便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア   作:マスターBT

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筆が乗った


ベアトリーチェ

「ガァァァァァ!!」

 

 己の獣性を極限まで引き上げたベアトリーチェの理性なき咆哮が空気を震わすのと同時に、音を置き去りにした衝撃波が駆け抜けると二丁のショットガンを構えるセラの眼前へと瞬きすら許さない一瞬で肉薄し、鋭く伸びたかつては美しく手入れしていたのであろう爪をセラの首筋目掛けて振るう。

 

「ふん」

 

 鋼鉄すらも穿つであろう一撃は擬似シッテムの箱の恩恵を受け神秘が増大しているセラのソードオフショットガンを刺し貫く事は出来ず、獣の優れた膂力は最も容易く柔らかな肘の吸収力と軸をズラす動きによって受け流されてしまい僅かな火花の後に、ベアトリーチェの顔面にはフルオートショットガンが叩き込まれる。

 

「ガァァァァァ!?」

 

「其方の『私』よ。今この場に居るという事は『アトラ・ハシースの箱舟』はお前が扱っているものではないのだろう。何故、お前の様な男がわざわざ出向いているのか教えてくれるかね?」

 

 ダメージは少ないものの怯んだベアトリーチェを無視し、『バイステンダー』へと問い掛けるセラは一瞥もベアトリーチェに向ける事なくマガジンをリロードする。

 

『ククッ、君達の世界を征服するためでは不服かね?』

 

「あぁ不服だとも。というよりは──その様な欲が私にあるとは思えんな」

 

 リロードを終えたセラは苛立ちと共に向けられる七つの尾を避け、引き戻される一本を掴み取るとその勢いを利用しベアトリーチェの頭上に位置取り、コイン弾丸の雨を降らせる。

 降り注ぐコインの弾丸は獣と化したベアトリーチェの皮膚を貫くには足りないが、込められた神秘により地面に当たってもなお勢いが消えぬ事で跳弾し、ベアトリーチェへと再度ぶつかる事で外側よりも内側にダメージを蓄積させていく。

 

「バイステンダーァァァァア!!」

 

「っと、そもそも本当にこの世界を征服するつもりなら『バベルの図書館』で収容した生徒を惜しみなく使えば良い。だが、お前はまるで生徒の未練を晴らすかの様に使うだけでまともな戦力として使うつもりが微塵もないではないか。その様な状態で征服だと?ククッ、笑わせてくれるな」

 

 尻尾から手を離し、体操選手の様なクルクルとした動きで背後に着地したセラはフルオートショットガンをベアトリーチェの背中に叩き込み、ついでと言わんばかりに弾薬がたっぷりと詰まったマガジンを放り投げ、コインショットガンで撃ち抜く事で至近距離で暴発させる。

 

『……何が言いたいのかね生徒となった私よ』

 

「ククッ、此処で答えられぬ様では私の問いが間違っていないと言ってる様なものだが、まぁ良かろう。はっきりと言ってしまえばやる気を感じないのだよ。悪役を気取る素振りはあるが手緩い。であれば、他の目的があると推察するのは当然であろう?」

 

「ガァァァァァ!!」

 

 背中から血を流しながらも怯む事なく、振り返ったベアトリーチェの顎がギラギラとした輝きをもって迫るがやはりと言うべきかセラは一度たりともそこに視線は向けずに後ろへと飛び退き攻撃を避ける。

 今のセラは未来視が使えない状態ではあるが、黒服が擬似シッテムの箱を用いる事で未来視の代用を行なってくれている為出来る芸当ではあるのだがそれにしたって黒服を信用していなければ出来ない動きだ。

 

「クックック……これが『先生』の視点の一つですか。クックックッ!」

 

 控えめに言っても黒服のテンションは高い。

 興味深く、未だに謎が尽きることのない『先生』が普段見ている世界の一部を体験しているのだからそれも当然ではあるのだが、自身の命を賭けているセラからすればほんの少しだけ冷静になって欲しいという思いはある。

 だが、この『先生』に対する異常とも呼べるテンションの高さこそセラが黒服を見込んだ理由の一つでもある為、それを口に出す事はない。

 

『……全てはプレナパテスの結末を見届ける為だ。ただ一人、背負わなくて良い業を背負ってまで為すべきを為そうとするあの男の結末をな』

 

「プレナパテス……それは人の顔の様な仮面を付けた男か?」

 

『何処でそれを?』

 

「お前が私の未来視を封じる直前、最後の未来視の終わり際に何を語る訳でもなく現れたのだよ」

 

『……プレナパテス。貴方という人は何処までも……』

 

 向けられるべきではない優しさに言葉を手向けようとする『バイステンダー』であったが、セラの欲する答えにも届き得るその言葉よりも先に空間を揺るがす獣の咆哮が響き渡る──即ち、ベアトリーチェの怒りだ。

 

「ガァァァァァ!!」

 

「……喧しいぞベアトリーチェ」

 

 僅かな苛立ちと共に漸くベアトリーチェに青い瞳が向けられるが、そこに込められた感情は敵意でも怨敵に対する殺意でもない、ただ欲する答えを前に叫ばれたことに対するただの意味なき怒り。

 そんなものはベアトリーチェは望んでいない。

 ベアトリーチェは獣に堕ちてもなお、自らの計画を掻き乱したバイステンダーに対する強い怒りと殺意を宿し続けているというのに、当のバイステンダーは単なる敵の一人、有象無象と変わりない感情しか向けてこない。

 

 それが堪らなくベアトリーチェには許せなかった!!認められなかった!!

 

 カイザーコーポレーションで出会った時はまだ、呆れを多分に含んではいたもののベアトリーチェという個に向けた感情が明確に存在しており、生き抜くという意志の手折り、絶望を味わせる事で自分と同じ地獄に堕とす意味があった。

 しかし、今はもうセラの中ではベアトリーチェに勝つのは当然で彼女個人の結末よりも、異なる世界からやって来た己の真意を聞き出す方が重要という態度を一欠片も崩そうとしない──復讐したいと願う相手が自分を見ていない、その事実がベアトリーチェを更に怒りの底へと沈める。

 

「ワタくしは、アナタをコロス!!ソノタメニ!!」

 

 まともな人である事すら捨てたというのに──そう慟哭するベアトリーチェをセラは全くの無表情で見つめ、七つの尾全てを束ねて突き出された一撃を持ち得る神秘の攻撃性を高めた二丁のショットガン同時撃ちで粉砕する。

 

「ギィィィィアァァァァ!?!?!?」

 

 ステンドグラスの様に砕け散る七つの尾に悲鳴をあげるベアトリーチェ。

 

「……ベアトリーチェ。私はお前が嫌いだ。会議の時にお前から漂ってくる醜さを取り繕った香水の匂いに何度、苛ついた事か分からん」

 

 尻尾からくる激痛に怯むを通り越し、本能的に怯えセラから距離を取ろうとするベアトリーチェの哀れな姿にもはや憐憫を覚えながらもセラはコインを一枚一枚丁寧にリロードしながら距離を詰めていく。

 これが今生の別れとなるのだから少しくらいは素直になるかと考えながら。

 

「キヴォトスで物語を愛する様になってからは、益々お前のやり方が受け入れなくなった。まぁ、今まで散々幾つもの結末を見殺しにしてきた私が言える事ではないがね。故に我らはあの場で袂を分かつ事になったのは必然であったのだろうよ」

 

 最後のコインが入れ終わる。

 カチャリと銃口を向けた先にいるベアトリーチェはかつての優雅さも、美しさもそして何事があろうとも己の目的を果たさんとする意志の強さも何も無くした哀れな獣だと改めてセラは思う。

 

「だがまぁ、私の未来視を機能不全にさせるぐらいには手の込んだ作戦立案とそれを仕上げる程の野望の強さは気に入らんが認めていたよベアトリーチェ。だからだろうな……今のお前は見るに堪えん」

 

 舞台装置に成り下がろうとも、それでもと足掻くベアトリーチェの意志の強さが獣へと導いたのかもしれないが、届かぬ遥か高みへと必死に手を伸ばさんとする姿勢だけは唯一、セラが認めても良いと思っていたベアトリーチェの強さだった。

 それが今や失われ、崇高でもなんでもないその気になれば容易く手が届くであろう己への復讐なんぞに命すらも費やす今のベアトリーチェは本当にセラにとっては無価値な存在で失望しきっていた。

 

「だからまぁ……これで終わりだ。せめて安らかに死ぬが──「……認めませんよ」──ほぅ?」

 

『なに?ベアトリーチェの本が熱を……いやこれは……!?』

 

 獣らしくない流暢な言葉にセラの引き金を絞る指が止まり、『バイステンダー』が驚愕にその目を見開く。

 獣と成り果てていたベアトリーチェの姿が少しずつだが、人であった頃の姿へと巻き戻っていくという『バイステンダー』からすればあり得ない光景と共に彼の手にあったベアトリーチェの本の熱が高温へとなっていき、やがて自然発火を始める。

 

『此方のベアトリーチェの残滓と、獣の因子で魂を塗り潰したというのに再び戻ると言うのか?』

 

 ベアトリーチェは許せなかった……セラではなく、『バイステンダー』でもない。

 ならば誰か?──自分自身だ。

 あぁ……認めようとも己が復讐心に駆られ、死の淵を彷徨っていたところを拾われ混ぜ物にされていたことを。

 

──だからこそ、ベアトリーチェは怒る、よりにもよってセラにバイステンダーであった少女に失望と憐憫を抱かれるという下らぬ己自身に──

 

「認めません。私が貴方に失望する事はあっても逆はあり得ません。えぇ……私はベアトリーチェ!!崇高を手にし更なる位階へと駆け上る資格を持つ者!!貶まされるなどあってはならないのです!!」

 

 傲慢或いは慢心此処に極まれり己こそが至上の存在だと驕り昂る──その在り方は時として嘲笑の的にされる事はあれども、セラが唯一認めるベアトリーチェの強さの本質であった。

 

「ククッ、であればどうする?既に獣の力などないお前に私を倒せる手段があるのかね?」

 

 人として三度、立ち上がったベアトリーチェをセラの青い瞳が楽しげに射抜く。

 変わらず銃口は向けられたままである為、もはやただのゲマトリアとしての肉体しか有していないベアトリーチェではこの状況を覆すのは難しいだろう──しかし、彼女は優雅に扇子を取り出し在し日の様に微笑む。

 

「早撃ち勝負と行きましょうかセラ。私に残った微かな崇高の力で貴女を撃ちます」

 

「ほぅ。良いだろう」

 

 そう言うや早く、両者に殺気が立ち昇るとセラのショットガンが、ベアトリーチェの扇子を持つ手とは逆の指から光線が放たれる互いを撃ち抜く──カランっと音を立てて落ちたのはベアトリーチェの扇子であった。

 

「カッ……ハッ……やはり、あの程度の力では……貴女の神秘を貫けませんか……」

 

 口から血が溢れると共に、彼女の腹からは夥しい量の血が流れ落ちる。

 この結末になる事など、分かりきっていたのであろうベアトリーチェはそれでも憎々しげにセラを睨み付けるがセラの何処までも楽しげな顔を見てその敵意すらも呆れへと変わってしまった。

 

「速度という意味では光線であるお前の勝ちだなベアトリーチェ」

 

「ふっ、ははは……貴女を殺せていないのなら不必要ですよそんな勝利は……」

 

「ククッ、先に早撃ちと言ったのはお前だと言うのに」

 

 ベアトリーチェの肉体が崩れていく。

 契約による維持も、『バイステンダー』という杭も無くした今、彼女はもうその肉体を維持する事は出来ずその存在がキヴォトスから消えようとしているというのに彼女は膝を突かない。

 

「私は……貴方が嫌いです……何よりも誰も映そうとしないその目が嫌いだった……だって、そうでしょう?私こそが至上だと言うのに……」

 

「呆れるほどの傲慢だな」

 

「……セラ。貴女がキヴォトスでなにをするのか知りませんが……今、この場で私の命を奪ったという罪の意識を抱えて生きる事ですね……ふふっ、あははは……精々、両の手を血で汚しながら青春の世界を生きると良いでしょう……萬屋セラ」

 

 消えゆく最期の時までベアトリーチェはセラに呪いの言葉を遺して逝った。

 だがそれは、萬屋セラという少女の旅路がまだこれから先も続くと確信していなければ発することの出来ない言葉でもあった。

 

「やれやれ……死ぬなと三文字すら素直に言えない様だなあの女は」

 

 遺された扇子を拾い上げ、黒服へと放り投げるセラの顔は笑っていた。

 

「さて、これで落ち着いて話ができるな『私』よ」

 

『……その様だな』




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