やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
今日の天気は快晴。雲ひとつない青空である。
秋にしては気温も暖かく外の空気が心地いい。
だから俺は受験の息抜きに駅前の本屋でラノベを購入したあと直帰せずに近くの公園で読書をすることにした。
公園全体を使い鬼ごっこをする子どもたちもいれば、その子どもたちを微笑ましそうに眺めながら井戸端会議を繰り広げる母親たちもみられる。
そして俺が座っている隣のベンチ近くで子猫と戯れる雪ノ下がいた。
……や、あいつなにしてんだよ。
「ニャー」
「にゃー?」
ああ、会話してるのか。なら邪魔しちゃ悪いな。俺も大人しく読書をしていることにしよう。
「ニャー」
「あなたはどこから来たのかにゃー?」
「ニャ〜」
「ふふっ、そうなのね。それじゃ一緒に遊ぶにゃ」
「…………」
いや誰だよお前⁉︎
えっ? あれ雪ノ下だよな? なんか語尾に『にゃ』って付けてるし、口調が聞いたことがないレベルで甘ったるいし、あと何気に会話成立させちゃってるし……。ほんと誰だよあいつ。
しかしあの子猫も逃げ出さないところをみると人間に慣れているのか。現に雪ノ下の足にすり寄ってるし。
「にゃんにゃん」
「ニャー」
「にゃんにゃん」
「ニャー」
なんか合唱が始まった。
俺は笑いを堪えるのに必死だった。
雪ノ下との距離は五メートルもない。なので少しでも動けば一瞬でバレてしまうかもしれない。あいつがこっちに気付いていないのは最初から猫に夢中だったからであろう。
「ハチくん、お歌上手ね」
「ニャー!」
いつの間にか子猫の名前がつけられていた。
というか『ハチ』って……、それ犬に付ける名前じゃね? ほら代表的なので忠犬ハチ公さんがいるし。俺も名前に八が使われてるから親近感湧くんだよな。
「……比企谷くんも昔はこのくらい澄んでいる目をしていたのかしらね」
「っ……⁉︎」
子猫の前足の肉球を触りながら呟いた雪ノ下の発言に、思わず咽せそうになってしまった。
なんでここで俺を引き合いに出すんだよ。ちょっとドキッとしたじゃねぇか。
「ねぇハチくん。私は彼にどう思われてると思う?」
「ニャー?」
今度はいきなり雪ノ下の人生相談が始まった。
「私、彼にいつもひどいことを言ってしまうの。でも別に本気で思ってるわけじゃないのよ? きちんと反応してくれるからそれが楽しくてつい……」
雪ノ下がいう"彼"とは文脈から考えておそらく俺のことだろう。
ならこの話は俺が聞くのは少しまずい気がする。
だがもう後の祭りだ。今からフェードアウトしようとしても動いたら気づかれる可能性が大だ。ならここは大人しく空気に溶け込んでいた方が賢明かもしれない。
なおも雪ノ下の子猫に対する独り言は続く。
「……比企谷くん優しいから、つい甘えてしまうの。それに頼ってばかりじゃいけないってことはわかっているのだけれどね。けど彼とそういう関係になれたら……その、楽しいだろうなと思わなくもないの」
雪ノ下は恥ずかしそうに子猫へと語りかけていた。
かくいう俺は顔にこれ以上無いくらい熱を集中させていた。
「ねぇハチくん。もし私が本気で好きって告白したら、彼はきちんと答えてくれるかしら?」
「ニャッ」
「…………」
まるで雪ノ下の心中を覗いてしまってるようで少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう。
今までの時間、なにも聞いてなかったことにしてそろそろ声をかけるべきか思案していると、雪ノ下は猫を一度撫でてから立ち上がった。
「……さて、少しだけ待っててね。さっきからあなたと私が遊んでるのを盗み見てる人にお仕置きしなくちゃいけないから」
「っ……⁉︎」
急激に冷や汗が出てきた。
おかしいな、さっきまで八月並みの暑さだったのに今は真冬並みに冷えてきたぞ。
ラノベから視線を外さず耳だけに集中する。足音が徐々に近づいてきてやがて止まった。
恐る恐る顔をあげるとにこやかな笑顔を浮かべる雪ノ下の姿が目に入った。
「比企谷くんこんにちは」
「……コンニチハ」
「今日はいい天気ね」
「ソウデスネ……」
今この状況で見下ろされてると俺が悪いことをしてしまった気がしてならない。……や、実際盗み聞いてた時点で多少の罪はこちらにある。
「あの、雪ノ下さん? いつから気付いてました?」
「そうね……。逆にいつからだと思う?」
挑戦的な雪ノ下の笑み。
そこから推察するにこいつは多分最初から俺の存在に気付いていた可能性がある。なら、今までのは全部俺をからかうための演技だったのか。そう考えると納得できる部分も増えてくる。
よく考えればいくら猫大好き雪ノ下でもあそこまで赤裸々に独り言を言うわけがない。……いや、普通に分析すれば分かることだった。
「……お前、悪趣味だぞ」
「あら、それはお互い様じゃなくて?」
全くもってその通り。反論の余地もない。
だがそれでも何かを言わないと気が済まなかった俺は反撃の糸口を探りつつ、思考を巡らせる。
「そもそもお前、よくこんなとこで猫に喋り掛けられるな。あっちの奥さんたちもちらちら様子窺ってたぞ」
「そうなの、気づかなかったわ。でもさすがにあの距離じゃ内容までは聞かれてないだろうから問題ないわね」
雪ノ下は動揺する気配が全くなく話のすり替えは失敗した。
「でもな、俺をからかうためとはいえその、す……好きとか言うのはどうなんだよ」
「……そうね。私としては貴方を困らせた時点で勝ちだと思ってるわ」
ああこの攻め駄目だ。むしろ俺が羞恥で言葉が詰まる。
「…………」
「どうしたのそんなに私を見つめて。もう私を追い詰める手立ては無くなったのかしら?」
別に見つめてないし睨みつけてただけだ、と声に出して言っても今の彼女には無意味だ。一ミリも相手にされる気がしない。
というより俺はどうして真っ向から雪ノ下の相手をしているのだろうか。今日の俺はたまたま公園で読書をしようとしただけでそこに偶然雪ノ下が居合わせただけだ。それ以外になにもない。
そこまで来れば話は早い。俺は本を閉じ袋に入れベンチから立ち上がる。と、子猫はそれにびっくりしたのか走り去ってしまった。
「あっ」
「……なんか悪い」
「いえ、私も帰るところだったし別にいいわよ」
そういう雪ノ下だったがどこか悲しさを含んだ声音だった。
「じゃあ俺帰るな」
「……私も行くわ」
そして自然と二人並んで歩き始める。
どちらも言葉を発さず無言の時間が続く。そういや俺さっき雪ノ下に告白紛いなことされた気がする。からかわれただけだけど。
あと俺が優しいとか雪ノ下が俺に甘えてるとか……ないな。冷静かつ客観的にみればそんな事ないのだから、雪ノ下がこちらに気付いててあえて言っていることにも気付けたのかもしれない。
まあそこまで頭が回らなかったのは恐らく雪ノ下が子猫と遊んでいたのに見惚れてしまっていたからだろう。
「ふんふ〜ん」
そこでふと鼻歌が聞こえてきた。
何故だか今の雪ノ下はとても上機嫌だった。
「……なんか良いことでもあったか?」
気になったので聞いてみると雪ノ下は「どうして?」と首を傾げる。
「や、鼻歌が聞こえたから……」
言うと、今気づいたとばかりに雪ノ下は驚いた様子を見せる。
「そうね……、貴方と会えたからかしら」
「もうそれは通用しねぇぞ」
「あら残念」
さすがに何度も同じ手は食わない。
会うだけならいつも部活で顔合わせしてるし、それだけで鼻歌をするなら雪ノ下は毎日していることになる。だが俺は部活中一度たりとも聞いたことがない。よって彼女の矛盾がここに証明された。
ようやく少しだけ優位に立てたと思ったところで、俺と雪ノ下の分かれ道に来てしまった。
「それじゃここまでね」
「おう、そうだな」
「また明日学校で」
「……ああ」
挨拶し俺は右折をする。が、数歩進み何かに引っ張られた感覚を覚えたので後ろを向くと雪ノ下が俺の裾を握っていた。
「なんだよ」
「いえ、ひとつ公園でのことで言い忘れていたことがあって」
言うとこちらが問いかける間を与えず雪ノ下が耳元で囁いてきた。
「私、本当のことを言わないことはあるけれど、からかうためだけとはいえ嘘も虚言も吐かないわ」
「っ……⁉︎」
「だから返事、期待しているわよ?」
言うだけ言って雪ノ下はこちらを振り返らずに歩いていく。
それはつまり、そう言うことで良いのだろうか。
いや、だとしてもこの状況とタイミングは色々と……。
「反則だろ」
俺はこの出来事を数年後、自分の子供たちに語る事になるなんて想像もしていなかった。