──プロヒーロー仮免試験の一次試験が始まった。
守りやすい地形に素早く移動して、予め決めていた防御陣形を整えた僕らの周りを数十人が取り囲んだ。
例年なら軽く百人を超える人数に襲われるそうだから今年は数が少ない。
雄英を積極的に襲わないと約束してくれた生徒達は有言実行をしてくれたみたいだ。
現在、僕達を取り囲んでいるのは、元ヒーロー達や神野での出来事とは関わり合いのなかった遠方にある高校の生徒達だろう。仲間内でのやり取りで聞こえてくる方言で察する事ができた。
半数の戦闘系の同級生が突っ込んでいく。その先頭をいくのは峰田君だ。残った半数は迎撃を受け持つ。
非戦闘系の同級生達が、モモちゃんが創造した銃器でゴム弾を発射し出した。たとえ当たらなくても牽制になるから、とにかく撃ちまくるようにと指示をしている。
僕はそんな同級生達の勇姿を後方から見守っている。
「ヒミコちゃん、流れ弾が怖いから僕から離れたらダメだよ」
「はい、了解なのです。重清くんから1ミリたりとも離れません」
手頃な岩に腰掛けた僕の腿の上に、僕のヒミコちゃんを座らせている。
ギュッと抱き締めれば、胸の奥底から勇気が湧いてくる。おまけに温かくて柔らかくて良い匂いもする。
「ヒミコちゃんは良い匂いがするね。なにか香水をつけているの?」
「変身したときに匂いでバレないよう、匂いのする化粧品は使っていないです」
「なるほど。ヒミコちゃんは普段から努力家なんだね。じゃあ、この良い匂いはヒミコちゃんの体臭なんだ」
「むぅ、体臭と言われると臭いと言われている気がします」
「ヒミコちゃんが臭かったら他の人は近付かないだろうから、この良い匂いを独り占め出来るよ。僕は嬉しいな」
「匂い匂いと言いますが、そんな匂います? 自分では匂いは薄い方だと思っていたのですが?」
「こうやって首筋に顔を埋めたらよく分かるよ。柑橘系の良い匂いがするよ」
「それはただの汗の匂いなのです。あまり嗅がれると恥ずかしいです」
「ヒミコちゃんを辱めていいのは僕だけだよ。だからいいんだ」
「ふふ、それは意味が違うと思います。でも、重清くんにならどんな恥ずかしい思いをさせられても許しちゃうのです」
「ヒミコちゃんに恥ずかしい思いをさせるのは二人っきりの時だけだよ。その時は僕も一緒に恥ずかしい思いをするからね」
「恥ずかしいといえば、重清くんのママの揶揄いを止めさせて欲しいのです。最近はその……孫の話をし出したので反応に困るのです」
「あはは……そういえば近所に出来たイタリア料理のレストランなんだけど評判が随分といいんだ。今度、一緒に行こうよ」
「もう、それは露骨すぎる話題逸らしなのです。でもそのレストランなら興味がありました。エスコートをお願いしますね」
「うん、せっかくだから正装をして行こう。このあいだの神野での報奨金があるからイブニングドレスをプレゼントするよ」
「それは重清くんが働いて得たお金なのですから、そのお金は自分の為に使って下さい」
「だからヒミコちゃんのイブニングドレスを買うんだよ。ヒミコちゃんは僕のヒミコちゃんだ。僕のヒミコちゃんの為に使うお金は僕の為なんだ。ヒミコちゃんは僕の所有物扱いをされるのは嫌?」
「そんな言い方はズルいのです。そんなの嫌だなんて言えるわけないです」
「男はズルい生き物だよ。好きな女の子の為ならどんなズルい事だって出来るんだ。例えば、僕の所有物を他の奴に取られないようにこうやって唾をつけちゃうよ」
「んんッ……こんなところで首筋にキスしちゃダメです。皆に見られちゃいます」
「僕は皆に見せつけたいよ。ヒミコちゃんは僕の彼女だって声高らかに叫びたいんだ」
「もう、重清くんは独占欲が強いです。束縛系は普通は嫌われますよ。もちろん私は嫌いじゃないですけどね」
「嫌いじゃない、じゃなくて好きって言って欲しい」
「ふふ、甘えん坊の重清くん。何度だって言ってあげます。──トガヒミコは矢安宮重清のことが大好きです。この世界の全てを敵に回そうと、トガヒミコは矢安宮重清だけの絶対の味方なのです」
「うんうん、僕のママとも仲良くしてね」
「ウグッ、嫁姑問題ですね。重清くんのママは私のママ同然ではあるのですが、嫁姑問題となると別次元の話なのです。娘と嫁は違うのです。嫁になると、
「そいう場合は僕の両手を掴んで引っ張り合いをすればいいんだよ」
「大岡裁きですか? 現実でやると重清くんの両肩が脱臼しちゃいますよ」
「そこは手を離そうよ!?」
「愛情は奪い合いなのです! 家庭内は情け無用の戦場なのです!」
「殺伐しすぎだよ! ホンワカ家庭を築こうよ!」
「ふふ、大丈夫ですよ。全ては子供が産まれるまでの話です。
「それは大丈夫とは言わないよ!
「産まれたのが娘ならどうですか?」
「娘は嫁にはやらん!! どうしても欲しければ俺を倒してみせろ!!」
「急に熱血ですね。では産まれたのが息子なら?」
「ヒミコちゃんのモモ争奪戦が勃発する。そのモモは父のものだ!!」
「重清くんも母乳が飲みたいですか?」
「……ノーコメントです。僕のクールなイメージが台無しになりそうだからね」
「熱血から一転してクールになっちゃいました。温度差で風邪を引いちゃいそうです」
「それは大変だ! 僕の体温で温めてあげるね!」
僕のヒミコちゃんを背後から密着するように抱き締める。
幾度となく抱きしめてもその度に幸せな気持ちになる。
このポワポワした幸せをずっと感じていたいと思った。
「重清くん。地面がヒビ割れていきますよ」
幸せを感じながら、ヒミコちゃんのお腹に回している両腕をモモの方へとさりげなく移動させるべく苦心していた僕に、ヒミコちゃんは目の前の地面を指差しながら教えてくれた。
地面を見るともう崩壊寸前だった。
「クレイジー・ダイヤモンドよ、地面を直せ!」
──どかん。
僕のそばに立っていたクレイジー・ダイヤモンドが地面を殴ると瞬く間に地面が元通りになった。いや、元通りじゃない。より頑丈に補強されている。
「僕の意を汲んで指示以上のことをしてくれる。うん、クレイジー・ダイヤモンドは本体に似て優秀だね!」
「はい! 重清くんそっくりです!」
「ヒミコちゃんそっくりの娘も欲しいな! そういえばヒミコちゃんが仲良くしてる女子園児はヒミコちゃんに似てたよね」
「誘拐は犯罪です!」
「そんなことしないよ!?」
「芦戸ちゃんを幼児にしようとした人の言葉は信用出来ないです!」
「……あれはただの冗談だよ」
「もう! 目を逸らさないで下さい。 本気で心配になっちゃいます」
「ヒミコちゃん、ふと思いついたんだけど」
「なんですか?……なんだか嫌な予感がするので聞きたくないのですが」
「ヒミコちゃんを幼児に戻したらメチャンコ可愛いと思うんだ!!!」
「この手を離して下さい!! クレイジー・ダイヤモンドをジリジリと近付けさせないで下さい!!」
「安心してヒミコちゃん。幼児なヒミコちゃんが『大きくなったらパパのお嫁さんになってあげるね!』という夢を抱いてもなんの問題もないからね」
「問題しかありません! でもいいのですか? 私は幼児に戻ったらここまで育ったモモも蕾に戻りますよ」
「さてと冗談はここまでにしよう。そろそろ仮免試験に本腰を入れなきゃいけないよ」
「ふふ、重清くんは本当にモモ好きですね」
自分の腿に座らせていたヒミコちゃんをおろして、僕は腰掛けていた岩から立ち上がった。
「さあっ、どこからでもかかってこい!!」
次の瞬間、試験会場に制限時間終了を告げるブザーが鳴り響いた。
*
あちこちで倒れている生徒達の姿が見えた。
僕の周辺――同級生達が防御陣形を組んでいた場所以外は、まるで爆撃を受けたのかと思うほどに無残な状態だ。
若者同士で激しく争ったのだと思うと、なんだか物悲しい気持ちになる。
「争いはいつでも虚しいよ。どうして人は分かり合えないのかな」
「重清くん、元気を出して下さい。私達が笑っていることをきっといなくなった人達も望んでいる筈なのです」
「ヒミコちゃん――そうだね。僕達は前を向いて生きよう。それが残された僕達の務めなんだと思う」
そんな殊勝な態度の僕達を呆れた顔で見ている人がいた。
「重清君、神野以来だね。仮免試験中にガールフレンドとのお喋りに興ずるそのクソ度胸だけは認めよう。だが、そこに実力が伴っていなければ愚かとしか言えないぞ」
──ギャングオルカ。
ヴィランっぽいプロヒーローとして有名な人だ。神野で少し話したけど、その外見とは違い良い人だったよ。
僕の近くに残っているのは女子六人と田口君、そして瀬呂君だ。
皆はギャングオルカの威圧感に圧されて動けないみたいだ。
ちなみに他の同級生達は地面が破壊されたとき、クレイジー・ダイヤモンドで修復できた範囲より外にいたため破壊に巻き込まれてしまった。
全員にハーヴェストを付けているから無事なのは分かっている。だけど僕らを助けに戻れる余裕は無さそうだった。
「制限時間を告げるブザーの後にシャチのおっちゃんが現れたってことは、これからシャチのおっちゃんと戦うってことでいいの?」
「重清くん、ギャングオルカさんはまだ30代ですよ。シャチのお兄さんと呼んであげないと傷ついちゃうかもです」
「うーん、でも30代って十分におっちゃんだよ?」
「そこは微妙なお年頃なのだと察してあげて下さい」
「おっちゃんの気持ちを察する技能は磨いてないんだよね」
「重清くんのパパと同じだと思ったらいいのではないでしょうか? 親近感が湧くと思いますよ」
「パパとは永遠のライバルなんだ。男親と息子はそういう関係なんだよ」
「なんだか格好良い言い方ですけど、要するにママを取り合うライバルなんですよね?」
「僕とママは血が繋がっている深い繋がりがあるんだよ!! でもママとパパは赤の他人なんだ!!」
「重清くんと私の息子も――」
「僕はパパが大好きだよ!! ママとパパはお似合いのカップルだと思うんだ!!」
「ふふ、私も重清くんのママとパパはお似合いのカップルだと思うのです」
「クハハハッ、俺の威圧にも全く動じぬか。重清君だけではなく、君のガールフレンドもクソ度胸だけならもうプロ以上だな。でだ、もう時間稼ぎに付き合うのは終わりにさせてもらうぞ」
僕とヒミコちゃんが楽しく話しているとギャングオルカが割り込んできた。
うーん。さすがはトップヒーローだ。僕の目論見なんかお見通しだね。
モモちゃん達はまだ動けそうにない。
せめて、モモちゃんには『吐き気を催す邪悪』を生で見させてあげれば良かった。そうしていれば、この程度の威圧で身動き取れなくなる事は無かったと思うんだ。
「いえ、あのヴィランはとても危険だと思います。下手に顔を合わせて縁を繋げてはいけないです」
ふらりと、喋りながらヒミコちゃんが歩き出した。
あっ、と思ったら既にヒミコちゃんはギャングオルカの背後に回っていた。
「ぬっ!? 俺の意識の隙間を突いたのか!」
振り返ったギャングオルカの目を狙ったヒミコちゃんの抜き手を最小限の動きで躱された。
僕から目を離したな。ギャングオルカ!!
──トップヒーロー相手に声を掛けるような無駄な余裕など見せない。ハーヴェストのバケツリレーでの無音移動からのクレイジー・ダイヤモンド全力ラッシュだ!!!
「――っ!?」
完全に隙を突いたと思ったけど、それでもなおギャングオルカは完璧に対応してみせた。
「ぬぅぅぅうううっ!!! なんというパワーとスピードだっ!!! この俺を持ってして互角だと!!!」
クレイジー・ダイヤモンドの全力ラッシュを真正面からギャングオルカは迎え撃った。
無数の拳の弾幕を悉く撃ち落とされる。
ギャングオルカ――海の王者シャチの力をその身に宿すトップヒーローは、己と互角だと言い放ちながらもその顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
「パワーとスピードは確かに俺と互角だ!! だがっ、圧倒的に経験と技術が不足している!!!」
クレイジー・ダイヤモンドの拳の弾幕がギャングオルカの身体をすり抜けていく。そんな風に僕の目には映った。
《本体、どうする?》
僕の移動以外の手出しを禁止していたハーヴェストが声を掛けてきた。つまりハーヴェストが手出しをしなければ負けると判断したわけだ。
「(手出し無用だよ。僕は一人で戦っているわけじゃないからね)」
《なるほど。了解です》
「矢安宮ぅぅぅーっ!!!」
その必死の想いが込められた叫び声が聞こえた瞬間、僕は両手で両耳を塞ぐと同時にその場から離れた。
「グォォォォッ!? これは音波攻撃かぁあああ!!!」
地面を砕きながら進む音の衝撃波がギャングオルカを捉えた!!!
──キン!!!
ぐぅ!?
甲高い音と共に衝撃波が霧散した。
「残念だったな。音波による攻撃は俺も得意としている。悪いが相殺させて――」
言葉の途中でギャングオルカは飛び跳ねるようにその場から離れた。
「アシッドベール!! 躱された!?」
「奇襲は失敗ね! 離脱するわ!!」
ギャングオルカがいた場所に三奈ちゃんを背負った梅雨ちゃんが跳び込んできてすぐに跳んでいった。
「おいおい、まともに喰らってたら骨まで溶けてねえかそれ?」
地面を瞬く間に溶かしていく強酸の威力に流石のギャングオルカも少し引いていた。
「お前らこれは仮免試験だと忘れてねえか? うおっ!」
ギャングオルカの首筋付近から血が飛び散る。
「ダメッ!! 私の腕力だとあの分厚い皮膚と筋肉に遮られて首を貫けない!!」
何もない空間から声が聞こえた。まぁ、僕には見えているんだけどね。
「そういや透明の個性持ちがいたな。さっきの音波攻撃のせいで、俺の超音波による警戒網が緩んでいたか。ん? 俺の首を貫くつもりだったのか!?」
透ちゃんの言葉にギャングオルカが完全に引いていた。
「ハァ、今どきの女子高生ってのは凶暴過ぎねえか?」
表面を傷つけられた首筋を撫でながらギャングオルカは溜息をつく。
その彼にテープが巻きつくが一瞬で引き千切られる。
「ふむ。俺の動きが止まった隙を突いたのが良いが強度がまるで足らんな」
テープの強度を確認するように千切れて落ちたテープを手に持つギャングオルカ。
そのギャングオルカに無数の蜂が襲いかかる。
「羽音が聞こえていたぞ!!」
手に持ったテープを振り回して次々に蜂を絡め取っていく。
「── 電磁加速砲。」
テープを振り回していたギャングオルカの右腕が前触れなく吹き飛んだ。
「一発限りの使い捨てですがなんとか当たりましたわ。ですがこれは脂質を消費し過ぎます。あまり実戦向きではありませんわね」
聞こえた声の方向に目を向けると、力尽きたモモちゃんが巨大な砲塔を備える装置にもたれ掛かっていた。
「グゥゥゥッ!! この俺の右腕を持っていくとはな!!」
ギャングオルカは血が噴き出した右腕の傷口の筋肉を収縮することで無理矢理に流血を止めた。
「グハハハッ!! いいだろう!! トップヒーローの本気ってやつを見せて――」
きっと普段の彼なら気付いていた。けれど冷静さを欠いた今の彼では気付けなかった。
獰猛に笑うギャングオルカの身体がふわりと浮かんだ。
ギャングオルカは受け身を取らなかった。いや、取れなかった。
ギャングオルカは自分が投げられた事にも気付いていなかった。
後頭部から地面に叩きつけられる瞬間、彼の喉にほっそりとした足が乗せられる。
ギャングオルカ──彼の目に映ったのは、醒めた目で興味なさそうに自分を見る女子高生の姿だった。
轟音と共に大の字に倒れるギャングオルカ。
彼の喉に足を乗せるヒミコちゃんは静かに口を開いた。
「首の骨が硬すぎて折れなかったのです。鋼鉄か何かで出来てませんかコレ?」
そう言って肩をすくめた。
──規定時間が過ぎた合図のブザーが聞こえた。
*
ぽこん、とギャングオルカを殴る。
クレイジー・ダイヤモンドは具現化したけど、僕の右手にも相変わらず
「ふう、相変わらずの治癒能力だな。繋がったばかりだというのに違和感すら感じられん」
「シャチのおっちゃんはタフだよね。最後はノックアウト出来たのかと思ったのに、規定時間になったのに気付いたから動きを止めただけなんだもん」
「グハハハッ、全力ではなかったが本気ではあった。その俺をあそこまで追い詰めたのだ。それで満足しておけ。それに俺にもトップヒーローとしての矜持がある。半人前のお前らにノックアウトされるわけにはいかんよ」
豪快に笑うギャングオルカ。ノックアウト寸前かと思ったけど余力は十分にあったみたいだ。
僕らの技を受け切ってから反撃するつもりだったのだろう。
「重清君の時間稼ぎが功を奏したな。あれが無ければ制限時間内にこの場の全員を倒せる計算だった。もっとも右腕を取られたのは予想外だったからな。実際にはどうなっていたかは分からん」
そう言ってこの場を立ち去ろうとしたギャングオルカだったけど、思い出したかのようにつつっと近付いてくると耳打ちをしてきた。
「──今時の女子高生ってのは怖いもんだな。ちっとばかり殺意が高過ぎねえか? それを踏まえて重清君は間違えても浮気をしないようにな。痴情のもつれで殺される男ってのは案外多いもんだぞ」
「僕はヒミコちゃん一筋だからね。浮気なんて絶対にしないから安心してよ」
「そうか? どうも危うい雰囲気を感じるんだがな。とにかく、いざという時は素直に謝るんだぞ。土下座をしてもいい。涙を流し哀れを誘うほどに謝りまくれ。決して言い訳をするな。居直るなんぞ問題外だぞ。男は情けなく謝って慈悲を乞うんだ。それが先達からの助言だ」
「うん、そんな機会は絶対に訪れないと思うけど、シャチのおっちゃんの助言は心に刻んでおくよ」
ギャングオルカの真剣な目に僕は思わず頷いてしまった。
浮気なんて絶対にしない僕にとっては実際に役に立つ助言とは思えないけど、絶対に覚えておこうと何故か思わされた。
「じゃあな。まだ試験は残っている。気を抜かないようにな」
片手をひらひらと振りながらギャングオルカは颯爽と去っていった。
その後ろ姿は格好良いと思った。
*
一次試験は雄英全員が合格していた。
途中で逸れた同級生達も各々が奮闘して生き残っていたんだ。
土砂に埋もれていて半死半生の状態で発見された峰田君も結果的には合格したのだから幸運の持ち主だといえる。
二次試験は災害救助だ。
大規模災害を想定した瓦礫が溢れる街ステージでの人命救助が試験内容だ。
「ここは復活ヒーロー重ちーの独壇場だ!!」
こんな試験用の作られた偽物じゃない。神野で破壊された本物の街と数多の重傷者達を救った復活ヒーローの真骨頂を見せてやる。
そんなやる気に満ちた僕の耳に運営のお知らせの放送が聞こえた。
「えー、特例としまして、雄英高校の矢安宮重清さんはその実績を踏まえて二次試験は免除と致します。これはヒーロー公安委員会の正式決定です。異議は受け付けません。以上」
「やったー!! 最短記録で二次試験突破だよー!!」
ばんざーい。と僕は喜んだ。
おめでとー! と周囲の人達も拍手をしてくれた。
元々縁のあった人達だけではなく、今回の一次試験で負傷した人達もその全員を治していたからこの場のほぼ全ての人が祝福してくれた。
もちろん内心では無試験で合格した僕のことが気に食わないと思う人もいるのだろうけど、その不満を口にする人はいなかった。
「あのな、片腕を欠損したギャングオルカを瞬時に治癒させた瞬間を見せられてんのに反対する奴なんているわけ無いだろ。プロになったらいつ大怪我をするか分からないんだ。そん時にお前がプロ免許を持ってなきゃ治癒してもらえないんだぞ。アリンコ程度でも想像力を持ってる奴ならお前の合格を喜ぶに決まってるぜ」
瀬呂君がそんな解説をしてくれた。近くにいた人達もウンウンと頷いている。
なるほど。自分が治癒系だからつい忘れがちになるけど優れた治癒系は希少なんだ。
僕は周囲の祝福してくれている大勢の人達を見て改めて強く思った。
──将来は馬車馬のように働かされないように上手く立ち回ってやるぞ!!!
*
プロヒーロー仮免試験が終わった。
同級生達は、爆豪君と轟君の二人以外は合格した。
爆豪君はその暴言を要救護者に向けたこと。轟君は他校の生徒と必要以上に争ってしまったことが不合格の原因だった。
二人とも紳士な僕を見習ってほしいね。
そんな乱暴者の二人だけど、まだチャンスは残っている。補講を受ければ仮免試験の再挑戦が出来るんだ。
二人とも来年の仮免試験を待たずにそのチャンスに賭けるそうだ。
うん、来年だと同級生がいないから寂しいもんね。その気持ちはすごく分かるよ。
二人とも頑張ってね。
*
モモちゃんの実家で合格祝いの食事会が開かれた。
参加メンバーは女子組と僕の八名だ。男子は僕だけだから気後れ…するかと思ったけど普段から仲の良い女子達だったから普通に楽しかった。
お茶子ちゃんは寮に帰ったけど、他の子達はモモちゃん家に泊まるそうだ。
何故かミルコ姉さんも合流してた。
女子高生の女子会に混じるのは年齢的に辛くないかな? そんな心配を内心でしていたら
ミルコ姉さんが追いかけてきた。
今度は捕まらないよ! と、全力でハーヴェストに運んでもらった。
あっさり捕まった。
持久力なら勝てたと思うけど、最高速度ではまるで敵わなかった。
また死ぬほどくすぐられた。
いつかくすぐり返してやろうと心に誓った。
*
昨夜、爆豪君と緑谷君が喧嘩をしたらしい。二人ともけっこうな怪我をしていた。
相澤先生から二人を治癒する必要はないと言われた。きっと喧嘩した罰なのだろう。
そんな二人に飯田君が話しかけていた。
ふと、ギャングオルカの言葉が蘇る。
── 痴情のもつれで殺される男ってのは案外多いもんだぞ。
三角関係は怖いな、と僕は思った。
──プロヒーロー仮免試験が終わりました。
重清くんは当然ながら合格しました。
私も一緒に合格しました。
クラスメイトで不合格になったのは脳筋が二人だけでした。全く情けない脳筋達です。
合格祝いのパーティーの後で女子会を開きました。
重清くんの秘密を知る女子が勢揃いです。
唯一、芦戸ちゃんだけはよく分かっていなさそうでしたが、きっと重清くんなら『一人だけ仲間外れは良くないよ』と言ったと思うので許容しました。
女子会では重清くんの秘密を守る為に意識の統一を図ります。
正直に言うと、ハーヴェストの大幅なレベルアップを果たした現状だと、果たして重清くんに手出しを出来るほどの存在がいるのかな? という根本的な疑問はあるのですが、とりあえず味方は多い方がいいと思うことにします。
重清くんが楽しそうに遊んでいる姿を見るのが、最近では一番の楽しみなので遊び友達の側面を持つ彼女達を排除する選択は選びたくないです。
──複数の個性持ち。
それは本来ならこれまでの常識を覆すとんでもない存在なのですが、実は重清くんから教えてもらったのですが、神野で暴威を振るったヴィランは他人の個性を奪った上に他人に与えられるというとんでもないヴィランでした。
きっと国もそのことを把握をしています。
それと比べると複数の個性持ちなど大したことのない存在な気がします。
養殖の複数個性持ちならそのヴィランが山のように拵えています。
なんだか複数個性持ちの価値が暴落した気分です。
結局は複数個性持ちなど、表に現れていないだけで実際には珍しくないのかもしれません。
轟君の『半冷半燃』も二つの個性みたいなものですよね。両方とも温度に関する個性だから一つの個性扱いされているだけです。
要は言い方を工夫すればいいだけです。
重清くんの個性は、大地から溢れる不可視の
はい、こんな感じの説明で十分だと思います。
世の中にはもっと特殊な個性持ちがいますからね。
特に疑問を持たれる事もないでしょう。
まあ、自家製ハチミツなどは世間には秘密にした方がいいと思いますし、ハーヴェストの存在自体はこの女子メンバーにも秘密です。
重清くんの個性に対する多少の不自然さを完全には消せませんが、それなりに納得できる設定を公開すれば何とかなる気がします。
それに今はこんな話よりも重要な懸念事項があります。
「――お茶子ちゃんが懸想している相手が男子同士の三角関係で揉めているのですか?」
「ええ、そうなの。前々から相談は受けていたのだけど、お茶子ちゃんの想い人の態度が煮え切れなくてどうしたものかと困っているの」
「その男子はお茶子ちゃんに気のある態度を取っているのに、自分の幼馴染の男子にも強い執着心を見せているんだよね?」
「要するに二股じゃん。そんな最低野郎とはさっさと別れるべきだよ」
「少しお待ち下さい。そう結論を急ぐべきではありませんわ。第一にお茶子さんとその男子はまだお付き合いを始める前の段階ですわ。きっとその男子の心は、お茶子さんと幼馴染さんの間で揺れ動いているのですわ」
「うーん、そんな自分と他の奴とを見比べて迷うような奴なんか、ウチだったら願い下げなんだけどね」
「そう簡単に割り切れないのが恋なんだよー」
「おいおい、今時の娘は男同士の三角関係の部分はスルーするのか?」
「いいえ、お茶子さんが関わっていなければ全力で見物していますわ」
「うん! 真面目くんと乱暴者のカップル。そこに参戦する気弱な幼馴染! ワクワクするよねー!!」
「ケロ、そんな興味本位は不謹慎よ。それに三人で仲良くすればいいと思うの。それも新しい愛の形だわ」
「幼馴染といえば、芦戸ちゃんと切島君は同じ中学なんだよね。中学の頃はどんな感じだったの?」
「あれ、葉隠に話したことあったっけ? まあ別にいいけど。切島かー…………どんなんだったかな?」
「アハハ、その反応だけで切島の中学時代が想像できるよ。たぶんアイツは高校デビューだね」
「ふふ、高校デビューの成功例ですわね。今の切島さんは頼りになるヤンチャな兄貴分って感じですもの」
「ケロ、兄貴分ならもっと峰田君を抑えて欲しいわ。演習のたびに身体のあちこちを揉もうとしてくるのよ」
「ああ、例のセクハラ小僧か。重清に言って懲らしめてもらえばいいんじゃねえか?」
「そういえば、バスの中で私のスカートの中を覗こうとした仕返しで、峰田君は生き埋めにされていました。少しは懲りたでしょうか?」
「ああ、やっぱりあれは矢安宮の仕業だったんだ。逃げ足だけは速い峰田があの程度で生き埋めって妙だなって思ってたんだ」
「水に沈めても懲りない峰田君だもの。その程度では生温いわ」
「そうですわね。前に蹴りまくって全身骨折させたときも、峰田さんは蹴られながら何だか興奮なさっていましたもの。物凄く気持ち悪かったですわ」
「痛いのが気持ち良いとかもう最強だよねー。演習の時は手首から上を溶かしちゃおうか?」
「溶かすわけではありませんが、重清くんが必殺技を考えていた時に閃いた技がありました」
「重清さんが溶かす必殺技ですか? いえ、溶かすわけではないのですね」
「はい。溶かすのではないのですが、見た目的には溶けたも当然です。あの必殺技、
「いえ、その技名だけで想像出来ますわ。ちなみにその必殺技をヒミコさんは受けられたのでしょうか?」
「はいっ、私の部屋で受けました! 下に水着を付けていましたが、物凄く盛り上がりました!!」
「不謹慎ですわ!! 二人っきりでそのような真似をしてはいけません!!」
「アタシもいたから二人っきりじゃないよー。前にエッチな水着を着てあげる約束を反故にしちゃったからそのお詫びを兼ねて必殺技を受けたんだー!! 色々と設定を決めてお芝居仕立てで何回もしたんだけどビックリしちゃうぐらい興奮したー!!」
「あんたらは何をしてんのよ!? ウチも呼んでよ! じゃなくて、エッチな水着を着てあげる約束ってどんな状況になればそんな約束をするのよ」
「ククク、馬鹿みたいな必殺技だが実用性は高いな。どんなヴィランでも丸裸にされたら――国に規制されそうだな」
「重清くんになら全部見られても――やっぱり恥ずかしいよ!!」
「透ちゃんは何を妄想しているのかしら?」
「エッチな水着ですか? 水着にエッチなものなどあるのでしょうか?」
「んー? ヤオモモは知らないの? ほら、これなんて裸よりエッチだよー」
「なっ!? こ、このような水着が売られているのですか!」
「水着もそうだけど、下着なんかになると、もうとんでもないのが売ってるよね」
「下着といえば、透ちゃんは今では服も透明にできるからいいけど、少し前までは峰田君が首元から覗き込んで下着を見ていたわ。気付いたらその度に舌で叩いていたけど全く懲りてくれなくて苦労したわ」
「ウチも何度も峰田の目ん玉をブッ刺しているけど懲りないんだよね」
「皆さん乱暴なのです。見られるぐらい気にしなければいいと思います」
「トガは意外と寛大なんだー。矢安宮以外に見られるのなんて絶対に嫌がると思ってたよー!」
「峰田君のような塵芥に見られてもどうでもいいです。皆さんも蚊や蠅に見られても気にしませんよね」
「峰田を人間扱いすらしてなかったー!」
「そんなことを言いながらトガさんも峰田さんに揉まれたときには報復をされていましたよね」
「胸に蚊がとまったら叩き潰すのが普通なのです」
「あっ、思い出した! トガが峰田の股間を踏み潰したんだよな!」
「あのときはヒミコちゃんが峰田ちゃんを殺してしまうんじゃないかと心配したわ」
「そこまではしないです。それに踏み潰して少し後悔しました。汚い液体が靴についちゃったのです」
「それは嫌だね。私だったらその靴を捨てちゃうよ」
「葉隠ちゃん。私も捨てましたよ。それに相澤先生から踏み潰すのはやり過ぎだと怒られました。私は被害者なのに酷いです」
「セクハラする奴ってサイテーなのにねー。ところで揉まれたといえば、このあいだの必殺技訓練の時に頑張りすぎてグテーって共用部のソファーでへばってたら矢安宮が全身を揉んでくれたんだー! 優しいよねー!」
「重清くんはガーデニングを頑張り過ぎて疲れたママのマッサージを子供の頃からやっているので揉むのが凄く上手です。私も疲れたときは揉んでもらっています」
「へえ、そうなんだ。ウチも揉んでほしいかも。ウチは首筋がよく凝るんだ。個性のせいかな?」
「私もよく肩が凝るので――どうして響香さんに睨まれているのでしょうか?」
「今のは発言のタイミングが悪いよー。耳郎が首が凝るっていった直後に、ヤオモモが肩が凝るって言ったら、耳郎が肩ではなく首が凝る理由が――」
「芦戸っ! 余計な説明すんな!!」
「響香さん、こんなものは重たいだけですわよ」
「はい、重たいです」
「うん、重たいよねー」
「そうね。重たいわ」
「うん、重たいよ」
「ああ、重たいな」
「みんな揃って持ち上げんなーっ!!!」
──女子会は夜遅くまで続きました。