やはり俺の青春ラブコメは短編でもまちがっている。 作:石田彩真
小悪魔はミニデビルと読みます!
俺にとっての天使的存在は我が愛しの妹である小町と、俺にとってかけがえのない親友でありたいと思える戸塚彩加である。
彼女たちに敵う俺の癒し的ヒロインは金輪際現れない! とそう思っていた。
だがしかし。ここ最近、その領域を脅かす者がいる。
その名は雪ノ下雪乃。
出会った当初は冷徹、冷酷、冷淡の冷蔵庫さえも驚愕の底冷え具合を見せてきた彼女。
けれど最近の彼女はどうだろうか。
俺が部室に来ると笑顔で挨拶し、小さく手を振って来る。
紅茶を淹れてくれるとき、息を吹きかけてから渡して来る。
挙げ句の果てに俺が前日徹夜で眠たそうにあくびをすると、座布団を用意し、そこに正座してスタンバイしてしまう有様だ。もちろん最後のは遠慮したが。
あと由比ヶ浜が不在の時しかやらないのが何気にたち悪い。
ここまで好意を露わにされて嬉しくないわけではないし、次はなにしてくれるのかドキドキして部室に行くのが楽しみになる。……って違うそうじゃない。途中文法が脳内でメタモルフォーゼしてしまった。
や、楽しみなのは事実だが、根本はどうにかしたいってのが本音だ。
じゃなきゃ俺の理性もそろそろ限界である。
なので今日こそはと部室前で気合を入れ、ガラッと扉を開いた。
「あっ、比企谷くん。こんにちは」
「……うす」
「ふふっ、比企谷くんの挨拶、かわいい」
若干の恐怖を感じた。
以前の彼女なら「あら、きちんと挨拶も出来ないの? まあ仕方ないわね、普段は土の中で勉強なんてしないものね」とかなんとか言ってきたはずだ。うん、我ながら雪ノ下の物真似がうまい。
ところがどっこい、雪ノ下は俺の挨拶を可愛いとまで言ってきた。
やだ、少し恥ずかしくなってきた。これからはきちんと挨拶するように努めます。
もしこれが俺にまともな挨拶をさせるための策略なら孔明も驚嘆するだろうが、今の雪ノ下にそれほどの知恵が宿っているとも思えない。
や、勉学は相変わらずなんだけど、雪ノ下のやつ、俺に関わると最近ポンコツになるんだよなぁ。
「比企谷くん、紅茶飲む?」
「ん、もらうわ」
最初の頃、湯飲みに息を吹きかけられてから紅茶をもらうのを控えていたのだが、一度涙目で「紅茶、いる?」と言われれば流石に断ることが出来なかった。
なので最悪そこに関しては諦めることにした。
まあすぐに飲める温度にしてもらえてると思えばなにも悪いことばかりではない。こうして少しでもポジティブに捉えないとすぐにでも丸め込まれそうだ。
「ん、これぐらいで良いかしらね。……はい、どうぞ」
「…………」
雪ノ下が目の前に湯呑みを置いてくれた。
……ねぇ、なんで口つけたの? なんで少し飲んじゃったの?
大事なことだから二回言いました。
いやほんと何で飲んだんだよ。(三回目)
俺これ口つけたらあれじゃん、もうあれじゃん!
色々と言葉に出来なかった。
そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、雪ノ下は肘をつき手のひらに顎を乗せこちらを見つめていた。
くそっ、絵になるのが尚ムカつく!
「比企谷くん。飲まないの?」
「ああ飲む飲む。もう少し冷めたら──」
「私が確認したから大丈夫よ。さあどうぞ」
比企谷八幡に逃げ場なし。
仕方なく意を決して湯呑みに口をつける。そして見なければ良いものをつい目線が雪ノ下を捉えてしまった。
「ふふっ、間接キスね」
「ゴホッ⁉︎」
次に来る言葉が何となく予想は出来ていたのに、それでも目の前の彼女の笑顔を見せられたらむせないようにするのは不可能だった。
もうだめだ。今日こそはと意気込んできたものの、さっきからやられっぱなし。
気持ち的にはハメコンボを食らってる感じだ。
マジあれ地味にストレス溜まるよね。あとポケモンの"みがわり"と"かげぶんしん"と"どくどく"。あれ考えたやつ俺以上に性根が腐っていると思います。
そんなくだらないことを考えていたからだろうか。いつの間にか正面にいたはずの雪ノ下がいないことに気付かなかった。
そして気配を感じ、後ろを振り向こうとすると、背面から抱きしめられる。いわゆるあすなろ抱きってやつだ。
「……おい、雪ノ下? さすがに冗談がすぎるぞ」
「そうね。冗談なら、ね?」
柔らかな手つきで首筋をなぞってくるのがこそばゆい。
雪ノ下はきっと、俺が無理やり引き剥がさないことを分かっているからやっているのだろう。
事実俺は彼女に言葉で拒絶を示すことしかできない。
それはきっとこの状況を受け入れつつあるからで。
「ねぇ比企谷くん」
「お、おう。何だ……?」
「私にこういうことされるの、いや?」
「や……」
その甘く囁きかけるような声は俺の全身を絡めとろうとするようで決して逃してはくれない。
ふっと耳に息を吹きかけられゾワっとした。
「……好き」
「っ⁉︎」
思えば直接言葉で伝えられたのはこれが初めてだ。
身体が硬直する。息が浅くなる。ギリギリ動かせる首だけを動かし、ゆっくりと雪ノ下の方へと振り向いた。
瞬間、目を覆い隠され、柔らかい感触が唇に触れた。
しかしそれも一瞬のこと、すぐに解放される。
「ちょっ、おまっ、なにして……」
「さあ? 何をしたのでしょうね?」
言って、雪ノ下は自分の唇に触れた。
それはもう回答してくれているようなもので、大体そんな事されなくても薄々気付いていたので俺としては何をされたのか確信させられただけなのだが……。
そして雪ノ下は何事もなかったかのように自分の席へと戻っていく。鼻唄混じりの上機嫌な様子で。
「マジでなんだよ」
ほんとどうしたら良いのか分からない。
分かるのは雪ノ下にされた行為の意味と、そこにある純粋な好意だけだ。
……や、さっきまでのが純粋かどうかは審議する余地は残ってるけど。
まあでも──
「ふふっ」
微笑みながら相変わらず鼻歌を歌っている姿は可愛らしく、"これはこれで良かったんじゃないか"と思わせる何かがあった。
……って、結局大分絆されてんな俺。
俺は雪ノ下をチラリと見やる。
「次はもっと攻めようかしら……」
「…………」
──最後の発言は聞かなかったことにしておくか。