主役への憑依が素晴らしいものとは限らない 作:悪路
「多古場海浜公園、OFAを受け継ぐ体を鍛えるために主人公が使用した場所。不思議だね、確かにここでゴミ掃除した記憶はあるけど……自分のことのように思えない。笑えるね」
自嘲しようとした、ピクりとも頬は動かなかった。
おかしいな、さっきまでは笑えてたはずなんだけど。
「そろそろ、来る頃かな」
今からここに来るその人に出会って冷静で居られるかどうか、僕にはわからなかった。
きっと僕はある程度のところまでは彼に事情を打ち明けてしまうだろう。
全部は無理だろうな。
僕にそんな勇気はない。
「あ、もう来てたのかい緑谷少年。ついさっきメールしたんだけどね、こんなに早く来るとは思ってなかったよ」
彼が、来た。
No. 1ヒーローオールマイト、日本に於ける真の英雄、まさにその人がやってきたのだ。
大丈夫、覚悟はもうできている。
「丁度この近くにいたんだ。ゲーセンプラプラしてたけどさ、特に金使う気にもなれなかったし」
言えない、言える筈がない。
『神野でAFOを倒した翌日にオールマイトが多古場海浜公園に緑谷出久を呼ぶ』それを紙面の上から眺めていたから知っていたなんて言えるはずがない。
「緑谷少年、君に一つ聞きたいことがある。いいかな?」
「別に、何聞いてもいいよ。まあ、答えられる範囲なら」
その顔は神妙な面持ちで、その目はヒーローの目で、彼は僕に問いかけた。
「君は誰だ?」
ああ、もう気づかれちゃったのか。
案外早かったな、なんて他人事みたいな馬鹿げた思考と共に僕は立ち上がる。
さっきまでは浜に座っていて、砂を手で弄っていたんだ。
「誰?誰って?そんなの僕が一番聞きたいよ。ああでも、問いの意図を汲むのなら『僕は緑谷出久であって緑谷出久ではない』なんてややこしい答えでも言っとくか」
名前が、欠けているんだ。
つい数時間前にこの体に憑依してからというもの、前世で好きだった食べ物は思い出せても名前だけが思い出せないのだ。
家族との思い出はあるのに、名前に繋がる事象の一切を忘れてしまっている。
だから、僕はきっと誰でもない。
「まあ、安心してよ。変身の個性持ちだったりなんだったりってことはない。いや、むしろそっちの方が悲報か?」
黙っているオールマイトの方を見ながら、僕は一応の確認をしておく。
身体は、紛れもなく主人公である緑谷出久の物。脳も心臓も何もかも。
でも、意識だけは彼とは違う。
「なんならOFA使おうか?今の僕じゃ制御が効かなくて悲惨なことになる未来しか見えないけど」
本当ならさっき試すはずだった。
小指を使ってスマッシュを海に向かって撃つつもりだった、できなかった。
ギリギリまで準備をして、コンビニでで包帯を買って、それでも何もできなかった。
痛いのが嫌だ、なんていう安直で滑稽な理由で僕は躊躇ってしまったんだ。
自分のあまりの臆病さと惨めさに一頻り笑った後、僕は蹲ってただただ砂を弄っていた。
眺めた海は、綺麗だった。
「……私のヒーローとしての活動歴は長い、過酷な環境で生きていたヴィランに会ったこともある。様々な人間と接してきた」
オールマイトは目を伏せて語り始める。
「その中には複数の人格を持つ者もいた、それも突然二重の人格となった人間が」
なんだ、もうそこまで辿り着いていたのか。
「少年、まさか君は神野の後に生まれた人格なのか?」
「正解だよ、流石の洞察力だよオールマイトさん。でも、僕が偽物だとかは思わなかったの?」
実際には憑依してしまった別世界の人間なのだが、それは黙っておこう。
言う勇気も必要もない。
まあ、例え言わなきゃいけなくても『僕は貴方たちが創作のキャラクターである世界から来ました』なんて言えるほど僕は図太くないと思う。
白けた目で見られるだけだ、それに僕は耐えられない。
「偽物?」
「そう、AFOってやつは一昔前に恐れられた最恐のヴィランなんだろ?ヴィラン連合もそいつの部下だって話でしょ?変身系の個性を持つ部下がここに来たとは考えなかったの?」
「私がメールを送ったのは緑谷少年だ、ここにあの子が来なくてヴィランが来ているなんて状況はあり得ない」
「ま、そりゃそっか」
感じるんだ、僕の奥底で何かが眠っているのを。
それはきっと彼だ、緑谷出久の人格だ。
二重人格という言葉が恐らく正しい、今は僕が表に出てきているだけ。
ただそれだけ。
「ねぇオールマイトさん、僕はこれからどうすればいい?」
海を眺めながら、僕は彼の方を見ずにうわ言のように声を出す。
「僕は演技の天才でもなんでもない、少しすればみんな気づくさ。『あの子は緑谷出久じゃない』って。そしたらどうなるんだろね」
誰かに聞いて欲しかった、ただただ吐き出したかった。
この世界に来てからの不安、これからに対する恐怖、何もかもを。
「きっとみんな張り切っちゃうよ、二重人格という精神疾患を治してあの少年を取り戻すために」
オールマイトがどんな顔をしているのか、僕にはわからない。
もし呆れでもされたらどうしようかという恐怖から、僕は現実から目を逸らして大海原を見つめることしか出来なかったんだ。
「そしたら僕はどうなる?治ってしまった疾患はどうなるんだ?言っとくけど彼と僕の共存は不可能だ、
自分の名前も思い出せない、家族の事もうろ覚え、挙げ句の果てにこの世界に僕の味方は誰一人いない。
どうすればいいかなんて分からなくて、何もかもが嫌になって海を眺めていた。
「あぁそうさ!彼が戻ればそりゃ最良だよ!めでたしめでたしのハッピーエンド!僕という異物を排除して!それで終わりの完全王道ストーリー!」
瞳から流れ出す透明の液体が、頬を伝って落ちていくのを感じる。
そうだ、そうなんだ。
断片的に残る緑谷出久の記憶が僕に教えてくれている、彼は愛されていたんだってことを。
そんな彼を取り戻すために、きっとみんな手間も努力も惜しまないってわかってしまったんだ。
「……僕は最初言ってやるつもりだったんだ、『緑谷出久を取り戻すために精一杯頑張ります』って」
覚悟は決めていた、はずだった。
いざとなって揺らいでしまった、カケラほどの勇気は粉微塵に散ってしまった。
オールマイトは何も言わない、黙って僕の話を聞いているらしい。
「自己犠牲ってやつだよ。僕が死んで彼が戻る、それに全面的に協力した僕は惜しまれながら人格ごと消えていくんだ。最高だろ?」
本当にできるかどうかはわからないけど、どうやったら入れ替われるのかなんて知らないけど、それでもそう言うつもりだったんだ。
だって、そうでもしなければ誰も僕を肯定してくないってわかってるから。
僕もバカじゃない、彼らの大切な人間の体に住み着いた害虫がどう扱われるのかくらいはわかっている。
しかも単なる人格だ、疾患だ、病気なんだ。
とても一人の人間としては見てもらえないだろう。
だからせめて、彼らに肯定されながら消えたかった
でも、
「あぁ……クソッ」
生きたいって思ってしまったんだ。
「死にたくないよ……」
僕が何をしたんだ。
僕は何処にでもいる男子高校生だったはずだ、法に触れたわけでもなく人を殺したわけでもない。
それともこれが罪なのか?緑谷出久という少年に住み着いてしまったのが罪なのか?
僕はどうして────
「少年……」
「ごめんオールマイトさん、変なこと聞かせちゃって」
僕は苦しい笑みを浮かべながら彼の方を向く、そしてそのまま歩き出した。
いや、走り出した。
もう一瞬たりともこの場所にいたくはなかった。
「待つんだ!君は────」
「ごめんなさい」
振り向くことなく僕は街の方へと駆けて行った、彼の目を見ることができなかったんだ。
あんなこと言ったってどうしようもない、それは僕が一番わかっているのに。
後継者の体に巣食った蛆虫に何言われても迷惑なだけなのに。
走る、疾る、追いつかれないように。
現実から何から逃げ出して、惨めな僕はひたすらに走った。
─────────
ある程度走ると、そこは小さな公園だった。
ベンチに座って顔に付着した涙を拭う。
何をする気にもなれなくなって、僕は俯いて地面を眺めていた。
「お前……緑谷出久か?」
声がした、若い男の声だ。
誰かはわからなかったけど、見上げる気にもならずに僕は答えた。
「さぁね、見た目だけならそうなんじゃない?残念ながら中身は何処にでもいる劣等だけど」
「そうか……なぁ、この言葉を知っているか?」
「知らないんじゃない?どうでもいいや」
諦めの局地にたどり着き、受け答えさえも雑になってきた。
惨めで愚かな自分に、吐き気すら覚えた。
「─
「なっ!」
なぜ、なぜその言葉を知っているんだ。
それはこの世に存在雑誌、そのはずなのに。
「─
「死柄木……弔⁉︎」
そこにいたのは彼だった、ヴィラン連合の長であり先先代のOFA継承者の血統。
崩壊の個性を操り緑谷出久が歩むはずの物語のラスボスが、黒いフードを着てそこに立っていた。
「そして『僕のヒーローアカデミア』」
「アンタ……まさか……」
ニヤリと笑って彼はしゃがむ、そうして僕と目線が同じ高さになる。
「さっきのオールマイトとのやり取り、聞かせてもらったぜ。同じく俺もこのクソッタレな世界で生き延びたい」
その目は僕と違って真っ直ぐとしていて、確固たるナニカを見据えていた。
「お前さえ良ければ───」
彼は手を差し出す、五指に被せ物をした状態の手を。
五指で触れなければ発動しない崩壊の力を抑えた手を差し出したのだ。
「俺とコンビを組まないか?」