもっと壮大な理由がいいよ。裏で悪事に手を染めていた権力者を倒して追われるとかだね」

 

「ごめんなさいです。まさかあんな落書きで警察が捜査に乗り出すなんて思いませんでした。私もモモへの落書きが原因で重清くんと逃避行するのは勘弁なのです。間違いなくミルコさんには爆笑されてしまうのです」

 

申し訳なさそうに項垂れる僕のヒミコちゃん。

 

僕はギュッと抱き締める。

 

「分かってくれたならいいよ。大好きだよ、僕のヒミコちゃん」

 

ヒミコちゃんも抱き締め返してくれる。

 

「私も大好きなのです。私の重清くん」

 

ヒミコちゃんの心地良い体温を感じた。

 

僕の愛しい女の子。

 

僕に迷惑をかけたと罪悪感を感じているヒミコちゃんの姿を見て思った。

 

──今ならお願いをすれば変身してくれそうだと。

 

 

 

 

 

 





──この血を飲んで変身して欲しいな。

重清くんのウキウキした姿に腹が立ちます。

でも、今回は私の自業自得です。

惰性で、ついついモモちゃんのモモへの落書きを延々と続けてしまいました。

モモちゃんは明らかに私を疑っていましたが、証拠は何もありません。

重清くんが、モモちゃんのモモに書かれた毒入りの文字が本人によって書かれたものじゃないと知った時点で、犯人に私の顔が浮かんだそうです。

うふふ、以心伝心ですね。

即座にハーヴェストに命じて証拠隠滅を行なってくれました。

雄英高校、八百万家、寮内などの監視カメラのデータ抹消に指紋やマジックペンなどの除去。

モモに書かれた文字自体の抹消も本人に気付かれずに行われました。

物的証拠は全て消えました。筆跡鑑定も出来ません。残っているのは人の記憶だけです。記憶を映像として見える個性があるかもしれませんが、こんなことで記憶を見られる事を了承する人間がいるわけありません。

モモちゃんの疑惑の目が鬱陶しいですが我慢します。

さて、気は進みませんが変身しましょう。

──コクリ。

とても甘くて美味しいです。

蕩けるような甘さに自然と笑みが溢れます。

自分でも邪悪な笑みだと思うのですが、重清くんはニコニコしながら見ています。

唇についた血を舌で舐めとります。

重清くんの目が少しエッチになりました。いつもの事ではあるのですが、その理由がよく分かりません。

血に夢中になりすぎて、服装が乱れてしまったのかと心配になります。

もちろんそんな事はないので、気にしないようにしています。

変身すると、ピョンと耳が生えます。

ウググ、こいつの血ですか。

我慢、我慢です。

重清くんを膝枕します。

優しく微笑んで頭や顔を撫でます。

視線が揺れるモモに向いている事には目を瞑ります。

甘い声で愛の言葉を紡ぎます。

普段なら照れる彼が愛おしく思えるのですが、今はただただ腹が立ちます。

我慢、我慢です。

重清くんが手を握ってきました。

普段通りに指を絡めて戯れ合います。

彼の笑顔を見て思いました。

このまま指をポッキンするのはどうでしょうか?

いえいえ、そんな可哀想なことは出来ません。

我慢、我慢です。

心の中で思うだけにします。

彼に耳を触られ――ふぁ!?

んッ、んんッ…み、耳が敏感過ぎます…!

こんなの…ちょっ!?

だ、ダメです!!

そんなところを触っちゃダメです!!

そんな…奥まで指を……そこはダメッ!!

思わず彼の手を払い除けました。

変身も解きました。

ハァハァ……耳はダメです。

触っちゃダメなところです。

夫婦になるまではダメです。

そんな目をしてもダメなものはダメです!!

こんな敏感な……あれ?

重清くん、前にミルコさんの耳を触っていませんでしたか?

目を逸らさないで下さい!!

ウググ…!

あのエッ――

いえ、ここは冷静になるべきです。

重清くんの前で、純情な乙女らしからぬ言葉を口にしてはダメです。

冷静に考えてみましょう。

もしかしたら変身したばかりの私だからこそ、ここまで敏感なだけで、生まれた時からこの耳と付き合ってきたミルコさんはここまで敏感ではないのかもしれません。

くすぐりと一緒ですね。

くすぐられるのに弱い人と強い人がいるように、私は弱くてミルコさんは強いのかもです。

そうですね。

今度、峰田君あたりを言いくるめてミルコさんの耳を触らせてみましょう。

峰田君に触られても大した反応が無ければ問題はないです。

え、ダメなのですか?

ミルコさんの耳を触っていいのは重清君だけですか?

へー。

ふーん。

そーなんですねー。

では、峰田君には私の耳をさわ――























――私は反省しました。

思わず言ってしまった言葉に、私の重清くんがあれ程の反応を示すだなんて思いませんでした。

まさかあんな事になるなんて――





















はい。重清くんに正座させられて叱られました。

女の子が警戒心のない事を言うなとコンコンと説かれました。

本気で心配して叱ってくれる彼に嬉しくなります。

ヤキモチ焼きな彼が可愛いと思います。

可愛すぎて、ギュッとしちゃいました。

重清くんもギュッと返してくれました。


──困った顔をしながら抱きしめてくれる彼がとても愛おしく思います。









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