やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
ピンポーン、という甲高い音に覚醒を余儀なくされ寝ぼけ眼でドアを開けにいくと、そこには真面目な顔をした彼女がいて一言こう告げてきた。
「八幡、喧嘩をしましょう」
「とりま説明求む」
先週のデートで俺が何か至らないことをして彼女である雪乃の逆鱗に触れてしまったのだろうかと考えたがどうやらそうではないらしい。
雪乃を部屋の中へ招き入れつつ話を聞くと、事の発端は彼女の通う大学の先輩のようだった。
「つまりあれか。雪乃の大学の先輩曰く、『喧嘩をしない恋人はおかしい! そんな刺激のないカップル同士じゃいつか倦怠期を迎えて自然消滅しちゃうよ!』ってことか?」
「ええ。そうね」
まっすぐこちらを見つめてくる雪乃から俺は視線を逸らす。
言わんとすることが分からなくは無いけれど、無理に喧嘩をするのもそれはそれで違うような気がする。
まあただ、普段俺の予定を聞いてから家を訪ねてくる雪乃にしては珍しくアポ無しで突撃してきていることから、本人的には真面目に俺と"喧嘩"をしにきたのだろう。
今日はバイトもなく大学の課題をやるくらいの予定しか立ててなかったから、せっかくだし少しくらい彼女のやりたいことに付き合うのもやぶさかでは無い、か。
「で、具体的にどうすれば良いんだ?」
「そうね……」
聞くと、雪乃は思考するように顎に手を当てたがすぐに口を開いた。
「八幡が私を怒らせなさい」
「えぇ……」
まさかの投げやり。
や、ただ怒らせるだけならそれほど難しく無いかもしれないが、俺は別に雪乃を傷つけたり喧嘩をしたいなどとこれっぽっちも思っちゃいない。
なんならこれからも健全で二人で馬鹿な言い合いをしつつ、それなりに過ごしていければ良いと思っている。
けど、彼女の真剣な眼差しを前にやっぱりやめようなどと今更言えるわけもなく──。
「……や、やっぱり猫より犬の方が可愛い、よなぁ」
なるべく彼女を傷つけず、さりとて彼女の琴線に触れそうな事柄を述べてみた。
そしてそれは上手く機能する。
「……八幡。貴方、今私の前で言ってはならないことを言ったわね」
「ひえっ」
身体が震えた。
体感温度が5度くらい下がり、彼女の冷たい視線に凍てつく。
「幸い、今日の予定は何も無いし、これから貴方に猫ちゃんの素晴らしさを存分に聞かせてあげるわ」
「お、おう?」
言うと雪ノ下は立ち上がり、俺の寝室からノートパソコンを持ってきてテーブルに置いた。
「八幡、ここに座りなさい」
「えっ、なんで──」
「座りなさい」
「あ、はい」
今逆らっても良いことは何も無いので大人しくパソコンの前に腰を下ろす。
と、雪乃は俺を少し後ろに下げ、パソコンと俺の間に身体を割り込ませてくる。
そしてノートパソコンを立ち上げた。
「えっと……、これから何をするんだ?」
「言ったでしょう。貴方に猫ちゃんの素晴らしさを伝授してあげると」
パソコンが起動するとファイルの隅にあった『可愛い猫動画』のファイルを開く。
や、あの、そのファイル初めて見たんだけどいつの間に作ってあったんだよ。
「いい? まずは──」
そしてそこから猫談義。
それぞれ猫種の特性やら性格やらの話をお昼まで。
昼食後は猫の動画を視聴しつつここが可愛い、こういう仕草が癒しをくれる、などなど。
本当にどこにそんな語彙力が隠されていたんだ、というレベルであらゆる言葉の表現で猫の素晴らしさを伝えてくれていた。
「つまりこの
「なぁ雪乃。この続きはまた次回にしないか?」
夕食を食べ終え、未だ雪乃のターンに終わりが見えなかったので流石に強制終了をかける。
すると、はっと我に返るように雪乃は顔をこちらに向けた。
「……今何時?」
「大体十九時だな」
「そう。……そうよね」
朝からここまで止めなかった俺も俺だが、雪乃も雪乃で、俺が少し猫に妬いてしまいそうなくらい全集中してたので文句は言わせない。
ようやく今日の本筋を思い出したのか、雪乃は照れを隠すように咳払いをする。
「八幡、その……。やっぱり私たちに喧嘩なんて不向きだと思うのよ」
「おう」
「べ、別に今まで倦怠期なんてものを迎えてこなかったし、私は今でも八幡に会うたびにドキドキするわ」
「それは俺もだ」
「だから、その……、これからも私は八幡と仲良くしていたい、です」
最後の方は言葉が小さくなっていたが、俺の前に座って身体が密着していれば全てはっきり聞こえてくる。
前を向いたまま耳まで真っ赤にしている彼女が可愛すぎて、俺は自然と頭に手を乗せていた。
すると照れ隠しだろうか。雪乃は首左右に揺らす。
「か、勝手に髪に触らないでくれるかしら」
「お、おう悪い」
咎められたので惜しみながらも手を退かすと──、
「何勝手にやめているのよ、続けなさい」
「仰せのままに」
今度は許可を得たので再度髪を撫で付ける。
猫のように身体を預けてくる雪乃を優しく抱きしめた。
「八幡。今日、泊まって行っても良いかしら」
「俺は構わないけど、ちゃんとお母さんか陽乃さんには許可取らないとな」
「ええ。分かってるわ」
俺の腕にすっぽり収まりながらスマホを操作する雪乃をみて、わがままで甘え下手な彼女とはこれからも喧嘩なんて絶対にしたくないな、と心に誓うのだった──。