便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
先生というものに色々と解釈はありますが、ウチはこんな感じでいきます。
「お久しぶりですね『先生』、本日はご多忙な中足を運んでいただきありがとうございます」
“急な呼び出しでびっくりしたよ……ところで、就任挨拶はまだの様だけど良いのかい?”
チラリとカヤの腕を見れば、そこにはリンちゃんが付けていたはずの代行を示す腕章があり呼び出された部屋も防衛室ではなく、連邦生徒会長室であることから私の知らない間に代替わりをしたみたいだけどそれならそれで私なんかを呼び出すよりもやるべき仕事がある筈だ。
「ふふっ。やはり『先生』は目敏い。後ほど、話をするつもりでしたが先に話しましょうか。この度、私はキヴォトスの皆様の民意を受けてリン行政官から代行の地位を譲り受けました。酷い話ですよね、キヴォトスの脅威に真っ向から立ち向かったある意味で英雄と呼ぶべき『先生』やリンさんではなく、ただ市民の皆様の側に居ただけの女を彼らは崇めるなんて」
“……皮肉のつもりかい?だとしても悪意の色が相当に濃いと思うけど”
「えぇ。リンさんが代行の地位を降りたのもそしてこれから先に起きることも全て、私の悪意が招いた事ですから」
代行の席に座り、向かい合う形で立っている私を見ながら微笑む彼女はそう、なんて事のない様に自身の悪意を語った。
私は彼女とリンの連邦生徒会の皆の間で何があったのか、詳しくは知らないけどカヤの様子を見る限り彼女自身は自分の行いを悪と断じてそれでも目指すものの為に動いている事だけは今の発言で分かった。
“それを私に話してなんのつもりだい?”
「おや。てっきり、リンさんの為にお怒りになるかと思いましたが。違うんですね」
“私はまだ何も知らないからね”
「ほぅ」
“だから教えて欲しいな。君はなんでその席に座ろうと思ったのか”
リンちゃんの事が嫌いな訳ではないというかむしろ、私個人としては結構好きだ。
シャーレに着任してからの長い付き合いでもあるし、色々と不慣れな私の事で沢山の迷惑をかける事もありその度に動いてくれたのは他ならぬリンちゃんなのだから。
……でも、だからと言ってリンちゃんとカヤの片方だけをよく知っている今の状態で一方的にカヤを責め立てるなんて行為は『先生』として相応しくない行為だと思う。
『もしも悔いがあるのなら、それは謝罪を告げて消すのではなく次に活かしてほしい。我々の正義にも意味があったのだと貴方は証明し続けてくれ。そうすれば私もリオ嬢も、そうだな美味しく珈琲が飲める』
何故なら私の間違いを笑って受け入れ、次へと活かせと言ってくれた彼に合わせる顔が無くなっちゃうからね。
「……『先生』は将棋を打てますか?」
“え?あ、うん。打てるよ?”
「鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をしないでください。貴方が思った通りの人だったので一つ、打ちたくなったのですよ。そこで座って待っていてください。今、準備をしますから」
いやだって、これから真剣な話をしますみたいな空気の時に将棋って突然言われたら、普通に驚くじゃん。
まぁ、多分彼女には何かの考えがあるんだろうなっと納得して促されるまま席に着くと、カヤは連邦生徒会長の引き出しから将棋板を取り出してって、完全に私物化してる!?
「『先生』はブラックコーヒーで?」
“う、うん”
「分かりました。これでも珈琲には一家言あるので是非、味わってくださいね」
私が普段使ってる様なインスタントとは違う本格的な珈琲マシンに、豆が入れられてちょっとすると部屋全体に珈琲の良い香りが漂ってくる。
彼女もその匂いを楽しんでいる様で、鼻歌を歌いながら楽しげに珈琲を二人分準備すると、脇に将棋板を挟み私の向かい側に座った。
「はいどうぞ。考え事をする時にはうってつけのマンデリンです」
“ありがとう”
「本当はちゃんとした将棋盤を持ち込みたかったんですけど、流石にこの殺風景な連邦生徒会室にアレがポツンとあるのはどうかと思いましてね。最近、外で打つ機会も増えましたのでこちらの持ち運び可能な物を買ったのですよ」
慣れた手つきで将棋板を開き、中から駒を取り出す彼女の手つきは言葉通り手慣れていて外で打つ機会があるというのが嘘ではないとよく分かる。
「っと、玉は私が貰いますね」
“王じゃなくて良いの?”
「──えぇ。私はまだ王ではありませんから」
パチンと自分の場に玉の駒を置いたカヤのその言葉は決して、今までと比べて大きいとかそういう物ではなかった筈なのに私の耳にはっきりとそして、とても重く聞こえてきた。
セラ、君と関わった生徒は皆こういう感じになるのかい?玉を選んだ覚悟が伝わってくるよ。
「『先生』はあの人と仲が良いのですか?」
パチンパチンと小気味よく駒を動かし合っていると突然、カヤから尋ねられたので顔を盤面から彼女の方に向けると彼女もまた私の方を一度だけ見ていたけどすぐに視線を逸らしてしまったので、その反応から誰のことを聞いているのかすぐに分かった。
“……そうだね。これでも結構、頼りにされているかな?まぁ、私もセラには色んな場面で助けられてばっかりだけど”
「生徒に助けられてばかりとは……『先生』としてどうなんでしょうね」
あー……そっか、彼を知らないカヤから見ればセラはただの一人の生徒であって私と同じ大人だったという認識はないんだったね。
まぁ、普段から生徒の皆には色々と助け貰ってばかりだからセラだけって訳ではないんだけど、多分カヤはそういう事を聞きたい訳じゃないんだろうね。
“ついつい甘えちゃうよね。セラはとても器用だから”
「そうですね。まぁ、私としてはフラフラとやって来て人に難癖つけて満足そうに帰って行く困った人なんですが」
“うーん目に浮かぶ。とても楽しそうに笑ってるでしょ彼女”
「えぇ!それはもう悪魔の様に!!やれ、書類の優先順位が間違っているだの、珈琲豆の管理が甘いだのなんだのと小姑ですか全く」
口では文句ばっかりだけど、それが本心ではない事は楽しそうに話しているカヤの表情を見ればすぐに分かり思わず笑みが溢れてしまうと、それに気が付いた彼女は少しだけムッとした表情を浮かべてしまった。
「……なんですかその微笑ましいなぁみたいな実に大人らしい顔は」
“セラの居場所がまた一つ出来てる事が嬉しくてね”
たった一人の傍観者であった彼が多くの居場所を得て、眺めるだけだった笑顔を作っているのなら先生としても一人の友人として嬉しい。
「居場所。私はあの人にとってなんなのでしょうね」
“うん?”
「『先生』私は彼女から見定めると宣言されています。私が嘗て歩もうとしていた道を彼女は知っていて、恐らくその道から逸れる様に誘導していたんでしょう。或いは単に不知火カヤという一人の人生がどの様な結末を迎えるのか楽しもうとしたか……どちらにしろ私と彼女の出会いは普通なものではありません」
パチンと王手を仕掛けられている訳でもないのに彼女の玉が動く。
その明らかな隙を突いて、私は飛車を取ったけれどカヤは自らの行いに後悔している様な素振りを見せずにまた一手、玉を動かした。
「キヴォトスの空が赤く染まる前、彼女は私の覚悟を聞きそこで初めて私を『カヤ防衛室長』と呼びました。認められたと、喜ぶべきなんでしょうかね?全てが終わればまた話でもと思っていたのですが、当の本人が行方不明ではどうしようも出来ません」
パチンと再び、玉が前に出る。
他のどんな駒が落ちようとも前進し続ける事を辞めない玉は徐々に確かな、熱を宿していく彼女の声と共に私の王へと向かってくる。
「……ですから私は決めました。あの人が帰って来ないのであれば、進むと決めたこの道をあの人が認めてくれたこの選択を進み続けると。その果てにあるものを必ず手に入れて見せると」
その言葉は燃える火の如く、熱き熱を宿しカヤの背後に揺らめく火が幻視出来る程で、そんな彼女にどの様な言葉を返すべきかと迷っているウチにまたパチンと音が響き、彼女は口にした。
「王手です『先生』」
自らの玉で私の王を仕留めようとする将棋のルールを知っているのならば悪手どころではない一手を打つカヤ。
「私は私の夢へと進み続けます。ですが今なら……今、この瞬間であれば『先生』?貴方であれば私を止められる可能性を有しています」
あぁ、これは挑戦状なんだと漸く理解した。
私の王で彼女の玉を取ればそれで、私の勝ちは決まる……けど、それをしてしまえば私は不知火カヤという生徒の内面を何一つ知らないままになるだろう。
それでも良い、私は既にセラによって在り方を定めていると彼女は思っているのかもしれないがきっとまた私は後悔することになるだろう……リオの時の様に。
なら、私が取る行動は決まっている。
“今回は私の負けだね”
「……やはり貴方は……いえ、分かりました。では新たな連邦生徒会会長代行として『先生』に命じます。本日より、シャーレは業務停止。貴方の特権はここで剥奪とします」
パチンと私の王が取られ、カヤから正式なシャーレの業務停止命令と書かれた書類が渡される事になるのだった。
「あぁ、そうでした。私がこの席を求めた理由が知りたかったんですよね。キヴォトスを嘗ての連邦生徒会長が居た頃の治安に戻す為ですよ。その為に力が必要だったというだけの話です。嘗ての超人には届かなくとも、私なりの『超人』になる為にね」
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