重ちー(偽)のヒーローアカデミア   作:銀の鈴

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閑話・Pinky(ピンキー)

 

──あの子と初めて出会ったのは、雄英の教室じゃなかった。

 

あれはまだ、私が中学生だった頃の話だ。

 

下校途中に同級生二人が、もう見るからに怪しい風体の大男に街中で絡まれていた。

 

怪しい大男は、同級生二人の背後に建っていた建物のコンクリート製の壁を握りつぶした。

 

怯えてへたり込む二人の姿に、私の身体は咄嗟に動き二人と大男の間に走り込んだ。

 

見上げるほどの巨体に身体が震えるのを感じた。そしてそれ以上に大男がその身に纏う異様な雰囲気に恐怖した。

 

それでも私の後ろには怯えている二人がいる。自分の中から勇気を振り絞る。

 

戦おうなどとは思わなかった。

 

──逆らったら死んじゃう。

 

当たり前のように理解できた。絶対に敵対するわけにはいかない。

 

必死に頭を回転させる。今まで生きていてこれ以上ないと言えるほどに考えた。

 

『スプリンガーのヒーロー事務所はどこですか?』

 

ふいに大男が口にしていた言葉を思い出した。

 

反射的に口が動いた。

 

「あっちの角曲がって──」

 

「うっひゃあ、おっきなおっちゃんだね!」

 

呑気そうな声が、私の言葉を遮った。

 

咄嗟に声が聞こえた方向に視線を向ける。そこには、私よりも少し歳下に見える小柄な男の子が立っていた。

 

その子は緊迫したこの場には相応しくない、のほほんとした雰囲気を纏った男の子だった。

 

男の子はトコトコとまるで無警戒に大男の前に歩いてきた。そして大男が容易く握りつぶした建物の壁に目を向ける。

 

その惨状に呆れた顔になった男の子は、まるで親戚のおじさんにでも向けて言うかのように軽い感じで喋った。

 

「器物破損はダメだよ、おっきなおっちゃん」

 

「う、すまない。つい力がはいった」

 

目の前の状況が信じられなかった。

 

突然現れた男の子は普通に大男に注意したのだ。そして、大男の方も普通に申し訳なさそうに謝った。

 

何が目の前で起きているのか、混乱した頭ではまるで理解出来なかった。

 

状況に追いつけない私とは関係なく、目の前の男の子は言葉を続ける。

 

「ふぅ、仕方ないなぁ。今から見る事は内緒にしてね」

 

「ん? よく分からないが、分かった。内緒にする」

 

「うん、じゃあ──」

 

男の子が軽く建物の壁を殴ると、瞬く間に大男が壊した部分が修復された。

 

──男の子は両足を大きく開いて立った。上体は僅かに傾けている。片手で顔を隠しているが、その隙間からは隠し切れないドヤ顔が見えていた。

 

「ババーン。クレイジー・ダイヤモンド。僕が殴って直せ(治せ)ないものはない」

 

あの妙な体勢は何なんだろう? それにクレイジー・ダイヤモンドって個性名なの? 個性の能力と名前が合ってなくない?

 

そんなどうでもいい疑問が脳内を駆け巡る。

 

「おお、直してくれたのか。助かった、ありがとう」

 

「いや、いいよ。困った時はお互い様だからね。よし、ついでだ。おっきなおっちゃんが纏ってる布を仕立て直してあげるよ。うん、もうボロいから破らなくてもいけそうだ」

 

仕立て直す? この子は何を言って──ふぁっ!?

 

「おおう!? これは服か!! それにズボンまで!!」

 

男の子がボスンと軽く大男が纏っていたボロ布を殴ると、それが服とズボンに変化した。

 

うん、自分でも言ってる意味がよく分かんない。あんなことができる個性があるんだと、びっくりするしかなかった。

 

「うぐっ…服を着るのはいつ振りだろうか……本当にありがとう。少年よ、君の名を聞かせてもらえないだろうか?」

 

大男が涙ぐんで彼に感謝している。その姿からは当初感じていた異様な雰囲気など微塵も感じられなかった。

 

「僕は矢安宮(やんぐう)重清(しげきよ)だよ。おっきなおっちゃんは何て名前なの?」

 

そっか、この子の名前は矢安宮(やんぐう)重清(しげきよ)って言うんだ。この子にピッタリな名前だと思った。

 

「──矢安宮(やんぐう)重清(しげきよ)。良き名だ。強く、そして優しさを感じさせる。本当に良き名だ。それで重清よ、俺の名を問うたのか? ふふ、名を問われたのも本当に久しぶりだ。俺の名は──」

 

大男はいっそのこと優しげといえる雰囲気で自分の名を彼に告げた。

 

「へえ、おっきなおっちゃんも良い名前だね。僕の名前とタメを張れるよ」

 

「グハハハッ、そうか! 重清とタメを張れるか! それは誇らしいことだ!」

 

大男が陽気に笑った。いつの間にか身体の震えは止まっていた。

 

ヴィラン染みた異様な雰囲気の大男だったはずなのに、気づくとただの気の良い大男になっていた。

 

――ううん、違う。『なっていた』じゃない。最初から違ったんだ。私は気づけなかったけど、重清君は気づいていたんだ。

 

小さな身体の重清君がとても大きく見える。なぜか胸の奥が温かく感じた。

 

重清君は大男と世間話をしていた。

 

「主…?」

 

「うむ、そうだ。全ては主のために、俺は働いているのだ」

 

「ねぇ、労働基準法って知ってる?」

 

「労働基準法? それはなんだ?」

 

「おっきなおっちゃんみたいに働く人を守る為の法律だよ。雇用者()労働者(おっちゃん)を雇うための最低限のルールが、国で決められているんだよ。それによるとだね、今のおっきなおっちゃんの現状は――」

 

重清君が何かを一生懸命に説明している。初めは半信半疑な様子だった大男も、次第に顔色を変えて真剣に重清君の話を聞いている。

 

大人の人生相談にも乗ってあげれるだなんて、重清君はしっかりしてる。私は自分のことが恥ずかしく思えた。

 

「な、何ということだ!! お、俺は主に搾取されていたのかっ!! 主に雇用されて何年…いや、十数年か? 最早分からぬほど働かされていながら与えられた給与は、現物支給の食べ物とボロ布、そしてこのラジオだけだ!!」

 

「もしかしてそのラジオ、おっきなおっちゃんの思考力を奪う効果とかあったりしないかな? そうじゃないと今までおっきなおっちゃんがこの状況を変だと思わなかった理由がないよね?」

 

「し、重清の言う通りだ!! そうだ!! 思い出したぞ!! このラジオを渡された時に肌身離さずに聞き続ける様にと命令されたぞ!! こんな物などこうだ!!」

 

「うんうん、そんなラジオは壊して当然だよ。おっきなおっちゃんは今までの勤め先を退職するよね?」

 

「無論だ。最早、主など信じられぬ。いや、あのような悪辣なヤツを主などと呼ぶのも虫唾が走るわ!!」

 

「それなら、街中で新しい勤め先を探すより、昨日のテレビで山岳救助をメインにしてるプッシーキャッツ事務所とかいうヒーロー事務所を見たんだけど、そういう自然災害救助をしてるとこで働くのがいいんじゃないかな? シティボーイな僕と違って、おっきなおっちゃんは、ザ・山男って感じで体力がありそうだしね。なんでも年中人手不足で困っているみたいだから、簡単な体力テストで雇ってもらえるみたいだよ」

 

「おう! 体力なら任せておけ! うむ、そうだな。重清の言う通りだ。俺には街中より自然の方が合うだろう。とりあえず、そのプッシーキャッツ事務所といったか? そこに行ってみようと思う」

 

「うんうん、それがいいよ。よし、乗り掛かった船だし、僕も付き合うよ。とは言ってもまずは腹ごしらえをしよう」

 

「メシか? 俺は金を持ってないぞ」

 

「うん、今は奢るから就職して生活が安定したら奢ってよ」

 

「うむ、任せておけ! 腹一杯食わせてやるぞ!」

 

「おっきなおっちゃんは沢山食べそうだから食べ放題の焼肉にしようか?」

 

「焼き肉か!! 俺の大好物だ!!」

 

「うん、じゃあ焼き肉に決定ーっ!!」

 

「おうっ、決定だーっ!!」

 

「それじゃあ、お店まで乗っけてって!」

 

「おうおう、乗れ乗れ!」

 

重清君はよじよじと大男の身体を登っていくと、その肩にちょこんと座った。

 

そのまま大男は肩に乗せた重清君を落とさないように気をつけながら、とても機嫌良さそうにドシドシと歩いて行った。

 

私はその背中を黙って見送るしかなかった。たしかに感じていたはずの死の恐怖は、ただの恥ずかしい勘違いの産物に思えた。

 

「──人を見かけだけで判断しちゃいけないってことなんだ」

 

自然と口からでたその言葉に、同級生二人が黙って頷いていた。

 

ズタボロの布を纏った大男──私はその外見だけで大男に偏見を持った。重清君はその外見に惑わされなかった。

 

「人を見る目で、歳下の男の子に負けちゃった」

 

少し悔しいけど、自分が未熟だったのだから仕方がない。それよりも重清君を素直に賞賛しよう。

 

重清君は将来はきっと大物になる。ううん、大物になってもらわなきゃあの子に負けた私の立つ瀬がない。

 

「重清君、一度もアタシのこと見てくれなかった。ちょっと残念――」

 

気の良い大男に偏見の目を向けていたのだ。そんな歳上の女子にあの子が興味を持ってくれるわけがない。

 

また会えるかな。もし会えたら今度はちゃんと話してみたいな。

 

そんなことを考えながら、私はまだ立ち上がれないでいる同級生達に手を差し出した。

 

 

 

 

ヒーロー科で重清君と再会した。少しビックリした。

 

彼が良い子なのは知っているし、個性も優れていることは知っている。

 

だけど、ヒーローを目指すような子には見えなかった。それにあの個性でヴィランと戦えるのかな? 少し心配になる。

 

それにしても、重清君は同じ歳だったんだ。歳下だと思っていた。

 

そうか、彼は少し成長が遅かったんだ。以前は私の方がたいぶ背が高かったけど、今はその差が少なくなっている。きっとすぐにもっと伸びて、私が見上げることになるのだろう。

 

そう考えると、男の子の成長はすごいなぁと頬が緩む。弟がいたらきっとこんな微笑ましい気持ちで成長を見守るのだと思った。

 

重清君は──いや、歳下じゃなくて同級生だからこの呼び方はよくない。苗字の呼び捨てにしておこう。

 

矢安宮は、生意気にも彼女をつれていた。カップルで雄英のヒーロー科に受かるだなんて素直に凄いと思う。

 

彼女の矢安宮を見つめる目は、とても優しくてそれでいて熱を帯びていた。彼女から矢安宮の話を聞くのが楽しみになった。

 

きっと、胸焼けしそうな恋バナが聞けるだろう。今から楽しみだ。

 

二人の仲良さげな様子を微笑ましく眺めていたら、なぜかチクリと胸の奥が痛んだ。風邪かな、と思った。

 

 

 

 

──個性把握テストが行われた。

 

トガって子は凄い。

 

彼女の個性の“変身”は外見を変化させるだけだ。だから個性把握テストでは、条件は無個性と同じ状態なのに私より順位が上だった。

 

矢安宮は他の男子二人と激しいドベ争いを繰り広げていたけど、他の二人が個性を発揮できる種目が一種類ずつあったのに、矢安宮にはなかったため、彼が最下位になってしまった。

 

あの子がいきなり除籍になる。

 

それは理不尽すぎると抗議をしようと思ったとき――二人の会話が聞こえてきた。

 

「ヒーロー科を除籍になったらサポート科に移れるかな?」

 

「重清くんはサポート科がいいのですか?」

 

「サポート科なら卒業後に機械修理の個性使用許可がすぐに下りるからね」

 

「なるほどです! 機械修理工場を経営すれば、重清くんならどんな機械でも一瞬で直せるので商売繁盛間違いなしなのです!」

 

「うん、それによく考えたらヒーローになってあっちこっちの現場にいくより、自宅の近くで工場を構えた方が楽でいいなって気づいたんだ」

 

「重清くんが工場経営をするなら、私がヒーロー免許をとったら専属警備をします。そうすれば一日中一緒にいられるのです」

 

「専属警備なら僕が考えたヒーロースーツを着て欲しいな」

 

「重清くんが考えたヒーロースーツですか?……とても嫌な予感がします。それは着た状態で外を歩いても大丈夫なやつですか?」

 

「だ、ダメだよ!! 絶対にダメだ!! 僕のヒミコちゃんのあんな姿を他の男に見せたら絶対にダメだ!!」

 

「どんなエッチなのを考えているのですか!?」

 

「え、エッチじゃないよ…可愛いやつだよ」

 

「本当ですか? 私の目を見てもう一度言えますか?」

 

「……ごめんなさい」

 

「はい、素直なので許して上げるのです」

 

「ありがとう、ヒミコちゃん!(ギュッと抱きしめる)」

 

「はいなのです、重清くん!(ギュッと抱き返す)」

 

「……お前ら、いい加減にしろ。授業中に抱き合うな。ちなみに除籍はウソだ。お前らの最大限を引き出す合理的虚偽だ」

 

先生の言葉に意識が戻る。

 

矢安宮たちの余りにも酷い会話に気が遠くなっていた。

 

私は心の中で叫んだ。

 

──コイツらバカップルだー!

 

本物のバカップルを身近で観察できるチャンスは初めてだった。私はワクワクした気持ちで二人を見つめる。

 

隣にいた葉隠が心配そうな声で聞いてきた。

 

「どうしたの? そんな顰めっ面してお腹痛いの?」

 

自分の眉間を触る。なぜか皺が寄っていた。お腹に手を当てた。たぶんお腹が痛いんだと思った。

 

 

 

 

矢安宮とは順調に仲良くなっていった。

 

カラオケやボーリングなど遊びには何度も行っている。

 

少し意外だったのは、遊ぶときトガがいないことが結構あることだ。トガは矢安宮にベッタリなのかと思っていた。

 

もちろん、二人が一緒にいる方が頻度としては高い。それでも思っていたよりも別行動が多かった。

 

互いに束縛も依存もしていないのだろう。一緒にいればイチャイチャしてるけどね。

 

でもトガがいないなら、二人っきりで遊べ……だ、ダメだ。それは何だか恥ずかしい。

 

ところで、少し気になる事があった。『ヒミコちゃんが困ってるから行ってくるよ』などと言って矢安宮がどこかに行っちゃうときがある。

 

『困っている気がする』じゃなくて、『困ってるから』と断定をしてる。虫の知らせとかじゃなくてトガのピンチを確信して助けに行っている。

 

あとでトガに聞いてみると、しつこくナンパされてたとか、少し道に迷ってたとかの大したことない内容だったけどね。

 

これが二人の絆の強さなんだ。なーんて考えるほど子供じゃない。きっとなにか秘密があるんだ。でも、これ以上は詮索しない。

 

矢安宮の秘密に興味がないと言ったら嘘になるけど、私は踏み込めない。

 

踏み込んで嫌われたくないから。あの子に面倒な奴だって距離を取られたくないから。

 

アタシは今の仲の良い友人関係でいいんだ。

 

だって、アイツの親しみの籠った目で見られるのが、とても心地いいから。

 

──アタシはこの関係を失いたくなかった。

 

 

 

 

戦闘訓練ではトガに手も足も出なかった。

 

近付いてきたと思ったら、視界から消えていた。慌てて探そうと思ったら、地面に転がっていた。

 

地面に倒された衝撃は感じなかった。気付くと仰向けになって天井を見ていた。そして喉にはトガの足が乗せられている。

 

ピクリとも動けなかった。少しでも動けば死ぬと確信した。

 

見上げる視界に映るトガの醒めた目は……私を人だと認識していない気がした。

 

トガは興味なさそうに言った。

 

「──降参ですか。それとも首を折られますか」

 

降参と言おうとしたけど、喉を踏まれていて声が出なかった。

 

「わかりました。じゃあ折ります」

 

悲鳴が出そうになるが、それも喉を踏まれていて出なかった。

 

足に力を入ったのを感じた。咄嗟に目を閉じて歯を食いしばる。

 

いつまで経っても予想した痛みがこない。恐る恐る目を開ける。そこには無表情のまま肩をすくめるトガがいた。

 

「──冗談です。降参して下さい」

 

そう言って喉から足を退けてくれた。

 

戦闘訓練終了後、矢安宮のもとに戻ったトガは優しい光をその瞳に宿して明るく笑っていた。そんなトガに矢安宮も笑顔を向けていた。

 

トガに負けたのはいい。実力が足らなかっただけだから。でも、トガにだけ向けられるその笑顔が……寂しかった。

 

──と、思っていたら矢安宮が駆けてきて私の喉を見てくれた。怪我がないのを確認したら笑顔で『三奈ちゃん、頑張ったね』と言ってくれた。

 

「うん、ありがとー!!」

 

次はもっとトガと良い勝負が出来るように頑張ろうと思った。

 

 

 

 

人命救助訓練中にヴィランの集団が現れた。

 

ヴィラン達のその異様な雰囲気に恐怖を感じ、身体が震えはじめた。

 

――同時にデジャブも感じた。

 

いやいや、こいつらはどう見てもヴィランにしか見えない。実は良い人達だというオチはないと思う。

 

オールマイト先生がヴィラン達の前に立ち塞がる。

 

その巨大な背中を見ただけで身体の震えが小さくなった。

 

矢安宮がオールマイト先生の背中に隠れながら興味深そうにヴィラン達を眺めていた。

 

彼はヴィラン達に対する恐怖は全く感じていないように見えた。

 

いや、それは正確じゃない。怖いもの見たさといった雰囲気は感じる。

 

なんだかその矢安宮の姿が、パパの背中に隠れる子供のように見えて笑いが込み上げてきた。

 

身体の震えは完全に止まっていた。

 

そしてオールマイト先生が、ヴィラン達の首魁と思しき相手と喋っていると、なぜか周囲のヴィラン達が次々と倒れていった。

 

結局、首魁を含めたほぼ全てのヴィラン達は倒れてしまった。倒れた原因はなんと酒だった。

 

オールマイト先生の見立てでは、酒盛りをした勢いで、雄英高校襲撃という凶行に及んだのだろうという事だった。

 

私が恐怖を感じたヴィラン達は、ただのバカな酒飲み集団であったというオチだ。

 

でも、バカなヴィラン達でもあれ程の異様な雰囲気を纏っていたのだから、本物の凶悪なヴィラン達ならどれ程の脅威となるのだろうか。

 

その事を皆で話し合ったA組は、ヴィランへの警戒心を改めて強くした。

 

 

 

 

ヤオモモが矢安宮と組んで機動戦士モードとかを始めた。

 

見上げるほど巨大な機動兵器。

 

これと戦うの?

 

ちょっとビビるけど、怪我をしても矢安宮が治してくれる。そう思って覚悟を決めた。

 

初めての機動戦士モードとの戦闘訓練は全員で挑むことになった。実弾兵器の類いは全て硬質ゴム弾になっているらしいけど、ペイント弾でいいじゃん。という抗議はヤオモモに笑顔で却下された。理由は緊張感がなくなるから。うーん、反論しにくい理由ではある。

 

機動兵器から二人の声が聞こえてきた。外部スピーカーがオンになってるんだ。

 

「準備はいい、モモちゃん?」

 

「はいっ、有象無象共に私達の機動戦士モードの恐ろしさを骨の髄まで味わわせて上げますわ!! さあっ、いきますわよ!! 戦闘向けの強個性だと胡座をかいてるクソ野郎共っ、ぶっ飛ばして差し上げますわ!!」

 

「誰かに相談したい…相棒が操縦桿を握ると口が悪くなる件について…」

 

ヤオモモ……本当に理由は緊張感…?

 

機動戦士モードは理不尽の塊だった。

 

爆破しても、凍らしても、溶かしても、ボコボコに殴っても、次の瞬間には完全復活するのは反則だ。燃料切れも弾薬切れも無いんだから、どうしようもない。

 

とれる戦術は、全員で波状攻撃を繰り返して、中の人との持久力勝負しかなかった。

 

「重清さん、長丁場になりますわ。交代で栄養補給を致しましょう。全く往生際の悪いクソ野郎共は困りますね。モグモグ…ごっくん」

 

「そ、そうだね…」

 

こらー!!

 

中で食事をすんなー!!

 

聞こえてんぞー!!

 

『ハッハッハ! 絶望へと挑め、若人よ! “Plus Ultra”!!!』

 

オールマイト先生の激励に腹が立った。

 

戦闘訓練終了後、矢安宮が負傷した男子達をポカポカと殴りまくって治していた。女子には背中に軽く拳を当てるだけで治した。私の背中にも拳を当てた。

 

トガには頬に拳を当てた。そしてそのままイチャイチャが始まった。

 

──胸の奥が痛い。また風邪をひいた、と思った。

 

 

 

 

矢安宮が、雄英体育祭の障害物競走で梅雨ちゃんに背負われていた。

 

こらー! 楽すんなー!

 

私の背中にも乗れー!

 

途中で何があったのか分からないけど、梅雨ちゃんを抱き締めていた。

 

あの二人は普段から仲良しだ。学校での二人の様子はまるで本当の姉弟のようだった。

 

頼りない弟の面倒をみるお姉ちゃん。そう評するのがピッタリな二人だった。

 

この間も、矢安宮が梅雨ちゃんにおやつを食べさせていた。

 

「これ美味しいよ。梅雨ちゃんも食べてよ。はい、アーン」

 

「重清ちゃん、オヤツを食べるのは成長期の男の子には良い事だけど、口の周りが汚れているわ。もう少し綺麗に食べるようにしてね。はい、綺麗にするから大人しくしててね」

 

「ングング。ありがとう。じゃあ、アーン」

 

「ふふ、分かったわ。アーン、もぐもぐ…こくん。美味しいわ、ご馳走様」

 

梅雨ちゃんが穏やかな顔つきで、彼の頭を撫でる。二人の間に温かい空気が流れているのがわかった。

 

それを少し離れて眺めていた。

 

 

──私もアーンをして欲しいと思った。

 

 

 

 

職場体験に行った。

 

訓練とパトロールだけで終わった。

 

可もなく不可もなくって感じだった。

 

矢安宮は、あのラビットヒーローミルコの指名を受けていた。

 

梅雨ちゃんは心配そうな顔をしていたけど、それに気づいた矢安宮が梅雨ちゃんを安心させるために――

 

『心配しなくても大丈夫だよ。僕はこう見えて、いざという時は頼りになる男だからね』

 

――そう言って、自分の胸を叩いて咳き込んでいた。梅雨ちゃんが慌てて背中を摩っていた。

 

見てたら私まで心配になってきた。ミルコといえばバリバリの武闘派だよ。本当に行って大丈夫かな?

 

声を掛けようか迷っていたら、モモちゃんに先を越された。

 

その後はトガも加わり、結局は三人でミルコのヒーロー事務所へ行く事になった。

 

梅雨ちゃんはその三人組を見て、今までとは違う意味で心配する顔になった――

 

『ケロ……一週間だけなら大丈夫だわ。ええ、大丈夫。大丈夫よ。きっと…たぶん……そう信じるわ。人的被害も物的被害も重清ちゃんならリカバリーが可能だもの。……そ、そうだわ、精神的苦痛も賠償対象になるわ。ねぇ、モモちゃん。いざという時は八百万家で重清ちゃんとヒミコちゃんの分の示談交渉も任せられるのかしら?』

 

――どんだけ信用ないのあんた達は!?

 

最終的には、八百万家の財力と権力をアピールしたモモちゃんが、梅雨ちゃんを安心(?)させて丸く収まった。

 

三人はミルコヒーロー事務所へと楽しそうに向かった。

 

 

──迷わず声を掛けていたら、私も一緒に行けたかも。そう考えたら少し後悔した。

 

 

 

 

『重ちー!! トガ!! クリエティ!! 事務員(匿名希望)!! ミルコ!!みんなそろってミルコ特戦隊!!!』

 

飲んでたお茶を吹き出した。

 

テレビに三人が映っていた。

 

ヒーロー殺しを捕らえたニュースだった。

 

素直に凄いと思った。それと同時に羨ましいと思った。

 

もしも、私が一緒に行っていたら事務員(匿名希望)さんの代わりに、あそこでポーズを決めていたのかもしれない。

 

そのことに気づいたら、少し泣きたくなった。

 

ミルコは真ん中でポーズを決めていた。人気ヒーローだけど、バリバリの武闘派でどこか怖い雰囲気も纏った女性ヒーローだ。

 

彼女はずっとソロで活動してた孤高のヒーローだったのに、画面に映る姿は長年チームのリーダーを務めているかの様な堂々としたものだった。

 

カメラ目線だった彼女が一瞬だけ視線を横に向けた。

 

何かを確認した彼女は満足そうに笑った。

 

 

──もっと決断力があれば、私もあんな笑顔を浮かべられたのかな。そんな風に思った。

 

 

 

 

もうすぐ期末テストが始まる。

 

あまり成績の良くない私は頑張らなきゃいけない。

 

クラスではアホの子だと思われているけど、赤点だけは回避したかった。

 

「勉強会は泊まり込みでするの?」

 

矢安宮の声が聞こえた。

 

「はい、移動時間などを考えれば泊まり込みの方が効率的ですわ」

 

ヤオモモはいかにも優等生然とした態度で答えていた。今ではヤオモモの優等生の仮面は矢安宮との付き合いの所為で、だいぶヒビ割れているけど、こうしていると完璧な優等生のお嬢様に見える。

 

戦闘訓練時のヤオモモなんかは、もう女魔王というか、チンピラというか…あのね、暴言をお嬢様言葉で言っても暴言は暴言なんだよ。

 

ストレスが溜まってるのかなーと心配にもなるけど、機動兵器から降りたらいつもの優しいお嬢様に戻るから皆はとりあえず静観してる。

 

もしかして、ハンドルを握ったら人格が変わるってやつなのかな?

 

何はともあれ、ヤオモモが成績的に優等生なのは変わりはない。彼女の勉強会には是非とも参加したい。

 

「ねぇねぇ、アタシも勉強会に参加したいんだけどいいかなー?」

 

「もちろん構いませんわ。共に勉学に励みましょう」

 

あっさりと了承してもらえた。

 

勉強会のメンバーは、私を入れて全員で六人だ。

 

トガとヤオモモ、それに梅雨ちゃん。いつも矢安宮と一緒にいるメンバーに入れた感じがして嬉しかった。

 

……あれ? 一人多くない?

 

「ようこそ、芦戸。やっとモブ仲間が増えたよ」

 

「うわっ!? なんで耳郎がいるのー!?」

 

まさか、耳郎まで矢安宮のことを…?

 

「なんでって……本当になんでだろ?」

 

耳郎が遠い目をしてる。

 

うん、少なくとも矢安宮を狙ってるとかじゃないみたいだ。

 

ボーと虚空を見つめる耳郎を見てて、ふと気づいてしまった。私以外のメンバーは優等生だと。

 

こ、この勉強会は、赤点逃れを目指す最底辺レベルのやつではなくて、優等生達がより高みを目指す最高峰レベルのやつだった。

 

私は間違いなく足手まといだと思った。きっと一人だけアホの子すぎて呆れられると思った。

 

うん、恥をかかないように仲間を探そう。

 

周りを見渡すと、上鳴が気の毒そうな顔をしてこちらを見てたけど、私の仲間を探す視線に気付くと慌てて教室から出ていった。逃げるな、薄情者! と思ったけど、逆の立場ならたぶん私も逃げていた。

 

他のアホな子達も続々と出ていく。残っているのはこの状況に気付かない他の優等生達だけだ。

 

うぅ、矢安宮の前で恥をかきたくない。私は泣きたくなった。

 

そんな時だった。

 

矢安宮がサラッと助け舟を出してくれた。それに気づいたヤオモモがさり気なく個人教授を申し出てくれた。

 

私に恥をかかせない言い回しをしてくれた矢安宮に嬉しくなる。

 

いきなりトガとイチャつくのも大目に……お、大目にみれるかー!!

 

私の目の前でイチャイチャすんなー!!

 

うがー、と私はキレた!!

 

これは正当な怒りだ!!

 

ちょっとは人の気持ちを考えろー!!

 

どれだけ私が我慢してると──

 

「三奈ちゃんは凄い可愛い――」

 

突然、言われた。

 

世界が震えるほどの衝撃だった。

 

他にも何か言ってたかもしれないけど、耳には入らなかった。

 

矢安宮に可愛いと言われたのは初めてだった。

 

しかも、ただの可愛いじゃない。

 

す、凄いがつく可愛いなんだ。

 

そっか。そうなんだ。

 

私って矢安宮の目から見て、凄い可愛いんだ。

 

胸の奥がポワポワして、頭ん中がグルグルしてる。なんだか幸せな気持ちになる。

 

えへへ、もうこの気持ちをもらえただけでいいや。

 

矢安宮への想いは、きっと雄英時代の良い思い出になる。

 

うん、この想いはもう終わらせ──

 

「いつでも頼ってくれていいからね――」

 

耳元で囁かれた優しい声に、胸の奥が疼いた。

 

矢安宮の顔が見たい。

 

顔が自然と上向きとなった。

 

いつの間にか、背を追い越されていた。

 

いつかの小さな男の子は──私より大きな男の人になっていた。

 

初めて出会った日には交わらなかった、二人の視線が交わる。

 

それが無性に嬉しくて、胸の奥が熱くなる。

 

そして急に背筋が寒くなった。私は──うん、私は覚悟を決めた。覚悟を決めて、彼女に視線を向ける。

 

トガが殺し屋みたいな目で、私を見ていた。

 

うん、完全に気付いた。私の気持ちに気付かれた。

 

でも、もう構わない。

 

だって、私は覚悟を決めたから。

 

たぶん、負けるだろう。

 

そう分かっていても──私はもう逃げない。

 

無言で宣戦布告をする。

 

──私の戦い(初恋)はこれからだ!

 

 

「がんばるぞ、えいえいおー!!」

 

 

 

 

 





──重清くんとプールに遊びに来ました。

もちろん、二人っきりです。

と、言いたいところですが、A組女子達も一緒に遊びに来ました。場所は雄英高校のプールです。

当初は二人だけでプール使用の申請をしようとしたのですが、目敏いモモちゃんに気付かれました。当たり前のようにモモちゃんが一緒に行くと言い出しました。お邪魔虫は来ないで欲しいです。

お邪魔虫といえば、最近他のお邪魔虫が増えたのです。葉隠ちゃんと芦戸ちゃんです。

葉隠ちゃんはいきなり重清くんに懐きました。しかも、重清くんの秘密に気付いたのです。

まぁ、気付いたといっても、モモちゃん達と同じように個性の複数持ちと勘違いしています。

あとはクレイジー・ダイヤモンドの内緒にしていた能力についてですね。

彼女も私に、重清くんの秘密を守る協力を申し出てきました。

少し迷いましたが、葉隠ちゃんの申し出を受けました。

透明の個性は、同じように見えないスタンドを誤魔化す役に立ちそうだからです。

芦戸ちゃんも急に重清くんに好意を示してきました。

発情期でしょうか?

彼女はおバカなので、重清くんの秘密には気付いていません。

多分、彼女は目の前でハーヴェストの能力を見てもその異常性に気付きません。おバカなので。

重清くんとは、仲の良い遊び友達でもあるので放っておいてあげます。多少は目障りですが、彼女程度なら許容範囲なのです。

モモちゃんの方がよっぽどお邪魔虫なのです。

一番厄介なお邪魔虫を一人で相手をするのは面倒なので、思い切ってA組女子全員に声をかけてみました。そうしたら全員が来ることになりました。皆さん、暇なのでしょうか?

まぁいいです。これで外面を気にするモモちゃんの厄介度は大きく下がります。

それにしても高校生にもなって学校のプールで遊ぶのかと思われるでしょうが、これには少しばかり事情があります。

はい、アレです。

ミルコ特戦隊の一件が尾を引いています。

私としては職業体験中だけの話だと思っていたのですが、ミルコさんのヒーロー事務所はご近所さんなのです。しかも、重清くんの自宅にしょっちゅう来るのです。

重清くんはああいう人なので、ミルコ特戦隊のパフォーマンスを積極的に続けています。一応、アルバイト扱いです。

そして、八百万家の伝手でプロの作曲家に依頼して、ミルコ特戦隊のテーマ曲まで作曲してもらいました。モモちゃんは重清くんに甘いです。いえ、モモちゃん自身もミルコ特戦隊関連には積極的でした。

お陰で世間からの注目がずっと続いています。その辺の市民プールに行ったら子供達が集まってきて遊ぶどころではなくなるのです。

仕方ないので雄英高校のプールで遊ぶことにしました。

学校指定のダサい水着は嫌なのですが、学校プールならではの利点もあります。

そうです。雄英高校の敷地内なので、自由に個性を使って遊べるのです。

モモちゃんがビーチボールやイルカ型浮き輪などの遊び道具を創造してくれました。

重清くんがイルカに乗りました。耳郎ちゃんが耳のプラグをイルカに巻き付けて引っ張ってあげています。

ふふ、楽しそうです。

おや、男子達も来ました。全員が揃っていますね。ヒーロー科の人達は暇なのでしょうか?

峰田がエロい目で女子達を見ています。

そして、重清くんが女子グループに混ざっている事に気付いて血の涙を流しました。

あの血は不味そうですね。

私達は日光浴で申請をしたのですが、男子達は自主訓練で申請をしたみたいです。暑苦しい感じで競うように泳いでいます。

重清くんがビーチボールで遊び始めました。私も混じります。

皆で輪になってビーチボールを打ち合います。女子達のモモが(約一名を除いて)ぷるぷる震えます。

峰田の視線が鬱陶しいです。水で滑って転んで顔面を強打してくれないでしょうか?

ところで、重清くんの視線がエッチです。いつもは私の隣に来てくれるのですが、こういう時は真正面にいます。もう少し自重をして下さい。

男子達がレースを始めました。

けっこう白熱していますが、重清くんは全く興味がないみたいです。

プールの隅の方で、梅雨ちゃんに背負われて泳いでいます。

姉弟というより、親子に見えます。

こっそり近づいていた芦戸ちゃんが重清くんの上に飛び乗りました。その上から更に葉隠ちゃんが飛び乗ります。流石の梅雨ちゃんも沈みました。

いえ、すごい勢いで水面から飛び出ました。芦戸ちゃんと葉隠ちゃんが、梅雨ちゃんに叱られています。水の事故は命に関わるので危険な行為はダメなのです。

重清くんは私の隣に座って休憩です。同じアイスキャンディーを一緒に食べます。

はい、アーン。

代わりばんこに食べさせ合います。

ふふ、今日は楽しいです。

重清くんと二人っきりも楽しいですが、重清くんが、誰かと遊んでいるのを眺めるのも楽しいです。

林間合宿も楽しいでしょうか?

少し、楽しみなのです。







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