やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
右前足を上げてみる。
次いで、左後ろ足を上げ尻尾をゆさゆさゆらしてみた。
「にゃ〜」
日本語が発せずとりあえず近くにあった水溜りを覗き込むと、そこに映っていたのは水面に揺れる猫の姿だった。
(……なるほど、これは夢ね)
しかも意識がしっかりしており自分の意志で体を動かせる。
これはいわゆる明晰夢というやつか。
「にゃ〜お」
猫……ふふっ、猫。
この姿で表情が変化してるか分からないが、心の中の私はきっとかなり微笑んでいるであろう。
なんせ私が愛してやまない猫に自らがなれているのだから。
(これが明晰夢なら現実の私が目を覚ますまで楽しまなくちゃもったいないわね)
身体が猫だからか、考えまでどこかマイペースになってしまっている気がする。
でもまあ問題ない。なぜなら猫だから。
そう、今の私は猫だから。
「おっ、真っ白な猫」
不意に声が耳に届き顔を上げると、そこには私のよく知る人物──現実では彼氏でもある比企谷八幡が縁側に座っていた。
「綺麗な毛並みだが飼い主はいるのか?」
言いつつ、八幡は手を低く差し出して私を手招きしてくる。
私はそれに誘われるように近づき鼻を鳴らしてから彼の膝に着地した。
「おっ、人慣れしてるな。首輪はついてないから野良っぽいけど」
「にゃ〜」
「人の家の庭に勝手に入っちゃいけませんって親に教わらなかったのか」
言われて視線を巡らす。
(ここ、八幡の実家だったのね)
東京の大学に通ってる八幡は今は一人暮らし。
だからこの風景を見るのも久しぶりですぐに思い出せなかった。
「よし、ちょっと待ってろ」
言って八幡は家の中へ戻っていき、ちくわを持って戻ってきた。
「ほら、食べるか?」
目の前で揺らされるちくわを捉え、すぐさま飛びつき、むしゃむしゃと食べ進めていく。
「良い食べっぷりだな」
頭を撫でられるのも気にしないで綺麗に食べ終え、そして八幡が口に咥えていたちくわ目掛けて今度は飛びかかる。
「うわっ、……おいこれは俺のだぞ」
倒れ込んだ八幡の顔に前足を乗せ、出てる部分のちくわを噛みちぎる。
うん、美味しい。猫様様。
全て食べ終えたあと、私は無意識に八幡の唇を舌で舐め回していた。
「おい、やめっ……、こいつ野良なのに本当人懐っこいな」
流石に鬱陶しくなったのか八幡は私の身体を持ち上げた。
そして視線が混ざり合う。
「よし、お前の名前はユキだな」
「……にゃぁ」
「ん? 毛並みが真っ白だからユキだ」
(なんて安直な……)
「おい今安直とか思わなかったか?」
心の声がバレたのかと思いあくびをして誤魔化す。
八幡はふっと笑顔を見せると、私をお腹の上に乗せ耳の付け根を撫でたり、首元に触れたりしてくる。
すごい落ち着く。流石、猫を飼っているだけはあるわね。
「にゃぁ〜ぉ」
ぽんぽん、と優しく叩き、まるで赤ちゃんをあやすようにしてくるものだから自然とウトウトしてくる。
「俺もこのまま昼寝でもするかな」
そう言った八幡の方からしばらくすると落ち着いた寝息が聞こえてくる。
私は八幡のお腹から下り、顔の横へと移動した。
そしてほっぺに舌を這わす。
「にゃ〜」
お腹の上に戻り丸くなる。
ちくわを食べてお腹いっぱいになったし、遊んでももらったしだいぶ満足した。
(八幡、おやすみなさい)
心の中で呟き、私の瞳も次第に閉じていくのだった──。
× × ×
「ん……」
朝日の眩しさで目が覚めた。
未だ頭が働かない中で、抱きついていた何かを更に抱き寄せるようにぎゅっとする。
……暖かい。
「起きたか」
ふと声が聞こえた方へ顔を向けると、穏やかな表情をした八幡と目が合う。
「八幡、……おはよう」
「ああ、おはよう」
八幡の手が頭に乗せられる。
その行為を自然に受け入れつつ、私は八幡の胸に額を顔をこすりつけた。
「雪乃、寝てる時なんかご機嫌だったがいい夢でも見てたか?」
「ん、そうね」
多分見てた、気がする。
でもどんな夢だったかは思い出せない。
とても幸せな夢だった気がするけれど。
「なんかにゃ〜とか言ってたな」
「きっと八幡が猫になってて相手をしてあげてたのね、感謝しなさい」
「へいへい、それはどうも」
言って笑い合う。
そして八幡にキスをした。
なんとなく、そうしたいと思ったから。
「どうした急に」
「あら、彼女である私がキスするのに理由が必要?」
「……や、いらないな」
今度は八幡からキスしてくれた。
今日見てた夢もだいぶ幸せだった気がするけれど、今こうして八幡と同じ時を過ごせている方が遥かに幸せ。
今度は深く長く唇を触れ合わせ、しばらくして離れると私は八幡を強く抱き寄せた。
「今日はもう少しこのままでいたいわ」
「ん、今日は特に予定もないからな」
なぜだか分からないが今日は不思議と甘えたい気分。
八幡と出会った頃の私が見たら卒倒しそうだけれど、私は今の私が嫌いじゃない。
だからごめんなさい、過去の私。
「八幡もきっと同じような感じかしら」
「? 何か言ったか?」
「いえ、ただの独り言よ」
「そうか」
呟くと八幡は目を閉じた。
私もそれに倣い瞳を閉じると八幡に身を委ねる。
八幡の匂い、体温、心音全てが心地いい。
私はこの幸せを逃さないように改めて八幡を強く抱きしめ、再び深い眠りに落ちるのだった──。