便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
「──ふむ。漸く辿り着いたか」
記憶にあるキヴォトスの何処とも合致しない黄昏の空を見上げる。
随分と数多くの世界を巡り、その果てに辿り着いた場所ではあるが元の場所へ帰れるという安心感よりもこの肌を突き刺す妙な寒気が気になるな。
「色彩とはまた異なる概念……ククッ、機会があれば是非とも探求してみたいものだが……大凡、碌な結果にはなるまい。そうだな?クズノハ嬢」
「なんじゃ気がついておったのか。先の言葉も重ねて勘も優れておるようだの」
「堂々と鳥居の上から私を見下ろしておいてよく言ったものだ」
ふむ……感じ取れる神秘としては小鳥遊ホシノよりも随分と劣るが、その代わりにこの一帯に流れている妙な気配と強い結び付きを感じ取れるな。
だが、何よりも気になるのは──
「貴女を嬢と呼ぶべきかマダムと呼ぶべきか……」
「……失礼な奴じゃの。確かにこの身は数百年以上生きているが、露骨な年寄り扱いは少々腹に据えかねるものがあるぞ」
「ククッ、それは失礼。では変わらずクズノハ嬢と。さて、私が尋ねたい事柄は一つ、此処から私のよく知るキヴォトスへと帰る方法なのだが」
彼女が腰掛けている鳥居の向こう側が恐らく、私のよく知るキヴォトスなのだろうがまるで私を通さないと言わんばかりに、見えない壁があり進む事が出来ない。
色彩の力が宿った右眼の力で此処に至るまで、世界を幾つも超えて来たがより一層、この壁は硬く感じられるな。
「
ほぉ、私の取り組みは無駄ではなかった様だな。
しかし、元とは言え男の前でふわりと降りてくるのは如何なものだと思うぞクズノハ嬢。
「……じゃが、それはその右眼の力を得る前の『萬屋 セラ』であって色彩の残滓に馴染んだ今の其方ではない」
「ふむ。つまり、残された型に今の私の形が合わないが為に拒絶されていると。しかもなまじ、記録されている『萬屋 セラ』の形に近いが為にこの目であっても馴染ませるのが難しい訳だな」
いやはや、それは確かに幾つもの放浪を重ねても戻れない訳だな。
こうして、元の世界と通じているクズノハ嬢に出会えただけでもかなりの幸運であったと。
「話が早いのぅ。そんな賢い其方ならどうすれば良いか分かっておる筈じゃ」
キセルの煙を遊びながらクズノハ嬢の試す様な視線が向けられ、そんな彼女を横目で見ながら私は私を通そうとしない壁へと今一度手を伸ばす。
「──滅びた世界の私の力、即ちこの色彩の残滓を手放すか。或いは私がバイステンダーとして生きた時間の全てを放棄し、唯の『萬屋 セラ』として純粋なキヴォトスに生きる生徒となるかという訳か」
「うむ。其方とてその色彩の残滓が持つ危険性は把握しておるのじゃろ。今は完全に其方に管理されている為に反転する事はないが、何かの拍子で飲み込まれる可能性を」
「無論だ」
ふむ、やはりこの壁は硬いな。
話している間にも力を使っては見たが、此処ではない世界に飛びそうになるだけでこの壁を越えられる気は全くしていない。
「では──決めるが良い。異端の力を置いてゆくか、傍観者であり続けた時を捨て去るか。妾はどちらを選んでもその手助けをしよう」
私の隣に降り立ってもなお、上位者然とした立ち振る舞いを続けるクズノハ嬢。
確かに彼女の言葉は正しいだろう。
滅びた世界の私が遺したこの力は、確かに危険な代物ではあるし『バイステンダー』として生きた時間は契約により薄まってはいるが、キヴォトスに来てからの時間は未だにしっかりと記憶している。
大人として過ごした時間を記憶している以上、私を生徒として押しきるのは無理があるだろうな。
「──ククッ、ハハハ!!!違うな間違っているぞクズノハ嬢!!生憎と私はそこまで殊勝な人間ではない」
「ほぅ?」
「色彩の力を捨て去り、バイステンダーとして生きた時間を忘却すればあの愛しき世界へと帰れるだろう!!しかし、それでは『私』ではない。この力は絶望に染まった男が私に託した最後の希望だ」
大切であったと自覚するにはあまりにも遅すぎた男が、それでもと必死に足掻いて残した生涯の証明をどうして同じ存在である私が自己都合の為に捨てられるか。
「バイステンダーとして生きた時間があったからこそ、私はアル達に出会えた。彼女らが持つ輝きの美しさを知る事が出来たのだ!!それを忘れ去るだと?ククッ、そんなものは死ぬ方が簡単だと言えるな!!」
退屈で退屈で、どうしようもない程に渇いた人生を送っていたからこそ、私は彼女達に魅入られたんだ。
バイステンダーであったからこそ、私は『萬屋 セラ』になる道を選べた……故に、あの
「斯様な我儘が通るとでも?」
「通させて貰うとも。私は萬屋 セラ!!遥か果てまで美しい青空の下を生きる為に、生徒でも大人でもない黄昏を歩み今度こそ、始めるのさ。私だけの物語を──ハッピーエンドへと至る
瞬間、割れる音が聞こえたかと思えば太陽が昇ってきた様な朝日にもよく似た輝かしくも暖かな光が視界一杯に広がる。
「──まさか、世界を捩じ伏せるとは……ふっ、ははは!!其方は凄いなぁ……」
自分が真に上に立つべき人間ではない事を悟るのは比較的早かったかと思います。
各学園から選ばれた者のみが所属する事を許される連邦生徒会に所属出来る事が決まった日の私はそれはもう、浮かれに浮かれてどんなものかも知らない連邦生徒会長になるんだと妄想をしていた事もありましたね。
「────」
けど、そんな午後の微睡の中で見る様な夢物語にすら劣る夢は、一週間もすればすっかりと醒めていました。
連邦生徒会長……えぇ、私が認める『一人目』の超人であるあの女は私が必死になって取り組んだ案件を遥かに超える仕事量を笑顔のまま終わらせてしまうのですから愚かな夢は冷めて当然でしょう。
唯、頭で理解しても心の何処かではプライドを捨て去る事が出来ない私は懐かない猫の様に連邦生徒会長がする事なす事に表向きは賛同しつつも、裏から手を回し失敗する様に仕向けたり丁寧な言葉遣いの裏に隠した文句を伝え続けたりと小さな抵抗をしていました。
「────」
「……は?私が貴女の組織する生徒会の防衛室長をやれと。正気ですか?」
「────」
「あぁ……そうですね。確かに善意も悪意もなく、ただ問題を潰すだけの貴女よりは私の方が防衛という職に向いているとは思いますよ。ですが、私が言ってるのはそういう事ではなくですね──」
自分が作り上げる組織に態々、悪感情を抱く者を入れる意味はないでしょうと続けようとしたのを笑いながら彼女はいつもの様に何事もないみたいに先回りをしました。
「”大丈夫だよ。カヤちゃんのそういうところ、結構気に入ってるからね”」
あぁ……私の細やかな抵抗すらこの人は何も、本当に何一つとして気にも止めていなかったのだと分かる瞬間ほど、心に来るものはないでしょう。
だって、何処までも誰よりも先頭を突き進むこの超人には全く、私の事なんて映っていなかったのだから。
じゃあもう、私の抵抗なんて意味はないし好きな様に私がやり易い形で振る舞わせて貰おう、その果てに精々困れば良い……なんて思っていたらあの女はキヴォトスから姿を眩ました。
巫山戯るなと思いましたよね。
人の心を散々掻き乱した挙句、全ての責任を私達に押し付けてあの女は消えてしまったのですから。
「……碌に業務を出来ない。はぁ、頼るべき代行は未だにあの女の背を探しているみたいですし。今、この状況下で防衛室が取るべき行動は──」
リン代行には早々に期待をしませんでした。
彼女は私と同じ、凡人、超人と比べるまでもない人間で私でもそんな事をしてる場合ではないと判断できる事に多くの人員を割く人です。
だから、権力の為に私腹を肥やし兵を集めカイザーと密かに手を組みました。
あの女が居ないのなら私が超人となり、キヴォトスをより良い形に導かなければと──成し遂げたところであの女を超えられる訳でもないのに、残ったプライドに従い動き回る私は結局のところ、リン代行と同じ凡人でしかなかったと今なら思えます。
『ククッ、見事に私と言う悪を飼い慣らせるかどうか……見定めさせて貰おうか不知火カヤ』
二人目の超人に全てが壊されたのですから。
あの人はまるで私の思考を先回りするみたいに、私が何かをする前に全てを覆していき悔しがる私を見てそれはもう愉しそうに嗤うという別の意味で笑顔が腹立つ人でした。
「ククッ、選ぶのは君だ不知火カヤ。私はその選択を見守り、見定めるに過ぎん。そんな傍観者の下らぬ戯言だと思うのならそう片付けるが良いさ」
でも、得意な将棋で完膚なきまでに負けた際に気がついてしまった。
この超人はあの女と違ってまだ、私を見てくれていると。
遥か先を見通しながらも、目の前にある放っておいても構わない道端の石ころである筈の私をこの人は宝石の様に眺めてくれていると。
──えぇ、認めますよ。
嬉しかった。
嬉しかったんです、嘲笑って捨てても良い私をじっと見つめる青い瞳が。
超人には届かなくても、超人であるこの人が見てくれるのなら凡人の私にも何か意味はあるのだと思えて色々とらしくない事に……過去の過ちを清算しようと動く様になった私は心苦しくも何処か満ち足りた気分でした。
「ククッ、君の覚悟は伝わったよカヤ防衛室長」
役職を初めて呼ばれたあの日、私は本当に幸せでした。
あぁ、この人の期待に応える事が出来たんだとそう思った矢先──貴女は私との約束を破りキヴォトスから姿を消しました。
なんなんですかね?超人はキヴォトスから去る持病でもあるんですか?
なんて、意味もない怒りを発露させた所で何かが変わる訳ではない。
あの女が突然、キヴォトスに戻ってきて全ての問題を片付ける事も、あの人が楽しげに笑いながら事態を引っ掻き回し、いつの間にか消滅させる事もない。
「……なら、私のやり方を貫くしかないじゃないですか」
善行を悪意で塗り固めて、最後には私が責任を取り綺麗なリン代行に任せる……我ながら、野心も何もない何処かの誰かみたいな自己犠牲の選択をしたものです。
「貴女ならきっと戻ってくると思っていました。まぁ、戻ってこなくてもやり遂げるつもりでしたけど」
思い出に浸るのをやめて机の上に置いていた王の駒を手に取り、予想通りの来客を迎え入れるとしましょうかって、嫌に似合ってますねその黒いゴスロリドレス。
「ククッ、君の計画通りキヴォトスに残る悪意の全てが集まっているな」
「えぇ。あとは貴女のハッキングのせいで送れなくなった放送を再開し、集まった悪意を私に集約させればこの動乱は終わりです。悪い私に席を奪われた善い代行がきっと綺麗に片付けてくれるでしょう」
事前にリン代行には任せると伝えてますし、きっと大丈夫でしょう。
私と違って善意で動ける人ですからね。
「それが君の思い描くキヴォトスのハッピーエンドという訳かね?」
そう問い掛けられると少しばかり……えぇ、積もった雪に一歩、足跡を残す様な後悔はありますがそれでも此処まで駆けた私が返すべき言葉は決まっていますね。
「そうですよ。悪人が善人になろうとも過去は消えません。まぁ、善人になったつもりもないですが」
「ククッ、そうだな。その笑みは私と同じ悪党が浮かべるものだ」
「……貴方達風に言うならこれが責任です。私が背負い、私が支払うべき責任。木っ端な悪党が一人、多くの悪と共に去るのですからこれほど効率の良い事はないでしょう?」
歩むべき『王道』はもう決めたのですよセラさん。
貴女が姿を眩ましている内に、私はもう一人で歩き切ると決めたのです……だから、その口を閉ざし、銃を下ろしてくださいよ。
「ククッ、余裕がないなカヤ。王を張るなら何時如何なる時でも笑いたまえ。自らが歩むと定めた道を楽しむ事が出来ずに何が王だ?」
「ッッ!!」
「決めたよ──私は君のハッピーエンドを否定する。物語とは観客を満足させて終わりではない。壇上にて演じる者も満足してこそのハッピーエンドだとも!!」
あぁ……本当にこれだから『超人』は困るんですよね。
人が苦労して、悩んで決めた選択を横から笑って自分がより良い物にすると傲岸不遜に宣言するんですから。
「──貴女ならそう言うだろうと思っていましたよセラ」
「ほぅ」
このまま彼女を受け入れ、庇護下に下れば私はきっと私では辿り着く事が出来なかった平穏をこの手にする事が出来るのでしょうね。
でも!!それはそれじゃあ、何も変わらないんですよ!!
私はずっと超人達の後ろを歩むだけの凡人で、救われ続けるだけの弱者で……一度たりとも対等に見られる事のない存在になってしまう。
「なので答えはもう決まっています」
腰のホルスターから拳銃を抜き取り構える。
私の一世一代の覚悟すら、楽しげに微笑む澄み渡る青空の如き瞳へ真っ直ぐ照準を合わせる。
「私を舐めるな。萬屋 セラ。私は貴女を超え──新たな超人となる!!」
私を見ろ!!超人!!私は今、お前達の前に立っているぞ!!!