便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
ホシノに足止めを任せ、ビルから『先生』を抱えて降りたセラはそのまま、レイヴン達から聞いていた裏路地を通いなれた足取りで通り抜けるとD.U.地区はシャーレへと『先生』を運び込んでいた。
“……誰も居ないね。いつの間に人払いを済ましておいたの?”
備え付きの使い慣れたソファに腰掛けながら、自然とコーヒーマシンを使ってコーヒーを淹れ出したセラを見る『先生』
「『先生』奪還を狙う生徒達の目は、我々が降りた後も見事な運転を続けるケイと変わらずに迎撃を行うアル社長によって彼方に向けられている。一部、勘の鋭い生徒も小鳥遊ホシノに足止めをされているか、リオ辺りが手を回して現場にたどり着けてすらいない。であれば、私が安全に過ごせるのは此処、シャーレという訳だ」
机の上にコーヒーを置き、『先生』の向かい側に座るセラは身につけていたプレナパテスの仮面を外すと、小鳥遊ホシノとの戦いで激っていた熱が冷え切っていない右目が電気もつけない暗闇に明るく浮かび上がる。
まるで人魂の様に揺らめく光は、『先生』を僅かに不安な気持ちにさせるがセラの口元に浮かべられたいつも通りの余裕綽々な笑みが打ち消すと、安心した様にコーヒーに口を付け話し始めた。
“今まで何処にいたんだい?”
「もう一人の『私』との決着をつけた後、私は並行世界のキヴォトスを旅していたな。私がトリニティを選び、セイアの旦那となっていた世界や山海経でキサキ門主と戯れている世界や、ゲヘナで犯罪王になっている世界など……様々な私の可能性を見て来たよ」
“すっごい色々と言いたいんだけど……セイアの旦那って。てっきり君の恋愛対象は生徒ではないと思っていたけど”
「私と彼女は似た力を持っていたからな。何かが変わり、運命の転換期を迎え乗り越えたのならそういう事もあるだろう。なにせ、あの世界の私はセイアとヘイローを分ち、共有していたからな」
コーヒーを飲み、目を細めれば思い返す。
仲良く隣あって座るセイアと彼方のバイステンダーの頭上に浮かぶヘイローが、左右対称の形となっており互いの体重を預け合う様に寄り合えば頭の上でセイア本来のヘイローが完成する光景を。
「……アレは少々、甘党の私でも甘かったな」
“まぁ、君が一人を決めたのなら想像できるよ”
「そうかね。まぁ、そんな形で様々世界を見て回ったが、私の知るキヴォトスには中々辿り着けなかった。故に此処まで帰還が遅くなったのは詫びよう。すまなかった『先生』」
他人の心の機微に未だ疎いセラではあるが不在の間、目の前にいる心優しき大人がセラ自身の事も含め彼女の周りにいる子供達の心配をしていた事は察するに余りあり、深々と頭を下げた。
ほんの少しの間、沈黙が流れコーヒーの香りが二人を包み込む頃『先生』は懐から肌身離さず持っていたある物を取り出してセラの方へと差し出す。
“私は信じていたし、君の事だから何をしても帰ってくると思っていたよ。だから私への謝罪とかは必要ないけど、君をずっと待っていた皆にはちゃんと時間をとって話をすること。良いね?”
「……約束するとも。『先生』が私との約束を守り、これをずっと持ってくれていた様に」
『その仮面は必ず帰ってくるという誓いの証として持っていてくれたまえ』
アトラ・ハシースの箱舟崩壊の折、キヴォトスとの縁として託した鷹の仮面を受け取り右目へと装着するセラを、『先生』は何処までも優しい目つきで見つめる。
“──うん。やっぱり君にはその仮面が似合ってるね。お帰りセラ”
「あぁ。ただいま『先生』」
ゆっくりと持ち上げられた微笑みは、セラがずっと浮かべているものとは違い見た目に相応しい少女の様な、愛らしくそれでいて安心しきったものであった。
“それで日没まであと二時間ってところだけど、このまま過ごすつもり?”
「そうだな。貴方との久しぶりの会話を楽しむのも良いが、そろそろ宴も酣……閉幕を迎えるべきか」
空いた時間を埋める様に雑談を続けていた二人であったが、『先生』がちらりと時計を見たことで終わりを迎えた様だ。
カヤが自ら集めた悪意とそれに伴う失墜を避ける為、帰還した直後のセラが始めた矛先を逸らすお祭り騒ぎ。
巻き込まれてばかりの『先生』には、終わらせ方など全く想像できていないが含みのある視線をシャーレの入り口に向ける彼女を見て再び、成り行きに任せることにした。
「……騒ぎに駆り立てられた者達は我々がシャーレに戻って来ている事など想像出来ないだろう。故にこの場に来る事が出来る人間は限られている。そして、今のキヴォトスで私の考えを完全に後追い出来る者はただ一人──気分は如何かな?カヤ」
「良い訳あると思います?人が心血注いだ計画を散々掻き乱されて」
「ククッ、その割には悔しさを感じられんがな?」
まるで見計らった様に扉が開かれるとそこには、扉に体重を預ける様に立つ手当を施されたカヤと驚いた表情を浮かべているリンが立っていた。
「く、悔しいですよ!?えぇ!!本当に!!折角、身に付けた戦い方もあっさり破られてしまいましたし」
「ククッ、跳弾というよく言えばトリッキー、悪く言えば宴会芸をよくもまぁあそこまで仕上げたものだ。君の努力は推察してなお余りあるよ。成長したものだなカヤ」
「……あーもうこの人はすぐそうやって……どうせ、私の気持ちなんて全く知らない癖に……」
瞬間湯沸かし器の如く、顔を真っ赤にし俯き始めるカヤの呟きは無情にもキョトンっと首を傾げるセラの態度を見事に言い当てている。
「さて、『先生』この場には幕を引く者が揃っている。無論、打倒されるべき悪役はこの私で救い出されるヒロインは君だ。では、最後に引き金を引く主人公は誰かね?」
“カヤ……と言いたいところだけど、それじゃあ足りない。真に全てを任せるのはリンちゃん、そうだね?”
「え?」
「そうだとも。自らが悪に堕ちようとも私という巨悪を道連れにしようとしたカヤの手引きを受け、今一度誰が正当なるキヴォトス連邦生徒会の会長代行であるか示さねばこの混沌は元の形に戻る事はない」
再び、自らの仮面を外しプレナパテスの仮面を身に付けソファから立ち上がるセラ。
彼女は非常にゆっくりとしただが、威圧感を発しながら未だ自分の役割を理解しきっていないリンの方へと振り返る。
「私は君を『先生』程は知らない。だが、カヤが君に任すと決めたのなら彼女の分も君に任すと信じよう。是非とも、悪が減ったキヴォトスの舵取りを熟してみる事だ。先に待っているぞ──『先生』と共にな」
“ぐぇっ”
──”立てるから立てるって”──と身長差から首が締まり、なんとも情けない悲鳴をあげる『先生』と共にセラは立ち去っていき、残されたカヤとリンの間に静かな重い沈黙が流れる。
「リン」
やはり沈黙を破ったのはカヤであった。
「あの日、私が代行の地位に着いた時の言葉に嘘はありません。私とは違い、善人であの人の背をただの友達として純粋に追いかける事が出来る貴女に相応しい綺麗な連邦生徒会会長の席を用意すると」
「……」
「本当は後腐れを無くすために私は連邦生徒会を去るつもりだったんですが……まぁ、あの人が帰ってきてしまえば三流作家の筋書きなどご覧の通り簡単に書き換えられてしまいましたよ」
言葉とは裏腹に喜びが隠しきれていないカヤの言葉と緩んだ表情にリンは、一瞬目の前の人物が本当に自分の知る不知火 カヤなのか疑ってしまうが今の方がある意味好ましいと釣られる様に小さく笑みを浮かべる。
「会長もカヤも自分勝手なところがよく似ていると前から思っていましたよ」
「……逆に貴女が欲無さすぎるんですよ。そんなんだから私を見抜けないんです」
「そうですね。私なりに必死でしたが、ずっと会長の影を追っていただけな気がします」
「貴女はそれで良いんですよ。会長が思い描く綺麗な理想に目を輝かせて、いつまでも理想主義を貫いてください──その代わり」
カヤは今一度、覚悟を示すかの様に白いワイシャツの上から黒い連邦生徒会の制服を纏う。
それは視覚的に彼女達を白と黒、そして理想と現実に塗り分けていた。
「これからも私がどうしようもない現実ってやつを引き受けてあげます。あぁ、勘違いしないでくださいね。これはあくまで私が思い描く超人へと至るための過程です。私が歩むべきと定めた道ですので、余計な同情も半端な優しさも必要ありません」
「──分かりました。では、連邦生徒会会長が背負うべき闇を貴女に任せます」
差し出された代行の腕章を腕に通し、滅多に使うことのない腰の拳銃を引き抜くリンと、そんな彼女の鏡合わせの様に自らの拳銃を引き抜きリンのものと交差させるカヤ。
「これは誓いです。貴女が正道を歩み続ける限り、私は影となりその道行を支えます」
「誓いましょう。私は正道を歩み続け、貴女の居場所である影を作り続けます」
「「我らが道を違えぬ限り、いつかの歩みの果てで会長に出会わんことを」」
全くの同時に二発の銃声が鳴り響く──彼女達がその痛みを忘れる事はない。
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