便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア   作:マスターBT

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漸く登場するわよ。


自己犠牲の悪意

「予想通りと言えば予想通りですが……FOX小隊の方々でもRabbit小隊の面々を口説けず、『先生』は約束を破り私を止める為に彼女達と共に此処へ向かって来ている。外の喧騒も向こうの指揮官が優秀で単純な練度で敵わないのであれば、撹乱に徹し逸れた所から切り崩し始めたと。まぁ、規格外な爆発力を誇るアルを利用しているからと言うのも大きいでしょうけど」

 

 与えられた状況を整理する為、言葉に出しながら自分のお気に入りの将棋版の上に並べられたコマ達を動かしていくカヤの表情は、自分にとって好ましくないであろう状況にも関わらず何処か楽しげなものだ。

 そんな彼女の盤面は敵方に殆どの『歩』の駒が取られており、『飛車』や『角』といった駒は残っているものの自軍の側に『飛車』が入り込み『竜王』と成り、付き従う様に『歩』の駒も配置されていた。

 

「……『王』の駒が無い様ではゲームとして成立しないのではないかな?」

 

「ドン・アランチーノ私がこの局面で『王』と認めるのはただ一人、彼女が居ないのであれば置く必要はありませんよ」

 

「ふっ、そうかね」

 

 密約を交わした相手として同席しているアランチーノは、策略家としての冷たい瞳の中に唯の少女としての熱が宿っているのを見抜き微笑むと彼女が自ら淹れた珈琲を飲む。

 

「しかし、貴方がこの騒ぎの中に来るとは思いませんでしたよ。てっきり、安全な場所で見学に回るものだと」

 

「それも良いかと思ったさ。しかし、私の人生を振り返ってもこれほど大きくそして分かりやすく多くの正義と悪がぶつかり合ったのは数少ない。どう転んでも安全が確約されているのなら足を運ぶのも一興……そうは思わんかね?」

 

「悪趣味ですねぇ。まぁ、気持ちは分からなくはないですけど」

 

 時折、爆弾か何かで大きく揺れるにも関わらずカヤもアランチーノも何事もない昼下がりの様な態度で会話を続ける姿は、側で待機している者達にとって今が平時であるかの様な錯覚さえ起こすが当人達は至って涼しい顔である。

 

「……さてそろそろ行きますかね」

 

 一口、珈琲を飲むとカヤは立ち上がり自らの覚悟を示す為に改造した連邦生徒会の制服を羽織り、外へと──()()()()()()()()()()へと向かって歩き始めた。

 

「惜しくはないのか」

 

「ありませんね」

 

「……彼女はもっと欲深いと思うがね」

 

「でしょうね。だからこそです」

 

 来客用のソファに腰掛けるアランチーノは、覚悟を決めているカヤの顔を見ずにクルクルと回した珈琲へと視線を向けながら、自分よりも遥かに年下の少女の覚悟を見送ると閉じられた扉の音と共に飲み干した珈琲を机へと置く。

 

「やはり良い出会いであったな」

 

 

 

 

 

 

 

『──全てのキヴォトスの皆さんへお話があります。私は不知火カヤ、現連邦生徒会生徒会長代行の地位を預かっている者です。私に好意的な者、否定的な者或いは無関心な者、数多くの人々がこの配信を観ていることでしょう』

 

「ほむ」

 

 ラジオ放送から聞こえて来た言葉にニヤニヤ教授がテレビの電源を入れると、そこには真っ白な背景に立つ黒い連邦生徒会の制服を纏うカヤが一人で映り、いつもと同じ小さな笑みを浮かべていた。

 戦況は大きく変わっておらず、まだ勝利宣言には早すぎるとニヤニヤ教授は足を組み替えながら画面の向こう側にいるカヤへと意識を集中させる。

 

『現在、我々連邦生徒会の本部があるサンクトゥムタワー周辺ではご存知の通り、大規模な武力衝突が起きています。一般市民の方々はどうか安全の為に外出を控えていただくようお願い致します』

 

“……注意勧告にしては遅すぎる”

 

「そうですね。今、モエに配信元を特定させていますので少々お待ちください」

 

 ミヤコと共にサンクトゥムタワー内部を進む『先生』は、タブレットで放送を観つつ違和感の正体を探っていく。

 

『……さて、キヴォトスでは連邦生徒会長の失踪を切っ掛けに数々の問題行動が確認されています。いえ、規模は今に比べれば彼女が居た頃にも武力による問題は起きていましたが。そんな中、『先生』という大人が所属するシャーレの尽力により、目に見える脅威というのは確かに減少傾向にあります』

 

 勿論、単なる注意勧告な訳がなくカヤは小さく浮かべていた笑みをそのままに声色が固くなり、彼女自身の強い決意を滲ませるものへと変化していく。

 

『ですがご覧の通り、目に見えぬ脅威はこの様に裏でその数を質を高め、キヴォトスに大きな波紋を起こすに至りました──私はこれを憂い、キヴォトスから武器を奪うつもりでしたが、やはり駄目でしたね』

 

 いつの間にか外の喧騒は静まっていた。

 武器を握り締め、己の正義の為にぶつかり合っていた勢力の全てがカヤの言葉に耳を傾けていたのだ。

 何かを悔いる様な言葉と僅かに視線を落とした表情を浮かべる彼女が次にどんな言葉を紡ぐのか、自身の胸の内にある違和感に答えを見つけ出すべく誰もが言葉を待っていた。

 

『──同じ穴の狢。一度、汚れてしまったこの手で更なる悪徳を積み重ねてでも悪の根絶を願いましたが、所詮は悪党。今更、綺麗事を並べたところでリン前代行の様に平和とはいきませんね』

 

“……まさか彼女は!!ミヤコ、放送場所は掴めた!?”

 

「え、あっ、はい!!ちょうど今、報告が来ました。場所はサンクトゥムタワーの最上階、連邦生徒会長室です」

 

“急ごう!!”

 

 一番早く動き出したのはカヤと彼女に最も強く影響を与えているであろうセラとの関わりが深い『先生』で、彼はエレベーターを呼ぶが既に対策がされておりピクリとも動かない事に痺れを切らし、階段を勢いよく駆け上がっていく。

 だが、キヴォトスの生まれではない彼の体力は急ごうとする意識とは裏腹にどんどんと重たく、動きが鈍くなっていく。

 

“くそ……”

 

「『先生』!!失礼します!!」

 

“わっ!?”

 

 そんな『先生』の焦りを汲み取ったミヤコが抱き上げ、階段を駆け上がっている中、カヤの言葉は続いていく。

 

『今、キヴォトスが陥っている混乱は全て私が予想した通りの事柄です。こうなるであろう事を理解したまま、私は守るべき市民の皆様にお知らせする事なく本日を迎えました』

 

「……ほむ。私利私欲に満ちた方だと思ってはいましたが、まさかこの様なとても正気とは思えない事を狙っていたとは。このニヤニヤ教授、素直に認めましょう。貴女という人を読みきれていなかったと」

 

 善意をそして悪意を使い分ける事が出来る者達は『先生』に遅れて、カヤの真意へと辿り着き引き攣った表情を浮かべた。

 確かに彼女は悪意の使い方を心得ていると知ってはいたが、自らの私利私欲の為ではない──()()()()の為に悪意を用いるとは一欠片も考えていなかったからだ。

 

 もう誰も彼女を止める事は間に合わないと誰もが思った。

 

『──今、此処に私は私の罪を告白します。私は──』

 

 カヤが覚悟を決めて口を開いた瞬間、映像にノイズが走り画面が黒一色に染まる。

 外で配信を映し出していたモニターだけではなく、『先生』が持っているタブレット端末、ニヤニヤ教授が観ているテレビ、そしてラジオに至るまでの全てがその機能を失った。

 

「……」

 

 放送が途絶えた連邦生徒会室でただ一人、カヤは笑みを浮かべて机の上に置いていた『王』の駒を握り締め、自分以外いる筈のない伽藍堂の部屋に声が、何処までも胡散臭い声が響き渡るのを聞く。

 

「ククッ!!」

 

 ──カツンっとヒールの音が響いた。

 




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