重ちー(偽)のヒーローアカデミア   作:銀の鈴

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THE MOVIE〜ピンキー南の島へ行く〜

 

──「強制労働は非人道的だと思います!」

 

朝のホームルームで、矢安宮の声が響き渡った。

 

その声を聞いた相澤先生は頭が痛そうな顔になる。

 

「人聞きの悪い事を言うな。最初にも説明した通り、これは政府主導のヒーロー活動推奨プロジェクトだ。期間限定だが、お前ら仮免許所持者のヒーロー活動が認められる事になった」

 

矢安宮を諭すように、相澤先生は改めて説明を繰り返した。

 

──教師って大変な職業だね。

 

そんな感想が胸中に浮かぶ。

 

私にとっての矢安宮は一緒にいると楽しくて頼り甲斐のある素敵な男の子だけど、相澤先生にとっては間違いなく問題児だと思う。

 

問題児とは言っても、矢安宮に悪いところがあるとは思わない。

 

彼の成績は上位に位置するし、実技も直接戦闘こそ苦手としているけど戦闘訓練では殆ど負けることがない。

 

この殆どというのは、彼には僅かながら黒星があるからだ。それは相手がトガの場合だ。

 

『僕にヒミコちゃんに向ける拳はないよ』

 

そう言って戦闘訓練ではすぐに降参してしまう。トガは嬉しそうな困ったような複雑な顔だ。

 

先生方も最初の頃こそは訓練だから割り切るようにと諭していたけど、矢安宮の頑なまでの強い意志を前にして今では何も言わなくなっていた。

 

正直に言ってしまえば嫉妬した。

 

『僕のヒミコちゃんに拳を向けるぐらいならヒーロー科を辞めるよ』

 

そう言ってトガを見つめる眼差しが――私には決して向けられないその眼差しがとても羨ましかった。

 

そんな些細な問題こそあるけど、客観的に見れば矢安宮は間違いなく優等生だ。

 

先生方の評判も上々だった。オールマイト先生やミッドナイト先生には特に可愛がられている。

 

同じ治癒系個性のリカバリーガールには、入学当初から自分を超える逸材だと絶賛されている。

 

最近の話をすれば、あの怖そうなハウンドドッグ先生と仲良くなったみたいで、よくハウンドドッグ先生の背中に登っている姿を見かけるようになった。

 

そんな矢安宮だけど、A組担任の相澤先生とだけは上手くいっていない。

 

今日みたいに衝突をすることが多々あった。

 

たぶん相性が悪いだけなのだろう。

 

矢安宮にはどこかヒーローに対して一歩引いたところがある。

 

上手く言えないけど、彼はヒーローという存在を特別視していない。ただの職業として捉えているのだと思う。

 

人々を守るヒーロー。

 

それは多くの人達が憧れる存在だ。

 

かくいう私だってヒーローに憧れたからこうしてヒーロー科にいる。

 

ヒーローになる事は小さな頃からの夢だ。

 

相澤先生はきっと誰よりもヒーローを特別視している。

 

人々を守るヒーローという存在に真摯なのだと思う。

 

ヒーローを特別視している人としていない人。

 

そんな二人の相性が良いわけがない。

 

プロジェクトの意義を説明する相澤先生と、あくまでも強制労働反対と突っぱねる矢安宮。

 

互いの主張はどこまでも平行線だ。

 

クラスの男子達はそんな矢安宮を無視してヒーロー活動が出来ることに興奮していた。

 

ヤオモモは険しい顔で思案している。

 

「――まだ未熟な学生にヒーロー活動を政府が許可するなんて信じられません。政府、いえヒーロー公安委員会にはそうせざるを得ない理由があるはずだわ。オールマイトの現役引退でヴィラン活動が活発化する事を懸念した? いいえ、オールマイトの現役引退はあくまでも後進育成の為ですわ。今でもその実力に翳りは見えませんわ。そのことが理解できない程度のヴィランなど大した影響は無いはずです。それなら――」

 

何か難しい事を口にしている。うん、よく分からない。

 

梅雨ちゃんは慈愛のこもった目で矢安宮を見つめていた。

 

「――ヒーロー活動は命懸けだわ。重清ちゃんは私達の子供でいられる時間を奪わせたくないのね」

 

これは分かる。ミルコヒーロー事務所での活動で痛いほどに実感した。ヒーロー活動は命懸けだ。矢安宮がいなければあのミルコさんでさえ――そんな場面があった。

 

矢安宮は優しいから、私達がそんな過酷な現場に出るのを可能な限り遅らせたいと思うだろう。ふふ、一番は自分が出たくないからだと思うけどね。

 

耳郎は目を瞑って何か言っている。

 

「――優しい想いを感じるよ。ウチの心を抱き締めてくれる雄大で温かい声。ウチの中を満たしてくれる心地良いリズムだ」

 

いつもの恥ずかしいポエムを口走っていた。最近は少しエッチな感じもする。欲求不満なのかな?

 

矢安宮へのボディタッチもこの頃は増えた気がするし、少し警戒を強めた方が良さそうだ。

 

葉隠は――何も言うまい。ただ、そのナイフは仕舞おうね。相澤先生は敵じゃないよ。

 

葉隠はA組女子の中では一番可愛らしい女の子って感じだったのに、最近は凶暴な女の子になってしまった。すぐにナイフを取り出す癖は治そうね。

 

トガは静かに矢安宮を見ていた。

 

その姿を見て、ふと思い出した。

 

それはミルコヒーロー事務所での活動中での出来事だ。ある時、私達の手に余るヴィランと対峙したことがあった。

 

見守ってくれていたミルコさんが動く前に、トガに護衛されて後方で待機していた筈の矢安宮がヴィランの前に立っていた。

 

それに驚いて咄嗟に後ろを振り向いた私の目に映ったのは今と同じ様に、彼を静かに見つめるトガの姿だった。

 

その静かな表情からは、彼女の感情を読み取ることは出来なかった。

 

その表情が印象に残ったから、後で彼女に聞いてみた。

 

──矢安宮が心配じゃなかったの?

 

私の言葉にくしゃりと彼女の顔が歪んだ。

 

『──もちろん死んじゃいそうなほど心配でした。だけど、私の重清くんの邪魔だけは絶対にしたくないのです』

 

すぐに無茶をする重清くんには本当に困っちゃいます。そう言って泣きそうな顔で苦笑するトガの顔が見ていられなくて、気がついたら彼女を抱き締めていた。

 

意外な事だけど、実は彼女はとても心配性だ。

 

今も静かに見ているけど、内心では母親のようにハラハラしながら心配しているのだろう。

 

最後に麗日は騒ぎには加わらずにボーとして何かを考えているようだった。

 

そんな麗日のことが少し気になるけど、今は彼の応援をしよう。

 

「アタシも強制労働ハンターイ!」

 

相澤先生にギロリと睨まれた。

 

その血走った目が、以前に遭遇したアル中のヴィランにそっくりで悲鳴が出そうになった。

 

震えそうになる身体を必死になって抑えつける。

 

そんな私の目の前に大きな背中が突然現れた。

 

親に甘える幼児のように自然と身体が動いて密着した。

 

──その背中からはお日様の匂いがした。

 

「三奈ちゃん、大丈夫?」

 

その声にハッとする。

 

私が無意識のうちに密着していたのは――

 

「チクショウ! どうしてオイラは芦戸の前に立たなかったんだよ! 立っていれば、オイラがオッパイの感触を楽しめ――ボキュラッ!?」

 

――雰囲気を台無しにするゴミを蹴り飛ばす。

 

こほん。

 

頼もしい背中に頬を当てるようにして寄りかかる。

 

身体を預けても全く揺らがない大きな背中に嬉しさが込み上げた。

 

──大きくなったね。

 

初めて出会った時は、私よりも小さかった矢安宮の成長にまるで親戚のお姉さんのような感想を覚えた。

 

彼はビックリするぐらいの駆け足で“男の子”から“男の人”へと成長している。

 

そんな貴重な時期に立ち会えたことに、私は運命的なものを感じていた。

 

彼はどんな人生を歩むのだろうか。

 

穏やかな彼にとっては不本意だろうけど、きっとそれは波瀾万丈なものになる。

 

それを最期まで見届けたい。

 

そして分不相応な望みだろうけど、叶うのならそんな激動の人生を歩む彼を支えて共に歩んでいきたい。

 

私はそう願っている。

 

 

 

 

「──なあ、誰か声をかけろよ。芦戸がなんかトリップしてんぞ」

 

「やだよ。峰田を見てみろよ、蹴られた腹が半分溶けてるんだぜ。同じ目にあいたくねえよ」

 

「気持ちよさそうな顔で失神してるから大丈夫だろ」

 

「じゃあ、お前が声をかけろよ」

 

「俺に峰田みたいな趣味は無えよ」

 

「俺にだって無えよ。しかし、相澤先生は矢安宮と睨み合ってるけど、峰田のことはスルーしてるな」

 

「自業自得だからだろ。さっきのは完全にセクハラ発言だからな」

 

「ケッ、モブ共のイザコザに興味は無えんだよ。さっさとヒーロー活動の話を聞かせろや」

 

「かっちゃん? あんな小声でどうしたんだろう。いつもなら大声で喚いてるはずなのに……かっちゃんでも調子が悪いときがあるのかな?」

 

「いや、爆豪は矢安宮関係には関わり合いたくねえだけだろ」

 

「うむ。文字通りに住む世界が違う二人だ。例えるならシリアスなヤンキー漫画とコメディテイストなラブコメ漫画ぐらいは違うだろう。互いに関わらぬ方が身のためだ」

 

「かっちゃんがラブコメ!? 飯田君との仲は誤解のはずだよ! まさか他に本命が……あっ、そういうことなの? で、でも、今の僕にはそんな心の余裕は……だ、だけど、かっちゃんがどうしてもって言うなら――」

 

「デクくんは何を言ってるの?」

 

「麗日さん!? ちっ、違うよ! 今のは違うんだ!」

 

「デクくんは何を言ってるの?」

 

「二回言ったあ!?」

 

「チ、チクショウ! こっちでもラブコメかよ!」

 

「ほう、もう目覚めたのか。そしてその状態でも悪態が吐けるとはな。その執念だけは賞賛に値しよう」

 

「いや、大人しくしてろよ。矢安宮は先生に言われるまでお前のことは治してくれねんだからよ。あまり大声出してたら腹から中身が飛び出すぞ」

 

「そんな事よりヒーロー活動の話をしようぜ! 派遣先はどこだと思う?」

 

「オイラのことをそんな事扱いするな!」

 

 

 

 

「まったく、そろそろ静かにしろ。これから派遣先の説明を行う。お前らの勤務地となるのは――遥か南にある那歩島(なぶとう)だ」

 

相澤先生の言葉に矢安宮は諦めたようにシュンとなる。そのシュンとなった姿に胸がキュンと高鳴った。

 

落ち込んだ彼を慰めてあげたい。

 

そうだ、女子全員でギュウギュウと抱きついてあげたら元気になるんじゃないかな?

 

彼の大好きなモモがいっぱいだもん。

 

きっと、私達のぽよんぽよんに喜んでくれると思った。

 

 

 

 

那歩島に到着した。青い海に囲まれた綺麗な島だ。辺りには観光客が思ったよりも多くいた。

 

これは予想よりもトラブルが多いかもしれないと思った。

 

到着した初日からヒーロー活動が始まる。

 

委員長が手際よく役割分担を決めていく。

 

「緑谷君は麗日君と島内パトロールを頼む。矢安宮君はトガ君……と組ませたらイチャイチャして仕事にならないね。蛙吸君も矢安宮君を甘やかすし、八百万君だと機動兵器に乗って暴走しそうだし、耳郎君はポエムばかり口走って仕事にならないだろうな。うーむ、葉隠君は……ダメだ! 二人っきりにすれば矢安宮君が襲われる危険性がある。男子連中だと非常時に矢安宮君に自己責任で頑張ってね、と見捨てられる可能性が大だ。よしっ、ここは消去法で芦戸君に任せよう。君なら多少甘えるだけだろう。許容範囲内だと判断するよ。二人で迷子捜索を頼む。迷子は男の子で名前は活真くんだよ。依頼者は彼のお姉ちゃんだ。早く見つけて安心させてあげて欲しい」

 

期待してなかったのに矢安宮とペアになれた。

 

ありがとう、委員長。

 

ありがとう、問題児ばっかりのA組女子のみんな。

 

「矢安宮、一緒にがんばろーね」

 

「うん、三奈ちゃんと一緒なら心強いよ」

 

そう言って右手を差し出す矢安宮。

 

えへへ、彼は女の子と歩く時は手を繋ぐ癖がある。

 

なんでも小さな頃からママに女の子のエスコートでは手を繋ぐものだと教育を受けていたそうだ。

 

ありがとう、ママ!

 

矢安宮のママへの感謝を胸にしながら、彼の手をソッと握る。

 

──ギュッと力強く握り返された。

 

ヘニャリと力が抜けそうになるけど、折角のチャンスなんだ。ここで力尽きるもんか。

 

私はグッとお腹に力を入れて踏ん張った。

 

「活真くんを早く見つけてあげなきゃね。きっと心細い思いをしてるよー」

 

「うん、そうだね」

 

矢安宮に手を引かれて歩き出す。急がなきゃいけないのに、彼の足取りはのんびりとしていた。

 

えっと、いいのかな?

 

そう思うけど、口に出して急ごうとは言わなかった。

 

だって、こうして二人で歩いているとデートみたいに思えて幸せな気持ちになれるから。

 

自分からこの幸運を捨てる事なんて出来なかった。

 

ごめんね、活真くん。

 

私はヒーロー失格だ。

 

この島のどこかで泣いているかもしれない君を放って……ダメだ!

 

やっぱり放っておけないよ!

 

「矢安宮っ、もっと急ごうよ! 活真くんはきっと心細い思いをしているはずだよ!」

 

「うん、そうだね。でも安心して三奈ちゃん。活真くんはこの先にある公園にいるからね。このまま静かに進もう」

 

その言葉にホッとした。

 

やっぱり矢安宮は優しい男の子だと惚れなおす。

 

活真くんをちゃんと見つけてあげていたから慌てていなかったんだ。

 

うん、迷子になって心細くなっているだろう活真くんの元に知らない男女が息を切らせて駆け寄ったりしたら怖がらせちゃうもんね。

 

手を繋いだ仲良さげな男女がのんびりと近付いた方が断然良いよ。

 

矢安宮の適切な判断力には感心するしかない。

 

隣を歩く彼の顔をチラリと盗み見る。

 

ほんわりと力が抜けた柔らかい表情。そんな和む筈の顔を見て鼓動が早くなる。

 

繋いだ手から伝わる体温が心地良い。

 

あぁ、このまま時間が止まれば良いのに。

 

そんな夢見がちな考えが頭に浮かぶ。

 

それと同時に違うことも頭に浮かぶ。

 

女の子としての自分にあまり自信の無い私は余計なことを考えてしまう。

 

ここに居るのが梅雨ちゃんなら、二人の距離はもっと近い筈だ。

 

梅雨ちゃんには密着する距離にまで当たり前のように彼の方から近付く。

 

私から近付いたら笑顔で受け入れてくれる彼だけど、彼の方から近付いてくれることは滅多にない。

 

その遠慮のある距離感が寂しかった。

 

ここに居るのが耳郎なら、甘ったるくて恥ずかしいポエムを臆面もなく口にしながら気持ちを伝えるだろう。

 

口下手な私では考えている事の半分も言葉にすることが出来ない。

 

この胸の中の気持ちを知ってもらえる機会は永遠に来ないのだと考えると寂しかった。

 

ここに居るのが葉隠なら、女の子らしい気遣いをして彼の気を引くだろう。

 

凶悪な一面は確かにあるけど、葉隠の女子力は今でも健在だ。彼女の可愛らしい仕草には同性の私でもドキッとする時がある。

 

男の子っぽい性格だと言われる私だと女の子として意識してもらえないのが寂しかった。

 

ここに居るのがヤオモモなら、機動兵器をかっ飛ばして活真君の所に行っちゃうだろう。

 

『オーホホホホ! 迷子を見つましたわ。さあっ、ヴィラン捕獲用アームで確保致しますわよ!』

 

きっとこんな感じだろう。

 

うん、ヤオモモになら勝てそうだ。

 

少し元気が出てきた。

 

「三奈ちゃん、階段があるから足元に気をつけてね」

 

公園へと続く階段の手前で、矢安宮が優しい声で気遣ってくれる。

 

「うん、分かった。ありがとー」

 

私を見守る優しい眼差し。

 

あぁ、このまま時間が止まれば良いのに。

 

さっきと同じことをまた思った。

 

 

 

 

「さすがは重ちーね! 電話してまだ20分も経ってないのにもう活真を見つけたわ」

 

「フッ、僕にかかれば迷子捜索なんて朝飯前だよ。例えば、僕のヒミコちゃん相手ならたとえ地球の裏側に行こうと見失ったりしないからね。1日24時間365日体制で見守っているんだ」

 

「え? ねえ、お姉ちゃん。それっていわゆるストーカーってやつじゃ――」

 

「重ちーは情熱的なのね。すごく素敵よ。ふふ、トガさんが羨ましいわ」

 

「お、お姉ちゃん…?」

 

迷子捜索の電話はイタズラだったみたいだ。

 

到着した公園には活真くんだけじゃなくて、依頼者の真幌ちゃんまでいた。

 

騙された筈なのに矢安宮はとてもフレンドリーに真幌ちゃんと談笑している。弟の活真くんは人見知りなのかな? お姉ちゃんの真幌ちゃんの後ろに隠れてるね。

 

「矢安宮、これで依頼完了だね。拠点に戻ろー」

 

「えー! 重ちーもう帰っちゃうの? あのね、島の案内とかするよ?」

 

「うぇ!? お、お姉ちゃん。その話は聞いてな――」

 

「それなら案内を頼もうかな。まだまだ島内は不案内だからね。島内パトロールを兼ねて島巡りをしよう。三奈ちゃんもいいよね」

 

「うん、矢安宮が良いならアタシもいいよ。委員長には連絡しとくね」

 

えへへ、やった!

 

矢安宮とのデート続行だ。

 

委員長はなぜか矢安宮には甘いから反対はされないだろう。

 

ふふ、真幌ちゃんを連れて歩いてたら夫婦に見られちゃうかも?

 

なーんてね!

 

 

 

 

真幌ちゃんを真ん中にして、三人で手を繋いで島の観光に出発する。

 

活真くんは何処かに行っちゃった。

 

「活真は放っておいていいわ。あの子って重ちーが少し苦手なの。ほら、前にテレビの放送中にトガさんが男子小学生にお尻を触られた事があったじゃない。その時に重ちーが本気で怒って男子小学生を追いかけ回していたのを見て怖がっちゃったのよ。それから重ちーが苦手になっちゃったみたい」

 

なるほど。あの放送はちょっとした話題になったから私も覚えている。

 

小学生相手に大人気ない派と、小学生相手でも焼き餅を焼くのが可愛い派が対立していた。

 

私はもちろん可愛い派だ。

 

その男子小学生の母親も可愛い派だった。

 

本気の追いかけっ子をしている二人を背景にして、男子小学生の母親がトガに謝っていた。その際に何を言われたのか分からないけど、あのトガが珍しく照れていたのが印象に残っている。

 

「まずはお城の跡地に行きましょう。あそこが那歩島で一番の観光スポットなの!」

 

私達の手を握っている真幌ちゃんがニコニコしながらお勧めスポットを教えてくれる。

 

こんな小さな島にかつてはお城があったのかと少し驚いた。

 

「へえ、昔はお城があったんだね。そうだ! お城を直してみようかな」

 

うにゃっ!?

 

とんでもない事を突然言わないで欲しい。

 

遺跡を復元できるとなると歴史学者が黙っていないだろう。それどころか世界中の遺跡を観光資源にしている国々が騒ぎ出すかもしれない。

 

「矢安宮、それは止めよう? たぶん遺跡修復の依頼が殺到するよ」

 

私の言葉に、彼は焦ったように早口で答えた。

 

「うん、時の流れに逆らうのは良くないよね。どんなものでもいつかは失われる。だからこそ、人は今を懸命に生きるんだからね」

 

『危ない危ない。馬車馬の様に働かされる羽目になっちゃうところだったよ。労働なんか最低限で十分だもん』

 

そんな副音声が聞こえた気がした。

 

真幌ちゃんにも聞こえたようだ。クスクスと可笑しそうに笑っている。

 

私もそれにつられてクスクスと笑ってしまう。

 

私達が急に笑い出したのを見た矢安宮が不思議そうに首を傾げた。

 

それを見た私達はますます可笑しくなって笑い声が大きくなってしまう。

 

そして矢安宮もつられたのだろう。

 

私達三人はまるで本物の親子の様に揃って笑っていた。

 

あぁ、本当にこのまま時間が止まればいいのに。

 

そんな叶うわけがない想いを胸にして、私は幸せな気持ちで笑い続けた。

 

 

 

 

お城の跡地で記念撮影をしたり、お殿様ごっこでアーレーをしてクルクル回って遊んだ。

 

遊んでいて距離感が縮まった真幌ちゃんが本心を教えてくれた。

 

「本当はヒーローのこと好きじゃなかったの。弟の活真はヒーローになりたいって言うけど、ヴィランと命懸けで戦うヒーローなんかになって欲しくない。パパみたいに家族を守る格好いい大人になって欲しいの」

 

俯く真幌ちゃんにかける言葉は思いつかなかった。

 

命懸けでヴィランと戦うヒーローになりたいと願っている私では、たとえ何を言っても真幌ちゃんの心には届かないだろう。

 

矢安宮でも同じだと思う。

 

ヒーローを目指す人間では、ヒーローを否定する人の心を動かすことなんて――

 

「うんうん、そうだよね。ヴィランなんかと命懸けで戦いたくなんかないよ。もっと警察が頑張るべきだと思うんだ。強力な個性持ちのヴィランなんかは、警察は拳銃を持っているんだから集団で麻酔弾でも撃ちまくって眠らせてしまえばいいんだよ。民間人のヒーローに頼るのはやめて欲しいよね。僕がヒーローになったら安全な場所で治癒だけやって生活するよ」

 

――うん、そうだった。

 

矢安宮は別に人々を守るヒーローに憧れているわけではなかった。

 

たしか、雄英のヒーロー科を選んだ理由も、トガが選んだところに合わせただけって言っていた。

 

あれ?

 

じゃあ、トガはヒーローに憧れているの?

 

あんな殺し屋みたいな目で人を睨む子なのに、本当は人々を助けるヒーローに憧れる普通の子だったんだ。私と同じだったんだ。

 

うん、今度腹を割って話してみよう。

 

本音で話し合えば意外と親友になれたりするかもだよ。

 

「えへへ、重ちーはやっぱりそんな感じだよね。ヒーローだからって別にヴィランと戦うだけじゃない。人の役に立つ個性を使ってみんなを笑顔に出来るのがヒーローなんだって、重ちーが教えてくれたんだよ。だから今のあたしはヒーローが好き。重ちーが大好き!」

 

真幌ちゃんが矢安宮に抱きついてほっぺたにキスをした!?

 

こらー!

 

子供だからって簡単にキスしちゃダメだよ!

 

「まあまあ、子供がする事だよ。そんな目くじらを立てないで上げてね」

 

のほほんとした顔でそんな事を言う矢安宮。

 

「矢安宮には言われたくないよー! もしもトガが活真くんにキスされたらどうするの! 矢安宮は怒らないの!?」

 

「僕のヒミコちゃんにキスなんかしたらもちろんぶっ飛ばすよ! 子供だからって許さない!」

 

「ふふ、重ちーってば大人気ないよね。せめて泣くまでくすぐる程度で許してあげて」

 

「分かった! 僕のくすぐりテクニックを見せてやる!」

 

「ダメだよ!? 矢安宮の本気のくすぐりはあのトガでも負けちゃうんだよ!」

 

「えっと、三奈お姉ちゃんは本気で焦ってるみたいだけど、そんなにすごいの?」

 

「ふっふーん。指先の魔術師と呼んでも良いよ」

 

「ホントにすっごいんだよ! まるで指が何十本にも増えて全身を一度に弄られてるみたいに感じるんだからね!」

 

「そうなの? ふふ、なんだか興味が湧いちゃった。重ちー、少しだけくすぐって欲しいな」

 

勇者だ! 勇者がいる!

 

くすぐりに関しては不世出の天才といっても過言じゃない矢安宮に、そのくすぐりを求めるだなんて勇者以外の何者でもないだろう。

 

そして、真幌ちゃんの求めに素直に応じた矢安宮の手により、彼女の凄まじい笑い声が遺跡中に響き渡る事になった。合掌。

 

 

 

 

「うぅぅ、ひどい目にあったわ。重ちーじゃなかったら通報案件よ。寛大なあたしに感謝してね」

 

笑いすぎて歩く体力すら失った真幌ちゃんを矢安宮がおんぶしていた。

 

梅雨ちゃんによくおんぶされている矢安宮だけど、彼が誰かをおんぶする姿は希少かもしれない。

 

矢安宮の場合、お姫様抱っこをする方が多いからね。ふふ、される方がお姫様抱っこをリクエストするんだけどね。

 

本人的にはお姫様抱っこをするより、おんぶをする方が好きみたい。

 

その理由は単純なものだ。

 

──背中にモモを感じるから。

 

うん、エッチな理由だね。

 

他の奴に言われたらセクハラで訴えるセリフだけど、矢安宮に言われたら悪い気はしない。だってそれは私の事を女の子として意識してるって事だもん。

 

「重ちーの背中はパパみたいに広くて大きいね。活真にもこんな背中になって欲しいな」

 

真幌ちゃんが寂しげに呟く。

 

そうだ。真幌ちゃんのヒーロー嫌いが解消されても活真くんの件は別問題だ。

 

実の弟に危険なヒーローになって欲しくないという気持ちは理解できる。

 

「活真くんはヴィランと戦うヒーローになりたいんだよね。活真くんは戦闘向きの個性なのかな?」

 

私がそうだった。

 

私の『酸』という個性は強力な個性だ。

 

自分の個性を知った時からヒーローを目指し始めた。

 

本当は女の子の私が危険なヒーローになることを家族が心配している事を知っていた。それでも私はヒーローになりたかった。

 

心配する家族の気持ちを振り切って、私はヒーローを目指している。

 

だからこそ、私には活真くんの気持ちも痛いほどに分かる。真幌ちゃんに反対されてもヒーローに憧れる気持ちが分かってしまう。

 

「活真は戦闘向きの個性なんかじゃないわ。『細胞活性』の個性よ。重ちーと同じ治癒系の個性なの」

 

あれ? そうなんだ。

 

活真くんの個性は戦闘向きじゃないんだね。

 

矢安宮と同じ治癒系なんだ。

 

えーと、目の前に治癒系最高峰といえるクレイジー・ダイヤモンドの個性をもつ矢安宮が居て、その彼はヴィランと戦うヒーローにはなりたくないと常々言っている。

 

うん!

 

活真くんが矢安宮を苦手にしている本当の理由が分かっちゃった。

 

きっと自分の夢が否定される気持ちになっちゃうんだね。

 

これは矢安宮では解決できない問題だと思う。

 

だって、矢安宮にはヒーローに憧れる気持ちが理解できないから。

 

彼は生粋のナチュラルボーンヒーローだ。

 

獅子として生まれた者に、獅子に憧れる子猫の気持ちが理解できるわけがない。

 

だから今回は私の出番だ。

 

子猫の気持ちは子猫だけが分かるんだよ。

 

「矢安宮、アタシが活真くんと話すよ。どんな結果になるかは分からないけど、活真くんが自分の選択を後悔しない手助けをしたいと思う」

 

「三奈ちゃん……。そっか、そうだね。うん、それがいいよ。たぶん、僕では無理なんだろうね」

 

矢安宮はそう言って寂しそうに笑った。

 

「矢安宮……」

 

「頑張ってね、三奈ちゃん。同じ治癒系なのに自分自身を治せない僕だと、ヒーローになってゾンビアタックで戦おうとしてる活真くんの心に届く言葉は紡げないと思うから」

 

「血みどろになって戦う活真なんて見たくないの! お願いっ、活真を止めて!」

 

「えぇぇぇっ!? 活真くんはそういうヒーローになろうとしてるのー!?」

 

傷つくのを前提としたヒーローになる。

 

うん、それは家族なら止めるよ!

 

「全部、ヒーローアニメが悪いのよ! どうして毎回血みどろのピンチになってからの逆転なの!? 怪我せずに勝ちなさいよ! 最初から必殺技を放ちなさいよ!」

 

ムキィーって感じで、いつの間にか矢安宮の背中から降りていた真幌ちゃんが地団駄を踏みながら怒り出す。

 

なるほどと思った。

 

アニメのヒーロー物は演出のため必ずと言っていいほどヒーローはピンチになる。

 

特に最近のアニメは演出も過激になってきてヒーローが血を流すのは当たり前だし、場合によっては手足が普通に千切れ飛ぶ。

 

そしてご都合主義のピンチからの逆転劇だ。

 

大怪我を負ったはずのヒーローも次の放送では全快している。偶に『この間は酷い目にあったぜ』とかのセリフがあるぐらいだ。

 

真幌ちゃんは怒りの表情から一転して悲しそうな表情になると、私と視線を合わせて言った。

 

「あたしの言葉は届かなかった。でもっ、ヒーローを目指している三奈お姉ちゃんの言葉ならきっと届くわ! 怪我をしまくって戦うのが格好いいと思っているアホな活真を止めて!」

 

「三奈ちゃん頑張ってね。僕だと活真くんをぶん殴っては治し、ぶん殴っては治しを繰り返して『治るといっても痛いのは嫌だよね』って感じの説得しか思いつかないから、ここは三奈ちゃんに活真くんの問題は任せるよ」

 

「え? ちょっと待って!アタシが考えてた状況と少し違って――」

 

「じゃあ、重ちー! あたし達は島の観光を続けましょう!」

 

「うん、そうだね」

 

「えへへ、二人っきりで島の観光だなんてデートみたいだね!」

 

真幌ちゃんは満面の笑みを浮かべて矢安宮と手を繋いだ。その頬は赤く染まっている様に見える。

 

そして真幌ちゃんはもう私の事など忘れたかのように振り返ることもなく、矢安宮をグイグイと力強く引っ張りながら行ってしまった。

 

一人残された私は思う。

 

──真幌ちゃん、歩く体力も残ってなかったんじゃないの?

 

 

 

 

その日は活真くんを見つけられなかった。

 

それはそうだ。

 

那歩島には来たばかりだ。しかも島案内を受けていた最中だったのだ。

 

真幌ちゃんも活真くんの居そうな場所ぐらい教えてくれたら良かったのにと思う。

 

まあ、あれだけは楽しそうに矢安宮の腕を引っ張っていって真幌ちゃんには、そこまで気を回す余裕なんて無かっただろうとは思うけどね。

 

ハァ、それにしてもと溜息を吐く。

 

活真くんの問題はどうするべきだろうか?

 

『活真くん。血を流す姿が格好良いのは、それはアニメだからだよ。現実はそんな良いものじゃないよ。とっても痛くて怖いことなんだよ』

 

そう口で言うのは簡単だけど、たぶんそれだと活真くんは納得してくれないだろう。

 

そんな簡単に解決するのなら真幌ちゃんが苦労するわけがない。

 

だからといって、矢安宮が言ったような痛みを経験させる事はしたくない。いくら治るといっても活真くんの歳だとトラウマになると思う。

 

うーん。簡単なのはもう少し成長するのを待つことなんだよね。

 

そうすれば言葉での説明で納得して――ううん待って。私はA組の男子達を思い出してみる。

 

爆豪は人の話を聞かない奴だよね。轟も自分の意思を優先する奴だ。切島だって頑固だし、峰田は欲望に忠実だ。

 

うん、人の話を聞かない奴が多いよね。

 

活真くんも大きくなったら人の話を聞かない奴に成長する危険性がある。

 

まだ幼い今の方がマシかもだ。

 

ううーん。自分が傷つきながらヒーロー活動をやりたいという夢を諦めさすにはどうすれば良いのかな。

 

ここで私はハッと気付いた。

 

今現在、自分が傷付きながらヒーローを目指している男子がいることにだ。

 

──緑谷出久。

 

彼はあのオールマイトに似たパワー系の個性の持ち主だ。

 

だけど、自分の個性を制御出来ない彼はいつもそのパワーの反動で傷付いている。

 

もしかしてマゾなのかな? そう勘違いしてしまいそうな程にいつも無茶な行動を繰り返す問題児だ。そして、友達の麗日が憎からず思っている相手でもある。

 

マゾ疑惑のある緑谷だけど、最近は特にその行動は顕著になっている。まるで自分の肉体を壊そうとしているかの如く無茶な訓練を続けていた。

 

そんな緑谷を心配する麗日がどうにかして止めようとしているけど、今のところは失敗続きみたいだ。

 

うん、これは反面教師にちょうど良いかもだね。

 

苦労している麗日には悪いと思うけど、緑谷の年齢なら自己責任だ。だけど、まだ幼い活真くんには大人の手助けが必要だ。

 

まるで何かに取り憑かれたかのように自分で自分を壊しながら訓練に励む緑谷の様にはなって欲しくない。

 

うん、これはショック療法だ。

 

私はそう自分に言い聞かせる。

 

トラウマになるかも? 気を抜くと心に浮かびそうになるその言葉を頭を振って追い出す。

 

殴る、治すを繰り返すよりかはマシな筈だ。

 

そう思おう。

 

だって他に何も思いつかないんだもん!

 

矢安宮の期待が両肩にのしかかる。

 

うぅ、子猫には荷が重いよう。

 

私はトボトボと拠点に戻った。

 

 

 

 

夕食はご馳走だった。

 

住民の方達からの差し入れがあったからだ。

 

矢安宮はトガと呑気に食べさせ合っていた。

 

私はあまり食欲が無かった。

 

緑谷は凄い勢いで食べていた。食べれば強くなると思っているかの様だった。そんな緑谷を麗日が心配そうに見つめていた。

 

「ご馳走様でした!」

 

緑谷は食べ終わると直ぐに外に出ていった。たぶん訓練をしに行ったのだろう。

 

その緑谷の後を追いかけるようにして麗日も出ていった。きっと緑谷を心配して様子を見守るつもりなのだろう。

 

うん、私も少し見に行ってみよう。

 

あまりにも酷い訓練なら活真くんには見せれない。反面教師にするにしても程度ってものがあるからだ。

 

私は席を立って緑谷の後を――

 

「ヒミコちゃん、アーン」

 

――矢安宮の呑気な声が聞こえた。

 

トガが幸せそうに口を開いている。

 

うん、なんかムカついた。

 

トコトコと矢安宮に近付く。

 

「アタシにもアーン!」

 

突然のアーン要求に矢安宮はキョトンとした顔を見せたけどすぐに笑顔になった。

 

「じゃあ、三奈ちゃんにアーン」

 

「アーン、モグモグ、こくん。えへへ、美味しいね」

 

笑顔になった私の頭を撫でてくれる矢安宮。

 

隣に座っているトガはイチャイチャの邪魔をされて不機嫌になっているかなと思ったけど、意外とそうでもなかった。

 

「ふふ、三奈ちゃんは気まぐれな感じが子猫みたいですね」

 

そう言って幸せそうに微笑んでいる。

 

私は唐突に気付いた。

 

最近のトガは私たちの呼び方が矢安宮と一緒になっている事にだ。

 

前は私のことを芦戸ちゃんと呼んでいたはずだ。

 

再びムカついた。

 

私はあえて笑顔になる。

 

「──えへへ、“ヒミコちゃん”は矢安宮にベッタリなところが子犬みたいだねー」

 

ふっふーん!

 

やられたらやり返す!

 

私の意図が伝わったのかは分からないけど、ヒミコちゃんは一瞬だけ意外そうな表情を浮かべた後、ニンマリと笑った。

 

「はいっ、そうなのです! トガヒミコは矢安宮重清にベッタリなのです!」

 

ヒミコちゃんはこれ見よがしに重清くんに抱きついた。

 

ウヌヌ、そのケンカ買った!

 

「アタシも矢安宮にベッタリするー!」

 

こうなったらヤケだ。ヒミコちゃんも纏めて抱きしめた。

 

「あなた達は何をされているのですか!? 人前でハレンチですわよ!」

 

「ケロ、みんな仲良しね。私も仲間に入れて」

 

梅雨ちゃんが参戦した!?

 

「あーっ、ズルイよ! 私も仲間に入る!」

 

葉隠も抱きついてきた!

 

「矢安宮、ウチだけ仲間外れにはしないよね? ヨイショっと。ふふ、こうすると矢安宮の鼓動を直に感じるよ」

 

耳郎が無理矢理に私達を押し除けて矢安宮に抱きついた!

 

うにゃー、負けるもんかー!

 

「オイラも仲間にっ――ゲボッ!?」

 

私達に向かってダイブしてきた峰田を金属バットを創造したヤオモモがホームランしてくれた。

 

「コホン。少々ハレンチですが、今はヒーロー活動中です。つまり一人前の大人という事ですわ。このぐらいの男女のスキンシップは許容範囲内としましょう。では、私も仲間に入りますわ」

 

そして、ヤオモモも抱きついた。

 

あはは、みんなでギュウギュウして、なんだかお祭りみたいだね。

 

「ウググ、苦しいのです。モモちゃん達と違い、私は華奢な女の子なのです。手加減を希望します」

 

「語弊のある言い方はやめて下さい! 私も華奢な女の子ですわ!」

 

みんなに抱き締められてヒミコちゃんは苦しそうだ。

 

ふっふっふっ、私の勝ちだ!

 

──ちなみに矢安宮は私達のぽよんぽよんに喜んでくれた。やったね!

 

 

 

 

次の日、真幌ちゃんが遊びにきた。

 

矢安宮と私は真幌ちゃんと遊びに行く。いや違った。真幌ちゃんの案内で島内パトロールに出た。

 

那歩島には自然や遺跡が多く残っているけど、近代的な場所ももちろんある。

 

今日はショッピングのできるお店が多くある場所に向かった。

 

「時代はツインテールだと思うの。そこでツインテールに似合うワンピースが欲しいわ」

 

「ううん。時代はショートカットだよ。だからショートカットに似合うシャツが欲しいな」

 

「うんうん、女の子の洋服は華やかだから見てるだけでも楽しいよね。ところで、あそこに飾ってる服はどうかな?」

 

矢安宮の指差す方を見る。そこに飾られていた洋服を真幌ちゃんと二人で観察する。

 

「却下ね。なんだかエッチな雰囲気の服だもの」

 

「なんかオジさんが喜びそうな服だよねー」

 

「重ちーは少しエッチなのが玉にキズなのよね」

 

「そうだねー。でも二人っきりの時なら着てあげても良いかなって思わない?」

 

「それは……まあ、他の人が居ない場所なら別に構わないけど。でも、外で着れない洋服を買うのは勿体無いわ」

 

「そこは大丈夫だよ! 僕はこう見えて稼いでるからね。もちろんプレゼントするよ!」

 

「ねえ、重ちーの食い付きが強すぎない?」

 

「あはは、そこは矢安宮だもん」

 

「あたしみたいな子供相手だよ?」

 

「もしかしたら自分好みに育てたいのかもねー」

 

「それあたしも知ってる! 光源氏だよね! 自分好みの女の子に育てるんだよね!」

 

「真幌ちゃんは物知りだねー。それにしても大人になるまで育てるって気の長い話だよ」

 

「えへへ、でも重ちーになら育ててもらいたいかも。なんてね」

 

「こら、そんなこと言っちゃダメだよ。矢安宮は『大きくなったらパパと結婚する!』を本気で狙っちゃう子だよ」

 

「ホントに!? やったー! じゃなくて、えっとね、重ちー。そういうのは世間にバレないようにしてね。そうじゃないと周りの人達に二人は引き離されちゃうからね」

 

ふふ、真剣な顔で真幌ちゃんが矢安宮に注意をしている。冗談が好きな子だよね。

 

それから色々なお店を回った。

 

気がつくとお昼を過ぎていた。

 

「そろそろお昼ご飯にしよーよ」

 

「うん、そうだ――」

 

矢安宮が突然黙り込む。

 

真幌ちゃんが心配して近付こうとするのを咄嗟に止めた。

 

こういう時の矢安宮の邪魔はしちゃいけない。A組女子達は経験則でそれを学んでいた。

 

──矢安宮は両足を大きく開いた。そして上体を後方に逸らして右手で遥か彼方を指差す。その指差した方向には港があった。

 

「ゴゴゴゴゴゴゴッ。平和な那歩島に邪悪な者が立ち入ることはこの俺が許さん。だが美しい海を貴様らの血で汚す気はない。捕縛されるまで悠久の海で彷徨うがいい」

 

矢安宮はそこまで言い放つと満足気に頷いた。もう決着がついたのだろう。

 

ここから港は遠過ぎて何があったのかは分からないけど、それで良いと思った。

 

矢安宮は基本的に何も語らないし、何も誇らない。だから私も何も聞かない。

 

まあ、ヒミコちゃんは色々と聞いているみたいだ。私が知らない事をたくさん知っているのだろう。

 

はっきり言って悔しいけど、それは仕方がないことだ。二人が共に歩んできた時間が私とは違いすぎる。

 

でもいつかはきっと、そう自分に言い聞かせて奮い立たせる。

 

無理にでもそう思い込む。そうじゃないと挫けそうになるから……。

 

「ねえねえ、重ちー。何があったの? 教えて欲しいな!」

 

「こらー! それは聞いちゃダメなのー!」

 

真幌ちゃんが矢安宮に纏わりついて聞き出そうとしていた。

 

いくら子供でも遠慮が無さ過ぎだよ!

 

私だって本当は聞きたいのを我慢してるのにズルいよ!

 

「えーと、今のはね。海から――ううん、何でもないよ。ちょっとポエムを思いついただけだから気にしないでね」

 

矢安宮は真幌ちゃんに説明しかけたけど途中で慌てて誤魔化した。

 

うん、よかった。

 

ヒミコちゃんになら兎も角、出会ったばかりの真幌ちゃんに負けたら立ち直れないよ。

 

矢安宮の信頼を得て全てを教えてもらう。

 

それが目標だ。

 

そこからが本当のスタートだ。

 

いつの日か、“私の矢安宮”と堂々と言えるようになってみせる。

 

矢安宮にしつこく纏わりついている真幌ちゃんを彼から引き離しながら私はそう心に誓った。

 

 

 

 

次の日は海辺に来た。

 

南の島といえば、やはりメインは海だと思う。

 

「海だー!」

 

「うん、海だよー!」

 

矢安宮が海に向かって叫んだ。

 

それに続いて私も叫ぶ。

 

一面に広がる青い海と白い砂浜にワクワクしてしまう。

 

「そんな盛り上がるものかしら? ただの海と砂浜だよ」

 

地元っ子の真幌ちゃんは見飽きているのだろう。

 

テンションの上がった私達を不思議そうに見ている。

 

「さあっ、二人とも泳ごう!」

 

「こら、矢安宮。それはダメだよ。今はパトロール中なんだからね」

 

矢安宮の言葉に頷きたい所だけど、流石にそれは不味いと分かる。

 

浜辺を見渡せば彼方此方でA組のみんなが真面目にヒーロー活動をしている。

 

そんな中でキャッキャと遊ぶ勇気はないよ。

 

「パトロール中…?」

 

パトロールという言葉に首を傾げた矢安宮。まさか忘れてたの!?

 

「うん、そうだね! もっと人気のない所もパトロールをしよう。真幌ちゃん、観光客のいない場所を知らないかな?」

 

矢安宮は驚いた表情になった私を見て慌ててパトロールの体裁を取ろうとするけど、言ってる内容が明らかにおかしい。

 

もう、仕方のない矢安宮だ。

 

自分でも緩いところがあると自覚している私よりもずっと緩いんだもん。

 

ヒーロー科の女子達が、彼を気にかける理由の一つがこういうダメな部分があるからだ。

 

ヒーローを目指す女子なんて基本的にお節介な子達だもんね。人の世話を焼くのが好きなんだ。

 

素敵な彼だけど、そんなダメな部分を私が支えてあげなきゃって思っちゃう。

 

あはは、客観的に聞いたらダメ男に引っ掛かった女のセリフだね。

 

うん、もしも友達がこんなセリフを言ってたら強引にでもその男と別れさせるよ。

 

「三奈ちゃん、人気のない浜辺が向こうにあるんだって今から行かない?」

 

「うん、いいよー」

 

まあ、私の場合は別れさせる以前に付き合ってさえいないんだけどね。

 

矢安宮、私を引っ掛けてくれないかな?

 

そんなアホなことを考えていると、浜辺にいるヒミコちゃんがこちらを見ているのに気付いた。

 

咄嗟に矢安宮と腕を組んだ。

 

それを見た真幌ちゃんも逆側で腕を組んだ。

 

「えへへ、両手に花だね」

 

呑気に喜んでいる矢安宮には悪いけど、向こうでヒミコちゃんが見ているよ。もちろん言わないけどね。

 

いつもイチャイチャを見せつけられているからね。こういうチャンスの時は逆に見せつけてやるんだ。

 

組んでいる腕にわざと自分のモモを必要以上に押しつけてみる。

 

彼の身体が少しだけ強張る。

 

組んだ腕から喜んでいる気配が伝わってきた。

 

自分では澄ました顔をしているつもりみたいだけど、明らかに頬が緩んでいる。

 

ふふ、反応が可愛いなあ。

 

ついニヤケそうになる。

 

ヒミコちゃんが人目も気にせずにイチャイチャする気持ちがよく分かる。

 

だって、すっごく楽しいんだもん。

 

これが日常のヒミコちゃんが羨ましくて妬ましい。

 

フッフッフ、この嫉妬パワーを具現化出来たら世界を獲れると思う。

 

なーんてね!

 

ヒミコちゃんへの嫉妬なんか今はどうでも良い。

 

このひと時を楽しむ方が重要だもん!

 

真幌ちゃんと二人で矢安宮の腕を引っ張っていく。

 

那歩島の強い太陽の光が三人を照らしている。

 

とても暑いのにまるで気にならなかった。

 

それ以上に気持ちが高揚していた。

 

うん、那歩島の夏はこれからだ。

 

折角のバカンスなのだか――ごほん。

 

那歩島でのヒーロー活動はこれからだ!

 

頑張るぞー!

 

えいえいおー!

 

 

 

 

長くて短い夏が終わった。

 

那歩島でのヒーロー活動も終わりを迎えた。

 

真幌ちゃんとはすごく仲良くなった。

 

いわゆる歳の離れた友達というやつだ。

 

毎日のように一緒にいたから色々な話をした。

 

矢安宮には言えないような女の子同士の内緒話も沢山した。

 

そして、私は大失敗をした。

 

活真くん問題をコロッと忘れてしまっていたのだ。

 

うぅ、忘れっぽいにも程があるよ。

 

帰る直前で思い出した私は港まで見送りに来てくれた真幌ちゃんに謝った。

 

「ううん、別に気にしなくて良いよ。活真がヒーローになるのなんてまだまだ先の話だもん。それまでに解決策を見つけるよ。それに活真は活真で相談相手を見つけたみたいなんだ。だから本当に気にしないでね』

 

その言葉に周りを見た。

 

港には多くの人が見送りに来てくれていた。

 

そこに活真くんの姿もあった。

 

活真くんの前には緑谷と麗日がいた。

 

三人の距離感はとても近いように見えた。

 

そっか。活真くんにも歳の離れた友達が出来たんだね。そう思うと何だかホッとした。

 

あれ、麗日の表情が少し曇っているような気がするけど気のせいかな?

 

「三奈お姉ちゃん達ととても仲良くなれたのにもうお別れなのね。次に会えるのはいつになるのかな」

 

真幌ちゃんの寂し気な言葉にハッとなる。

 

矢安宮は一足先にヤオモモと機動兵器に乗って帰っているから、彼の分まで真幌ちゃんを抱き締めて気持ちを伝える。

 

「真幌ちゃん。たとえ遠く離れてもアタシ達の繋がりは切れたりしないよ。それに真幌ちゃんの個性強化の件もあるから準備が出来たら連絡するからね」

 

「うんっ、待ってるね!」

 

真幌ちゃんの個性はホログラムだ。

 

幻を作り出せる個性だけど、それを見た矢安宮がとても興奮した。

 

『この個性が強化されたら実体化できる可能性が高いよ! そうだっ、マナミお姉さんに頼めば手っ取り早く確認出来るかもだ!』

 

作り出した幻が実体化出来れば、その応用力はとても広がるだろう。

 

マナミお姉さんが誰なのかは知らないけど、他人の個性を一時的にだけど強化出来る個性の持ち主とのことだ。

 

矢安宮の提案に真幌ちゃんも乗り気になった。

 

『重ちーのクレイジー・ダイヤモンドとお揃いになれるかもしれないのね! ああっ、やっぱり重ちーとあたしは運命の赤い糸で結ばれているのね!』

 

なんだか怪しい事は口走っていたけど子供の言う事だからね。その部分は聞き流そう。

 

兎に角、真幌ちゃんを私達の地元に連れて行くか、マナミお姉さんとやらを那歩島に連れてくるかは調整が必要だ。

 

個性絡みの話だから真幌ちゃんの保護者の承諾も必要になってくるだろう。

 

今は何故か真幌ちゃんの保護者であるパパさんと連絡が取れない状況だから調整には時間が掛かりそうだ。

 

「まだパパさんとは連絡はつかないの?」

 

「パパの携帯の電源が切れたままなのよ。パパは少しガサツなところがあるから携帯を壊しちゃった可能性が高いわ。前に壊しちゃった時は壊したことに気づかないまま1ヶ月以上経った事もあるのよ。ホントに困っちゃうわよね」

 

そう言って肩をすくめる真幌ちゃん。

 

「うーん、そうなんだねー。もしかしたら電話より手紙を送る方が早いかもだよ」

 

「あはは、あたしのパパがポストを確認するわけないよ」

 

「それは笑うところなの!?」

 

真幌ちゃんのパパさんは少しダメな大人なのかも知れない。それでも真幌ちゃんから愛されてるのだから良いパパではあるのだろう。

 

そうこうしていると船の汽笛が鳴った。

 

「あっと、そろそろ出発の時間だ」

 

名残惜しいけど抱いていた真幌ちゃんを離す。そして互いにスッと拳を差し出した。

 

「じゃあまたね。真幌ちゃん」

 

「うん、また会おうね。三奈お姉ちゃん」

 

互いに突き出した拳同士を合わせた。

 

ふふ、女の子らしくない別れの挨拶だけど、これはこれで良いと思った。

 

真幌ちゃんとはきっと長い付き合いになる。

 

何故かそんな確信があった。

 

A組のみんなと共に船に乗り込む。

 

船の甲板から身を乗り出すと、真幌ちゃんが一生懸命に手を振っているのが見えた。

 

思わず笑みが溢れた。

 

私も思いっきり手を振り返した。

 

次に会うとき、真幌ちゃんは大きくなっているのかな?

 

女の子だって男の子に負けないぐらい成長は早い。ううん、小さな頃は女の子の方が大きくなるのはずっと早い。

 

大きくなったら真幌ちゃんはどんな素敵な女の子になるのかな。

 

最近は時間が止まればいいのにと思うことが多かったけど、将来のことが久しぶりに楽しみになった。

 

「あの子は重清くんが仲良くしてた子供ですね。ふふ、浜辺で三人を見かけた時は仲良し家族(パパと娘達)みたいで微笑ましかったのです」

 

手を振る私の隣にヒミコちゃんが立ち、同じように真幌ちゃんに手を振ってくれた。珍しく矢安宮が側に居ないのに機嫌良さそうに笑っている。

 

今回はあまり交友をしなかった二人だけど、ヒミコちゃんに気付いた真幌ちゃんは嬉しそ――いや、何だかヒミコちゃんを睨んでいるような?

 

ライバルを見る目をヒミコちゃんに向ける真幌ちゃん。彼女は大きく息を吸い込むと叫んだ。

 

「トガには負けないからっ!!!」

 

ヒミコちゃんはというと相変わらず機嫌良さそうに笑っていた。

 

その自信に満ち溢れた顔に腹が立った。

 

よし、まずは深呼吸をして落ち着こう。

 

すーはー、すーはー、よしっ、いくぞ!

 

失礼は承知の上で、私はヒミコちゃんを指差す。

 

「ヒミコちゃん! あんたに勝つからね!」

 

私の宣言を聞いて、ヒミコちゃんはふんわりと笑った。

 

「はい、頑張って下さい。私以上に彼を大切に想ってくれる人になら、私は潔く負けを認めるのです」

 

負ける気など全く無いのだろう。

 

普段とは違い、邪悪さの感じられない柔らかい笑みを浮かべたトガは穏やかな雰囲気のまま余裕の発言だ。

 

悔しいけど、今は仕方ないと思う。

 

だけどこのまま負ける気なんかない。

 

真幌ちゃんに目を向ける。

 

視線が合った彼女と一瞬で意思の疎通を行った。

 

──まずは力を合わせてヒミコちゃんを倒そう。

 

そう誓い合い、互いに力強く頷いた。

 

強力なライバルには力を合わせて立ち向かう。

 

それが乙女の知恵というものだ。

 

裏を返せば、私と真幌ちゃんはお互いに『コイツには負けない』と考えている事になるんだけど、それは気にしないでおく。

 

今は何よりもヒミコちゃんを倒すことを優先だ。

 

よし、頑張るぞー!

 

えいえいおー!

 

離れゆく港にいる真幌ちゃんと視線だけで息を合わせ、私達は拳を共に振り上げて気合いを入れた。

 

そんな私達を楽しそうに見つめている余裕綽々なライバルをきっと倒してみせるぞ。

 

そう誓いながら、私の那歩島でのヒーロー活動は幕を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





──「公安委員会は、ヴィラン連合への危機感を強めていますわ」

それはヒーロー活動を始めた初日の夜でした。

ヒーロー活動で疲れた為、食後すぐに寝室に入った私達に真剣な表情をしたモモちゃんがそんな事を言い出しました。

「ケロ――それはどういう意味かしら? ヴィラン連合は確かにあの恐ろしいオール・フォー・ワンが関わる組織ではあるけど、肝心のそのオール・フォー・ワンはもうタルタロスに投獄されたわ。後に残るのは烏合の衆となったヴィランだけのはずよ」

梅雨ちゃんが口元に指を当てながら疑問を口にします。

彼女の言う通りです。ヴィラン連合はオール・フォー・ワンが関わるといってもその構成員は雑魚なヴィランだけです。

恐らく次世代のヴィランを育てる計画だったと推察されていますが、まだ計画初期だったみたいです。

オール・フォー・ワンが居なくなった為、その活動はほぼ停止しています。そのうち組織としては自然消滅するだろうと予測されていた筈です。

「ええ、少し前まではその様に考えられていましたわ。ですが、雄英文化祭への侵入事件を発端としたヴィラン連合による数々の事件が日本中で起こっています」

「あれ? 雄英文化祭の侵入事件は変装した――」

「ヴィラン連合の仕業ですわ!」

秘密を口にしかけた響香ちゃんを強い口調で遮るモモちゃん。

「あっ、そうだったよね。あはは、やだなー。ウチったらなんか勘違いしてたみたいだ……ごめんなさい。もう二度と勘違いしないからね」

響香ちゃんが両手の指差し指でバッテンを作って口に当てました。

きっと重清くんなら可愛いと思うだろうそのあざとい仕草にイラッとします。間違いなく意識してやっているのです。ここ最近の響香ちゃんは油断ならないので用心が必要なのです。

「ねえ、それでヴィラン連合が騒ぎを起こしているのは分かったけど、それってただのヴィランと変わらないよね。公安委員会が警戒する程のことかな?」

透ちゃんが当然の疑問を口にします。

「その騒ぎの内容が問題なのですわ。今回の被害者はプロヒーローです。そしてその方達は個性を失っていました」

「ケロ――以前に聞いた事があるわ。個性を消失させる弾丸があるのよね」

梅雨ちゃんの言う個性消失弾のことは私も知っています。とても危険な弾丸なのです。

「いいえ、個性消失弾は既に解体された死穢八斎會が開発したものですわ。その死穢八斎會が消滅した今ではもう存在しません」

「在庫が残ってたんじゃないの? そうすぐには使い切らないよね?」

「これは機密事項になりますわ。巷で出回っていた個性消失弾はある人物の細胞を元に製造されていましたが、それらは一夜にして全て消失しました。その理由は完全に不明ですわ。因みに消失したのは、エリちゃんが私達と――いいえ、重清さんと出会った日になりますわ」

「あぁ、そっか。そういう事なんだね」

モモちゃんの言葉に納得した顔になる響香ちゃん。あの日の夜、重清くんがハーヴェストに何かを命じましたがその内容は秘密なのです。

「ねえ、それじゃあ、個性を消失した原因は何だったの?」

「被害者の証言や現場検証の結果を総合的に判断したところ、襲撃犯のヴィランが個性を奪っている可能性が非常に高いと判断されました」

「それってオール・フォー・ワンが脱獄して――」

「いいえ、オール・フォー・ワンは今もタルタロスですわ」

「ケロ――考えたくないけれど、ヴィラン連合は他人の個性を奪う技術を開発した。そう公安委員会は判断したのね」

「その通りですわ。そして、近い将来に必ずヴィラン連合は大規模な攻勢に出るだろうと予測しました。その攻勢を抑える為には早急に優秀なヒーロー達を育成する必要があります」

「ふぅん、なるほどね。それがヒーロー活動推奨プロジェクトが発足した理由なんだ。でもさ、個性を奪えるなら頑張ってヒーローを育てても焼石に水なんじゃないの?」

「ええ、そういう考えも否定できませんわ」

響香ちゃんの言葉にあっさりと頷くモモちゃん。

「そっか。それでも公安委員会は足掻こうとしてるんだね」

「その通りですわ。無駄かもしれないからやらない。そんな選択は選べませんもの」

「今は厳しい状況なのね――ケロ」

「平和の象徴が引退したこのタイミングでの未曾有の危機の到来ですもの。私達はまさに激動の時代にヒーローとして立ち向かわなければならないのですわ!」

モモちゃんは強い眼差しでそう言い放ちます。

ですが、個性を奪えるヴィラン連合にどうやって対抗すれば良いのでしょうか?

いくら考えても答えなど出るはずもありません。

皆もそれが分かっているから暗い表情になっています。

そんな時でした。控えめに手を上げた透ちゃんが眠たそうな声で言いました。

「ねえ、もうそろそろ言ってもいいよね。重清君なら個性を奪われる前の状態に治せるよ」

モモちゃんが雰囲気を出して楽しそうに話しているので、皆が遠慮して口にしなかった解決策です。

私達でもすぐに気付いた解決策なので、公安委員会だって気付いている筈です。

漂っていた緊張感が霧散しました。

モモちゃんが余計な事を言った透ちゃんを睨みます。

「もうっ、透さんはぶっちゃけるのが早過ぎますわ! お父様が懇意にされている公安委員会の方から内緒で教えてもらった極秘情報ですのよ。もっと緊張感を楽しまなくては勿体ないですわ!」

「えー、そんなこと言われても早く寝たいもん。三奈ちゃんなんて部屋に入るなり寝ちゃってるんだよ。クークー寝息が聞こえる横で起きてるのはツラいよ」

「ケロ――もうお開きで良いのかしら?」

「あはは、梅雨ちゃんが最初に言った個性消失弾の被害者を公安委員会の依頼で治したのが矢安宮だからね。いつまでも緊張感を保って話し続けるのは無理だよ。せめてもう少し体力に余裕があればヤオモモが満足するまで付き合えたんだけどね」

「なるほど分かりましたわ。それでは雄英高校に戻りましたら全員で体力アップを目的とした特別訓練を行いますわよ!」

「ゲッ、余計なこと言っちゃったかな」

「ふふ、いいじゃない。みんなで仲良く頑張りましょう」

「もう寝ちゃうからね、おやすみー」

「ウニャア、みんなうるさいよー」

「ごめんなさい、三奈ちゃん。もう静かにするからぐっすり眠ってね」

梅雨ちゃんが起きかけた三奈ちゃんの頭を撫でるとすぐに寝息が聞こえてきました。

「モモちゃん。もう照明を落としますよ」

「ええ、構いませんわ。ヒミコさん」

ヒーロー活動中は、重清くんとの夜のお喋りタイムはお休みなのです。

少し寂しいので、隣で眠るモモちゃんでも抱き締めて気を紛らわします。

それではお休みなさい。

──ギュッ。

「――く、苦しいですわ」











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