便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア   作:マスターBT

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カヨコの思い出──静かに響く音

「ねぇ、明日空いてる?」

 

「ちょっと待ちたまえ……ふむ、『先生』からの頼みは無し。レイヴン達の方もちょっとした備品購入ぐらいだから後日に回しても問題ないな。うむ、空いているぞカヨコ課長。何か手伝いかね?」

 

「そういう訳じゃないんだけどね。はいこれ」

 

 最近、便利屋は忙しいし折角の休日を潰す様なお願いはしないよ。

 まぁ、貴女が嫌だって言うなら今、私が渡したブラック・デス・ポイズンのライブチケットはその折角の休日を潰す様な物かもしれないけどさ。

 でもなんでだろうね?多分、セラなら断らないどころか楽しそうにしてくれるんじゃないかなって期待してるんだよね。

 

「ほぅ!このバンドは確かカヨコ課長が好きなバンドだったな。ヘヴィメタルは普段、聴く物ではないが良いのかね?私の様な素人が同席しても」

 

 ほらやっぱりね。

 貴女ならそうやって楽しそうな笑顔を浮かべるんじゃないかなって思ってた。

 

「良いよ。というか寧ろ、セラみたいな新規は大切にしないと良いバンドも廃れちゃうから」

 

「ククッ、本当に好きなのだな。車を出そう、何時が」

 

「あぁ、それなんだけど折角だから電車とか使ってゆっくり行かない?普段の仕事でもセラに運転手頼んでるからさ」

 

 ライブまで時間はたっぷり作るつもりだし、何より折角の休日までセラに足を頼むのは気が引けるんだよね。

 それにライブ後は感想とか言い合いながら帰りたいし。

 

「別に慣れているから構わないのだが……分かった分かった。今回は君の意見に従うとしよう。だからジトっと睨むのはやめたまえ」

 

「別に睨んでないし……」

 

「ライブ会場は……ミレニアムの方か。であれば朝のうちから出たほうが余裕があるな。食事などは向こうで取れば良いかね?」

 

「あ、うん。ライブは昼過ぎからだしそれで良いと思う。セラは事務所泊まり?」

 

「いや今日は借りてる部屋に戻るつもりだ。今日の依頼で暫く、ムツキ室長とアル社長は事務所に詰めるからね」

 

「じゃあ明日、迎えにいくよ」

 

「……寝坊する様な子供じゃないぞ?」

 

「違うって。ただ、私が迎えに行きたいだけ」

 

 一人で放っておいたら色々と準備をしそうだしねセラは。

 自由奔放に見えて、意外と私達に尽くすのが好きだから良かれと自分の疲労を無視して準備しかねないところがある……こういうところは『先生』と似てるかもね。

 

「ふむ。了解した」

 

「じゃ、私はこれで帰るから楽しみにしてるよセラ」

 

 そんな感じで迎えた当日。

 まだ予定していた時間よりは30分早く来たんだけど、なんか既に部屋の前にセラが居るんだよね。

 

「……何してんの?」

 

 ふぅん……仕事で来る時は見た事ない服装だね。

 丈の短い黒のジャケットに濃いめの青色をしたプルオーバーニット、デニムのズボンに黒のブーツ……セラらしい格好いいチョイスだと思う。

 

「ん?カヨコ課長を待たせる訳にはいかないと思ってね。だが、安心してくれたまえ私もつい先程部屋を出て待っていただけに過ぎん」

 

「ダウト。貴女がそうやって余裕そうに笑ってる時は決まって嘘を吐いてる時だから」

 

「む。私にそんな癖があったとはな」

 

 ほら、やっぱり……一つ賢くなったみたいに嬉しそうにしてるところ悪いけど本当はそんな癖ないよ。セラの事だからちょっと突けばボロを出すと思ってたってだけ。

 自分で自分の事を疎いと自覚してるからだろうけど、付き合いの長い私達に指摘されるとあっさり受け入れるの辞めた方が良いと思うよ。

 まぁ、教えてあげないけど。

 

「それじゃあ少し早いけど行こうか」

 

 頷いたセラを連れて先ずは最寄りのバス停に向かおうと思って、歩道に出ればスッと車道側に立ってくれるセラ。

 バイステンダーの時からだけど、そういう紳士的な行動を自然に見せるから困るんだよね。

 

「ブラック・デス・ポイズンの曲を少しばかり聴いたが良いバンドだな。動画越しではあるが、胸の奥底を揺らされるバンドだった」

 

「ッッ、わざわざ聴いてくれたんだ」

 

「あぁ。無知であった方が楽しめるかと思ったが、やはり事前知識の少しぐらいはあった方が良いと思ってね。とは言え、この新鮮な気持ちを失うのも惜しいからな。最初の曲と、最新の曲だけにしたよ」

 

「なるほどね。ブラック・デス・ポイズンの良さを知りながら今の彼等を知るには最適かも」

 

 セラが曲を聴いてくれたお陰もあって、時間のゆとりはあった筈なのにたった二曲だけなのに私達はとても盛り上がって、気が付けばバスを降りて電車に乗りライブ会場へと到着していたのだから驚きだ。

 

「……やっぱりミレニアムが関わってるだけあって設備が良いね」

 

「ふむ。そうなのか?」

 

「うん。ざっと見た限り一流と呼ぶに相応しい機材が並んでるし定期的に流れてるアナウンスの音が変に聞こえてこない辺り、壁とかの素材も拘ってるんじゃないかな。ふふっ、こんな場所を借りられるなんて凄いな」

 

 会場とそこで使われる機材のレベルはそれだけ、此処のオーナーがブラック・デス・ポイズンに投資しても良いと思ってくれた証で推しバンドが高く評価されているというのはとても嬉しくて笑みが溢れる。

 隣から微笑ましいものを見ているみたいな視線を感じるけど無視する……一々、突っ込んでたらこっちが疲れるだけだからね。

 

「……ヘヴィバンドというだけはあってファンもイカついと思ったが案外、そうでもないのだな」

 

「そういう格好のファンも勿論いるけどね。まぁ、よくある偏見の一つか」

 

「クラシックを聴く者が皆、上流階級であると思うのと同じだな。まぁ、此方はドレスコードがあるから分からなくはないが」

 

「セラは今だとドレスとスーツどっちを着るの?」

 

 男っぽい服装を好むのは変わってないけど、私達が普段から色んな服を着せるから抵抗も徐々になくなってるみたいだけど今日の格好を見るにスーツも似合うし、一緒にドレスを着たい気分もあるって、なに?顔を近づけてきて。

 

「……男装が見たいと言えばしてくれるのかね?」

 

 耳元で喋らないでよくっすぐったいな。

 ほんと、人誑しというかつまり私に合わせてくれるってこと?

 

「大人しくリードされるだけの安い女じゃないよ私」

 

 良いよそっちがそのつもりなら男装でもなんでもしてあげる。

 けど、貴女の想定通りに動くとは限らないから。

 耳元から離れたセラはとても楽しげな表情を浮かべ私を見ている透き通った青空の様な瞳が素直じゃない私の小さな抵抗を優しく包み込んでくれている錯覚を起こして、なんだか一気に馬鹿らしく思えて溜息を溢すのと同時にステージにブラック・デス・ポイズンのメンバーが登った。

 

「ククッ、どうやら始まる様だな」

 

 ワクワクを隠せない様子でステージを見る彼女の横顔は……うん、私だけの秘密だ。

 

 

 

 

 

 

「あー……ごめん。ちゃんと天気予報見てなかった」

 

「気にしなくて良い。それは私も同じだからな」

 

 折角のライブが終わって外を出てみれば、叩きつける程の大雨で私とセラは軒下から出れなくなってしまっていた。

 私としたことが浮かれすぎて、天気予報を見てなかったとか社長達のこと何も言えないね……どうしようかな、この感じだとすぐに止むとは思えないし。

 

「……ふむ。少し待っていてくれたまえ」

 

「え?あ、うん」

 

 会場の中に入って行ったけど何かあったのかな。

 貸し出しとかは特にやってなかったと思うんだけど、まぁセラの事だし何か考えがあるんでしょう。

 

「……良かった。セラ、楽しんでくれた様で」

 

 初めの方はライブの音圧にびっくりして、猫みたいに目を丸くしてたけどすぐに慣れて二曲目からは会場のノリに合わせてコールしたりもしていたし、時折、私と目を合わせては笑っていたから良い気分転換になったのだろうと思う。

 グッズも何点か買っていたし、これは新たに同士が出来たと思って良いかな?

 

「不思議だね。こんなにも曇天で凄い雨降りなのにとても気分が良い」

 

「ではそんなカヨコ課長に朗報を一つ。傘を持って来たぞ」

 

「っと……何処で買って来たの?」

 

「マップを見ていたらすぐ裏手にコンビニがあってな。少しばかり濡れたが、こうして買う事が出来たのさ。ただまぁ、同じ様な考えの人らが多くて一本しか買えなかったが」

 

 やれやれ重なるものだなと言いながら、傘を開き私と自分の荷物を持ってセラは私に傘に入る様に手を伸ばしてくる。

 自然な態度で私を優先してくれるいつものセラにほんの少しだけ、抵抗するつもりでその手を引き込んで抱きついてみれば驚いた表情で私を見る。

 

「驚いたな。君はもっと適切な距離だと思っていたが」

 

「こういう日もあるよ。それにくっついてないと濡れるでしょ?」

 

「ククッ、そうだな」

 

 苦しい言い訳だなとは思いつつ、セラがそれを否定しない優しさに甘えてカップルの様に腕を抱き締め、ライブの感想を語り合いながら帰った。

 

「……」

 

 雨音が全部、私の音を掻き消してくれれば良いなと思っていた事をあの日、セラと一緒に買った色違いのイヤホンでブラック・デス・ポイズンの曲を聴いていると思い出し、鮮明に雨音が聞こえてくる。

 

「……早く帰ってきて」

 

 だからお願い──この音が思い出になる前に。




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