便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
「ふぅ……事務仕事担当の私には少々、キツイ労働だな」
「疲れたなら私が背負おうか?」
「いいや、その提案は有り難いが運動不足のこの身を鍛え直すには良い機会だと思っておくよ」
キヴォトスに生きる者であるカヨコ課長であれば、私を背負っても問題なく動ける事は確約されているが、157cmと少なくとも180cm以上はある私では、絵面があまりにも終わっている。
「なにそれ……男の意地ってやつ?バイステンダーにもそういうのあったんだ」
「そうではないのだが……いや、そういう事にしておこう。そう、これは私の意地だククッ」
「相変わらず不思議なところで笑うね」
クスリと小さく笑うカヨコ課長と共に少し前を歩く三人から、離れ過ぎない様に歩きながら周囲を観察しているのだが、事前に調べた通りアビドスという場所の砂漠化はかなり深刻な様だ。
此処にくるまでの道中に誰にも使われなくなり、砂に沈んだ線路と列車の成れの果てや、ゴーストタウンと化した街並み……はっきり言ってあと数年もあれば完全に人が住む様な場所ではなくなるだろう。
「……いずれ、忘れ去られ風化し誰も覚えている者が居なくなるであろう街を、何故、彼女らは必死に守ろうとするのだろうか」
既にまともに機能せず、借金を返したとしてもこの有り様では舞い戻ってくる人間など居ないだろうに……私には到底、理解の出来ない行為ではあるが故に、私が持ち得ない新たな見地を得るチャンスかもしれないな。
「あ、ありました!六百円以下のメニュー!」
「おぉ、砂漠に落ちた涙を見つけたらしいな」
「……やっぱり疲れてる?バイステンダー」
「……否定はしない」
さて、どんな店だろうか……ラーメン屋柴関……ふむ、漂ってくる香りはとても美味しそうだから、一安心と言ったところか。
「えへへっ、やっと見つかった、六百円以下のメニュー!」
「ふふふ。ほら、何事にも解決策はあるのよ。全部想定内だわ」
「そ、そうでしたか、さすがは社長、何でもご存知ですね……」
「はぁ……」
やれやれ、全くの調子の良い態度を……ん?なにやら視線が……あぁ、その純白な制服、なるほど、貴方が『先生』か──それに彼の向かい側に座っている桃色の髪の生徒から感じられる殺気にも似た強い神秘、彼女が小鳥遊ホシノと見て間違いはないな。
「……ククッ」
便利屋の面々には気づかれない様に先生にだけ見える形で人差し指を立てて、そっと自分の唇に触れると、それを見た『先生』は首を横に傾げる……なるほど、単に入って来た客が気になったから視線を向け、キヴォトスでは珍しい男であったから見ていただけという辺りかね。
まだ、ゲマトリアに関しては無知と……であればこちらから接触する理由はない。
歩みを進め、案内された席に座る、ちなみに席順はカヨコ課長とハルカさんが隣り合う様に座り、その向かい側に何故か私を中央に右をアル社長、左をムツキ室長という形だ。
「私は端っこで構わないのだが……」
「ダメダメ、鷹さんは一番か弱いんだから、私達に挟まれてないと。ねー、アルちゃん」
「そうね。社員を守るのも立派な社長の役目よ。だから、安心して座っていなさい」
「キメ顔の所申し訳ないが、それを言うなら食費ぐらいは残しておいて欲しかったのだがね?私もすぐに金を作れるほどの錬金術師ではないのだから」
「うぐっ……ふふふ、でもこうして食事にありつけているのだから万事解決よ」
「……たった一杯しかないじゃん。せめて、人数分は頼める様にしようよ」
「忘れてたんでしょアルちゃん?」
「……ふふふ」
お、取り敢えず悪そうな顔して意味深に笑っておけばどうにかなると思っているアル社長必殺技の笑いだ。
実際、便利屋の面々はこういう事態に慣れているし、その上で好き好んで彼女と一緒に居るのだから、こうして格好つけて笑っているだけで……ほら、カヨコ課長が諦めのため息を吐いて切り替えている。
「……確かに今回の相手はヘルメット団みたいなザコには、到底、手に負えない相手だろうけど残ってた資金を使い込んでまで、人を雇うほど厄介な相手なの?アビ「ンンッ」……どうしたの?バイステンダー」
「壁に耳あり、障子に目ありだ。カヨコ課長」
連邦捜査部シャーレの先生がこの場にいるという事は、小鳥遊ホシノ以外にも居た者達もアビドスの生徒である事に間違いはないだろう。
この様な状況で、自らがアビドスに敵対する者達であると宣言する愚を犯す必要性は一切ない。
「……で、どうなの?」
察してくれてありがとうカヨコ課長。
「それは……」
「少なくとも数回の襲撃には耐えうる程の連中なのは確かだ。契約の時にそう話をされたのだろ?」
「そうね!だからこそ、万全の準備を尽くす意味があったのよ」
全く……助け船を出さなくても自分で解決して欲しいものだ。
そんな感じで話をしていると、私が席に座る前に既に注文していたラーメンが届いたのだが……
「……多いな?」
明らかに並の大きさを超えているどころかこれは、大盛りを通り越し特盛……いや、タワー盛りと言った方がしっくりくるか?
何処からどう見ても六百円とは思えない量のラーメンが目の前に鎮座している光景に、全員が呆気に取られる。
「こ、これはオーダーミスなのでは?こんなの食べるお金、ありませんよう……」
「いやいや、これで合ってますって。五百八十円の柴関ラーメン並!ですよね、大将?」
「ああ、ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ。気にしないでくれ」
「ククッ!これをちょっとと言うか……ククッ」
人が善い或いは、単なるお人好しか……なんであれ、このラーメンに使っている材料費を考えれば元を取れる訳がない、店からすれば圧倒的に損でしかないというのに、店員から店主まで揃って笑顔とはな、全くもって理解不能な展開だが面白い。
「えっと……兎に角!大将もああ言ってるので、遠慮しないで!それじゃ、ごゆっくりどうぞー!っと、忘れてた。これ、取り皿です!」
「ククッ、ありがとう」
女性陣が手を付けているものに、私が手を付けるのも少々、アレだと思っていたが用意してくれるとはな。
では、失礼して先にある程度貰ってと……ふむ、まぁ、少なめだが私はさほど量を食べなくても問題ないし、良しとしよう。
「「「「「いただきます」」」」」
スープを絡めて一口啜った瞬間に、思わず口元に笑みが浮かんだのを自覚するほどの旨みが一気に口内を駆け抜ける。
基本は醤油ベースなのだろう、まろやかな口当たりでありながらしつこさを感じない旨味のあるコクとストレートな細麺が良く絡み、スルスルと啜れる喉越しの良さとスープによく合う適度な弾力がまたこのラーメンの美味しさを引き立てる。
全体的に優しい味付けかと思えば、チャーシューはこれまでの要素に反乱する様に、濃い味に漬けられており、脂身の少ない肉肉しい味わいが味の変化を齎し、再び、ラーメンへと手を伸ばしたくなる衝動を掻き立て……気が付けば、私は無心でラーメンを食べていた。
「……美味いな。このラーメン」
“良い食べっぷりだったね”
「あぁ……これはとても美味いラーメン……む?」
“やぁ”
……どれだけ私は真剣に食べていたのだろうな?
気が付けば、アビドスの生徒達がアル社長と会話をしているし、私の向かい側にはいつの間にか先生が座って、優しげな人の善い笑顔を浮かべていた。
「……何か用かね?」
“そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。生徒達が話を始めちゃって手持ち無沙汰だからさ”
「なるほど。確かにイマドキの賑やかさに付いていくのは、中々に難しいだろうな」
“うん。でも、笑顔なのは良い事だと私は思うよ。貴方もそうでしょ?”
……何故、確定系なのかを問い詰めたいところではあるが、目の前のこの男にそれを問いただした所でのほほんっとした空気のまま受け流され、有耶無耶になるのがありありと想像できる。
「まぁ、暗い表情よりは豊かで私好みの反応ではあるとも」
絶望に染まった表情など見飽きていると言っても過言ではないしな……何故、その様に嬉しそうに笑う先生?
何か勘違いをしている様だが、私は別に其方の方が好みと言っただけで、サンプルとして暗い表情を見ても何も思わない側の存在だぞ……まぁ、敢えて口に出す様なものではないが。
“良かった。貴方の彼女らを見る目はとても楽しそうだったからそうだと思っていたよ”
「……ククッ、そういう貴方こそかなりのお人好しに見えるがね?」
“そうかな?”
「自覚無し……いや、既に在り方を定めていると言うべきか」
「ふぅ、ご馳走様!それじゃあ、私達は仕事があるからもう行くわね」
おっと、どうやら楽しい話し合いの時間は終わりの様だ。
先生へと頭を下げ、最後尾を歩いてラーメン屋柴関を出る……最後の瞬間まで、小鳥遊ホシノに見られていたがアレは便利屋というより、大人の私に対する敵対心の様なものからくる警戒だろうな。
「ふぅ、良い人達だったわね」
「「……」」
「ククッ……あまりに期待通りの反応だな」
「……社長、あの子達の制服気が付いた?」
「えっ?制服?何が?」
ポカンと間抜けな表情を浮かべるアル社長に笑みがそろそろ隠せなくなってくる。
本当に少しくらいは、他人を疑うというか観察眼を養うべきだな社長は。
「アビドスだよ、あいつら」
3……2……1……ぼん!
「なななな、なんですってーー!!!???」
「ククッ、ハハハハハ!!完璧なリアクションだな!」
先生とバイステンダーの二人、勝手に手を奪って話し合うからびっくりだぁ……
感想待ってるぜ!!