便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
「……向こうでは見た事がない生徒だな。誰だ?何処となく胡散臭い雰囲気が『彼』と似ている気がするが」
「私の第一印象ってそんなに胡散臭いかね?まぁ良い、萬屋セラ。そこの男の可能性さ」
おー、見事に目を丸くしているな。
この反応の素直さは彼女らしいものだが感じ取れる神秘は比べ物にならない程に強い圧でこうしている間も気が抜けん……ともすれば覚醒を果たしたアル以上の神秘か。
「なるほど。そう聞けば何処となく面影がある様な気がする。ふふっ、アツコが知ればとても楽しげに笑っただろうな『バイステンダー』」
『……』
アズサ嬢は誰に対しても基本、態度が変わらないので参考するのは難しいが親しげな雰囲気があるな……ここは一つ、彼女から情報を抜くのもアリか。
「アツコというのはアリウススクワッドの秤アツコかね?随分と『彼』と親しげな口振りだが」
チラリと『彼』を見るアズサ嬢は何かを考える素振りを見せてから、私の方を見て目を細め武器を構える。
どうやら話し合いは決着をつけてかららしいな。
「教えてやっても良い。けど、私達の物語がそう軽いものだと思われるのは癪だ」
アズサ嬢の神秘が一気に解放され、そのあまりの圧力に全身から冷や汗が吹き出すのと同時に空間が歪曲する様な錯覚を引き起こす。
あまりに膨大な神秘が空間に作用する事でまるで蜃気楼の様な現象を引き起こすとはな……まるで、自分がこれから死刑執行される罪人の気分だ。
「──いくぞ」
ご丁寧にと思った刹那、彼女から放たれていた全ての神秘が瞬く間に消え失せる。
押し合いをしていた相手が急に力を抜いた時の様に、虚を突かれてしまった私は今の状態が不味いと分かりきっているにも関わらず咄嗟の出来事に反応出来ずにいた。
「ッッ、セラさん下がって!!!」
「っは!?」
私より後方で擬似シッテムの箱を操作していた黒服が早く気も取り戻し、叫んでくれた事で私の意識は戻ってきたが既にアズサ嬢は私の懐に入り込んでおりほんの数秒で彼女の愛銃が放たれるのは間違いなかった。
その程度か?と言わんばかりの視線を向けてくるなアズサ嬢、確かに君の行動を予想出来なかった私には落ち度があるが生憎とそれが全てではないのでな。
「ぐっ!!」
「ッッ、ハハッ、やるな」
後方へ飛び退きながら彼女の銃撃を腹に受けることは許容し、最も威力のあるコインの散弾をわざわざ寄ってきてくれた感謝として叩き込んだが、嬉しそうに笑うとは随分と戦闘狂の気があるらしいな。
さて、追撃を阻止しつつ一旦距離を空ける事に成功した訳だが私の武器がショットガンである以上、接近戦に持ち込んだ方が有利だが今度は自ら近寄って来てくれるなんてサービスはしてくれないだろうな。
「コインのショットガンとは浪漫があるな」
「ククッ、良いだろう?私の親愛なる共犯者が作ってくれた愛銃だとも」
「ふっ、世界が変わろうともお前は愛されている様だな」
ふむ……やはり彼方の『私』にも運命を変える出会いがあったのは確からしいな。
今までの口振からしてそれがアツコ嬢であることは間違いなさそうだが、私がベアトリーチェを頼りにキヴォトスに降りるとは考えられん……あぁ、黒服でも頼ったのか。
私は単身でキヴォトスに降りるという手段をとったが、運が悪ければその辺のチンピラに絡まれて死んでいた可能性を孕むギャンブルだった為、確実性を求めるのなら既にキヴォトスに根を張っている同胞を頼るのが正しい。
『……白洲アズサ』
「っとすまない。こっちの世界の事が気になってな。ちゃんと役目は果たす安心しろ」
よほど自分を深掘りされるのが嫌らしいな彼方の『私』はっと、そんな事を考えている内に手榴弾が二個投擲されたが別に私を挟み込む様に投げられた訳でもないし、このまま見送ったところで爆風に当たる訳でもないが──アズサ嬢の射撃が見上げるほどの高さにあった二つの手榴弾を撃ち抜き、爆煙が視界を覆い隠す。
「なるほど、目眩しか!」
未来視が使えればこの煙幕の向こう側から突撃してくるのか、何処から射撃をしてくるのか分かるが相変わらず未来視は向こうの『私』によって、封じられている以上出来る事はただ一つ、待つ事だけだ。
「……演算終了。右三十度からの射撃ですよセラさん!」
「了解した!」
黒服を信じて回避行動を取れば告げられた通りの位置から弾丸が煙に穴を作り飛んでいく。
今の私では足りない部分を補う為に黒服を連れて来たのだから他ならぬ私があいつを信じなくてはな。
「スタングレネード、恐らく突撃の前準備かと」
目を閉じ耳を両手で塞ぎ、それでも五月蝿い音が聞こえてから目を開け迫ってくるアズサ嬢へとフルオートショットガンで牽制をするが、ジグザグに素早く動く彼女を捉える事は出来ず、ガチャンっと弾切れを迎える。
「ふっ!!」
リロードの隙をしっかりと狙ってくるか。
ドラムマガジンを外し、空中に浮かぶ空のマガジン、地面にゆっくりと落ちていくソレを勢いよくアズサ嬢へ向けて蹴り飛ばす。
「私は結構、足癖が悪くてね」
「セラさん!」
「ナイスだ黒服」
投げ渡されたドラムマガジンをアズサ嬢が空のマガジンを上体逸らしで避けている間に取り付け構えるが、何か硬いものとぶつかり手から離れていく。
「ッッ!?」
器用な事だな……上体を逸らした無茶な姿勢のままにナイフを投擲し私の手からショットガンを弾き落とすとは。
今から拾いに行くのは彼女に大きな隙を見せる事になるとなれば、武器のリロード難も合わせて取るべき選択は一つだろうな!
「はぁ!」
「詰めてくるか!!」
足に神秘を集め、速力を強化しアズサ嬢の弾幕を掻い潜り接近するが太腿に着けていたのであろうナイフホルスターからもう一本のナイフが引き抜かれ、容赦なく私の目に向けて迫ってくる。
流石に容赦がないな……だがまぁ、一点しか狙ってこないのなら避けるのは容易いとも。
彼女の真下から掌底でナイフの軌道を逸らし、ショットガンを腹部目掛けて構えるが撃ち出すよりも早く彼女の姿が一瞬で視界から消え、背後からの殺気に振り返れば再びナイフの切先が私に迫っていた。
「大した速度だな……!」
「反応しておいて嫌味か?」
「なに……戦闘センスだけは信頼出来る馬鹿をよく知っているのでね!」
認めるのは癪だが、小鳥遊ホシノとの戯れ合いが功を奏すとはな。
私の目とナイフの間に割り込ませたショットガンでアズサ嬢のナイフを弾くのと、同時に彼女を蹴り飛ばそうとするが足を持ち上げた瞬間彼女の手が置かれ、攻撃を阻止されるのと同時に彼女の銃口が私を捉える。
「Vanitas vanitatum et omnia vanitas……全ては徒労であると知れ!」
「悪いが全ては虚しいと諦めるのは苦手でね!」
彼女の神秘が十二分に込められた一撃が私の腹部に当たり、私は激痛と共に壁へと吹き飛ばされた。
全く、酷い物語だ。
私の長い旅は間違いの証明に費やすと決めていたとは言え、此方のキヴォトスに来てからずっと我々では至ることの出来なかった可能性をこれでもかと見せつけられ、蒐集していた神秘は全て清々しく踏破されていった。
最後の切り札であるアズサ嬢を解放した今、プレナパテスとは違い色彩の嚮導者となっていないこの身は色彩に侵され消えようとしている……そこまでして勝ちに拘って今、アズサ嬢が此方の私を壁に吹き飛ばし彼女が力なく座り込んでいるというのになんだ、このスッキリとしない感情は。
『……いや、これで良い。私は勝とうとしたからアズサ嬢を使ったのだ。その結果が示されただけではないか』
言い聞かせてなお、胸の奥にはシコリが残り、良い知れぬ気持ち悪さが込み上げてくる。
これではまるで……私はセラと名乗る私がアズサ嬢を討ち倒す事を望んでいた様ではないか。
「……トドメを刺すぞ。良いんだなバイステンダー」
『……あぁ。そうしてくれたまえ』
何故、私をそんな悲しげに見る白洲アズサ……私と君はアツコを通しての関わりしかなかっただろう。
君の友人の様にモモフレンズへの関心などない私にアツコも巻き込んで、布教しようとしたが結局、なにも推しなど作らなかった私に落胆をしていただろうに。
……やめてくれ、私に心を割くな……私は君の最期を見届け利用する様な悪人だ……気遣いなど不要だ。
「クックックッ、そんなに彼女が敗北しそうな事が気に入りませんか?『バイステンダー』全く、本当に素直じゃありませんねぇ」
『黒服。お前こそなにをそんなに余裕そうにしているんだ?あの私が負けたのだから次は』
白洲アズサがトドメを刺しに歩いていくのを横目で見ながら、余裕そうにしている黒服を見る……虚勢を張っているという雰囲気ではない……待て、あるべき筈のものが落ちていないぞ!?
「クックックッ!!一度死を乗り越えたのですから死に掛けるぐらいはやってのけますよ……ねぇ?セラさん」
確実にトドメを刺す為にかなり近づいている白洲アズサの目の前で、消えていた筈のヘイローが灯り驚きの表情を浮かべる彼女の手からショットガンの銃声と共に銃が弾き飛ばされ、続け様にナイフも飛んでいく──コインのショットガンでは不可能な、フルオートだからこそ出来る芸当で。
「ククッ!!本当に意識が飛んでいたが、ヘイローが消えるのも良いブラフになった様だな。良い間抜け顔だアズサ嬢。その表情は此方の彼女となにも変わらんな」
「……わざと私の攻撃をまともに受けて吹き飛びながら落ちているショットガンを拾い上げたのか。ははっ、こっちの貴方は凄い無茶をするんだな」
「死ぬほど痛かったとも!!ヘイローによる護りがなければ、以前受けたヒヨリ嬢の狙撃の様に生死を彷徨った事だろうな。まぁ、あの時はまだ男の身で肩が千切れかけたが」
「正気の沙汰とは思えないな……命を賭けすぎだろう」
本当にその通りだ白洲アズサ。
同じ私でありながら、自分の命に執着が無さ過ぎるというか腹に一発受ける事を許容し、勝てる道筋が見えたとは言え吹っ飛びながらショットガンを拾い上げトドメを刺されるより早く、意識を取り戻すなどあまりにも運要素があり過ぎるだろう……ネジが外れているのか?あの私は。
「ふむ?おかしいな事を言うなアズサ嬢。この世界は皆、誰もが命賭けで自分の物語を生きている。明日がどうなろうがアウトローという譲れぬ信念の為に生きる者がいる、廃校寸前の学校を救う為なら銀行強盗すら厭わぬ者がいる、世界を救うために進んで悪者になる者がいる、例え悪名を被ろうとも夢のため理想のため邁進する者がいる……それが舞台に登り生きるという事だろう?」
あぁ……勝てない訳だ。
なにも可笑しなことは言ってないと首を傾げる私の様な生き方を私は選べなかった……全てが完結してからその物語にケチをつけたくて、つけたくてしょうがなくて、でもそんな資格が自分にない事ぐらい分かっていて……
『……それでもと、言える強さを私は持ち得なかった。ククッ……なるほど、一つ納得してしまったな』
「バイステンダー」
『君にも迷惑をかけたな。私の旅に付き合わせてしまった』
「いや良い。本来ならもう終わりを迎えていた身で、絶望のまま死んでいた筈の私に希望が見える結末を用意してくれたんだ……萬屋セラ」
「何かね?」
「……この世界のヒフミは元気か?ペロロ様の為にブラックマーケットに通うのをやめていないか?」
「あぁ。彼女は相変わらずだとも。補習授業部の友達と一緒にな」
「あぁそうか──安心した」
そう告げると白洲アズサは子供の様な笑顔で消えていった。
色彩による影響もあるが、彼女が戦う意志を無くしたことで本として留めておく事も出来なくなってしまったな……何より、もうこの体も限界だ。
『……萬屋セラ。もう私は消えるが一つ頼まれてくれないか?』
「何かね?」
目の前まで歩いてきた萬屋セラの目をじっと見つめる。
『プレナパテスの結末を見届けてくれ。彼の最期の選択を……』
「了解した。恐らくは『先生』の選択になるだろうが、傍観者であった者として見届ける事を約束する」
『あぁ頼んだ……』
もう一つ、頼みたい事があるがこれは口にしなくても目の前の彼女なら勝手にやってくれるだろう……ではな、可能性に満ちたもう一人の私よ。
私の目で見たキヴォトスと此処に生きる生徒達の絆はとても眩しかったよ……思わず目を逸らしたくなる程にな。
黒服とセラの目の前で『バイステンダー』の姿はゆっくりと消えていき、最後に『彼』の心臓があった辺りからヒラヒラと紫色の花の栞が落ちる。
「やはり自身の大切な物に記憶を転写した分身であったか。呼び出した生徒達と同じ影の様な姿だった事でもしやとは思っていたが」
「……自分自身ですら記録とした訳ですか。向こうの貴方は」
「だろうな。まぁ、恐らく本体はのうのうと彼方の世界で生きているのだろうが……っと、ホルスの義眼も無事に機能を取り戻したか」
未来視は行わずに目を作り出し浮かべてから消すセラは、その流れのまま栞を拾い上げ──記録されていた記憶が一気に流れ込む。
「ねぇ、おじさん」
「年寄り扱いは辞めてくれると嬉しいと前も伝えたのだがね?」
「ふふっ、だってこう呼べば少しだけ表情を変えてくれるから」
「……こんな私の表情の一つを見て面白いのか?」
「面白くはないかな。微妙な変化だし。それなら花を育てて眺めてる方が私は好き」
「なら何故、一々私をおじさんと呼ぶのかねアツコ嬢」
「嬢呼び辞めて……貴方が少しでも此処に居るって思って欲しいから」
「ふむ?」
「貴方はずっとずっと、箱庭をただ一人で眺め続けてきた。それがどれだけ退屈で心が枯れていくのか私はよく分かるよ」
「私と君は違うだろう。少なくとも私には選択の自由があったとも」
「そうだね。でも、心が渇いているという結果は同じ。違う?」
「……否定は出来んな。退屈を感じたからこそ、私は今キヴォトスに直接訪れているのだから」
「だからおじさんって呼ぶの。他の誰でもない、貴方が自分の選択で足を運んだ結果生まれた繋がりの証として」
「私が辞めてくれと頼んでいるのにか?」
「うん。話すのに慣れてない私と根気強く接してくれたお礼」
「……施しのつもりなど微塵もなかったのだがね。アツコ嬢、私は所詮マダムに言われて君の話し相手をしているに過ぎん」
「知ってる」
「ならば分かるだろうに。君がお礼をする様な人間ではない」
「それは違うよ」
「ん?」
「違う。だっておじさんと話す様になって、ほんの少しだけ私の世界は広くなった。囚われて何も知らなくて、此処とアッちゃんの事しか知らなかった私の世界が広がったの。ある日は花屋さんで買ってきた色鮮やかな花束を、ある日はヒンヤリと美味しい食べ物を、ある日は白と黒の駒を動かす遊戯を、ただの仕事だったとしてもおじさんは変わる変わる色んな物を持って来て私に教えてくれたんだよ。世界は広いんだって」
「此処は何も無いからな。私の暇潰しが欲しかったに過ぎん」
「ふふっ、気が付いてないと思った?私が興味を持って色々と聞けば楽しそうに話してくれたんだよ?」
「……む」
「ふふっ、やっぱり無自覚だったんだね。ンンッ『やはりな、道端の花をよく見ていたから惹かれると思っていたぞ』『チェスは私も好きでね。戦略を練るのは面白いぞ。教えるからやってみると良い』……みたいな感じだったよ」
「絶妙なクオリティのモノマネだな」
「ありがと……全ては虚しいと思っていたけど、世界は綺麗で楽しくて美味しい物があるって教えてくれた事が私には救いだったんだ」
「……安い救いだな」
「そうかも。でも私は救われた、だからそのお礼」
「ククッ、お礼がおじさん呼びとはな。全く、酷い話だ」
「ふふっ、おじさんは悪い人なんでしょ?なら酷くても仕方ないね」
「あぁそうだな。仕方ないからその呼び方に付き合うとしようか。認めはせんがね」
「うん。良いよ。これで心置きなく私もおじさんと呼べるから」
「辞めたまえアツコ」
「あれ?名前……」
「私のことをおじさんと呼ぶ悪い娘に嬢は必要あるまい?」
「……おじさんって変なところ抜けてるよね」
「何故、急に私は馬鹿にされたんだ?」
「ふふっ」
「全く……あぁ、そうだった。今日は絵本を買ってきたが読むかね?」
「おじさんが隣に座って読み聞かせてくれるの?」
「そのつもりだ」
「じゃあ読む」
「……文字は読めるのだから私を頼る必要はないと思うが、何故この形に固執するのか分からんな」
「教えてあげない」
「やれやれ。手の掛かるお姫様だ」
そう言いながらもバイステンダーの表情は確かに緩んでいて、それを密やかに確認したアツコは嬉しそうに笑い隣に座った彼へと少しだけ体重を預ける。
囚われ、自由のない少女と少女の自由を奪っている者の仲間という一見すれば相容れない筈の両者ではあるが──
「何を読むの?」
「シンデレラのお話だ」
──肩が触れ合う距離で互いを支え合う共すれば親子の様に見える親しさであった。
「……やれやれ、随分な宝を押し付けられた事だ」
記憶の世界から戻ってきたセラはそう、微笑ましげに笑い呟くのであった。
感想やここ好き待ってるぜ