やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。   作:石田彩真

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八陽
酔い時の記念日


 彼女を迎えに来るのは、今日を入れて通算三十二回目となる。

 

「いらっしゃいませ」

「どうも」

 

 BARに入りマスターと軽く言葉を交わして、カウンターに身体を預けて脱力している彼女へと近づく。

 そして肩を叩き声を掛けた。

 

「雪ノ下さん、そろそろBARも閉まるので帰りますよ」

「……ん〜。…………比企谷、くん?」

 

 呼びかけに反応しゆっくり上体を起こした陽乃さんは、俺の存在に気づき両腕を広げてくる。

 

「わぁ〜、比企谷くんだ〜」

「ちょっ……!」

 

 咄嗟のことで避けることができず、ガッチリホールドされてしまう。

 幸い閉店間際のこの店に客は陽乃さん一人しかおらず、この状況を見てるのはマスターただ一人。

 そのマスターもこちらを気にしないで閉店作業をしてくれてるからありがたい。

 

「雪ノ下さん、今日は一段と酔ってませんか?」

「え〜、そんなことないよ?」

 

 言いつつ、顔を俺の腹に押し付けてくる陽乃さんは明らかに酔っていた。

 俺が迎えに呼ばれる時は大体酔ってはいるのだが、ここまでで気が抜けていることはほとんど無い。

 せめてスキンシップが激しくなるくらいだ。

 ……や、陽乃さんは事あるごとに頬を突いてきたりするから元々そういうタイプだな、うん。

 

「それより、なんで比企谷くん来たの? 今日はまだ呼んでないけど」

「まだって、呼ぶつもりだったんですね」

 

 当たり前じゃ〜ん! と額を俺の腹に擦りつけてくる陽乃さん。

 こそばゆいので出来ればやめていただきたい。

 

「今日、自宅で雪ノ下さんの誕生日パーティだったんじゃないんですか?」

 

 聞くと、陽乃さんは動きを止める。

 

「……なんで知ってるの?」

「雪ノ下から連絡ありました。姉さんの居場所を知らないかって」

 

 そして詳しい事情を雪ノ下から聞いた俺はあとで折り返す旨を伝えてからここのマスターに連絡をしたのだ。

 まあ流石にお客様の個人情報だということで教えてはくれなかったのだけれど、暗に陽乃さんが来てることを示唆してくれたのですぐに見つけることができた。

 陽乃さんを何度も迎えに来ててすっかりマスターと顔馴染みになってしまったおかげなので、今度はお客としてちゃんと飲みにこようと思う。

 

「とりあえず雪ノ下には居場所の心当たりがあるとだけ伝えてここに来ました」

「……この場所、雪乃ちゃんに言わなかったの?」

「ええまあ。……前に約束しましたからね」

 

 前、というのは俺の二十歳の誕生日、陽乃さんに半ば無理やり連れられ、ここに飲みに来た時のことだ。

 陽乃さんはここが憩いの場所だと言い、誰にも言わないでね、と俺に釘を刺した。

 本気ではなく軽い口止め程度ではあるが、自分をあまり見せない陽乃さんが"憩いの場所"と言ってのけるくらいだ。

 その場所を易々と他の人に話せるわけがない。

 俺に教えてくれた理由を聞いた時ははぐらかされてしまったけれど、多分深い意味は無かったのかもしれない。

 自分の秘密、内緒にしたいけれど誰かに話したい。そんな葛藤の末、どうでも良い相手……俺が選ばれた可能性はある。

 まああくまでこれは俺の推論でしかないのだが。

 

「……ありがと」

「えっ?」

「誰にも話さないでくれて」

 

 言って、さっきまでの力任せの抱き締めから、優しく包むようにして抱き付かれる。

 そうされると、さっきまで意地でも外してやろうと力を入れてた俺の身体も、自然と力が抜けてしまう。

 やはり今日の陽乃さんはいつもとどこかおかしい。

 

「雪乃ちゃん、なんか言ってた?」

「いや特に何も。ただ、『主役が来ないなんて前代未聞だ、母が大激怒してる』ってことだけ伝えてくれだとさ」

「そっか」

 

 伝えてくれ、ってことは雪ノ下自身陽乃さんを連れ戻すつもりはない。と解釈出来る。

 聡明な陽乃さんがそのことに気づかないわけもなく、嬉しそうに微笑む。

 

「雪乃ちゃん、やっぱり優しいね」

「少なくとも高校時代とは大違いですね」

 

 二人の関係の全ては知らない。

 ただ、俺が見てきた二人の中では今が一番仲良くしているようには感じていた。

 まあいがみあっていた間も、雪ノ下は陽乃さんの優秀さを認めていたし、あれはあれでシスコンなんだとは思う。

 こんなこと伝えた日にはきっと俺は千葉にいられなくなるだろうから、墓場まで沈黙しておくけど。

 千葉、離れたくない。千葉、大好き。

 I LOVE千葉。

 ようやく陽乃さんが離れてくれて、ふと顔を上げるとマスターと目があった。

 

「えっと、すみません。すぐ連れて帰るので」

 

 言うと、マスターは首を横に振る。

 

「いえ、大丈夫ですよ。陽乃さんがここまで酔うのは珍しいですし」

「ちょっとマスター!」

「ふっ、これでも何十年とBARで働き続けているんです。お客様が本気で酔っているかどうかくらい分かりますよ」

「うぅ……」

 

 陽乃さんとマスターの会話の意味を理解は出来なかったが、バツが悪そうな陽乃さんの表情を見るに、この勝負はマスターに軍配が上がったらしい。

 陽乃さんは立ち上がると少しふらつく。

 

「っと、大丈夫ですか?」

「……だめ。おんぶしてくれないと歩けない」

「や、それは歩いてるって言うんですかね」

「知らない。今日のわたしは酔ってるから」

 

 どこか不貞腐れたような物言いをする陽乃さんは俺の背中にしがみついてくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。まだ会計が──」

「今度は陽乃さんとご一緒にお客様としぜひいらしてください。お会計はその時にでも」

 

 言って、優しい笑みを浮かべるマスター。

 俺はその言葉に甘えることにして陽乃さんを背中に乗せた。

 

「ほら雪ノ下さん、行きますよ」

「ん〜、ふふっ、比企谷くんの背中あったか〜い」

「っ……あの、ちょっと体重かけるの控えてもらって──」

「聞こえな〜い」

 

 先ほどまでの不貞腐れた様子はどこはやら、今は上機嫌で俺の背中にしがみつく。

 いつもの陽乃さんは酔っていても歩けないことにならないので、おんぶという行為は何気に初めてで、……ちょっと柔らかいものがダイレクトに伝わってきてやばいです。

 

「ん、マスターまた来るね」

「はい、お待ちしております」

 

 挨拶を交わしBARを後にする。

 ふと冷静になり、どうして俺が毎回酔った陽乃さんの介護をしなくちゃならんのだ、と思わなくもなかったが、嬉しそうに身を委ねてくる陽乃さんを見ていると案外悪く無いなとも思ってしまう。

 

「そういや、何時からあそこにいたんですか?」

「ん〜、十二時?」

「や、喫茶店の時間からいたのかよ」

 

 あの店は昼間は喫茶店、夜九時くらいからBARへと姿を変える。

 日によってまちまちらしいのだが、今日は喫茶店の方を長めにしてたからBARは零時くらいには閉めるらしい。

 さすが趣味で店を開いているだけはある。

 その臨機応変の対応っぷりを見習いたい。

 少しずれ落ちそうになり陽乃さんを背負い直すと後ろから声が聞こえた。

 

「ねぇ、比企谷くん。今日ってわたしの誕生日だよね?」

「? ですね」

「だよね〜」

「……誕生日おめでとう?」

「ありがと〜」

 

 何だこのやりとり。

 や、そういえばまだ言ってなかったなとは思ってたけど、ちょっとタイミングミスったかもしれない。

 

「んじゃ、陽乃さんの家に向かえば良いですか?」

「ん、……すぅ」

 

 聞くと寝息が耳に届いた。

 いや何でこのタイミング?

 陽乃さん寝たらなかなか起きないし、家の鍵どこにしまってあるのか知らないし……、体を調べて鍵を取り出す勇気なんて俺には無い。

 

「……これ俺詰んだ?」

 

 独りごちる。

 雪ノ下に引き取ってもらうことも考えたけれど、あいつは今実家の方にいることを思い出す。

 

「仕方ないか」

 

 こんなことでホテルに金を使うのはナンセンスなので、俺は自分の家に向かうことにした。

 まあここ最近だと俺の家は陽乃さんの避難先にもなっているので、別に問題は無いないだろう。

 

「ってか、これ渡しそびれたな」

 

 俺は懐からピアスが入った箱を取り出す。

 前に一緒に出かけた時に『誕生日はこれプレゼントしてね』と本気か冗談か分からないが、強請られたのを律儀に覚えていてつい購入してしまった代物。

 多少の値は張ったが、趣味がラノベやアニメくらいしか無い俺にとって普段から金など使わないから問題無い。

 言ってて悲しいなこれ……。

 

「ん、比企谷、くん。……好きだよ」

「っ……⁉︎ 雪ノ下、さん?」

 

 今のは寝言か寝たふりをしていて意図的なのか、後ろを振り向けないし、呼びかけても陽乃さんが反応しないので分からない。

 ただまあ──、

 

「俺も好き、ですよ。陽乃さん」

 

 こうして互いに面と向かって好意を伝えられないのだから、俺たちの曖昧な関係はしばらく続きそうである。

 

「……っと」

 

 俺の方に回されていた陽乃さんの腕の力が微かにだが強まった、気がした。

 

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