やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。   作:石田彩真

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八色
最近、一色いろはのアピールが露骨すぎる件について……。


 礼に始まり礼に終わる。

 授業とかは大体そんな感じだろう。

 適度に流す人もいるし、きっちり毎回頭を下げる真面目な人もいる。

 俺はその日の気分次第って感じだ。

 ──まあそんなことはどうでもよくて。

 ここ最近の俺の一日は一色いろはに始まり、一色いろはに終わる、という感じなのだ。

 ……や、うん。何言ってんだこいつ、ってなるよな普通。

 分かる分かる、当事者じゃなければ俺だってそういう疑問持つと思うし。

 だが実際、俺の言ってることは間違いでは無いのだ。

 例えば朝、俺が目覚ましをセットしている5分くらい前に携帯が鳴る。

 寝ぼけ眼でスマホ手繰り寄せて着信ボタンを押すと甘い声が耳に響く。

 

『あっ、先輩、起きましたか? モーニングコールですよ?』

 

 夜、布団に潜って寝る準備を整えていると、電話が鳴る。

 もちのろん、その人物は一色いろはである。

 

『あっ、先輩、今日はですね──』

 

 そして一日あった出来事を逐一報告されてから寝ることになる。

 ……ほら、一色に始まり一色に終わるで間違ってない。

 こうなった経緯は正直覚えてない……が、一色が全力で好意をぶつけてきてくれるのは伝わっていた。

 ほんと、どうしたら良いんだこれ──。

 

 

× × ×

 

 

『先輩、おはようございます! 今日も一日頑張りましょうね!』

「あー、うん、おはよう」

 

 あくびを噛み殺しながら身体を起こす。

 今日も今日とて一色からのモーニングコールである。

 最初の頃は毎回ドギマギしていたものだが、二週間近くも毎日電話されたら流石に慣れてくる。

 

「ん、じゃあ電話切るぞ」

『あっ、待ってください、先輩』

 

 一色はそう言うとなぜか深呼吸をしていた。

 そして息遣いのみしか聞こえなくなったなと思っていると──、

 

『ちゅっ』

「──っ」

「……えへへ」

 

 えっ、何急に? 舌打ち? 舌打ちなの?

 ………………。

 違いますよね、知ってます。

 むしろ現状で舌打ちをしてくるようなら俺は一色の情緒を疑ってしまう。

 今のはあれだ、リップ音だ。

 まあ要するに、電話越しに一色はキスの真似事をしてきたのだ。

 こんなことされたのはモーニングコールをしてくるようになってから初めてで、動揺しない方が無理だった。

 耳元でそれを聞かされたらなおさら。

 朝から鼓動が早くなる。

 

『先輩、今日もお顔が見れるのを楽しみにしてますねっ』

 

 言って俺の返事を待つこともなく一色は電話を切った。

 無情に響く機械音。

 

「……朝飯準備するか」

 

 一色が毎朝電話してくれるおかげで、ここ最近は俺が小町の朝食も用意していた。

 そのことに関して小町から感謝されるので、電話してくるなとも言えないところ。

 ……まあ、言えない理由は別にもあるけども。

 俺は朝食を済ませて、いつもより少し早めに家を出た。

 

 

 

× × ×

 

 

「先輩、おはようございます!」

「お、おう、おはよ」

 

 登校すると正門前で一色が待っていた。

 まあこれも、ここ最近じゃいつものことなんだけど、君サッカー部のマネージャーだよね? 今普通に練習してるよ?

 それを突っ込むと返ってきた言葉はこうだった。

 

「生徒会長として朝の挨拶運動です。……あっ、でも先輩が来るまで限定ですけどね」

 

 なんともまあ上手い言い訳。

 いや確かに俺が生徒会を上手いこと使え的なことを言った気がするけど、こういうことじゃないんだよなぁ。

 職権濫用ってレベルじゃない。

 

「では行きましょう!」

「行くって、何処にだ?」

「もちろん、生徒会室に決まってるじゃないですか」

 

 ですよねー。知ってた。

 一色の平日ルーティンは俺に電話をしてくるようになってから変わらない。

 まず朝イチに俺に電話をする。

 次に校門前で挨拶活動……と見せかけた待ち伏せ。

 そして俺を生徒会室へ強制連行。

 これを俗に朝の三点セットと呼ぶ。

 まあ呼んでるのは俺だけなんだけど。

 

「えへへ、先輩」

 

 生徒会室に連れてこられ椅子に座らされると、一色は隣に椅子を持ってきて俺へと抱きついてきた。

 腰に手を回し、がっちりホールド。

 顔をお腹に押し付けてくるものだから、熱い吐息でその部分が湿ったようになる。

 や、まあ、それは良いのだが、その顔をぐりぐりするのはやめて。なんかこそばゆい……、あと身体がビクッと反応しちゃうから。

 

「先輩、今日は撫でてくれないんですか?」

「……はぁ」

 

 諦めと共に亜麻色の髪へと手を伸ばす。

 さらさらしてふんわりしていて、触り心地は星五つ。

 梳くたびに鼻の奥まで届く柑橘系の香りに、脳まで痺れさせられる。

 俺は理性を保つため、戸塚を脳内で思い浮かべた。

 ……うん、ダメだな。むしろ理性崩壊が加速しちゃう。

 俺の限界値を突破しそうになったところで、予鈴が耳に届く。

 

「むぅ、もう終わりですか」

 

 言って、名残惜しそうに離れる一色を見てほっと息を吐く。

 分別だけは弁えてくれてるんだよな、こいつ。

 

「先輩。次はお昼休み、生徒会室でお待ちしてますからね?」

「……ああ、わかった」

 

 これがここ最近の朝のやりとり。

 俺は授業が始まる前から疲弊してしまっている。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 ここまで好意を示されておきながら、それに答えず誤魔化し続けている自分は流石に最低だと思っている。

 だがしかし、俺は別に一色に告白されたわけではない。

 や、これいうとさらにクズ度が増すわけだが、そんなの今更だった。

 一色の行動をこのまま受け入れ続けるのは良くないと思っている。

 だけど、俺が一色を好きかどうかと問われれば、すぐに答えられないのだから、仕方ない。

 好きと嫌い、その二択しかないのなら間違いなく前者を選ぶ。

 けど、それがイコール恋愛的好意と呼べるのか、分からない。

 結果中途半端に接することを許してしまってるわけで──、

 

「はい先輩、あーん」

「や、自分で食えるから」

 

 無駄だと分かりつつ言葉にする。

 箸でつままれた卵焼きは眼前から遠ざかろうとはしなかった。

 仕方なく口に含む。

 ……うん、甘い、そして美味しい。

 程よく甘く、甘すぎず、一色が作ってくれた弁当に入っていた卵焼きは俺好みの味だった。

 

「……美味いな」

「っ……、えへへ、喜んでもらえたら、作った甲斐があります」

 

 心底嬉しそうな笑顔を見せられれば、俺も自然と顔が綻ぶ。

 このままの関係で良いんだ、と錯覚してしまう。

 日々それの繰り返し。

 お昼ご飯を食べ終えれば、一色の行動は朝と同じで抱きついてくる。

 これが昼休憩終了間近まで続けられるので、俺は諸々を耐えるのに必死だった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 放課後になればさも当たり前のように一色は奉仕部へやってくる。

 

「雪ノ下先輩、結衣先輩、こんにちはー」

「ええ、こんにちは」

「いろはちゃん、やっはろー」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜が自然と受け入れるのはテンプレ。

 雪ノ下が自然と一色の紅茶を淹れるのもテンプレ。

 一色が椅子を持ち、俺の隣に来るのもテンプレ……ではなく、この行動は今日が初めてだった。

 

「一色さん、何をしているのかしら?」

「……えへへ」

 

 いや無理だから。

 氷の女王様を笑ってやり過ごそうとか不可能だから。

 ほら一色……じゃなくて俺が睨まれてるし。

 なんでだよ、俺何もしてないじゃん。

 理不尽すぎて泣けてきた。

 

「比企谷くん、早く一色さんから離れてあげなさい」

「や、俺がくっつかれてる立場なんだが」

「何か言った?」

「……いえ」

 

 言われた通り、とりあえず椅子を少し横にずらす。

 と、一色もそれに合わせて同じくらい移動した。

 

「ヒッキー、いろはちゃんと近すぎだよ!」

「や、だから俺からじゃねぇよ」

 

 一色を見ると雪ノ下と由比ヶ浜は眼中にないのか、俺にしか目を向けてこない。

 今まで俺に好意を示して来てたのはあくまで二人きりの時だけだった。

 廊下とかですれ違っても軽く手を振ってくるくらいで、接触はしてこない。

 そんな感じのスタイルを貫いていたのに、今日はその部分を突き破ってアピールしてくる。

 そう言えば朝の最後のリップ音も今日が初めてだった気がする。

 あれはいつもと違うスパイスの追加程度にしか考えてなかったが、計算のうちだったのかもしれない。

 

「一色さん、そんな比企谷くんに近づくと手を出されるわよ」

「そ、そうだよ、いろはちゃん! ヒッキーはケダモノなんだから!」

「お前ら、俺をなんだと思ってるんだよ」

 

 流石にそこまで言われたら傷ついちゃうぞ!

 しかし一色はそんな二人の方を見て、ふっと余裕の笑みで微笑んでいた。

 

「わたし、先輩の読書している横顔が好きなんです。だからここが特等席ですし……、それにそろそろかな、って」

 

 最後のひと言は俺にだけ聞こえるように呟かれた。

 

「はぁ、もういいわ」

「うぅ……、ずるい」

 

 先輩二人を諦観させた一色の勝利である。

 いや、うん、それよりも最後の呟きが僕は気になるなーって。

 不穏すぎるし、不安煽るのやめて。

 本は開いているがページは一向に進まない。

 なんなら逆さで持っていることに今気づいた。

 雪ノ下と由比ヶ浜は無理やりこちらを気にしないようにしようとして、どうでも良さそうな話を繰り広げていた。

 そうしてようやく部活時間が終了する。

 と、雪ノ下と由比ヶ浜はそそくさと立ち上がり、雪ノ下は俺の目の前に鍵を置いた。

 

「部室、閉めておいてもらえるかしら?」

「や、いつもお前が──」

「閉めておいてもらえるわね?」

「あっ、はい」

 

 ひぇぇ〜、ゆきのん怖いよ〜。

 部室を出て行く際、べーっと舌を出してた由比ヶ浜は怖くなかった。

 俺が帰り支度をして立ち上がると、同時に一色も立ち上がる。

 部室をしっかり施錠し、歩き始めると自然に二人で並ぶ。

 腕を掴まれて嬉しそうにされれば、やめろとは言えなかった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 部室の鍵を平塚先生に返しに行った時、俺と一色を見て血の涙を流さんばかりに睨みつけられたのには恐怖を感じた。

 ほんと、先生はちょっと戦闘アニメが好きでロボが好きでラーメンが好きなアラサーなだけだから、早く誰かもらってくれないかな? すごく良い人だから!

 

「自転車取ってくる」

「はい、待ってますね」

 

 なんかずっと隣歩いてたから自然と二人で帰る流れになってるけど、これ俺が駅まで送らなきゃダメなの?

 や、まあ、もう大分暗いし送るけど。

 二人乗りは危険なので俺は自転車を押して行くことにした。

 その間も一色は俺の腕を掴んでいるのだが……歩きにくい。

 

「一色、ちょっとバランス取りにくい」

「あっ、ごめんなさい」

 

 謝って来たものの、どうしてもどこかに触れていたいのか、少し手を彷徨わせた挙句、ハンドルを握ってる俺の手に手を重ねて来た。

 しっかり握って来たかと思えば、わさわさ触れてくるかこないかのソフトタッチ。

 人差し指で文字を書くような仕草。

 そしてクスッと微笑む一色。

 大変楽しそうでなによりだった。

 俺は全然楽しくないけどね!

 この状況に終始困惑気味なんだよなぁ。

 

「……ふふっ」

 

 やめて。手の甲の皮引っ張って遊ばないで。

 駅に着くまで俺の右手は一色のおもちゃと化していた。

 

「ほら、着いたぞ」

「……ですね」

 

 言うものの一色は動かない。

 首だけを動かすとこちらをじっと見つめていた。

 

「先輩、わたしが葉山先輩に告白したこと覚えてますよね?」

「……あ、ああ。そんなこともあったな」

 

 どうして今急にその話? と疑問に思ったが、それを問う前に一色は口を開く。

 

「心変わり早いなーと思われるかもしれませんが、今のわたしは先輩が好きです」

「──っ」

 

 それは告白だった。

 紛うことなき告白。

 アプローチはずっとされて来たが直接言葉で伝えられたのは初めてだ。

 これは、返事をするべきなのだろうか。

 そもそもなぜこのタイミング?

 分からないことだらけで、思考が追いつかない。

 一色の真剣な眼差しに思わず目を逸らしてしまう。

 ダメだ、情けない。

 いつかこうなるって分かっていたのに。

 いざ突然こられたら俺は対処が出来ないんだから。

 俺が無言を貫き通していると、一色はふっと弛緩した。

 

「言ったじゃないですか、そろそろって」

「? それ、どう言う──」

 

 意味だ? と問いかける前に、一色は俺の耳元に唇を寄せて来た。

 

「わたし、自分から告白するより、好きな人には告白されたいみたいなんです」

「っ──」

 

 息を呑む。

 一色はバックステップで俺から離れた。

 そしてクルンと反転して顔だけをこちらに向けて告げてくる。

 

「だから、期待してますね!」

 

 それだけ言うと一色は駅の中へと消えて行く。

 俺は呆然と立ち尽くし、力の入らない手でなんとか自転車が倒れることだけは防いでいた。

 

「……帰る、か」

 

 今もなお何が何やらさっぱりだ。

 ただ、ひとつだけ確かなのは、俺が好きな人に告白するまでのカウントダウンが着実に進んでいることだけだった。

 

 


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