やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
ここ最近俺は釈然としないことがある。
……いや、以前から心の奥底にあった気持ちだからそれが爆発しそうになっているが正しいか。
それが何かというと理不尽な罵りや不当な扱いだ。
2年の時、思い返せばそんな記憶しか無い。奉仕部入部、夏休みの千葉村、文化祭実行委員……などなど。あげたらキリがない。
それに輪をかけるように俺に関わりのある奴らはキモいやら拒否権はないなどと好き勝手言いやがる。そりゃ我慢の限界が来たとしても仕方のない事だろう。
と言うより、よく一年耐え切ったと自画自賛したいレベルだ。
……さて、なぜ俺が今こんなことを語っているのか問われれば、目の前の奴が起因する。
「あなたに見つめられると腐敗してしまうわ」
この言葉は俺が雪ノ下のスカートから伸びる足を見てしまっただけでぶつけられた発言だ。たまたま視界に入っただけでこの言われよう。流石に泣けてくる。
だがまあ待て。俺は別に本気で怒っているわけではない。伊達に一年もの間奉仕部で過ごしてきていない。雪ノ下が本気で言っていないことぐらい理解しているつもりだ。
ただ、俺だって傷つくことがあるんだぞってことに気づいて欲しいだけ。
だから今この瞬間、とある作戦を立てた。
上手くいくかどうかは五分五分。フィフティーフィフティーだ。
けどやってみようと思う。半分は雪ノ下が改心してくれること。もう半分はただの興味本位。これをした後の雪ノ下の反応が若干の楽しみでもある。
その怒りをぶつける相手が雪ノ下なのはたまたま今思ってしまった事だからである。
もしこれでさらに罵倒を続けてくるのであれば、俺はきっと雪ノ下に失望してしまうだろう。けどもう覚悟は決めた。やると言ったら最後まで貫き通す。
「比企谷くん、あなたさっきから聞いてるの?」
……ああ、まだ続いてたのか。
こいつの語彙力には関心すら覚える。
俺は作戦実行のため静かに息を整えた。
「まあまあゆきのん。ヒッキーもたまたま見ちゃっただけだろうからさ、その辺に……」
「満足か?」
「……えっ?」
「なに?」
由比ヶ浜の言葉を遮った俺に二人は別の反応をする。雪ノ下は俺がいつものように言い返すとでも思っているのか、挑戦的な感じで。
由比ヶ浜はさすが由比ヶ浜といったところか。空気を読むことに長けている彼女は先の俺の発言だけで穏やかじゃないのを感じ取ったらしい。
……すまん由比ヶ浜。今度ハニトー奢ってやるから、今日は巻き添え食らってくれ。
「満足かって聞いてんだよ」
「だから何がって私は聞いているのだけれど」
ここで俺は呼吸は整える。そして雪ノ下を見据え口火を切る。
「俺が何も言い返さないのを良いことに言いたい放題言って、それで満足かって聞いてんだよ。学年主席様ならそれくらい読み解け。あと言っとくけど、お前の足に目がいったのはほんと偶然だからな? 誰もお前の足になんか興味ねぇし」
これは嘘です。実際目にした瞬間は綺麗な足だな、どうやって普段手入れしてんだろ? ってすごい真面目に考えてました。
心の中で雪ノ下に謝罪をしつつ顔を窺ってみると今までで見たことないくらいの焦り顔をしていた。
「ひ、比企谷くん……?」
「あ? んだよ」
俺は怒りを継続中。雪ノ下はようやく状況を理解したようであたふたとしはじめる。
「比企谷くん、別に今のは軽い冗談のつもりで……ほら、いつも軽口を言い合っているでしょう?」
「はっ、そう思ってたのはお前だけだろ。俺が傷ついてないとでも思ったか? いい加減うんざりしてんだよ。俺はお前に罵倒を浴びるために奉仕部に入ってたんですか? 違うよね? ほら、じゃあなんで入ったか言ってみ? はい雪ノ下さん」
「そ、それは……あなたの性格の矯正で」
「だよな? ……まあそれもあの教師が勝手に言ってるだけで気に食わなかったんだが」
今はそれほどでもないが昔思ってた事を含めて言葉を吐き出していく。
「そもそも、だ。俺の性格を矯正する立場のお前が俺を罵倒して……お前は何がしたいんだ? 俺を不登校にでもしたいのか? それなら面倒な依頼を一つ解消出来るし理に適ってるかもな」
「……誰もそんなこと言ってないじゃない」
いつになく気弱な雪ノ下。
それを聞き今まで静観をきめていた由比ヶ浜が間に入ってくる。
「ヒ、ヒッキー、それはちょっと違うと……」
「悪い由比ヶ浜。今は少し静かにしててくれ」
その由比ヶ浜の発言をやんわりと遮っておく。
今の俺の言葉で頭の良い雪ノ下は自覚したはずだ。今俺に敵意を向けられているのは自分だけだと。まあ、多少の混乱をしてる彼女がそこまで頭が回るか定かじゃないが。
「なあ雪ノ下。お前は"俺だから"何を言っても許されると思っているのか? それなら脳内お花畑だな。お前だって昔、陰湿なイジメ受けたことあんだろ? その中には当然悪口の類もあったはずだ。なら、俺が言いたいこともわかるだろ?」
「それは、その……」
雪ノ下が見たことないほどに狼狽ている。……やばい、これ超楽しい。俺は生粋のサディストなのかもしれない。
「何か言ったらどうだ? 反論あるなら聞くぞ」
ここで雪ノ下にターンを譲る。
一気に捲し立ててちょっと疲れたし、雪ノ下が最初に入れてくれた紅茶で放課後ティータイム。……やっぱいつ飲んでも美味いな。
まさか、さっきまでの穏やかな雰囲気からこうなるなんて二人は予想もしていなかっただろう。
そりゃそうだ。咄嗟の作戦なんだから。そう考えてしまうと罪悪感の波が急激に押し寄せてくる。でもここまで来て引き返すことも出来そうにない。
「あの、その……ごめんなさい」
少し詰まりながらも雪ノ下は謝罪の言葉を口にした。
この時点で俺の作戦は成功だ。が、もう少しだけ先に進んでみる。
「ごめんなさい、ね。つまり自分の非を全面的に認めるってことでいいのか?」
「でも私、ほんとにそんなつもりであなたを貶してたわけじゃ……」
「ちっ、どっちなんだよ」
舌打ち混じりに苛立ちを露わにさせると雪ノ下はビクッと体を震わせた。こんな雪ノ下、後にも先にも見られるのは今日だけだろう。
多分今俺がしていることが彼女にバレたら、今以上に罵倒され白い目で見られ、小町に報告され、小町に一ヶ月は無視され、朝昼晩トマトづくしの料理を食べさせられるのだろう。
やだそれ地獄じゃん。絶対バレずにやり抜こう。
俺は再度紅茶に口つける。そして湯呑みを置き、言葉を紡ごうと雪ノ下へ視線を向けると涙目の雪ノ下と目線がかち合ってしまった。
「……比企谷くん。私、あなたを傷つけてた?」
「あ、いや、……まあ」
不意打ちの弱気発言に顔を逸らしながら答える。
「そう……」
そう雪ノ下が呟くと謎の沈黙が奉仕部を支配する。これは修学旅行以降の奉仕部と同等の気まずさだ。
そう思ったのは俺だけじゃないらしく、この場では一番の部外者である由比ヶ浜が両者に助け舟を出してくれた。
「ほらヒッキー。ゆきのんも反省してるみたいだからさ、この辺で許してあげられない? 今はヒッキー、ゆきのんに怒ってるけどさ、あたしだってヒッキーにキモいとかいっぱい言っちゃってるじゃん? ここで謝るとついでみたいに聞こえちゃうかもだけどごめんね? もう言わないからこれで終わりにしよ?」
「…………」
由比ヶ浜の優しさに涙が出そうになる。
彼女は謝罪をしてくれたが、彼女も本気で俺を傷つけようと思っているわけではないと理解しているので謝罪される謂れはない。
むしろ謝り倒さないといけないのは俺の方だ。あとで由比ヶ浜にだけは事の経緯を説明しておこうか。……いや、ダメだな。伝えたら雪ノ下にバラされる可能性が大だ。つまりそれは俺の死と直結する。
けれど由比ヶ浜にここまでさせて、俺が折れないわけにはいかなくなった。ここが妥協点か。あと単純に今にも涙が零れそう雪ノ下を見てるのが辛くなってきた。
俺は席を立ち上がり雪ノ下へ近づく。雪ノ下は由比ヶ浜にしがみつきこちらの様子を窺ってくる。
その子どもじみた雪ノ下の態度に庇護欲が沸いてきた。
小町に接する時と同じ気持ちのような……。
だからだろうか、俺はごく自然に雪ノ下のサラサラな髪に手を添えてスライドさせていた。
「……あーその、悪かった。さすがに言いすぎた、すまん」
「……比企谷くん、私もごめんなさい」
両者謝りこれにて一件落着。
被害にあったのは由比ヶ浜と雪ノ下で加害者は完全に俺なのだが、それを告白すると纏まりかけた空気がぶち壊される未来しか視えないので黙殺しておく。世の中には知らない方が良いこともあるからな。
にしても雪ノ下の髪、いくら梳いても全く引っかからない。これだけ上質だと何時間やってても飽きない気がする。
そもそも普段なら触れようとするだけで罵倒の一つでも飛んでくるだろうに、今はそんな気配すら全くない。
なのでもう少し堪能させていただくことにした。
と、それを見ていた由比ヶ浜もごく自然に雪ノ下へと手を伸ばしていた。
「うわー、ゆきのんの髪さらさらで気持ちいいね!」
「だよな、癖になる」
雪ノ下はもじもじするだけで何も言ってこない。
由比ヶ浜の胸に顔をつけて隠してはいるが、耳まで真っ赤になっているところをみるとよほど恥ずかしいらしい。
そこから数分間、俺と由比ヶ浜は無言で撫で続けた。
が、唐突にその謎の時間は終わりを告げる。一人の来訪者によって。
「せんぱーい、大変なんです! たすけてくださ……い?」
ノックも無しに部室に突入してきたのは生徒会長であるあざといろはすこと一色いろはである。
最後に彼女が言葉を詰まらせた理由は察してくれるだろう。
ズバッと俺と由比ヶ浜が扉に顔を向けるとそこにはこれ以上ないくらいシラーッとした目つきの一色が立っていた。
「あの……、先輩方はなにしてるんですか?」
「あ、や、これは……だな。見ればわかるだろ?」
「うん、そうそう。見ればわかるはずだよ。いつもと同じ部活だよ?」
嘘をつくにも下手すぎると思った。
だが一色は笑顔でなるほどと頷いていた。そして一歩下がり扉を閉めて大声で叫びながら廊下を走っていく。
「平塚せんせーい!」
「っ……⁉︎ ヒ、ヒッキー!」
「おう、分かってる!」
雪ノ下を由比ヶ浜に任せ俺は全速力で一色を追いかけた。
どうしてこうなるんだよ。どこで間違った?
……多分、俺が作戦を実行した時点から間違っていたのだろう。
その後、なんとか無事一色に追いつき、嘘と真実を織り交ぜながらの説明で納得してもらうことに成功した。
余談だが、俺を怒らせると怖いと思ったらしい雪ノ下が次の日から罵倒を言ってしまうたびに謝ってくるようになったのは後日語ろう。
……ってか、罵倒止めるって選択肢はないのね。