やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
今日は祝日でもなんでもないただの平日だ。よって学生は通常通り学校で勉学に励んでいることだろう。
だが俺は雪ノ下宅へと自転車を走らせていらところだった。
昨日の徹夜で今日は十一時過ぎに目が覚めてしまい、学校をさぼろうと決めたところで平塚先生から電話が来たのだ。
内容はこうである。
『比企谷、堂々と学校をサボるとはいい度胸だな』
「ひゃっ、堂々となんて滅相もないです。実は今日が土曜日と勘違いしていまして……」
『ほう、つまり貴様は日曜日に学校へ来るわけだな?』
「い、いえ、夜には今日が金曜だと思い出すつもりですので」
「……はぁ、お前というやつは」
ここまでは良かった。
雲行きが怪しくなり始めたのはこの続きから。
『比企谷……、後日衝撃のファーストブリットを食らいたいかね?』
「く、食らいたいわけないじゃないですか!」
『だろうな。……なら、今から雪ノ下の看病をしてこい』
「看病?」
『ああ、あいつは今日熱を出して休んでいる。陽乃が病院に付き添って看病していたらしいんだが、今日は午後から親と一緒にどうしても出席しないといけない用事があるらしい。だから比企谷の出番というわけだ』
「いや、意味わからないんですけど」
『なに、同じ部活のよしみだ。都合よく今君は体が空いてるじゃないか」
「……断ったらどうなりますかね?」
『一応陽乃には比企谷を向かわせると伝えてある」
「それ拒否権ないやつじゃないですか……」
陽乃さんと平塚先生の組み合わせが悪魔すぎて泣きたくなった。
まあでも雪ノ下が心配じゃないわけでもなかったので、脅しなんかされなくても最初から行くつもりではあった。……ホントホント、ハチマンウソツカナイ。
雪ノ下は寝ているかもしれないとのことで、陽乃さんがあらかじめスペアキーを管理人に渡してくれていた。
にしてもあの管理人おばさん。「若いっていいわね〜」とか言ってたけど絶対何か誤解してる。大方陽乃さんのせいだろうけど。
俺は管理人から鍵を受け取り、エレベーターで雪ノ下の住むフロアを目指す。
この微妙に重力がかかる感覚、子供の頃は苦手だったんだよな。いつからか気にならなくなったけど……などどうでもいいことを思い出しているうちに目的の階に到着した。
「確か雪ノ下の部屋は……」
よく考えたらここにきたことあるのって去年の文化祭の時だけなんだよな。数回マンション前までってのはあるけど。そう考えると緊張してきた。
救いがあるとすれば女の子チックな部屋じゃないことだ。物も必要最低限しかなく、ここは仕事部屋と説明された方が納得できるぐらい、ものが少なかった記憶がある。
寝てるかも、と言われていたのでゆっくりと開錠していく。
「……お邪魔します」
中へ入ると甘い香りが広がってくる。
何か芳香剤とかアロマとかそういう感じの。……やべぇ、すげぇドキドキする。
心を落ち着かせようと深呼吸を試みたが失敗した。いい匂いが直で鼻腔を刺激してきたからだ。
「雪ノ下、起きてるかー?」
念のため小声で声をかけながら廊下を進んでいく。
突き当たりのドアを開けると驚いてしまった。てっきり眠っているんだと思ってたパジャマ姿の雪ノ下がベランダの方を向いて女の子座りでいたからだ。
とりあえずに声をかけてみる。と、雪ノ下はゆっくりとこちらに振り返った。
「ふみゅ?」
「…………」
ふみゅ? 今ふみゅ?って言ったのか? 昨今漫画でもそんな表現使われないぞ。というかこの子大丈夫? ちょっといやかなり目が虚ろだし、若干赤くもなっている。
「おい雪ノ下大丈夫か? 辛いならベッド連れてくぞ」
「……といれ」
「は?」
「……といれ、いきたいの」
……といれ。
…………トイレか。
………………トイレね。
単語を咀嚼するのに時間がかかった。
いや行きたいなら行けよと思わなくもないが平塚先生から聞いた雪ノ下の現在の体温が三十九度近くだったのを思い出し、ベッドから起きたけどそこでふらついて力尽きたんだなと理解する。
……仕方ない、か。
「じゃ、連れてってやる」
「……うん」
雪ノ下の手を取ってトイレへ向かう。
場所を知っているわけじゃなかったがなんとなくで当てられた。
そこに雪ノ下を座らせて扉を出ようとすると、袖口を掴まれる。
「どうした?」
「……そとでまっててね?」
「……おう」
緊張しながら扉を閉める。そして少しだけ距離を取る。
いやだっていくらなんでも扉の前は……ねぇ? 俺だって健全な男子高校生なわけですよ。
自分自身に言い訳をしていると水流の音が聞こえてきた。出てくるかな? としばらく待ってみたがトイレが開く様子はなかった。
「終わったか?」
声をかけてみるも反応はなし。おい、どうすんだこれ?
さっき雪ノ下は鍵を閉めてなかったし開けるのは簡単だ。が、もし雪ノ下がその……あれだ。おろしたままだったら色々やばい。なにがって、俺の社会的地位がやばい。まあもとより最底辺だから気にする必要はないのだろうけど。
そういうことではなく、雪ノ下を傷つけてしまうことは明白だ。
けど中で意識を失っている可能性が無きにしも非ずなので、このまま放置ってわけにもいかない。俺は意を決してドアノブに手をかけた。
「雪ノ下、開けるからな?」
相変わらず無反応なのでなるようになれ! という勢いでトイレを開く。
そこにはぼーっとしたままこちらを見据え、俺の危惧するようなことにはなっていなかった雪ノ下が座っていた。
「もう大丈夫か?」
「……うん」
返事を聞き手を取って立ち上がらせる。と、足に力入らなかったのかふらついてしまったのでとっさに体を支えた。
「おいほんと大丈夫か?」
雪ノ下はこくっと頷く。
「……でも、だっこしてほしい」
「は?」
「だっこ〜」
手を伸ばしてせがんでくる彼女を優しく押しとどめる。
さっきから気になっていたが今の発言で確信した。雪ノ下は熱のせいか少し幼くなっているようだ。
……言葉にしてみたがダメだ理解出来ん。そんなことあるのか普通。
でも実際、目の前の雪ノ下はいつもと違いすぎる。「だっこ〜」なんえ幼稚園の時でも言ってたかどうかわかんないやつだぞ。
前から抱えるのは俺の理性が崩壊してしまうので、屈んで背中を向けてやった。と、さすがは雪ノ下である。意識が幼くなってても状況把握は出来るらしい。
俺の前側にゆっくりと手を回し、身体を預けてきた。
きちんと背中に暖かさを感じながら立ち上がる。雪ノ下の熱い吐息が耳を撫でてこそばゆい。早いとこベッドに連れてこ。……その前に洗面所だな。
「……入っても怒られないよな?」
手を洗い終え、寝室であろう扉の前で思案する。
ここは緊急事態だし非難されることはない……と思いたい。
だが相手は雪ノ下だ。理解してくれても納得してくれるかは定かじゃない。
だとしても病人をリビングのフローリングで寝かせるわけにもいかないわけで。結局、寝室まで運ばざるを得ない。
俺を本日二度目の意を決することにした。
「恨み言なら後でいくらでも聞くからなー」
恨み言だけで済めば御の字だな。
まあ雪ノ下が寝てる間にやることやって帰れば問題ないか。あとで全部陽乃さんがやってくれたって口裏合わせてもらえれば……無理か。あの人面白がって絶対雪ノ下に告げ口するだろうし。
なんなら後日俺をどうからかってやろうかと今から考えているまである。この想像が強ち間違っていなさそうで怖い。
「んぅ、ぅ〜」
「っ……⁉︎ 考えるのはあとだな。今はこいつを寝かせてやらねぇと」
俺が被る害など二の次だ。そんな未来の出来事、明日の俺に任せておけばいい。
……お、今のフレーズイケてる。未来の俺に任せる。これ、採用!
脳内で「カッコいいように聞こえてただの逃げ口上なのだけれど」と雪ノ下の小言が響いてきた。全くもってその通りである。
「失礼しまーす」
寝室へ入るとパンさんがいた。
まずは本棚。パンさんの書籍害何冊かある。
次に壁。違うパンさんカレンダーが三部取り付けてあった。
極めつけはベッド及びその周り。複数体パンさんのぬいぐるみが置いてあり、ベッド上には見覚えのあるパンさんが鎮座していた。
「……懐かしいな」
初めて雪ノ下と出掛けた時に俺が店員に取って貰ったやつだ。言葉にするとなんとも情けない。
俺がそれを手にしようとすると後ろから伸びてきた手によって制されてしまった。
「ダメよ……。それは私の宝物なの。姉さんには触れさせないわ」
少し落ち着いてきたのか先ほどよりも声に力が入っていた。
だがこいつ……、もしかしてずっと俺を陽乃さんだと思ってたのか?
それならトイレに連れてってと言った理由も説明がつく。姉妹なら看病でそれくらい許容範囲だろうから。
……それ、俺だって知ったらこいつどうなるんだろう。
「俺はお前の姉さんじゃねぇぞ」
「……すぅ」
ここで寝るのかよ! いや良いんだけどさ、病人だし。
なんか今日は雪ノ下に振り回されっぱなしな気がする。
雪ノ下を起こさないようにベッドにおろし、布団をかけてやる。
「……どうするかな」
雪ノ下の寝顔がだいぶ可愛くて起きるまで眺めてたい衝動に駆られるが、そんなことしてたら開口一番罵倒される未来しか視えないので自重する。
寝室をあとにし、リビングへ戻ると一枚の紙が目に入った。そこには十一桁の数字が書かれている。
「これは……、何かの暗号か?」
暇つぶしにやってみたが虚しくなった。というか、病人の人の家で何やってんだろ俺。
とりあえずスマホを取り出し数字を打ち込む。
『あ、比企谷くん、ひゃっはろー!」
「どうも雪ノ下さん」
電話相手は陽乃さんだ。
『電話、意外に遅かったね』
「いやまあ、落ち着くまで多少あったもんで」
『もしかして雪乃ちゃん、泣いてたりした?』
「それは無かったですけど」
『けど?』
「……いえ、来た時は目が赤かったですね」
「ふーん。ま、いっか」
直接会って話すのも脅威だが電話でもやはり陽乃さんは陽乃さんだ。
けど今回は雪ノ下が病気で弱ってるからだろうか、俺の発言を拾い上げることはしないでくれた。
陽乃さんは言葉を続ける。
「雪乃ちゃんね、昔から病気とかになると途端に甘えん坊になって一人を怖がるの。私やお母さんがいないとすぐ泣いちゃうくらいに」
「そうなんですか……」
「ふふっ、意外? 雪乃ちゃんが寂しがり屋なのは比企谷くんも知ってると思うけど?」
「……まあ、あいつ由比ヶ浜大好きですからね。たまに三浦と遊びに行っちゃうと部室で落ち込んでますし」
「へぇー、それは良いこと聞いちゃったな〜」
「や、今のオフレコでお願いしますよ。いやガチで」
「う〜ん、どうしようかなー。……じゃあ、私のお願いでも聞いてもらおうかなー」
「くっ、わかりましたよ」
結局揚げ足を取られてしまった。
ひとつ目の分かりやすい罠を躱させて、油断したところをふたつ目の罠で仕留めに掛かるとか、どこの有能狩猟者だよ。
陽乃さんだったらリアルがモンハン世界に変わっても最強だと思います!
俺がどんな要求をされるのかビクビク怯えてる間もあれじゃないこうじゃないとひとり電話越しで盛り上がっていた。
絶対ろくなお願いじゃない。まずそもそもこれは陽乃さんのお願いではなく、命令だろう。彼女はそういう人だ。
やがて決まったのか陽乃さんは分かりやすく咳払いをした。
『じゃあ比企谷くん。今日一日、雪乃ちゃんの看病よろしくね?』
「……それだけですか?」
『なに? もっと難易度高めの要望をご所望なのかな?』
「はい、きっちりパーフェクトな看病をしてみせます!」
『うん、よろしく。雪乃ちゃん、普段人に全く甘えないからね。たまには誰かを頼って息抜きしなくちゃ』
「それが俺で良いんですかね? 由比ヶ浜とかの方が素直になる気がしますけど」
『まあ確かに。でも私は雪乃ちゃんが甘えられる相手が比企谷くんであってほしいと願ってるからさ』
「えっ……、それ、どういう……?」
『比企谷くんなら、私の義弟として認めてあげても良いかなーって話』
「あなたが認めても当の雪ノ下が認めないですよ」
『そうでも無いと思うけどな』
肝心なところで陽乃さんの声が小さくなって聞こえなかった。
「すいません。今なんて言いましたか?」
聞くと、陽乃さんは急に慌てだす。
『あっ、ごめん。お母さんが呼んでるからもう行くね? とりあえず必要そうなものはリビングに揃えといたし、お粥の作り方のレシピもメモっといたから、何か分からないことがあったら一時間後くらいにまたかけて。じゃあね、明日の朝まで雪乃ちゃんをよろしくね!』
「えっ、ちょっ……」
と、最終的に早口で捲し立てられ通話を切られてしまった。
まあ最後に聞きたいことは聞けたし問題ないけど。不穏な言葉も残していったけど。
それを考えるのは後にして、俺は雪ノ下が起きるまでにやれることをやっておくことにした。
……まずは手を洗うことから、かな。
× × ×
雪ノ下の額に冷えピタを貼り、陽乃さんが残してくれたメモでお粥を作り、暇になったので読書でもすること暫し……寝室でドサッという音と、微かに声も聞こえてきた。
「ぐすっ……」
嗚咽だった。
俺は慌てて扉を開き雪ノ下に声をかける。
「どうした雪ノ下⁉︎」
「……どうしてちかくにいてくれないの?」
ベッドから落下していた雪ノ下は体に力が入らないのか、乱れた髪や服を気にせず、匍匐前進の要領で俺に近づいてくる。
「ちかくにいなきゃだめなの!」
「わ、悪かった」
雪ノ下の言動が再び幼くなっていた。
寂しさが増幅されるとリミッターが外れる的なやつだろうか。
まあそんなのどうでも良い。今は目の前の彼女を宥めるのが先決だ。
「ほら雪ノ下。俺ずっとここにいるからベッド戻ろう。……な?」
「……ほんとにいる?」
「おう。むしろ離れたく無いまである」
……何言ってんだ俺。
どうもこの雪ノ下を見てると俺自身が自覚できるレベルで優しくなってる……っていうか、これはあれだ。小町が病気になった時の俺に近い感じだ。
あいつも大概、熱が高いと甘えてくるタイプだからな。
でもそれで得心がいった。今の雪ノ下と小町を無意識にダブらせてたお陰で俺は冷静でいられるのか。
「お腹空いたか?」
「うん」
「じゃあ今温めて持ってくるから、少しの間だけ待ってられるか?」
「すぐもどってくる?」
「ああ、すぐ来るぞ」
雪ノ下が頷いたのを確認し、俺は急いでお粥を温めに戻る。
一応前から少しは料理してたし、今回は陽乃さんのレシピ通りに作ったから大丈夫だと思うけど、不味いと言われたらどうしよう。
いやでも小町も美味しいって食べてくれてたし、何も問題ないか?
「ほら雪ノ下、持ってきたぞ〜」
お盆と小さい机を持っていくと雪ノ下は正座をして待っていた。
さっきまで横になってたはずだけど、お行儀が良いのか落ち着きがないのか分からん。
「……たべさせて」
「はいはい分かってましたよ」
いちいち戸惑ってたらキリがない。
今日の雪ノ下は俺にとって病気になった小町と同義だ。食べさせるのなんて楽勝だ。
一口掬い熱を冷まし口まで運ぶ。一口掬い熱を冷まし口まで運ぶ。同じような動作を何度も、途中水分を摂らせながら繰り返し、数分で完食してしまった。
「食欲はあるみたいだな」
それだけでもだいぶ回復してるのかもしれない。
だがまだ油断は禁物だ。少なくとも雪ノ下の言動が元に戻るまでは。
「……あせかいた」
「そ、そうか」
「うん、あせかいたの」
「……タオル持ってくる」
「からだふいて?」
俺は部屋を飛び出した。
分かってたよ畜生! 漫画とかでよくあるけど、普通彼氏じゃないやつに体拭かせるとかあり得ないからな? あれは漫画だから許せるだけで、現実の行為なら犯罪だ。……いや、合意の上でならセーフだろうけどさ。
俺はタライに水を入れタオルを持って雪ノ下の元に行く。そしてそれを絞って手渡す。
「さすがに体拭くのは自分でしてくれ」
「……いや」
「いやって……ああもう分かった! 前は自分で、後ろは……俺が、手伝って……やる」
断腸の思いで言葉を紡いだ。
今日の俺はどこかおかしい。……違う。おかしいのは雪ノ下の方だった。
俺は後ろを向いて彼女が服を脱ぐのを待つ。……えっ? なんで部屋を出ないのかだって? それをしようとしたら雪ノ下が泣くんだよそれぐらい察しろ!
衣擦れの音と雪ノ下の吐息が生々しくてある一点に熱が籠る。これを材木座増殖の術でなんとか回避した。
「ふきおわった」
「……じゃあ背中向けてくれ」
「うん」
雪ノ下が後ろを向いた気配を感じとり、俺は彼女の方に向き直る。そこには本来見ることが叶わない雪ノ下の背中が存在した。
毛穴などは全くなく、触れなくても肌がすべすべなんだろうなと想像に難くない。
──これは小町これは小町これは小町。
俺は今から小町の背中を拭くんだ、その気持ちで取り掛かろうとしたが無理だった。
だって小町に悪いけどあいつここまで女性らしい体つきしてないもん! 体系的にもう少し幼い感じだし、普段から兄の古着一枚でうろつくから論外というか遊戯王ですぐに除外される対象っていうか、ああもう何言ってるか分からなくなってきた。
とにかくこいつはどうあっても雪ノ下雪乃である。
「拭くからな? やめて欲しかったら今だけだぞ」
「はやくふいて?」
俺は三度目の意を決した。
一日三度も決意することなんてそうそう無いはずだ。これ、ギネス記録になるんじゃね? ないか、ないな。
恐る恐る手を伸ばす。と、ピクッと雪ノ下の肩が上下に震えた。
俺はなるべく顔を背けつつ、けれど丁寧に拭くためにはある程度観ないとダメなので、雪ノ下の背中を視界に入れつつ上から下に拭いていく。
「……痛くないか?」
「うん、きもちいい」
上から下へ、上から下へ……。
なるべくタオル以外に俺の手が触れないように努めた。
「よし、終わったぞ」
「……ありがと姉さん」
やっぱりかー。
薄々そんな気はしてましたよええ。
「だから俺はお前の姉じゃないぞ」
「…………?」
言うと、コテっと首をかしげる。なんだよそれ可愛いなこのやろう。
暫しの沈黙を保ち、雪ノ下は数回瞬きをする。
そして上限突破の赤面を見せた。
「ひ、ひき……ひきがやくん⁉︎」
「おうそうだぞー」
半ば投げやりに肯定する。
雪ノ下が呂律が回っていない口でいつから居たのか聞いてくるので、昼前だと答える。と、何かを思い出したのかパンさんに顔を埋める。
「……じゃ、じゃあ、トイレのときもひきがやくんだったの?」
「っ……⁉︎ あ、ああ。そうなるな」
都合よく記憶が消去されてることを願ったが、雪ノ下ははっきりと覚えていたみたいだ。
くぐもった声で「じゃあおかゆ食べさせてくれたのも、背中拭いてくれたのも全部比企谷くん……」と呟いていた。
やめて、振り返られると俺が恥ずかしくなるから。
パンさんに顔を押し付けては息が苦しくなって顔を離す雪ノ下を見てると、声をかけていいものか迷う。
「だいぶ体調が落ち着いてきたなら、俺帰ろうと――」
「だめっ!」
立ち上がろうとする俺を同じように立ち上がろうとした雪ノ下が制止してくる。
するとどうなるか……。今日これまでの雪ノ下を見れば分かるはずだ。足をもたらさせ、前のめりになって倒れてきた。
「うっ……⁉︎」
背中を床に打ち付けて息が押し出される。
俺を姿勢が万全じゃなかったから今度は雪ノ下が床に衝突するのを防ぐことしかできなかった。
結果、俺は雪ノ下を腕に収める形で横たわっている。
「…………」
「…………」
雪ノ下が俺の上から退く気配はない。
俺から雪ノ下を退かすことも出来ない。
彼女の熱がこちらまだ伝わってくるようだ。
「…………かえっちゃだめよ」
「わかったから降りてくれないか?」
ふるふると首を振る。えぇ……、なんでだよ。
これが陽乃さんの言うところの甘えるってことなのか?
そう思うと庇護欲が湧いてくる。俺は背中をさすってあげた。
「んっ……」
くすぐったそうに何度か身を捩るが、やがて耳元に寝息が聞こえてくる。ただでさえ体力のない雪ノ下が、発熱で常に体力を削られてる状態だ。ある意味仕方がないのかもしれない。
……けどさぁ、これどうすんのよ。
「すぅ……」
背中を撫でるのはやめない。俺が動くと起きてしまうかもしれないので動けない。実に八方塞がりだ。
だがこれで良い、のかもしれない。
俺も多分雪ノ下の熱に充てられてしまったのだろう。
とりあえずこの後のことは雪ノ下が起きた後、未来の俺に委ねることにした。
このフレーズ、結構気に入ったから使ってみた。俺の中の名言集に加えておこう。
最後に雪ノ下一言声をかけ、精神的に疲れた俺も思考を手放すことにした。
「おやすみ」