やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
外が暑すぎて、室内の涼しさが心地良い、
案内されてテーブル前の座布団に腰を下ろすと、麦茶を渡された。
「小町さん、暑い中わざわざ来てもらってごめんなさいね」
「いえいえ。小町、雪乃さんの家に来てみたいと思ってましたから!」
笑顔で返して、出された麦茶を一気に飲み干す。
ぷはぁと豪快に息継ぎすると雪乃さんは優しく微笑む。
そして新たに麦茶をいれてくれてテーブルにはお茶菓子も並ぶ。
「いやー、こんな美味しそうなお菓子までありがとうございます」
「良いのよ。今日は私が呼んで来てもらったんだもの」
相談がある、とメッセージをもらったのが昨日のこと。
そして今日は特になんの予定もなかったのでそれに応じた。
小町が呼ばれるからして相談事は兄のことで間違いないと思うのだが、その内容は昨日の夜に考えても思い浮かばなかった。
誕生日が近いからプレゼント、は多分雪乃さんなら自分で選ぶから違う。
兄と喧嘩した、というのも雪乃さんから昨日メッセージをもらった後に兄にそれとなく電話で確認してみたからおそらくハズレ。
結局見当もつかないまま来てしまったが、これからなにを言われるのか身構えようとする前に、雪乃さんは小町の対面に座り口を開いた。
「実はその……、私と八幡、倦怠期かもしれないのよ」
「…………はあ」
突拍子もない発言を聞き届け、一瞬なにを言われたのか咀嚼するのに時間が掛かり、消化し終えたうえで内容を理解すると、思わず気の抜けた反応になってしまう。
「兄と雪乃さんが倦怠期ですか……?」
「ええ、その通りよ」
何かの間違いでは? と答えるのは簡単だけれど、雪乃さんの真剣な眼差しがそれを許さない。
少なくとも雪乃さんは兄と本当に倦怠期になってしまったと考えているのだろう。
ならば小町のやることはひとつ──。
「詳しく聞いても良いですか?」
クッキーをもきゅもきゅ口に含みながら話を聞く。
仄かな甘さが口いっぱいに広がって美味しい。もうひとつ手に取りもぐもぐ。
このクッキーお持ち帰りできないかな?
「──ということなのよ」
「むぐっ……、な、なるほどー」
あまりのクッキーの美味しさに半分くらい聞き流してしまった。
ただ要約すると、前までは頻繁に外出デートをしてたのに最近は兄の家か雪乃さんの家でのお
誘えば映画館や猫カフェなどに一緒に行ってはくれるけど、兄からの誘いは全く無い。
お家デートにしたって基本的に喋ることがなくて本を読んだら映画を見たりして寛いでるだけで寂しい、と。
大体こんなところだとは思う。
「小町さんはどう思うかしら」
「う〜ん」
腕を組み小首を傾げしばし目を閉じる。
多分だけど、兄視点でいえば別になんとも思っていないことだろう。
この"なんとも思ってない"はそもそも雪乃さんが倦怠期云々で悩んでることなんて知る由もないということで、兄は兄で雪乃さんとお家デートすることを表には出さないがめちゃくちゃ楽しんでるはずだ。
それは確信をもって言える。
が、それを今言葉で伝えたところで不安を募らせてる雪乃さんを安心させる材料にはならないだろう。
考えた末、小町は素直な言葉を口にすることにした。
「雪乃さん、今の気持ち兄に伝えてみませんか?」
「……えっ」
「兄は口下手だし、考えが常に偏屈だし……でも、雪乃さんが正面から話せばきちんと受け止めてくれると思うんですよ」
「それは、そうかもしれないけれど」
「もし話すのが怖い、とかならもっと積極的にスキンシップを取ってみるといいかもです」
そうすればいくら愚鈍な兄でも雪乃さんの真意に少しくらいは気づいてあげられるかもしれない。
「スキンシップ、ね」
「そうです! 大好きな彼女に甘えられて嫌な男はいませんよ!」
どん、と力強くテーブルを叩く。
ちょっと勢い余りすぎて手のひらがヒリヒリするけれど、今は雪乃さんを優先する。
しばらく俯いていた雪乃さんはやがて顔をあげ微笑んだ。
「そうね。一人で悩んでばかりじゃいけないわよね」
「はい!」
雪乃さんの目に力強さが戻りほっと一息ついた。
「今日八幡の家に泊まりに行く予定だからさっそく試してみるわ」
「え、ええ、そうしてください」
泊まりに行くってそれは倦怠期ならやらないことでは? という水を差しそうな疑問は残ってたクッキーと麦茶を口に入れて一緒に飲み込む。
とにかく雪乃さんが元気になってくれたので、今日の小町のミッションは無事達成。
「小町さん、改めて相談に乗ってくれてありがとう」
「いえいえ、兄のことで困ったことがあればまたいつでも相談してください」
こうして気を持ち直した雪乃さんと雪乃さんが家を出る時間になるまで楽しい雑談をしてから小町は無事に帰宅したのだった。
× × ×
一人で夜ご飯を済まし、お風呂で汗をさっぱり流してから部屋に戻ると兄からのメッセージが来ていた。
『今日の雪乃、いつも以上に甘えてきて可愛いんだがどうしたらいい?』
そのメッセージを見て小町は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
そう、そもそもの話、今回の雪乃さんの相談は別に乗る必要もなかったのだ。
兄は雪乃さんと会った日の夜、いつもこうして小町に惚気メッセージを送ってくるレベルで雪乃さんが大好きなんだから。
今日の雪乃さんの様子から兄にベタ惚れなのが伝わるし、兄も兄でこのベタ惚れ度。
少なくとも数年前の兄はこんなメッセージを送ってくることは絶対になかっただろう。
「まったく、やれやれですなぁ」
『ならそのまま甘えさせてあげれば?』と素っ気ない返信をしつつ、独りごちる。
二人に足りないのは不安を話し合えるコミュニケーション。
まあ元々コミュニケーション能力が欠如してる二人だから、こういう部分で躓いてしまうのかもしれない。
「まあ、そこは小町が補えば良いかな」
小町は雪乃さん、ついでに兄のことも一応は好きだ。だからこそ幸せになってほしいと心から思っている。
もし二人が困ってたら相談に乗るし力にもなりたい。
うん、我ながら出来た妹すぎて泣けてくる。
「そうだ、忘れないようにスクショスクショ、と」
スクショし保存し兄の惚気フォルダへ移動させた。
これはそんなやきもきさせられる二人へのほんのちょっとした悪戯心。
今まで兄から送られてきた雪乃さんへの惚気メッセージを全て残しておき、それをいつかやってくるであろう二人の結婚式の催しでサプライズとして流す。
「ふふっ、お兄ちゃんと雪乃さんの赤面顔が目に浮かぶなぁ……」
それが今の小町の密かな夢なのだ──。