推しの子 × 見える子ちゃん   作:サイレン

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みこ「ヤバい」

※12000文字




霊能探偵みこちゃん?

 

 

「今後の方針?」

「はい」

 

 闇に葬られかけている殺人事件の黒幕に繋がりそうな重要参考人になった四谷みこ(無罪)は、あらゆる意味でその元凶たる星野アイ(幽霊)にそう切り出した。

 

「それを決める上で、アイさんには何点か確認したいことがあります」

「何でも聞いて! 元はと言えば私のやらかしが原因だから……」

 

 ず〜ん、と音が聞こえそうなほどに落ち込むアイをみこは擁護はしない。その通りだからである。

 こほん、とみこは咳払いを一つ挟んで、初っ端から一番の難題に向き合うことにした。

 

「この質問のアイさんの答えによって、方針がほとんど決まります。私はアクアさんから逃げられると思いますか?」

「あーーー、それかーーー……」

 

 アイは苦笑いを超えた引き攣った笑みを浮かべている。

 みこと視線を決して合わせず、アイは左斜め下の虚空を見ながら両手の指を胸の前で重ね、恐ろしく気まずそうに口を開けた。

 

「たぶんー、そのー、難しいかなーって……」

 

 ちらちらと目が合うみこは、ただでさえ色白の顔色が段々と青くなっている。

 決してトドメを刺す真似をしたいわけではない。だが、アイとしても理解が及ばない現状は、口に出して説明すべきだと判断した。

 

「なんか、その、なんでか分かんないんだけど、あの時のアクアとルビーは、みこちゃんの私のことを完全に星野アイだと確信してたんだよね」

「……それは、私がアイさんの真似をしていた、というわけじゃなくて?」

「うん。ルビーなんてママって呼んでくれたもん」

 

 アイの発言を受けて、みこは顎に手を寄せて沈思する。

 

(アイさんだと思っていた? なんでだろう……)

 

 確かに、背格好や髪型だけ見ると似ていなくもないかもしれない。

 正確に言うと、この半年でみこはアイによって美貌が磨き上げられていた。曰く、光る原石だったからいじりたかったとのこと。その流れでみこはアイと同系統の好みとなっているのも否定できない。

 

 しかし、それでも似ても似つかない部分がある。

 一つは瞳。みこはダウナーな雰囲気が隠せない子だった。特に顕著に出るのが瞳で、星を宿したアイとはもはや対極に位置している。

 

 もう一つはオーラ。こちらが決定的に違う。

 弱小事務所所属の地下アイドルを、ドーム公演にまで漕ぎ付けることを可能としたのがアイなのだ。

 芸能界という才能の化け物が跳梁跋扈する業界においても、アイのそれはトップオブトップ。致命的なデバフを背負った一般人であるみことは、溢れ出る輝きが根本から異なる。

 

 みこはふと、ある可能性に思い当たった。

 

「アイさん」

「うん、どうしたの?」

「私の身体に憑依? することは、やろうと思えば出来ますか?」

「え? いや、流石の私でもそれは分かんないかな」

「じゃあ、試したいです。実現したらお願いがあります」

「えーと……」

 

 バツの悪い立場であるアイとしては、みこが望むなら協力してあげたい気持ちがある。やり方は知らないが、一度出来たのなら再現は可能だろうという根拠の無い直感もあるので、やろうと思えば出来る自信もあった。

 しかし、事はそう簡単に試してみていいものなのか。

 

「みこちゃん、憑依なんて、よく分かんないけど多分危ないよ? みこちゃんの精神とかにどんな影響があるか分からないし、もし成功しても、戻れなくなったら取り返しが付かない」

「……それは、私も考えています」

 

 当然、みこにも懸念はある。

 否、懸念しかない。

 心配事の種が尽きることはないし、輝かしい未来の展望なんて少し前に再び消え去ったばかりだ。

 

 しかも今回は、アイと出会う前とは状況が悪化している節もある。

 みこにとって自分にしか見えない異形のバケモノは確かに恐怖の権化ではあったが、全力で無視を決め込めば精神が擦り切れるのを代償になんとかやり過ごせるものだった。

 

 だけど、今は違う。

 生きた人間に標的にされている現状、無視などなんの意味も為さない。最悪の場合、相手の逆鱗に触れて直接的被害を受けることだってあり得る。

 

 だからこそ、座して待つという選択はない。

 

「でも、今は行動するしかないんです。それに、私はアイさんを信じています」

「みこちゃん……」

 

 危険性を天秤に掛けた上で、みこは動くことを選んだ。

 ならばアイは、その想いを汲み取るまでだ。

 

「分かったよ、みこちゃん! 任せて、すぐに乗っ取っちゃうから!」

「それはそれで怖い」

 

 それから、十分後。

 

「できたー!!」

 

 両の瞳に煌めく星を宿したみこ──もといアイは、勢いよく立ち上がりくるりと回って感覚を確かめる。

 

「おおー、違和感がほとんどない。やっぱり私とみこちゃんの体格ってかなり似てるかも。おっぱいは私の方が大きかったかな? お尻は……良い勝負?」

 

 アイは当然の権利とばかりにみこの胸と尻を揉みしだき、一通り触って満足したので与えられた任務をこなすために部屋の扉を開けた。

 

「アイスっ、アイスっ、ア・イ・ス〜♪」

 

 この半年で見慣れたみこの家を勝手知ったる足並みで移動する。

 階段を降りてリビングへ向かうと、みこの弟である恭介がソファでゲームしていた。

 

「あっ、恭介くんだ!」

「……は?」

「あっ、いっけね」

 

 ついテンションが上がっていつものノリで呼んでしまった。

 こほんっ、と咳払いを挟んで、アイは「私はみこちゃん」と暗示を掛ける。

 

「恭介、もう遅いからゲームはやめて」

「…………」

「恭介? どうしたの?」

 

 唖然、だろうか。今の恭介の状態を一言で説明するとそうなる。

 結構自信あったのに! とアイは人知れずビビりながら、恭介へと近付いて首を傾げた。

 

「姉ちゃん?」

「うん? どうかした?」

「いや、なんか姉ちゃんが姉ちゃんに見えねぇっつーか」

「何言ってるの?」

「ホントなんだって!」

「変な恭介」

 

 家族を騙すなんて百年早かった。十秒と保たずに気取られた。

 即座に撤退を決めたアイは冷蔵庫へと向かい、みこがくれるという協力のお駄賃であるアイスを手にリビングを出ようとする。

 

「姉ちゃんこそ、夜遅くにアイスなんて太るぞ」

「私は太らないから大丈夫」

 

 少なくとも、アイだった時は。

 

 戦利品を手に入れたアイはみこの自室へと戻り、本命の任務をこなすために準備をする。

 みこのパソコンの暗証番号を平然と解除し、有名な動画サイトへとアクセス。自身の代表曲を検索して、ちょうど良くカラオケ音源があったのでそれに決めた。

 

「さて、歌うのは半年振りか〜。まっ、私なら問題ないよね」

 

 みこのスマホを録画モードに設定して机に置き、良い感じに映るポジションを確認したら準備は完了。

 みこの母親は入浴中で、弟の恭介は忠告を無視してまだゲームに夢中の筈だ。

 

 近所迷惑にだけはならないように声量を若干抑えて、アイは歌って踊り始めた。

 

「あ・な・たのアイドル〜♪ サインはB!」

 

 

 

 ──これが、私……?

 

 驚天動地。みこの心境は揺れに揺れていた。

 

 みこがアイに依頼したのは至極簡単。みこに憑依した状態で、B小町の曲を歌って踊ってもらうこと。

 見た目はみこのままで、アイの存在を実感できるのか。現状把握に不可欠ではあったが、みことしては興味本位な面もあったことは否めない。

 だが、今撮ってもらったこの動画を観て、みこの中での楽観は完全に消え失せた。

 

 伝説的アイドルであるアイが、そこには映っている。

 

 見た目など、声など、二次的な要素は全てが無意味。

 アイをアイ足らしめるものはきっと、魂とかそういう突飛な話なのだ。

 今はアイスを食べて半ば放心状態でぷかぷか浮かんでいるアイだが、みこは彼女が正真正銘、一世を風靡したアイドルなのだと強く実感した。

 

 故に、思考がまとまらない。

 

 画面越しで、しかも大衆向けのアイドルの仮面を被った状態でこれなのだ。

 

 母親の愛情を持って直に抱き締められたアクアとルビーがどう感じたかなど、語るまでもない。

 時間を置いて冷静になったかもしれないが、二人がどんな結論に至ったのか。みこには想像すら不可能であった。

 

「──はっ!? わっ、いつの間にか幽霊に戻ってる!」

「アイさん、ありがとうございます」

「みこちゃん! ううん、これくらい余裕だよ。それで、どうだった?」

「……アイさんって、本当に伝説的アイドルなんだなと思いました」

「あははー。ありがとね、みこちゃん」

 

 こういった褒め言葉は現役時代にファンから沢山聞いたが、友達だと思っているみこにまじまじと言われると結構照れるんだなとアイは頰をかく。じっ、と映像を観られるのも意外と恥ずかしい。

 

「それでみこちゃん。これ、何の意味があったの?」

 

 空気を変えるためにアイはみこの意図を問う。

 

「アイさんが私に憑依した状態で、アイさんの存在を感じ取れるのかなって」

「ふーん。それで、どうだった?」

「想像以上にアイさんでした。ヤバいです」

「どこがヤバいの?」

「アクアさんは絶対に私を逃がさないと分かったので」

 

 重く長い息を吐いて、みこは言葉にして改めて実感した危機的状況に頭を悩ませた。

 

 みこに演技や物真似の知識や経験はない。みこが心の中で感じ取れたことが全てだ。

 だからこそ、みこはこう思う。

 

 これはもう、演技でどうにかなる次元を超えている。

 

 もしかしたら完全なる模倣が可能な天才もいるのかもしれないが、あくまでガワだけ。内面や当人しか知らない情報は持ち得ない。

 アイはみこの姿だったが、星野アイとして子供達へ愛を伝えてしまったのだ。もう完全にアウトである。

 

 じゃあどうするのか、これが分からない。

 

「アクアさんの目的はアイさんの仇討ち。アイさんはそう思ったんですか?」

「……うん」

「……アクアさんから見て私は重要参考人。でも、黒幕本人ではないイレギュラー。アクアさんと今後接触しても、大袈裟だけど攻撃はされないはず。でも、尋問されたら困る」

 

 すごく困る。

 

「アクアにぶっちゃけちゃうのはダメなの?」

「……それは最終手段です。そもそも、信じてもらえるかは」

「まぁ、それは確かに……」

 

 うーむ、と空中で胡座をかきながら悩むアイを他所に、みこは思考に耽る。

 把握すべきは、この問題の本質だ。

 

(やっぱり、黒幕がどういう人なのか分からないと、結論が出ない)

 

 なあなあな心持ちではアクアからは逃げられないだろう。

 選択は二つに一つ。一切の接触を断つか、関係を結ぶか。

 前者は困難ではあるが、不可能ではない筈だ。陽東高校への入学を辞退し、滑り止めで受けた他の私立高校に行けばいい。これだけでかなりの時間は稼げるだろう。

 後者は簡単。陽東高校に入学すればいい。まず間違いなくあちらから動いてくる。もしこの選択をする場合は、言い訳を考えておかなければならないが。

 

 黒幕の存在が無ければ、もしくは黒幕に危険性が無いのであれば、関係を結ぶこともやぶさかではなかった。

 アイも側で子供達を見守りたいだろうから、最終手段を用いてもいいとみこは思っている。

 

(だけど、黒幕が本当に危ない人だったら……)

 

 その時はアイには悪いが、逃げたい。

 

(でも、アイさんは気が気じゃないと思う……)

 

 アイだけでなく、アクアやルビーも黒幕の標的だったら。

 

 たった二人、残された家族。

 アイが唯一愛した大切な子供達。

 二人に危機が迫っていると知ったら、アイは何を措いても駆け付けただろう。

 

 生きてさえいれば。

 

「みこちゃん」

「っ、なんですか?」

「いいんだよ、私に気を遣わなくて」

 

 考えを見透かされたアイの発言に、みこはかすかに目を見開く。

 

「もう死んじゃってる私の為じゃなくて、みこちゃんはみこちゃんの生きたいように生きて。私は大満足だよ、アクアとルビーにまた会えたんだもん」

「アイさん……」

 

 アイはそんなみこの様子を穏やかな微笑で見守り、何かを我慢するように眉を曇らせて、精一杯の言葉を紡いだ。

 アイだって分かっているのだ。黒幕の標的にアクアとルビーが含まれている可能性を。心配で堪らないと。

 だけどその気持ちを押し殺して、アイはみこと一緒にいることを選んだと、そう言っているのだ。

 

 みこはその、普段は自信満々なのに不安を隠せないアイの顔を見て、決心が付いた。

 

「アイさん」

「ん、なーに?」

「アクアさんとルビーさんの父親は誰ですか?」

「っ!?」

 

 驚きで瞠目するアイの瞳を、みこは真正面から一切逸らさずに見詰める。

 

「みこちゃん! いいの、無理しなくていいの! みこちゃんは優しすぎるから、知ったらもう戻れないよ!?」

「……それでも、知りたいです」

「……どうして? どうしてそこまでしてくれるの?」

 

 アイの疑問に、みこは小さく笑った。

 

「だって、アイさんは友達だから」

 

 みこは自分の都合では動けなくても、友達のためなら強い覚悟を胸に抱ける心の有り様をしていた。

 アイはそのたった一言で、みこの決意を悟る。

 幽霊になっても涙は流れるんだなと、アイは後になって思った。

 

「ありがとうっ、ごめんねっ……ありがとう、みこちゃん」

「お礼は早いですよ」

 

 次の行動を決めたのであれば、あとは動くだけだ。

 涙を拭い取ったアイは眼を赤くしながらも、先ほどよりも遥かに明るい笑顔を浮かべる。

 

「でも、どうやって調べるの? 危険か危険じゃないかなんて、普通は分からないでしょ?」

「その点は、私とアイさんなら多分、見れば分かります」

 

 暗い顔で苦笑いを浮かべるみこに、アイはこの半年間テレビで見た数々の狂気映像を思い出す。

 

「あーー」

「怨みなのか憎しみなのかは分からないけど、怨念が見える私たちならヤバい人は一目で分かります」

「確かに、逆恨みレベルでもスゴい怨念は凄かったもんね」

 

 うんうんと頷くアイは納得し、あれ? と首を傾げた。

 

「みこちゃん。もうあの男は黒幕って言うけど、どうやって黒幕を見るつもりなの?」

「え? だってその人芸能人ですよね?」

「え? なんで知ってるの? 言ってないよね私?」

「えーと、それは、その……」

 

 純粋なアイの疑問に、みこは視線を逸らして虚空を見詰める。

 

「この半年でアイさんのことはたくさん知りましたし、教えてもらいました。まず、アイさんには友達がいない」

「ぐっ」

「アクアさんたち以外の親族とは繋がりがない」

「うっ」

「まともな知り合いは芸能界にしかいない」

「おっ」

「B小町でも孤立気味」

「うぐっ」

「ファンともプライベートな交流は一切なし」

「あっ、やっと普通」

「この狭い交友関係を考えると、相手は同業者しか考えられないです」

「……私って客観的に見ると寂しい人間?」

「…………」

「ノーコメントっ!?」

 

 ガーンと大袈裟に落ち込むアイを見てみこはくすくすと笑ってしまう。

 調子を取り戻してくれたアイに安堵しながら、みこは決定的な最後の一歩を踏み出す。

 

「ではアイさん、教えてください。黒幕の名前を」

「……本当に、いいの?」

「はい」

 

 もう後戻りは出来ない。

 みこに憑依したアイを見た時に思ったことだ、決してアクアからは逃げられないと。

 ならば受け身ではなく、状況だけでも把握しておきたいのだ。

 

 もはや見て見ぬ振りはできないのだから。

 

「分かった」

 

 神妙に首肯して、アイは告げる。

 

「名前はカミキヒカル。劇団ララライってところで出会ったんだ」

 

 

 

 

「年齢は私の一つ下だよ」

「年下っ!? えっ、妊娠当時は?」

「15歳」

「闇が深い……」

 

 休日のとある喫茶店。

 窓際の二人用席のテーブルでみこはアイと向かい合って雑談していた。

 

「芸能人として活動してないと知った時はダメかと思ったけど、ネットで調べられて良かった」

 

 神木プロダクション代表取締役。それが、今のカミキヒカルの立ち位置だ。

 事務所の住所はネットで公開されており、みこが日帰りで移動可能な電車圏内にあったことも幸いであった。

 

 みことアイは善は急げと朝一で移動し、事務所を見張れる位置にあった喫茶店でティータイムを楽しみながら張り込みをしている。

 

「社長になってたなんてね。まぁ、外面は完璧だったから納得できなくもないかな」

「……あの、アイさん。聞いていいのかアレですが、どんな人だったんですか?」

 

 おずおずとみこが訊ねると、アイはあっけらかんと所感を口にした。

 

「んー、初めて出会った時の感想は、私と同類だって思ったよ」

「同類?」

「そっ、同類」

 

 アイは生い立ちも含めて闇が深いと言わざるを得ない。父親は知らず、母親は逮捕された後から絶縁状態。施設育ちで後見人は苺プロの元社長だ。みこでは想像すら出来ない苦労があったのだろう。

 そんなアイと同類と言われて、みこは表情が曇る。

 

「きっと誰からも愛されず、誰も愛せずに生きてきたんだなってなんとなく分かった。まぁ、私よりは表面上は立派に生きてたように見えたけどね」

 

 窓の外を見張りながらアイは話を続ける。

 

「ただ、同類だったけどちょっと違った。今だから思うけど、私より遥かに歪んでたんだね」

 

 なんて言うのかな〜、と顎に手を寄せてピッタリと合う表現を考えたアイは、途切れ途切れに口を開く。

 

「承認欲求、なのかな? ちょっと違うような気もする……私は愛してみたいし愛されたかったっていうのが原動力だったけど……、んー、あっ、でもこんなこと言ってたかな。自分が生きた証を残したいとか、生まれた意味を実感したいとかなんとか」

「それだけ聞くと、中学生ならみんななるあの病気にしか思えない……」

「確かに厨二病だったかも。実際中学生だったし」

 

 あははっ、と笑うアイだが、15歳が16歳を孕ませて認知していないという現実を思うと、みこは闇が深くて笑えなかった。しかも殺人教唆の容疑者、今更だがやっぱり怖過ぎる。

 

 先行きが不安に覆い尽くされているが、ここからは気長に戦う必要がある。

 業界人に土日の概念なんてないよとアイが言うので早速見張っているが、都合良く見つかる保証はない。なお、アイは自信満々で今日見つかると己の幸運を信じている。

 

「そう思えばみこちゃん。お金は大丈夫? 私のせいでかなり出費しちゃってるよね?」

「貯めてたお年玉を切り崩していますが、なんとか」

「うぅ、本当にごめんね」

 

 外をしばしば眺めながら雑談に興じることしばらく。

 

 アイの自信は、現実へと返ってきた。

 

「あっ……えっ?」

 

 朝から張り込み、お昼も続けて注文して、そろそろ店員さんからの視線が痛くなったような気がする頃、アイが小さく声を上げた。

 

「アイさん?」

「…………」

「もしかして、いたんですか?」

 

 目を大きく見開いたまま微動だにしないアイを訝しみながら、みこはアイの視線を追う。

 

 つい、追ってしまった。

 

「ダメ、みこちゃん!」

 

 アイの必死の叫びも遅く、みこの視線はとある男に吸い寄せられていた。

 雑踏の中にいても目を惹く優れた容姿。先日見たアクアと非常に似た美形の男であることは事実であったが、みこはそんな()()は眼に入らなかった。

 

 ──怨

 

 その一文字が、頭に叩き付けられる。

 嫉妬、憎悪、怨恨といった人間が発するあらゆる負の感情を混ぜて煮詰めて凝縮したかのような、常軌を逸した怨念。ヘドロのようにドス黒いそれは、既に人の形を成してはいない。怨嗟の断末魔を垂れ流しながら、取り憑いた男に伸し掛かっていた。

 放たれる悍ましさは、みこが過去に見た特級すらをも凌駕する。

 見えてしまうみこにとっては、吐き気すら催すような邪悪にしか思えなかった。

 

 みこは思わず、口元に手を寄せる。

 

「うっ」

「みこちゃん! 見ちゃダメ! 落ち着いて、深呼吸して」

 

 外の景色を遮るようにアイはみこの隣に移動して、大きな声で意識を逸らそうとする。アイはみこの両肩に手を添えたかったが、こんな時は触れない幽霊の身がもどかしい。

 アイの声に従って息を整えるみこは、最後にちらりと外を見ると、黒の澱みが神木プロダクションの建物へと入っていくのが確認できた。

 

 アイの様子、かろうじて見えた男の容姿、神木プロダクションへと入った事実。

 

 あの男が、アイの言うカミキヒカルだとみこは察する。

 

 同時に、アレは殺人教唆で収まる人間ではなく、まごうことなき人殺しの狂人であることも確信してしまった。

 

 

 

 

 帰り道では、みこもアイも一言も話せなかった。

 みこには心の余裕が無く、アイは罪悪感に打ちひしがれていた。

 特にアイの落ち込み方が顕著である。死ぬ間際には後悔など無かったアイだが、ここにきて自分が原因のしがらみに雁字搦めにされるとは思ってもいなかったからだ。

 

 最寄り駅に着き、改札を抜けた二人。

 見慣れた風景を見て、やっと安全圏に辿り着いたと感じたみこは、駅前の広場の隅で立ち止まって顔を上げた。

 

「アイさん」

「あっ、みこちゃん。大丈夫? 今日はもう休んで。もし何か話すならまた今度にしよ? ね?」

 

 喋ってくれたみこにアイは安堵するが、顔色が青を超えて白くなっているみこに申し訳無さが降り積もる。

 

 あんなモノを見せるつもりはなかった。

 

 アイは気持ちのどこかで、楽観があったのかもしれない。

 自分が死んだ原因がカミキヒカルにあることは理解したが、それはきっと色々な偶然が重なった結果で、悪くてもテレビで見た芸能人レベルだろうと。

 

 だが、アレはダメだ。

 アレは多分、人を殺すことを厭わない、否、自らの意思で進んで人殺しをしている狂人の類いである。

 纏わりついている怨念の禍々しさがそれを証明していた。

 

 あんな男と関わりを持ったのが失敗だったとアイは痛感し、みこに同じ轍を踏ませるわけにはいかないと決心する。

 

 しかし、それで問題が解決するわけではないのが痛いところ。

 

「アクアさんと、ルビーさんが危ない……」

「みこちゃん……」

 

 震えながら、生気の消え失せた顔で、とても怖い思いをしたのに、それでもみこは真っ先にアクアとルビーの身を案じていた。アイはその優しさに目頭が熱くなる。

 精神年齢は数年とはいえアイが上なのだ。こういう時こそ自分が引っ張っていかなければと、アイはみこの負担を減らすために思考を回す。

 

「まだ分からないよ。いくら頭がおかしくても、無差別ってわけじゃないだろうし」

「でも……」

「大丈夫、アクアとルビーは私の子だよ? もし目を付けられても、あんな奴なんかに負けないから!」

「アイさん……」

 

 嘘、というわけでもない。多少虚勢を張っているが、少なからずアイの本心も含まれていた。

 

 アクアならきっと、大丈夫。ルビーも守ってくれる。

 

 楽観とは異なる確かな信頼が、心配で張り裂けそうなアイの心を支えていた。

 

「みこちゃんは何も悪くない。だから、あまり気に病まないで」

「…………」

 

 アイはそう言ったものの、みこの思い詰めた顔が晴れることはなかった。

 覚悟すら塗り潰す衝撃であったのは否定しない。だけど、どれだけ恐怖しようと、分かっていたことだ。

 

 知ったらもう、戻れないと。

 

(どうすれば……)

 

 みこはどうしても考えてしまう。

 自分を二の次にするつもりは毛頭ない。だが、たとえ自分が危険な目に遭おうとも、友達であるアイの為に何か出来ることはないかという思考は止められなかった。

 

(警察は、ダメ。なんの証拠もない。絶対にヤバい人なのに)

 

 今まで捕まっていないのが不思議でならないが、相当上手くやっている証明である。

 そもそも、本当に人殺しなのかと言われたら、断言はできないのだ。下手に突いて標的にでもされたら目も当てられない。

 

(アイさんの言う通り、アクアさんとルビーさんが狙われてるのかも分からない。でも、相手は二人を一方的に知ってる。やっぱり危険過ぎる)

 

 できることなら、アクアとルビーに忠告したい。知ってさえいれば、対策は無数に取れるのだから。

 

 だが、これも悪手。

 事情が事情なのだ。あの二人が、特にアクアがどんな行動に出るのか。

 

(もし教えて、復讐を選んだら……)

 

 絶対に、血が流れる。

 アイの最愛の子供たちを犯罪者にしてしまうかもしれない。

 

 まさしく、あちらを立てればこちらが立たずの典型。

 

(考えなきゃ! 何かないの? 何か……)

 

 みこが顔を上げると、アイは不安そうに覗き込んでいる。

 その時ふと、みこはさっきアイが言ってたことを思い出した。

 

「そうだ、法則性!」

「えっ?」

「アイさんが言ったんです。無差別じゃないって。何かしらのルールがあれば、アクアさんたちが標的にならないかもしれない」

「ルール? んー、そんなのあるのかなー」

「犯罪者心理って聞いたことあります。連続殺人犯なら、自分なりの美学? みたいなものがあるかも」

「言われてみると確かに、そういう推理モノのドラマ、見たことある!」

 

 見通せなかった先行きが少しだけ開けた。

 駅前で考え込んでいたみこは家路へと向かい、自分にできることを整理していく。

 

「アイさんは何か思い浮かびますか? あの人のルールみたいなもの」

「んーーー、ルールかぁ。なんとなくだけど、殺したいから殺す、とは違うと思う」

「……それが、楽しいとか?」

「ううん、それも違うと思うな。楽しいとか嬉しいみたいな、普通の感情は持ってなかったよ」

「どうして分かるんですか?」

「言ったでしょ、私と同類だって。私も──」

「違います!」

「えっ?」

 

 言葉を遮るように強く否定したみこは、真っ直ぐにアイの瞳を見据えていた。

 

「アイさんは、あんな人と同類じゃない」

「……ふふっ。ありがと、みこちゃん」

 

 言われてアイは思う。

 確かに自分はもう、同類ではないと。

 

「みこちゃんの今の言葉は、本当に嬉しかった。これも嘘じゃないよ」

「はい。知ってます」

 

 あの怨念を見た後からずっと顔面蒼白だったみこは、綻ぶような笑顔を浮かべた。

 みこのそんな表情を見て益々嬉しくなったアイはふわりと移動して、先導するように前へと進む。

 

「よし、とりあえず次の目的は決まったね! この話は帰ってからにしよっか」

「そう、ですね。流石に疲れ──」

 

 

 

「──お前が四谷みこだな?」

 

 

 

「「えっ?」」

 

 家の間近、この道を曲がれば辿り着くというタイミングで後ろから名前を呼ばれた。

 みこはその声に聞き覚えがなかった。

 だが、アイは瞬時に誰だか察していた。

 

「な、なんでアクアがここに!?」

 

 振り向いた先にいたのは、先日の陽東高校の面接会場で見た青年であり、アイが愛する実の息子。

 

 星野アクアがそこにいた。

 

「お前には、聞きたいことがある」

「──っ!?」

 

 瞬間、みこの脳裏に先程記憶に刻まれた光景が蘇る。

 

 ──怨

 

 これまで見たどんなバケモノよりも、遥かに悍ましい怨念。

 視界に入っただけで臓腑がひっくり返るような恐怖。

 

 闇を宿した星が瞳の中で黒く輝くその姿。

 

 奇しくもそれは、カミキヒカルとそっくりであった。

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……っ!!」

「み、みこちゃん?」

 

 アクアが一歩距離を詰める度に、身が竦む恐れがみこを不安と緊張の坩堝に落とし込む。

 客観的に見て、みこの肝は太い方だ。突如としてこの世の存在とは思えないバケモノが見えるようになっても、無視をし続ける胆力がみこにはあった。

 

 バケモノは無視できた。

 無視すれば実害はないと言えばなかった。

 

 だけど、今は違う。

 

 生きた人間がみこを見ている。

 

 殺人鬼と同じ顔をした人間が、みこだけを見据えている。

 

 鋭利な眼差しで。

 考えが読めない瞳で。

 黒い感情を剥き出しにして。

 

 その時、みこは生まれて初めて、殺されるかもしれないと本心から思ってしまった。

 

 ──怖い

 

「っ!?」

 

 胸が苦しくなって手で抑えるも、乱れた呼吸は一向に治らない。

 

 ──怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!!

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁっ、はぁっ!」

「みこちゃん落ち着いて! 大丈夫だから! 大丈夫だからっ!!」

「おいっ、どうしたんだ?」

 

 アイの声が遠い。

 異変に気付いたアクアが駆け寄ってくる。

 

 アクアが、近付いてきた。

 

「ぃ、ぃやぁっ!!」

 

 咄嗟に拒絶の叫びが出るが、どんどん浅く早くなる呼吸のせいで上手く喋ることすら困難になっていた。

 手足が痺れてきて、立っていられなくなったみこは道の真ん中で座り込む。

 

「みこちゃん! みこちゃん!!」

「過呼吸かっ! 落ち着け、深呼吸してくれ。ゆっくり吸って、ゆっくり息を」

「はぁはぁはぁはぁっ!」

 

 どうしても治らない呼吸。

 一線を超えてしまった所為で際限なく溢れ出す恐怖。

 無視も逃げ出すこともできない。

 

「ア、アイ、さんっ!」

「みこちゃん! なに! 大丈夫、大丈夫だよ! ゆっくり深呼吸をっ」

「か、替わって!!」

「みこちゃん……?」

 

 みこは最終手段に手を出した。

 

「アイ、って」

「はぁはぁ……っ! お、おねがっ、はぁはぁはぁっ」

「わ、分かった! 今替わるから!」

 

 緊急事態ということで、アイも迷わなかった。

 コツは既に掴んでいた。みこも同意している。

 

 刹那、みこの意識は眠り、身体がガクンと落ちた。

 

「おいっ、大丈夫か! まさか気を失ったのか!」

 

 片膝をついたアクアがみこの両肩を支えるも、抵抗も反応も全くなくてアクアの中で焦りが募る。

 みこの沈黙は時間にして数秒も無かったが、アクアは即座に救急車を呼ぼうと判断した。

 手にスマホを握り、ロックを解除しようとしたまさにその時。

 

 みこの気配が一変し、目を離せなくなった。

 

「……すぅーーー、はぁーーーーー、すぅーー、はぁーーー……」

 

 先程とは打って変わって落ち着いた様子に、アクアは目に見えて混乱する。動揺すらしていた。

 見た目は変わっていない。

 顔だって俯いているからよく見えない。

 

 だというのに、感じる。

 忘れもしない懐かしい気配を。

 

 失われた筈の母の姿を幻視した。

 

「すぅー、はぁーー、すぅ、はぁー。ふぅーっ、あー、やっと落ち着いた」

 

 喋り方すらも思い出とかぶり、アクアの戸惑いがピークに達した時、みこが顔を上げた。

 

「ア、アイ、なのか?」

 

 両の瞳に一番星を宿したその顔を見て、アクアは無意識にそう言っていた。

 問われたみこは、否、アイはふにゃりと笑った。

 

「あはは、アクアは誤魔化せないんだね」

 

 知らぬ存ぜぬと白を切ることも出来たかもしれない。

 みこの為を思えば、むしろその対応が正しかっただろう。

 

 だけど、駄目だった。

 アイにはできなかった。

 

 最愛の息子に嘘をつきたくないと、どうしても誤魔化せなかった。

 

「ア、アイ……」

「久しぶりだね、アクア」

「アイっ!」

 

 今度はにっこりと笑うアイに、アクアは衝動的に抱き締めていた。

 

「アイ、アイぃっ!!」

「……ごめんね、本当にごめんね」

 

 涙を流すアクアの背を優しく撫でながら、アイは謝り続けた。

 

 ──ごめんね、みこちゃん

 

 謝罪は二人に対して。

 未来への不安を残しながら、アイはアクアを強く抱き締め返したのだった。

 

 






星野アイ
 やっぱり色々とやらかしてしまった。一番のやらかしは男だと知ってガチで凹んだ。
 みこの優しさに甘えないように気を付けていたつもりなのに……と心の底から凹んだ。
 またアクアと会えたのも嬉しくて、だけどみこに申し訳なくて、本当にどうしようかと悩み中。

四谷みこ
 アイのアイドルとして凄さを知った。ヤバい。
 アクアからは逃げられないと知った。ヤバい。
 友達の為に戦うことを選んだ。
 吐き気を催す怨念を見た。ヤバい。
 アクアとルビーを守る為の方法を考え付いた。よし!
 アクアと遭遇した。ヤバい。
 自分でも制御できない恐怖から逃げた。おやすみ。
 ヤバいことになった。ヤバい。



 続きは特級が領域に引き摺り込んだのでありません。


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