──深刻そうな顔をしたお茶子ちゃんの相談を受けた。
「デク君をクレイジー・ダイヤモンドで殴って、元のデク君に戻せないかな?」
重度な人間不信に陥った緑谷君には、専門の心理カウンセラーが呼ばれたけど無駄足だった。
外部から呼ばれた見知らぬ心理カウンセラーに、緑谷君が警戒心を解かなかったからだ。
まるで親の仇を見るような目で威嚇し続ける緑谷君の姿に『もう少し時間を置きましょう』と言い残すと、気弱そうな心理カウンセラーは逃げるように去ってしまった。
「矢安宮君なら元に戻せるよね! 元の優しくて、いつも一生懸命で、ヒーロー活動の為なら平気でズタボロになって、一つの事に夢中になったら周りにかける迷惑には全く気付かない、そんな日常生活にはちょっぴり難のあるデク君に戻せるよね!」
お茶子ちゃんの最後の望みを託すような必死な叫びには心が揺さぶられる。
うーん。だけど、僕としては今の緑谷君は悪くないんだよね。
バーサーカーとして狙われていた頃は迷惑を感じる相手だったけど、今はとても親切になったんだ。僕らはもしかして生き別れた兄弟だったのかな? と思えるほどにあれこれと世話を焼いてくれる。梅雨ちゃんが居ない時なんて『代わりに膝枕をしようか?』なんて言ってくれるほどだ。
もちろん、男子に膝枕をされる趣味はないから女子の姿にしてから膝枕をしてもらった。してもらった直後に爆豪君に襲われたから逃げ出したけどね。
「もう、あれは君が悪いよ。矢安宮君だって、もしもヒミコちゃんが爆豪君に膝枕をしてあげてるのを見たら怒るでしょ」
僕のヒミコちゃんの膝枕に爆豪君が!?
その場面が稲妻のように脳内を駆け巡った。
──クレイジー・ダイヤモンド。
具現化させたクレイジー・ダイヤモンドの全身から空間を歪めるほどのオーラが立ちのぼる。
《本体の本気を感知しました。これより全力モードに移行します》
五千体以上のハーヴェストからも異様な雰囲気のオーラが放たれる。
生命力エネルギーが具現化したクレイジー・ダイヤモンド。そして、精神エネルギーが具現化したハーヴェスト。
表裏一体の二つの存在が、激烈な怒りによって爆発的にそれぞれのエネルギーを高めていく。
──両足を大きく開いて立ち、右手で胸元を大きく開く。胸の奥底から怒りが溢れ出た。
《本体の無意識によるリミッターの解除を感知しました。これにより、クレイジー・ダイヤモンドの完全使用が可能です》
御託はいらん。さっさと本気を出せ。
《了解です》
ハーヴェストという群体そのものに莫大な生命エネルギーが流れていくのを感じた。
まるで底が抜けたバケツのようなそれは、俺の命を容易く奪う程の勢いだ。
だがッ、それがどうした!!
俺から
ポケットから自家製ハチミツの入った瓶を取り出してがぶ飲みしながら高らかに吠える。
「爆豪ッ!! てめえは俺を怒らせた!!」
俺の怒りに呼応して、五千体以上のハーヴェストの右手。その全てから“クレイジー・ダイヤモンド”が具現化される。
「はわわっ!? クレイジー・ダイヤモンドがいっぱいやね!」
──ちなみに、ハーヴェストの右手は二つあるからクレイジー・ダイヤモンドは一万体以上になった。
*
──相澤先生に職員室で説教された。
うぅ、酷いと思う。
可愛い教え子の個性が覚醒したのに説教するなんてあんまりだ。
雄英高校の敷地内のハーヴェストからしかクレイジー・ダイヤモンドは具現化させなかったのに、無駄に騒動を巻き起こしたって責めるのはパワハラじゃないかな。
梅雨ちゃんの膝枕に顔を埋めながら、相澤先生の非道を梅雨ちゃんに訴えた。
「もう膝枕に顔を埋められるのは諦めたけど、校内のいたるところでクレイジー・ダイヤモンドをいきなり具現化するのはダメよ。もちろん、重清ちゃんの個性が覚醒してパワーアップしたのは喜ばしい事だわ。見渡す限りのクレイジー・ダイヤモンドの集団は、仲間内から見ればとても頼もしかったもの。でもね、あまり馴染みのない人達から見れば、同じ姿形をした筋肉ムキムキの大男集団が突然現れたら驚いてしまうわ。もしかしたら、恐怖を感じた人もいたかもしれないわ。ねえ、重清ちゃんなら分かるわよね」
――うん、分かる。
僕だっていきなり知らない筋肉ムキムキな大男集団が現れたら怖いもん。
梅雨ちゃんゴメンね。全部、僕が悪かったんだ。これからは、何かをする前にはちゃんと声を掛けるね。
「重清ちゃんはえらいわ。ちゃんと反省して謝られるならもう大丈夫ね。他の人達も怒ってはいないから安心していいわ」
頭を撫ででくれる梅雨ちゃんの手の感触に安心する。
いつも優しく接してくれる梅雨ちゃん。ふと、彼女の顔が見たくなる。
グルリンと身体を上向きにした。
いざ顔を見ようと視線を向けたら目に飛び込んだのは彼女の顔ではなく、柔らかそうな二つのモモだった。
邪魔だなと思った。普段ならそんなことを思わないのに、気落ちしてた所為なのか、今は柔らかそうな二つのモモが邪魔に思えた。
だから、僕は声を掛けた。
「僕の梅雨ちゃん。顔が見たいからモモを抑えるね」
両手を伸ばして二つのモモをムニュっと抑えると、可愛い梅雨ちゃんの顔が見えた。
あれ、頬が赤いような?
「――私の重清ちゃん。何かをする前に声を掛けたのはえらいわ。うふふ、だけどね。声を掛けたら何をしてもいいわけじゃないのよ」
頬を赤く染めた梅雨ちゃんの微笑みは凄く可愛いけど、とても嫌な予感がする。
うん、失敗したみたいだ。
冷静さを取り戻した僕は、己の失敗を素直に認めた。だけど、せめて言い訳を聞いて欲しい。実は最近、年上の大らかなお姉さんと接する事が多かったんだ。
ミルコ姉さん、ユウ姉、
年上の大らかなお姉さん達って、ちょっとぐらいドサグサに紛れて色々と触っても怒ったりしないんだ。
だからつい同じ感覚で梅雨ちゃんのモモも――あれ、嫌な予感が急激に強くなってるような?
ソッと両手をモモから離すと、ポヨンと元の形に戻って、可愛いけど妙な圧を感じさせる梅雨ちゃんの微笑みを隠してくれた。
うん、これでいい。
僕は再びグルリンと身体を回すと、膝枕に顔を埋めて寝たふりをする。
グーグー。
「ハァ、ヒミコちゃんがこういう時の重清ちゃんに対して溜息を吐く理由がよく分かるわ。怒りたいのに怒る気になれないのね」
頬を指でツンツンされる。
うぬぬ。僕は寝てるんだ。
グーグー。
「ヒミコちゃんは『重清くんはちょっとエッチな男の子なのです』と言うけど、ちょっとで済ませてあげてる彼女こそ大らかなのね」
耳をコチョコチョと触られる。
ウググ、くすぐったい。
グーグー。
「本当に男女関係は難しいわ。まだ出会ってから一年も経っていないのに……ヒミコちゃんの大切な人だって分かっているのに……私はこんなにも貴方のことが――」
梅雨ちゃんが覆い被さるように抱きしめてくれた。その適度な重みと温もりで本当に眠たくなって――。
スースー。
「ふふ、本当に寝ちゃったわ。まだまだ子供なのね。そして、私も子供だわ。だって、いつまでも皆と一緒に重清ちゃんと――そんな夢みたいなことを考えているもの。ねえ、私の重清ちゃん。貴方はこの夢を叶えてくれるかしら?」
──微睡みのなか、頬になにか柔らかいものが触れた気がした。
*
「矢安宮を近付かせんじゃねえッ!!」
お茶子ちゃんがどうしてもって頼むから仕方なく緑谷君を元に戻そうと思ったら、爆豪君に威嚇された。
今にも暴発しそうな程に興奮してる爆豪君の後ろでは、申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げている緑谷君の姿があった。
「爆豪君、そこをどいて。デク君を元に戻して上げなきゃダメだよ」
「喧しいわッ、矢安宮は信用できねえんだよ。それにデクを戻す必要なんてねえだろ!」
「必要はアリアリだよ。デク君と街を歩いてると周りの人達を殺し屋みたいな目で睨んで威嚇するんだよ。そんなの普通じゃないよ」
「ンなもんトガも似たようなもんじゃねえか。男のデクの心配する前に女のトガの心配でもしてやれや」
「ヒミコちゃんのは個性だよ。ここで言う個性は能力の個性じゃなくて、人それぞれが生まれ持った性格の方の個性の事だからね」
「説明されなくても分かるわッ! っていうか生まれ持った性格の方がヤベエだろうがッ、友達ならそっちを優先して面倒見てやれや!」
「ヒミコちゃんの性格を矯正しろだなんて酷い事を言わないで! 彼女の殺し屋みたいな目付きはミルコ特戦隊のお陰で世間から怖可愛いって受け入れられてるわ!」
「それならデクだってそのうち受け入れられるだろうがッ!!」
「天然物と養殖物を一緒にしないで!」
えっと、お茶子ちゃんと爆豪君の言い争いが激しくて口を挟む余裕がないんだけど。
「それより、私を引き合いに出さないで欲しいのです。目付きが悪いと言われても困るのです。それに目付きと性格は関係ないと思います」
うん、そうだね。
ヒミコちゃんは、別に意識して怖い目付きをしてるわけじゃないからね。ただ、普段は可愛い顔なのに、目を凝らすと怖い目付きに見えちゃうだけだもん。
「はい、生まれ持った顔立ちの所為なのです。重清くんなら治せますか?」
ヒミコちゃんを治す必要なんて全くないよ! ヒミコちゃんは世界一可愛いから心配なんていらないからね!(それに虫除けにもなってるからね)
「ふふ、ありがとうございます。私の重清くんに不満がないのなら安心なのです」
そう言って、健気に微笑むヒミコちゃんが愛おしくて、僕は思わず彼女を抱きしめた。
「私の重清くん。抱きしめてくれるのは嬉しいのですが、回した手がお尻を触っていますよ」
ヒミコちゃんの指摘に、自分の手を彼女の背中に移動させながら謝罪する。
えへへ、目測を誤まっちゃったみたいだ。ごめんね、僕のヒミコちゃん。
「ふふ、重清くんは不器用で困っちゃうのです。次は気をつけて下さいね。私のちょっとエッチな重清くん」
──お茶子ちゃんと爆豪君の終わらない言い争いをBGMにして、僕達は互いの温もりを感じ合った。
*
超常解放戦線の残党が、タルタロスを襲撃したというニュースが朝のテレビでやっていた。
モグモグと、ご飯を食べていた僕は大変だなぁ、と思った。
*
ミルコ姉さんから呼び出された。
なんでも、タルタロスを襲撃した超常解放戦線の残党が、全国各地の刑務所も襲撃して囚人を大量に脱獄させたそうだ。
「それで全国のヒーロー事務所に脱獄囚の捕縛指示が来た。いつもより割増で報奨金を支払うから最優先で事に当たれだとよ」
ミルコ姉さんは、公安委員会からの指示を僕らに伝えた。
「超常解放戦線の目的は判明しているのですか?」
「お前らも薄々気づいていると思うが、オール・フォー・ワンの奪還だ。全国の刑務所襲撃はただの陽動だろうな」
モモちゃんの問いかけにミルコ姉さんは低い声で答える。
「そして、その目的は達成されちまった。タルタロスの最下層に収監されていたオール・フォー・ワンを奪還するついでに、それ以外のヴィランまで解き放たれるというオマケ付きでだ」
忌々しそうに言い放たれたミルコ姉さんの言葉に女子達は息を呑んだ。
それはそうだろう。
タルタロスに収監されているヴィランは、その全てが最悪といっても過言ではない凶悪なヴィランだらけだ。だからこそ、割増料金を支払ってまで捕縛指示が出たんだ。
みんなが考えている事は手に取るようにわかる。
それは、僕も同じ事を考えているからだ。
そう、今は一刻の猶予もない。すぐに行動するべきだ。
「みんなっ、一攫千金のチャンスだよ!」
そう、今はヒーローにとってボーナスタイムだと言える。
いつもならヒーロー同士で奪い合うヴィラン捕縛のチャンスがゴロゴロしている。しかも、割増料金でだ。
ククク、ミルコヒーロー事務所の内部留保のお金を増やしておく絶好のチャンスだ。
今でも余裕はあるけど、お金はいくらあってもいいからね。こういうチャンスタイムは逃すべきじゃない。
「モモちゃん! 機動兵器の発進準備をお願いするよ! 捕らえた大量のヴィランを入れる増設ユニットも忘れないでね!」
「え?……あのう、今はそういうノリの場面なのでしょうか?」
僕の言葉を受けたモモちゃんは何故か周りのみんなの顔を見る。見られた方も何故か口篭っている。
そうか。まだ学生の彼女達にはお金の大切さが分からないんだ。
割増し報奨金目当てに、他のヒーローを出し抜いてヴィラン捕縛をする貪欲さを持てないようだ。
ここはミルコ姉さんの出番だ。
「ミルコ姉さん。今はモタモタしてる暇はないよ。早く行動しないと一攫千金のチャンスを逃してしまう。そうだ! ここはユウ姉と共同戦線を張ろう。ユウ姉にも捕らえた大量のヴィランを運搬してもらえば、時間のロスを抑えられるよ!」
「……あぁ、そうだな。今は脱獄囚の捕縛を第一に考えるべきだな。よしッ、気合いを入れるぞ! 八百万、ぼさっとするな! ご自慢の機動兵器の晴れ舞台だ! さっさと準備にかかれ!」
「は、はいっ、分かりましたわ! すぐに準備にかかります!」
お金の大切さを知る大人のミルコ姉さんはすぐに行動に移った。
大人の事務員さんは、何も言わなくてもユウ姉に連絡をしてくれている。
よし!
次は僕の番だ!
「(ハーヴェストよ。射程距離内の全ての脱獄囚の位置を把握して)」
【本体、もう把握してる】
うんうん、僕のハーヴェストは優秀だね!
*
結論を言おう。
ウハウハだった。
いつもなら、縄張り外での活動は他のヒーローとの暗黙の了解があるから難しかったけど、今回ばかりはヒーロー公安委員会から強烈な圧力が全ヒーロー事務所にかけられた。
もしも捕縛活動の邪魔をしたならその罰則はヒーロー免許停止にまで及ぶと、ヒーロー公安委員会は宣言した。
そのお陰で、機動兵器の飛行モードという圧倒的な移動力を誇るミルコヒーロー事務所の活動範囲は大幅に広がった。
周辺の県を跨いでの脱獄囚運搬の日々は退屈ではあったけど、運んでいる脱獄囚が札束だと思えば耐えられた。
巨大な風呂敷に多くの脱獄囚を包んで背負って運ぶユウ姉もニコニコだった。
今回の収支で、ユウ姉のヒーロー事務所は長年の赤字を解消して黒字転換を果たしたんだ。
うんうん、ヒーロー活動って良い事だらけだよね!
*
「あ〜あ、残念ですよね。黄金ラッシュが終わっちゃいました。もう隣接する県には脱獄囚は残ってませんよ」
「あのな、Mt.レディ。絶対に他所でそんなこと言うなよ。脱獄囚の被害を受けた地域は少なくないんだからな」
「そのぐらい分かってますよ。でも、ミルコ先輩だって残念だと思いませんか? 泥酔した脱獄囚を集めて運ぶだけで大金を貰える機会なんてたぶん一生に一度だけですよ」
「普通は一生に一度だってねえよ!」
「アハハ! そうですよね。本当に誘ってくれた重清君には足を向けて眠れないです。ところで、オール・フォー・ワンはまだ見つかってないんですよね?」
「あぁ、少なくとも静岡県周辺には居ねえみたいだな。それとも定期的にワープをしているかだな」
「ワープゲートは厄介ですよね。いつどこが襲われるか分からないですよ」
「そうだな。だが、タルタロスに収監されていたアイツはずっと衰弱していたそうだ。脱獄してもそう簡単には回復しないと予想されている。――それに心配性の重清が不思議なほどオール・フォー・ワンに関しては不安を口にしないからな。とりあえず、問題ないと考えていいだろう」
「なるほど、重清君が――じゃあ、あまり気にしなくても良さそうですね。ふふ、それにしても心配性の重清君は可愛いですよね。今回も運搬係だなんて態々理由をつけて誘ってくれたのは借金を心配してくれたからだもの。神野で重清君に縋って本当によかった。男の子に縋るなんて中学以来だったんですよ」
「いや、中学生で男に縋るって、お前の中学時代はどうなんだ?」
「ふふ、内緒です。秘密がある女の方がミステリアスで素敵でしょう?」
「それもそうだな。男にモテなかった女の話なんぞ聞かされても反応に困っちまうわ」
「モテましたよ!? モテてモテて困っちゃうぐらいでした! 告白だって何度もされました!」
「お前の本性を知っても好きだって言ってくれる男はいたのか?」
「……重清君は好きだって言ってくれます」
「──そうか。今日は飲むか?」
「……先輩の奢りですか?」
「ああ、奢ってやるよ」
「じゃあ、飲みます!」
*
──緑谷君が家出をした。
いや、寮だから寮出と言うのかな?
「――活躍するミルコ特戦隊をテレビで見ていたデク君が『僕も負けていられないや!』って言ったと思ったら寮を飛び出してしまったの」
お茶子ちゃんに事情を聞くと、緑谷君とはスマホで連絡はつくらしく、そこまで深刻な話ではなさそうだった。
「デク君は野宿はオセオンで慣れたって言ってるけど、態々この日本で野宿をしてまで脱獄囚を追う必要はないと思うんよ」
うん、これは僕らにも少し責任がある。
近隣の県に潜伏した脱獄囚は一人残らず捕縛してしまったからだ。
緑谷君がその僕らの活躍に刺激を受けて脱獄囚を追おうと思えば、自然と遠隔地に行かざるを得ない。
そうなると、ヒーローインターンで稼いでいる僕らとは違い、あくまでも個人的な趣味でやっている緑谷君だと活動資金は限られてしまう。
宿泊施設に泊まる費用を抑える為に、彼が慣れた野宿を選ぶのは自然な選択肢だったのだろう。
でもまあ、別に大丈夫じゃないかな?
最近の緑谷君は、野生動物以上に危機感知能力が鋭くなっているからね。寝込みを襲われるようなヘマはしないと思う。
「何を言ってるの!? 今の緑谷君は乙女なんだよ! 無防備に野宿なんかして変な写真を撮られたら責任とれるの!? 全部、矢安宮君の責任なんだよ!」
ウグッ!?
そうだった。
爆豪君に邪魔されてまだ男子に戻せてなかったんだ。
「まあまあ、そんなに興奮しないで下さい。重清くんはちゃんと考えてくれているのです。そうですよね、私の重清くん」
興奮して迫ってくるお茶子ちゃんを宥めてくれる僕のヒミコちゃん。ここは優しいヒミコちゃんの言葉に乗っかろう。
「うん、任せてよ。ミルコ特戦隊として遠征に出るからその時に緑谷君も連れ戻してくるからね」
勝手に遠征をすると言ってしまったけど、モモちゃん達を見ると頷いてくれた。
「ええ、お任せて下さい。この優雅で可憐な副委員長たる私が責任をもって、緑谷さんに淑女たる立ち居振る舞いを指導致しますわ」
「ケロ――その指導は必要なのかしら?」
「アハハ、緑谷がお淑やかになったら爆豪は喜びそうだよね」
「ウンウン、最近の二人は距離が縮まってるからねー!」
「そういえば、爆轟君の姿が見えないけど、もしかして緑谷君を追いかけて行っちゃったのかな?」
透ちゃんの何気ない一言にお茶子ちゃんの顔色が変わった。
「私も遠征に連れて行って!」
妙な圧迫感を感じさせるお茶子ちゃんの要求に抗うことは出来なかった。
*
遠征の話をしたら、ユウ姉は満面の笑みで喜んでくれた。ミルコ姉さんは仕方なさそうに笑いながら了承してくれた。
*
「うわあ! 機動兵器に乗るの初めてだけど、こんな感じなんだ!」
「あら、お茶子さんは初めてだったかしら。もう何度も乗せていたつもりでしたわ」
「麗日はなんか巡り合わせが悪くて、乗る機会を逃してたよね」
「お茶子ちゃんもミルコ事務所にインターンで来たらいつでも乗れますよ。ガンヘッドも良い武闘派ヒーローですが、同じ女性のミルコさんから学べることは多いと思うのです」
「アハハ、前にも誘ってもらったけど、ミルコ事務所に入って勘違いされたら――」
「ケロッ――ミルコヒーロー事務所はとても経営状態が良好だわ。インターンの今でも給料は良いけど、正式に就職した後は……耳を貸して(ゴニョゴニョ)」
「ッ!? ミルコさんっ、私でも就職試験は受けれますか!」
「手のひらクルックルだー!?」
「お茶子ちゃんが入ったらA組女子集結だね!」
「ああ、今さら一人ぐらい増えても構わねえけどよ。だが少し教えてくれ。前に蛙吹は、A組女子の良心と呼ばれていると聞いた事がある。お前はなんて呼ばれているんだ?」
「お茶子ちゃんは『A組女子の真心』と呼ばれているのです。なんでもクラスの男子が言うには、気を抜いて喋れる唯一の女子だそうです」
「うふふ、高貴で麗しい私の前では気を抜けないのですね。下賎な男子にしては分を弁えていますわ」
「男子とも仲良くしているつもりだったけど、私は男子にとって気を抜いて喋れない相手なのかしら?」
「アタシはフレンドリーに男子と話してるよー?」
「私だって男子と仲良くしてるよ?」
「男子の急所を躊躇なく蹴り砕くトガは分かる。機動兵器で暴虐の限りを尽くすヤオモモも分かる。セクハラの報復時は容赦なく水責めや逆さ吊りにする梅雨ちゃんも分かる。矢安宮とのイチャイチャを邪魔されたら冷徹に溶かす芦戸も分かる。葉隠はナイフで男子を刺すな。――うーん。ウチには男子に怖がられる要素はないと思うんだけど?」
「響香さん、男子の目玉を平気で突き刺す貴女が一番恐れられていますわよ」
「なぬっ!?」
「お茶子ちゃんは武闘派女子を装っていますが、男子達は気付いていますよ。お茶子ちゃんがとても優しくて可愛い女子だということにね。ふふ、お茶子ちゃんは本当にカァイイです」
「もうっ、ヒミコちゃんは揶揄うのはやめて!」
「よし、採用だ! 麗日と言ったな。お前をミルコヒーロー事務所女子メンバーの教育係に任命する。うちの女子メンバーに世間一般の常識を教え込め!」
「はいっ、無理です!」
「ククク、見所があるぞ。こいつらが常識知らずだと認識しているな」
「しまった!?」
「もうお前は逃さん。今まではさり気なく自分に被害が来ないように逃げていたんだろうが、これからはお前が一般常識を駆使して抑えるんだ!」
「それは横暴だ!」
「あのう、お茶子さん。それはどういう意味なのでしょうか? 私にも一般常識ぐらいありますわよ」
「ケロ――嬉しいわ。これから同じミルコ事務所で頑張りましょう」
「ウーン。よく分からないけど、これからもよろしくー!」
「今まで以上に事務所が華やかになるね!」
「ねえ、矢安宮もウチのこと怖いのかな?――ふふ、よかった。だって矢安宮に怖いって思われてたら悲しくて泣いちゃってたもん。そうだ、矢安宮はウチがもし泣いてたら慰めてくれる?――もう、『絶対に泣かせない』なんて答えはダメだよ。これは、もし泣いてたらって質問だからね。あっ――うん、こんな風に抱きしめて慰められたら嬉しいかな。ふふ、こうやっていると、矢安宮の優しくて力強い鼓動を感じる。この鼓動がこれまで多くの人達を救ってきたんだね。そして、これからもっと多くの人達を救っていく。きっと、雄英を卒業したら、あっという間にウチなんかの手の届かない世界に行っちゃうんだろうね。――ううん、ウチには分かるよ。ウチはちっぽけな女の子だけど、だからこそ分かることがあるもの。こうして抱きしめてくれている男の子が、どれだけ凄い人なのかってことが悲しくなるぐらいに分かるんだ。ウチにとってこのひと時はかけがいのない大切な時間だよ。貴方にとっては瞬きのような淡いものだろうけど、こうやって同じ時間を共有できた奇跡を、ウチはずっと忘れない。――もう、ダメだよ。こんなときにそんな甘い言葉を口にしないで。ウチはチョロインだもん。貴方の軽口を真に受けちゃうよ。――だからダメだって――ば、バカっ! 本当に、本当に本気にしちゃうよ! ウチは重い女だよ! 貴方に夢中になっちゃうよ! きっと後悔しちゃうよ!――ううん、嬉しい。ウチには貴方だけだもん。ウチの矢安宮──大好きだよ」
「――そろそろ響香ちゃんの首を蹴り折ってもいいですよね?」
「ヒミコさんッ、正気に戻って下さい! お顔が女子失格な有様になっていますわよ!」
「な、なんて力なの!? 三奈ちゃんと透ちゃんも手伝って!」
「ウググッ、腕が抜けそうだよー!」
「響香ちゃん!? こんな状況でいつまでも抱き合わないで!」
「おい、今が出番だぞ! 麗日ッ、お前の常識力を私に見せてくれ!」
「はいっ、無理です!」
*
緑谷君に追いついた日。
──運命を穿つ凶弾が放たれた。
──悪名高いタルタロスが陥落しました。
収監されていた多くのヴィランが解き放たれたというそのニュースに、食堂にいた皆が一様に言葉を無くしました。
「もぐもぐ、ごっくん。ふーん、大変だなぁ」
静まり返っていた食堂内に、その呑気そうな声が広がりました。
まるで、近所の犬が逃げ出した程度の話を聞いたと言わんばかりの軽い言葉に、皆の張り詰めていた空気がプシューと音を立てて抜けていくのを感じました。
「――考えてみたら、泥花市動乱や一斉検挙作戦と比べたら大したことないよな」
「いや、泥花市動乱と一斉検挙を並べるなよ。一斉検挙なんてオールマイトとミルコが活躍しただけじゃん」
「脱獄したのって何人ぐらいなんだ?」
「まだ確認中だってさ。動きが遅いよな」
「緑谷が来たぜ。おーい、緑谷ー! オイラと飯を食おうぜー!」
「黙れッ、腐れ葡萄ッ! デクに腐った目を向けてんじゃねえぞッ!!」
「ヒッ!? ほ、保護者も一緒かよ。チッ、男に戻る前におっぱいを揉ませてもらおうと思ったのに」
「そこまで見境ねえのかよッ!?」
あっという間にいつもの空気に戻りました。
ふふ、私の重清くんの影響力は凄いのです。
♡
全国の刑務所も襲撃されました。タルタロスと合わせて脱獄した囚人の数は膨大となります。
その膨大な脱獄囚による被害を考えて絶句する私達でしたが、私の重清くんは一味違います。
二人が就職するヒーロー事務所の内部留保金を増やすことに着目したのです。
雄英卒業後、重清くん自身でヒーロー事務所を経営するのは彼の知名度と実力を考えれば余裕なのですが、そんな面倒なことは嫌みたいです。
ミルコヒーロー事務所で事務員さんが日々煩雑な書類作成に追われているのを目にしていれば、その気持ちはとても分かります。
事務員さんのような専門の人を雇えばいいのでしょうが、重清くんは今の環境に満足しています。
大好きなママがいる自宅近くの事務所で、優しく甘えさせてくれる上司と同僚に囲まれた環境を手放すほど、私の重清くんは考え無しではありません。
きっと、ミルコさんが脱ヒーローをして、ウサギカフェを始めてもニコニコしながらウサギと戯れていると思います。
もちろん、私も一緒にウサギを可愛がります。でも、ウサギカフェよりも猫カフェの方が個人的には好みなのです。
♡
お茶子ちゃんが、ミルコヒーロー事務所に内定しました。
彼女が給料の良さに惹かれたのは意外でしたが、理由を聞いて納得しました。
『私はヒーローになって、お金稼いで、父ちゃん母ちゃんに楽させたげるんだ』
重清くんに似た将来の目標でした。
ふふ、お茶子ちゃんへの親近感アップなのです。
♡
響香ちゃんには困らされます。
重清くんに引っ付きすぎなのです。
首を折るのは冗談ですが、彼にすぐ甘えるのはやめて欲しいのです。女子としての慎みが無さ過ぎます。
まあ、私よりも重清くんを大切に想って尽くしてくれるのなら、私としては潔く身を引く覚悟はあります。その場合は2号さんで我慢します。
だけど、今の響香ちゃんに負ける気はありません。
重清くんの為なら世界を敵に回して皆殺しにしてみせる。そのぐらいの気概のある相手でなければ勝負にもなりません。
重清くんに甘えてばかりの響香ちゃんは敵じゃないのです。
そういえば、モモちゃんは重清くんを誘惑する言葉を口にはしますが、実際に行動に移した場面は見たことがありません。
お嬢様なモモちゃんは慎み深い女の子という事でしょうか?
それとも、ただのヘタレな女の子なだけでしょうか?
私の勘としては後者だと思うのです。
「私は慎み深い淑女ですわ!!」