やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。   作:石田彩真

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普段は日を置いて投稿しますが、今回は陽乃さん誕生日の作品として制作したので!


陽乃さんと同棲(強制)することになった。

 外の世界には完璧な人間がいた。

 どんな状況でも動じず、仮面的な笑顔を携え全てをこなしてしまう、絵に描いたようなデキる大人。

 しかし、俺の家にはその仮面をあっさり脱ぎ捨て、だらしなく甘えてくる、別の完璧な人間がいた。

 

「はちまーん、お腹すいたー」

「働かざる者食うべからずですよ、陽乃さん」

 

 ソファで脱力しながら視線だけを俺に向ける陽乃さんにそう告げる。

 働かざる者食うべからず、なんて言葉を俺が口にする日が来るとは、思いもしなかった。

 陽乃さんはなおも動こうとしない。

 

「私は八幡が作ったフレンチトーストが食べたいの」

「……じゃあ洗い物はしてくれますか?」

「洗い物は八幡の方が上手だし、私がやると二度手間になるから、ね?」

 

 何が「ね?」なのだろうか、可愛いなこのやろう。けぷんけぷんかぷこーん。

 だめだ、このままじゃまた陽乃さんに流されてしまう。

 俺の日常を取り戻すためになんとしてでも彼女を追い出す企てを完成させなくてはならないのに──。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 こうなった経緯は三ヶ月前まで遡る。

 休日に積みラノベを満喫していたら、唐突に彼女ーー雪ノ下陽乃が俺の目の前に現れたのだ。

 そして一言。

 

「今日から同棲しようね、比企谷くん」

 

 無理ですお帰りはあちらです、と極々自然に玄関を閉めようとすると足を扉の隙間に挟み込んで叫ぼうとするので慌ててドアを開放した。

 

「何しに来たんですか」

 

 聞くと、陽乃さんはさも当然のように口を開く。

 

「だから、今日から私と比企谷くんは同棲するのです」

 

 ドヤ顔が鼻につく。

 これが同級生や年下の男なら顔面引っ掴んで地面に叩きつけたいところだが、あいにく目の前にいるのは同級生兼部活メイトだった雪ノ下雪乃の姉である。

 や、そもそも陽乃さんにそんな愚行を働こうものなら返り討ちに合う未来すら見えてしまう。

 ここは穏便に、後腐れなく解決する方法を模索することにする。

 

「ここは俺のプライベート空間で何人(なんぴと)たりとも踏み入れさせはしませんよ」

「ふーん。……小町ちゃんは?」

「小町は別です」

 

 即答すると陽乃さんは軽快に笑う。

 

「あはは、比企谷くんの面白さは相変わらずだね」

「楽しんでくれたようで何よりです。ではこれで──」

 

 今度こそ閉めようとすると陽乃さんは指を一本突き出してきた。

 

「私がここにいる間、家賃は全額負担してあげる」

「……は?」

「家事とかの分担はまあ……おいおい考えるとして、この条件じゃダメ?」

 

 扉を閉める力が弱まる。

 俺にとっては破格の条件すぎるし、何か裏がある可能性も捨てきれない。

 だが、突然やってきたってことは切羽詰まってのことって可能性もなきにしもあらずなわけで。

 俺は目を瞑り、しばし思考した結果、とりあえず陽乃さんを部屋へ入れ話だけを聞くことにしたのだった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 聞いた話を要約すればただの親子喧嘩。

 普通の親子喧嘩なら些細なものだろうけど、あの母親と陽乃さんの喧嘩はおっかなそうである。なので詳しくは聞いていない。

 結論として今こうして陽乃さんが俺の部屋にいるのだから、俺が彼女の提案を受け入れたことは容易に想像がつくことだろう。

 ……べ、別に家賃の他に光熱費と食費も全て負担してくれることが魅力的だったから受け入れたわけじゃないんだからねっ!

 ホントホントハチマンウソツカナイ。

 

「ん〜、おいひ〜」

「口に入れたまま喋らないでください。子供じゃないんだから」

 

 はーい、と元気よく返事をする。

 ほんと、これが俺のよく知る雪ノ下陽乃なのだろうか。

 少なくとも高校時代に関わってきた厄介だった人物とは雲泥の差がある。

 

「今日はお仕事休みなんですよね?」

「うん、だから八幡にいっぱい甘えるんだ」

 

 それは聞かなかったことにしておく。

 雪ノ下陽乃は雪ノ下雪乃以上の完璧超人。

 ただしそれは表の顔で裏ではこんな甘えたがりだと、誰が想像するだろうか。

 それこそ雪ノ下もこんな陽乃さんを知らない可能性すらある。

 彼女と同じ会社の人が知ったら、びっくり仰天するか、はたまた冗談だと鼻で笑うか。

 どちらにしろ今の彼女を知ってるのは俺だけで──。

 

「ふぅ、お腹いっぱい。ねぇ、八幡。膝枕して?」

「食べてすぐ横になると太りますよ」

「あっ、太るとか女の子に禁句」

「や、もう女の子って歳じゃ……いてっ」

 

 頬をつねられる。

 

「何か言った?」

「いえ、なにも」

 

 唐突に普段の陽乃さんの空気を纏わせてくるものだから油断ならない。

 このオンオフの切替の上手さは社会で生きていくために必要なのかもしれない。

 

「とりあえず洗い物してくるので、洗濯物くらい回しておいてください。そのあとなら膝枕くらいいくらでもするので」

「あっ、言ったからね。言質も録音もしたからね」

 

 や、怖いよ、あと怖い。

 いつの間に録音してたんだよ。

 陽乃さんが洗面所の方へ消えていくのを確認してから、俺は洗い物を開始する。

 追い出す企てとか言いつつ、もう半ば諦めモードな俺。

 やはり家賃類が免除になっているのは非常にありがたい。

 お陰で貯金が捗る捗る。

 家賃というしがらみから解放されたい俺は、いつかマイホームを買うことが夢だったりする。

 専業主夫になりたいとか言っていた俺が聞いたら驚くだろうな。

 洗い物を終え、ソファに座って文庫本に手を伸ばすとスウェットに着替えてきた陽乃さんが無断で俺の膝に頭を乗せる。

 

「言質取ったから良いよね?」

「……どうぞお好きなように」

「ふふっ、ありがと」

 

 笑顔で礼を言ってくれる陽乃さんに心が揺さぶられる。

 成り行きで始まった同居。

 彼女は俺が何かするたびに必ずお礼を言ってくれるから心臓に悪い。

 ……まさか社会人になってまで陽乃さんに振り回されることになるなんて思ってもみなかった。

 

「見てみて八幡。これ、雪乃ちゃん好きそうじゃない?」

「……確かに。でも『その動画ならすでに保存しているわ。猫好きなら常識よ』とか言いそうだな」

「あはは、八幡、雪乃ちゃんの物真似上手だね」

「ええ、高校の時から磨いてきたんで」

 

 なにそれ、と笑いつつ頭をぽんぽんされる。

 でもまあ、こういう振り回され方なら案外悪くないな、と思ってしまう俺がいるのもまた事実なのである──。

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