──僕には前世の記憶がある。ついさっき繁華街の路地裏で、ゴミ箱を漁っている際に足を滑らせて頭を打った拍子に思い出したんだ。
うん、こんなのは今どき珍しくもないありきたりな話だと自分でも思う。凄く残念なのは、生まれ変わる時に神様に出会った記憶は無いから神様転生ではないことだ。神様チートが欲しかったよ。
……本当に欲しかった。神様チートがあれば、こんな残飯漁りの毎日から解放されたかもしれないのに。
今世ではストリートチルドレンの身の上だ。今世での一番古い記憶を思い出しても今日と同じようにゴミ箱を漁っていた。
この世界では、個性と呼ばれている超常的な能力を大半の人達が持っている。かくいう僕も右の手のひらに気合いを入れたら蜘蛛の巣の様な模様が浮かび上がる個性を持っているんだ。
そこから炎が出るとか光線が出るとかは無いんだけどね。部分的に模様が出るだけの変形型だなんてハズレの個性だよ。
折角の前世の記憶もストリート生活の役には立たないサブカルチャー知識しかハッキリとは思い出せないし、嫌になっちゃうね。
……いや、役には立つかな。さっき迄の僕には、たまにゴミ箱で見つけるお菓子ぐらいしか楽しみがなかったけど、今の僕は前世のアニメや漫画を思い出して楽しい気持ちに浸れるもんね。
うんうん、そう思えばラッキーだったよ。さてと、そろそろ移動しようかな。いつまでも同じ場所にいたらタチの悪いヴィランに絡まれちゃうからね。まあ、タチの悪くないヴィランなんていないだろうけど……ところでタチってなんだろう?
そんなくだらない事を考えながら、僕はその場を後にした。
*
楕円形の身体に4本の腕、2本の足で立ち尻尾がある。全体的にミツバチの様な縞模様、擬人化した昆虫のような手のひらサイズの生き物……?
ある朝、目覚めるとそんな生き物が頭の近くに立っていた。
──ヴィランかッ!?
咄嗟に立ち上げると周囲を見渡すこともなく一目散にその場を逃げ出した。遊び半分で子供を殺すヴィランなど幾らでもいる。まだ死にたくない僕は必死に走った。
3分ほど全力疾走して安全そうな物陰に逃げ込む事が出来た。僕は乱れた息を整えながら周囲を窺う。
「……うん、誰も追って来てはいないみたいだね」
ほんの少しだけ気を抜いた僕は、全力疾走をして疲労した身体を休める為にその場に座り込む。
「な、なんだ?」
ゆっくりと気を落ち着かせていた僕は普段とは違う“何か”を感じた。
これは……普段感じる通行人の蔑むような視線ではないし、危険なヴィランのものでもない。
なんだろう……なにかを感じる。
「え……さっきのやつが沢山いる!?」
ふと気づくと、何もいなかった筈の目の前の地面にさっきの生き物が立っていた。そして視線を少し上げると数え切れないほどの同じ生き物が僕の周りを取り囲んでいた。
「こ、コイツら、お、襲っては来ないみたいだな……」
また咄嗟に走り出しそうになったけど、周囲の生き物は襲い掛かってくる気配がなかったから様子を見ることにした。足の踏み場がないほどに囲まれているってのも理由だけどね。
「この生き物達は一体何なんだろう……あれ、コイツらって何処かで見たような?……ハッ!?」
──スタンドだッ!!
まるで雷に撃たれたかの様な衝撃が全身に走った。コイツらは前世の記憶に存在したスタンド、たしか名前はハーヴェストだ!
「は、ハーヴェスト……あれ、ハーヴェストって漫画のキャラクターだよね?」
僕は混乱する。前世の世界での漫画のキャラクターが目の前に現れたら誰だって混乱するだろう。前世の記憶持ちがどれだけいるのか知らないけどさ。
「……あ、あれ? も、もしかしてコイツらって僕のスタンドなのか? コイツらとの繋がりを感じるよ」
それとも、もしかしたら“個性”なのかな?
たしか、自分の分身の様な存在を生み出す個性もあったと思う。
僕は手のひらに模様を浮かび上がらせる。
「ここから生み出したとか?……ハーヴェストよ、生まれろ!」
な、何もでないね。
「……なんだか個性じゃない気がする。コイツらは…ううん、ハーヴェスト達は僕のスタンドだ」
なんとなくだけど、ハーヴェストと右手を見てたら本能的に理解できた。スタンドと個性は別物なんだってことが。
──ジョジョの奇妙な冒険。
それがハーヴェストが登場した漫画の題名だ。
ハーヴェストをスタンドとした本体は……名前は思い出せないけど、たしか主役のジョジョとは友達だったはずだ。きっと主役を支える強くて優秀な人間だったのだろう。
スタンドは、その本体となる人間の魂の形を模したものだ。強くて優秀で格好良いであろうジョジョ世界のハーヴェストの本体と同じスタンドを具現化した僕も、きっと強くて優秀で格好良くて異性にモテる人間だという事だろう。
「やったッ! ハーヴェストは当たりスタンドだよッ!」
僕の前世の記憶によると、たしかハーヴェストは半自立・群体型であり、射程距離も数キロ四方にも及ぶ超優秀なスタンドだ。
ハーヴェスト達なら街中から腐ってない食料を集めることは容易いことだろう。それに感知能力もずば抜けていた。僕を中心に数キロ四方を監視させておけば、ヴィランの魔の手から逃れる事など赤子の手を捻るより簡単だ!
興奮のあまり、僕は目の前の地面を右手で叩いてしまう。
「いたッ、くない? えッ地面が抉れてる!?」
思わず地面を叩いてしまった右手の痛みを予想したのに、実際には叩いた地面が消滅するという謎現象が発生した。そして右手には何の衝撃も感じなかった。
僕は右手を見る。その手のひらには、蜘蛛の巣の様な模様が浮かんでいた。
そっと地面を撫でてみると、なんの障害も無いように地面が消滅していった。
近くに落ちていた鉄パイプを右手で握ってみると、握った部分が消滅した。
「怖ッ!? それに危なッ!?」
僕の“個性”って危険すぎない!?
思い出してみれば、今までは手のひらから何かが出ないかなって、考えながら練習をしていたから何かを掴むことはした事なかった。
まさかこんな危険な“個性”だったなんて、今まで自分の身体を触ったりしなくて良かったよ。
「……でも、フグは自分の毒で死んだりしないんだよね?」
これからの事も考えて実験は必要かもしれない。もしも寝ぼけて“個性”を発動した右手で身体を掻いたりしたら冗談じゃ済まないもんね。
「まずは髪の先っぽで試してみよう……消えないや。よし、次は……爪にしよう」
恐る恐る実験した結果、僕の身体には消滅の力は働かない事が判明した。他にも色々と実験して理解できた。僕の“個性”は右手で掴んだ物を空間ごと削り取る能力だ。その削り取った物がどこに行くのかは分からない。
「うん、とても危険な“個性”だね。でも身を守る武器だと思えばとても心強い……あれ、この能力ってどこかで……あーっ!? この能力もジョジョだよ!」
──ザ・ハンド。
ハーヴェストの本体と共にジョジョの友達になる人物のスタンドだ。
これは一体、何の因果なのだろう。生まれ変わった世界でジョジョ世界のスタンドに目覚めたと思えば、生まれた世界特有の個性はジョジョ世界で共にジョジョの友達だった人物のスタンドと同じ能力だなんて。
僕自身はジョジョの友達とは別人だけど、なんだか運命を感じてしまう。
ジョジョ、せめて君に恥ずかしくない人生を送ってみせるよ。
「たしか、ジョジョは不良だったよね。あれ、何か仕事をしてたような……うーん、そうだッ、ギャングの仕事をしてたよ! え、ギャング?」
途切れ途切れのジョジョのストーリーをなんとか思い出してみれば、ジョジョはギャングのボスになる為に頑張っていた事を思い出した。
「ジョジョ、君はギャングのボスになれたのかい? それは思い出せないけど、きっと努力家でもあった君はなれたんだろうね。僕もジョジョに負けないようにギャングの……ここは日本だからヤクザかな? ううん、たとえ日本でもギャングを名乗ろう。僕はこの日本でギャングのボスに上り詰めてみせるよ。それをジョジョに誓うよ」
ギャングの組織名はふと脳裏に浮かんだ“パッショーネ”にしよう。などと考えながら、僕はハーヴェスト達がいつの間にか用意をしてくれていた久しぶりに腐っていない朝食に手を伸ばした。
*
ギャング組織“パッショーネ”を設立した。
構成員は僕一名。つまり、ボスは僕だ!
あっという間にジョジョへの誓いを果たしてしまった。残りの人生は自由に生きたいと思う。
朝食後、僕はいつの間にか用意されていた新品の服に着替える。そして同じく用意されていた二枚の500円玉をポケットに入れると銭湯に向かった。
ざっぱーん。
今世では初めてのお風呂は気持ち良かった。なぜか湯船のあったかさに涙がでた。
湯船に浸かりながらふと気づく。前世の記憶が無ければ、ハーヴェストを得ていても銭湯の入り方も分からなかったはずだと。
ストリートチルドレンなど野良犬と変わらない生活だから世間一般の常識など身につくはずがない。
ヴィランにも面白半分で暴力を振るわれるし、掻っ払いなども無理矢理させられる。それで捕まればその場で袋叩きにされた後、子供のヴィランとして逮捕される。
そして矯正施設という名の劣悪な環境の孤児院に放り込まれて、そこでの生活に耐えられなくてまたストーリーに戻ってきた子は何人もいる。
ククク、僕は幸運だな。ついさっきまでの僕と同じ境遇の、路地裏でゴミ箱争奪戦を繰り広げていた子達の顔を思い出しながら自分の幸運を噛みしめる。
「さて、湯から上がったらコーヒー牛乳にしようかな? それともフルーツ牛乳の方がいいかな?」
僕は湯船の縁に手をかけると勢いよく立ちあがり自動販売機に向かった。
今世では初めて飲んだそれは死ぬほど美味かった。
銭湯から出た僕はサッパリとして気持ちが良かった。ズボンのポケットには千円札が五枚入っていた。
昼食はハンバーガーにしようと思った。
「さてと、昼食前に軽く運動をしとこうかな」
そして僕はその場を立ち去った。
*
僕の足元には顔見知りのストリートチルドレン達が地面に這いつくばっていた。
僕の軍門に降った敗者達だ。
「フハハハハッ、今日から僕がお前達のボスだ! この付近のヴィラン共は一掃したからもう掻っ払いとかして上納金を渡す必要もないぞ。そして年上の子は下の子の面倒をみろよ。当座の金は渡しておくから勝手な無駄遣いをしたらブッ飛ばすぞ!」
馬鹿なストリートチルドレンの中でも比較的賢そうな少年に金を渡す。とりあえずこれで飢えることは無いだろう。
野良犬同然のコイツらは、同じ野良犬同然だった僕の見違えるような姿に何か感じるものがあったのだろう。僕がボスだと素直に認めたようだ。まぁ、元々顔見知りだったし、この中の何人かには食べ物に余裕があった時には分けてあげたりもしてたから、僕をボスとして受け入れやすかったのだと思う。
僕はこの街をギャング組織“パッショーネ”の縄張りにする事に決めた。
邪魔になるこの街に巣食ってたヴィラン共には消滅してもらった。
そう、消滅だ。
警察に逮捕させるような甘い事はしない。この世界のヴィランは凶悪だ。殺人など平気で犯す。なのにヒーロー側は不殺を貫き、生きて捕まえて警察に渡すだけだ。
そして司法も甘い。殺人を繰り返すヴィランが何年かしたら刑務所から出てくるんだ。一部の凶悪すぎるヴィランだけがタルタロス送りになるだけだ。
捕まえられた恨みで出所したヴィランに殺されるヒーローもいる。少なくない数が犠牲になっているはずなのにこの状況は何十年も変わらない。
僕はギャングになった。だけど、ヴィランになったつもりはない。
一般人は同じ悪だと思うだろう。僕だって自分が普通の家庭で育っていればそう思っただろう。
ギャングは確かに悪だ。だけど、悪には悪のルールがある。己の快楽のために殺人を繰り返すヴィランは悪ではない。それはただの外道だ。
この街は“パッショーネ”が支配する。
外道なんかが生きる場所などない。
僕という名の“悪”はこの街の外道を喰らい尽くす。ヒーローが立ち塞がるというのなら、その“悪”はヒーローさえ喰らい尽くすだろう。
──たとえ多くの人々に罵られようとも
「この
全ての子供達が安心して眠れる街にしてみせる──
*
僕は数年がかりで縄張りを広げている。
大きくなった子供達の中にはパッショーネの構成員になった者もいる。
凶悪なヴィランが台頭し、旧来のヤクザ組織が消滅寸前の日本では、僕のパッショーネは珍しく勢いのあるギャング組織に成長している。
僕の縄張り周辺のヤクザ組織は既に消滅していた為、不必要な組織間抗争は勃発しなかった。その代わり、元ヤクザ者がパッショーネを頼ってきた。
頼ってきた者のうち、仁義を重んじる者は受け入れる事にした。ヴィラン染みた外道はいらん。
見分け方? それはハーヴェストにお任せだよ!
どうもハーヴェストは物体に宿る情報を読み取れるみたいなんだ。生物からは読み取れないみたいだけど、その人の持ち物、自宅、生活圏の大地とか様々な場所から読み取っていけば、どんな人物なのかは把握できるよ。
仁義を重んじる任侠者なら採用して、ただの乱暴者でも任侠者への矯正が可能そうなら見習いで採用する。ん? ヴィラン同然の者はどうするかって?
アハハ……それは消えてもらうに決まっているよ。将来への禍根は一切残す気はない。
パッショーネの資金を稼ぐのには苦労している。個人レベルならハーヴェスト頼みでいいけど、組織となると必要となる金額の桁が違う。
昔ながらのシノギのやり方を復活させているし、今風のやり方も色々と調べて試しているよ。グレーゾーンはあるかもだけど、明らかな犯罪行為はさせていない。
とくかくパッショーネを維持するのは大変だよ。自分一人で気ままに生きる方がずっと楽だったと思う。
この街からヴィランを一掃しても、すぐに新たなヴィランが生まれてくるからイタチごっこになってるしね。
それでも手の届く範囲でなら子供達を救いたい。ヴィランに堕ちそうな子供がいれば保護するように部下達には命じている。
今日も連絡があった。夜の路地裏で血塗れの女子高生を保護したそうだ。因みにその血は女子高生のものではなく、返り血らしい。
そんな女子高生に会うのは少し怖いけど、我慢して会おうと思っている。
女子高生ならまだまだ子供だもんね。……そういえば、僕もまだ年齢でいえば男子高校生だったっけ。あーあ、誰が甘やかしてくれないかなぁ?
*
「トガです! トガヒミコです! あなたがギャングのボスさんですか? 凄いです! 私とあまり歳が変わらなさそうなのにボスさんなのは凄いと思うのです! 身体から漂うむせ返る程の血の匂いもとても素敵だと思います!」
初めて出会った女子高生──トガヒミコはギャングのボス相手に臆する事なく元気いっぱいに話しかけてきた。
そんな場違いなほどに元気な彼女の態度よりも、僕はその頬に貼られた大きなガーゼが気になった。彼女を連れてきた部下を睨みながら理由を尋ねた。
「トガヒミコさん、その頬の怪我は?」
「違いますッ、これは逃走中に転んだときに自分でつけた傷なのです! 部下さんは治療をしてくれた良い人です!」
僕が誤解をしていると察したのだろう。彼女は慌てて部下の擁護を口にした。
っていうか、事前にお前が説明しとけ! そういった意味を込めて部下を睨み直すが、そいつはシレッとした態度を崩さない。
コイツはストリートチルドレンの中では比較的賢そうだったから、最初にパッショーネの構成員にしてやったが、年々図太くなっていく気がするな。うーん、教育を間違えたかな? とにかく今は彼女の方が優先だな。
「痛くないか?」
「あ……大丈夫、です」
ガーゼの上から彼女の頬に右手で優しく触れると、彼女は目を瞬くと、蕩けそうな表情で僕の右手に頬を擦り付けるようにしてきた。
「フフ、煮詰めたような血の香り、とても素敵なのです」
数多のヴィランの血の匂いも、彼女にとっては嗜好品に過ぎないようだ。
「君は血が好きかい?」
「ボスさんが血に染まったら今も素敵ですが、もっと素敵になると思います!」
彼女の頬を優しく撫でる。
「君が殺したお友達も血に染まって素敵だったかい?」
「はいッ、とっても素敵でかぁいいと思いました!」
彼女の口角が上がり笑みの形となる。そんな彼女が流す涙を親指で拭う。
「素敵でかぁいい、そんな大切なお友達ともう会えないね」
「はいッ、なのでボスさんにお願いします! こんなに素敵なボスさんにとっては、私なんかも普通の女の子に過ぎないのです。だから、ボスさん……私は普通になるのです!」
僕の指では拭え切れない、溢れていくそれが小さな染みを床に作っていく。
その願いが叶うといいな。そう考えながら、僕は右手に“想い”を込めた。
──パチン、と水風船が破れるような音がした。
ガクンと力なく崩れ落ちる彼女──トガヒミコの身体を抱きしめるように受け止めた。
なぜか懐かしい気がした。
ふと思い出す、能力に目覚めた日のことを。
抱きしめた身体に感じる温もりは、あの日の湯船のものと似ていると思った。
なぜか涙がでた。
あの日と同じだと、また思った。
*
「女の子の頬をパンチするなんて、ボスさんは人でなしです! 慰謝料を請求します!」
「慰謝料って、トガヒミコさんの頬の傷は治しただろ?」
あのとき、クレイジー・ダイヤモンドを全開にしてトガヒミコの全身をその力で包んだ。
そこに彼女の願いを込めた。それにどれだけの意味があったのかは分からないけど、不器用な彼女がこれから少しだけでも生きやすくなればいいなと、そう思った。
──右手を見る。
この右手には、ザ・ハンドだけではなく、クレイジー・ダイヤモンドの能力も宿っている。
手のひらにはザ・ハンド、手の甲にはクレイジー・ダイヤモンド。それに気づいたのはジョジョとの誓いを果たした日だった。
個性は一人に一つだけのはずだから、たぶんこれは二つで一つの個性なのだろう。
消滅と再生、表裏一体の個性……ふと、近くで控えるハーヴェストに視線を向けた。僕自身は会っていないはずの二人の友達がそこで笑っている気がした。
なんだか懐かしい気持ちで胸が満たされる。
そんな、ありもしない感傷に耽る僕に元気な声が掛けられた。
「それと、私のことをフルネームで一々呼ばないで下さい!」
「うーん、じゃあ、ヒミコちゃんでいい?」
「いきなり馴れ馴れしいです! セクハラで訴えていいですか?」
「ダメに決まってるでしょう!? ギャングのボスがセクハラで訴えられたら威厳がガタ落ちだよ!」
「もう仕方ないですね。じゃあ、ヒミコちゃんで我慢して上げるので人生を通じてずっと感謝して下さい!」
「感謝の度合いがデカすぎる!?」
「あはは、ボスさんってばリアクション芸人みたいに反応がいいですね」
「そうかな? ところでさ、そのボスさんもいい加減やめてくれないかな?」
「あ、対外的にはボスさんの正体は安全のために隠しているんですよね……それなら、重清くんと呼びます! これからよろしくお願いしますね、重清くん!」
そう言って普通の女の子のように笑うヒミコちゃん。
この世界には、個性の悪影響で苦しんでいる人達は沢山いる。ヒミコちゃんもその苦しんでいる人達の内の一人だ。
ヒミコちゃんは確かに許されない事をしてしまったのだろう。それは紛れもない事実だ。
でもそれを咎めようとは僕は思わない。
だって世の中の大半の人間とはいい加減なものだ。例えば善人でも気に入らない奴はぶん殴りたいと思うし、人殺しでも気に入った奴は助けたいと思う。
そして僕はいい加減な人間だ。ヒミコちゃんを助けようと思っている。まだ子供のヒミコちゃんは守るべき存在だしね。歳を確認したら、僕と同い年だったけど。
僕はギャングだ。
この街を支配する“パッショーネ”のボスだ。
たかが、一人の女子高生の罪ぐらい容易く喰らい尽くすさ。
僕は右手を高く上げ、二人の友達に宣言する。
──たとえ多くの人々に罵られようとも
「この
全ての子供達が安心して眠れる街にしてみせる──
「重清くん、そろそろご飯の時間ですよ」
「うん、それじゃあ食べ行こうか、ヒミコちゃん」
「はいッ、一緒に行きましょう!」
ヒミコちゃんはそう言うと、なにげなく手を差し出してきた。
僕はその手を優しく握り返し、二人で歩き出す。
なぜか、その手の温もりが懐かしく思えた。
──ベッドから飛び起きました。
胸に手をやると、鼓動がドキドキと激しく打っています。気づけば口元を抑えていました。
夢の中での私が甘く蕩けるように感じていたらしい、見知らぬ男子の血の香り……思い出すと吐き気がします。
現実の私には、糞をドブ川の水で煮込んだような匂いに感じます。
夢の中での私はとんでもない味音痴だったのだと確信しました。
まぁいいです。もう顔も思い出せない見知らぬ男子の事はどうでもいいです。
それよりも……
彼が心配です。
夢の中での彼はいつでも戦っていました。
その右手を血に濡らして一人で闇の中を歩んでいました。
この私ですら、思わず息が詰まりそうになるほどの濃すぎる血の匂いがこびりついていました。
思わず涙が溢れそうになり唇を噛み締めます。
私が知る彼は、少しエッチで少し鈍感な男の子です。
こんな私を幸せな気持ちにしてくれる素敵な男の子なのです。
かぁいい女子の血を私に飲ませて変身させようと頑張る普通の……いえ、普通じゃないです。
普通なら好意を寄せている女子相手に、他の女子に変身して欲しいなんて頼みませんよね?
かぁいい女子に変身した私とイチャイチャしたいって何なんですかッ!
私と普通にイチャイチャすればいいじゃないですかッ!
アホなんですか!?
間違いなくアホですね!
ウググ……そんなアホだけど素敵な彼が心配です。
夢の中の彼が心配です。
大好きなママがいない彼が心配です。現実の彼のマザコンが過ぎないかも心配です。
夢の中の私ッ、もっと彼を支えなさい!
そんな叱咤が胸に浮かぶのです。
たかが、夢です。
そう思いたいです。
明日は雄英高校の入学式です。
早く彼の笑顔が見たい、と思いました。
……ほんの少しだけ、ギャングな彼の姿にときめきました。
私に変身してほしいと頼む彼も同じ気持ちなのでしょうか?
いえ、絶対に違いますね! 普段と少し違う雰囲気にときめくのと、全くの他人に変身してくれは違うに決まっています!
全く、彼にも困ったものです。
明日は雄英高校で新しい同級生に出会います。かぁいい女子もいると思うので、彼は私のものだとアピールをしとこうと思います。
時計を見るとまだ2時です。
もう一度、眠りに戻ります。
眠る前に心に強く思います。
──夢の中の私ッ、早く彼の魅力に気づきなさい! と。