本誌を読んでいる感想
※ネタバレ無し
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──ドカーーンッ!!
アイ「プロットが死んだ! この人でなし!」
みこ「今日も元気だなぁ」
アイ「あっ、2期放送おめでとう!!」
みこ「すごいついで感……」
※約10500文字
斉藤壱護にとって、星野アイは娘にも等しい存在だった。
アイは「出会いは悪質なナンパみたいだった」と言っていたが、歩んだ軌跡によって二人は確かな絆を紡いでいた。
出会ってからは時が瞬く間に過ぎていった。
地下アイドルから始まり、徐々に顔が売れ始め、遂にはドーム公演にまで漕ぎ着けるに至ったのは奇跡と言えるだろう。
途中で妊娠するという大事件はあったものの、更なる飛躍になったと思えばプラマイゼロ。
夢を見ていた。
夢が叶うと思っていた。
夢に手が届いた。
その間際で、夢は儚く崩れ去った。
目にしたのは冷たくなったアイの姿。
犯人は事件後に自殺。
胸に湧き上がる思いのぶつけ先を一時無くして、壱護は何をする気力も失ってしまった。
だが、ふと気付いた。
この事件には黒幕がいることを。
それはアイを孕ませた男以外に有り得ないと。
状況証拠から疑惑は確信へと変わり、壱護は誓う。
見つけ出して殺してやると。
妻から離れ、事務所から離れ、一人となって黒幕を探し始めた。
アイの交友関係は狭く、芸能界に限られていたから、時間を掛ければ見つかると思っていた。
だが結果は芳しくなく、気付けば十年以上の月日が経過していた。
明確な手掛かりすらなく、惰性で生きているような生活を送る中で。
「──っ」
目を焼かれるような輝きを見た。
溢れ出る気配。
吸い寄せられる天性の瞳。
そこには紛れも無い「星野アイ」が映っていたのだ。
理性はあり得ないと否定するが、心は間違いないと訴えている。
容姿は似ているが、別人であることは明らかなのに。
極め付けに、動画に添えられたメッセージに壱護は大きく狼狽えた。
── 佐藤社長! 戻ってきて〜!
壱護のことを佐藤社長と呼ぶふざけた人間は、金輪際アイしか存在しない。
ただアイを真似てそんなことを言うのであれば、娘を利用された怒りが湧いていただろう。
しかし、壱護がまず心に抱いたのは動揺で。
アイの娘であるルビーかとも思ったが、未だ芸能界に現れていないルビーにこの輝きは纏えない。
そもそも、アイに並べる
では、こいつは。
この星谷アコとは、一体何者なのか。
気の迷いだった。
壱護を探し出すのが目的なら、反応が返ってくるかもと思ってしまった。
だから、コメントを残した。
昔のノリで、まるでアイを相手にするような。そんな返信。
冷静になって何を馬鹿馬鹿しいことをと自分を嫌いになった壱護だったが、それでも日を置いてSNSを確認するぐらいには心のしこりとなっていたようだ。
反応は無かった。それも仕方ないと壱護は思っていた。コメントは百を優に超えて千に届く勢いなのだから。
その動画以外何も発信しない星谷アコは本当に何者なのかという疑問はあるが、壱護はもう忘れようと決める。
その決心を固めるために、これが最後と開いたSNSに。
一通のDMが届いていた。
差出人は、星谷アコ。
僅かに目を見開いて、壱護はメッセージを開く。
──今週の日曜午後3時、私たちが初めて会った喫茶店に集合ね! あの日頼んだもの飲みながら待ってるから!
内容は簡潔に、だけど拒否権を許していない。
読んだ後、壱護はすぐに検索した。営業努力逞しいのか、思い当たる喫茶店は存続している。
もしこの喫茶店で本当に会えるのならば、本当に星谷アコの正体が摩訶不思議なものとなる。この事実を知っている者は、互いしかいないはずだから。
まあ、そもそも忘れっぽいというか、人の名前すら覚えていないアイが初めて会った喫茶店を覚えているのかという疑問もあったが。
鬼が出るか蛇が出るか。
今週の日曜はメッセージの日付から見ても丁度明日。
こうなりゃ自棄だと了承の返信をして、いざ向かった当日にて。
「うわー、佐藤社長老けたねー」
クソ生意気なことを言う星谷アコが、抹茶ラテを飲みながらけらけらと笑っていた。
◇
「本当に来たわ……」
「まぁ、ある意味では順当だな」
アイが座っている席の真後ろの席で息を潜めていたミヤコとアクアは、久々に聞く壱護の声に驚嘆の思いを抱いていた。
今まで十年以上音沙汰が無かった壱護を、こうも簡単に引き寄せるとは。
アイの放つ輝きはやはり埒外のものだと認めざるを得ないだろう。
「でも、本当に良かったの? ルビーを除け者にして」
「ルビーがいたら即バレるだろ。本音を聞くにはアイをぶつけて動揺させるのが手っ取り早い」
「貴方ね……」
息子とも言えるアクアの言葉にミヤコは溜め息をこぼす。まあ、少なからず同意しているからこそ、ミヤコもルビーを誘わなかったのだが。
高校入学のあの日。
突然テンションがぶち上がったアイに対してアクア達は何事かと聞いたのだが、返答を誤魔化された。
とはいえ、アクアは直前の質問もあって答えを見抜いていた。斉藤壱護からアクションがあったのだなと。
壱護の目的は十中八九、アクアと同じ。黒幕への復讐だけを原動力に生きているはずだ。
そんな壱護と接触を図りたいアイの望みも自ずと分かる。
アイは止めたいのだ。下手をすれば人殺しにまで発展するであろう状況を。
それが黒幕を庇ってのことなのか、親しい人を想ってのことなのか。
考え出すと鬱屈になるのでアクアは思考を止めた。
だからといって、介入しないのは有り得ない。
大事な場面ではのらりくらりと逃げるアイの口を破るのは至難だが、みこならばなんとかなる。後ほど二人きりになったタイミングでいきなり本題に入り、みこが動揺したところで情に訴えた。結果を言えば完勝であった。
なお、アイはみこの優しさを利用したアクアに憤慨していたのだが、知らぬが仏というやつだ。
約束の日時を聞き出し、流石にミヤコには壱護との再会という事情が事情だからと説明。私も行くと据わった目をしたミヤコを拒否できるはずもなく。
最終的にこうなったのだった。
「お前は一体何者なんだ?」
「佐藤社長は誰だと思う?」
「言葉遊びに付き合うつもりはない」
「もう、久しぶりだっていうのに固いなー」
背後でのやり取りに耳を澄ませながら、アクアとミヤコは静かに抹茶ラテを口に運ぶ。
「今から話すのは本当に信じられない話だけど、全部ホントのこと。それでもいいなら、一から話すよ」
「……分かった。話してみろ」
トントン拍子で進む会話にアクアは苦笑する。
「普通は信じないんだろうな、こんな与太話は」
「当然よ。私だって、あなた達がいなかったら一笑に付してたわよ」
「……本当、四谷さんには頭が上がらねぇ」
「全くだわ」
アクアとミヤコは本格的にみこへの謝礼を何にするか検討し始めた。
現金は露骨過ぎ。高価な物は恐縮して受け取って貰えなさそう。なら気持ちを込めたものと考えるが、家を贈ってもまだ足りないくらいの気持ちをどう込めればいいのか。
結局、ちょっとお高めの菓子などを小出しに出しまくるのが正解では? と話し合いがまとまった。
「……じゃあなんだ。今のお前は本物の星野アイだと。そういうことなのか?」
「その通り! 信じられないでしょ! 私もこうなるとは思ってもなかったけどね!」
「……いくつか、質問させてくれ」
「ばっちこい!」
アイからの一通りの説明が終わった後で、二人の質疑応答が始まった。壱護の雰囲気はもはや尋問に近い重苦しさであるが、対するアイは素面で答えていく。
ただ、問答が進むにつれて聞いているだけの立場のアクアとミヤコは冷や汗が流れ始めていた。
「ヤバい、アイの奴マジでほぼなんも覚えてねぇ」
「本当に印象的なことしか頭に残らないのね……」
内容は言うなれば壱護とアイの思い出確認なのだが、回答率がかなり低い。良くて三割といったところか。
アイが完璧に答えられたのは子どものこと、出産した場所、五反田監督のことなど、密接な関わり合いがあった件のみ。いついつにライブがあったといった細かい記憶は綺麗さっぱり忘れ去っていた。
その中でお世話になった医者である雨宮吾郎の話題が出た時にアクアはドキリとしたが、幸いミヤコに不審がられることはなかった。
「そう思えば、センセはなんであの日来てくれなかったんだろ? 立ち会ってくれるって言ったのに」
「……さぁな、急用でも入ったんだろ」
ぼかした壱護の答えを聞いて、アクアは察した。壱護は雨宮吾郎があの日から行方不明だと知っていると。
「それじゃあ、これが最後の質問だ」
内心どう思っているか分からないまま、壱護が遂に一線を踏み抜いた。
「アクアとルビーの父親は誰だ?」
「……ごめん、社長。それは言えない」
「何故だ? 星野アイだというなら、知らない筈はないだろ。それとも、幽霊になったというのも全部嘘だったのか?」
「だって、もし言ったら、社長は彼のことを殺しに行くんでしょ? やだよ私、お父さんだと思ってる人が人殺しをするなんて」
アイのその一言は、三人の心に凡ゆる意味で動揺を生み出した。
目を見開いたアクアとミヤコが声を抑える空間で、アイの苦笑はやけに大きく響いた。
「ここでスカウトされた時、言ったよね。私は片親で、お母さんからも捨てられちゃったって。人を愛した記憶も愛された記憶もないって。そんな私がアイドルなんて無理だって」
懐かしげに語られるそれは、アイがアイドルとして歩み始める物語の原点。
「でも、社長は言ってくれた。それも個性だって。嘘でも愛してるって言って良いって。その内、嘘が本当になるかもしれないって」
壱護を説得しようなどとは、アイは考えていないのだろう。
アイの中にある決意は、簡単なようでとても難しいこと。
嘘は言わない。
隠していた自分を曝け出す。
「私は誰かを愛したかった。だから、アイドルになった。アイドルになれば、ファンを愛せると思ったから。でも、結局それは分からなかった。だから、母親になった。母親になれば、子供を愛せると思ったから。でも、アクアとルビーには、死ぬ直前まで愛してるって言えなかった。もしそれが嘘だったらって思うと、怖くて言葉にできなかった」
きっと、アイが生きていたら、知ることの出来なかった想い。
「皮肉だよね。死ぬ直前でようやく愛を知って、死んだ後で愛されてたことを実感するなんて。だから、ちゃんと言葉にするね」
これが、最初で最後。
「斉藤壱護さん」
「私を愛してくれて、ありがとう」
「星野アイは、貴方のことをお父さんだと思ってるよ」
万感の思いが込められた告白に、気付けば壱護は涙を溢していた。
「……アイ、なのか? 本当に、本当に、アイ……なのか?」
「そうだよ。死んじゃってごめんね、社長」
少しして、壱護の啜り泣く声が小さく響く。
アクアとミヤコは何も言わずに、ただ時が過ぎるのを静かに待った。
◇
「上手くいったんですね」
「うん! ありがとう、みこちゃん。これでひとまずは大丈夫だと思う」
一仕事やり終えたアイは満面の笑みを浮かべている。
みことしてもアイの大切な人が殺人を犯す可能性を減らせたのであれば嬉しい。杜撰な計画ではあったが、狙い通りに状況が推移して何よりだ。
「斉藤社長は結局どうなったんですか?」
「うん。あの後は最終的にアクアと夫人が乱入して、夫人が社長をボコボコにした上で苺プロまで引き摺って行ったよ」
「物騒……」
本当に平和的に解決したのか疑問は残るが、目の届く範囲に収まったのであれば上々。
あとやるべきことは、協力者である神童ロムからの連絡を待つのみ。
「しばらくはのんびりできそうですね」
「うんうん、良いことだよ」
それから幾日か経ち、二人にとってホットな話題が舞い込んできた。
アクアが再び役者としてメディアに出演すると言う情報だ。
「恋愛リアリティーショー?」
「はい。私も詳しくないけど……簡単に言うと、複数人の男女に共同生活をさせて、カップルが誕生する経過を見守っていく番組です」
「え、なんか趣味悪くない?」
「でも、結構人気らしいです。一応、アイさんが生きてた頃からやってたみたいですよ」
「へぇー」
アイドルとして見せ物となっていたアイをしても、恋愛模様をメディアを通して世界に晒されるのは微妙な気分になってしまう。恋愛方面を得意としていないことも理由の一つではあるが。
「そんな番組にアクアが出ると」
「不安ですか?」
「うーん、……いや。アクアの恋愛をリアルタイムで追えるというのはご褒美かもしれないぞ」
閃いた、とばかりにニヤリと笑うアイは楽しそうだ。
みことしても、知り合いが恋愛リアリティーショーに出るという今後二度とない出来事をなんやかんや楽しめそうだった。
わくわくとした面持ちで二人はパソコンの前に集まり、番組が始まるのを待つ。
「おっ、始まった!」
タイトルコールと共に始まった番組「今からガチ恋♡始めます」。
出演する男女が次々と紹介されていき、五人目まで来て男子二人女子三人。六人と聞いているからアクアが最後なのだろう。
「おお、顔が良い子ばっかりだね」
「特設サイトには、それぞれが芸能界の各分野における期待の若手って書いてあります」
「なるほど、アクアは役者枠なんだね」
そうこう話している内に真打登場。
もはや見慣れたイケメンであるアクアは、陽気な笑顔を浮かべて画面に現れた。
『めっちゃ緊張するわ〜。皆、よろしくね!』
「え」
「おっふ……」
今まで接してきたアクアとのあまりのギャップにみこはキョトンとし、アイは言葉に詰まった。
『えぇ〜、かっこぃ〜っ。役者さんってあこがれるぅ』
『MEMちょも可愛いね。めっちゃ照れる……』
「おっふ」
「アイさん!?」
急所に当たったのかアイが空中で崩れ落ちた。
何故か顔色が悪いアイを心配してあわあわするみこは、咄嗟にパソコンを閉じた。
原因が排除されたことでアイはなんとか平静を取り戻し、死んだ目ながらも顔を上げてパソコンへと視線を戻した。
「もう大丈夫、続き観よっか」
「どうしたんですか?」
「いやー、ちょっとね」
開いたパソコンに映る我が子を見詰めながら、アイはぼそりと呟く。
「なんかこう、アクアの女誑しな一面を見てダメージを負ったというか」
「お母さんの複雑な心境」
「これが3ヶ月近く続くのか。心臓に悪い……」
そうして初回放送を耐え切ったアイは徐々に慣れたのか、回を追うごとに純粋に楽しみながら番組を観ていた。
「最初は一体どうなるかと思ったけど、どうやらアクアは適当にやり過ごすつもりみたいだね。それはそれで面白くないけど」
「ちなみに、アイさんはアクアさんのお相手としてなら誰推しなんですか?」
「うーん、そうだなぁ」
アイは顎に指を寄せて女性メンバーを思い出していく。
「一番目立ってる黒髪の子は小悪魔に見せかけてるけど、交際経験は無さそうだからなぁ」
「え、そうなんですか?」
「多分ね。魅せる嘘が上手いけど、仕事一筋の子特有の真面目さが垣間見えるかな。本当に男慣れしてる子はもっと平然とボディタッチとかするし」
「はー」
「ま、この子はアクアと絡む気無さそうだから推しではないかな」
次は確かー、とアイは記憶を洗い出す。
「あとあの子、角の子。あの子はなぁ……」
「角の子……MEMちょさんですね。何かあるんですか?」
「うん。確か紹介では高校3年って言ってたよね?」
「はい」
「それ、絶対嘘だよ。サバ読んでる」
「えっ!?」
衝撃の事実にみこは咄嗟にMEMちょの画像を検索した。
「……分からない」
「幼く見えるからね。でも、少なくても私の享年よりは年上だよ」
「20歳以上なんですか?」
「うん、多分もうちょっと上かな。23〜25あたりだと思う。いやー、良い度胸してるよ」
「芸能界すごい……」
ある意味では身近になったが、それでもやっぱりみこの想像の外にある世界なんだと実感してしまう。
そして最後の一人についてアイは思い出そうとしたが、いつまでも出てこない顔に首を捻ってしまった。
「あれ? もう一人の子って誰だっけ?」
「えーと、女優の黒川あかねさんです」
「うーん、あっ、思い出した。空回りしてそうな子だ」
「ほとんど覚えてないんですね」
「私元々人の名前覚えるの苦手なんだよね……」
死んでも治らない自身の悪癖は置いといて、アイはあかねに関して懸念を覚えていた。
「その子大丈夫かなー」
「黒川さんも何かあるんですか?」
「本人にじゃなくて、状況に関してかな」
唇をすぼめるアイは嫌な展開を想像して渋い顔をする。
「視聴者的には、その子は小悪魔の子を邪魔してる感じでしょ? このままだとその子が悪口の受け皿になっちゃう。こう言う時にエゴサはしない方がいいんだけど、どうしても見ちゃうんだよね〜」
これは芸能界に身を置く者にしかわからない葛藤であり、時には人死にすら生み出す悪魔の導きだ。
「しかもこの世には悪霊がわんさかいて、精神に影響を与えるんだもん。下手するとその子、二度と立ち直れないかもね」
「それは……怖いですね」
この時はまだ他人事であったのだが、悪い意味でアイの予想がドンピシャで当たった。
焦っていたのだろう。あかねの動きが必要以上に大きくなった結果、小悪魔の子とアイが呼んでいた鷲見ゆきの頬に傷を負わせてしまったのだ。
溢れ出したのは、無邪気とは到底言えない真っ黒な悪意だった。
SNSを開けば、あかねに対する誹謗中傷を見ない日はない。最低限のフォローしかしていないみこのタイムラインにも載るほどなのだから。
「これは、……まずいですよね?」
「うん、まずい。自殺を選んでもおかしくないね」
若い世代に人気を博してしまった弊害でもあるのか、学校でもこの話題は尽きない。
みことしては居心地の悪さが加速していくような状況だった。
バケモノを知っている身としては、こうも醜い人の本性みたいなものがアレ等を産み出してしまうのだろうと納得してしまうくらいに。
とばっちりで沈み込みそうな心境を表すように、本日は台風まで訪れている。
みこが行動を決意するのは、自然のことだったのかもしれない。
「アクアさん。実は、相談があって……」
学校生活では過度の接触を控えていたが、悠長にしている段階はとうに過ぎ去っている。
教室で話しかけられたことに僅かに驚いたアクアだったが、返答は決まっていたようだ。
「放課後、苺プロまで来てくれ」
◇
アクアの案内のもと苺プロまで辿り着くと、そこには二人の大人が待機していた。
「おっ、来たか」
「いらっしゃい、四谷さん」
「お久しぶりです」
あらかじめアクアが連絡してくれていたのだろう。待っていたのは壱護とミヤコの二人だけでルビーはいなかった。
「ルビーは?」
「有馬さんと一緒にレッスンさせてるわ。居ない方がいいんでしょ?」
「助かる。ルビーは最悪いいが、有馬は四谷さんの事情知らないし、居たら話し合いが成立しないからな」
「今日はお邪魔して申し訳ありません……」
「いいのよ、四谷さんは私たち全員の恩人だもの」
柔らかな笑顔で椅子を用意するミヤコとお茶菓子を手配する壱護。
「おおー、社長たち仲直りしてるじゃん」
「良かったですね」
「アイはなんて?」
「お二人が仲直りして良かったって」
「……ふっ、そうだな」
和やかなやり取りであったが、大人二人の立場としては恥ずかし過ぎる指摘に顔を赤らめる。
こほん、とわざとらしく咳払いしたミヤコは、気を取り直したようにみこへと向き直った。
「それで、相談があると聞いたわ」
「その、黒川あかねさんについてなんですが……」
「黒川あかねについて?」
予想外な方向の相談だと思ったのか、壱護は繰り返すようにそう聞いた。
「はい。その、斉藤社長は悪霊関係について聞いてますか?」
「悪霊関係? なんだそりゃ? 君が霊能者だというのは聞いてるが」
「そう思えば言うの忘れてたわ」
あちゃー、とミヤコは顔を抑える反応から、情報共有は出来ていないらしい。
アクアが済まないと一言詫びてから、壱護に対して一通りの説明をする。
「……つまり、この世界には幽霊以外にも悪霊がそこら中にいるってことか?」
「それどころか、人に取り憑くやつもいるらしいぞ」
「聞きたくなかった……」
青い顔をして額を抑える壱護には悪いが、話を先に進めるために一旦無視することに。
改めて言葉にしたことで、アクアはその時初めて最悪の展開を想像できた。
「まさか、あかねに悪霊が取り憑いてるのか?」
「多分だけど……」
「不知火フリルくらいの知名度がなくても……いや、ここに来て悪意が膨れ上がったからか!」
「ちょっと待って。確か悪霊に取り憑かれると、精神に影響があるのよね……?」
「はぁ!? マジなのかそれは!?」
現状のヤバさを全員が理解した。
緊迫感が空気を支配する中で、みこはアイと出した結論を告げる。
「いつ自殺してもおかしくないです。せめて、悪霊を祓わないと」
状況を甘く見ていたつもりはない。
恋愛リアリティーショーは世界各国で人気だが、過去に50人近くの自殺者を出している。
もしかしたら、今までもそうだったのかもしれない。自ら命を絶つほどの苦悩の一因には、悪霊などという非現実的な要素が存在していたのかもしれない。
これがみこにとって本当に画面の向こう側のことだったら、関与しようなどとは思わなかった。そもそも、伝手が無いから考えすらしなかっただろう。
だが、今回は違う。
友人が出演者で、幸いにも容易く関わりを持てる関係だった。
その時、気の抜けたピコピコという音が響き渡る。
アクアは己のスマホを取り出して内容を確認し、理解すると共に目を見開いた。
「あんの馬鹿っ!」
「どうしたの、アクア?」
「あかねがこの台風の中出掛けたらしい」
「えっ、外に出ちゃったの!?」
届かないアイの声だったが、全員が心に抱いた所感は同じで、立ち上がるのは同時であった。
「ミヤコはレインコート取って来い! アクア、住所は分かるんだな!?」
「ナビに打ち込んでおく! 四谷さんも来てくれ!」
「はいっ!」
一刻を争う事態に躊躇いは無かった。
即座に全員がやるべきことを整理して外へと向かい、台風が支配する風雨の下を車で走り出す。
アクアはスマホを操作し続けているが、成果は芳しくなさそうだ。
「くそっ、繋がらない!」
「壱護、ここからどのくらいなの!?」
「渋谷なら早けりゃ20分もしないが、この天気じゃ速度を出すのも危険だ!」
安全運転を心掛けながら、可能な限り壱護はスピードを出していく。
「アクアさん、黒川さんはなんで外に?」
「そのまま信じるなら、飯を買いに行ったらしい」
「そうなると近くのコンビニあたりかしら?」
「住所から近くのを調べてみよう」
「とりあえず家まで向かうぞ!」
みこ、アクア、ミヤコの三人は只管に検索をかけ、ある程度当たりを付けた上でどう行動するかを話し合う。
「問題はどうやって見つけるかよね……」
「こんな日に外出する人はそうはいないが……」
「それは私に任せてください」
「何か手が?」
「手というより、多分見えると思うから」
吹き付ける雨で外の景色すらよく見えない。この暴風雨の中で目当ての人間を探し当てるのなんて無謀に近いだろう。普通に考えれば。
みこの言葉の裏の意味を察して、アクアは唾を飲み込む。
「そ、そんなにヤバいのが憑いてるのか?」
「……私とアイさんは、悪霊のレベルを四級から特級って呼んでるけど、今回は間違いなく特級までいってると思う」
つまり、最上級にヤバい悪霊であるということ。
本物の霊能者であるみこの言葉が、これほど恐ろしいだなんて。
無意識に鳥肌をさすりながら、ミヤコは緊張を隠せずに聞いた。
「アイさんなら、その特級をどうにか出来るんですか?」
「大丈夫です」
アイの力を誰よりも信じているみこは、断言する。
「アイさんなら、特級でも一撃で祓えますから」
「当然!」
「もう直ぐ着くぞ!」
「……ん? あれは……」
目的地近くに来たことでナビの案内が終了する。
見通しの悪い視界の先、あかねの家だと思われるその前にアクアは一人の女性を見つけた。
「メム!」
「アクたん!」
濡れることを厭わずに車を降りたアクアは、スマホを片耳に当てていたメムへ叫ぶように話しかけた。
「あかねは!?」
「まだ帰ってないって! どうしよう、もし何かあったら……」
「メムはここで待っててくれ! 俺らは近くのコンビニに行く! みんな、手筈通りだ!!」
飛び出たアクアにみこたちが続き、二人一組となって散開する。
みこが付いて来られる限界の速さで走るアクアに迷いは無い。既に道は頭に叩き込んでおり、最短ルートで近くのコンビニへと向かっていた。
不幸中の幸いのだったのは、大通りに出た瞬間に気付けたこと。
──怨
「「っ!!?」」
全身に悪寒が貫いたような圧倒的な悍ましい気配に、みことアイは揃って同じ方向を振り向いた。
禍々しい極黒の悪意が積み上がっている。遠くから見たそれは、燃え盛る真っ黒な炎に見えた。
「見つけたっ!!」
「何処だっ!!」
風雨に遮られた視界であっても感じる恐ろしいバケモノに、みこは指を突き付ける。
「あっちの歩道橋の上!!」
「くそっ!」
聞き届けるのと同時、アクアは全速力で駆け出す。最悪の想像をするには十分過ぎる状態に陥っている。
後を追おうとしたみこに対し、アイはその場に滞空した。
「ちょっと遠いけど、ここから決めるっ! みこちゃんは先に行ってて!」
「はいっ!」
走り出したみこは背後を振り返らない。
アイが決めると言ったのなら、信じるだけ。
両手を束ねたアイは、己の裡に秘めるオーラを集束させていく。
「"
「"
「"
「"
アイは悪巫山戯でこんな詠唱をしているわけではない。既に検証は終えているのだ。
アイは理解していた。オーラを操るにあたって最も重要なのはイメージだと。
イメージが強固であればあるほど、オーラは強く輝くと。
消滅させるべきバケモノは過去最大。
質は劣るがその巨大さは、吐き気を催すような邪悪な怨念──カミキヒカルのそれを上回る。
故に、全力を込める。
握り締めた拳の中に圧縮されたオーラは、出口を求めるようにバチチと微かに溢れる。
雷撃を思わせる極光。
スパークを放つそれを、アイは指先に乗せて眼前へと構えた。
「虚式「茈」」
紫の流星が、渋谷の街を疾り抜けた。
斉藤壱護
この度、苺プロに合流することになった。
アイが質問に答えられなかったことについては、逆にそれがアイらしいと思っていた。
復讐については、一旦保留となった。
みこに対してはとても感謝しているが、アイが暴れ回っている点は心から申し訳ないと思っている。