やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
「ただいまー」
部屋の鍵を開け、ぼそりと呟く。
社会人一年目、一人暮らしを始めてから自然と身についてしまったこの習慣をどうにかしないとと思いつつ中々やめられない。
まあ別に誰に迷惑かけてるわけでも無いから良いか、と開き直り靴を揃えていると、俺のじゃ無いというか女物の靴が綺麗に揃えてあるのが目に入る。
と同時に後ろに人の気配がして振り返った。
「比企谷くん、おかえりなさい」
「……雪ノ下、来てたのか」
別に彼女だし、特にやましいこともないので雪ノ下が俺の部屋に来るのは問題無い。
が、連絡なしに来るのは非常に稀である。
俺が社会人になり一人暮らしを始めて約半年、月に二回くらいだろうか。
……や、割とあるな、それ。
彼女の服装は普段のきっちりした感じとは違い、俺のダボっとして使い古したジャージに袖を通していた。
「勝手にこれ借りちゃってごめんなさい」
「それは良いんだが、なんで電気消してたんだ?」
「……サプライズ、かしら?」
「や、俺に聞かれても知らんけども」
雪ノ下は小首をかしげる。
なんか本人も分かってなさそうだったのでこれ以上の詮索はしないことにした。
自然な形でカバンを受け取ってくれた雪ノ下に礼を言い、俺は部屋に戻りスーツから部屋着に着替える。
と、そのタイミングを見計らい、雪ノ下が部屋に入ってきて後ろから腰に腕を回してきた。
「なんかあったのか?」
「……いえ。今日はただ、その……、比企谷くんに会いたくなったから」
「…………」
なんだその理由可愛いなおい。
雪ノ下が俺の家に連絡無しにやってくる理由。
それがこれ、極限に甘えた状態になるのだ。
普段連絡ありで家に来る場合は高校生の時と変わらず、クールな感じなのだが、今日みたいな突撃してきた時に限り、そのクールさは鳴りを潜め、甘えに特化した形態へと変貌する。
初めてこの姿を目の当たりにした時は流石に動揺したが、何度もされれば慣れてくるもので、こういう雪ノ下になった時は基本的に彼女のさせたいようにさせるのが俺の役目だ。
彼女の心が疲弊してる証拠だから。
まあけど、いつもこの状態の時は何かしら仕事で嫌なことがあった時が多いけれど、今日は特にそのような出来事が無いらしいので、その辺は安心した。
「比企谷くん、ご飯作ったのだけれど、食べる?」
「ん、ああ。お腹ペコペコだ」
雪ノ下に手を引かれ食卓につく。
用意された料理を見て、腹の虫が盛大になる。
それを聞いた雪ノ下が軽く微笑み、俺の隣に座った。
「それじゃいただきましょうか」
いただきますをし、さっそく肉じゃがをひとくち。
「……うん、美味いな」
「ふふっ、ありがと」
俺たちは軽い雑談を箸を進め、あっという間に完食した。
雪ノ下が洗い物をしてくれるそうなので、俺は風呂に入らせてもらう。
手早く入浴を済ませリビングに戻るとすでに明かりは消えており、自室に入れば雪ノ下がベッドの縁にちょこんと腰を掛けている。
「比企谷くん、おかえり。……今日は一緒にベッドで寝ても良いかしら」
「別に良いぞ」
普段、雪ノ下が泊まりにきた時は俺が床に布団を敷いて寝ているのだが、たまにこうして雪ノ下にお願いされベッドで一緒に寝ることもある。
まあ流石に五年近くの付き合いだ。
今更一緒に寝るくらいで動揺はしない。
俺だって日々成長してるんだからな。……多分。
ここで自信満々に言い切れないあたり、成長しているか甚だ疑問なのだがそれはさておき──。
「この部屋、あまり物置いてなくてもうひとつベッド置くスペースあるし、買うか?」
「いえ、結構よ」
俺の提案に雪ノ下はほぼ即答で答える。
「? それまたどうして?」
「だって、その……」
聞くと、雪ノ下らしくなくもじもじと身体を揺すり、ちらちら俺の様子を伺うっていた。
そしていう決意がついたのか枕元に置いてあったパンさんを抱き寄せてから上目遣いでゆっくり口を開く。
「……ベッドなんて買ってしまったら、こうして一緒に寝る口実を作れなくなるじゃない」
「……なるほど」
冷静に呟く。
ふむ、なるほどなるほどなーるほど。
成歩堂龍一もびっくりするくらい頷く。
いや、そもそも彼は頷くどころか常に異議あり! と唱えてばかりなので、意義も異論もない俺とは正反対なのかもしれない。
雪ノ下の可愛いワガママに打ちのめされた俺は、彼女の隣に座り抱きしめる……のは未だに少し気恥ずかしいので、髪を梳くように優しく撫でた。
すると雪ノ下は身体をこちらに傾けてくる。
「比企谷くん、いい匂い」
「風呂に入ったからな」
「私はお仕事を頑張って汗をかいて帰ってきた時の比企谷くんの匂いも好きよ?」
「や、それは流石に恥ずかしい」
「あの汗と比企谷くんの本来の匂いが混ざった酸っぱい匂いとか」
「それはほぼ汗だろ」
と言いつつ、内心嬉しい俺がいる。
昔の俺に言ってやりたい。
働くのも案外悪くないぞ、可愛い彼女が可愛く労ってくれるから、と。
……なんか鼻で笑われそうだな。
例え未来からやってきた俺が事実を述べたとしてもその言葉を信じず、屁理屈理論を展開するのが昔の俺だ。
絶対に信じないことだけは信じられた。
「そろそろ寝る?」
「……だな。ちょっと早いが、たまには良いだろ」
言って、布団に入る。
幸い明日は休日。
雪ノ下も仕事は休みらしいので二人でゆっくりと過ごせる。
「比企谷くん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
自然、腕枕をする体勢で眠りにつく。
大体雪ノ下の甘え状態は一過性のものだ。
記憶がなくなるわけではないが、朝になれば突然家にやってきたことを申し訳なさそうに謝ってくる。
まあ俺は全く気にしてないので、それをされると逆にどう対応するのが正解か迷ってしまう。
そろそろ仕事にも慣れてきて心に余裕が出来てきたから、一緒に住むことでも提案してみるのも悪くはないか……。
「ん、比企谷くん、あったかい」
目を閉じてぼそっと呟く彼女の頭を撫でながら、俺も静かに目を閉じた──。