推しの子 × 見える子ちゃん   作:サイレン

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アイ「ふんふむ。お気にのポーズで放つ必殺技。相手は死ぬ。なるほど」

 ──すっ


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みこ「ヤバい」

※15000文字




親子歓談

 

 

 場所を移動して、駅前の焼肉店の個室スペースにて。

 

「気付いたら幽霊になっていて、今は霊能少女に憑依している状態?」

「そうなの」

「なんて非常識な……」

 

 いやまあ人のことは言えないが……と内心で呟きつつ、星野アクアは目の前で座っている黒髪の少女──四谷みこの姿をした星野アイを見つめた。

 

(……でも、分かる。アイだ。疑いようがない)

 

 溢れ出る気配が。

 吸い寄せられる天性の瞳が。

 

 今目の前にいる少女はアイだと、アクアの全細胞が訴えていた。

 

 アイはアクアから真っ直ぐに向けられる視線に、ふわりと微笑む。

 母の慈愛に満ちたその笑顔にアクアは少しだけ瞠目して、途端に恥ずかしくなったので目を逸らした。

 

(……心臓に悪い)

 

 生きていた頃よりも明確に想いが伝わってくる。

 死の間際に伝えられた愛の言葉は本当に嘘じゃなかったのだと確信できたが、この妙な心地はくすぐったくて堪らない。

 

 当の本人はアクアの反応に「んっ?」なんて首を傾げていたが、アイは気になっていたことを思い出して疑問を口にした。

 

「そう思えば、なんでアクアがみこちゃんの家知ってるの? 私、あの日ちゃんと撒けてたよね?」

「あー。それか。あの後、陽東高校に侵入して受験生名簿を見た」

「えっ?」

「みこって名前だけが手掛かりだったが、一般科は管理が杜撰で良かったよ」

「……アクア、それはやっちゃダメなことだよね?」

「バレなきゃ犯罪にはならない」

「そんな……アクアが、アクアが悪い子になってるっ!」

 

 両手で顔を覆ってしくしくと悲しむアイ。もちろん演技ではあるが、割と本心でショックでもあった。

 愛する我が子が犯罪スレスレどころか普通にアウトな行動を自白したのだ。然もありなん。

 同時に、アイは一つの確信を得る。

 

(これはまずいなぁ〜。多分アクアは、目的の為なら手段を選ばない)

 

 目元を隠した状態でアイは顔色を曇らせる。

 

 アクアの目的は黒幕への復讐。未だ推定ではあるが、十中八九間違いない。

 その黒幕の情報を掴んでいると思われる存在であったみこをこうも早く見つけ出すとは、アイもみこも想定できていなかった。

 アイとしては絶対に出来なかった筈の親子の会話を楽しみたいのだが、下手に情報を渡して黒幕に繋がっては元も子もないので気が抜けない。

 

 だが、アイの不安は募る一方だった。

 

(腹の探り合いっていうのかな? 私、そういうの専門外なんだけどなー……)

 

 アクアは行動力の塊で、母親の贔屓目抜きで本当の天才だとアイは思っている。

 ただでさえやらかしが激しい自分がどうこう出来るとは思えない。一つや二つや三つや四つも口が滑りそうで怖いのだ。

 

 となれば、取るべき方針は一つ。

 

(会話の主導権を握れば勝ち!)

 

 ちらりと指の隙間からアクアを見ると、流石にバツの悪そうな顔をしてそっぽを向いていた。

 お母さんの真の力を見せてやろうとアイは決意して、わざとらしく声を上げる。

 

「あーあ、お母さん悲しいなー。可愛い可愛い我が子がそんな悪いことしてるなんてとっても悲しいなー。……ちらり」

「…………何が望みなんだ?」

 

 分が悪いことを悟ったアクアがそう言うと、アイはにこりと笑った。

 

「もう悪いことはしちゃダメだよ?」

「……善処するよ」

「あっ、これ絶対に守らないやつだ」

 

 行けたら行く、と同じレベルで信用ならない言葉だとみこから教わったことがある。

 だがしかし、ここまでは想定内。

 

「しょうがない。悪い子のアクアには今日一日、私のお喋り相手になってもらおっかな。勿論、私が一方的に質問しまくるけどね!」

「……まぁ、それくらいなら」

 

 ──勝った! 計画通り!

 

 無理難題を突き付けてから、自分が有利になる現実的な解決方法を示す。

 アイはドア・イン・ザ・フェイスを覚えた。

 

 こうなればあとはこっちのもんだとアイは喜び、親子歓談を楽しむことを決めた。

 

「じゃあ、アクアとルビーがこれまでどんなふうに過ごしてきたか教えて?」

「どんなふうって、まあ普通にだけど」

「写真とかあるでしょ? それ見ながら話したいな」

「……ルビーのならあるぞ」

 

 ルビーの希望で、星野家は日曜の夕食はみんなで一緒に食べるというルールがあり、家族団欒の場は多かった。

 また、親代わりの斉藤ミヤコはアクアとルビーを本当の実の子として可愛がっており、節目の出来事では必ず写真を撮っていた。

 

 そして、アクアはシスコンだった。

 

「ルビーが小学校に入学した時の写真」

「うちの子きゃわ〜〜〜〜〜っ♡♡」

 

 アイは歓喜した。

 

「ランドセルを背負ったルビーの可愛さ! 天使! これはもう天使だよ!!」

「運動会のかけっこで一位を取ったルビー」

「ただでさえ可愛すぎるのに運動もできるなんて! 世界がルビーを祝福してるんだ!」

「夏祭りで浴衣を着たルビー」

「正統派美少女! 和服すら軽々と着こなしてくれる!」

「中学の制服を家でお披露目したルビー」

「くっ!! 可愛いの爆弾が!」

 

 親バカ此処に極まれり。

 妹の写真をこれでもかと保存しているアクアも大概だが、残念ながらツッコミ役がいなかった。

 しばしの間、ルビーが如何に可愛いかという当人が聞いたら羞恥に暴れ回るだろう話をしていると、プレートを持った店員が現れた。

 

「お待たせしました! 特上盛り合わせ二つです!」

「わー! 待ってました!」

 

 明らかに高級品だと分かる肉の山々にアイは瞳を輝かせる。

 アクアとしては食べ物に興奮するアイのその反応が少し意外だったのだが、質問が禁じられているためその場は様子見をすることにした。

 

「アクア、本当にいいの? さっきも言ったけど、みこちゃんのお金は1円足りとも使えないよ?」

「構わない。これでもバイトでそれなりに稼いでいるんだ。じゃんじゃん食ってくれ」

「よっ! 我が子ながら太っ腹! それじゃあ、やっぱりここはタン塩からだよねぇー」

 

 焼肉で一番最初に食べるものは? というアンケートをみこと一緒にテレビで観たことがある。

 アイは気にしたことが無かったが、世間的には圧倒的にタン塩派が多いらしい。

 まさか死んでから焼肉を食べる機会に恵まれるなんて考えてもいなかったが、折角だからとアイはトングを手に持ってタンに焼き色を付けていく。

 

「おおー、焼けた焼けた。思えば私、焼肉とかほとんど行ったことなかったなぁ」

 

 いい感じに焼けたタンを箸で取り、レモンを絞って果汁をかける。

 香ばしい肉の匂いを堪能してから、アイはぱくりとタンを口に入れた。

 

 瞬間、暴力的な旨味が襲いかかって来た。

 

「うわぁ、美味し〜……」

「お、おい、アイ」

「ん? なに?」

「なにって、涙が……」

「ああ、またか」

 

 いつの間にか瞳から零れ落ちていた涙をアイは指で拭い取り、不安そうな顔をしているアクアへと笑いかける。

 

「いやー。私、幽霊歴は大体半年なんだけど、当然ながらご飯は食べられないし、暑いとか寒いとかも感じないんだ。だから、こうやって憑依した状態で美味しいものを食べると、感覚がびっくりしちゃうのか涙が出てくるの。厨二病的に言うと、生を実感するって感じ? まあ、私死んじゃってるんだけどね!」

「……そうか」

 

 それ以上、言葉が出なかった。

 

 星野アイは死んだ。

 アクアの目の前で瞳から光を失い、少しずつ冷たくなっていく骸の上で自分は固まっていたのだ。間違えようがない。

 

 それでも、心のどこかでは思っていた。

 アイも自分や妹のようにこの世界に転生して、元気に過ごしているのではないかと。実例があるから、これは荒唐無稽な願望ではないのだと。

 

 そして今、すぐ側にアイがいる。

 思っていた形とは少し違ったが、焼肉とご飯を美味しそうに頬張っている少女は、正真正銘、自分たちの母であるアイの魂を宿しているのだ。

 アクアの心の底に積もっていた澱みが、少しだけ、ほんの少しだけだが無くなった気がした。

 

「ほら、アクアも食べよ! さすが特上肉、美味しいよ〜」

「……うん。いただきます」

 

 油断すると泣きそうになるアクアは気持ちをぐっと堪えて、トングを手に取って少し早い夕食を取ることにした。

 

 肉を焼きながらも、二人は雑談をやめない。

 

「そう思えばアクア、さっき言ってたバイトって何してるの?」

「ああ。監督……アイも世話になった五反田監督に弟子入りしてるんだ。色々と学ばせてもらってるついでに給金を貰ってる」

「ああ! アクアが懐いてたあのカントクだね!」

「別に懐いてない」

「嘘だ〜」

 

 そろそろ慣れてきたのか涙が零れなくなったアイは、カロリーを一切気にせずにカルビを食べる。

 

「あれ? じゃあなんでアクアは役者をやってないの?」

「…………」

「アクア?」

 

 黙り込んでしまったアクアにアイは首を傾げる。

 何かおかしなことを言っただろうかとアイがハラミを食べながら考えていると、アクアが重苦しく口を開いた。

 

「……アイが死んだ後、監督の伝手もあって何回か演じたが、その時分かったんだ。俺には演技の才能が無い。だから、役者はやめた」

「そんなことない。アクアは立派な役者さんになれるよ」

 

 ごくん、とハラミを飲み込んだアイは箸を置いて、真っ直ぐアクアの目を覗き込む。

 全てを見透かされそうなその視線に、アクアは逃げてはいけないと思った。

 お互いが黙って見つめ合うこと数秒、アイが目を細めて微笑んだ。

 

「それに、やりたいって顔に書いてあるもん。だから、そんな弱気になっちゃダメ」

「……だけど」

「アクアは私の子だもん! 見た目はイケメン、頭は私と違って天才! 絶対にすごい役者になれるから! まずはやってみようよ!」

「……そう、だな。分かった」

 

 小さい声ながらも確かな肯定に、ぱぁっ、とアイの表情が明るくなる。

 

「ふふ、楽しみだなー。これから頑張らないとね」

「ああ。ちょうどドラマに出ないかって誘われてる」

「えっ! 大チャンスだ! 早く受けないと!」

「後で連絡してみるよ」

「だめ、今すぐ連絡して。そういうのはね、一度逃すと大変って佐藤社長が言ってたよ。……あっ、そう思えば社長もう苺プロにいないんだったっけ?」

「アイの件があってすぐにな。理由は、聞いてない」

「そっかー、残念だなー」

 

 アイは本心からそう言うと、ちらりとアクアの反応を窺った。

 

(今、アクアは何かを隠した)

 

 社長がいなくなった理由について言葉を濁したと、アイは直感で理解していた。

 嘘をついたわけではない。長年嘘つきをやっていたアイにとって、興味関心のある相手の嘘を見破ることは容易いこと。実の子供ともなれば尚更だ。

 アクアは本当に理由は聞いていないのだろう。

 だが、想定は付いている。

 

(後でみこちゃんと相談しよう)

 

「社長のことはとりあえず置いといて。ほら早く! 連絡して連絡」

「分かった分かった」

 

 宿題を一つ確保したアイはアクアを急かして連絡を促す。

 渋々とした態度で従うアクアはスマホを手に取るが、タイミングよくそのスマホがバイブした。

 

「ありゃ。誰から?」

「ルビーだな」

「えっ!? ルビー!?」

 

 唐突なる愛娘からの連絡にアイは露骨に狼狽える。

 珍しい振舞いを見てアクアは刹那で思考を巡らせて、ノータイムで着信に応答した。

 

『ちょっとお兄ちゃん! 今どこにいるの!?』

「焼肉食ってる」

『はぁ!? 日曜はみんなで夕食食べるって約束でしょ! なんで一人焼肉なんてしてるの!』

「一人じゃねーよ」

『じゃあ誰と!?』

 

 スピーカーモードでもないのに怒声が聞こえてくる。ルビーは相当ご立腹なんだなと、アイは家族仲が良いことを微笑ましく思うが、その質問には若干慌てた。

 アクアにはバレてしまったが、だからといってルビーにまで知られていいわけではない。

 みこの今後の為を思えば、ここは口止めするべき。

 

 即座にそう判断したアイは大きく手を振ってアクアの注目を集め、視線が此方を向くと同時に首を横に振ったり手で大きくばつ印を作る。

 意図を汲み取ったのだろうアクアは一度だけ頷いた。

 

「アイと焼肉食ってる」

「アクアーっ!?」

 

 おそろしく早い裏切りにアイは絶叫した。

 そして、アイのその声が決め手になったようだ。

 

『……え? ママ?』

 

 茫然自失となったルビーの声。

 

 次の瞬間、アクアはスマホを耳から大きく離した。

 

『──どこ!? 今どこにいるのっ!? お兄ちゃんっ!!』

 

 先程の比ではない大声にアクアは眉間に皺を寄せる。

 

『あの日会ったママだよね! 今一緒にいるってどういうことなの!! なんで私に教えてくれなかったの!! お兄ちゃん! 早く答えてっ!!』

「落ち着け、少し声を落としてくれ」

『落ち着けるわけないじゃんっ!!』

「場所言うから黙って聞け。じゃなきゃ切るぞ」

『ぅゔぅうううっ!』

 

 強権を振り翳すアクアに、ルビーは獣のような唸り声をあげながらぎりぎり黙り込む。

 頭を抱えるアイを他所に、アクアは淡々と居場所をルビーへと伝えた。ここは駅近の焼肉店のため、駅名さえ分かってしまえば迷う心配はないだろう。

 

『今すぐ行くから! 絶対に移動しないでよ!』

「もう七時で遅いんだからやめとけ」

『イヤ!! ミヤコさんもいるから連れてってもらうのっ!』

 

 それを最後にブチっ、と音が鳴る。ルビーは電話を切ったようだ。

 平然とした態度でスマホをしまったアクアを、アイは恨めしげに睨み付けた。

 

「アーークーーアーー」

「悪い、口が滑った」

「嘘だ!」

 

 もはや子供でも分かる嘘にアイは項垂れた後、座っていた二人掛けのソファに倒れ込んだ。

 

「ああぁああー、みこちゃんになんて説明すればーー……」

「……みこって子には悪いと思うが、そもそもアイが悪いだろ」

「……具体的にどこが?」

「陽東高校の面接の日に憑依して俺たちと接触したことと、その後何の説明もなく逃げたことだ。俺もそうだが、ルビーだってあの日から気が気じゃなかったんだぞ」

「あー、やっぱりそうだよねー」

 

 すっ、と起き上がったアイはロース肉をトングで掴んで焼き始める。

 

「実は、憑依したのってあの時が初めてだったんだぁ」

「……はぁ?」

 

 衝撃の事実にアクアは素っ頓狂な声が出た。

 

「マジ?」

「マジ。もっと言うとあの時まで憑依出来るなんて私もみこちゃんも知らなかったし」

「マジ?」

「大マジ。あの時はこう、なんかいつの間にか私がみこちゃんを乗っ取ってたの」

「こわ」

 

 心底そう思った。

 自分の母だが、よくそんなヤバい幽霊を側に置けるなと、アクアは率直に思う。

 未だ直に会話を交わしたわけではないが、どうやらみこという少女はあり得ないくらいの善性を持っているらしい。

 また、アイとの信頼関係の深さも読み取れた。

 先程のみこは、自らの意思でアイに身体を明け渡していた筈だ。よほど信頼していないと、そんな暴挙には出られないだろう。

 

「……仲が良いんだな」

 

 探るように呟いたその言葉に、アイは満面の笑みを浮かべた。

 

「うん! みこちゃんは私にとって、初めての親友だから!」

 

 その笑みはアイドルとしての仮面でもなく、母親としての微笑みでもない、星野アイという純粋な少女としての笑顔だった。

 アクアにはそれがどうにも眩しく映り、少しだけ顔を逸らしてしまった。

 

 

 

 それからおよそ三十分後。

 

「ママっ!!」

 

 ドタバタと廊下を走る音が響き渡り、仕切られていた個室スペースの戸が勢いよく開かれた。

 現れたのは、アイのもう一人の最愛の子である星野ルビー。

 息を切らしたルビーは呆然と、アイだけを見詰めている。

 

「ルビー、久しぶりだね」

 

 逃げるという選択肢を失っていたアイは潔く現状を受け入れており、慈愛の微笑みをルビーへと返した。

 

「マ、ママ……」

 

 のろのろと近付くルビーにアイは歩み寄って、静かに抱き締める。

 

「ほ、本当に、本当にママなの?」

「うん。来るまでにアクアから教えてもらったと思うけど、気付いたらママ幽霊になってたんだ。今はみこちゃんっていうママの友達の身体を借りてるの」

「……ママっ、ママっ!」

「うん、此処にいるよ。ちゃんとルビーの側にいるよ」

「うぅっ! ……うぁああああああああああっ!!」

「……死んじゃってごめんね、ルビー」

 

 泣き叫ぶルビーの背を優しく撫でながら、アイは一粒の涙を零す。

 アクアは空気を読んで立ち上がり個室スペースから出ていくと、すぐ側で壁に背を当てて待機していた美女──斉藤ミヤコを見つけた。

 ミヤコはアクアを一瞥した後、頭痛を堪えるような仕草をしてため息を漏らす。

 

「アクア、説明しなさい」

「信じられないと思うけど」

「いいから、説明して」

 

 

 

「うわー、夫人ぜんぜん変わってないじゃん! これが俗に言う美魔女ってやつだね」

「……確かにアイさんならこんなこと言いそうだわ」

 

 とはいえ、それで信じるかどうかは話が別だ。

 

「幽霊、幽霊ねぇ……」

「ミヤコさん! ママに間違いないよ!」

「うーん、……アクアも信じてるのよね?」

「ああ。なんていうか、分かるんだ」

 

 今のところ自称アイとその隣に座るルビー、向かいの自分の横にいるアクアにまでそう言われ、ミヤコは額を片手で押さえる。

 荒唐無稽と言わざるを得ないし、言ったのがアクアとルビーで無ければ鼻で笑っていたところだ。

 しかし、この二人のアイに対する激重な感情を知っているミヤコからすると、冗談でこんなことはしないと理解出来ていた。

 

 でもだからといって幽霊はないだろうとミヤコが反応に困る中、アイが苦笑いを浮かべてスマホを取り出した。

 

「まあ、夫人の反応が普通だと思うよ。みこちゃんも最初は半信半疑だったし」

「何が半信半疑だったの?」

「アクアとルビーがこの状態の私を見て、すぐに私だって分かってたってみこちゃんに伝えたの。だからみこちゃんと私は、一つの実験をしてみたんだ。それがこれ」

 

 みこのであろうスマホを弄ってとある映像を再生したアイは、三人に観えるようにテーブルに置く。

 覗き込んだ画面には、みこが映っていた。

 

 だがその動画を観た瞬間、三人の全身に鳥肌が立った。

 

「なっ!? ……これは」

 

 思わず声が漏れたミヤコは口を手で塞ぎ、驚きを堪えて動画を観続ける。

 

 映像の内容としては、みこがB小町の代表曲を歌って踊っているという至極単純なものだ。今時こんな動画はネットを漁れば腐るほどあるし、何も知らない者が見ればファンの踊ってみた動画と大差ないかもしれない。

 だが、アイというアイドルを知る者は、もしかしたら全く知らない者でも、この動画には視線が釘付けになるだろう。

 

 誰もが目を奪われるような、圧倒的な輝き。

 パフォーマンスの全てが完璧に洗練された、偶像としての極致。

 完コピとは異なる、本物のオーラ。

 

 伝説のアイドルと謳われるアイが、そこには映っていた。

 

 四分弱の映像を見終えて、ミヤコは思わず眉間をぐにぐにと揉んだ。

 

「ママはやっぱりサイコーだよっ!! 全盛期のまんま、いやもしかしたらそれ以上だったよ!」

「あはは。ありがとね、ルビー」

 

 楽しげに会話する二人を眺めながら、アクアは隣で項垂れかけているミヤコへ問う。

 

「信じる気になったか?」

「……もう少し、時間をちょうだい」

 

 ミヤコも半ば思ってしまった。

 目の前にいる少女は、本当にアイなのではと。

 ミヤコだって長年一プロダクションを率いてきたのだ。審美眼はそれなりに備わっていた。

 磨かれてきた己の感覚が言っている。あれは到底、素人が真似だけで生み出せるものではないと。

 

「アイさん、一つだけ聞いてもいいかしら?」

「うん、何でも聞いて」

 

 常識を壊されたくないという、人として本能の最後の足掻き。

 

「この場にいる四人と、壱護……私の夫しか知らないようなプライベートな何かを、教えてくれないかしら?」

「社長とここのみんなしか知らないことかー」

 

 質問に対してアイはうーーんと考え、ずばり閃いた過去を口にする。

 

「アクアは哺乳瓶が大好きで、私のおっぱいは絶対に飲もうとしなかったこととか?」

「ぶふっ!!」

 

 水を飲んでいたアクアは盛大に咽せてげっほごっほと苦しんでいたが、ミヤコの反応は劇的だった。

 

「……うわぁ、これ本物だぁ」

 

 完全に崩れ落ちたミヤコは額をテーブルに落とした。

 

「知りたくなかったわ、幽霊が実在するなんて」

「なんで? 楽しそうじゃん!」

「本気で言ってるの、ルビー?」

 

 一気にげっそりとしたミヤコは、信じ難い発言をしたルビーに胡乱げな眼を向ける。

 

「考えてみて。幽霊よ、見えないのよ。私は、もし自分の部屋になんかヤバいのがいたらとか考えちゃうわよ……」

 

 想像して、ルビーは顔を青ざめさせた。

 

「イヤだ、それはイヤ過ぎる! なんでそういうこと言っちゃったの!?」

「普通ならすぐそう思うだろ。お前がバカなだけだ」

「ママの前でバカとか言わないで! 本当にバカだと思われたらどうするの!」

「本当にバカだから言ってるんだ」

「……ルビー、学校のテストは何点なの?」

「えっ!? そ、それは、そのー……」

 

 汗を流しながら言葉を濁すルビー。

 母親にテストの点数を言及されるという、普通の家族なら当たり前の光景に、気付いたら四人がくすりと笑っていた。

 

 こんな幸せな時間がいつまでも続けばいいのに。

 

 誰もがそう思い、しかしそれは絶対に叶わないことだと理解する。

 

「あっ」

 

 ふと、アイが気付いた。

 

「みこちゃんが起きる」

「……そうか」

「えっ、どういうこと? ママ?」

 

 即座に受け入れたアクアに対して、ルビーは露骨に動揺した。

 そんな愛娘を元気付けるように、アイはもう一度ルビーを抱き締める。

 

「ルビー、お別れの時間みたい」

「そ、そんな……私、まだママと話したいことが、いっぱいあるのに……っ」

「……ごめんね」

 

 ルビーだって、分かっているのだ。

 目の前の少女は、母の魂を一時的に宿しているだけ。本来在るべき姿とは逸脱しており、元の形に戻らないといけないことなど。

 我が儘は、言えなかった。

 

「アクア」

 

 手招きされたアクアが少し目を伏せながら近付いてきたので、アイは子供たちを二人まとめて抱き締めた。

 

「アクア、ルビー、愛してる」

 

 母の愛の言葉を聞いて、ルビーの瞳から涙が零れる。

 

「私も、私もママのこと愛してる!」

「……俺も愛してるよ、母さん」

「……あはっ、嬉しいなぁ」

 

 嗚咽が漏れるのをアイは必死に我慢して、アクアとルビーを力強く抱き寄せた。

 

「見守ってるから。元気でね。幸せになってね」

「うん、……うんっ!」

「……ああ」

「アクア」

 

 アイはアクアにだけ小声で囁く。

 

「────」

「っ!?」

 

 予想だにしていなかった内容にアクアは微かに震える。反射的に聞き返そうとすら思った。

 

「っ」

 

 だけどその気持ちを必死に押し殺して、アクアはアイが離れていくのを見届ける。

 そろそろ意識を保つのが難しいのだろう。アイはとろんとした眼差しで、ミヤコへと視線を移した。

 

「夫人……二人のこと、よろしくお願いします」

「はい、任せてください」

 

 力強い返答にアイは笑顔を浮かべた。

 

「みこちゃんへの、説明は、私が、するから……」

 

 こくりこくりと頭が落ちる様子から、アイがもう身体から離れてしまうことを三人は理解する。

 

「みんな、バイバイ……」

 

 アイは最後の力を振り絞ってそう言い残して、かくん、と完全に意識を一時的に失った。

 

 

 

 みこが意識を取り戻した時、ドアップのアイが目の前にいた。

 

「わっ!」

「おはよう、みこちゃん! あとでたくさん謝るから、手短に状況を説明するね」

「え?」

 

 そこはかとなく不穏な言葉に、みこは咄嗟に周りを見回した。

 

 隣に座っていたルビーと目が合った。

 

「…………」

 

 みこは一旦見なかったことにして、静かにアイへと向き直った。

 

 ──詰んでる……?

 

 半ば察した窮状にみこの目から光が失われるが、気が急いていたアイはそれには気付けずに説明を始めてしまった。

 

 およそ数分の間、みこは黙ってアイの話を聞いていた。

 はたから見るとその不可思議な光景に、アクアとミヤコはヒソヒソと会話を交わす。

 

「なんていうか、凄いわね」

「ああ、俺も驚いてる」

「貴方、あの子と目が合う?」

「いや。恐らくだが、アイが目の前にいて、俺たちが見えないんだろう」

「幽霊って透けてないのね。はぁ、本当に知りたくなかったわ」

 

 これは世界の神秘なのか、それとも禁忌なのか。

 そんな非日常の中心に据え置かれてしまったみこは、アイの話を頭の中で整理し終えた。

 

(ここは駅前の焼肉店で、この場にいるのはアクアさん、ルビーさん、苺プロの社長さん。私についてバレたのは幽霊が見えることと憑依が可能なこと。でも、怨霊が見えることは知られてない。黒幕に関する話は話題にもしていないけど、アクアさんにだけはとあるメッセージを残した)

 

 詰んではいない。だけど瀬戸際。

 みこなりに状況分析した結論がそれだ。

 助かった点としては、この場にアクア以外もいることだ。この状況なら、アクアも黒幕のことを話題には出さないだろう。

 

「こんな感じなんだけど……」

「はい、分かりました」

「それで、その……アクアのこと、大丈夫?」

 

 みこがアクアを見て過呼吸を起こしたのはつい先刻のことだ。今はアイが身体を使って防波堤になっているが、またしても倒れると考えると気が気でない。

 深呼吸を一つ挟んだみこの眼は、強い意志を宿していた。

 

「多分、大丈夫」

「……分かった。じゃあ、移動するね」

 

 ふわりとアイは宙に浮かぶ。

 開けた視界の先では、事前の情報どおりアクアとミヤコが座っている。

 

(うん、大丈夫。それに……)

 

 みこはアクアと視線が合うが、恐怖はもう湧かなかった。

 顔付きが変わっていたのだ。あの時のアクアはもっとギラギラとした感情をばら撒いていたが、今は打って変わって穏やかな表情をしている。

 ひとまず安堵したみこは、とりあえず会釈してみた。

 

「はじめまして、四谷みこです……」

 

 その挨拶に、三人は思わずきょとんとしてしまった。

 同じ容姿なのに、あまりにも違い過ぎるその振る舞い。たった一言だったが、だからこそ先程までその身体にいたのだろうアイの存在を強く実感してしまった。

 いち早く気を取り直したのはミヤコだった。

 

「こほん。ええ、初めまして四谷さん。私は苺プロダクションっていう芸能事務所で社長をしている斉藤ミヤコよ。よろしくね」

「星野アクアだ」

「私は星野ルビーです! よろしくね、みこちゃん!」

「はい、よろしくお願いします」

 

 かなりお堅い自己紹介になったが、こういう時にルビーは良い意味で空気が読めない。

 

「同い年だよね? じゃあ敬語は無しにしようよ! あっ、あとみこちゃんって呼んでも大丈夫?」

「は、はい。大丈夫です」

「あっ、また敬語ー」

「急かすなクソバカ妹」

「だからバカって言わないでよ、お兄ちゃん!」

 

 ガミガミキャンキャンと言い争う兄妹としての姿は、二人の良好な関係を裏付けしているようであった。

 アイは微笑ましく見守るが、みことしてはかなり反応に困る。

 ミヤコは大きくため息を吐いていた。

 

「ごめんなさいね、四谷さん」

「いえ……」

「アイさんについても謝らせて。どうせ迷惑ばかり掛けてるんでしょう?」

「そんなことは……」

 

 否定しようとして、みこは現状を思い出す。

 本来何の繋がりも無かった筈の星野一家との接触。

 およそ十年前に殺害された伝説的アイドルが残したとびきりの秘密。

 そばに居てくれるメリットと、そばに居て増えたデメリットを天秤に掛けた。

 

「…………ありません」

「ごめんね! みこちゃん、本当にごめんね!」

 

 隠し切れない葛藤を心の片隅に押し込んだみこの返答。アイは心の底から謝罪した。

 

「ちなみにその、アイさんは今もここに?」

「はい。今は」

 

 ふわりと浮き上がり、ニヤリと笑ったアイがミヤコの後ろで念を送る。

 

「ミヤコさんの背後霊ごっこをしてます」

「ちょっとやめてホント!!」

 

 ひぃ! と悲鳴を上げて壁近くへと移動したミヤコの顔色は若干青い。本物の霊能者だと思っているみこの発言には、過剰に反応せずにはいられないのだ。

 そんなやり取りに興味を持たないはずもない。

 

「アイは自由に移動できるのか? あ、俺にも敬語はいらないから」

「えっと、うん。特に制限はないと思う、って言ってたから」

「そうか。守護霊や地縛霊とは違うのか……」

「そういうのも、見たことあるけど」

「興味深いな。一度真面目に調べてみるか」

「お兄ちゃんってそういうの好きだったっけ?」

「今まではオカルトと決め付けてたからな。実在するならものの見方が変わる。四谷さんが行ったのも、口寄せって呼ばれる降霊術だろう」

「へぇー」

 

 学術的な話に一切関心がないルビーは返事がおざなりになるが、みこについて疑っている様子は全くない。

 三人の態度に、みこは唖然とした。

 

「信じて、くれるの?」

 

 ぽつりと呟かれた、みこの嘆きにも近い疑問。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返したルビーは、勢いよくみこへと近付いた。

 

「当たり前だよ! みこちゃんのお陰で、私たちはまたママと会えたんだもん! ね、お兄ちゃん!」

「これでも結構……感謝してるんだ。ありがとう、四谷さん」

 

 とても純粋な感謝が二人から伝わってくる。

 思ってもいなかった。

 これまでみこは、バケモノが見えるようになったことを誰にも打ち明けていない。家族にだって言えていない。なんなら死んだ父親が家にいることも、その父親に実は見えているのだと言ったこともない。

 バケモノが自分を見ていても徹底的に無視をして、アイと出会ってからは恐怖からは解放されたが、それでも真実を伝えられない現実が辛かった。もし正直に言って、信じてもらえなかったら怖かったから。

 ゴミも積もればホコリになるように、みこの中では着実に良くないナニカが降り積もっていたのだ。

 

 だからこそ、思ってもいなかった。

 間接的とはいえ、みこが人ならざる存在を知覚できることがバレたのに、知った人が信じてくれることを。

 哀れみも迫害もされず、ありのままに受け入れてくれるなど。

 

 況してや感謝されるなんて、みこは思ってもいなかった。

 

「み、みこちゃん!? 大丈夫?」

「え」

「だって、泣いてる」

 

 ルビーに言われて、みこは初めて自分が涙を流していることに気が付いた。

 

「あっ、その、ごめんなさい。なんか、安心して」

 

 涙を軽く拭ったみこは、ほんのりと笑った。

 

「信じてくれて、嬉しい」

 

 純粋無垢なその笑顔。

 みこの晴れやかな表情を見て、アイを含めた四人は複雑な想いを抱いた。

 

 ──一体どれだけの苦労があったのだろうか……

 

 みこの体質は日常生活を脅かす類の異能だ。ただでさえ心細い気持ちであろうに、周りには迂闊に相談すらできなかっただろう。

 アクアたちにはその苦労の程がどんなものか、想像すら不可能だった。

 アイは事情を全て知っているからより一層思うところがあるのだが、最近は迷惑しか掛けていないので心の痛み方が尋常ではない。

 

 ろくな励ましの言葉すら思い付かない中、アクアは組んだ両手に顎を乗せて思考を巡らせた。

 

「幽霊という存在の証明か。相手に聞く意思があるなら、そこまで難しくはないと思う」

「え?」

「そうなの、お兄ちゃん?」

「ああ」

 

 驚くみこに対し、ルビーは面白げに瞳を輝かせていた。

 

「ねえねえ、どうやるの?」

「そうだな……ルビー、四谷さんに見えないように背後に手を回せ」

「ん。で?」

 

 ルビーは素早くアクアの言う通りにする。

 

「適当に指を上げろ」

「はい。で?」

「その状態で四谷さんに何本なのか答えてもらえばいい。アイに協力してもらってな」

「「なるほどー」」

 

 ルビーとアイが異口同音に感心し、アイは早速ルビーの後ろへと回り込んだ。

 

「えーとね、右が一、左が四だよ」

「……右手が一本、左手が四本」

「おお、合ってるよ!」

 

 ばっ、と前へと持ってきたルビーの両手は、みこの指摘と同じ本数の指を上げていた。

 なんともなしに言い当てているみこであったが、実は幽霊なんていないという最後の最後の最後の希望が絶たれたミヤコはがっくしと心にきていた。

 

「俺のも当ててみてくれ」

 

 ルビーと同様に背後へと手を回したアクアの両手を見て、ミヤコは一瞬だけ眉を顰めそうになった。

 しかし、やる意味を即座に見出したミヤコは黙って成り行きを見守る。

 

「あー、アクア狡いんだー」

 

 ミヤコと同じ光景を見たアイは頬を膨らませてそう言い、みこへと説明する。

 

「左はゼロだけど、右は一二三四五って素早く変えてる」

「……左手はゼロで、右手は一二三四五と素早く変えてる」

「お兄ちゃーん?」

「……正解だ」

 

 まさにお手上げといった様子でアクアは両手を頭上へ挙げた。

 最後に視線が集まったミヤコも付き合うことにし、みこが見えないテーブルの下に両手を持っていった。

 

「これはどうかしら?」

「えーと……」

「任せてー」

 

 テーブルを上から突っ切ってアイは移動し、ミヤコの両手を見る。

 

「ん? なにこれ? 変なふうに両手を組み合わせて……分かったカエルだ!」

「……カエルだそうです」

「……正解よ」

 

 完全に現実を諦めたミヤコは死んだ目でそのまま両手を出し、相手に見えるように組み合わせたカエルの口をパクパクさせた。

 前提条件すら無視したミヤコの奇策すら秒と経たずに見破られた。これはもう、認めざるを得ないだろう。

 

「本当にママが幽霊になってるんだなー」

「タチの悪い悪夢だわ……」

「すみません……」

「ああ、ごめんね! 決して四谷さんが悪いんじゃないのよ。どちらかと言えばアイさんが悪いわ」

「ひどくない?」

 

 アイの抗議は残念ながら届かない。

 

「とまあこんな感じだな。99%信じていたけど、これで確定した。どうやら幽霊は実在するらしい」

 

 アクアはみこと目を合わせて、仄かに微笑んだ。

 

「あとは四谷さん次第だ。まあ、はっきり言うとおすすめはしないけど」

「台無しだよ、お兄ちゃん」

「ううん。少し、気が楽になったから」

 

 ジト目でルビーはアクアを睨み付けるが、みこは素直に受け止める。

 

「ありがとう。その、愛久愛海さん」

「ぷっ!」

 

 久しく聞いていなかった兄のフルネームにルビーは噴き出し、今度はアクアがルビーを睨みつけることになった。

 片手で頭を押さえたアクアは勘弁してくれと宙を仰いだ。

 

「俺のことはアクアで頼む」

「いいんですか?」

「むしろお願いしたい。ぶっちゃけアイも含めて、俺をアクアマリンと呼ぶやつはいないから」

 

 みこは黙ってアイを見た。

 

「いやー、やっぱり日常生活でアクアマリンは長くて」

「……分かった」

「ところで、話は変わるんだけど」

 

 ルビーはこれまでの楽しげな雰囲気から一転して、真剣な顔をしてみこへと向き直った。

 一体なんだろうとみこが疑問に思う中、ルビーは思い切って切り出した。

 

「みこちゃん!」

「う、うん」

「私と一緒に、アイドルやりませんか!」

「え、いや、無理」

 

 

 

 

「なんであの会話の流れでそうなるんだ?」

「だって、みこちゃん可愛いし! 一緒にアイドルやってほしいって思ったんだもん!」

 

 あの後、もう遅いからとみこを車で家まで送ったアクアたちは帰宅していた。

 訳の分からない言い分を発動したルビーにアクアはため息を吐いた。

 

「先に風呂にでも入ってろ」

「はーい。ああ、残念だなー」

 

 入浴の準備をするルビーが自室に戻るのを見届けて、アクアはリビングにある椅子に座りこむ。

 色々なことがあり過ぎた。

 今は一人で考える時間が必要だった。

 

(アイが幽霊になっていた。そして、四谷みこという霊能者。流石に予想外過ぎる)

 

 様々な想定をしていたが、その全てが泡沫と消えたと言ってもいい。

 

 あの日、面接会場でみこと出会い触れ合った後に逃げられたアクアとルビーは、はたから見ても分かるほどに動揺していた。

 二人の結論は自分たちと同じように転生したのではないかというものであったが、受験生であったみこでは年が合わない。

 真相が分からないまま今日まで暮らしていたが、アクアははっきり言って吐きそうなほどに精神的に辛かったのだ。

 

 今日になってやっと胸のつかえが取れたのだが、色々と考えなければならないことが増えた。

 

(アイは黒幕の存在に気付いている……)

 

 別れ際にアイから囁かれた言葉が、アクアの感情を大きく揺さぶる。

 

 ──復讐なんて考えないで。幸せになって、アクア。

 

「っ」

 

 無意識に拳を強く握り込んでいたアクアは、大きく息を吐いて強張った身体から力を抜く。

 

 アクアにとってアイを間接的に殺した黒幕への復讐は、今世の目的と言っても過言ではない。

 今日この日まで、ずっとそれだけを考えて生きてきたのだ。

 

 未だ見たことがない父親。

 

 其奴を殺す為に、アクアはこの生にしがみついていたのに。

 

(アイは、それを望んでいない)

 

 幸せになんてなれない。

 幸せになんてなってはいけない。

 この復讐を果たすまでは、自分の人生を生きるなど許されない。

 

 心に潜むもう一人の自分が、ずっとそう叫んでいた。

 アクアにだって分かっている。

 これは罪悪感だ。

 アイを救えなかった自罰的な思考が生み出した幻聴だと。

 

 だけど、アイが復讐を否定した。

 

 アクアが幸せになることを望んでいた。

 

「俺は、どうすれば……」

 

 押し潰されそうな苦悩の中。

 ドタバタと廊下を駆ける音が家に鳴り響いた。

 

「お兄ちゃんっ!!」

「……騒がしいな。どうしたんだ?」

 

 説教の一つでもしてやろうかとアクアは思ったが、今のコンディションで長話をしたくなかったので率直に問い掛けた。

 ルビーの表情は百面相に近かったが、驚きや焦りを大きく上回った歓喜が伺えた。

 

「これ!」

 

 目の前に突き付けられたのはスマホで、有名なSNSの画面が映し出されていた。

 そして、流れている動画を見てアクアは驚愕した。

 

「はっ!?」

「みこちゃんがさっき見せてくれた動画をあげてるの! 星谷アコって名前で! もしかして考え直してくれたのかな!」

 

 みこに憑依したアイによる、B小町の完コピ動画。

 誰もが目を奪われるようなそれは瞬く間にバズり、この短時間でルビーの目に留まるに至ったのだろう。

 

 最も注目すべきは、動画と共に載せられたメッセージ。

 

 ──佐藤社長! 戻ってきて〜!

 

(分からない……)

 

 みこの目的が、アイの目的が。

 

 新たな波乱の予感に、考えなければいけないことが増えたアクアは大きなため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 星谷アコのB小町完コピ動画は多くの人の目に留まった。

 客観的に見ればメッセージに載っている佐藤社長に向けたものなのだろう。

 

 だが、あげた当人が全く予想してなかった人物の目に留まったことは不幸だったのか。

 

「これは、素晴らしい」

 

 片目を黒髪で覆い隠した男は、映像から読み取れる情報に喜びの感情を抱いた。

 

()()()()がいれば……」

 

 ──目的を果たせるかもしれない。

 

 動画を見終えた男は一旦切り替えて、ゲーム配信の準備を始めた。

 定刻となったのでLiveモードにして、コントローラーを手に握る。

 

「エニグマシンドローム、神童ロムです。こんにちは。今日はこっちでゲーム配信をします」

 

 神童ロムは頭の片隅で星谷アコのことを考えながら、ゲームを始めるのだった。

 

 






星野アイ
 親子歓談を楽しんだ。うちの子きゃわ〜〜〜♡
 焼肉をいっぱい食べた。うまぁー!
 ルビーにもバレた。夫人にもバレた。
 愛した子供たちに愛を伝え、子供たちが嘘吐きだった自分を愛してくれていること知った。
 次の狙いは佐藤社長?

四谷みこ
 目が覚めたら詰み掛けだった。ヤバい。
 幽霊が見える自分を受け入れてもらえた。嬉しい。
 アイドル勧誘を拒絶した。無理。
 バズった。ヤバい?

星野アクア
 もう一度だけでも願っていたアイとの会話を交わせた。
 幸せになってもいいのだろうか……
 なんて悩んでいたらアイとみこがやらかしていた。マジで勘弁してくれ。

星野ルビー
 アイと感動の再会を果たした。
 言えていなかった母への愛を伝えることができた。
 アイドル勧誘失敗した。
 もしかしたらワンチャンあるかもと現在期待中。



おまけ
※最新ジャンプの呪術廻戦のオマージュ絵です。


【挿絵表示】


 続きは特級によって神隠しにあったので迷子です。
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