やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
最近の奉仕部はやたら穏やかだ。
と言うのも理由はいくつか存在する。
ひとつは由比ヶ浜がここ最近補習で部活に顔を出さないことだ。
なんでも文系の大学を目指しているため、今年から度々平塚先生にマンツーマン指導を頼んでいるらしい。
まあ平塚先生なら協力してくれるだろうな。生徒第一主義だしあの人。あれでもう少し性格が女性らしければ結婚に近づけるんだろうけど。……早く誰かもらってやってくれないかな。
ここのところ切実にそう思ってしまう。
ふたつ目だが正直こちらの方が重要だ。
それは──
「はい、紅茶よ比企谷くん。……そ、その、まだ熱いでしょうからふ、ふーふーしてあげましょうか?」
「……や、気持ちだけ受け取っとく」
「そ、そう」
言って、雪ノ下は自分の席に戻っていく。
これだ。これなのだ。
由比ヶ浜が補習に行きはじめた辺りから、雪ノ下が妙に俺に対して優しくというか気遣いをするようになったのだ。
始めは何か企んでるのかとか、あとで理不尽な損害賠償を叩きつけられるのかと思った。けど様子を見てるとどうやら違うらしい。
ここ最近、雪ノ下は俺に罵倒を飛ばしてこない。言いそうになることはあるけど、自分の中で押し留めてるような感じがある。
俺はそれが不気味でならない。……や、それを言ったら雪ノ下に失礼かもしれない。彼女は彼女なりに何かしらの考えがあるだろうから。
そう、例えば、受験まで俺に優しく接すれば志望校に受かるジンクスがあるとか。
……ないな。そんなことしなくても雪ノ下は受かるだろう。なんせ総武高学年主席だし。
よくよく考えれば進学校の学年主席って凄いことだぞ。そいつが身近過ぎて実感が無かったけど。
あるとすればそれを由比ヶ浜のためにやってるとか。……なにそれ、雪ノ下さん由比ヶ浜のこと好きすぎでしょ。事実そうなんだろうけども。
雪ノ下が俺への態度を軟化させた理由は見当もつかないけど、それがないに越したことはない。
物足りないとか少し寂しいとか言ったら俺のドM説が浮上してしまうので控えておく。
「あ、あの比企谷くん」
二人で読書をしていること数分。本を閉じずに顔だけをあげて雪ノ下が声をかけてきた。
「どうした?」
こちらも顔だけ前を向き応答する。
「……比企谷くん。最近受験勉強でお疲れでしょう? か、肩でも揉みましょうか?」
これもここ数日のやり取りで恒例となってきてる。無論、お願いしたことは一度もない。
だって、雪ノ下に借りを作るとかいつあの雪ノ下大好き姉が出張ってくるか分かったもんじゃない。
けど毎回断ると悲しそうな顔するんだよなぁ、こいつ。
それもさすがにいつも見てると俺が悪いわけでもないのに罪悪感が出てくるわけで。
たまには受け身に回って雪ノ下が何をしたいのか探るってのも手か……。
「あの……、比企谷くん?」
何も答えない俺を不思議に思ったのか首を傾げてくる。
彼女のこういう仕草はいつ見ても絵になる。
だがそれに見惚れてばかりじゃいられない。俺は誤魔化すように咳払いをした。
「そんじゃ頼むわ」
「えっ……⁉︎」
自分から申し出ておいて驚く雪ノ下。……いやおかしいだろ。
あれ? えっ? もしかして冗談だった? だとしたら俺が恥ずかしいんだけど。
羞恥に悶えかけたが俺のその思考は杞憂で、雪ノ下は動揺した様子からすぐに立ち直り、メモ帳とペンを取り出して何かを書き記したあと椅子から立ち上がる。……おいなんだよそのメモ帳。
「それじゃ始めるわね」
「おう」
雪ノ下の手が肩に触れる。制服越しでも伝わってくる温もりと柔らかさにドキッとした。
ぐいっと親指を押し込まれる。適度に場所を移動し、力加減を変化させながら続けられる。
──やばい、これ気持ち良い。
油断したら変な声が出そうになる。
俺は雪ノ下に気づかれない程度に唇を噛み締める。
「どう? 気持ち良い?」
「へっ?」
不意の声かけに情けない悲鳴をあげてしまった。
「ふふっ」
挙句、雪ノ下に笑われる始末。
俺としては立つ瀬がない。
まあ保てる面目なんか元々ないけどな!
「んんっ、もっと強くしても良いぞ?」
俺は再び咳払いでごまかしながら注文する。と、少しだけググッと力が入れられる。
「どう?」
「ああ、悪くない」
肩をグニグニ、肩をモミモミ、肩をトントン、色々なバリエーションで癒してくれる。
──これ癖になりそうでやばい。
しばらく気持ち良さに浸っていると雪ノ下の手が肩から二の腕、そこから下がり手首、手のひらにまで移動してきた。
「おい、雪ノ下?」
「比企谷くんの手、大きいわね」
「ま、まあ……一応男子だからな」
肩とかならともかく、手のひらを他人に触れられることがほとんどないせいか擽ったい。けどそれを指摘すると弄ばれそうなので耐えることしかできなかった。
「ふふっ、比企谷くんの手」
「…………」
いや、なんだよ。俺の手だからどうした。
雪ノ下が行っているのはマッサージではなくなっていた。
人差し指を立て文字を書いていた。
左手に持っている本へ使っていた集中力を右手だけに集約させる。と、少しずつ読み解けてきた。
ひ、き、が、や、く、ん。
書かれたのが俺の名前だったので振り向くと、雪ノ下と目が合う。それが恥ずかしくなりサッと逸らしてしまった。そして雪ノ下の指が再度動き始める。
す、き。
「……はあ⁉︎」
おそらく、生きてきた十七年の人生で一番みっともない悲鳴をあげてしまったことだろう。けれど仕方ない。いきなり告白みたいなことをされたのだから。
一瞬間が空いたのは言葉を繋げるのに時間がかかったから。
全部通して読むと出来上がる言葉を咀嚼するのに時間を要したからだ。
──比企谷くん、好き。
雪ノ下は確かにそう書いた。
……いや待って。これなんて超展開?
試しに左頬を抓ってみる。痛かった。
試しに右頬を叩いてみる。凄く痛かった。
もう一度左頬を……叩こうとしたところで、優しく制止される。
「何度も叩いたらほっぺが赤くなるわ。それに夢じゃないわよ?」
ですよね。知ってた。
でもでもーそんないきなり告白されるなんてしんじられるわけないじゃないですかー。
……一色の真似で落ち着こうとしたが無理でした。
「あの、比企谷くん?」
「お、おう。……なんだ?」
「そ、その……、返答をいただきたいのだけれど」
言われ、雪ノ下の瞳を真っ直ぐと見つめる。
顔が赤い。体も小刻みに震えている。
そして分かった。雪ノ下も相当の勇気を出してくれたのだと。
最初はあやふやに誤魔化そうと思ってた。けれど、今の彼女を見てそれをする気はすぐに失せた。
なら率直に今頭に浮かんだ言葉をそのまま伝えれば問題ないはずだ。
「……雪ノ下、手を出してくれ」
「? これで良い?」
雪ノ下の細く白い手が差し出される。
触れても良いものか一瞬迷うも、痛くならないように優しく手を添える。
そしてゆっくりなぞっていく。
──お、れ、も。
そう書いた。すごく恥ずかしい。
雪ノ下の顔色を窺うと何故か不満そうだった。
「……それだけ?」
認めてしまえばむくれてる雪ノ下でさえ愛おしくなってきてしまう。
──ああ、俺はこいつが好きなんだ。
俺は羞恥を押し殺し、続きを書く。
──す、き、だ。
瞬間、雪ノ下が勢いよく抱きついてきた。
俺は椅子に座ったままで雪ノ下は立っていたので、そうなると床に倒れ込むのは必然である。
俺は背中を強く打ち付けた。
「ぐっ……」
「比企谷くん大丈夫⁉︎」
慌てて雪ノ下が心配する。
「おう、大丈夫だ」
「でも……あっ」
俺は痛みで、雪ノ下は興奮気味で気付かなかったが、今の俺と雪ノ下は上下で重なっている状態だ。
腕を伸ばして俺に体重をかけないようにしてくれている雪ノ下だが、そうなると顔と顔が真正面から向かい合うわけで。
「……比企谷くん」
徐々に雪ノ下が無駄な力を抜きつつ顔を近づけてくる。
俺の意識は一点に集中していた。
そして、やがて──
「んっ……」
唇が触れた。
これはあれだ。……初めて味わう感覚だった。
どうにも形容し難くて、俺の思考は完全に停止していた。
ようやくして雪ノ下は腕に力を入れ離れた。
それを少し名残惜しく思ってしまう。
けれどそんな卑しい考えは彼女の表情を見て一瞬にして吹き飛ぶ。
「比企谷くん。……これからよろしくね?」
「……ああ、よろしくな」
そして俺たちは完全下校時刻まで気持ちを確かめ合った。