重ちー(偽)のヒーローアカデミア   作:銀の鈴

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シーズン6(麗しきレディ・ナガン)

 

──僕らは緑谷君を追いかける傍ら、道中に潜む脱獄囚を捕縛する日々を送っていた。

 

道中に潜む脱獄囚の数は多く、緑谷くんに追いつくにはまだまだ日数が掛かりそうだ。

 

緑谷君を心配しているお茶子ちゃんには申し訳ないけど、無辜の人々を害する恐れのある脱獄囚を放置して先に進むことは出来ない。

 

そんな無責任な真似は、僕の熱いヒーロー魂が許さないからだ。

 

「凄いよ! 泥酔した脱獄囚の運搬業ってこんなに儲かるんやね!」

 

幸いにもお茶子ちゃんも熱いヒーロー魂を持つ女の子だ。私情を挟むことなく、ヒーロー活動に爆進してくれている。

 

「お茶子さんが脱獄囚を無重力にして下さるお陰で、運搬効率が爆上がりですわ」

 

空に浮かべた大量の脱獄囚。それらに紐を括り付ければ、今までなら機動兵器と分担していた数十人の脱獄囚をユウ姉だけで運搬できた。

 

ユウ姉とお茶子ちゃんに警察署への運搬業務を任せている間に、僕らは街中を巡り脱獄囚を拾い集める。

 

この分担業務のお陰で、今までよりも効率よくお金を稼げた。

 

 

 

 

「よし、今日は休養日にするから身体を休めておけ。ああ、それと念の為に言っておくが、下手に街中を彷徨くなよ。この辺りはまだ脱獄囚が残っているからな」

 

今日は久しぶりの休日だ。

 

僕らが休日の時は泥酔する脱獄囚はいないから少し注意が必要なんだ。だって、泥酔してたら他のプロヒーローに盗られちゃうからね。

 

この世は弱肉強食だ。

 

同じプロヒーローといえど、油断は出来ないんだ。

 

「ヒーローが信用できないなんて、今は悲しい時代だね」

 

気分転換で街中を彷徨きながら僕は呟いた。

 

「おい、そこの少年――」

 

突然、声を掛けられた。

 

僕は声が聞こえた方へと視線を向ける。

 

「――ヒーローが信用できないと言っていたが、何かあったのか?」

 

そこには気が強そうだけど、優しい瞳をしたお姉さんが立っていた。

 

 

 

 

優しい瞳をしたお姉さん――カイナお姉さんと近くのファミレスに入った。そこで信用できないプロヒーローについて話を聞いてもらった。

 

「――なるほど。今の雄英ヒーロー科の教師はそこまで質が下がっているのか。担任でありながら生徒にパワハラとは呆れ果てたものだ」

 

同意をしてくれるカイナお姉さん。本当にパワハラ教師には困らされるよ。

 

「ふふ、ヒーロー名は重ちーなのか。確かに今なら似合っているヒーロー名だが、三十代になったら少し厳しいな。卒業を機に変えるのも考慮すべきだな」

 

カイナお姉さんはヒーロー業界に詳しいみたいだから、少し気になっていたことを相談した。うーん。何か良いのないかな?

 

「重清は治癒系なのか。ふふ、優しい個性を持っているんだな。――なに、個性名がクレイジー・ダイヤモンドだと。治癒系にそんな個性名をつけるとは、親は何を考えているんだ。えぇっ、自分で考えたのか!?」

 

落ち着いた雰囲気のカイナお姉さんだけど、驚いた表情はどこか子供っぽい可愛らしさがあった。

 

「へぇ、幼馴染の彼女と一緒にヒーロー科に通っているのか。ふふ、それはさぞや楽しい学生生活だろうねぇ」

 

少し揶揄う感じになるカイナお姉さん。カイナお姉さんの学生時代はどうだったのかを聞こうと思ったらなんだか背筋が寒くなった。もちろん、聞くのはやめた。

 

「ほう、まだ一年なのにもう仮免を取得したのか。えらいな、重清は頑張っているんだな」

 

努力を誉めてくれるカイナお姉さん。頭を優しく撫でてくれた。

 

「ふむ。ヒーローインターン先でミルコ特戦隊とやらを組んでいて、主に子供達を中心に世間一般で大人気なのか。なるほどな、それでこのファミレスに入る前にファンの子供達に囲まれたというわけか。ところでもう一度聞くが、本当に大人気なんだよな?」

 

ミルコ特戦隊の人気っぷりを、何度も説明しているのにあまり納得してくれないカイナお姉さん。もしかして、集まった子供達の中に以前、僕のヒミコちゃんのお尻を触ったクソガキがいたから、反射的にヒミコちゃん直伝のジャイアントスイングをかましたのがいけなかったのかな?

 

「おいおい、同級生の男子を女の子にするのはダメだろ。なにっ、本人は喜んでいるのか!?――な、なるほど。女の子になったら幼馴染が優しくなったのか……それは大丈夫か?」

 

顔も知らない緑谷君を心配する優しいカイナお姉さん。元々、男男関係のある二人だから大丈夫だと思うよ。

 

「ほら、あーん。ふふ、お前は美味しそうに食べるから食べさせ甲斐があるな。――いいか、念の為に言っておくが、この私がこんな事をするのは珍しいんだぞ。他の奴には言うなよ」

 

ちょっと恥ずかしそうにするカイナお姉さん。お返しのアーンをすると、凄く恥ずかしそうにしながらも食べてくれた。

 

「あのなぁ、ファミレスで膝枕は変だろ。えぇっ、前に女性プロヒーローにしてもらっただと!? そ、そうか。今はそういう時代なんだな……よし、女は度胸だ。ほら、頭を乗せな」

 

カイナお姉さんの膝枕から眺めるモモ景色は予想以上に絶景だったけど、彼女にその視線を気付かれて、僕はほっぺたをモニュモニュと弄られながら揶揄われるという罰を受けた。

 

「――そうか、破壊された市街地と、数百人の負傷者を一人で直させ(治させ)られたのか。それは大変だったな。そんな無理を子供にさせるとは、公安は相変わらずのようだ。ところで、被害規模を盛りすぎだぞ」

 

スマホで神野の詳細を見せたら目を丸くしたカイナお姉さん。

 

「じゅ、十万人以上の異能解放軍を、千人程度のプロヒーローだけで鎮圧したのか。そのヒーロー達を戦闘中は一人で支えて、鎮圧後は瓦礫と化した泥花市をたった半日で一人で直したと――今度こそ盛ってるよな!?」

 

スマホで泥花市動乱の詳細を見せたらポカンとした顔になったカイナお姉さん。その表情が可愛かったからつい頬が緩んでしまった。その後、眉間に皺を寄せたカイナお姉さんにほっぺたをムニッと摘まれた。痛くはなかった。

 

「ふ〜ん。超常解放戦線の一斉摘発ねぇ。どうせ、重清が一人でヒーロー達を支え――重要拠点にたった二人で乗り込んで制圧した!? 何をやっているんだ! お前は後衛だろ!」

 

スマホで一斉摘発の詳細を見せたらカイナお姉さんに無茶をするなと叱られた。

 

「あのなぁ、騙されていた友達の為に悪徳経営者と対決したのは勇気ある行動だけどよ。その相手がヴィランで、金だけせしめた後は知らん顔ってのはヒーローとしてどうなんだ。いやいや、そのドヤ顔はおかしいだろ!?」

 

えへへ、つい口が滑って喋っちゃった。ヴィラン云々は内緒にしてね。

 

「私の血が欲しいだと? なるほど、彼女が血の摂取で変身するのか。まあ、私の血ぐらいくれてやってもいいが、目的は何だ?――いや、ちょっと待ってくれ。私に変身した彼女とイチャイチャするのが目的だと。しかもそれを私に正直に言ってしまうとか、お前の神経はワイヤーで出来ているのか? だから褒めてないぞ。どうしてドヤ顔になるんだ!?」

 

ついつい正直に言っちゃった。でも、カイナお姉さんは大らかなお姉さんだから気にしないと思うんだ。

 

「そうか。オールマイトと友達なのか。あの人は今でも平和の象徴なんだな――ふふ、お前は実績だけを見れば平和の象徴の後継者に相応しいが、実物を見るとあれだな。平和の象徴というより、笑顔の象徴とでも称する方が似合うな。オールマイトみたいな完璧なヒーローではなく、重清は欠点のあるただの人間として楽しくヒーローをやっているだけだもんな。つまり、初対面の女の匂いをクンクン嗅ぐのは欠点だということだぞ。――ハァ、他人事のような顔をすんじゃない」

 

お返しに僕の匂いを嗅いでもいいよと伝えると、呆れた顔になったカイナお姉さん。

 

「ほう、機動兵器でヒーロー活動中なのか。今はそんなもんを使う時代なんだな。それで、次の標的はどんなヴィランだ?――そ、そうか、家出をした同級生を探している最中なのか。ふふ、早く見つかるといいな」

 

家出捜索を話したら応援してくれるカイナお姉さん。

 

「なぁ、重清。今日初めて会った女性の膝枕に顔を埋めた上に、下半身に抱きつくように腕を回すのはマナー的に問題があると思わないか?――そうか、思わないのか。それなら仕方ないな。……これがジェネレーションギャップというやつなのか?」

 

梅雨ちゃんでも許してくれるまでには時間が掛かったんだけど、カイナお姉さんは一回目で許してくれた。うーん。カイナお姉さんが悪い男に騙されないか心配になってきた。

 

「ママとパパを大切にして、素敵なお嫁さんと可愛い娘達に囲まれて幸せな一生を送る為にヒーロー業を選んだのか。そうか、それは良い夢だな。“ヒーローになる”のではなく、“ヒーロー業”と言い切るのが、お前の強さなのかもな」

 

どこか遠くを見つめるカイナお姉さんが気になった。

 

「手を繋ぎたいのか? 今もベッタリとくっ付いてる状態で遠慮気味な態度が意味不明だが、もちろん構わないぞ。ほら、手を出しな。――ふふ、重清なら恋人繋ぎをすると思った。予想が当たったな」

 

どこかに行ってしまいそうなカイナお姉さんを引き留めたくて、僕は手を繋いだ。

 

「あぁ、もうこんな時間か。そろそろ日が暮れるな。――重清、今日は楽しかったよ。まるであの頃に、何も知らなかった頃に戻れた気分だった。もう会うことは無いだろうが、お前の幸せな未来を祈っているよ。これからも──ずっと笑顔でいろよ」

 

カイナお姉さんは僕の頭を撫でながら別れを告げた。僕は口を開こうとしたけど、彼女の優しい瞳を見たら何故か言葉が出てこなかった。

 

──別れるとき、『餞別だ。やるよ』そう言って、彼女の二色の髪色と同じ色をした綺麗な弾丸を手渡してくれた。

 

 

 

 

新たに移動した街で、筋肉の塊みたいな脱獄囚が現地のプロヒーローと戦闘を繰り広げていた。

 

とりあえず、僕らは静観する事にした。

 

獲物の横取りはマナー違反だからね。

 

「そこのヒーロー! 助太刀はいるか!」

 

機動兵器の外部スピーカーで、ミルコ姉さんが戦闘中のプロヒーローに問いかけた。

 

こちらにチラリと視線を向けたそのプロヒーローはギョッとした表情を一瞬見せたあと、大声で返事をした。

 

「コイツは俺の手には負えねえ!! 助けてくれ!!」

 

「了解だ! これから攻撃に移る! お前さんは隙を見て離脱してくれ!」

 

外部スピーカーのスイッチを切ると、ミルコ姉さんは僕らに視線を向けた。

 

「――と言うわけだ。久しぶりの実戦だからな。全員、油断するなよ」

 

ミルコ姉さんは機動兵器は使わずに、全員で挑むと告げた。

 

「ミルコ先輩。脱獄囚は、あの悪名高い“血狂い”のマスキュラーですよ。子供には荷が重いです」

 

そんなミルコ姉さんにユウ姉が待ったをかける。

 

「ククク、随分と過保護な言い分だな。コイツらは一年でありながらもう仮免を取った逸材共だ。マスキュラー相手でも臆したりしねえよ」

 

「“まだ”仮免ですよ。ここで無理をする必要性を全く感じません。実戦経験を積ませるには危険過ぎる相手です」

 

獰猛に笑うミルコ姉さんに対して、ユウ姉はあくまでも冷静な態度だったけど、その口調からは決して引かないという鋼の意志が感じられた。

 

「この機動兵器に搭載されている武器を使用すれば、マスキュラーの防御は貫けます。ここは安全策を取るべきです」

 

「アン? 本当にどうした。お前はそんな慎重派なんかじゃねえだろ」

 

「プロヒーローである私自身なら、たとえそこが死地であろうと、この身を投じる覚悟があります。それがプロヒーローとしての責務だと信じています。ですが、未熟な若者を見守り育てる責務もまたこの身は帯びています。故に――ミルコ、貴女が相手だろうと、私は一歩たりとも引く気はないわ」

 

ユウ姉から今まで感じた事のない程の凄まじい覇気を感じた。

 

若手ナンバーワンと謳われるユウ姉の本気を初めて目の当たりにした僕たち雄英メンバーは、その雰囲気に飲まれて身動き一つ取れなかった。

 

ミルコ姉さんはそんなユウ姉を前にしてもなおその獰猛な笑みを消す事なく、張り詰めた天秤を揺らす言葉を口にした。

 

「あぁ、念の為に言っておくが、重清は後方待機だぞ。コイツを前衛に立たせる気は無えからな」

 

「ほらほらっ、あんた達は何をボサっとしてるの! 仮免とはいえもうプロヒーローとして現場に立ってんのよ! 覚悟があろうとなかろうと関係ないわ! 考える前に動きなさい!――それじゃあ、重清君はここから出たらダメよ。あのヴィランはとても危険な奴なの。いつもみたいにフラフラしたら危ないからね。私はもう行くから……うーん、やっぱり心配だわ。ミルコ先輩! 重清君が心配なので、私は護衛で残りますね!」

 

ユウ姉は追い立てるように女子達を放り出すと、自分はここに残ることを宣言した。

 

「――いやまあ、別にいいけどよ。お前とは連携訓練もしてねえからな。ハァ、なんかやり合う前から疲れたわ」

 

ミルコ姉さんは、ぼやきながら出て行った。

 

「ふふ、それじゃあ、重清君。ポテチでも食べながら皆の活躍を観戦しましょうね」

 

ユウ姉は僕の隣の席に座ると、何処からか取り出したポテチの袋を開けた。

 

「はい、あーん」

 

ポテチをモグモグと食べながら、筋肉の塊が蹴られ、投げられ、浮かされ、繋がれ、溶かされ、振動させられ、刺され、超電磁砲で貫かれ、と酷い目に合っているのを観戦した。

 

──途中で、少し筋肉の塊が可哀想に思えた。

 

 

 

 

──路地裏でテント暮らしをしていた緑谷君を発見した。

 

「やあ! みんな久しぶりだね。遊びに来てくれたの?」

 

「デク君はなんて格好をしてるの!?」

 

「ショートパンツとタンクトップだけ……緑谷さんははしたないですわ」

 

「こんな場所で不用心よ――ケロ」

 

「本当だよ。ブラもしてないじゃん」

 

「私の重清くん。どこを見ているのですか?」

 

「アタシの予備を貸したげるよー!」

 

「うん、貸してもらった方がいいよ。デザインが合わなかったら百ちゃんとヒミコちゃん、それと響香ちゃん以外のならサイズは合うと思うから好きなの選んでね。ちなみにサイズが合わない理由は響香ちゃんだけ違うんだよ」

 

「よーし! 葉隠、ツラ貸しな」

 

「うわっ、本当だ! デク君のおっぱいは私と同じぐらいあるよ!」

 

「麗日さん!? くすぐったいから胸を揉まないで!」

 

「アタシにも揉ませてー!」

 

「まあまあ、本当に大きいですわ。私には負けますけどね」

 

「ケロ――あまり揉んではダメよ。重清ちゃんが凝視しているわ」

 

「私の重清くん。その手は何ですか?」

 

ワチャワチャと女子達に揉みくちゃにされる緑谷君。僕も仲間に入ろうとしたら、僕のヒミコちゃんにジャイアントスイングをされた。

 

 

 

 

緑谷君の淑女教育のため、今日は休日になった。とりあえず、緑谷君を元に戻すのは中止になった。

 

『緑谷君に言われたの。元に戻るってことはオセオンで育んだ友情も無かった事になる。そんな気がするから許して欲しいって……うん、そんな風に言われたら無理強いなんて出来ないよ』

 

そう言って悲しげな笑顔を見せるお茶子ちゃんに、僕は何も言えなかった。

 

ところで、何故か男子に戻すのも中止になっているけどいいのかな?

 

まあ、別にいいか。

 

 

 

 

淑女教育は男子禁制らしく、女子達に優しく追い払われた。

 

ミルコ姉さんとユウ姉は、女同士で飲みに行ったみたいだ。

 

僕はどうしようかな?

 

とりあえず、街中を歩いていると珍しい二人組に出会った。

 

「ほう、重ちーじゃないか。こんな場所で会うとは奇遇……ではないな。標的と重ちーは同級生だったな」

 

「どうされますか、Mr.コンプレス。ここは引きますか?」

 

出会った二人組は、弔さんの仲間のマスクマンとモヤモヤ人間だ。

 

「いや、そういうわけにはいかねえだろ。弔の奴は寝込みがちだしな。奴の頼み事を遅らせるわけにはいかねえよ。全く気は進まねえけどな」

 

「そうですね。すっかり虚弱体質になった弔に我慢をさせるのは酷ですね。私としても気は進みませんが、ここは心を鬼にして任務を続行しましょう」

 

そう言って戦闘態勢をとる二人組。

 

うん、理由はまるで分からないけど、敵対するのなら容赦はしない。

 

それに彼らは超常解放戦線の残党だ。捕まえたら通常よりかなり多い報奨金が貰えたはずだ。

 

僕の中の正義のヒーロー魂が燃えてきた。

 

──両足を大きく開いて立つ。上体を大きく後ろに逸らし、右手で二人を指差す。

 

「ズキューン! 降り掛かる火の粉を払うのは面倒だが、手を抜くほど怠惰でもねえ。俺の前に立った己の不運を嘆きながら消火されな」

 

「いえ、本当に困りましたね。全く戦意が湧きません」

 

「フフ、感心するぜ。後衛の重ちーが、俺達二人を前にしていつものスタイルを貫き通すとはな。――手加減をするのは、重ちーへの侮辱だ。本気を出せよ」

 

「……わかりました。全力を持って重ちー殿と戦いましょう」

 

油断なく慎重に近付いてくる二人組。

 

さて、どうしようかな?

 

《本体、二キロ先のカイナ殿がこちらを狙っている。どうする?》

 

ハーヴェストが示した方角――二人組の位置とは正反対な場所に建つビルの屋上へと視線を向けた。

 

二キロ先だと距離的に見えるわけがないけど、優しい瞳の女性が見えた気がした。

 

優しい瞳をした女性。──その優しい瞳の奥に深い苦悩を滲ませる女性だった。

 

別れのとき、どうして言葉が出なかったのだろう。

 

ずっと考えていたけど、今頃になってやっと気づけた。

 

闇を孕んだ苦悩を滲ませる女性に、臆病者の男が尻込みしただけだった。

 

「ハァ、やれやれだぜ。こんな臆病者がヒーローを名乗っているとは世も末だな。だが――」

 

帽子を深く被りなおす。

 

ハーヴェストには絶対に手を出すなと命じた。

 

「人には恐怖に抗う勇気がある。カイナ、お前を蝕む闇がどれほど深かろうと、俺は臆しはしない。――フッ、安心しろ。女の子の闇になら慣れている」

 

「重ちー殿、隙ありです!」

 

「余所見をする余裕などないぞ!」

 

二人組が襲いかかって来たが、今はそんな些事に付き合う気など全くなかった。

 

「悪いが、男に構う時間は品切れだ。これから、麗しい女性との大切な時間なんでな。野郎どもは一昨日来やがれ」

 

──二人組に背中を向けて立ち、彼女の全てを受け入れるように両腕を大きく開いた。突然、背中を見せた俺に驚愕した二人組はその動きを止める。

 

その無防備な姿に苦笑するカイナの姿を幻視した。そんな彼女にニヤリと不敵に笑い返す。

 

「フッ、カイナ。遠慮せずに来い」

 

そして、彼方で凶弾が放たれた。

 

迫り来る凶弾の輝きが、何故か麗しく感じる。

 

俺はその麗しき凶弾に見惚れた。

 

「ガッ!?」

 

「グゥッ!?」

 

凶弾に穿たれたのは二人組だった。

 

地面に叩きつけられる二人組だったが、俺にはそんな二人組よりも優先すべき女性がいた。

 

──クレイジー・ダイヤモンド。

 

世界が凍りついた。

 

「──カイナお姉さん!!」

 

そして、僕はがむしゃらに走り出した。

 

 

 

 

──そして時は動き出す。

 

「チッ、弾丸に仕込んだ発信機の反応があったから姿を見るだけのつもりが、重清の奴があまりに無防備過ぎて思わず撃っちまったぜ。これでオール・フォー・ワンとの契約も御破算だな。グッ!?身体が……やはり罠が仕掛けられていたか。――ハァ、もういいか。こんなクソッタレな世界でも笑顔を忘れない奴に最期に出会えたんだ。もうお終いでいい。やりたいことも無ぇしな」

 

カイナお姉さんの顔にはヒビが入っていた。

 

「カイナお姉さん!!」

 

「なにッ、重清がどうしてここに!?――いやそうか、視線が合った気がしたのは気の所為じゃなかったんだな。ふふ、お前は随分と足が速いな」

 

突然現れた僕の姿に驚くカイナお姉さんだったけど、すぐに冷静さを取り戻した。

 

「おっと、それ以上は近付くなよ。爆発に巻き込まれるからな」

 

軽い感じで、怖いことを言うカイナお姉さん。もちろん、素直な僕は言われたことを守る。

 

「うん、わかった」

 

「いや、ちょっと待てくれ。普通、ここは考え無しに近付くとこだろ」

 

「えー、爆発に巻き込まれたら痛そうだから普通に嫌だよ」

 

「おいおい、それでもヒーローかよ」

 

「これでも若手有望株ナンバーワンって言われてるヒーローだよ」

 

「ふふ、世も末というやつだな」

 

「僕が世紀末救世主になってもいいよ。労働基準法を守ってくれるならだけどね」

 

「重清が救世主か……普通に嫌だな」

 

「ひどいっ!?」

 

「重清、お前はそんな事をしなくていい。そのままお気楽でいろ。お気楽なヒーローとして、適当に活動して、適当に人を助けて、適当に――私の分まで笑って生きてくれ」

 

「カイナお姉さん……」

 

「ふふ、そんな顔もするんだな。お前とはもっと早く――いや、なんでもない。あぁ、もうお別れのようだ。じゃあな。もしも来世ってのがあるのならまた会おうぜ」

 

カイナお姉さんのヒビは増えていき、そして爆発した。

 

──その最期は笑顔だった。

 

 

 

 

「えい」

 

「──そうか、こうなるよな」

 

ムクリと起き上がると、カイナお姉さんは気が抜けたように言った。

 

「ハハ、話に聞いていた以上の治癒だな。痛みどころか、逆に調子がよくなってるぜ。おっと――どうした?」

 

僕はカイナお姉さんの胸に飛び込んでいた。

 

カイナお姉さん、無茶をしないで。僕が遅れてたら本当に死んでたんだよ。

 

「あぁ、そうだな。まさか倒れたヴィランを放ったらかしにして来るとは思ってなかったよ」

 

罠があるかもって気づいてたよね。それなのに……カイナお姉さんはバカだよ。

 

「そうだな。私には利口な生き方ってのは向いてなかったみたいだ」

 

……カイナお姉さんはこれからどうするの?

 

「……オール・フォー・ワンと契約してまで脱獄したがもういいよ。なんだか逃げる気も失せちまったからな。そうだな、重清の手柄にしな。その代わり、偶に面会に来てくれよ」

 

えーと。もしかして、僕の自由にしてもいいの?

 

「ん? そうだな。重清の自由にしていいぞ。なんだ、逆スパイでもして欲しいのか? それはたぶん無理だぞ。オール・フォー・ワンには契約破棄が伝わっているはずだ」

 

ううん。そんな事じゃないよ。

 

ただ、口裏を合わせて欲しいだけだよ。

 

「口裏を合わせる? ああ、構わないよ。重清に任せる」

 

カイナお姉さんの了承を得た。

 

じゃあ、僕の作戦を伝えるね!

 

 

 

 

緑谷君の淑女教育は苛烈を極めていた。

 

その厳しさは凄まじく、倒れたままだったマスクマンとモヤモヤ人間を運搬し終わった後でも、淑女教育の基本である身嗜みですら教育が終わっていないと言えば、少しは理解出来ると思う。

 

「ハァハァ、緑谷さんは頑固過ぎますわ」

 

「いやだからッ、どうして僕が女物の下着を着けなくちゃダメなの!?」

 

「緑谷は何言ってんの? ブラを着けなかったら形が崩れるじゃん」

 

「ショーツだって大切だよ。ミニスカートで男物のトランクスを履くつもりなの?」

 

「そんなのダメだよー! 下からトランクスが見えちゃうよー!」

 

「ミニスカートなんか履かないよ!?」

 

「デク君が頑固なのは知ってたけど、ここまでとは思わなかった。爆豪君はどうしたらいいと思う」

 

「俺は……ガーターベルトってのが気になる」

 

「かっちゃん!?」

 

「ケロ――爆豪ちゃん。意外と業が深いのね」

 

いつの間にか、爆豪君が合流していた。

 

幼馴染特権として、男なのに淑女教育に参加してたんだ。

 

「これは提案なのですが、ここは思い切って重清くんに緑谷君をえいっとしてもらい、彼の脳の構造を女寄りにしてもらうのはどうでしょうか?」

 

『それだっ!!』

 

「それだじゃないよ!? 非常識なことを言わないでよ! 麗日さんも正気に戻って! 僕、ずっとは女の子のままでいる気はないよ!」

 

「ハッ!? そう言われたらそうだね! 緑谷君が女の子のままだと将来的に困るのは私だった!」

 

「チッ、正気に戻りやがりましたわ」

 

「爆豪くんかと思ったら、八百万さんだ!? 女の子が舌打ちしたらダメだよ!」

 

「チッ、俺とそのエセお嬢様を間違えるなよ。俺はデクが男でも女でもどっちでも構わねえよ。デクはデクだ。変わらねえだろうが……だから、このままでもいいぞ」

 

「どちらでも構わない……ハッ!? つまり両刀づか――コホン。重清さん、まだ淑女教育中ですわ。殿方は席を外して下さいませ」

 

──ヒミコちゃんの後ろに隠れていたら、モモちゃんにやんわりと追い払われた。

 

 

 

 

「そろそろ、この地域も脱獄囚を取り尽くしますね」

 

「ああ、そうだな。うちの女子メンバー勢揃いで、ストレスフルではあるが仕事は捗るからな」

 

「アハハ! もう、そんなこと言ったら可哀想ですよ。あの程度なら可愛いものじゃないですか」

 

「そうか。Mt.レディは二十三歳だったな。私よりかは、あいつらと感性が近いんだな」

 

「いえ、違います。一緒にしないで下さいよ。私から見ても非常識な子達ですよ。ただ単にマウントの取り合いをするような嫌な子達じゃないから可愛いって言っただけです」

 

「なるほどな。そういう捉え方もあるのか。言われてみればそうだな。女特有のアレは面倒だからな。そう考えれば、うちの女子メンバーは悪くねえな」

 

「フフ、良いとは言わないんですね」

 

「数年経って、あいつらが歳相応に落ち着いたら言ってやるよ」

 

「歳をとっても性格はそう変わるもんじゃないですよ?」

 

「……きっと、麗日の真心がアイツらを変えてくれると信じている」

 

「じゃあ、賭けませんか? 変わるか、変わらないかを」

 

「私は変わらない方に賭けるぞ!!」

 

「先に言うのズルいです!!」

 

 

 

 

緑谷君を無事に寮へと連れ戻せた。

 

きっと、お茶子ちゃんの真心が通じたんだと思う。

 

「うん、そうだね。女物の下着を着けるぐらいなら、麗日さんの言う通り素直に寮に戻るよ」

 

そんなに女性用の下着は嫌なの?

 

「そりゃそうだよ。いくら外見が女の子になったとはいえ、僕の心は男だよ。似合もしない女物の下着なんか着けたくないよ」

 

そっか。緑谷君は可愛いのに勿体ないね。

 

「え……僕って可愛いの?」

 

うん?

 

女の子の緑谷君は普通に可愛いよ。

 

緑谷君の顔立ちは可愛い系だし、スタイルも良いし、性格だって今は面倒見の良い好感が持てるものだし、なんと言っても庇護欲をそそる雰囲気がグッとくるよ。

 

「そ、そうなんだ。僕ってそういう風に矢安宮君に思われていたんだね。――うん、何だか嬉しいな」

 

うん、普通に可愛い。

 

《本体、ダッシュで逃げろ》

 

とおっ、緊急避難だ!!

 

ダダダッと逃げ出した瞬間、今まで僕がいた場所は爆破された。

 

「チッ、逃げられたか。おい、デク。矢安宮は女誑しだからな。気を許すんじゃねえぞ」

 

「もう、かっちゃんはやり過ぎだよ。矢安宮君は大切な友達だよ。だけど、それだけ僕を心配してくれたんだよね」

 

「そんなんじゃ――いや、そうだ。デクは危なっかしいからな。幼馴染として心配ぐらいしちまうよ」

 

「えっ、かっちゃんが素直だ……もしかして偽物なの!?」

 

「んなわけねえだろうがッ!!」

 

「ふふふ、いつものかっちゃんに戻っちゃった」

 

「チッ、まだメシ食ってねえだろ! 食いに行くぞ!」

 

「うん、一緒に行こう。そうだ、矢安宮君みたいにアーンで食べさせて上げるね」

 

「ハアッ!? んなのは人前でするもんじゃねえんだよ! するなら二人っきりの時だけだ!」

 

「うんっ、じゃあ今度、個室のあるレストランに行こうね。約束だよ!」

 

「チッ、予約はお前がしろよ」

 

「うん!」

 

 

 

 

「ヌググ、まだよ。まだ負けてないからね!!」

 

 

 

 

──翌日、緑谷君を早く男に戻せと、全然うららかじゃないアレな顔をしたお茶子ちゃんに詰められた。

 

 

 

 

カイナお姉さんから、オール・フォー・ワンに繋がる情報が得られた。

 

──二ヶ月以内に灰堀の森林洋館へ標的を連れてくること。

 

それが、カイナお姉さんがオール・フォー・ワンと交わした契約だった。

 

《本体、誰も居なかった。代わりに爆破装置を見つけた》

 

解除出来そう?

 

《簡単な構造だからいける》

 

うん、じゃあ、お願いするね。

 

《了解した》

 

森林洋館への捜索依頼は、ミルコヒーロー事務所にはされなかったから、あとは放っておいた。

 

 

 

 

カイナお姉さんの恩赦が認められた。

 

治癒系ヒーロー重ちーを身を挺して超常解放戦線から助けたのが理由だ。

 

治癒系ヒーロー重ちーが、僅か一年足らずの間に救った人命、そして直してきた建造物の実績を考えれば、その命を救った功績はタルタロスの脱獄囚だろうと恩赦に値すると、公安委員会に判断を“させた”んだ。

 

フハハハッ、公安委員会からの無茶な特別依頼の数々を受けてきた貸し全部と引き換えだったけど、カイナお姉さんの自由とならこっちが得してるよ。

 

「私なんかにどうしてここまで――まったく、どんだけ物好きなんだよ」

 

カイナお姉さんを自由にしていいって許可をもらえたからね。僕の好きにしたんだ。えっと、文句があったりする?

 

「ここまで世話をかけて文句を言うアホはいねぇよ。それにお前みたいな無鉄砲な奴は心配だからな。近くにいて無茶をしないか見張ってやるよ」

 

そう言って、ニヤリと笑うカイナお姉さん。

 

こうして、合法的に自由の身となったカイナお姉さんは、僕の実家に家政婦さんとして滞在することになった。

 

「ところで、どうして重清の実家で家政婦なんだ。いや、ここで暮らせるのは有り難いぜ。重清のママとも気が合うしな。――そういえば、重清より彼女との方が歳が近いんだよなぁ」

 

恩赦されたとはいえ、カイナお姉さんは色々と有名人みたいだからね。僕ん家なら嫌な人は誰も近付けないんだ。だから、ほとぼりが冷めるまでここに居てよ。そうだ、ついでにエリちゃんの家庭教師もよろしくね。

 

「エリはお前の弟子だろ。あぁ、そうか。重清が下手に教えたらダメな子になっちまうのか。ハァ、それなら仕方ねぇな。それに重清の手助けならやり甲斐もある」

 

溜息を吐くカイナお姉さんだけど、その優しい瞳は楽しげに輝いていた。そこに悲しげな色が見えなくてホッとする。

 

うん。これで自宅に優しいカイナお姉さんがいてくれる。

 

事務所にはミルコ姉さんがいる。雄英だとミッドナイト(ネムリ先生)がいる。自宅にだけいなかったから物足りなかったんだ。

 

フハハハッ、これからはどこでも甘えられるぞ!

 

「──自宅にはママがいますよ?」

 

フッ、ママとお姉さんは別腹だからね。

 

優しくて大らかなお姉さんは、こうやって甘えるドサクサで触っても許してくれるんだ。

 

カイナお姉さんの大きなモモに顔を埋めて両手を身体に回した。このとき、ちょっと微妙なとこを触っても大らかなカイナお姉さんは苦笑するだけで怒ったりしない。

 

あっ、抱きしめ返してくれた。

 

「なるほど。なるほどなのです。すごく納得できました。じゃあ、いつもの様にジャイアントスイングでお仕置きをするのです」

 

ダッシュで逃げ出した。秒で捕まった。

 

──グルングルン回される僕を少し心配そうにしながらも、カイナお姉さんは静かに見守ってくれていた。

 

 

 

 

 

 





──かつてのトップヒーロー、レディ・ナガンが家政婦さんになりました。

重清くんが拾って来ちゃったのです。

レディ・ナガンといえば、仲間のヒーローを殺害してタルタロスに投獄された方です。

タルタロス陥落の混乱に乗じて脱獄した一人ですね。

脱獄囚の運搬業務中に、緑谷君の淑女教育を始めたため、重清くんを自由にしたのが失敗でした。

まさか、その脱獄囚の中から気に入るお姉さんを見つけるだなんて想像もしていませんでした。

流石に見境が無さ過ぎるのです。

重清くん家の家政婦さんになってから伝えられても遅いのです。

だけど、私は怒れないです。

レディ・ナガンは、オール・フォー・ワンの罠があるのを察していたのに、私の重清くんを助けてくれたからです。

それはきっと、やさぐれた彼女のただの気紛れだったと思うのです。

チンピラの爆豪君が稀に見せるやつと同じです。

それでも、私の重清くんを助けたのは紛れもない事実なのです。

私の重清くんの命の重さは地球よりも重たいのですから、その功績はたかが恩赦如きでは釣り合いません。

そこで二人で相談して決めたお礼を、重清くんがレディ・ナガンに上げに行きました。

──小ジワが気になるよね。消して……ひぃっ!?

そのときの彼女は怒ったママに匹敵する怖さだったと、後で重清くんに聞きました。

若い女の私は同席しない方がいいと判断した過去の自分を褒めてあげたいです。

それだけ怒ったママは怖いのです。それに匹敵するレディ・ナガン。本気で怒らせないように注意するのです。

ほとぼりが冷めた頃に顔を合わせたレディ・ナガンはプルプルお肌になっていました。

ふふ、女なら美への誘惑には勝てないのです。

視線の合ったレディ・ナガンにニンマリと微笑みを送ります。

レディ・ナガンは私の顔を見ると、思い出したかのように言いました。

「──なぁ、余計なお世話だけどよ。他の女に変身して彼氏とイチャつくのはどうかと思うぞ」


──そんなことわかっているのです!!











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