やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
ヒッキーと付き合って約一年になるけれど、いわゆる性の接触というものが少ない。
どこまで恋人らしいことをしたことあるかと聞かれればキスまで。
そう、キスまでしかないのである。
他の恋人がどのくらいのペースでするのかは知らないが、あたしの知ってる恋人同士が一年もこうしてそういうことをしないのは問題な気がしていた。
や、別に不満があるわけではない。
ヒッキーにはヒッキーなりの考えがあるかもだし、なんなら結婚するまでそういう行為をしないカップルだっているかもしれないし。
けど……、それとこれとは話が別で。
あたし的にはもう少し踏み込んだ身体的接触が欲しかったりする。
「べ、別にあたしそんなえっちな子じゃないし」
ぼそりと呟き、頭を振ってからインターホンに指を伸ばす。
今日はお泊まりの日。何度目かの挑戦。
なんとしてでもそういう雰囲気になってヒッキーと一線を越えて見せる!
× × ×
──そう思っていた時期があたしにはありました。
今日は暖かかったこともあって少し肩を出したり、肌の露出を増やした服装にしていた。
しばらく凝視したあと珍しく素直に褒めてくれたので、それは良しとする。
けど──。
「…………」
「ヒッキー、お茶飲む?」
「ん」
あたしはキッチンへ向かい冷蔵庫から麦茶を取り出して、ヒッキーのグラスに注ぐ。
それをリビングで待っていたヒッキーに手渡すとちらりとこちらに視線をあげてから「さんきゅ」と呟いた。
これだけのやり取りでヒッキーに尽くしてる感じがしてあたしは好きだ。
そんな惚気話をゆきのんや小町ちゃんにした時にチョロいって言われたけど気にしない。
……いや違う、そうじゃない。
今日はここで終わらせてはいけないのだ。
流石に日中から仕掛けるのは無しだと思って、今このとき、寝る時間ギリギリまで待ったんだから。
時間もいい頃合いで、ヒッキーの読んでるラノベもそろそろ終わりそうだし、ヒッキーの肩に寄り添いながらその時を待つ。
そしてヒッキーはラノベを閉じると伸びをした。
「んじゃ、そろそろ寝るか。いつも通り結衣がベッドで良いよな」
ここであたしは首を振った。
「今日はヒッキーとベッドで一緒がいいんだけど……ダメ、かな?」
言うと、ヒッキーはベッドの方に視線を向ける。
「いつも言ってるが、このベッド一人用だから二人で寝るには狭いぞ?」
「それでもたまに二人で寝てるし、大丈夫だよ」
「……まあ、結衣が気にならないなら別に良いけど」
ここまではある種お決まりのやり取り。
ここからどう行動するかでこの先に展開が変わっていく。
あたしは電気を消してそそくさとベッドに入り布団を捲る。
「はいヒッキー、遠慮しないでどうぞ」
「これ俺のベッドだけどな」
言いつつも素直に横に来てくれる。
いつもは大体、このまま雑談をしてたらいつの間にか眠ってしまうけれど、今日はそれじゃダメだ。
何かしらのアクションを起こさないと。
「じゃあヒッキー、早速恋バナでもしようよ!」
「ノリが修学旅行すぎる」
いきなり行動しても察するのが上手なヒッキーに怪しまれるので、まずは小手調べ。
「ヒッキーは好きな人いる?」
「小町だな」
「まさかの即答⁉︎ ってかあたしじゃないの⁉︎」
いきなり掻き乱された。
いや、まあうん。ヒッキーが小町ちゃん大好き人間なのは知ってたけど、流石にここでその素早い回答ぶりは予想外。
少しむくれつつヒッキーの肩をつついていると、ヒッキーはふっと息を漏らしてからこちらに体を傾けた。
「冗談。今の一番は結衣だな」
「むぅ、意地悪」
「や、俺がすぐ素直に答えるとか流石に気持ち悪いだろ」
「気持ち悪くないし。あたしは嬉しいもん」
「……そ、そうか。なんか悪い」
言いつつ頭を撫でてくれたので許してあげる。
「あたしは高二の時からずっとヒッキーが一番だよ?」
「お、おう」
「で、その次はゆきのんでしょ、小町ちゃんでしょ、いろはちゃんでしょ、ママとサブレでしょ……」
「や、恋バナじゃなかったのかよ。ってかパパさんも入れてあげて、流石に可哀想」
ヒッキーがなんか言ってたけど聞こえなかったふりをしておく。
ちょっと会話が楽しくなってきちゃったけど、今日の本題を忘れちゃいけない。
あたしはごくごく自然に布団の中でヒッキーの手を握った。
「……? 結衣?」
「ヒッキーの手、やっぱり大きいよね」
にぎにぎ。ふにふに。つんつん。
「ふひゃあっ⁉︎」
あたしがヒッキーの手で遊んでいると、反激……とばかりに脇腹をつん、とされて悲鳴をあげてしまった。
「ちょっとなにするの!」
「先に
あたしはヒッキーに会うたびにドキドキが収まらないのにヒッキーはどんどんあたしに慣れていってるようでムカつく。
最近はどんなアクションを起こしても常に冷静に返される。
好きって言うのだって前はあんなにどもっていたのに……。
なんか悔しい。
「ヒッキー、キスしたい」
「えらく急だな」
「いいじゃん急でも。おやすみのキスするのなんて変じゃないし」
「や、別に構わんが」
雰囲気作りもなにもなくなってしまったがまあ良い。
ヒッキーの顔がゆっくり近付いてくるのであたしはそれを待たずにこちらから唇を押し付けた。
気持ちが伝わるように、強く。
「むぐっ……⁉︎」
ヒッキーは少し驚いたうめきをあげたけど、すぐに対応してくる。
どれくらいの時間唇を触れ合わせていたか、いつのまにかヒッキーがあたしに覆い被さるような形になっていた。
「……結衣」
「ヒッキー」
互いの名前を呼ぶ。
ヒッキーの温かくてごつごつした手があたしの首に優しく触れる。
ぎゅっと目を瞑り、次のヒッキーの行動を待っていると、やがてゆっくり離れていく気配を感じた。
「もう寝るか」
「っ──」
それを聞いた瞬間、今度はあたしがヒッキーの上に乗る形のなっていた。
「どうしてヒッキーなにもしないの?」
「…………」
「あたしってそんな魅力ないかな」
「そんなわけないだろ」
あたしの言葉にヒッキーは即答する。
「じゃあなんで?」
分からない。ヒッキーがなにを考えているのか。
見つめ合うことしばらくして、ヒッキーは長く息を吐いた。
「気づいてるかどうか知らんがそういう雰囲気で触れると、結衣の身体震えてるんだよな」
「……うそ」
「まあほら、女の人は初めては痛いって言うし、結衣の震えがなくなるまではそういう雰囲気になっても極力抑えてきたと言いますか──」
その言葉を聞きあたしはヒッキーに抱きついた。
「……ばか」
「…………」
「ばかばか」
「……悪い」
「ばかばかばか……八幡」
「や、それだと八幡まで悪口みたく聞こえちゃうから」
「うるさい、ばか」
なんで言ったら良いか分からず馬鹿しか言葉が出てこない。
ヒッキーはなにも悪くない。
むしろ今の話を聞く限り、あたしのことを思って手を出さないでいてくれたということになる。
全然気づかなかった。自分が震えていたことに。
確かに初めての痛さに知らない恐怖はあったのかもしれない。
でもそれはヒッキーがどうこうというわけじゃなく、単純に痛みに対してだ。
それにヒッキーは敏感に気づいてくれてあたしに気遣ってくれていた。
それなのに、あたしは身勝手に雰囲気を作るとか言いだして。
常に自分のことしか考えてなかったことにほとほと呆れてしまう。
「ヒッキー、ごめんね」
「ん、謝ることはなにもないけどな」
「じゃあありがとう」
「ん、どういたしまして」
ヒッキーが抱きしめ返してくれて好きな感情が爆発しそうになり、あたしは力一杯抱きしめ直した。
もうなんていうか、好き。大好き。超好き。
もう痛さがとかどうでも良い。
「ねぇ、ヒッキー。今から、どう?」
「どうって……大丈夫なのか?」
「ん、どうだろう? 今まで震えてるのに気づかなかったし、無意識だったから……でも今がいい」
もうこれ以上先延ばしは嫌だ。
ヒッキーの恋人になれたっていう真の証が欲しくてたまらない。
「また、震えちゃうかもしれないけど今度はやめないで。それは嬉しさの先にある震えだと思うから」
「……分かった」
ヒッキーと見つめ合う。
どちらからともなくキスをした。
そして今日、あたしはヒッキーと一線を越えた──。