重ちー(偽)のヒーローアカデミア   作:銀の鈴

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閑話・ラビットヒーロー

 

──雄英体育祭が開催される。

 

とても規模が大きくてテレビ中継もされる体育祭だ。今では廃れたオリンピックに代わるほどの人気を誇っている。

 

クラスメイト達は随分とやる気になっている。なんでもこの体育祭は、全国のヒーロー事務所も注目しているから、ここで目立てばスカウトされる可能性が高いらしい。

 

その話を聞いて、僕はスカウトはされなくてもいいかなって思った。

 

だって、全国のヒーロー事務所だなんてどこに行かされるか分かんないよね。僕は生まれ育った地元で地域密着型ヒーローでいいよ。

 

たまに出張で遠くに行く程度なら、旅行気分で楽しめていいかもしれないけどね。

 

まあ、地元のヒーロー事務所からスカウトされたら考えてもいいかも? うーん、やっぱりパスかな。上司を持ったらストレスが溜まりそうだもん。いっそのこと、卒業したら自分でヒーロー事務所を開こうかな?

 

「お前はどれだけヒーローを舐めてんだよ」

 

ミルコ姉さんは呆れた顔でそう言うと、可笑そうにククッと笑う。ひょんな事で知り合ったミルコ姉さんは偶に僕ん家に来るようになった。

 

もちろん、ミルコ姉さんの目的は僕自身ではない。僕の個性目当てだ。身体が目的じゃないのは残念なところだね。

 

「あん? なんだ、お前は私みたいなのが好みのタイプなのか?」

 

「いえ、全然です。口より先に手がでる女性は二次元だけで十分です。ミルコ姉さんとは困った時に頼り合える関係でいきましょう」

 

僕が軽口をたたく。そしてミルコ姉さんに軽く撫でるように頭を叩かれて終わるのがいつものパターンだ。

 

「…………」

 

いつものパターンなんだけど、どうしたんだろう? ミルコ姉さんがボーっとしてるよ。

 

「……この私と頼り合う、関係か」

 

──聞き取れない小さな呟き。

 

俯いて何か呟いたミルコ姉さんは、顔を上げるとニヤリと挑発的に笑いながら言った。

 

「おいおい、随分と大口を叩くじゃねぇか。お前の個性は確かに優秀だが治癒だけじゃダメだな。私に頼られたきゃもっと強くなきゃな」

 

──その瞳に不思議な光が宿っているように見えた。

 

ふむ、と僕は考える。

 

なんとなく分かった、今が分水嶺なのだと。

 

なんの分水嶺なのかはさっぱりだけど、ピキーンときたのだ。どこかでヒミコちゃんが、ガオーって吠えている気もするから間違いない。

 

ここは全力を見せるときだ!

 

──両膝を曲げて上体を大きく逸らす。黄金の精神を宿らせた眼差しを向け、彼女を真っ直ぐに指差す。

 

「ゴゴゴゴゴゴ。いいだろう。その挑発に乗ってやる。男女平等という言葉が存在する意味を、泣きじゃくるほど理解する覚悟が出来たら裏庭に出てこい」

 

えへへ、僕ん家の裏庭はちょっとした運動ができるぐらいには広いんだ。そんな風に、内心でちょっぴり自宅自慢をしながら先に裏庭に向かった僕は──

 

「生意気な奴め、どこまで本気なんだか……ククク、蹴りゃ分かるか。死なない程度に蹴ってやるよ」

 

獰猛な肉食獣に似た気配を放ち始めた彼女に気づかなかった──

 

 

*

 

 

──地面が爆ぜた。

 

兎以上に強力な脚力から生み出される突進力は僕の動体視力を容易く凌駕する。

 

うん、全く見えないよ。

 

迫ってくる影だけが僅かに見えた。

 

無様に蹴り飛ばされる。たぶんミルコ姉さんはそう思っただろう。普段の僕ならその通りの結果になったと思う。

 

でも今日は違う。

 

ここに立っているのは、“クレイジー・ダイヤモンド”の矢安宮重清としてだけじゃないからだ。

 

ここに立っているのは、“クレイジー・ダイヤモンド”にして“ハーヴェスト”の矢安宮重清だ。

 

ママとパパ、そしてヒミコちゃんの護衛をさせているハーヴェストを除いた、全てのハーヴェストを集結させた。

 

その総数は400体以上だ。

 

裏庭という限られた空間内ではどれほど素早く動こうとも、感知能力に優れた400体ものハーヴェスト達の認識内から逃れることは出来ない。

 

もちろんだけど、ハーヴェスト達が認識したもの全てを受信なんかしたら僕の繊細な脳が耐えられるわけがない。

 

そこんところは優秀なハーヴェスト側で取捨選択をして僕に必要な情報だけを送信してくれる。

 

《半歩右》《一歩後ろ》《しゃがめ》《でんぐり返し》《立ってその場でジャーンプ》《一歩左》《後ろに軽くステップしてからジョジョ立ち》

 

──両足を大きく交差させ、左腕は腹部に、右腕は頭の後ろで曲げる。その表情は余裕を感じさせる。

 

「ババーン。その程度か、どうやら僕が勝手に期待し過ぎていたみたいだな。ラビットヒーローミルコの勇名にな」

 

「へぇ、どういうカラクリだ。全力じゃないとはいえ、私の蹴りをここまで完璧に躱しきった奴は今までに数える程度しかいなかったぜ」

 

僕の反応速度も考慮して情報をくれるハーヴェスト。ヨッホッハッとラジオ体操でもする感じで動いてたらミルコ姉さんの蹴りを避けていた。

 

ミルコ姉さんは面白そうに僕を見ている。どうやら全く本気は出していなかったみたいだ。でも次は本気をだすんだと思う。だって、ミルコ姉さんの顔から笑みが消えたんだもん。ちょっと怖い。

 

「思考を読んだ。筋肉の動きで予測した。直近の未来予知。暗示による行動誘導。純粋な戦闘技術……これはないな。今までにも私の蹴りを躱してみせた奴らはいた。だが、最後まで立っていたのはいつでもこの私だった。この言葉の意味を教えてやるよ」

 

いえ、けっこうです。

 

そんな僕の心の声とは裏腹にミルコ姉さんの全身の筋肉が膨れ上がる。

 

「真っ向勝負だ!! 思いっきり蹴っ飛ばす!!」

 

ミルコ姉さんから見えない何かが爆発的に放たれて肌を打ったのを感じた。

 

この時点でハーヴェストはミルコ姉さんの突進速度や攻撃方法などの予測を終えている。

 

ハーヴェストは感知範囲内の全てを把握して未来予知並みの行動予測をしていた。

 

その結果、ミルコ姉さんのこれからの行動が手に取るように理解できた。

 

僕はその予測内容に感嘆の溜息を吐くだけだ。ここでジタバタと焦っても仕方ないだろう。ハーヴェストも《格好つけて立っとく》って送信してきたよ。

 

つまり、結局何が言いたいのかというと、予測している攻撃だとしても、その攻撃速度が僕の対処能力を遥かに超えていたらどうしようもない。という事だ。

 

だって、今から音速を超えた速度で突っ込んでくる。それを知ったとしても文化系の僕にどうしろって話だよね。

 

あ、ミルコ姉さんが動く。

 

──地面が爆ぜる音すら聞こえなかった。

 

気がつくと、ミルコ姉さんの足が目の前で止まっていた。

 

「……何をしやがった。いや、“今”なにをしている?」

 

僕の目には、全身に隙間なくハーヴェストを纏わせたミルコ姉さんの姿が映っていた。

 

スタンドとは不思議な存在だ。スタンドは生物や物体に干渉できるけど、その逆はできない。

 

それならスタンドで物の動きを止めようとすればどうなるのか?

 

暴走する大型トラックを真正面からハーヴェストで止めようとすれば、その勢いを止められずに大型トラックにくっ付いていってしまうだろう。ハーヴェストは非力だからね。

 

でも、暴走する大型トラックの機関部に入り込んで、その身体を可動部に突っ込みストッパーにすれば簡単に止められる。可動部でどれほどの圧力が加わろうとスタンドを破壊できるのはスタンドだけだからだ。

 

人間を止めるなら関節のストッパーになればいい。ストッパーでは関節を伸ばすことは防げないけど曲げることは防げる。

 

そして今、ハーヴェスト達はミルコ姉さんの全身を覆い、その身体をストッパーにしながら互いに手を組んで外れないように固定をしている。

 

これは多数で小さなハーヴェストだから可能なことだ。これが通常の人型スタンドなら羽交い締めができる程度だろう。

 

その場合だとミルコ姉さんとの力比べになる。非力なスタンドならミルコ姉さんは押さえられない。

 

今のミルコ姉さんは空気が突然固まったようにでも感じているはずだ。

 

力で押さえつけられているのではなく、全身を動かないもので覆われている状態だ。

 

僕は一旦距離をとる。ミルコ姉さんに何をしても無駄だと理解させるためだ。

 

「ゲームは、僕がミルコに触れるまでだ。せいぜい足掻いてみせろ」

 

僕はミルコ姉さんにゆっくりと近づく。

 

ミルコ姉さんは凶相にすら見える表情を浮かべると全身に力を込めた。ミシミシと嫌な音がミルコ姉さんの身体中から響いてくる。

 

ミルコ姉さんが自分自身の身体が耐えられないほどの力を込めてもハーヴェスト達は揺るぎもしない。

 

一秒毎にミルコ姉さんの身体は壊れていく。だけど彼女は心底楽しそうに笑った。

 

「あはははははっ!! この私がッ、このラビットヒーローミルコがッ、まるで雑魚のように負けちまうかっ!!」

 

そして、僕はミルコ姉さんの目の前に到着した。これでゲームセットだ。ミルコ姉さんも諦めたのか全身から力を抜いた。

 

ミルコ姉さんはとても負けず嫌いな筈なのに悔しそうな顔すらせず、逆に穏やかさすら感じさせる笑みを薄らと浮かべていた。

 

はて、どういう心情なのかな?

 

とりあえず、ミルコ姉さんの額に右拳を当てる。ミルコ姉さんは素直に受け入れた。

 

──“クレイジー・ダイヤモンド”

 

「僕の勝ちだ。悪いな、男女平等のご時世だ。個人的には女に花を持たせる方が好みなんだけどな」

 

無茶をした兎さんを癒す──

 

ハーヴェスト達をミルコ姉さんから離す。不安定な体勢だったためか、倒れそうになったミルコ姉さんを咄嗟に抱き止めた。

 

ふと思い出して、僕はミルコ姉さんの耳元で囁いた。

 

「やる前は、ああは言ったが泣きじゃくるのは勘弁してくれ。ミルコを──女の子を泣かせたらママに叱られちまうからな(本気)」

 

その言葉を聞いたミルコ姉さんは意表を突かれた顔になる。次の瞬間、僕の首に腕を回して顔を寄せてくると、お返しとばかりに囁いてきた。

 

「クク、本当に生意気な奴め。気に入ったぞ」

 

──ミルコ姉さんの長い耳が機嫌良さげに揺れていた。

 

 

*

 

 

後日、僕の地元にラビットヒーローミルコの事務所ができた。

 

そして、僕はヒミコちゃんに正座させられて説教された。

 

──わけが分からないよ!?

 

 

 

 





──わけがわからないのです。

重清くんの地元(私の地元でもあります)にミルコさんのヒーロー事務所が出来ました。

それはとても奇妙に思います。

彼女は事務所を構えずに活動するヒーローとして知られていたからです。

ただの気まぐれでしょうか?

ミルコさんが頻繁に重清くん家に居るのも奇妙に思います。

いえ、理由は聞いています。治癒のためなのです。

ミルコさんは接近戦主体のヒーローです。怪我が多いのは納得できます。

同じ女なので、肌に傷が残るのが嫌なのも非常に納得な理由です。

でも、ミルコさんってそんなキャラですか!?

傷はヒーローの勲章だぜ! ってキャラでしたよね!?

とても変ですよね!?

とても変なんです!!

うぐぐ……。

ま、まぁいいです。

ミルコさんも美容に気をつける歳になったのだと納得することにします。

ところで、この職業体験のパンフレットって何なのです?

ミルコさんのヒーロー事務所のやつですよね?

お手製で一枚だけ作った感が満載のパンフレットっておかしくないです?

それにヒーロー科の職業体験はまだまだ先の話ですよ?

このパンフレットのスケジュールで、宿泊所が重清くんの自宅になっていますよ?

ヒーロー事務所が近いから重清くんが職業体験中も自宅に帰るのは分かるって事にします。

でもッ、指導役としてミルコさんまで重清くん家に泊まる予定になっている意味が分からないです!!

アホ兎ですか!?

アホ兎ですね!!

一体全体なにが起こったのですか!?

怒らないからキリキリ説明して下さいッ!!

もう怒ってるって!?

…………ごめんなさい。

つい興奮してしまいました。

あ、はい。いただきます。

コクリ。

舌に広がるその甘さに冷静さを取り戻します。

はい? 変身してほしいのですか?

……いいですよ。今日は勝手に怒っちゃったので、そのお詫びに変身します。

ふふ、そんなに喜ばれると私まで嬉しくなっちゃいます。

あ、それでこれはどなたの血なのです?

たぶん、梅雨ちゃんや三奈ちゃんみたいな異形型だと思うのです。

は?

ミルコ姉さん?

口より先に手が出なくて、無邪気に笑うミルコ姉さんとイチャイチャしてみたい、ですか?

なるほど。

本当になるほどです。

ちょっと待って下さい。深呼吸をします。

すぅはぁ

すぅはぁ

すぅはぁ

……うん、私は冷静なのです。

さて、重清くん、正座して下さい。

はい、正座です。

重清くんが、ここで、今すぐにです。

はい、それでいいです。

重清くん、あなたはアホですか?

はい、アホですね。

もしかして、私の堪忍袋の緒の強さを調査中なのですか?

いい加減にしないと本当に切れちゃいますよ?

今日はとことんお話をしましょう。

イヤイヤをしてもダメなのです。

まずは、ミルコさんとのお話を聞かせて下さい。

はい、最初から全部です。


*


なるほど、全てわかりました。

重清くん、そのぴきーんは嫌な予感のぴきーんだったのです。

がおー!!


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