やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
「ぱぱ、まま、いってきまーす!」
「……行ってきます」
「ええ、二人ともはぐれないように手を繋いで道路を渡る時も気を付けなさいね」
はーい、と元気よく返事をする娘と面倒くさそうに頷く息子を見送り、俺と雪乃も支度を済ませる。
「では、私たちも行きましょうか」
「だな」
二人がエレベーターに乗り込んだのを見計らい、俺たちは時間差で階段から下りる。
今日は記念日になる、予定の日。
何を隠そう俺と雪乃の子供である雪菜と八雲、"はじめてのおつかい"なのだ。
「にしても、大丈夫かしらあの子達」
「八雲はしっかりしてるし、雪菜もまあ……人当たり良いから問題無いだろ」
はじめてのおつかいに行ってもらう決意をするまでに数週間、計画を立てて数日、それでも心配が尽きなさすぎて結局俺たちは尾行しつつ記録することにして今に至る。
今日が祝日で俺が働いてる学校の校長も親バカで助かった。
すぐさま有給申請を通してくれたからな。
まあそれに際して昨日は自分の娘が如何に可愛いかを飲み屋で聞かされて、今朝は二日酔いの目覚めだったが。
その二日酔いも、雪乃の味噌汁のおかげで今は復活している。
「八幡、居たわよ」
「だな。このくらいの距離感で付けていくか」
付かず離れず、変質者に間違われない程度の間隔で後を追う。
けど雪乃が隣で堂々とカメラ回してるせいで、すでに変質者に間違われそうで心配だなぁと思う気持ちはあれど、自分たちの子供の成長を記録に収めたい気持ちが分かるので止めはしない。
「あっ、角を曲がったわ」
「八雲、めちゃくちゃ引っ張られてるな」
俺たちの子供は双子である。
娘の雪菜と息子の八雲。
便宜上、先に生まれたとかを気にするならば、姉の雪菜、弟の八雲という感じになる。
二人は常に一緒で、言い換えれば姉が結構弟に構いたがりで、近所では仲睦まじい姉弟で通っている。
「おばさんこんにちは〜!」
「……こんにちは」
「ええ、こんにちは」
「これから二人でおつかいにいくんだー!」
「あらそうなの。頑張ってね」
ばいばーい、と手を振る雪菜に引っ張られ、八雲もおばさんに会釈する。
「ふふっ、きちんと挨拶出来て偉いわね」
「だな。雪乃の教育の賜物だ」
「あら、私だけじゃなくてあなたもきちんと挨拶は大事だと教えてるじゃない」
「雪乃一人に子育てを押し付けてたら陽乃さんやそっちの家族が押し寄せてきそうだからな」
「もう、すぐそういうことを言うんだから」
他愛のない会話をしつつ消えた二人を追い掛ける。
「一応、道は分かっているようで安心だわ」
「雪菜が寄り道しないか心配だったが、今のところ問題は無さそうだな」
道行く人たちとすれ違うたびに雪菜は元気よく挨拶する。
それに続いて八雲も声は小さいながらしっかりと挨拶していた。
二人が向かっているのは近所にある個人経営のスーパー。
雪乃と俺もよくそこに買い物へ行くので店員とは顔見知りだ。
だから今日、雪菜たちが二人で行くことを伝えて見守っていてくださいと願いしてあるので抜かりはない。
「やっくん、たのしいねー!」
「……もうつかれた」
二人の声がこちらに届く。
普段から外で遊ぶのが好きな雪菜と家で絵本とかを読むのが好きな八雲なら、こうなるのはある意味必然だったかもしれない。
俺と雪乃は顔を見合わせ微笑む。
「やっくん、つかれたらいってね! おんぶしてあげる!」
「……だ、だいじょうぶ。まだそこまでつかれてない」
「そっか。でもムリしないでね!」
「うん。ありがと、ゆきちゃん」
二人の仲睦まじさに自然と頬が緩む。
ほんと、俺たちの双子は可愛すぎてツライッ!
今すぐパパである俺が買い物代行してあげたくなっちゃう。
「ダメよ、今日の目的は二人のおつかいなのだから」
「や、人の考え読むなよ。……えっ、なんで分かったの?」
「当たり前よ。私も同じ気持ちだし、何年八幡と一緒にいると思ってるの」
言って顔を赤らめる雪乃を見て、二人の尾行をそこそこにして、すぐ雪乃を抱きしめたくなった。
何年経ってもこういう表情を見せてくれる雪乃、ほんと好きだ。
「コホン。ほら止まらない、二人を見失うわよ」
「お、おう」
どうせ目的地は分かってるんだから問題無いだろ、とか野暮のことは口に出さず、俺の手を取ってくれた雪乃に大人しく付いていくことにした。
× × ×
「牛さん、どこだろ?」
「たぶんこっち」
無事スーパーに到着し、商品を選ぶところになって今度は八雲が雪菜を引っ張る側になっていた。
いつもお菓子コーナーに走っていく雪菜と違って、八雲は雪乃や俺の後に付いて買い物をまわってたから自然と商品の位置を把握しているのかもしれない。
そういうところは親贔屓とか関係なしに、うちの息子は優秀だ。
「やっくん、これかな?」
「うん、そうだけど……」
言って八雲もひとつの牛肉を手に取った。
そして雪菜のと見比べて首を傾げる。
「どの牛肉だろう」
「いっぱいあるね〜」
二人が悩んでるのを尻目に雪乃へ目を向けると、ふむと顎に手を当てて頷いた。
「そういえばどの部位かは書かなかったわね」
「おいこら」
「だって、カレーに入れるからなんでも良いと思って」
そのせいで今二人は絶賛悩み中なんだが……と、しばらく様子を見ていると、八雲が雪菜に話しかけ、頷いた雪菜は近くにいた店員を呼び止めた。
「どうしたのかな?」
「あのあの……、なんだっけやっくん」
「えっと……、カレーに合う牛肉ってどれですか?」
「ああ、それはね──」
その一部始終を見て俺と雪乃は顔を見合わせる。
「八雲、優秀だとは思ってたけれど、機転利きすぎじゃないかしら」
「だよな。まだ五歳だし、あれで斜に構えて小学校で友達出来るか心配だ」
「大丈夫よ。あの子、私たちの学生の頃より器用だもの」
雪乃の言葉にそうだなと頷き返して二人の様子を窺う。
牛肉も無事選び終えたようで、二人は次なる目的の商品へと歩みを進めるところだった。
× × ×
あれから迷いつつも商品を選んで、分からなければ雪菜が店員に尋ね、見事なコンビネーションで全て間違わずに買い物を終えてスーパーを後にした。
「あとは帰宅だけね」
「ああ」
来た道を戻るだけ。
おそらく問題は無いだろう。
そう思い、俺たちはここらで切り上げ先回りして家に戻ろうとすると、雪菜がいきなり叫んだ。
「あー、ねこねこ!」
言って走り出す雪菜を手を引っ張られ、躓きそうになる八雲。
俺たちは帰るのをやめ、二人の後を追う。
「にゃーん」
「ニャー」
これは遺伝なのかどうなのか、雪乃同様雪菜も猫には目がない。
ふと隣を見ると、雪菜を羨ましそうに見る奥様が一人。
「行っちゃダメだからな」
「……分かってるわ」
分かってるならそんな不貞腐れたような表情やめてくれませんかね。
や、雪乃はどんなでも可愛いけどね?
うちはペット可のマンションだし双子も大きくなってきたので、そろそろ我が家で猫のお出迎えを検討してもいいのかもしれん。
ただ、不安材料として猫を我が家に迎え入れたが最後、雪乃の仕事や家事が疎かになってしまわないかが心配だ。
……や、大丈夫だな。多分。
流石にその辺の
強いていえば俺への愛情が無くならないか心配。いや、本当に心配。
未だにシスコンで、新たに親バカと妻バカが追加され豪華三点セットになった俺はもはや怖いものなしだ。
「ゆきちゃん、はやくいこうよ」
「まって、あとすこし!」
見た感じ毛並みが綺麗だからどこかの飼い猫だろうか。
雪菜が猫と戯れてる間、八雲はじーっとそれを眺めている。
手を握ったり開いたりして……や、あれだ。あれは自分も触りたくて仕方がないやつだ。
俺の隣で似たような動きをしてるやつがいるから分かるぞ。
我が家族は一家揃って猫が大好きなのである。
まあ俺は流石に猫を見て飛びつくレベルではないが……。
八雲が一緒になって触らないのはおつかいの最中だからだろう。5歳にして無駄に責任感が強すぎて逆に心配になってしまう。
やがて猫は撫でられるのに満足したらしく、ひょこっと俊敏な動きを見せ塀を歩き始めた。
それを元気に見送る雪菜と名残惜しそうにする八雲。
なんかちょっと可哀想になってきたな。
「……で、なんで雪乃も名残惜しそうなんだよ」
「べ、別にそんなことないわ。……ええ、本当に」
「さいですか」
家まではこの道からそう遠くはない。
ここから俺たちは別行動をし、雪乃に撮影を任せ、俺は二人を先回りするように家へ戻ることにした。
× × ×
「ぱぱ、まま、ただいまー!」
「……ただいま」
玄関で待機してきた俺に雪菜は靴を脱ぐと抱きついてきた。
「おかえり」
「……あれ、ママは?」
「ああ、ママなら──」
ゴミ捨てに行ってる、と口にする前に扉が開き、雪乃が戻ってくる。
それを見つけると、八雲は雪乃に飛びついた。
「ママ、……ただいま」
「おかえり。お買い物はちゃんとできた?」
「うん、がんばった」
「そう……。お疲れ様、二人ともありがとうね」
雪乃は優しい笑顔で八雲の頭を撫でる。
それを見た雪菜も期待する眼差しをこちらへ向けてきたので、同じようにしてやる。
「寄り道とかしなかったか?」
聞くと、雪菜は顔をあさっての方向へ。
「し、してないよ? ねこねこみつけても、さわったりしてないもん。ひゅ、ひゅ〜」
「そうか、猫見つけて触ってたんだな」
その吹けない口ぶりのそぶりは誰に教わったんだよ。
教えそうなやつといえば、小町や一色……由比ヶ浜も陽乃さんすら怪しい。
まあ可愛いから良いんだけど。
雪菜は寄り道したのを怒られるとでも思ったのか、急にしゅんとした態度になる。
「ぱぱ、ごめんなさい」
「ん、別に怒ってないぞ。ママだってお父さんと二人で出掛けて猫見つけるとふらふらついて行くんだから」
「八幡、それは二人だけの秘密でしょう?」
「あ、悪い」
我が家に笑いが巻き起こる。
八雲だけは「ねこ、……ねこ」と呟いていて、やはりさっき触らなかったことを後悔しているようだった。
「よし、じゃあ今度の休みはみんなで猫カフェにでも行くか」
言うと、雪菜と雪乃は顔を輝かせ、八雲も表情には出さないが嬉しそうなオーラを撒き散らす。
「やった、ぱぱ大好き!」
ぎゅっと抱き付いてくる雪菜を抱え、俺たちは全員でリビングに移動する。
二人が買ってきたものを冷蔵庫にしまい、四人分の飲み物を用意してテーブルに持って行く。
「ぱぱありがと〜!」
「ありがとう」
こんな些細なことでもお礼を言えるうちの娘たちまじ天使!
雪乃は微笑みだけで感謝を伝えてくれて女神すぎるので額に軽くキスしておいた。
「ぱぱまま、わたしたちがんばったんだよ!」
ソファに座り、二人のはじめてのおつかい話を聞く。
大方俺たちが見てきた通りの出来事を雪菜が話し始め、それに細かい合いの手を八雲がいれて楽しそうに語っている。
俺と雪乃はそれを口を挟まず温かい眼差しを向けて聞いていた。
これから先、この二人はどういうふうに成長して行くのだろうか。
例えどんな風に育とうとも、雪菜と八雲が健康で優しく育ってくれればそれ以上望むことはない。
これからも雪菜と八雲、二人の成長記録をいっぱい残していきたい所存である──。