アロウズとカティ・マネキン率いる反連邦派、そしてソレスタルビーイングが繰り広げた激戦から二年近く。
数々の戦いを生き抜いてきたトルネ級戦艦『フォルトゥナ』に、新たなパイロットが配属されることになった。
誰が来るのかと色めき立つ乗員は少なくない。そのパイロットとやらがどれほどの実力を持つのか、という興味が多くのクルーの中にあった。
毎朝のミーティングは、食堂を兼ねたブリーフィングルームで行われる。各々が席に着き、マライア・ミルティ大佐が入ってくるのを待っていた。
「ニール、ニール、キョウハヘンダナ、ドウシタ、ドウシタ」
「こらこら、あんま動くなって。分解されちまうぜ?」
ころんころんと足の合間を縫って、黒い球体型のロボットが転がっていく。それを窘めながら、ニール・ディランディ大尉は頬杖をついた。
この一年で、フォルトゥナの乗員も大きく変わった。半数以上が退役、転属でいなくなり、残っている初期からの乗員は艦長兼戦術予報士のミルティ、整備士が一人、オペレーターの三人、操舵手と火器管制の二人。それからパイロットがニールと──
「おはよう、ニール」
「おはようございます、ニールさん」
ゼルデことグリシルデ・シュミット中尉と、メリル・E=ヴィーチャ准尉の二人。ニールは対面に座る銀髪の少女と仮面の青年にひらひらと手を振る。
「二人ともおはようさん。今日は新しくパイロットが来るんだってな」
「みたいね」
ゼルデが手を振り返して、メリルは顔の大部分を隠す仮面の下で笑い会釈をする。
この一年間、フォルトゥナのパイロットはニール、ゼルデ、メリルを除くと三人。新型機のテストという機密を抱えている性質上、人員は変わらない。補充要員として異動されたことはあるが、増員されたのは初めてに近い事だった。正確に言えば、メリルだけは先の決戦のおりに配属されている。そして、死亡して搭乗者のいなくなったテロスのパイロットして、旧司令派の無力化に大きく貢献したのだが。
「しかも、新型引っさげてくるって聞いたわよ。どれだけ凄いのよ」
「新型ぁ? そりゃまた大物だな。どっから聞いた?」
「整備士たちが噂してたんだよ。ロッカーまでメットも取らない無礼者だって」
「先が思いやられるなぁ」
「ほんとよ。まあ常に仮面つけてるメリルもだけどー」
「それを言われると痛いぜ?」
メリルは呆れたようにケラケラと笑って言う。とは言っても彼の仮面は、顔の大きな傷を隠すため、全面を覆う金属製のもので表情は見えない。グリーンの瞳が隙間から覗くだけであり、だからこそ彼は身振り手振りを交え、よく笑う。
会話が途切れ、その『新入り』とやらに思いを馳せた時──いつもの様に情報端末を携えたミルティが部屋に入ってきた。
「おはようございます。全員揃っているようですわね。では、ブリーフィングを始めることに致しましょう」
いつも通りの言葉と共に、ミルティが微笑んだ。しかしその先に続くのは普段と異なる「今日から新しいクルーが配属されましたわ」という声。
「お入りなさいな」
開いたままの扉から、薄い青の制服を着用した一人の男が入ってくる。メリルと変わらぬであろう百八十センチ弱の背丈のパイロットは、前に立つと引き締まった所作で敬礼した。
「──な、」
「本日より着任致しました、アレーティア・ヴェリタス中尉です。気軽にティアと呼んでください」
襟元を刈り上げた紫色の髪と、赤い瞳。
微笑みを描く、薄い唇。
見間違えるはずもなく、ミルティ以外のこの場にいた全員が言葉を失った。
「……えっと、ボク、何か変なことを言ったかな」
なぜなら──そのカラーリングは、その顔は、わずかな差異はあるものの。紛れもなくかつてこのフォルトゥナで、ガラテアに乗っていたアッシュ・グレイ准尉そのものだったのだから。
堪えきれなかったのだろう、ゼルデがバンッ! と机を叩いた。
「アッシュ……あんた……なんで!」
顔に出すか出さないかの違いはあれど、この場の誰もが思っている事だった。そしてゼルデは、アッシュ・グレイはあの戦いで死亡しているのを、その目で見ているのだ。
「わた……っ、たしは、私は、あんた……!」
「お止めなさい、シュミット中尉。いくら階級が同じからといって、ヴェリタス中尉にもグレイ准尉にも失礼ですわ」
死んだんじゃ、と続くゼルデの言葉をミルティは遮った。それはつまり、彼がアッシュと別人だと示しているわけで。
「ヴェリタス中尉、部下が大変失礼致しました。改めてブリーフィングを始めますから、お好きな席に座ってくださいまし」
「分かりました」
彼女に従って、アレーティア──ティアが室内を見渡し歩き出す。幸か不幸か、ニールたちが座る席の周囲は空いていた。
彼がこちらにやって来て、腰を下ろすまでを目で追ってしまう。ちらちらとティアを見ていると、バチコーン! と音がしそうなウインクが飛んできて、メリルは眉をひそめ、ゼルデは目を逸らした。
ニールはというと、ティエリアとリジェネという前例のおかげだろうか。驚きはしたものの既に『別人』として割り切れているようで、普段の表情に戻っていた。
「何だい、あの反応は昔居た仲間に似てたからだったのか? 中佐も、そういうことなら言ってくれてもいいだろう」
傷つくな、と大袈裟な反応を示してティアは首を振った。
「似てる所の騒ぎじゃないな。ま、それだけ大事な仲間だったってことだ。許してやってくれよ」
「そこまで気にはしてないですよ。あのディランディ大尉直々に謝罪までされては余計に」
「『あの』と言われるほどのことはないと思うぞ。俺のことは、ニールでいい。それに敬語もナシだ。俺たちは戦場で背中を預ける仲間になるからな」
「隻眼のディランディ大尉と言えば、軍の中でも有名だよ。オーライ、ボクのこともティアと呼んでくれ。よろしく、ニール」
それで、今から案内してくれるんだって? と尋ねられ、ニールを含めた三人は揃って頷いた。
「……で、最後にここがブリーフィングルーム兼食堂。毎朝の集合は基本ここだから、遅刻は厳禁な」
「了解了解。ニールもゼルデちゃんもエイヴくんも、案内してくれてありがとう」
「いえ。私たちの仕事でもありますから」
「こーら、また敬語になってる。タメでいいと言っているだろう。ましてや階級一緒なんだから」
「はい……じゃなかった、わかったわ、ティア」
ぽんぽん、とフレンドリーにゼルデの肩を叩いたティアは「お礼に飲み物でも奢るよ」と言って設置されている自販機に紙幣を入れた。
「この後、ノーフォークに着くまでは自由なんだっけ?」
旧ユニオン領、バージニア州の海軍基地。フォルトゥナは補給と休息を兼ね、そこへ向かう事になっていた。一年ほど前に、合同演習のため寄港して以来である。
「そうだな、大体一時間ってとこか。何も無ければ……だがな」
「怖いことを言うね、キミは。じゃあ、どれでも好きなものを押してくれたまえ」
ゼルデとメリルが丁寧に頭を下げ、ティアの言葉に甘えて飲み物をチョイスする。ゼルデがアイスココアを、メリルはコーヒーを。
遠慮するようにニールは席に着こうとするが、当然ながらティアに肩を掴まれた。
「どうしたんだい、遠慮はいらないよ?」
「……俺はいい。それに、年下に奢られるってのは何とも……」
「そんな事を気にしているのかい? 言うほど年下じゃあないと思うよ。二十九。二歳だけだぞ?」
「二十九!? てっきり二十代前半だと……」
「そんなことより選んだ選んだ。選ばないならボクが選んでしまうぞ、っと」
「ちょ、まっ──」
待て、と言うより先に、ティアの細い指が自販機のボタンを押した。機械音とともに飲み物の注がれたカップが出てきて、ニールに差し出される。
「ボクはコーヒーが飲めないんだ。ニールにあげよう」
……多少強引なやり方に流されて、結局ニールはそれを受け取ってしまったのであった。
一方でティアはというとミルクティーを選んでいて、思わずまた二人はそれを目で追ってしまう。アッシュは無糖の紅茶だったな、と考えた後に、容姿は似ているが、口調や纏う雰囲気だけでなく、嗜好も全く違う別人なのだと痛感させられる。気づいているのか居ないのか、慣れた動作で彼は紅茶の入った紙コップを取り椅子に座った。
「……どうしたんだい?」
「安心、してるの」
「安心?」
「貴方が、アッシュと別人ってことがちゃんとわかって。ごめんなさい、……こんな失礼なことを言って。多分私はどこかで、アッシュとの共通点を探していたんだわ」
そう言って頭を下げるゼルデに対し、「そう気にすることでもないさ」とティアは言った。
「なあティア、ちょっと聞きたいことあるんだけどいいか?」
「ん?」
「お前さんの経歴とか? あと、連れてきた新型のこととかも気になるだろ」
「オーケイ、オーケイ。そんなコトでいいなら幾らでも話そう」
「オハナシ、オハナシ」
アッシュともマテリアとも違う男前な笑顔を見せてティアは笑い、それから、砂糖多めのミルクティーを一口飲むと口を開いた。
「ボクの経歴についてだが、説明が一言で終わるよ? 士官卒と同時にAEUの諜報部隊に迎えられて、六年間そこに居た。で、今はここに配属されてるってワケ」
そう言って、ウインクをするのがやけに様になっている。
「諜報機関ってことは、モビルスーツには乗らないんだろ? それがどうしてパイロットに?」
「諜報機関に属してたのはボクのハッキングの技術を見込んでのことでね。でもってそれを生かせる機体だった──ってのと、単純に機関から出るコトになったから。タイミングがピッタリだったんだ」
ティアはなんでもない事のように言ったが、その言葉だけで三人には察することが出来てしまった。
ハッキングの技術。新型のモビルスーツ。アッシュらと同じ顔。それらが意味することを。
「GNZ-0021T『ガルエラ』って言うんだけどね。その前の機体はガラテアって名前らしい。それのレポートを元に作られたのがこいつで……たしか、パイロットはグレイとかなんとか……って、待って。 グレイってまさかそのアッシュってヤツのことだったりする?」
ティアが彼の苗字を知る機会はニールが覚えている限りで一度、ミルティがゼルデを窘めた時だけだ。それで覚えているのは記憶力が良いからであろう。
「あいつのフルネームはアッシュ・グレイ。お前さんの察する通り、ガラテアのパイロットだった」
「なんか、色々イヤな偶然だね……。ボクがニールの乗ってた機体と同じ名前だってくらい」
「知っててスルーしてたのかよ」
「その方が面白い反応が見られると思って? 実際結構有名だったさ。ガンダムを相手してる以外にも、射撃戦仕様のアヘッドでデカいライフル背負って暴れてた話とか、射撃訓練で最高難易度一発クリアしたとか」
カラカラと笑うティアは本気で面白がっているようだ。「ボクでも情報処理と爆発物処理取ったくらいしかないのに」と言ったティアに、「あんた……」とメリルが驚愕したように視線を向けた。
「今まで忘れてたけど、もしかしてアレーティア・エンディかよっ?」
「はぁ? その名前知ってるってことは、もしかしてミュンヘンの士官卒?」
「ちょっと待ってくれ。どういうことだ?」
突然降って湧いたエンディという苗字と話題に、ついてこれなかったニールが尋ねた。ゼルデも分かっていないようで首を傾げている。どうやら、二人と同じ学校の出身のようだが……。
「アッシュが士官学校で三年間首席だったってことはご存知ですよね?」
「何回か聞いたな。それで?」
「あいつシミュレーションの最高記録、めちゃくちゃ塗り替えてるんですよ。その中で更新できなくて唯一悔しがってた情報処理で、記録保持者がアレーティア・エンディって人なんだけど……」
「そこまでは知らなかったな。それがティアなのか?」
「エンディは旧姓。結婚して婿養子になったんだ。あの記録、まだ続いてるんだね。嬉しいなぁ」
ヒュウ、とティアは口笛を吹いた。
モビルスーツを使った模擬戦、組み手、射撃といった合計五十を超える戦闘シミュレーションでの優秀さを記した記録。向上心を高めるためゼルデらの通う士官学校に導入されたシステムだったが、個人での記録のうち半分以上を塗り替えたのがアッシュ・グレイだった。
その他にもスリーマンセルで行うシミュレーションもあって、アレーティア・エンディという人物はそこにも名を残している。実に数多く、両手では足りない程。伝説、と言っても過言ではないだろう。
二年生に上がり、同じチームになったゼルデらの目標は、それらのスコアを塗り替えることであった。
「アッシュの奴、絶対に勝ってやるって頑張ってたんだよな。すげー悔しがってた」
「へえ。あのアッシュが」
「そうそう。ってかあんただって障害物回避のシミュ抜けなくて泣いてたじゃないエイヴ」
からかうようなゼルデの言葉に、顔を真っ赤にしメリルは慌てふためく。
「な、おい、ばらすなよ!」
「自分はそんな事ありませんみたいな顔してるエイヴが悪いじゃない」
「お、お前……」
あー、反応が面白い。からかい甲斐があるねぇ。メリルを見ながら思ったその時、ニールと目が合う。笑いを堪えているようで、大方感想は似ているのか。
恨めしげにゼルデを見ているメリルは、ふと思い出したらしく引き攣った顔のまま言った。
「ばらすと言えばさ、ゼルデだって昔身体測定で──」
「タンマーーーーっ!」
ゼルデは対面に座るニールが驚くほどの声量でメリルの言葉を遮った。
「ねーえ、メリル。その事は誰にも言わないって私と約束しなかったっけ?」
「ゼルダがその気なら俺だってばらしてやる」
仲がいいのか悪いのか、恋人同士であるはずの二人の間に火花が散った──ように二人は錯覚した。
「……アッシュに泣きついた件、全部暴露してやるわよ」
「一年の時の大立ち回りでどうだ」
「ちょっと、エイヴ! それって酷くないかしらっ?」
「お前もだろ!」
二人のやり取りを見ていると、自分が砂糖の蜂蜜掛けを食べたような気分になってきた。ニールは苦笑して彼らを窘める。
「お前さんら、いい加減にしねえか?」
一方でティアは「惚気けるねぇ」などと大笑いしており収拾がつかない。よく分からぬタイトルを列挙している二人に、やむを得ないと考えたニールは落ち着いた声音で告げた。
「お二人さん、そんなに過去を暴露したいなら」
──入隊から今日までにおける、俺が知る限りのやらかしを纏めてフォルトゥナに放送してやるぜ?
困ったような笑みを浮かべている彼に、二人が慌てたように取り繕った。残念ながら、ゼルデにもメリルにも、ニールに対抗するための弱味は握られていない。
「や、やだなぁニールさん。冗談じゃないですかなぁゼルデ」
「そ、そうですよっ。だ、だから言わないで……?」
尻窄みになるゼルデに、ハロが「ゼルデ、エイヴ、ワルイコ、ワルイコ」と転がりながら揶揄する。
「ンー、キミらの力関係がわかるね?」
ティアはまだ笑いが止められぬようで、腹を抱え、震えながら言った。
「力関係って、そんな大層なもんはねえさ」
「ちゃんと部下のこと止められてるんだろう? イイ上官に出会えてラッキーだ。というか、ホントに仲良いんだなあの二人」
ニールとティアは同時に肩を竦めた。
「昔っから両片思いだったみたいだけどな。一年前くらいに漸くくっ付いた……って感じ」
「イイね、甘酸っぱくて青春ってカンジがするよ」
二人が会話するその少し先で、ゼルデとメリルは自分たちには向けられたこともないような表情で会話をしていた。
カスタムアヘッド操って暴れる兄貴、書いてみたいなぁ。