──冬休みに入り、本格的にヒーローインターンが始まった。
今までもインターン活動はしていたけど、授業があるから基本的に土日のみの活動だった。
だけど、今日からは毎日がヒーローインターンだ。
それでね、ミルコ姉さん。僕の勤務体系は週休五日制がいいな。
「ん? ああ、どうせ重清は事務所か実家のどちらかでゴロゴロしてるだけの違いだからな。用事がある時は連絡するから別にいいぞ」
やった!
ミルコ姉さんの許可を得たぞ。
これで今まで通り土日だけの勤務だ。やっぱり働き過ぎは健康に悪いもんね。
労使交渉に成功して喜んでいると、モモちゃんが困ったように言った。
「あのう、ミルコさん。重清さんをあまり甘やかされては困りますわ。確かに遠隔治癒の制限が有って無いような現状では、重清さんが安全な場所に居られる方が安心できますが、それと週休五日制を認めることはまるで話が違いますわ。そんな特例を認めてしまっては、事務所としての規律が保てませんし、皆も不満に思いますわ」
モモちゃんの言葉を肯定するように響香ちゃんは頷くと、僕の頭を胸に抱き寄せる。
「そうだね。せっかく矢安宮と同じ職場なのに毎日会えないのは寂しいよ。ほら、ウチの鼓動を感じるよね。こんなに寂しいメロディを奏でて――」
「はいはい、重清さんから離れて下さい。全く、響香さんは隙あらば重清さんにベタつくのは控えて下さい」
モモちゃんにグイッと引っ張られて温もりから引き離されてしまう。
そんな僕を見かねたのだろう。梅雨ちゃんがやんわりとモモちゃんに語った。
「ケロ――モモちゃん、少しいいかしら。重清ちゃんはこうしている今も遠隔治癒の制御を行っているわ。恐らく重清ちゃんに掛かる負荷は私達の想像以上だと思うの。それでね、弱音を決して吐かない男の子には、それを察してあげる女子としての気遣いが必要だと思うわ」
「そうだよ、ヤオモモ。矢安宮はね、那歩島で仲良くなった真幌ちゃんも遠隔治癒の対象にしてるんだよ。ここから那歩島までどれだけの距離があるか知ってるよね。それだけの距離を維持する矢安宮の負担はとんでもないよ。そんなことも考えないで、優しくて頑張り屋さんな矢安宮を怠け者みたいな言い方しないで!」
擁護してくれた梅雨ちゃんに続いて、三奈ちゃんも彼女にしては珍しく強い口調で庇ってくれた。
「あ、あの…私はそんなつもりでは……」
「じゃあ、どんなつもりだったの!」
「まあまあ、三奈ちゃん。そんな熱くなっちゃダメだよ。ヤオモモだって悪気があったわけじゃ無いんだよ。ねっ。ヤオモモは知らなかっただけだよね」
緊迫した雰囲気になりかけた時、透ちゃんがとりなすように間に入ってくれた。
「――はい、申し訳ありません。そのような事情があるとは全く知りませんでした。矢安宮さんのクレイジー・ダイヤモンドは操作型と言いながら、『じゃあ、負傷者は全員治しといてね』と言った後はクレイジー・ダイヤモンドに任せっきりで、矢安宮さん御自身はのんびりと寛いでいる様に見えていました。本当に浅はかでしたわ。個性を使えばその負担は本人に掛かるのは当然ですのに、その様な考えがすっぽりと頭から抜け落ちていました。これは言い訳にしかなりませんが、重清さんはいつでも余裕があり頼りになる姿しか見せていませんでしたから、私はそれに甘えていたのですね」
モモちゃんは罪悪感に満ちた顔になって、その場で力無く崩れるように座り込んだ。
「モモちゃん。重清くんの苦労を分かってくれればそれでいいです。必要以上に落ち込まないで下さい。モモちゃんが落ち込んだ顔をしていると、私まで悲しくなっちゃいます。もちろん、私だけではなく他の皆も同じですよ」
モモちゃんがハッとして周りを見上げると、そこには自分を心配している顔しかなかった。
「あぁ、皆さんはこんな考えの浅い馬鹿なお嬢様を心配して下さるのですね」
モモちゃんの瞳から涙が溢れる。
「モモちゃん。涙が溢れちゃっています。ハンカチはおやつタイムの時に重清くんのお口の周りを拭くのに使っちゃったので、モモちゃんの涙は舐めちゃいますね」
──ちゅ。
ヒミコちゃんの唇が、涙が伝う頬に軽く触れる。
「――ふふ、ヒミコさん。恥ずかしいので、それはやめて下さいと、前にお願いしましたよね」
モモちゃんは顔を涙でくしゃくしゃにしながらも微笑んだ。
うんうん、これで丸く収まったね。
「ねーねー、なんだかヤオモモが本気っぽいけど、矢安宮が自家製ハチミツで回復が出来ちゃうの忘れてるのかなー?」
「うーん。どうなんだろ? ヤオモモは天然さんだから、本気なのか冗談なのか分かんない時が多いよね」
「うんうん。ヤオモモは賢いアホだからね。ウチら普通の女子高生じゃ理解しきれないよ」
「もう、そんな事を言ってはいけないわ。モモちゃんはA組女子の司令塔よ。戦略・戦術に関しては頭三つは抜けているわ。もっと尊重して上げてね」
「わかった! 戦闘全振りお嬢様なんだ。だから基本スペックは高い筈なのに、日常だとアホなんだね!」
「そっかー!」
「なるほど、考えてみればアホなのは日常生活の時だけ――あれ、そうだっけ?」
「響香ちゃん、それ以上は考えてはいけないわ。アドバイスとしては、心の棚に仕舞うのがコツよ。それじゃあ、これからはモモちゃんがアホ過ぎるときは、皆で助け合いましょう」
「うん、分かったー!」
「そうだね。助け合いは大切だね!」
「天然なお嬢様は仲間だもん!」
「ふふ、皆で頑張りましょうね」
そんな一致団結をする四人を見ながら、モモちゃんは溜め息混じりに呟いた。
「――ハァ、好き勝手言ってくれるあの方達を怒りたいところですが、皆で私を助けて下さると言われては泣き寝入りするしかありませんわ。なんて悪辣な方達なのでしょう」
「ふふ、そう言いながら照れる姿がカァイイのです」
「もう、そのような事を仰らないで下さい。その、私なんかよりヒミコさんの方が可愛らしいですわ」
仲良く寄り添うヒミコちゃんとモモちゃん。
それを見てニコニコしてる僕。
少し離れて『アホには負けないぞ! えいえいおー!』と気合を入れている四人組。
我関せずとソファに寝転んでテレビを見てるミルコ姉さん。
それら全てを眺めていた事務員さんが疲れたように溜息を吐いた。
その大きな溜息に、ピクリと動く兎さんの耳。
──兎さんは聞こえない振りをした。
*
燃えてるおっちゃんから、自分のヒーロー事務所に見学に来ないかと誘われた。
見学ついでに希望があれば、色々と指導もしてくれるそうだ。
これは、事務所同士が仲が良く協力関係にあるからだ。
「エンデヴァーの所ならいいんじゃねえか。うちは出来たばかりの事務所だからな。色々なノウハウを向こうから教えてくれるってんだ。良い機会だから勉強させてもらって来い」
ミルコ姉さんはあっさりとOKをした。急だけど、早速今日から泊まり込みでエンデヴァー事務所でヒーローインターンになった。
ちなみに、僕の週休五日制は、ママに笑顔でダメって言われたから夢と消えた。その時のママの笑顔は夢にも出てきた。――すごく怖かった。
ダメって言われてから三日間、僕達は力を合わせて一生懸命にヒーロー活動をしていたら、燃えてるおっちゃんから誘いが来たんだ。
「ハァ、三日連続はまだ早かった。まだ二日が限界だな。本当に今時の女子高生の相手は疲れるぜ」
事務所に遊びに来たエリちゃんを抱きかかえながら、ミルコ姉さんがブツブツ言っている。
腕の中のエリちゃんが、ミルコ姉さんを慰める様にその頭を撫ででいた。
うんうん、可愛い弟子とミルコ姉さんが戯れている様子はホンワカとした気持ちになるよね。
よしっ、暫くの間はエンデヴァーヒーロー事務所で一生懸命にヒーロー活動をするぞ!
──事務員さんが、何故かガッツポーズをしていた。
*
エンデヴァーヒーロー事務所のある街に着いたと思ったら、僕のヒミコちゃんが唐突に言った。
「流石はナンバーワンヒーローの地元なのです。空飛ぶお爺さんが普通にいますよ」
ヒミコちゃんが指差す方向に全員が視線を向けると、確かに空飛ぶお爺さんがいた。
「エンデヴァーも飛べますし、この地域では空を飛ぶ個性持ちが多いのでしょうか?」
「あれは操ってるガラスに乗ってるみたいだね。常闇の黒の堕天使と同じ要領だ」
「ケロ――技の推察はいいのだけど、あのお爺さんは周囲のガラスを奪っているわ。あれは普通に窃盗だと思うわ」
ここは物騒な街みたいだ。到着早々、窃盗犯に遭遇してしまった。
《本体、悪意は小さい。どうする?》
なるほど、悪意が小さい相手だからハーヴェストは遭遇前に対処はしなかったのか。
僕は万引き犯程度なら放置する方針だ。小さな悪意にまで対応していたらキリが無いからね。
「ねーねー、相手は窃盗犯でもお爺さんだよ。あんまり乱暴な事はしちゃダメだよ」
「うん、そうだね。それにあのお爺さんはボケちゃってるだけかもね。ほら、さっきから見てるけど、周りのガラスを集めて球体を作ってるだけだよ」
「ケロ――もしかして、童心に戻って遊んでるのかもしれないわ」
みんなもお爺さん相手に事を荒立てる気は無いみたいだ。
「じゃあ、お爺さんは穏便にお家に帰すって事でいいよね。ウチが呼びかけるから近寄ってきたら皆で説得しよう」
響香ちゃんはそう言うと、大きな声で呼び掛けた。
「おーい! お爺ちゃーん! ちょっと来てよーっ!!」
呼び掛けられたお爺さんは初めはキョロキョロとしていたけど、自分が呼ばれていると気付くとゆっくりと近付いてきた。
「なんじゃ、ワシに何か用かのう?」
「ケロ――そろそろお昼ご飯の時間よ。家に帰らないと心配されるんじゃ無いかしら?」
「ひょっ!? もうそんな時間か! うーむ、しかしワシには為さねばならぬ使命があるんじゃ」
「ご飯より優先する使命があるのですか?」
「うわあ、お爺ちゃんはスゴいねー! きっと大切で重要な使命なんだー!」
「うんうん、すっごいね! お爺ちゃんは使命を帯びたすっごいお爺ちゃんなんだ!」
「うむ、お主達にも分かるのか。その通りなのじゃ。光が! 闇を、終焉を招くのじゃ! ワシはそれを止める使命を帯びておる!」
みんなでお爺さんに話し掛けて情報を得ていく。その情報を元にモモちゃんが対応策を考えた。
「なるほど、理解しましたわ。光あるところ闇あり。明るければ影ができるのは当然です。影があれば足元がよく見えなくて危ないですもの。お爺様はそのガラスを操る個性を用いてレンズを作り、影をなくす街灯の代わりとして残りの生涯全てを捧げて、太陽光を集めて照射する生きた街灯となる覚悟でしたのね。なんて素晴らしい自己犠牲なのでしょうか! お爺様っ、その茨の道を歩まれる尊い志に感服致しましたわ! この私が全力を持ってお爺様が人間街灯として骨を埋めるに相応しい電柱を見つけてみせますわ!!」
「こ、この娘は何を言っとるんじゃ?」
「ふふ、遠慮はなしですよ。お爺様の想いは確かに受け取りました。もちろん、お爺様の残り少ない寿命だけでは十分な街灯人生は送れないでしょう。ですがっ、心配は無用ですわ! この私の叡智を持ってすれば、お爺様を生きながらにしてミイラへの加工処理を進めて差し上げますわ。そうすれば、寿命を迎えた瞬間から人間街灯からミイラ街灯として僅かなタイムラグも無しで街灯として街を照らす事が可能です!」
「い、いや、ワシは…そんなつもりは……」
「まあまあ、そんな事を仰らないで下さい。お爺様の気高い心はきっと明るい街灯となって人々を永遠に照らし続けるのですわ! さあっ、ミイラ処置にも時間が掛かります。早く街灯に相応しいレンズを成型なさって下さい! 私は適当な電柱を見繕った後は防腐処置用の薬剤を手に入れて来ますわね!」
「い、嫌じゃ!? そんな最期は嫌じゃ!! ワシは家に帰って婆さんと幸せな余生を過ごすんじゃーっ!!」
お爺さんは大声で叫ぶと、大きなガラス玉を放り出して走り出す。
「お爺様ッ!? どこに行かれるのですか!!」
「ワシは帰るんじゃーっ!!」
お爺さんは振り返ることもなく、全力で走って帰って行った。
その後ろ姿を眺めつつ、モモちゃんは満足げに頷いた。
「うふふ、これにて解決ですわ」
そして、その場に残された大きなガラス玉。
えいっと痛くない程度の力加減でポカリと殴る。
パァン、と弾けて飛んでいったガラスは、元の場所で元通りの形に戻っていった。
その見ようによっては幻想的に見えなくもない光景に、パチパチパチとギャラリーから拍手をもらえた。
拍手に応えて手を振っていると、僕の耳元でヒミコちゃんが囁いた。
「――人間を生きたままミイラにするという発想がサラッと出てくるのにビックリです。どうやらお嬢様という生き物を甘く見過ぎていたのです。あのですね、重清くんが機動兵器内で、お嬢様と二人きりになっちゃうのが心配なのです。これからは、私が護衛についた方が良くないですか?」
「失礼ですわよっ、ヒミコさん!」
「盗み聞きはダメですよ。親しき仲にも礼儀ありです。副委員長たるモモちゃんは、特に気をつけて下さいね。他の模範となる責任があるのです」
「うっ、確かにその通りですわ。申し訳ありません。これからは気をつけますわ」
「ふふ、分かってくれて嬉しいのです。モモちゃんは素直でカァイイですね。ギュッとしたくなっちゃうのです」
ヒミコちゃんはそう言いながらモモちゃんを抱きしめた。キャッと小さな悲鳴を上げたモモちゃんだけど、抵抗はしなかった。その表情を見れば満更でもない感じだ。
僕としては大きなモモ同士がモニュっとなって絶景だった。ギャラリーに見せたくないから自分の身体とクレイジー・ダイヤモンドを具現化させて壁にする。もちろんだけど、写真撮影も忘れない。パシャパシャパシャ。
写真撮影をしていると、ゴウッと音を立てて燃えてるおっちゃんが飛んできた。
「おお、重清ではないか! もう到着したのだな。フッ、相変わらず写真好きだな。ところでヴィランを見なかったか。破壊音や悲鳴が聞こえたと思ったんだが?」
燃えてるおっちゃんの言葉に周りを見渡す。まだ拍手をしてくれてる人や、燃えてるおっちゃんの登場に興奮して騒いでる人達がいるだけで悲鳴は聞こえない。破壊された建物なども見当たらなかった。
燃えてるおっちゃんの聞き間違いじゃないかな。僕達が来ちゃった所為で騒がしくなったからね。
「フハハッ、ミルコ特戦隊が来れば騒がしいのも当然だな。うむ、まだミルコがいないだけマシだったな。ミルコがいればこの十倍は騒がれているぞ。ヴィランの大規模襲撃と勘違いしていたかもな!」
燃えてるおっちゃんが豪快に笑っていると、爆発音と共に爆豪君が、そして氷と共に轟君が現れた。
「おいっ、ヴィランは何処だ!?」
爆豪君がギョロギョロと周りを見ている。僕のことは無視してる。これはいつもの事だ。入学当初に委員長とのことを揶揄う形になったのをずっと怒っているんだ。僕が悪いから仕方がないと思ってる。
「ん? 八百万か。他の女子も揃っているようだな」
「ええ、本日からお世話になりますわ」
轟君が僕達に気付いた。
モモちゃんと世間話を始めたけど、ナチュラルに僕のことをスルーしてない?
そして、二人から少し遅れて緑谷君が到着した。
「ヴィランは何処ですか!?」
ドンっと着地した緑谷君は、焦っているような、追い詰められているような、そんな余裕のないギラついた目で辺りを見渡した。
あっ、目が合っちゃった。
「矢安宮君……ハハ、君はいつも女の子といるね。余裕があるのが羨ましいよ――そんななのに、君はどうして…」
何だか含みのある言い方だ。最近の彼はいつもこんな感じだ。
前はこうじゃなかったんだけど、緑谷君はハイパームキムキなおっちゃんに憧れてるみたいで、僕がおっちゃんに登ったり、仲良くお喋りをしてるのを見て焼き餅を焼いたみたいなんだ。
僕としてもバーサーカーな正体に気付いてからは距離を取るようになったから、彼と仲良くなれる機会はなかった。
そんな僕達の様子を眺めていた燃えるおっちゃんは、何かを納得したように深く頷くと言った。
「よし! 今日のパトロールはここまでだ。事務所に戻って重清達の歓迎会をするぞ!」
やったー!
今日はご馳走だね!
「重清くん、食べ過ぎはお腹を壊しちゃうのでダメですよ」
「ヒミコちゃん、重清ちゃんの分は取り分けて上げましょう」
「梅雨ちゃん、ナイスアイディアです!」
「まあ、歓迎会だなんて大袈裟ですわ」
「ヤオモモ、ここは素直に喜んだらいいじゃん。もしこれが逆にミルコヒーロー事務所で人を迎えていたとしても、ウチらは同じように歓迎会をしてたよね。そんとき遠慮なんかされたら水臭いって思っちゃうよ」
「なるほど、確かにその通りですわ。では今日は全力でご馳走を食べますわ!」
「いや、ヤオモモの全力は本気でヤバいから腹三分目ぐらいで我慢しなよ」
「腹八分目ですらなく、三分目は酷い風評被害ですわ! それでは私が大喰らいだと勘違いされてしまいます!」
「ねーねー、アタシの三倍近く食べるんだから風評被害じゃなくてホントの事だよね? それとも、アタシが何か勘違いしてるのかな?」
「うん、そうだね。おやつタイムを忘れてるよ。ヤオモモは三奈ちゃんの十倍以上はオヤツを食べてるから大喰らいなんて過小評価過ぎて失礼だよ。最低でも『ブラックホールの胃を持つ女』ぐらいじゃないと機嫌を損ねちゃうよ」
「そうなんだー! じゃあさ、『吸引力の変わらないただ一つの胃を持つ女』とかはどうかな?」
「うんうん、良いと思うよ! 三奈ちゃんは覚えが早くて凄いね!」
「えへへ、褒められちゃった」
「ケロ――モモちゃんの視線の圧力が危険領域を超えたわ。二人ともそれ以上はダメよ。今日は壁になってくれるミルコさんは居ないのよ」
梅雨ちゃんの言葉に二人はササっと燃えてるおっちゃんの後ろに移動した。
そんなやり取りを見てた燃えてるおっちゃんはニヤリと笑って楽しそうだった。
さて、そろそろ燃えてるおっちゃんの事務所に向かおう。
僕らはワイワイと騒ぎながら歩き出す。
ただ、歓迎会を喜ぶ僕らとは対照的に、エンデヴァー事務所でインターン中の三人が微妙な顔をしているのが気になった。
*
燃えてるおっちゃんの事務所には三十人以上のサイドキックがいる。
そのお陰でイベントなどでの配役に困る事がなかった。
特にネオショッカーの戦闘員役は、大勢いる方が盛り上がるからね。
歓迎会でもキキィーッと挨拶をしてくれる人が多かった。
「重清! お前もインターンに来たのか!」
女幹部役がハマり役のバーニンが現れた!
インターンじゃないよ。
僕はただの見学会だよ。
見学に来たお客様だから優しくもてなしてね。
「ハハハッ、それは残念だ! 甘ったれな重清を扱けるかと思ったんだがな! うむ、だがそういう事なら仕方ない。お客様として歓待しよう。ほら、こっちに来い。私が手作りした料理を食わせてやるぞ」
バーニンにグイグイと手を引っ張られて連れて行かれる。
熱血なバーニンには、最初から見学だと言っておかないと強引に訓練をさせられるから注意が必要だ。
そんな厳しいバーニンも日常でなら面倒見のいいお姉さんだ。プライベートではモエ姉と呼ばせてもらっている。
だけど、彼女からヒーロー活動中はバーニンと呼べと言われていた。
公私の区別はちゃんとつける。ユウ姉とは真逆のタイプのお姉さんだ。
*
「チッ、エンデヴァーがこんな馬鹿騒ぎするなんてよ。最近のアイツは変じゃねえか?」
「そうだな。こんな催しなど、昔のエンデヴァーなら思いつきもしなかったはずだ。姉さんはこの変化を喜んでいて、よくエンデヴァーの妙なポーズの練習に楽しそうに付き合ってるよ。兄さんは『ヤベエよ!? 本格的に狂っちまった!!』とか言ってたけどな」
「そ、そうか。お前らは家族だもんな。色々と大変だな」
「かっちゃんが人の心配をするだなんて!? まさか委員長の次は轟君を狙ってるの!?」
「何の話だッ!? 本気でブッ殺すぞ!!」
「フッ、お前らは仲が良いな」
「え? 他人からはそう見えるのかなぁ。えへへ、かっちゃん。僕達ってお似合いみたいだよ」
「轟はそんな事言ってねえだろッ!! 台詞を捏造するんじゃねぇぞ!! それと轟のその目は節穴かッ!!」
「少し前にネット記事で読んだが、どちらが攻めか受けかでネット民は揉めてるらしいな。攻めとはツッコミ役の事なんだろ。それなら、どうみても爆豪が攻めだな」
「クソなネットを見てんじゃねぇよッ!! デクッ、テメエは頬を染めて照れんなッ!!」
*
「ワクワクしますわ! これは新たな三角関係に突入ですわね!」
「こら、楽しまないの。ヤオモモは麗日のキュービッド役なんだろ。何か作戦とかは考えてるわけ?」
「オーホホホホホッ、この知的で麗しいお嬢様である私に抜かりは御座いませんわ。作戦名『恋のジェットコースター大作戦』を立案済みです。イチャラブ内容はこうですわ。──ある日の放課後、突然の夕立にあったお茶子さんでしたが、しっかり者の彼女の鞄にはちゃんと折り畳み傘が入っていました。『流石は良妻賢母タイプの私だね!』そう自画自賛していた彼女は歩く先に、不自然に立ち止まっている人影を見つけました。お茶子さんは『こんな土砂降りの中で何をやっているのかな?』と不審に思いました。周りには誰もいない状況です。いくらヒーロー志望のお転婆少女な彼女でも少し心細くなります。『もし彼が隣にいたら腕に抱きつけるのになあ。それで彼は腕に感じる柔らかい感触にドキドキになる。そんな彼の様子に、私はおっぱいを当てていた事に気付いて頬が赤くなる。互いに意識するお似合いな男女。そんな初心な二人はこの時間が永遠に続けばいいのにと、仲良く同じことを考えるのね』そんな妄想をしながら、お茶子さんは足早にその場を通り過ぎようとします。そして、すれ違う瞬間でした。『ニャア』そんなベタな鳴き声が聞こえたのです。お茶子さんが振り返って見ると、そこには予想通りのダンボール箱に入った仔猫とその仔猫に傘をさしてあげているチンピラ――爆豪さんの姿があったのです。その爆豪さんの意外な行動にはお茶子さんも歯を食いしばります。『こんなベタ展開に私は負けないもん!』そう心の中で叫びながら、爆豪さん相手に芽生えたギャップ萌えに耐えます。その日は息も絶え絶えに帰路についたお茶子さんでしたが、脳裏からは、雨に打たれてずぶ濡れになりながらも仔猫に傘を与えて『ごめんな。拾って上げれないんだ』そう悲しそうに呟いて雨の中を駆け出した爆豪さんの姿が消えませんでした。はい、お茶子さんの妄想です。実際には爆豪さんは気まぐれで『汚ねえ捨て猫だな』と思って見ていただけです。お茶子さんが去った後はすぐ飽きて仔猫を放って帰っています。仔猫のことは心配ありませんよ。そのまたすぐ後に心清い乙女なお嬢様が、高級車で通りかかったのですぐさま救助いたしました。なんて慈悲深いお嬢様なのでしょう。仔猫と戯れる姿は天女の如しですわ。そして翌日、通学途中のお茶子さんは背後から声を掛けられました。『麗日さん、おはようございます!』ドキッと胸が高鳴ります。その忠犬のような純粋な好意に満ちた笑顔にお茶子さんの脳は暴走寸前です。爆豪さんに抱いた淡い想いなど吹き飛びました。はい、とても単純です。恋する乙女はこんなものです。ルンルン気分で緑谷さんと歩いていると、なんという運命のイタズラでしょうか。なんと轟さんが話しかけてきたのです。ここは爆豪じゃねえのかよ! と思われた方は多いと思います。フフ、世の中は奇想天外なものですわ。そして『麗日さん、おはよう』と、無表情で無愛想な挨拶なのに、その整った顔のお陰で破壊力は抜群です。真横に緑谷さんがいるというのにボーッとのぼせ上がってしまいます。真横にいる緑谷さんは当然ながらお茶子さんの様子に気付きません。気付くはずがありません。まるでギャルゲー主人公の様にニブチンな緑谷さんは普通に轟さんに『轟君、おはよう』と挨拶を返します。『ああ、緑谷もいたのか。おはよう』何ということでしょう!? 緑谷さんは挨拶を“返した”のでは無かったのです。緑谷さんは挨拶を“した”のでした。轟さんの眼中になかった緑谷さんですが、彼はへこたれません。爆豪さんとはまた違った魅力に溢れる彼に興味津々だからです。例えるなら野生のハイエナと血統書付きのシベリアンハスキーぐらいの違いが――」
「誰が野生のハイエナだぁッ!! このエセお嬢様はぶっ飛ばされてえのかッ!!」
「うわっ!? ビックリしたーっ! もうっ、人がウトウトしてるのに大声出さないでよ!」
「とんでもねえ妄想を垂れ流している横で寝てんじゃねぇよッ!!」
「爆豪さんは邪魔をしないで下さい。まだオープニングの途中ですわ。もうすぐ本編が始まりま――」
「本編なんていらねぇんだよッ!! っていうかどんだけ長編な妄想してんだッ!!」
「ふぁ〜あ、完全に目が覚めちゃった。さてと、麗日に連絡してヤオモモの作戦には乗らないように言って上げなきゃだね」
「――二人の男子に惹かれる緑谷さんを悲しげに見つめるお茶子さん。そんな彼女の気持ちになど全く気付かない緑谷さんですが、彼がお茶子さんを見つめる瞳にはとても優しい光を宿っています。思春期の男子のくせにエッチな気持ちが含まれない視線は、お茶子さんのハートをギュッと掴んで離しません。『あぁ、この無垢な子を私色に染め上げたい』そんな願望が乙女心の奥底から込み上げてしまうのです。けれど、お茶子さんは気付いてしまわれた! チンピラな爆豪さんと朴念仁な轟さんの瞳にもエッチな光が含まれていないことに! あぁ、揺れ動く乙女心はジェットコースター! お茶子さんの恋心の迷走は何処に向かうのでしょうか! 待望の本編は近日公開予定! 乞うご期待ですわ!!」
「……なぁ、轟。こんなのがうちの副委員長なのはおかしくねえか?」
「あ、すまない。聞いていなかった。もう一度、言ってくれないか?」
「……」
「あれ、緑谷の姿が見えないけど、どこに行ったの?」
「デクの行方なんぞ知るかぁッ!!」
*
「――フフ、お前はいつも美味そうに食べるな。こっちのも食え、一番の自信作だぞ。ほら、あーん」
バーニンの手料理はとても美味しかった。
*
歓迎会が終わった後、緑谷君に呼び出された。
張り詰めた空気を纏った彼は静かに言った。
「──僕が知る限り、未だ
──もちろん、僕は断った。
──最近、世の中が騒がしいです。
泥花市の動乱を切っ掛けとして、燻っていたヴィラン達が活性化したのです。
三日前は北の方で銀行強盗がありました。それは通勤途中のオールマイトが捕らえました。
二日前は南の方で宝石店強盗がありました。それは通勤途中のオールマイトが捕らえました。
昨日は東の方でコンビニ強盗がありました。それは通勤途中のオールマイトが捕らえました。
今日は西の繁華街でホークスが裸踊りをしていました。それは通勤途中のオールマイトが鉄拳制裁しました。
本当に物騒な世の中です。
それは平和だった筈の地元でも変わりません。
長年の間、ヴィラン空白地帯だった街でしたが、ここ最近は週末になると複数のヴィランが出没するようになったのです。
そのお陰でミルコヒーロー事務所は商売繁盛しています。重清くんのアドバイスがあるので出現位置も特定できます。
私達はミルコさんの指導下で戦闘経験を積み放題です。
その反面、平日は重清くんのアドバイスがないのでヴィランが全く出ません。ミルコさんもノンビリ出来ます。ウィンウィンの関係です。
そういえば、あのヴィラン連合も動き出しました。
泥花市の動乱によって壊滅した異能解放軍の残党を取り込んだのです。
組織名も『超常解放戦線』と改名しました。
ふふ、情報ダダ漏れの頼りない組織ですね。
とにかく、日本中でヴィランが増え過ぎるのは迷惑です。適度に間引いて欲しいです。
一番手っ取り早い解決方法は、オールマイトに日本全国を不眠不休で巡らせる事です。三日に一度ぐらい自家製ハチミツをオールマイトに注入したらバッチリです。ハーヴェストに頼めば簡単なのです。
たぶん一ヶ月ぐらいで解決します。
我ながらナイスアイディアだとは思うのですが、オールマイトは現役引退をしているので無理をさせるのはダメです。
現役時代のオールマイトのように馬車馬の如くヒーロー活動をしてくれる人はいないでしょうか?
──オールマイトの後継者。
そんな人がいれば全て解決するのですが、現実とはままならないものです。
ところで、明日からは冬休みになります。
ヒーローインターンの関係もあって、冬休み中は矢安宮家にお泊まりの予定です。
ミルコヒーロー事務所から近いので通うのが楽ちんです。
重清くんのママとは電話では話していますが、顔を合わせてゆっくり話せるのは久しぶりなので楽しみです。一緒にショッピングにも行くのです。
新しい料理を習う約束もしているのです。
重清くんの好物のレパートリーは少しずつ増えています。ママは料理上手なので、その味の再現は難しいですが、二人で料理をするのはとても楽しいです。
味見のプロを自称する重清くんの襲撃を防ぎながら、ママとお喋りをしながら料理をする時間は、幸せで大切なひと時です。
だけど、包丁を使う私の背中に、重清くんがくっ付いてくるのはとても危ないので止めて欲しいです。
それに後でママに揶揄われるので困ります。
重清くんを揶揄うと、自分の前ではしなくなると気付いたママは、最近は私だけを揶揄うようになっちゃいました。
あのですね、ママが孫を抱けるのは遥か未来なのです。予定とか聞かれても困ります。話を聞いていたエリちゃんには蹴られちゃうので痛いです。
ふふ、困らされる事はありますが、早くママに会いたいです。
──いつか、本当の意味でママと呼べる日が来るのを楽しみにしています。