やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
とある居酒屋。
私は由比ヶ浜さんとサシ飲みをしていた。
「ぷはぁ、ビール美味しいねー!」
「……そう。良かったわ」
由比ヶ浜さんの飲みっぷりは豪快だ。
まるで連日残業でようやく一息つけた中年おじさんみたいな。
喉を鳴らし、一気に呷る由比ヶ浜さんを見ていると自然と笑みが溢れてくる。
「どしたのゆきのん?」
「いえ、なんでもないわ」
彼女とこうしてお酒を酌み交わすとは出会った当初は思いもしなかった。
それどころか少し苦手な部類ではあったし。
「ゆきのんも飲もー!」と私が頼んだカシスオレンジをずいっと前へと出したので、ちびちびと飲み始める。
「……そういえばそろそろ来るの?」
「え、ええ。そのはずよ」
由比ヶ浜さんはふと思い出したかのように言葉を漏らした。
……そう。私は由比ヶ浜さんとサシ飲みをしている。それはもちろんそうだけどある意味建前だ。
本命は今日ここで行われる合コンを監視すること。
そこに私の彼氏……比企谷八幡も参入するのだ。
彼の名誉のために言っておくと、そもそも彼はこの合コンに乗り気じゃないし、私にも相談してくれた。
だからこうして私は先回りして現場に入れるわけだし。
けれども、それでもやはり気にはなる。
いくら気がないといっても、万に一つ……いや億が一つ八幡が私以外の女性に心が揺らいでしまったら、と。
そんなことあり得るはずがないと分かっているのにだ。
そして一人で居酒屋に入る勇気のなかった私は、全て事情を話し、由比ヶ浜さんに協力してもらって、今に至る。
今日の飲み代は私の奢りってことで。
「あっ、ちょうど来たみたいだよ」
由比ヶ浜さんに言われ振り向くと団体客が現れた。
男女四人ずつの合計八人。八幡は……両手をポケットの仕舞い込み、あくびを噛み殺していた。
「うわぁ、ヒッキーつまんなそう」
由比ヶ浜さんは彼の態度に苦笑を浮かべていた。
せめて外面だけでも良く……と言いたいが、八幡には無理な話ね。
団体客が丁度私たちがいる斜向かいの席につく。
私たちが入った時、予約席と書いてある札があったのであえてこの席に座っていたのだ。
ここなら八幡の姿もバッチリ見えるし、会話だって聞こえる。
それぞれ席に着くと色々注文を済ませてから、男性側からの自己紹介が始まった。
「……じゃあ最後。ほら比企谷」
「ん? あ、ああ……」
気だるげに立ち上がり周りを見回す。
はぁ、とため息をついてから言葉を紡いだ。
「比企谷八幡です。俺は彼女がいますしただの数合わせで呼ばれただけなのでどうか空気のように扱ってください」
言って彼は満足そうに席に座った。
「あ、あはは」
「はぁ……まったく」
彼らしいっちゃ彼らしい。
反感を買うことなんて恐れてはいない。
隣の男性が小声で八幡に話しかけてるが、彼はニヒルな笑みで受け流す。
「ねぇ、由比ヶ浜さん。私、合コンには疎いのだけれど、ここまで沈黙することってあるのかしら?」
「……あたしも良く友達付き合いで参加するけど、ここまではないかなぁ」
だとしたらこれは八幡の才能ね。
この前、彼は私のことを心の中で「氷の女王」って呼んでたって白状してたけど、空気を冷やすのは彼の方が得意なんじゃないかしら?
「さ、さあ気を取り直して女子の皆さん!」
八幡の隣の男が仕切り直す。
恐らく彼に何を言ってもダメだと気づいたのだろう。
誘った本人の手前、あまり強く言えないのかもしれない。
まあ八幡は八幡で、これで合コンに誘われなくなれば儲けもの、くらいは思っていそう。
それから女子の自己紹介を挟み、各々話したい人との時間となったようだ。
八幡は狙い通り一人に──
「あっ、ヒッキーに誰か話しかけてる!」
「えっ?」
なっていなかった。
カシスオレンジに口をつけようとしたら由比ヶ浜さんが叫ぶものだから、慌ててそちらへ振り向く。
女性の一人が八幡の正面に移動し、「サラダ食べる?」と聞きながらも既に取り分けて八幡の前に置いた。
流石に彼もそれに断ることはせず、軽く会釈をしてから箸を動かした。
「ヒッキーって普段ズケズケ物言うけど、こう言う時はダメだよね」
「今のは仕方がないのではないかしら」
空気を悪くすることを躊躇ったのではなく、善意からの行動か分からないが、サラダに罪はない。八幡ならそう思うはずだ。
八幡と付き合って数年経つが、彼のことを考える分かってきた事が少し嬉しく思う。頬が緩みそうなのを咳払いで誤魔化す。
そして再度彼らへ視線を向けると、今まさに会話が始まろうとしているところだった。
「ねぇ、さっきの面白かったね。いつもあんな自己紹介してるの?」
「や、しませんよ。そもそも合コンも初めてなんです」
八幡と話している人は一つ上の先輩らしい。
一応、八幡は丁寧に話していた。
そういえば八幡って年上への礼儀はきちんとしてるのよね。平塚先生は教師だから当たり前として、城廻先輩とか。あと姉さん……は、あれは例外ね。
姉さんと会話した後の八幡の疲弊っぷりはいつ見ても気の毒だ。
まあ最近ではそれも落ち着いてきてるけど、「いつ結婚するの?」って言われた時の八幡の動揺っぷりは面白かった。
それと同時に吃りながらも「ちゃんと考えてますよ」って答えてくれた時は、驚いたのと同時に今まで生きてきた中で一番嬉しかったかもしれない。
……そうだ。そこまで考えてくれてる八幡に対し、私は何をやっているのだろうか。
ここは引き上げて別の場所で由比ヶ浜さんと飲み直すべきか。
「……ゆきのん、どうしたの?」
「いえ……なんでもないわ」
動揺が顔に出ていたのか由比ヶ浜さんが心配してくれた。
私が答えると「そっか」とだけ言い、後ろを向いて八幡を観察し始める。
私も見るといつのまにか女性がはちまんのとなりへとやってきていた。
「ねぇ、八幡君。二人で抜け出さない?」
「……いや、それはどうすっかね?」
なんか誘われていた。
念のためもう一度。
八幡が女豹に誘われていた。
……おっといけない。つい口調がおかしくなってしまった。
先の言葉を訂正する。八幡への監視は継続。
大体、きっぱり断りなさいよ。なんで曖昧な返答にしたのかしら。
お陰で、『少しは脈あり?』みたいな顔に女がなってるじゃない。
まあ彼のヘタレっぷりは今に始まったことではないけれど、それでも彼女持ちなら男を見せるべきではないかしら。
「ゆ、ゆきのん。枝豆、かわいそう」
「あっ……ごめんなさい」
私は無意識のうちに枝豆を皮から取り出し箸で潰しまくっていた。
これはきちんと召し上がるとして、八幡にさらに詰め寄ってる女を睨みつける。
「八幡くんは胸って大きいのと小さいのどっちが良い?」
「さ、さあ? その人に合っていれば問題ないと思いますよ?」
「わー、男前!」
手をパチパチ叩き、上下に弾むようにして女がわざと胸を揺らす。
それにまんまと引っかかり、視線が吸い寄せられている八幡。
……とりあえず家に帰ったらお仕置きをしなくては。
「大丈夫だよゆきのん! ヒッキーは胸で人を判断しないよ!」
「……デカ乳が何か喋ってるわ」
「ひどいっ⁉︎」
由比ヶ浜さんがしょぼくれる。
いけない、つい親友に当たってしまったわ。
……けど、胸の話題を出した由比ヶ浜さんが悪いと言う結論に至った。
「これ結構肩凝るんだよ」と何かほざいているけど、そんなの知ったこっちゃない。実際、私には知る良しもないんだから。
「あのー、美智留さん? 比企谷彼女がいるんで、俺らと話しませんか?」
八幡のゼミ仲間が助け舟を出した。
「ううん。八幡君と話すの楽しいから大丈夫よ、私」
そしてあえなく撃沈していた。
彼はというより他の人も少なからず美智留という女性に興味があるような感じがする。
まあ確かにあの四人の女性の中では群を抜いて美人なのかもしれない。私には敵わないけれど。
なんていうか、彼女は一色さんのあざとさに由比ヶ浜さんの活発さ、それに小町さんと姉さんの計算高さを合わせ持った感じの人に見える。……なにそれ最強じゃないかしら。
「はい八幡君。あーん」
「い、いや、自分で食えます」
女の積極性が増した。
八幡の腕をツンツンしたり、頭をぽんぽん撫でたり、抵抗されないのをいいことにやりたい放題だった。
由比ヶ浜さんは合コングループと私を交互に見てあわあわしているけれど、私は至って冷静だ。
いつ頼んだか覚えてないカルーアミルクが四つ目の前にあるけど、平静を保てている。
……カルーア、甘いわね。
「八幡くーん。そんなに私と話すの嫌なのかなー?」
「いえそうではなく、俺彼女いるって言いましたよね?」
「ふーん。八幡君の彼女さんは女の人と話すだけで怒る人なの?」
「……まさか。いや、あいつならあり得るか?」
否定するならしっかり否定してほしい。
私はそこまで束縛するつもりはない。ただ偶に一色さんとの距離が近すぎてお灸を据えたりすることはあるけども。
「束縛されて鬱陶しくならないの? 私は八幡君を尊重するし、きっと楽しませられるよ?」
「束縛されてるとは思わないし、嫉妬も一種の愛情表現だと思ってますから」
あれは八幡かしら。
なんか気障な台詞が聞こえてきたのだけれど。
ふと由比ヶ浜さんと視線が交わる。
彼女はなぜかニコニコしていた。
「ゆきのん、もう多分大丈夫だよ」
「……なにが?」
「まあ見てれば分かるよ!」
言われた言葉は理解できなかったが言われた通りにしてみる。
「嫉妬も愛情表現か……。なんか歪んでない?」
「……そうっすね。歪んでます。けど、それが俺とあいつの関係だったんで、今更ですね」
八幡がビールジョッキを傾ける。
そして強く机に叩きつけた。その音がグループ内に響き、合コンメンバー全員の視線が自然と八幡へと向けられる。
「俺、今の彼女が初恋で初めての彼女なんですけど、めちゃくちゃ可愛いんですよ。同棲してるんですけど、朝ご飯ができると耳元で優しく起こしてくれるし、俺が家に帰ると笑顔で玄関までお迎えしてくれるし」
八幡がパネルで何かを注文していた、
「俺がバイトで疲れて帰ってくるとマッサージしてくれるし、膝枕とかもしてくれるんですよ。もうなんであんな出来た女性が俺の彼女でいてくれるのかなぁって常日頃から思ってます」
八幡が注文したのはビールだったようで、それを再び一気に飲み干した。若干だが少し顔が赤くなっているような気がする。
「今日だって本当は行って欲しく無かっただろうけど、あいつ……雪乃は笑顔で送り出してくれました。寂しそうな笑顔を浮かべて」
私、そんな顔をしていたのかしら。自分では気付かなかった。
「だから俺は、そんな寂しがり屋で強がりな雪乃を裏切りたくないんです。仮に俺が裏切られるような事があっても、それは俺に至らないことがあってのことだろうし、雪乃が幸せになれるならなんだって良いと思ってます」
私が八幡を裏切るなんてあり得ない。
そんな未来は決して来ないと断言できる。
「……えっと、なんの話でしたっけ? まあいいや。つまりなにが言いたいかと言いますと、俺は雪乃以外眼中になくて、生涯雪乃以外を好きにならないし、愛するのも雪乃だけって事です」
私たちと合コングループだけ、空間が切り取られたかのような静けさだった。
八幡があんなに長々と喋り続けるのを初めて聞いた。
顔が熱い。そんな酔うほど飲んではいないつもり……いや、カルーア全部飲み干してるし、これのせいかもしれない。
私がすり潰した枝豆をちびちび食べていると、拍手が鳴り始める。
まばらな音から一瞬にしてまとまりのある音へ変化する。
指笛を鳴らすものまで現れた。
「よっ、言うじゃねぇか比企谷!」
「うん。今のは格好良かったよ!」
「お前、案外凄いんだな!」
周りが彼を褒め称えていた。
八幡は「やっちまった」みたいな表情を浮かべている。
「や、すみません。今のはあれです、酒の勢いです。彼女にすら直接ここまで言ったことないんで」
そんな弁明はこの場ではどうでも良いらしく、しばらく八幡を持ち上げる言葉が飛び交っていた。
それから一時間と少し、そろそろお開きとなりそうなところで私と由比ヶ浜さんは一足先に居酒屋をあとにした。
× × ×
「ゆきのん、ごちそうさま!」
「いえ、今日は付き添いありがとう」
会計を終え居酒屋を出た私たちは駅に向かう途中にある公園で休憩をしていた。
「いやー、さっきのヒッキーほんとカッコよかったよね!」
「……ええ。そうね」
八幡の心を覗き見してしまった罪悪感はあるけども、自分でも心が温かくなっているのが分かる。
私は彼にここまで愛されていたんだ、と。
「……ねぇ由比ヶ浜さん。居酒屋で「もう大丈夫」と言っていたでしょう? あれはなぜかしら」
確かに由比ヶ浜さんがそう言ってからは八幡が饒舌に語り出し、一瞬場を沈黙させたものの、私は恥ずかしかったけれどグループから拍手を浴びるほどのご高説だった。
あの時の由比ヶ浜さんはまるでそうなることが解ってたかのような、表情と姿勢だった。
聞くと、由比ヶ浜さんは笑顔で言葉を紡ぐ。
「だって、あの時ゆきのんを悪く言われて凄い怒ってたもん」
「……怒る?」
「うん。ヒッキーのイライラがあたしにまで伝わってきたよ」
あの八幡が怒る? 正直想像もつかない。
今まで付き合ってきて軽く言い合いみたいになったことはあるけれど、本気で怒った八幡は正直見たことがなかった。
私が呆けていると由比ヶ浜さんは抱きついてくる。
「あれはあたしだから気づけたんだよ。ヒッキーと同じで、ゆきのんの事が大好きなあたしだからね」
「ちょっ、ちょっと由比ヶ浜さん……」
キツく抱きしめられる。
すこし苦しいけども全然嫌ではなかった。
でもこうされていてよかったかもしれない。
今の私は酒のせいではなく別の要因で顔が赤くなってしまっているだろうから。
やがて抱きしめから解放される。
「……よし。じゃああたしはそろそろ帰ろうかな」
「それなら一緒に」
帰るわ、と言おうとすると手で制される。
「ゆきのんはヒッキーと帰りなよ。もうすぐ来るかもだし、連絡してみたらどうかな?」
言うとベンチから立ち上がり少し駆け出し、こちらを振り向いた。
「じゃあねゆきのん。今度はまた三人で飲もうよ!」
大きく手を振りながら由比ヶ浜さんの姿は徐々に小さくなっていく。
「……ありがと」
小さくつぶやいた頃にはすでに由比ヶ浜さんの姿は消えていて、私はベンチに座り直す。
家に帰れば八幡に会えるけど今すぐ会いたい。会って抱きしめたい。そして今の私の気持ちを心を込めて伝えたい。
空を見上げる。今日の星がいつもより輝いて見えるのは私の心が澄んだ状態だからか。
「……雪乃?」
ふと名前を呼ばれる。
私の事を名前で呼び捨てにするのは父と母ともう一人。
「八幡」
私は彼の名前を呼び、歩みを進めそのまま胸へと顔を埋めた。
「……どうした、雪乃」
「ごめんなさい」
まずは謝罪した。
そして私が由比ヶ浜さんと飲んでいたこと、八幡と同じ居酒屋にいた事を吐露した。
「そうか」
それだけ言うと八幡は私の背中に腕を回す。
聡明な彼なら今の説明でどうして私がいたのか理解したはずだ。
それを咎めず、優しく抱擁してくれる彼が愛おしい。
「ごめんな、不安にさせて」
「違うの。八幡を信頼していないわけでは」
「ああ。わかってる」
抱擁が強くなる。
それが私を安心させようとするものだと分かった。
「……ねぇ、八幡」
「ん?」
「私は八幡が好きよ。大好き。私の人生は貴方なしでは考えられないくらい、愛しています。これからもずっと一緒にいてください」
言ってからは顔をあげる。
八幡と視線が合い、彼の顔が街灯に照らされ朱に染まっているのがみえた。
「俺も……、その……」
つっかえつっかえからも言葉を発す。
が、そこから先が紡がれない。
「……ヘタレ」
「ばっ、ばっかちげぇし! ちょっと喉が乾燥しただけだし!」
「みんなの前で堂々と惚気てたものね」
「………………やっぱ聞いてましたか」
彼のなんとも言えない表情が面白い。
このままからかい続けるのも良いけれど、折角だしたまには直接聞いてみたい。
私の眼差しを受け止め、彼は一息ついてから言葉を吐き出した。
「俺も雪乃が好きだ。多分俺が生まれたのはお前と会うためなんだと思えるくらいには雪乃が大好きだ。……だから、これからもずっと一緒に居てください、愛してます」
「…………合コンの場でもそうだけど、今日はよく喋るのね」
「あなたが言わせたんですよね」
恥ずかしさでつい誤魔化してしまう。
けれど彼の想いはきちんと伝わった。
だけど彼は今の言葉がプロポーズになっていることに、気づいているのかしら? ……いえ、気づいてないわね、きっと。
よく考えれば私も似たような事を言ってしまったし、本番はもっと凄い事をしてくれると期待しましょう。
「……そろそろ帰るか」
「ええ、そうね」
自然と手を繋ぎ駅へと歩き始める。
今日の日を多分この先忘れることはない。
いえ、彼との出会いは全て忘れたくはない。
そして未来、私の元へとやってくるであろう子供たちに聞かせてあげるのだ。
八幡がどれだけヘタレで屁理屈をこねる人で、そしてすごく格好良い人なのかを。
きっと八幡は照れながら止めてくるであろうが、馴れ初めを聞かれたら正直に答えてあげないといけないので諦めてもらおう。
そんな未来に絶対辿り着く予感しかしなくて、私は微笑む。と、八幡は首を傾げていた。
「どうした?」
「いえ、なんでもないわ」
──貴方と家庭を作るのが楽しみなだけよ。
心の中でそう呟くだけで留めておいた。