重ちー(偽)のヒーローアカデミア   作:銀の鈴

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THE MOVIE〜ワールドヒーローズミッション〜

 

──見学会の期間は、轟家に泊めてもらう事になった。

 

トントンとリズミカルな包丁の叩く音が聞こえる台所。そこで料理の腕を振るっている可愛いエプロン姿の冬美さんは、とても機嫌良さそうな声色で言った。

 

「それじゃあ、出来たお皿から運んでね」

 

僕はハーイと元気よく返事をしながら、美味しそうな料理が盛られたお皿を居間へと運んでいく。

 

女子達はエンデヴァー事務所のサイドキック達から戦闘だけではなく、調査手法や捜索、追跡など様々な分野のスパルタ教育を受けてダウンしていたから、その分も手伝う必要がある。

 

もちろん、僕も燃えてるおっちゃんと見栄えのする新たなファイティングポーズの開発という過酷なミッションをこなしていたから疲れているけど、大切な彼女達に無理はさせたくない。ここは男子として格好つける場面だ。具現化させたクレイジー・ダイヤモンドにも手伝ってもらいながら、冬美さんのお手伝いをしている。

 

冬美さんというのは、轟君のお姉さんだ。とても美人で優しい女性だ。そういえば、初対面の時に燃えてるおっちゃんと冗談を交えながら話してたら、彼女は目をまん丸にして驚いていた。あれは何だったのかな?

 

「──お前は訓練を受けないのか?」

 

居間に行くと、何もせずにボケーと座っていた轟君に話しかけられた。

 

フッ、僕はスペシャリスト(治癒系ヒーロー)だからね。

 

他の細かい技術を覚える余力があるなら、治癒能力の向上に費やすよ。その方がより多くの人々を守る力となるからね。

 

「なるほど、納得できる答えだ。リカバリーガールにヴィランと戦えと言うアホは居ないのと同じ理屈だな。神野や泥花では、お前が居なければ被害は甚大なものになっていた。治癒に専念する考えは正しいな」

 

ウンウンと納得して頷いている轟君。なんでもいいけど、君も料理を運ぶのを手伝ってくれない?

 

 

 

 

冬美さんの手料理はとても美味しかった。これならいつでもお嫁にいけるね。

 

「こら、そういう物言いはダメだよ。今どき料理は女がするもんだって決めつけは流行んないんだからね」

 

僕の不用意な言葉に、響香ちゃんが苦言を呈した。その通りだと思うから素直に冬美さんに謝罪した。

 

ごめんね、冬美さん。

 

「え、そんな謝らないで! 私はなんとも思っていないわ。寧ろ褒められて嬉しかったぐらいだわ!」

 

「そうなんですか? よかったね、矢安宮。冬美さんが古風な感性の持ち主で。でも、これに懲りたら迂闊に女性を褒めたらダメだよ。ウチが相手なら家庭的だねとか、嫁に来てほしいとか、いくらでも言って大丈夫だけど、他所の女性にはダメだよ。今の時代だと問題にする怖い女性が多いからね」

 

冬美さんが簡単に許してくれてホッとしたけど、響香ちゃんの言葉にビクッとなる。

 

「フッ、重清よ。耳郎の言う通りだぞ。うちの冬美なら問題ないが、お前の感性は古い時代の男のものだ。今の時代だと下手をすれば訴えられるぞ。まあ、俺も人のことは言えないがな」

 

うん、男女平等な時代だもんね。これからは気をつけるよ。燃えてるおっちゃん。

 

響香ちゃんも教えてくれてありがとう。

 

「もう、ウチ達の仲じゃん。矢安宮が困らないように助けるのは当たり前だよ。だからね、こういう時はそんな堅苦しいお礼の言葉じゃなくて、サンキュって言いながら、ウチの頬に軽くキスをしてくれたらいいよ」

 

響香ちゃんはそう言いながら顔を横に向けて頬を見せた。

 

うん、それじゃあ――

 

「にゃにすんの、やおももぉ」

 

――ムニュッと頬をつねられる響香ちゃん。

 

「何をするの、じゃありませんわ。響香さんが珍しく堅い話をされていると不審に思っていたら案の定ですわ。まったく、轟家の食卓にお呼ばれされているのですから、こんな時ぐらいは猫を被っていて下さい」

 

「もう、離してよ。ヤオモモは酷いなぁ。ウチの玉の肌が傷ついちゃうよ。ねぇ、矢安宮。ほっぺた大丈夫かな? ちょっと見てくんない」

 

モモちゃんの手を払いのけた響香ちゃんは少し赤くなった頬を見せてくれた。

 

その頬に手の甲で優しく触れる。

 

「少し赤くなっていたが、もう治した。他に痛いところがあれば素直に言ってくれ。響香は意地っ張りな部分があるからな。本当に痛いのは我慢するから心配だ」

 

そう言いながら、訓練中に痛めていた部分(ハーヴェストが教えてくれた)を勝手に治す。我慢強い子は困るよね。

 

「えへへ、ウチのことをずっと見てくれている矢安宮には隠し事は出来ないね。ありがとね、治してくれて。それと――心配してくれて、嬉しかった」

 

そう言って、はにかんだ笑顔を見せる響香ちゃん。

 

そんな魅力的な響香ちゃんを見つめながら、この大切な女の子を守らなければいけないと、僕は改めて強く思った。

 

 

 

 

「そろそろ、響香ちゃんを本気でブン殴っても許されると思うのです」

 

「ダメよ。それはダメなことだわ。この手のこと(男女の恋の駆け引き)で暴力に訴えるのは、女の子として負けを認めるも同じだわ」

 

「ウン、そうだよー。暴力で済むならアタシだってとっくにヒミコちゃんを強酸の池に突き落と――ゴホンゴホン。暴力はんたーい!」

 

「そうだね、女の子なら女子力で勝負しなきゃだよ。重清君は暴力的な雰囲気が苦手だもん」

 

「女子力でしたら高貴なお嬢様である私ですわ。幼い頃から花道茶道は当然ながら、あらゆる習い事を通じて――」

 

「うーん。そういうのとはちょっと違うかなって思うよ」

 

「ヤオモモの女子力サーチ中――ピピピッ、たったの“5”か。ザコめ。っていう感じだよねー!」

 

「わ、私の女子力がたったの“5”ですの!?」

 

「モモちゃん、大丈夫なのです。以前にオールマイトの女子力を計測した時は“50”でした。元とはいえ、ナンバーワンヒーローの10%もあるのは凄いと思うのです」

 

「オールマイトはオジサンですわよ!? クッ、オジサンに負けるだなんて……ところで、ヒミコさんの女子力はいくつですの?」

 

「私ですか? 私は大したことないですよ。たったの5千程度です。幼い頃から重清君と男子の遊びをしていた為か、女の子らしさが乏しいのが悩みの種です。今は花嫁修行中ですね」

 

「ご、ごせん……な、なるほど、5銭なのですね。ええ、わかりますわ。女子力5銭。確かに大したことありませんわ。オーホホホホホ!」

 

「グルグルお目目のモモちゃんもカァイイのです!」

 

「言い出しっぺの透ちゃんの女子力が気になるわ」

 

「葉隠の女子力サーチ中――ピピピッ…ピ、ピピ、ボンッ。スカウターが壊れた!? バ、バカな。旧型のスカウターとはいえ2万は測定できるはずだぞ! って感じだよー!」

 

「もう、私の女子力はそんなに高くないよ。揶揄ったらダメだからね!」

 

ワタワタと両手を大きく振って否定する透ちゃん。僕には見えているけど、その頬は赤く染まっていて可愛かった。

 

「なるほど、私から見ても何だか可愛いわ。これで、ナイフを隠し持つ癖さえ無ければ完璧だったわね――ケロ」

 

 

 

 

目の前でワイワイと騒ぐ焦凍の同級生達。その光景に思わず笑みが溢れる。

 

お父さんも楽しそうな雰囲気を漂わせながら食事をしている。重清くんに突っ込みを入れる姿には夏雄と焦凍も目を剥いていた。

 

「チッ、クソ親父が。他所のガキには愛想良くしやがってよ。全く調子が良すぎるぜ。――いや、あれは少し……だいぶ不自然じゃねえか?」

 

「夏雄兄さんの言う通りだな。親父はあんなキャラじゃなかった。俺が思うに脳を弄られたんだと思う」

 

「それだ! 親父は宇宙人に攫われて脳改造されたんだ。やったぜ! 早速、宇宙人にお礼を言おうぜ! エンベラーエンベラー」

 

「ちょっと待ってくれ。親父の脳を弄ったのは宇宙人ではなく、俺は矢安宮だとにらんでいる。奴はそういった倫理観に反した行いでも、男相手なら平然で実行するお気楽さがある」

 

「へえ、同級生のお前が言うのなら説得力があるな。確かに噂に聞く重ちーの女尊男卑(トガ大好き)を考えれば、親父がトガに暴言のひとつでも吐こうものなら速攻で報復をするだろうな。その結果が脳改造なら納得できる」

 

「そうだろ。だから感謝するなら矢安宮だ。親父が少しでもマシになれば……母さんも喜ぶと思う」

 

「そうだな。クソ親父が今更どう変わろうと俺は許せないが、母さんの心理的負担は軽くなるはずだ。ここは重ちーに感謝の念を送ろう。エンベラーエンベラー、クソ親父の脳改造ありがとうございました」

 

「エンベラーエンベラー、俺からも礼を言わせてもらう。矢安宮、ありがとう。そして、もっと脳改造を進めて親父を真っ当な人間にしてやってくれ」

 

弟二人の様子に頭が痛くなってきた。

 

エンベラーエンベラーと唱えて拝んでいる二人は本気なのかしら?

 

お父さんからそれとなく重清くんとの関係を聞いている身としては苦笑するしかない。

 

お母さんのことを考えれば、私だって複雑な思いはあるけど、轟家を温かい家庭にするには今をおいてチャンスはないだろう。

 

重清くんの影響で、お父さんは穏やかな(奇妙なノリの)性格になってきている。普通の家庭とはいかなくても、今までのギスギスした雰囲気は一掃できる筈だ。

 

ミルコ特戦隊の子達がいるお陰で、明るいノリの食卓はとても空気が良い。このまま弟達も同じノリに染まってくれれば、地獄の轟家は消滅してコメディの轟家に――あれ、それで良いのかな? ううん、それでいいのよ!

 

深く考えたら負けよ! そう自分に思い込ませながら、私はミルコ特戦隊のノリを身につけるため、勇気を出して一歩踏み出した。

 

 

 

 

その日、エンデヴァー事務所での見学会は熾烈を極めた。

 

朝は準備運動をバーニンとした。ヨイショヨイショと協力し合いながらの柔軟運動で触れ合ったバーニンの色々は柔らかかった。

 

午前中は、燃えてるおっちゃんと次の合同イベントでの舞台について激しく意見を交わし合った。バーニンは僕の意見に賛同してくれた。

 

昼食時には、料理上手のバーニンが作ってくれた弁当に舌鼓をうちながら堪能した。

 

食休みには、バーニンの膝枕で休みながらお喋りに花を咲かせた。

 

午後からは、バーニンのパトロールに付き合いながら街の子供達と戯れた。

 

三時の休憩時には、バーニンと流行りのお店でパフェをアーンし合いながらプロヒーロー同士の友情を深めた。

 

夕方は、早上がりだったバーニンに誘われて付き合ったドライブ後、雰囲気の良いレストランで早めのディナーをご馳走になった。

 

食後は夕陽をのんびり眺めながら互いの夢を語り合った。

 

轟家に戻ったのは、日が暮れた後だった。

 

うん、本当に忙しい一日だったんだ。

 

「私の重清くん。それが言い訳で本当に良いのですか?」

 

割り当てられた部屋にコッソリと戻った僕を待っていたのは、ニコニコと満面の笑みを浮かべたヒミコちゃんだった。

 

僕には分かる。

 

伊達にヒミコちゃんのご機嫌伺い研究の第一人者を名乗っていない。

 

ヒミコちゃんは笑顔だけど、今はとても危険な状態なんだ。

 

次に発する言葉を間違えれば、一週間は口を聞いて貰えないだろう。だけど、僕には臆する必要など微塵もない。僕のヒミコちゃんへの言葉を間違えるわけがある筈がないからだ!

 

さあっ、ヒミコちゃんの笑顔を本物の笑顔へと変えて見せる!

 

──両膝は揃えて曲げる。両手は大地を支えるように目の前に置き、頭は深々と下げる。

 

「心配させてごめんなさい、僕の大切で大好きなヒミコちゃん」

 

ヒミコちゃんと僕との間で言い訳など不要だったんだ。

 

ただ気持ちを込めて謝ればいい。

 

必要なのは誠意なんだ。

 

「ハァ、本当にハァなのです。溜息しか出ないのです。まったく、言い訳を繰り返さないのは良いのですが、重清くんは謝ればいいと思ってはいませんか?」

 

ギクッ!?

 

そ、そんなことないよ?

 

未来のお嫁さんを悲しませた罪はとても重いと自覚しているんだ。

 

当然だけど、僕は責任を取り、悲しませた以上に喜ばせる為に未来のお嫁さんを遊びに連れて行く。

 

そこは信用して欲しい!!

 

「ハァ、堂々とそんな都合のいい事が言える重清くんには腹が立つ前に呆れちゃいます。それとサラッと未来の……お、お嫁さんとか言わないで下さい! そういうのはもっと…その……ああもうっ、今回は許して上げますけど、これからは日が暮れる前には帰って来て下さい!」

 

やった! 許して貰えた!

 

ドスドスと足音を立てながら部屋を出ていく後ろ姿を見送りながら、僕はホッと胸を撫で下ろした。

 

ふぅ、シャチのおっちゃんに女の子には言い訳をせずに素直に謝れって助言を受けたことを思い出せて良かった。

 

うんうん、亀の甲より年の功だね。

 

ホッとしたら小腹が空いちゃった。僕は夜食をねだりに冬美さんの部屋へと向かった。

 

 

 

 

冬美さんの部屋から争う声が聞こえてきた。

 

「姉さんには悪いけど、クソ親父を許すことは出来ねえよ!」

 

「夏雄の気持ちは分かるわ。それでもこのままだと家族がバラバラになってしまうわ」

 

「でも、それでも! 俺にはあのクソ親父がしたことは許せねえんだ!!」

 

「冬美姉さん。兄貴は頭が固いんだ。もう仕方ないから兄貴は死んだものだと諦めて、俺と二人姉弟だと思って仲良くしよう。冬美姉さんの為なら親父とだって上手くやるよ」

 

「焦凍は何言ってんだ!?」

 

「焦凍……もう、それしか残された道はないのかしら?」

 

「姉さんまで何言ってんだよ!?」

 

「冬美姉さん。たった二人の姉弟なんだ。力を合わせて幸せな家庭を作ろう」

 

「うん、そうだね。たった二人の姉弟だもん。笑いの絶えない温かい家庭を作ろうね。それで、いつかお母さんが戻って来たときに笑顔で迎えようね」

 

「うん、冬美姉さん!」

 

「焦凍!」

 

ヒシっと抱き合う姉弟の姿は感動的だった。

 

「チクショウ!! 俺はいらない子かよ!!」

 

夏雄さんが叫んで家を飛び出して行った。

 

そんな彼の後ろ姿を心配そうに見つめていたのは冬美さんだった。

 

「ねえ、焦凍。本当に今ので良かったのかしら?」

 

心配そうな冬美さんとは裏腹に、轟君はお姉さんを抱き締めたまま清々したように言う。

 

「ショック療法だよ。兄貴の考えを変える為にはこのぐらいしないとダメなんだ。俺としては、冬美姉さんが一生懸命に頑張っているのにそれを無碍にする兄貴なんか地獄に落ちればいいと思うけどね」

 

「もう、そんな酷いことは言わないで。兄弟なんだから仲良くしてね」

 

「うん、分かってるよ。冬美姉さんの為なら頑張って仲良くするよ」

 

「ええ、お願いね。ところで、いつまで抱き合っていれば良いのかしら?」

 

「……寮に入った所為で、冬美姉さんに甘えられる機会が減ったんだ。もう少しこのままでも良いだろ」

 

「ふふ、焦凍はいつまで経っても甘えん坊さんね」

 

この後、姉弟は一時間ぐらいイチャイチャしてた。

 

 

 

 

数時間後、いつもと様子が違う燃えてるおっちゃんと夏雄さんが帰ってきた。何故かボロボロになってる爆豪君と緑谷君が一緒にいた。

 

特に興味は無かったから話はせずに寝ることにした。

 

 

 

 

公安委員会からエンデヴァー事務所に緊急依頼がきた。ヒーローインターン中の三人も参加するらしいけど、僕らの見学会はここまでのようだ。

 

所長室で、燃えてるおっちゃんにその事を告げられた。

 

「すまないな。任務先は海外ゆえに部外者のミルコ特戦隊は同行させれんのだ」

 

ううん、別に気にしなくていいよ。わざわざ海外に行ってまでヒーロー活動なんてしたくないもん。

 

「重清は相変わらずやる気がないな。次の機会があればその根性を叩き直してやるぞ」

 

僕のやる気のない言葉に燃えてるおっちゃんは苦笑するだけだったけど、所長室で控えていたバーニンが口を挟んできた。

 

バーニンも任務に行くんだよね。海外では気をつけてね。バーニンは猪突猛進な爆豪君に似てるようで、実際には冷静な人だから無茶はしないって信じてるけど、現場だと何が起きるか分からないからね。

 

「ああ、任せろ。重清に無事な姿を見せれるように気をつけるぞ」

 

ニヤリと笑って胸を叩くバーニンだけど、なんだか心配だ。よし、ハーヴェストを護衛につけとこう。

 

ハーヴェストよ。というわけで、バーニンをよろしくね。

 

《了解した。百体ついてく》

 

うんうん、ハーヴェストが百体いれば安心だね。ホッと安心してバーニンに再び目を向けた。

 

ん? って感じで僕を見つめ返すバーニンの頬に触れる。これで遠隔治癒の付与完了だ。

 

「まったく、重清は心配性だな」

 

あえて遠隔治癒のことは口にしなかったけど、バーニンは察したみたいだ。頬に触れている僕の手に自分の手を添えると穏やかに微笑んだ。

 

少しだけ目線が上のバーニン。彼女との距離をスッと詰めて額同士をコツンと合わせる。

 

「プロヒーローとしてのバーニンは信頼している。だが、一人の女性としてのモエを心配するのは男としての習性みたいなものだ。そこは大目に見てくれ」

 

見開いた黄色の瞳を真っ直ぐに見つめながら許しを請う。俺なんかより余程優れたヒーローの彼女を心配する傲慢を見逃して欲しいと。

 

互いの吐息を感じながら、僅かばかりの時が流れた。

 

黄色の瞳は何か言いたげに揺れていたが、彼女の唇は震えるだけで言葉を紡ぐことはなかった。

 

俺の手に添えていた彼女の手に一瞬だけ力が入り、そして離される。

 

モエは俺から距離を取ると、儚げな笑みを浮かべた。

 

「──日本に戻ったら今度はお前がディナーを奢れ。それで……忘れてやるよ」

 

その笑みがモエらしくないと思った。突如、何かを失いそうな不安感に襲われて、目の前の彼女を反射的に抱き締めた。

 

掠れた吐息のような声が耳元で聞こえた気がした。炎のように熱い身体がその存在を強く主張していた。触れ合った部分から彼女の熱い情熱がその想いを訴えてくるような気がした。

 

首筋に顔を埋めると、熱気と共に彼女の匂いが胸一杯に入ってくる。二人の距離が限りなく近く感じた。

 

どれだけの時間が経ったのだろうか。

 

儚げな雰囲気はいつの間にか霧散していた。安心した俺はようやくモエの身体を離す。

 

輝く黄色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。

 

「──前言撤回だ。甘ったれなお前は小娘どもには任せられん。日本に戻ったら参戦してやる。精々覚悟しておくんだな!」

 

彼女の言葉の真意はよく分からなかったが、元気になった姿にホッとした。

 

「ああ、戻るのが遅ければ、外国だろうと我慢し切れずに攫いにいくぞ。それが嫌なら早く戻ってこい」

 

炎のように揺らめく髪を撫でながら、俺はモエの無事を願う。

 

近くに立つエンデヴァーが珍しく汗をかいていた。それほど暑ければ身体の炎を消せばいい。そう思ったが、モエの顔も赤かった。部屋の暖房が効きすぎているのか?

 

どこかで『がおー』と聞こえた気がした。

 

──寒気がした。これは風邪だな。今日は早く寝よう。

 

 

 

 

「公安委員会からの緊急依頼だと? んなモン来てねえぞ」

 

ミルコヒーロー事務所に緊急依頼は来てなかった。エンデヴァー事務所以外にも多くのヒーロー事務所に緊急依頼は出されたらしいけど、何が起こるか分からない海外任務だから希少な治癒系がいるミルコヒーロー事務所は温存されたのかな?

 

「そうだろうな。言っちゃアレだが、私みたいな戦闘特化のヒーローなんぞ幾らでも代えはいるが、治癒系はそうじゃねえ。私が公安の人間でも重清は海外に出さねえよ。負傷したヒーローは帰国してから治させればいいんだからな」

 

ミルコ姉さんも同意見だった。

 

うんうん、公安委員会は治癒系ヒーローを大切にしてね。

 

 

 

 

──メリッサと雄英高校に来た。

 

日本語は得意だけど、日本自体にはあまり訪れたことがない彼女を時間を見つけては色々な場所に案内しているんだ。

 

セキュリティの厳しい雄英高校は本来なら外国人は簡単には見学できないけど、メリッサはハイパームキムキなおっちゃんが身元引受人になっている。ほぼ顔パスで見学許可をもらえた。

 

「うわあ、ここが雄英高校なのね!――思っていたよりレトロな雰囲気ね」

 

あはは、メリッサが通っている科学技術最先端のI・アイランドのアカデミーと比べれば、日本有数の雄英高校でもレトロに感じるんだね。

 

「あっ、雄英高校を悪く言ったつもりじゃないの。ほら、マイトおじさまや重清君がいる場所だから最新技術に溢れていると思っていたの」

 

それはないよ。研究機関の側面もあるアカデミーと違ってここは純粋な教育機関だからね。一般化されていない最新技術よりも、安定した性能が保証された既存技術が優先されるんだ。

 

「うん、それはそうだね。アカデミーでも想定外の事態は偶に発生するわ。その原因究明と対策もカリキュラムの一環の様な扱いだけど、そんなのアカデミーだからこそだもの。他所では適用できないわね」

 

雄英高校の現状に納得したメリッサは気分を新たにして周りの観察を再開した。

 

「そういえば、雄英高校にはアイテム開発をするサポート科があるのよね。どんなサポートアイテムを開発しているのか見せてはもらえないかしら?」

 

うん、いいよ。知り合いの先輩がいるから頼んでみるね。

 

メリッサを連れて知り合いの絢爛崎美々美先輩がいつもいる研究室を訪ねる。

 

美々美せんぱーい!

 

美々美先輩のビックリドッキリメカをメリッサに見せてあげてー!

 

「こーら、私の絢爛崎号はビックリドッキリメカじゃないわよ。美しさと機能性を併せ持った装甲車だって何度も言わせないの。それにお客様を連れてくるなら前もって連絡しなさい。急だと大したおもてなしが出来ないじゃない」

 

いつもの様に研究中だったけど、面倒見の良い美々美先輩は突然来た僕らを快く招き入れてくれると、手際よく飲み物とお茶菓子を用意して出してくれた。

 

このお茶菓子は美々美先輩の手作りなんだ。意外といけるからメリッサも遠慮せずに食べてよ。

 

「こら、そんな言い方は絢爛崎さんに失礼でしょ。ごめんなさい、重清君は常識知らずだけど悪気はないの。許して上げてね」

 

「うふふ、この程度で気を悪くするなら重ちーとは付き合ってないわ。それに男の子はこのぐらいヤンチャな方が可愛いわよ」

 

「ふふ、そうよね。ヤンチャな男の子って可愛いわよね。別に真面目な子がダメってわけじゃないんだけど、元気いっぱいな姿を見てると、こっちも元気をもらえてインスピレーションまで湧いてきちゃうわ」

 

「あら、貴女もそうなのね。私も騒動を重ちーが起こすたびにワクワクしちゃうの。この前はセメントス先生とコンクリート造形勝負をして、校舎のコンクリートを全部使って巨大オールマイト像と巨大ミッドナイト像を作ったのよ。お陰で校舎が鉄筋だけになってしまったわ」

 

「ふふふ、そんな事をしちゃったのね。話を聞いただけで、巨大像の前で得意げになってる重清君の姿が目に浮かぶわ」

 

うんうん、そんな事もあったね。

 

あの後、セメントス先生と一緒に校長先生に叱られちゃったけど、ミッドナイト(ネムリ先生)が喜んでくれたから良い思い出なんだ。

 

美々美先輩とメリッサは同じ歳だし気も合ったみたいだ。サポートアイテムの話もし出して盛り上がっている。

 

美少女な二人の華やかな雰囲気を楽しんでいると、ハーヴェストから思念がきた。

 

《本体、爆弾を積んで走行中のトラックを見つけた》

 

爆弾?

 

工事用とかかな。

 

《使用目的はテロ用。現在は目的地に運んでいる。爆弾の制御装置は最新技術が使われている。単純に破壊したら爆発する。遠隔操作型のため爆発は随時可能》

 

疑問への答えに溜息がでた。折角のお茶会なのにテロだなんて迷惑だ。

 

《トラック止める?》

 

うん、どこに向かっているのか調べたいところだけど、県外だと射程距離を超えちゃうかもだからね。トラックは止めれる時に止めておこう。とりあえず、僕が向かうまでパンクでもさせて時間稼ぎをしておいて。

 

《了解した》

 

ハーヴェストとの会話が終わり、周りに気を向けると、メリッサ達の話し声が聞こえない事に気付いた。

 

メリッサ達の方に顔を向けると、二人は真剣な表情でこちらを見ていた。

 

その真剣な表情は、覚悟を決めた人のものだ。

 

なるほど、女の子は勘が鋭いね。

 

僕の様子から何かがあったんだと察したみたいだ。

 

メリッサと美々美先輩は、二人ともがお節介と言えるほど面倒見の良い女の子達だ。

 

僕だけで行こうと思っていたけど、この二人の様子だと行かせてはくれないだろう。それならここは素直に二人の力を借りよう。

 

──片足を軽く曲げて立ち上がる。両腕を頭の後ろで組み、顔は少し横に向けた。

 

「ゴゴゴゴゴゴゴッ。遠隔操作型爆弾を積んだテロリストのトラックを見つけた。美々美、一つ聞くが、美々美号には電波遮断機能はついているのか?」

 

「ええ、シールド装置をつけているわ。車内にさえ爆弾を運び入れたら遠隔での起爆はされないわ」

 

「メリッサ、爆弾の制御装置には最新技術が使われている。お前の知識で対応可能か?」

 

「安心して。電子制御ならアカデミーは世界最高峰よ。I・アイランド外で実用化されている電子技術なんて数世代は前のものだもの。その解析なら容易よ」

 

「よし、ならすぐに出発するぞ。二人ともついて来い」

 

優秀な二人を率いて、俺は現場へと向かった。

 

 

 

 

「――じゃあ、後はよろしくお願いします」

 

トラックを止めた場所は、ミルコヒーロー事務所の縄張りではなかったけど、知り合いのヒーローの縄張りだった。

 

泥花での一件でも協力してもらったヒーローだったから、今回の現場は譲る事にした。

 

「本当に譲って良かったの? 起爆の無効プログラムをメリッサが組んでくれたのに、それまで無償で渡しちゃうなんて」

 

「私ならいいわ。あの程度の解析とプログラム作成で功績を誇ったりしたら、パパに笑われちゃうもの。重清君もこれ以上は関わり合いたくないみたいだしね」

 

メリッサが組んだ無効プログラムがあれば、遠隔操作が逆に仇となって世界中だろうと爆弾の無効化ができる。

 

だけど、二人をこれ以上テロ組織に関わらせるのは危険だ。僕なら兎も角、メリッサや美々美先輩がテロ組織の標的にされない為にも関わらない方がいいと判断したんだ。名前も表に出さない方がいい。あとはプロヒーローに任せよう。

 

「なるほど、重ちーは慎重なのね。まあ、なんだか怪しいけどね」

 

「これ以上関わったら公安委員会や警察とも連携して対応する必要があるもの。残りの冬休みなんて吹っ飛んじゃうわ。重清君はそんな面倒なことはしたくないのよね」

 

「なるほどね。重ちーらしい理由で納得したわ。本当に面倒臭がりな困った子ね」

 

……。

 

さあっ、二人には協力してもらったからね。

 

お礼にケーキでも奢るからアーンして食べさせてよ。

 

「うふふ、重ちーらしいお礼ね。それならお勧めのお店があるからそこにしましょう」

 

「もう、美々美は甘いわね。通りで重清君も遠慮なく中二病になるはずだわ」

 

あの時(中二病)の重ちーは格好よかったわ。いつもの可愛い重ちーとは別の魅力があると思わない?」

 

「ふふふ、否定はしないわ」

 

華やかな二人を率いて、僕は颯爽とケーキを食べに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 





──世界規模の大事件が発生しました。

世界各国に拠点を持つ“ヒューマライズ”を名乗る団体が、個性を暴走させて崩壊に導く爆弾。個性因子誘発爆弾(イディオトリガーボム)を世界25ヵ国に仕掛けたのです。

既に被害を受けた地域もあり、世界中のヒーローが集結する事態となりました。

日本からも多くのヒーローが派遣されたのです。

私達のヒーロー事務所には、公安委員会の思惑もあったらしく依頼はされませんでしたが、同級生の多くは外国に行かされちゃいました。

世界規模の大事件に仮免許の学生を派遣するだなんて、公安委員会の正気を疑う暴挙ですが、私達には関係ないので別にいいです。

他のヒーロー事務所でお世話になっているお茶子ちゃんだけが心配でしたが、幸いにもそのヒーロー事務所は零細事務所だったので、公安委員会の声は掛からなかったのです。

ビバ! ガンヘッドなのです。

結局、この大事件は大勢のヒーロー達による数の暴力で解決しました。

【戦争は数だよ兄貴!】

重清くんが好きな言葉通りの結果ですね。

兄貴が誰を指しているのかは不明ですが、群体のハーヴェストを擁する重清くんは、誰よりも数の力を知っています。

泥花市の動乱でも、重清くんは初手で応援を呼びまくりました。自分の力だけで何とかしようという面倒くさ――無謀なことは考えなかったのです。

コネを最大限に活用して数の力を準備しました。

一人では成せないことでも二人でなら可能となるかもです。それが三人、四人と増えていけば人の可能性は無限に広がっていくかもなのです。

つまり、逆に考えると一人ぼっちのお茶子ちゃんは、数の暴力に晒される側になっちゃいます。

何とかして、私達のヒーロー事務所に取り込みたいです。事務所の数の力を増やしたいのです。数を増やしたいとはいえ、実際には無闇矢鱈とは増やせません。信用できる人しかダメです。

はい、そうなのです。想い人のいるお茶子ちゃんなら信用して迎え入れることが出来ます。

私の重清くんに手を出さず、私の重清くんの盾となり槍となってもらえるのです。気心が知れている相手なので、お買い得な人材ですね。

想い人といえば、緑谷君が外国で指名手配をされました。

大量殺人犯だそうです。

A組からとうとう殺人犯を出しちゃったのです。

そもそもが、A組担任の相澤先生が一目で不審者だと判断される怪しい風体の人物です。

ギョロリと如何わしい目付きで、生徒の肢体を舐めるように見るのが日常茶飯事の問題教師なのです。

その教え子から大量殺人犯が出ても、さもありなん、と世間からは納得されちゃいます。

私や重清くんの様な品行方正な生徒にまで風評被害が及ぶので迷惑です。

今回の指名手配は誤報だったのですが、『いつか、バーサーカーな緑谷君は本当に誰かを殴り(蹴り)殺すかもしれない』と、怯えながら呟く重清くんの言葉に、いつもはニコニコしているネジレちゃん先輩が、珍しく真剣な表情で頷いていたのが印象的でした。

普段の行いは重要です。そう改めて思いました。

ふふ、品行方正な私や重清くんにはあまり関係のない話ですけどね。

あれ、モモちゃんはどうして変な顔をして私を見ているのですか?








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