やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
「先輩、ファーストキスはレモンの味って本当ですかね?」
そんなことを生徒会業務の、唐突に尋ねてきたのは後輩の一色いろはである。
書類に目を通しながら、あくまでただの雑談ですよという雰囲気を出す一色。
俺は俺で変に意識しておちょくられてたまるかと勝手な対抗意識を燃やしながら、あくまで平静を装う。
「さ、さあな。し、したことないから知らんし」
全然平静になれてなかった。
だが俺は悪くない。
恋愛経験ゼロ太郎にこの手の話題は禁句だ。
それをなんの前振りもなく話題振ってきた一色が悪い。
そんな責任転嫁を頭の中で展開していると、一色はどもって言葉を返していたことを気にすることはなく、手を止めてこちらに目を向けた。
「そもそも、誰が言い出したんですかね?」
「や、知らんけど。……いきなりなんの話だよ、これ」
聞くと、一色は先ほど俺が自販機で買ってやった(奢らされた)レモンティーに口をつける。
「いえ、これ飲んでたらふと気になってしまって」
「あっそ」
気になったなら仕方が無い。
俺も何かしてて急に気になることが出来たりするから分からなくはない。
一色はもうひとくちレモンティーを喉に通してから、言葉を続けた。
「先輩は今甘ったるくて鬱陶しいコーヒーを飲んでるじゃないですか?」
「ねぇ、鬱陶しいっていう必要あった?」
「で、私はレモンティー。……私と先輩がキスしたら味が混ざりますよね?」
「その発想はどこからくるんだよ。そもそもそのレモンの味だって比喩的話だろ、しらんけど」
俺と一色がキスするとか言われてドキッとしかけたのを早口で誤魔化す。
思わず想像……けふんけふんかぷこん。
もうひとつおまけにこほこほ、と。
俺の動揺を知ってか知らずか、生徒会長様はさらなる爆弾を投下する。
「先輩、……キス、してみませんか?」
「は、はあ⁉︎」
これには流石に動揺せずにはいられなかった。
俺らしくもなくデカい声で反応してしまう。
ただ、一色の目は真っ直ぐこちらを向いており、揶揄うような感じでもなく、さらに俺を困惑させた。
「だめ、ですか?」
「だめ、というか、そういうのは好きなやつとするものでだな……」
一色から視線を逸らし恋愛感を説いていると、椅子を引く音が耳に響く。
そして気配が近づいてきて、顔を両手で挟まれて無理やり目線を合わせられる。
「私は先輩のこと好きですよ?」
唐突な告白。
ほんの数分前まで、なんてことない雑談を交わしながら生徒会の仕事に勤しんでたはずなのに、どうしてこうなった。
顔を掴まれてるからというのもあるが、一色から視線を外せない。
キスの話のせいで唇に目が行ってしまう。
それに気づいた彼女の口角が微かにあがる。
「案外、脈があるそうですね」
「や、お前な……」
椅子に座ってる俺は一色を見上げてる状態で首が痛い。
が、その痛みを忘れてしまいそうになるくらい彼女の唇に視線が吸い込まれ、一色は徐々に顔を近づけてきた。
「……嫌だったら、無理やり突き飛ばしてください」
「それは、ずるいだろ」
一色が再度微笑む。
そして俺の膝に座るようにお尻を乗せてからゆっくり、焦らすように顔を近づけてくる。
距離が少しずつに縮まるのを俺は瞬きをせずに見守っていた。
まつ毛結構長いんだなとか、やっぱり顔がすごく可愛いなこいつとかいう思考も次第に消え失せ。
残り五センチ、三センチ、一センチ──と、
「ヒッキー、いる?」
互いの唇が触れ合う刹那、生徒会室のドアがノックされる。
俺と一色は至近距離で互いに顔を見合わせてから、音の方へ目を向ける。
「ヒッキー、もう部活終わるから荷物持って来たんだけどなんで鍵閉まってるの?」
そういや部室に荷物置いてたの忘れてた。
時計に目をやると、そろそろ最終下校時刻間近のようだ。
「もう、タイミング悪いですね」
ぶつくさ言いつつも「はーい、今開けまーす」と、一色は扉越しの由比ヶ浜に返事をして立ち上がる。
膝にあった温もりがなくなり俺はほふぅと息を吐き出す。
それがほっとしたからなのか、惜しいチャンスを逃してしまったからなのか、自分でも分からない。
ただ気が抜けてしまっていたのは確かだろう。
吐き出した分の空気を取り込もうとした瞬間、それは叶わず、俺の眼前に映っていたのは一色の顔だった。
それもほんの一瞬、だけど何をされたのかは明白で離れていく顔を見つめると、一色は小さくかわいらしい舌で自身の唇を舐め上げた。
「私と先輩の初キスはレモンよりもだいぶ甘めになりましたね?」
そうして頬を赤らめた一色は逃げるように扉を開けに行く。
「そりゃ、マッ缶の味かもな」
だいぶ遅れて誰にも聞こえない声でそう呟くことしか、今の俺には出来なかった。