やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
梅雨明けの蒸し暑さが残る、八月半ば。
灼熱の太陽がアスファルトを揺らし、蝉の声が耳朶を打つ。
大学生になって初めての夏休み、俺は実家への帰省を余儀なくされていた。理由は単純明快。小町が一人暮らしの俺を心配して、勢いで捲し立てるような電話をかけてきたからだ。
「お兄ちゃん、ちゃんとご飯食べてるの? 夏バテで倒れたら困るからうちにきて!」
小町を愛し、小町に愛される兄としては帰らないわけにはいかないので即決した。
だがもちろん、俺一人で帰省するはずがない。
高校卒業と同時に付き合い始め、恋人である由比ヶ浜も一緒だ。
俺が実家に帰省することを小町から聞かされるや否や、由比ヶ浜は目を輝かせて即座に立候補した。
「あたしも行きたい!」
俺は「なんでだよ……」と呟いたが、由比ヶ浜は「だってあたしの方にも小町ちゃんから連絡来たもん!」と、力強く言ってくる。
まあ小町と由比ヶ浜が仲良いのなんて知っていたことなので、特に拒否はしない。
そして今現在、俺と由比ヶ浜は比企谷家の玄関に立っていた。
たった半年ぶりだけれど、妙な懐かしさに深いため息を吐き出す。
「結衣さん、あとついでにお兄ちゃんもおかえりなさーい!」
玄関のドアを開けた途端、小町の元気な声が響き渡る。
相変わらずの、いや、以前にも増して愛らしい妹の姿に俺は思わず目を細めた。由比ヶ浜も勢いよく飛びついてきた小町を満面の笑みで抱きしめる。
「小町ちゃん、久しぶり!」
「結衣さん、来てくれてありがとうございます!」
「うん! せっかく小町ちゃんが誘ってくれたからね」
由比ヶ浜は俺をちらりと見て、にこりと笑った。
昼食を軽く済ませ雑談やらゲームやらを三人で楽しんで夕方近く、小町は由比ヶ浜を連れて台所へと向かう。
「結衣さん、今日は小町がとっておきの料理を教えてあげます!」
「えっ、ほんと⁉︎ 嬉しい!」
小町はエプロン姿でやる気満々だ。
由比ヶ浜も慣れないエプロンを身につけ、やや緊張した面持ちで小町の隣に立つ。
俺は手持ち無沙汰になりそうだったのでリビングで読書でもしていようかと思っていたが、小町に引っ張られ台所の隅に置かれた椅子に座ることになった。
「お兄ちゃんも近くで見て、結衣さんの頑張りを応援してあげて!」
「ヒッキー、あたし頑張るからね!」
「お、おう」
由比ヶ浜がずいっと前のめりでやる気宣言をしてきたので俺は思わず顔を引く。
今日の夕飯の献立は、小町特製の"愛情たっぷり比企谷家流肉じゃが"らしい。
「結衣さん、しっかりと手は洗いましたか?」
「はーい!」
先生と幼稚園生みたいなやりとりをしてから小町が咳払いをする。
「さてまずは、じゃがいもの皮むきからやりましょう。はい、結衣さんはこのピーラー使ってください」
「うん、ありがと」
小町は手際よく包丁でじゃがいもの皮を剥いていく。
由比ヶ浜はぎこちない手つきでピーラーを握り、恐る恐るじゃがいもに当てた。
そして一気に下までスパッと!
俺は手を切らないかヒヤヒヤしていた。
「うわっ、なんか難しい……」
何度か失敗しながらも、小町にコツを聞きながら由比ヶ浜はめげずに挑戦する。
その姿に、俺は昔の奉仕部での光景を思い出していた。
俺が奉仕部に入りたての頃、最初の依頼。
由比ヶ浜はクッキーを作りたいと部室へやってきた。
最初作ったときは散々だったけれど、その後雪ノ下に叱咤され一層気合を入れて作っていた姿が鮮明に甦る。
あの頃と変わらない、由比ヶ浜の真面目で不器用な一生懸命さ。
「次は、玉ねぎを切るよ。玉ねぎはね、繊維に沿って切るんだよ」
小町は慣れた手つきで玉ねぎをスライスしていく。由比ヶ浜はまな板に乗った玉ねぎに苦戦していた。
「うーん、なんかバランスおかしい。……目にも染みる〜」
俺は思わず吹き出しそうになったが、小町が優しく手を添えて教えているのを見て口を閉ざす。
「包丁はこうやって……」
トントン、と軽快なリズムを奏でる小町の包丁捌き。
小町は本当に教えるのが上手い。
少し手本を見せてから由比ヶ浜に交代し、見様見真似でやっているがやはり不恰好は否めない。
それでも一生懸命な彼女を声を出さずに応援する。
肉を炒め、野菜を煮込む工程でも、小町は丁寧な説明を続けた。
「ここでね、少しだけお砂糖を入れると、味がまろやかになるんだよ」
「なるほど、……小町ちゃんすごいね!」
由比ヶ浜は感心しきりだ。
俺は、小町の料理の腕前が以前にも増してレベルアップしていることに驚いた。
小町が小学生くらいの頃は俺が料理をしていたけれど、今は完全に小町の料理スキルの方が上である。
煮込み時間になり、由比ヶ浜は重いため息を吐く。
「ふぅ、料理って疲れるね〜」
「でも結衣さん良い感じでしたよ」
「そ、そうかな? 小町ちゃんが優しく教えてくれるおかげだよ」
小町に褒められ、由比ヶ浜は少し頬を赤く染める。
「ところで結衣さん、お兄ちゃんが大学でどんな生活してるか知ってますか?」
「うーん、あんまり詳しくはないかな。いつも『別に普通』って言うし……」
「じゃあじゃあ、二人のラブラブ恋人生活はどうですか⁉︎」
「えっ……、えっと、な、仲良くやってる、と思うよ?」
言うと、由比ヶ浜は俺をじっと見つめる。
俺はすかさず顔を背けた。
「ほうほうなるほどなるほど。二人がラブラブなようで小町は安心ですよ」
「誰もラブラブとまでは言ってないんだが」
「ほらー、そういうこと言わないの! 結衣さんのこと大好きなくせに」
「……ほっとけ」
小町は呆れたように首を振る。
由比ヶ浜は俺たちのやりとりに「ふふっ」と笑う。
そんな雑談を数十分。ようやく肉じゃがが完成し、由比ヶ浜が皿に盛って食卓に並べられた。
「わー、すごい! あたしが作ったんだよ、ヒッキー!」
由比ヶ浜は誇らしげに俺にアピールする。
俺は一口食べ、正直に感想を述べた。
「……美味い。小町がちゃんと教えてくれた賜物だな」
「もう、お兄ちゃん。結衣さんの頑張りも褒めてあげてよ!」
小町が俺を睨む。
「ん、美味い。少なくとも前に食べさせてもらった手料理よりすごく美味しい」
「……えへへ」
由比ヶ浜は少し照れたように笑い、お団子髪をくしくし撫でていた。
× × ×
夕食後、由比ヶ浜と小町が後片付けをやってくれるとのことで、俺は縁側に腰を下ろし夜風に当たっていた。
どこからか鈴虫の鳴き声が聞こえる。
微風が心地よく、日中の暑さを忘れさせてくれる。
「ヒッキー」
洗い物が終わったらしい由比ヶ浜は、俺の名前を呼びつつ隣に腰を下ろす。
「……どうした」
「ううん、なんでもないよ。……ふふっ、こうしてるとヒッキーの恋人なんだなぁってすごい実感する」
「なんだそりゃ」
由比ヶ浜はにこりと微笑んで、俺の肩に頭を乗せた。
「由比ヶ浜は今日初めから小町に料理教えてもらうつもりだったんだな」
「うん、メールで妹の味を教えてくれるって書いてあったよ」
お袋の味ではなく妹の味、か。
まあ我が家では母さんよりも小町が台所に立つ回数の方が多いからあながち間違ってはいないか。
俺にとっての我が家の味と言ったら間違いなくこまちの味だからな。
「あたし、もっと小町ちゃんに教わってお料理マスターになるよ!」
「それは嬉しいけど、由比ヶ浜の母さんも料理上手いだろ? そっちに教えて貰えば……」
聞くと、由比ヶ浜は頬を膨らませる。
「だってママ、あたしが間違えるたびに冷やかしてくるんだもん」
「なるほど……じゃあ雪ノ下は──」
「ゆきのんはほら、ちょっと厳しいかなって」
「……なるほど」
どちらも目に浮かぶように納得出来てしまい、深く頷く。
「それにやっぱ、ヒッキーの好みの味を知るには小町ちゃんが一番でしょ?」
「確かにな」
多分、今回の帰省は俺がついでで本命は由比ヶ浜の方だったのかもしれない。
や、そもそも最初に玄関開けたとき"ついでにお兄ちゃんも"って言われた気がするな。
今更ながら悲しくなってきた。
その悲しさを紛らわすため由比ヶ浜のお団子をぽんぽんしてると、顔を擦り寄せてくる。
「えへへ」
「? どうした?」
「んー、なんでもないよー」
言って、腕を腰に回して抱き付いてくる。
日中に比べて夜の気温が多少下がってきていても、抱きつかれれば互いの体温で熱がこもる。
だけどそれは嫌なものではなく、むしろ心地良い……とても幸せなもので。
どこからかカメラのシャッター音まで聞こえ、そちらに反射的に振り向くと、スマホを構えた小町がニヤニヤしていた。
「いやー、良いもの撮れたよ!」
「おい小町、それを消しなさい」
「あ、ダメヒッキー、まだこうしてたいの」
俺が立ち上がり小町からスマホを奪い取ろうとすると、それを制すように由比ヶ浜が腰にしがみつき離れてくれない。
そんなところも小町は連続シャッター切りをかまして、ご満悦そうだ。
「結衣さん、後で写真送りますね」
「うん、ありがと!」
まあ、二人が楽しそうなら良いかと俺は撮られることを諦め、再び縁側に腰を下ろすのだった。